第1話 【異世界転生者】レティ・ブラン

 ~魔王復活まで四ヶ月~ 



(あ、これ、異世界転生ってやつ。)


(…って、そりゃすぐ気がつくけどさ。)



――と、のんびり現実逃避中の「私」、こと小山内直美。時間があれば家に引きこもり、ネットでひたすら無料の小説を読み漁る日々を送っていた直美にとって、異世界転生は現実に近いファンタジーだ。

 


(いやはやでもさ、普通、人気のある乙ゲーの世界の悪役令嬢だったり、めっちゃ読んだ異世界ものの小説に出てくるお姫様だったり、友達がはまっていてやらされたゲームの聖女だったりするもんじゃないの?)



 そして、現代の知識を使って無双したり、チートな魔力で聖女になったり…。転生っていうのは、てっきりそういうものだと思っていたわけで。

 

 直美は、テーブルに並んだ飲みかけのカップを、片っ端からトレーに載せていく。真ん中に置かれたクッキーを、たまにつまみ食いしながらではあるが、あっという間にテーブルの上は片づいて、また次の客を迎える準備に取りかかるのだ。

 応接室の脇に置いたワゴンにトレーを載せて、残ったクッキーのお皿も載せて、綺麗にテーブルを拭き清めれば、次の準備は終了。ワゴンをゴロゴロと押して部屋を出れば、向かう先はもちろん、台所である。


 

 確かに、魔法がある。魔物もいるらしい。王様も王子様も、なんなら姫様だっている。



(ええ、ええ、確かに異世界転生だけどさ!)



 商家ではあるけれど、明らかに平民の女の子の中身になってしまった直美。前世で色々な異世界転生系の話を読み過ぎたおかげで、まさかどの話か特定できないとは…と、彼女は悶々とする日々を送っていた。



(今まで読んだ、どれかの小説の世界なんだろうなぁ。―――と、心の中でそう何度呟いたことか!)



 直美は、自分の身に起こった「異世界転生の理由」がわからないまま、もう何年も経ってしまったことを日々嘆いたり、不思議に思ったり、まあいっかと投げやりになったりしながら過ごしてきた。


 台所について流しに向かった直美は、普通に蛇口をひねれば出てくる水で、食器を洗い流していく。薪を使って火をおこさなければいけない所はファンタジー仕様なのか、ぶつぶつ文句を言いながらも直美はポットの中の茶葉を取り替えて、新たにお湯を沸かさなければならない。

 本当なら、従業員のネリおばさんの仕事だけれど、娘さんに子供が産まれるからと、今日からしばらくお休みすることになっていた。そこでかり出されたのが、このブラン商会の娘である「直美」ことレティ・ブランである。

 

 レティは、この世界では全く珍しくない金髪。でも、前世を思わせるちょっとだけ珍しい茶色の目。どちらも、父親譲りであることは間違いない。ただ、女子=ロングヘアのこの時代には珍しい、肩までのボブヘアであり、こちらも父親譲りの癖毛のおかげで毛先はクルンと自然に内巻きであることが、レティにとってはお気に入りの部分だ。

 前世は、量も多くごわごわの癖毛。毎朝のセットが苦痛で、このまま引きこもってしまおうかと本気で悩むほどだった。今の髪型のおかげで、やる気スイッチが少し押しやすくなったことは間違いない。

 


(スイッチ押しても、チートも出会いも何もないけどね!)

 


 というわけで、前世の記憶を思い出して3年。家業であるブラン商会を手伝って1年弱。大事な仕事を任されることはほとんどなく雑用に近い仕事であっても、前世とあまりにも違う状況を楽しんではいた。

 しかし、しかしだ。ネリおばさんがお休みに入ったばかりの今日に限って、来客が多いのはいただけない!———とばかりに、台所に着いた途端にレティは大きなため息をついた。


 

(今のはため息じゃないよ。深呼吸。そう、深呼吸。)


 

 転生した記憶を思い出してから、時間もずいぶんと経っているというのに、誰かに呼ばれたとかも全く無いし、これから何かするべき立場とかも教えてもらってないし、いよいよどういうことかと考えていたところだ。

