第8話 友達

 ~魔王復活まであと一ヶ月~




 第二王子の立太子の儀が無事に終了し、各紙の大方の予想通り、悪役令嬢、もといイザベラ様との婚約が発表された。朝食を終えた父レオナルドが読んでいる新聞の一面に、立太子の儀の後、城のバルコニーで二人並んで手を振る姿が載っているのが見えた。———幸せそうに微笑まれるイザベラ様。

 


(これは、あれだな。第一王子、やらかし説が濃厚だな。)

 


 食後のお茶に手を伸ばしながら、レティはそう分析する。

 


(そんでもって、左遷ついでに戦の前線に送られた―――と。元皇太子、どんまいっ!)


 

 新聞の裏面には、ギュッターベルグ辺境伯が隣国と何らかの交渉に入られたようだ―――という内容のことが、小さな記事になっていた。

 最近、「ギュッターベルグ」の文字を見ると、ドキッとしてしまうレティである。アルベルトからは、ギュッターベルグに無事に着いたという手紙が来ただけだ。

 

 最北端の地、ギュッターベルグ。山岳信仰が根強く残る、山々に囲まれた、まさに辺境の地だ。


 レオナルドに頼まれるお使いの帰りにもう当たり前のようになってしまった本屋への寄り道も、最近は小説だけでなく、ギュッターベルグに関係する本に目がいってしまうようになったレティである。何冊か手に取ったが、その度に、その地に、その地で忙しくしているであろう幼なじみに、想いを馳せる。そして、そんな自分を思い出して、顔が赤くなるのだ。

 


(恥ず! 私、リア充じゃん! 爆発しろー!)

 


 急に落ち着かなくなってお茶を戻し席を立てば、そんなレティを横目で見ていたレオナルドが、砂を噛むような顔をして新聞を閉じた。

 

 朝食の時間を終え、食堂から自室に戻る。散らかった机の上には、アルベルトからの手紙が置きっぱなしになっていた。もう何度も読んだその手紙を再び手にとって、ベッドに横たわった。

 

 アルベルトからの手紙には、ギュッターベルグの景色の美しさだけでなく、自分が滞在している部屋の様子なども丁寧に書かれていて、「いつかレティと一緒に来たい。」と、そして最後には「レティに早く会いたい。」と、恥ずかしげも無く書かれていた。レティは何度も読んだはずのその言葉に、顔が赤くなっていくのを感じながら、「手紙だと饒舌だな!おい!」と、遠くにいる幼なじみにツッコミをいれる。

 普段、言葉が足らない癖して!———と、火照った顔を枕に突っ伏して冷ます。


 コンコンコン―――そこに、ドアをノックする音がした。

 

「レティさん、レオナルド様がお呼びです。」と声をかけてきたのは、職場復帰したネリおばさんだ。

「はーい。すぐ行きまーす。」と返事をして、レティはベッドから起きあがり、手紙を机の上に戻すと、乱れた服を整えた。

 

 

 向かった応接室には、父親のレオナルドと、いつもの文官の服ではなく、私服らしきロッセリーニがいた。

 

「いらっしゃいませ。ロッセリーニ様。」と、レティは頭を下げると、「こんにちは、レティ。」といつものように返されて、笑顔を向けられた。

「こっちへ。」とレオナルドに声をかけられたので、レティはその隣に腰掛けた。

 

「先日は、急なお見合い話をもちかけまして、申し訳ありませんでした。」とロッセリーニが言う。ああ、そのことか。———と、レティは理解して、「こちらこそ、有り難いお申し出でありましたのに、不躾にもお断りして申し訳ございませんでした。」と頭を下げた。

 アルベルトと会えたその日の内に、彼と約束したことをレオナルドに報告すると、後日、商談の際に断っておくと言ってくれた。どうやら、その通りにしてくれたようだ。

 

「いやいや、気にしないでください。数名の方に同時にお声をかけるという失礼なことをしたのはこちらですから。」と、ロッセリーニはやや困ったような表情で笑った。そして、「お陰様で他の所で話が纏まりまして、一応その報告に。」と、目を細めた。それを聞いて、思わず笑顔になるレティ。



(良かった!)



 なんとなく気にはなっていたのだ。見目の良い、優しそうな青年の姿絵を思い出す。急いで結婚しなければならない理由なんて、あまり良い話ではないだろうから。ご両親のご病気とか…ね。

 

「先日、婚約式も無事に終えて、ホッとしたところです。」とロッセリーニは言う。


 

(婚約式か~。私もその内…)



―――と、思わず考えてしまった脳内お花畑のレティは、顔が赤くなったのに気がついて頬を隠すように急いで手を当てた。それを見たロッセリーニは、「お約束されている方がいらっしゃるそうで。」とニコリと笑いかけると、「やっとですよ。」と、レオナルドが肩を竦めて、それでも少し寂しそうに笑った。

 

 

 

 

「私、王都を離れることになったんです。」



 彼女は、少しはにかんだような、それとも少し悔しそうな、そんな表情で言った。

 


「えぇー!?なんでー!?」



 令嬢としてはありえない声を出してしまったレティ。ここがカフェだったことを思いだし、慌てて口元を押さえる。そう、今日はお使いではなく、珍しく王宮の図書館に行こうとしていたレティは、偶然見つけてしまったのだ。あの、ストロベリーブロンドの彼女を!

