小さな少女と過ごす、ささやかで幸せな日々──傷だらけの少女を助けた俺は、何としても彼女を幸せにしたい──
アトラック・L
第一章 小動物のような少女を助けた
プロローグ、あるいは始まりの記憶。
「ねぇ、聞いた? 商店街の幽霊の話」
「うん、聞いた聞いた。やっといなくなったんだってね。本当何だったんだろう」
午前中授業の日、下校時刻。高校の廊下で女子が話しているのを、俺は少しばかりうんざりしながら通り過ぎた。
全く、噂話が好きな連中だ。その幽霊の正体も知らずに、やれ気持ち悪いだの不気味だの好き勝手に言う。
それが嫌だった。彼女はそんなんじゃないのに。
そう思いながら校舎を出た。
俺の住む木城市は大きく分けて二つの区画でできている。工業区域「
先程噂されていた幽霊は生園町の商店街で目撃されているものだ。ところが、一ヶ月ほど前から目撃されなくなった。
突如として現れた幽霊は、これまた突如として消え去った。鶴の恩返しに出てくる鶴のように、あるきっかけで商店街から立ち去ったのだ。
なぜ立ち去ったのか、その理由を俺は知っている。
俺は商店街を通り抜けて帰宅する。商店街を抜けて住宅地に入り、三つ目の曲がり角を右に曲がったところに俺の自宅はある。生園町で一番大きい武家屋敷だ。後学のために一人暮らしをしたい、と親父に相談した結果買い与えられた。
一人暮らしだったこの身では正直持て余しているだけなので手放したいと思っていたが、今ではそういうわけにもいかない。
そういうわけで持て余していた自宅の門を潜り、鍵を開けて玄関を開ける。いかにも和です、と言わんばかりの引き戸だ。
「ただいま」
通学鞄であるリュックサックを玄関口に置いて、靴を脱ぐ。トテトテ、と可愛らしい足音を立てて、薄いピンクのワンピースを着た小柄な少女が廊下の奥からやってくる。
「お、おかえりなさい」
「ただいま、美咲」
少女の頭を撫でる。肩ほどまでの髪を後ろで纏めたこの少女は、俺の両親が引き取った孤児──ということにしている子だ。そして、例の幽霊の正体こそが彼女である。
頭を撫でている手を離して、
「すまん、遅くなった。今日の昼は俺が当番だったよな。すぐ昼飯作るから、居間で待っててくれ」
名残惜しそうにしている美咲を居間に誘導する。
さて、何にしようか。というか冷蔵庫に何が残っていたかな、なんて考えながら居間の隣のキッチンに入った。
「長ネギ、卵……お、冷凍うどんがまだ残ってる」
俺は買い物上手というわけではない。適当に食材をカゴに放り込んで買い物をする。故にこういった、本来あることを覚えているであろう食材まで忘れることがある。
コンロの下から金属鍋を取り出して、水を入れる。冷蔵庫から、長ネギ一本と卵二個、出汁パックを取り出して、出汁パックだけ鍋に放り込む。鍋を火にかけている間に、ネギを切る。
そうして調理をしていると、外から音が聞こえてきた。雨の音だ。そこそこ強めかもしれない。
「そういえば、美咲と会った日もこんな雨の日だったよな」
「そうですね。一ヶ月前ぐらい前の、雨の日でした」
思い出すのはある雨の日の思い出だ。
あの日、俺の人生を少しだけ変えた、ほんのわずかな偶然。そして、ここ一ヶ月ほどの思い出を。
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