 前世を思い出して、呆然として、ハッとなったレティが、一番最初に思ったのが冒頭の言葉である。

 


 のんきな自分で良かったわ。———と、そんなことを思いながら、レティは新たな茶菓子を並べていく。先ほどとは明らかに格の違うそれに、少しばかり緊張しているようだ。



(昔の世界に残してきたのは黒歴史ばかりだし、良いんですよ。リセットですよ。我が生涯に一片の悔い無し!ですよ。)

 


 ぶつぶつ独りごちながら、次の準備を完了させる。

 


「レティ、次のお客様は玄関までお迎えにあがって。」


 

 台所の出入り口の所から顔を出した、今の世界の父親であり、上司でもあるレオナルドにそう言われ、直美改めレティは前掛けの裾で濡れた手を拭う。そのまま前掛けを外して台所のテーブルの脇にひっかけながら、「はーい、わかりました~。」と元気に玄関へと向かった。

 




 玄関で、待つことしばし。

 

 がらがらと賑やかな音をさせ、地面を揺らしながら、馬車が近づいてきた。レティは身だしなみをもう一度確認し、毛先をちょっといじってからゆっくりと頭を下げる。石畳の道を叩く軽やかな足音と重い車輪の音を響かせながら、2頭立ての馬車はゆっくりとスピードを落とした。ぶるぶると頭を振った馬たちは、轡を引かれ踏鞴を踏む。馬車が止まると、慌ただしく降りてきた馭者が、恭しくその扉を開けた。

 レティは馬車から降りてくる足を見ていた。目の前に現れた、綺麗に磨かれた上品な茶色の革靴。どなたかが来るかは、仕事だ、当然わかっている。


 

「いらっしゃいませ、ロッセリーニ様。」


 

「こんにちは、レティ。今日もよろしく。」



 頭上からかけられた穏やかな声にレティは顔をあげ、馬車から降り立った顧客を、エントランスホールへと案内する。


 ロッセリーニは城の文官であり、この商会の担当官だ。いつも定期的にやってくるロッセリーニだったが、今回はいつもより早いタイミングでのお越しだ。

 ロッセリーニにとっても、慣れた場所となっているのであろう。当たり前のように応接室へと向かいながら、当たり障りのない会話をする。「いつもの女性は、お休みですか。」とロッセリーニに尋ねられ、娘さんが臨月だと答えれば、ロッセリーニは自分の奥様の出産を思い出したのか、「それはそれは。」と何とも言えぬ顔で呟いた。


 

「ようこそ、おいでくださいました。ロッセリーニ様。」


 

 応接室のドアを開けると、商会長であるレオナルドが頭を下げて待っていた。普段の様子からは全く想像のできない、対貴族用のそれだ。

 「頭を上げてください。」と、ロッセリーニに言葉をかけられ、レオナルドが頭を上げると、いつもと同じように挨拶をする。

 レティはその場をそっと離れ、お茶の準備にとりかかった。

  



 

「婚約破棄、ですか。」


 

 レティがお茶と茶菓子を載せたワゴンを押して部屋に入ると、レオナルドの驚いた声が聞こえた。

 


(皇太子様が?婚約破棄!? それはなんて、懐かしい響き!)

 


 レティの耳が、ダンボの如く大きくなる。それでも、聞こえていないふりをしながらテーブルにお茶菓子をそっと置く。既にレティの心はここにあらずだが、ロッセリーニはそれに気づかず、言葉を続けた。


 

「しかも、なんと卒業パーティーでだったのです。」


「それはまた…随分と思い切ったことをされたものですね。」


 

 レオナルドが、感心したように頷きながら答える。その様子を肌で感じながら、レティは何も聞いていないかのように茶葉の入ったポットを手に取り、口が緩みそうになるのを必死でこらえていた。


 

(卒業パーティーで、婚約破棄!)

 

(婚約者である悪役令嬢の断罪。王子の横には、可愛らしい男爵令嬢のヒロイン。それを取り囲む上級貴族のご子息達。これぞ、王道の異世界恋愛物語!しかーし!王道すぎて、全然ヒントにならない!)