 

 王宮図書館に向かっている時、一区画先の曲がり角からストロベリーブロンドの髪が出てくるのが見えたので、レティは思わず「リズさーん!!!!」と叫んで、大きく手を振った。すると、彼女は驚いたように振り向いて、そんなレティに気がつくと、恥ずかしそうにペコリと頭を下げた。まわりの人達が、なんだなんだとこちらを見ているのに気がついて、レティはまたやってしまったと顔を真っ赤にしながら、彼女に駆け寄ったのだった。

「大きな声で呼んじゃって、ごめんなさい!」と、レティが謝ると、リズは困ったように笑って許してくれた。

 


(困って笑う顔も、めっちゃ可愛い! 大好き!)

 


 今まさに困らせていたことなどすっかり忘れ、「今、お時間ありますか? 美味しいケーキ屋さんがあるんですけど!」と、レティが誘うと、リズはしばらく驚いたように固まって、「私も、レティさんと少しお話したいことがあったんです。」と言った。

 


 二人で入ったカフェは、王宮図書館の入り口から歩いてすぐのところにある。貴族の利用も多く、奥に個室もあるらしい———というのは、王宮の文官であるロッセリーニからの情報だ。平民の利用はダメということは無いらしいが、貴族の利用が多いと聞いて、少し気後れしていた。けれど、ロッセリーニに「美味しいからぜひ一度。」なんて言われてしまったら、そりゃあ行ってみたいに決まっている。いつもならアルベルトに付き合わせるのだが、今アルベルトはギュッターベルグに行っていて、いつ帰ってくるのかわかりゃしない。色々な思惑が重なって、思わずリズを掴まえてしまったが、「まるで、前世のナンパのようだな。」と、思い出してレティは笑ってしまった。

 


(したことも、されたことも無いけどね!)



 そんなレティをリズが見ていることに気がついて、また顔を赤くする。


 

「ごめんなさい! ちょっと昔のことを思い出してしまって。」


 

 そう言いながら右手で顔を隠すと、指の間から困ったように笑うリズの顔が見えた。そういえば、リズには自分が異世界転生者だとこの前話したんだったなと思い出す。———信じたか信じなかったかは別として。

 リズは、レティの言葉には何も返さず困ったように笑うと、冒頭の言葉をレティに告げた。


 

「私、王都を離れることになったんです。」 


 

 驚いて大きな声をあげてしまったレティだったが、声を抑えて「なんで、急に?」と焦りを隠せず矢継ぎ早に聞いた。そんなレティに驚いたのか、リズは身体を少し仰け反らせて、ちょっとだけ困ったように笑った。


 

「前から、そうしなきゃいけないことはわかっていたんですけど、なかなか諦めというか、…決心がつかなくて。」


 

 リズはそう言うと、少し泣きそうな顔をした。レティはそれを見て、さすがに口を閉ざす。そして、リズが続けて口を開いてくれるのを待った。


 

「レティさん、アルベルト君との婚約、おめでとうございます。」 


 

 突然かけられたお祝いの言葉に、レティの頭の中は真っ白になる。何をどう答えたら良いのかわからなくて、口がはくはくと動いただけだった。



「アルベルト君から聞きました。待っていてくれると約束してくれたって。嬉しそうに言ってましたよ、彼。」

 

 顔が、赤くなるのがわかる。



(あいつ、何言ってくれちゃってるんだ!)


 

 暑くて、恥ずかしくて、胃の上の辺りがぎゅっとする。今すぐ隠れたい! 顔を両手で覆ってうつむくと、「あ、ああ、ありがとうございますぅ。」と、普段のレティからは考えられないような、か細い声が出た。

 


(声、裏返ったあああ! 恥ずかしすぎる!)

 


 きっと今頃、耳まで真っ赤だ。———と、顔を上げられないレティを、リズはしばらく優しい目で見ていた。そして、何かに納得したように微笑むと、「レティさんのこと、友達と呼んでも良いですか?」と言った。レティは思わず顔をあげ、「もう、とっくにお友達です!」とまた大きな声になってしまって、茹で蛸になりまた俯いた。そんなレティを見てリズは、寂しそうに、でもそれ以上に嬉しそうに笑ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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