エピローグ
「魔王の封印の瞬間、見てみたかったな~。」
レティは足をだら~んと伸ばして長椅子に横たわり、お気に入りのクッションを抱きしめている。
扉を開ける聖女。横で剣を構え、彼女を守る王子。二百年の時を超え、切れかけた封印を一度解く。
空に立ち込める暗雲。みるみると暗闇に飲み込まれていく街並み。
画面は空からドローンで撮影した映像のように、王都からギュッターベルグの修道院へズームアップ!
「また、それかよ。」
向かいのソファに腰かけてお茶を飲んでいるのは、先日帰ってきたばかりのアルベルトだ。
ギュッターベルグでの仕事を終えて帰ってきたその時は、無事な姿を確認してさすがのレティも涙したものだったが。今日は非番という事で、レティがずっと楽しみにしていた武勇伝を聞かせてくれる約束だったのに、気が付けばレティの妄想が既に暴走していた。
「ねえねえ、リズさん、格好良かった?」
がばっと起き上がって、クッションを抱きしめたまま前のめりになると、アルベルトは一瞬のけぞりながらもニヤッと笑って「格好良かったよ。」と言う。
「くー!良いなー!私も見たかったー!」
両手を握りしめて、足をバタバタさせる。抱きしめたクッションは、もうその原型を留めていない。
(光り輝く聖女の術! 一瞬にして消え去る魔物の群れ! やばい! 妄想が止まらない!)
相も変わらずなレティにアルベルトが呆れたようにため息をつくと、「リズ、この三年間の記憶は残っていたんだけど、別人みたいだった。」と、少し寂しそうに呟いた。
―――中身の莉愛が、帰ってしまったからだろう。
「ずっと夢を見ているような感覚だった。」
リズは帰りの馬車で、アルベルトにそう言ったそうだ。魔王の封印を終えた莉愛は、ウィルフレッドに抱きしめられたその瞬間に、向こうの記憶と共に帰ってしまったらしい。
(せっかちな奴め。でもエンドロールは、しっかり見たって言ってたはず。)
確認する手立ては無いけど、私のこの記憶が、彼女が元気に向こうに帰れた証拠なのだ。レティは懐かしい友人を思い出して、ふふっと笑った。
「そういえば、俺、しばらくギュッターベルグで働くことになったから。」
懐かしい記憶を辿っていたところに、突然アルベルトがそう言った。「はあ?」と、レティは驚きすぎて、変なところから声が出た。
「ギュッターベルグ伯が、どうしてもって言うからさ。」
「へ?は、はあ?」
ますます変な声になる。————何言っちゃってんの?だ。ギュッターベルグ伯って言ったら、あれじゃん。元皇太子じゃん?
「研究室からの派遣って形なんだけど。そんで、しばらく向こうの調査もあるし、魔王の封印についても調べたいしさ。」
―――何、それ。ずるい。私も調べたい。
「だからさ、」そこまで聞いて、レティは顔の前で手を広げ「待った」をかけた。
そして、「わかった。わかった。待ってれば良いんでしょ。待ってれば。」と、アルベルトの言葉を待たずに、声を被せる。
(待っててやるって約束しちゃったからね! 仕方がないじゃん! 四十秒、とっくに超えちゃってるけどね!)
すると、しばらく固まっていたアルベルトが、「何、言ってんだよ。」とちょっと怒った顔になる。そして、「お前も行くんだろ。」と言った。
―――はて? お前も行くとは? どこへ? ギュッターベルグへ?
そんな話、したことあったっけ? 初耳のような気がするが。
「もう、レオナルドおじさんには許可もらってるから。」
アルベルトが悪びれた様子もなく、さらっと驚くことを言ってのける。
―――なんですと?
