家族と血縁
試着していた服を戻し、狭い休憩エリアに移動した。場所を変える事で思考をリセットしたかったからだ。
自動販売機から、缶コーヒーを取り出す。
「美咲も、なんか飲むか?」
「あ……じゃあオレンジ……いえ、その……大丈夫です……」
美咲がそう言う。
ショッピングモールの目立たない一角に設置された、休憩用であろうベンチに座った彼女は、さっきから俯いたままだ。
小銭を自動販売機に投入して、オレンジジュースのボタンを押す。軽快な音と共にペットボトルが落ちてくる。
「はい。あんまり遠慮ばっかしてると損するぞ」
隣に座って、缶コーヒを開ける。口に入れると、苦味が襲いかかってくる。
「その……さっきは悪かったな」
「あ、いえ。別に気にしてませんから……ごめんなさい。見たくなかったですよね、あんな醜い傷……」
その言葉は間違っている。確かに酷い傷跡だったけど、それは彼女の責任じゃない。
「なんで美咲が謝るんだよ。悪いのは、美咲を傷つけた奴だろ」
「けど……」
「悪いことをしたら、謝る。それは大事なことだ。けど、別に悪くないのに謝る必要なんてない。で、今回の場合は後者に該当するから──つまり、謝る必要なんてこれっぽっちも無い」
くしゃくしゃと頭を撫でてやる。そう、彼女は背負う必要なんてない罪悪感を背負おうとしているのだから、年長者としてしっかり正してやらないと。
「は、はい……ありがとうございます」
「よし。んじゃ、飯でも食うか。さっきも思ったけどな、美咲は痩せすぎだ。遠慮せず思う存分食いたいの食うんだぞ」立ち上がるって、「で、何食べたい?」
「あ、じゃあ……ハンバーグを食べてみたいです……」
「わかった。じゃあ、移動しようか」
運がいいことに、近くにステーキショップのテナントがあった。徒歩で一分もないぐらいだ。
「いらっしゃいませ。何名様ですかございますか?」
「二人です。禁煙席でお願いします」
ウエイトレスの女性に告げて、彼女についていく。
店は少し豪華な装飾が施されていた。俺一人ではまず入らないような店だ。というか俺一人なら適当なジャンクフード店で手早く済ませて遊びの続きに戻る。
ボックス席に美咲と向かい合って座る。
「ご注文が決まりましたら、ボタンでお呼びください」
ウエイトレスが去っていく。その後ろ姿を見ながら、バイト探さないとなと思う。
普段の生活は学者の真似事で賄えているが、家族が増えたならそれだけでは難しい。とはいえ、多少の貯蓄はある。美咲の精神が安定してから探すのが最前か。
「俺はステーキにするが、どうする?」
「ハンバーグの小サイズで……」
「それじゃ足りんかもしれんだろ。残ったら俺が食うから、中サイズにしとけ」
実際、昨日の鍋で彼女がそれなりに食うことは確認済みだ。ついでに理由を述べると、俺がハンバーグも食べたかったって理由もあったりするが。
ボタンを押してウエイトレスを呼ぶ。
「ハンバーグ定食中サイズと、ステーキ定食中サイズで」
かしこまりました、とウエイトレスが言ってから厨房らしきところに戻る。
ふと、飲食店で働くのもありかもと思った。キッチン担当で入ったら面白いかもしれない。
「食ったらとりあえず本屋行って、文具とドリルを買う。で、その後は適当に遊びまくろうと思うが、行きたいところとかあるか?」
「とりあえずは、無いです……」
「じゃ、いろいろ見て回ろうか」
本屋に行き、ドリルを見て回る。とりあえず算数と国語、理科社会はまだ早いのかもしれないけれど、買っておいて損はないだろう。
基本となる一年生のものから三年生のものまでをカゴに入れる。ノートと、鉛筆も必要だ。
「美咲、とりあえず勉強道具はカゴに入れたぞ。他に欲しいものとかあるか?」
絵本を眺めている美咲に声をかける。
「え、あの……どんな本なのかなって……」
「気になるか?」
手に取る。カブを抜くお話の絵本だ。昔読んでいたのを思い出す。そのままカゴに入れた。
「あ……いいんですか?」
「もちろん。こういうのを読むのだって勉強だしな」
適当に本を見繕う。絵本から小中学生向けの本まで。できるだけシンプルで楽しめる作品を。
「あとはそうだな、日記とか書いてみるのはどうだ?」
「日記ですか?」
「日々の記録を書き込むんだ。で、将来あの時あんな出来事があったっけって見返したりするんだ。ま、日記帳を買っておくんで気が向いたら書きな」