 

 思わずこぼれそうになる前世の言葉を飲み込んで、ポットに入ったお茶を丁寧にカップに注いでいく。柔らかな湯気が立ち、立ち上った香りに思わず目を細めた。


 

(今日のお茶は、この国の北部でとれる少し珍しいお茶。―――と、そんなことはどうでも良いのよ。)

 


 婚約破棄を言い渡されたご令嬢の、ご実家であらせられる公爵家は、それはそれはお怒りで、きちんとした手続きをとらなかった皇太子は廃嫡、及び臣籍降下は免れないだろうとロッセリーニは言う。

 


(てことは、ヒロインが幸せにならないパターン?ざまぁ系かしら。せめて、ヒロインの名前がわかれば…!)

 


 しかし、レティの気持ちを知ってか知らずか、婚約破棄に伴う賠償やら何やらの話から、そのまま会話は商談へと移っていってしまった。

 


(もう少し! 情報! プリーズ! kwsk!)

 


 心の中でそう叫びながらも、ゆっくりと一礼して静かに応接室を退出する。走らない程度の早歩きで台所に戻ったレティは、椅子にドカッと座って足をバタバタさせる。そして、「くーっ!」と呻いて天井を仰いだ。

 


(仕事ですからね! わかってますってば! でも、卒業パーティーで婚約破棄とか、超ベタなやつ!)

 

(いや、でも、そっか。ここは悪役令嬢が幸せになる話の中なんだ。そうだ、そうに違いない。そんな物語…)



 いや、まじ、なんでみんなこんなに悪役令嬢が好きなんだ! ってくらいに溢れていたことを思い出し、レティは再び途方に暮れるのであった。

 




 「婚約破棄の瞬間、見てみたかったな~。」


 

 レティは手足をだら~んと伸ばして長椅子に横たわると、頭の所にあったお気に入りのクッションを手に取って抱きしめた。

 

 壇上には皇太子と、その腕に頼りなげに寄り添う男爵令嬢。ヒロインである男爵令嬢は、心無し青ざめた表情を見せながら、心の中でニヤリと笑うのだ。そんな二人を守るように取り囲むのは、将来を約束された高位貴族の子息達。整えられた舞台を取り囲むように見つめ、息を飲む群衆。皇太子が廃嫡になるほどだ。罪無き悪役令嬢に、死罪か国外追放でも言い渡したのだろうか。


  

「危ないこと口走ってんじゃねーよ。」


  

 向かいのソファに腰掛けて、私が入れたお茶を飲む男、幼なじみのアルベルトだ。

 

 レティの家であるブラン家と同じ商家のフィッシャー家、その次男坊であるアルベルト。彼の父親は、一代限りの準男爵だ。レティに言わせれば、「貴族だか平民だかどっちなの!?」ってやつである。ほぼ平民同士の二人なので、自室に二人きりで…とか、全くもって普通のこと。しかも、お互いおむつがとれる前からの仲であり、なにもかも今更だ。

 

 毛先がくるんくるんのレティとは対照的に、アルベルトはツンツンの黒髪。そして、黒目。「黒と言えば、魔力。」っていうのはどの世界でも定石らしく、アルベルトには魔力がある…らしい。そのせいで、幼少時代はいじめられたりもしたようだった。

 レティにとってそれが懐かしい色であると気がついたのはまだ数年前のことだが、何か感じるものがあったのか、子供の時からアルベルトの色が好きだった。だからといって、恋愛的な何か…ということは全くない。

 

 一応今は貴族ってことで、アルベルトは貴族のご子息ご令嬢が通うアカデミーに在学している。いや、正しくは在学していた。そう、あの卒業パーティーまで。


 なんと、アルベルトは皇太子様と同級生なのである。


 

「ねえねえ、現場見たんでしょ? どうだった? 悪役令嬢、格好良かった?」


  

 レティは長椅子から上半身を起こして、アルベルトに対し前のめりになって問い詰める。コミカライズされれば、今のレティの目は絶対にキラキラと星が舞っているはずだ。


 

「悪役令嬢とか…またその話かよ。」


 