「明日また向こうに飛ぶんだけど、来週また戻ってくるから。その時、婚姻届けを出して、」「おい、ちょっと待て。」今度は、驚くほど低い声が出た。
―――言葉が足らないならまだしもだ。そんな話は聞いていない。
「ちょっと待って。約束が違うんじゃない?」
レティが立ち上がる。すると、アルベルトも立ち上がったと思ったら、レティの足元にまですっと寄ってきて、片膝をついた。そして、そっとレティの手を取った。突然のことにレティは驚き、心臓が早鐘のようとはこういうことか!———と現実逃避しかけたその時…
「大人になって誰も結婚してくれそうな相手がいないから、俺が結婚してやる!」
と、アルベルトは満面の笑みで言ったのだ。
驚きしばらく固まっていたレティだったが、言われた言葉の意味を反芻し、「それは、こっちのセリフだー!」と、レティが言い返す。そして、二人顔を見合わせ、どちらともなく吹き出して、お腹を抱えて笑ったのだった。
◆
小山内直美は、教室で頬杖をつきながら、斜め前に座った女子生徒を見ていた。
彼女はいつも前髪を長くしていて、おとなしい印象の子だったはずだ。いつも賑やかな女生徒のグループと行動していて、「疲れないのかな。」と思ったこともあったのだが。毎日、バカみたいに本ばかり読んでいる直美は全く気が付いていなかった。———どうやら、彼女はそのグループでいじめられていたらしい。
同じ制服に、同じような髪型。そんなグループ内でえてして起こりがちな、そういったことに無縁でいた直美だったが、さすがに斜め前の席がぽっかりと空いてしまったかのような状況に、少なからず心を痛めてはいた。しかし―――。
久々に登校してきた彼女は、前とは全く別人のようだった。
おとなしい印象は変わらないが、オドオドとした態度は全くなく、前髪も髪留めで留めていて、パッチリとした目がとても可愛かった。まるで、ファンタジー小説に出てくるヒロインのようだな。———と思ったほどだ。
何が彼女をそこまで変えたのか、とても不思議に思っていたのだけれど。
「珍しい奴が来てるな。」と、隣の席に座る男子、遠藤が話しかけてくる。こっちは読書中だっつうのに、懲りない奴だ。しかも、その声はきっと彼女に聞こえている。
しかし、凛と背筋を伸ばす彼女のその背には、「お気になさらず。」と書いてあるかのようだった。
「あ、これ、ありがとね。」直美は机の横に掛けていた紙袋を、どんっという音と共に机の上に置いた。中には、数冊の本が入っている。正しく言えば、漫画だけれど。
「どうだった?」と聞かれ、直美は「良い!」と答えた。「悪いスライムじゃないよ~は、私の流行語大賞確定だわ。」と直美が言うと、「だよなー!」と笑って、空気を読まない男=遠藤は、紙袋の持ち手を掴んでロッカーの方へ持って行った。
隣の席の遠藤が、超がつくほど有名な異世界転生の本を読んでいたのを見て、それまで全く話しかけたことも無かったのに、勇気を出して話しかけ、借りたのだった。それからちょこちょこと話すようになり、お互いに本を貸し借りするようになり、彼は今では悪役令嬢系にはまっている。婚約破棄からの皇太子ざまぁ系がお気に入りらしい。
彼の性格が伺えるというものだ。あんまり近寄らんとこ―――と直美は思っている。
「どんな本を読んでいるの?」
「へ?」
思いもよらぬ所から話しかけられて、直美は変な声が出てしまった。自分の頬が赤くなるのがわかるが、気にしないフリをした。
「いつも本読んでるけど、その本面白いの?」と、斜め前の席から彼女が聞いてくる。
「ライトノベルだから好みは分かれると思うけど、妙にはまっちゃってるんだよね。」
同級生らしく話せただろうか。挨拶ぐらいしかしたことが無かった彼女。名前は確か、…浅井さん。
「ライトノベルってことは、異世界系? 悪役令嬢関係?」
「お? もしかして、いける口ですか。」
まさかの反応! 同士! ってことで、直美は一気に壁を取っ払う。
「携帯小説を少々。」と彼女が笑う。
―――うわ! めっちゃ可愛い! 尊い!
「戦闘系も読む?」
「読むけど、それなら私はゲームの方が好きかな。あと漫画。」
「私、ゲームはちょいちょいだな。漫画は?王道?」
「マジョリティもマイノリティも面白ければ。」
「だよねー!」
お互いの好みを手探りだけど、がさがさと音がしそうな勢いでさぐり合う。
転生、魔法、悪役令嬢、チート、王子様、魔王、海賊、ドラゴン…と、その世界は頭の中で限りなく広がっていく。まるで一つの宇宙のようだ。完全に一緒の趣味では無いが、ベクトルは同じ方向を向いている。それが直美には妙に嬉しくて。
彼女も楽しそうに話してくれている。向こうの方でヒソヒソとこちらを向いているグループがあるけど、そんなことは気にしていられない。
そこに、遠藤が帰ってきて「なんだよ。俺も交ぜろよ。」と言う。
「こいつ、ざまぁ系推し。」と直美が言えば、「ええー。」と莉愛が嫌そうな顔をした。
「なんでそうなるんだよ。もっと良い紹介の仕方があるだろうよ。」と彼が怒ったように言う。
そして、直美が笑う。莉愛も、笑う。
話してみなければ、わからない事だらけだ。たまには本を閉じて、こんな時間を過ごすのも悪くないと直美は思う。
「今、どんなゲームやってる?」と、遠藤が莉愛に話しかけている。こいつはゲームもいける口らしい。
すると、莉愛はニッコリと笑って―――「おすすめのゲームがあるの。」と言った。
◆
ここまで読んでいただきありがとうございました。第一章はこれで完結になります。
サイドストーリーを一話挟んで、第二章を開始します。
二人の今後、気になる!まだ伏線、回収してないのあるんじゃない⁉
――と思ってくださいましたら、
★評価とフォローをいただけたら、嬉しいです。
最終回までお付き合いいただけると良いな。
それでは、よろしくお願い致します!
林奈
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