日記帳をかごに入れる。これで終わり、レジに向かった。
「む、結構混んでるな」
レジに並ぶんで美咲に話しかける。
「美咲、結構歩き詰めだけど疲れてないか?」
「は、はい。これぐらい平気です」
「そっか、意外と強いんだな。けど、無理はダメだからな」
「は、はい……慎二さんは優しいんですね」
「そうかな。年下の、それも女の子のことを気にかけるなんて当たり前だと思うけどな」
そう返すと、美咲は黙り込んでしまった。表情を盗み見ると、何やら嬉しそうな、けど悲しさを感じさせる顔だった。
沈黙したまま会計を済ませる。本屋のテナントを出たところで、美咲が口を開いた。
「慎二さんは、わたしを女の子扱いしてくれるんですね……」
「ん? そんなの当たり前なんだろ。美咲は紛れもなく女の子なんだから」
「今までそんな扱いされてなかったから……嬉しいです……」
美咲が小さく笑みを浮かべる。暗さのある笑顔だ。
彼女を一人の子供として扱わなかった周囲の人間──彼女の親に腹が立つ。
「なあ、美咲。美咲が前の家でどんな扱いを受けてきたのか、俺はそれを知らない。けど、今の美咲の家族は俺だ。前の家のことなんかさっさと忘れちまえ」
「家族……」
「ああ、家族だ。俺は美咲と家族になりたいと思っている。美咲は?」
「わ、わたしは……なりたいです、慎二さんの家族に……」
「そっか。じゃあ、もう俺たちは家族だ」
美咲を撫でてやる。彼女は気持ちよさそうに頭を委ねた。
家族連れ──おそらく高校生ぐらいの年齢の子供と、母親だろう──とすれ違う。楽しそうだ。彼らは血が繋がっているのだろう。
血が繋がっている家族と、繋がっていない家族。どちらが幸せなのかはわからない。
けど、美咲の辛そうな顔は見たくない。彼女には幸せになって欲しい。たとえそれが、独りよがりの願いだとしても。
適当に店を見て回る。今は玩具屋のテナントにいる。美咲は興味深そうに特撮ヒーローのソフビを眺めている。
「マスクドドライバーサムライだな。興味あるのか?」
「あ、いえ……はい、興味あります」
「そうか。なら帰ったら観よう。ソフト全部持ってるからさ」
俺はこのマスクドドライバーシリーズが好きだ。昭和シリーズ、平成シリーズ、そして現行の令和シリーズまで全部観ている。
事情があって幼いころから普通の人以上に馴染み深い分、思い入れも大きい。
「は、はい。楽しみです」
美咲が顔を綻ばせる。やっぱり、笑顔が似合う子だ。
と、ソフビに夢中になっている美咲が、無意識のうちに髪の位置を修正していることに気がついた。
言うべきか、言わざるべきか。髪の問題というのは俺にはよくわからないから、本来であれば言わないのが正解なのだろう。けど、どうにも見ていられない。
「髪の毛、邪魔か?」
「え? はい、少し──かなり邪魔です」
「切りに行くか? ここには美容室もあるけど」
美咲は首を横にふって、
「怖いので、いいです……」
そこでハッとした。髪を切るということは、刃物を近づけるというわけで、つまりは彼女のトラウマを刺激することになるのだ。
考えなしの発言に俺は愚かだ、と思う。
「そうか、わかった。何か別の方法を考えよう」
とはいえハサミや剃刀を使わない散髪なんて聞いたことがなく、どうすればいいのか解らない。
とはいえそれは当然のことだろう。誰かの世話をするなんて事は初めてのことだらけだから。
いろいろ見て回っていると、ふとウサギのぬいぐるみが目に入った。なんとなく手に取ると、美咲に似合いそうだと感じた。白くてふわふわで触り心地が良い。幸いレジは近くにある。
「美咲、数分だけ外すから待っててくれ。必ず戻ってくると約束するよ」
急いでレジに向かう。
「すいませんこれお願いします。袋大きいサイズでお願いします」
「かしこまりました。三千円になります」
財布からお札を出してトレーに乗せる。店員が丁寧に袋詰めして渡してくれる。
「ちょうどお預かりします。ありがとうございました」
礼を言って戻る。
「悪い。良い物見つけたから会計してきた」
「あ、慎二さん……良い物って?」
「今はまだ秘密。どうする? もうちょっとここにいるか?」
「その……次のお店を見たいです……」
「ん、了解」
返事をして次の店に向かう。美咲が楽しんでくれればそれでいい、そう思いながら。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます