クリスマスとアルコールと本音

 その後ゲームセンターで遊んだり、本屋で色々買ったりして、それから帰路についた。


「いやぁ、今日は楽しかったー」


 後部座席の輝子がそう言った。声色から本心でそう言ったと理解できる。助手席の美咲を見やると、彼女も笑顔を浮かべていて、ゴキゲンといった感じだ。

 そんな美咲を横目に車を駐車場に停める。輝子に半分荷物を渡すと、残り半分の荷物を抱え込んで家に戻る。ちなみに、鍵は美咲に開けてもらった。


「たっだいまー」

「ただいま」

「ただいま、そしておかえり──なんか変な感じだな。普通この二つを同時に言わないし」


 と肩をすくめてみせる。二人が苦笑するのを見て、つられて苦笑してしまうのは仕方のないことだろう。


「っと、荷物置いて手伝ってくれ。輝子は食器やジュースを頼む。美咲、サラダを頼んでいいか?」

「は、はい。頑張ります」

「頼もしいな」


 荷物を置いて美咲の頭を撫でる。彼女の頭はかなり撫でやすい形状をしているということに気がついたのはつい数日前のことだ。

 キッチンに移動すると、冷蔵庫から下準備をしておいた肉塊を取り出した。フライパンを熱して油を引き、ニンニクを炒めて香り付け。ニンニクを取り出して表面に色が付くように焼く。

 作っているのはローストビーフだ。焼き上がった肉を冷やしている間にサンドイッチに取り掛かる。ツナオニオンと卵サンド、イチゴジャムとピーナッツペーストのサンドウィッチだ。食パンを切ってバターを塗り、ジャム系とそれ以外のふた山に分ける。


「輝子、組の人から貰ったジュースの用意を頼む」

「はいはいっと」


 輝子が冷蔵庫からジュースの入った袋を取り出す。東堂組の人間に調達してもらったらしく、今朝黒服が届けにきた物だ。

 リンゴの絵や、オレンジの絵が見える。見たところ缶ジュースが多いらしい。パーティーにはジュースが欠かせないよな、と思いながらサンドウィッチを作っていく。


「あ、慎二さん。出来ました」

「お、どれどれ──うん、よく出来てるよ」


 白い大皿に盛り付けられたサラダは、みずみずしいレタスときゅうりに白いチーズで出来ていた。シーザードレッシングが程よくかかっていて美味しそうだ。

 素直に褒めると、まるで幼い子供のように笑顔を浮かべた。小さな太陽のようだ、と思う。我が家を照らす太陽だ。


「っと、こっちも準備完了だ」


 サンドウィッチをそれぞれ六等分に切り、お皿に盛り付ける。なかなかいい出来だと思う。特にこの卵サンドなんかいいマヨネーズ加減だと味見して思った。

 最後にローストビーフを薄く切り、一番大きなお皿に乗せてワインを使ったソースをかける。

 全ての料理を食卓に並べたら、各々がコップに好きなジュースを注いでいく。俺はオレンジジュースを、美咲はリンゴジュースを、輝子はぶどうジュースでコップを満たす。


「じゃ、聖なる夜に乾杯!」


 カチン、とコップから音が鳴り響く。そのままジュースを飲むと、爽やかな酸味が下を通り抜けた。これが堪らなく好きだ。


「このサンドウィッチ美味しいじゃない! 腕を上げたわね」

「誰かが毎日飯を食いに来てればそりゃ腕も上がる。けど、ありがとう」


 皮肉も込めて輝子に言葉を返す。最後のありがとうが聞こえたかどうかは微妙なところか、と思いながらサンドウィッチをかじる。シャキッとした玉ねぎが新鮮で美味しかった。


「本当です、これ美味しい……それにこのお肉も、不思議な味ですけど美味しいです」


 そう言った美咲の手は止まる事を知らない。ローストビーフにサラダにサンドウィッチを味わい続けている。その顔が幸せそうだったのと、もともと結構な量を用意したということもあって止める必要はない。


「サラダも美味いな。ドレッシングの加減、上手になったじゃないか」

「えへへ、ありがとう」


 顔を赤らめる美咲に、なにか決定的な違和感があったような気がする。はて、なんだろうかと考えてみるも答えが出ない。

 そうやって考えていると、


「慎二さん、好き!」


 いつのまにか隣にやってきた美咲が、俺に抱きついてくる。スラリとした体型が直にわかってしまい、湧き上がったモノを振り払うように首を振る。


「み、美咲?」

「慎二さん、暖かいなぁ」


 にへら、と今まで見せたことのないような笑顔と、ゆでダコみたいに真っ赤な顔。まさかと思って鼻をひくつかせると、鼻を突く刺激臭。机の上にあるジュースの缶を手に持って、やれやれとため息をついた。


「輝子、これお酒だぞ」

「え? やだ、ほんとだ──ごめん、ちょっと電話してくる」


 スマートフォン片手に慌てて居間を出る輝子。


「えへへ、慎二さん大好き」


 頬に柔らかい感覚がする。輝子が顔を擦り付けてきているのだ。まるでマーキングするかのようで、可愛らしい。

 ふと、これが彼女の素の状態なのかもしれないな、と思った。虐待によって抑制された本来の自分が、アルコールの影響下で再び表層に出てきたのかもしれない。


「慎二さんは、わたしを助けてくれたし、安心させてくれる。大好き!」

「ああ、俺も好きだよ」


 抱きしめて頭を撫でる。


「だから……離さないで……お願い、わたしを見捨てないで……」


 今までにないぐらい小さく感じられるその姿に胸が痛む。震えるその姿、縋るようなその目は、間違っても子供がしていいものじゃない。


「見捨てるかよ。お前を絶対に離さない」


 意思を強く伝えるために、しっかりと抱きしめる。


「よかった……慎二さんにあえ……て……」


 スゥ、スゥと小さく寝息を立て始めた美咲。その髪を優しく撫でてやる。


「ゴメン、組で飲む予定のヤツが混じっていたって──」


 口元に人差し指を持っていって静かにと促す。


「そっか、寝ちゃったんだ。ふふ、安心しきっちゃって、可愛い」


 確かに美咲の表情は柔らかく、それをみるだけで信頼されているという確信に至るものだった。


「輝子はどうする? 泊まっていくか?」

「そうだね。泊まろうかな」

「わかった。っと、そうだ。土蔵にクリスマスプレゼントがあるから、完全に寝ついたら枕元に置いてもらってもいいか?」

「わかった。任せて」




 美咲を布団に寝かせてから風呂に入り、部屋に戻る。そのまま美咲の寝ている布団に潜り込んで、ふと考えた。

 アルコールは人の素の部分を開放することがあるらしい。俺はそれを経験していないから解らないが、もしアルコールの影響で美咲の人格の根っこの部分が出てきたのだとすれば、彼女はまだ自分を抑え込んでいるのかもしれない。

 あの一瞬、美咲が見せた目が脳裏から離れない。深い闇を見せる目。こちらに縋るような目。まだ十五の子供がする目じゃない。

 彼女の言葉が本心なら、俺に見捨てられることに怯えている。無理もない、と思う。彼女はまだ子供だし、心に深く埋め込まれた経験は消えないから。

 けど、だからこそ俺や輝子のいるところぐらいは安心できる場所として認識してほしい。人は、安心できる場所がなければ生きていけない。


 ――安心しきっちゃって、可愛い。


 本当に安心してくれているのか、不安になる。けど、今俺の横で眠り込んでいる少女の姿を見て、少しは安心してくれていると信じていいのかな、と感じた。

 意識が薄れていく。そして眠りに――。


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