answer
一睡も出来ないまま朝を迎えた。美咲のいる部屋のドアをノックする。
「美咲、入って良いか? その、答えを伝えに来たんだけど」
「……今は入ってきてほしくないです。我儘ですよね、わたし。自分からあんな事を言っておいて、今更答えを聞くのが恐ろしくなっているんです」
「そうだな、今の関係が壊れるのは怖いよな。けど美咲が言い出した事で、俺はそれに対する答えを見つけた。なら美咲にはそれを聞いて、その答えを受け入れる義務があると思う。対面が怖いのなら扉越しで良い。答えを聞いてくれ」
俺はずるい人間だと思う。美咲が言い出した事をいいことに、彼女に答えを聞かせることを強要している。
そんな自分が、彼女の傍に居ていいのか判らなくなる。けど、それでも伝えるって決めたんだから言わないと。
美咲がドアにもたれかかる音がする。俺もドアに背中を預けて座り込んだ。
「俺たちが出会ってから、一ヶ月ぐらいだけど色々あった。良いことも、悪いことも。クリスマスの時、輝子も含めて三人で祝った事とか、すごく楽しかったよな」
「はい。間違えてお酒を飲んじゃいましたけど、でもあれはあれで楽しかったし、みんなで何かを祝うってことがこんなに楽しいとは思っていませんでした──慎二さんの実家に行った時、みんな優しくて驚きました」
「つい十日ぐらい前の事なのに、懐かしく感じるよ」
「ですね。ほんと、夢のような日々でした」
笑いあう。だけど、それは答えを先に延ばしているだけだってことは理解している。
いい加減に、腹を括らないと。
「大前提としてそんな日々の中で、俺は美咲の事を妹か娘のように見ていた」
美咲の息を吞む声が聞こえた。その真意を察するまでもない。それは絶望感だろう。
「やっぱり、そうですよね……」
「だが、正確に言うのなら見ようとしていたに変わる」
心臓がうるさい。爆発までの時間をカウントする時限爆弾でもここまではうるさくないだろう。
少しは静かにしてほしい。言わなくちゃいけないことがわからなくなってしまいそうだから。
「元々無理だったんだよ、今の関係を持続するってのが」
「無理だった……なんでですか、わたしを――」
「勘違いしないで欲しい。俺は美咲を受け入れている。けどさ、美咲はどうしようもなく魅力的な女の子だし、そもそも年頃の男女がいきなり出会って保護者とかそんな関係になれるかって言ったら、それは難しいと思う。親子って言うには年齢があまりにも近すぎるし、兄弟姉妹ってのは産まれた時から一緒にいるけど、美咲とはすでにどちらもある程度成長した段階で出会っているわけだからさ」
遠回りをしている、と感じた。
「……違うだろ、言いたいことはそんな事じゃないはずだ」
そんな自分にイラついて、自分に言い聞かせるようにそう呟く。
「まあ、なんだ。言いたいことは単純で、いい加減自分の心を偽るのは止めようって思ったんだよ」
その言葉は、自分でも驚くほど優しくて、柔らかな声で紡がれた。それで最後の覚悟が出来た。
「ほんとは俺のほうから言うべきだったんだろうけど、これじゃ後出しジャンケンだな。けど、ありがとう。美咲のおかげで俺の本心に気が付けた」
心臓が今までないほど脈打っている。顔が赤いのが手に取るようにわかって、けれどもそれは嫌な感じじゃなかった。立ち上がって、ドアに――そしてその先に居る美咲と向き合う。
言葉を紡ぐ。俺の本心、ようやく受け入れた自分の感情を音に乗せる。
「好きだ、美咲。俺も一人の女性として君を愛している」
「慎二さん……」
「開けても良いかな? もう一度、ドア越しじゃなくて直接伝えたい」
ゆっくりとドアが開けられる。目の下には薄っすらと隈が浮かび始めている美咲がその先に居た。
「うん、やっぱ面と向かって言わないとな。好きだ、美咲」
「わたしも、好きです」
今度は笑顔で、うれし涙を目に浮かべながら美咲がその言葉を口にした。それを聞いた時、心が軽くなるのを感じた。
この感情を最初から受け入れていれば、あるいはここまで考えずに済んだのかもしれない。
けど、その結果は今とは違うものになるだろう。
「運命の出会いってのは本当にあるものだな」
「ですね。あの日、雨の中で慎二さんと出会った瞬間が分岐点だったんですね。運命の瞬間だった」
「けど、その運命は美咲が自分の手で勝ち取ったものでもあるんだ。覚えていないか? 病院で美咲がした主張を」
「病院、ですか?」と美咲は逡巡して「施設か慎二さんの家どっちに行くかって聞かれた時の事ですか?」
正解、と肯定する。あの時、美咲は勇気を出して俺の家に留まりたいと言わなければこの結果には至らなかった。
おそらく、俺も美咲の事を忘れて元の生活に戻っていただろうし、美咲が俺に会いに来ることもなかったと思う。
「さて、これからどうしようか。とりあえず寝るか起きているかを決めないといけないけど。美咲、昨日の夜から寝てないんじゃないか?」
「まあ、そうですね。けど眠れるかどうかだと眠れないかなって感じです。その、嬉しくて眠気なんてどっか飛んで行っちゃったっていうか。変な感覚です」
二人の間で笑いが零れる。
「色々ありすぎてなんかもうテンションがあれだな。じゃ、とりあえず眠くなるまでは起きていようか」
「はい!」
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