 アルベルトは、頭の後ろで手を組んでソファの背もたれによりかかり、呆れた目でレティを見た。


 

「イザベラ様は、次期王妃に最も相応しいお方だ。他国王家からの覚えも目出度く、これから外交重視にならざるをえない王家にとっては喉から手が出るほど欲しい逸材だし、俺たち商家にとっても今後の交易を考えたら次期王妃はイザベラ様一択さ。」


  

 そんなことはどうでも良い、とばかりにレティは話を続ける。


 

「皇太子様はその、イザベラ様だっけ?を断罪したの? 実際、ヒロインのことをいじめてたりとか?」


 

 座り直してますます前のめりになるレティに、呆れた顔をしてアルベルトは小さなため息をついた。


  

「イザベラ様が、そんなことするわけねーじゃん。次期王妃として不適切だとする事実の証言は、反皇太子派からのものばかりだし、何よりも証拠がない。」 


「イジメではね、証拠そんなのが無いのが当たり前なんですよ。」

 


 そう言って、レティはふふっと笑う。

 

(うん、これ前世で読んだ、何かのマンガの台詞だ。)

 


「何だよ、それ。イザベラ様はそんなちっさい人間じゃねぇ。」

  


 なんだか、ずいぶんと悪役令嬢の肩を持つじゃないか。———レティは、なんだかちょっと面白くなかくて、足を組み、膝に肘を乗せると、頬杖をついて口を尖らせた。

 


「ずいぶん、イザベラ様に肩入れするじゃない。魅了の魔法でもかけられてるんじゃないの?」

 


 アルベルトの眉間に皺が寄る。あ、ちょっと調子にのりすぎたか…とレティはちょっと怯んだ。

 


「嘘、嘘。イザベラ様も皇太子様も会ったこと無いのに、勝手にキャラ作り込んじゃってたわ。ごめん。」

 


 慌てて素直に謝れば、アルベルトはやれやれという顔をして再びお茶に手を伸ばす。ゆっくりとカップに口をつけるその仕草に、いつの間にこんな風にお茶なんて飲むようになったんだっけ?―――と、レティは考えていた。

 


「しかし相変わらずだな。ヒロインとか、キャラとか。」

 


 そう。アルベルトは、レティが異世界転生者であることを知っている。前世の記憶を思い出して、パニックになっていたレティを落ち着かせたのは、アルベルトだ。

 


「ここでは良いけど、魅了の魔法とか外で口にすんなよ、御法度なんだから。」

 


 今の時代で平穏に生きていこうと思ったら、気をつけなければいけないことが結構ある。前世できゃっきゃきゃっきゃと話題にしていたファンタジー的な何かが、こちらでは現実なのだから。

 

―――確かに、「魅了の魔法は禁忌」っていうパターンが多かったなぁ。そのやり方は物語によって様々で、食べ物に混ぜたり、あとなんだっけ? 魔力をのせて、フルネームで呼ぶとか…もあった気がする。

 


 そんな話題に唯一付き合ってくれるアルベルトも、これからは王宮勤めだ。この世界でも数少ない魔力持ちである彼は、当然の如く魔術研究室に入る。こんな風に、気軽に会えなくなってしまうのだろうか…少し悲しい気持ちになって、レティはアルベルトを見た。

 


「仕事、いつから?」


「本格的には、来月頭だな。それまでにも何回か王宮に行かなきゃなんねーけど。」


「ふーん。」

 


 気のない返事をして、レティはふと考える。やばいのは私のこの前世の知識より、これから王宮勤めになるというアルベルトのその言葉遣いなんじゃないの?――と。

 



 

 アルベルトが帰った後、レティは台所でポットに入れたお茶と少しばかりのお菓子を用意して、いそいそと自室に戻る。


 

(もともと、引きこもり気味女子ですからね~。お休みの日の醍醐味はやっぱり、ベッドでごろごろ読書と言う名のオタ活でしょう。でも、今日はやらねばならないことがあるんだよね!)



―――と、レティは、書物だらけの机に向かった。

 

 積まれた書物の量だけ見れば、さも勉強ばかりしているかのようだが、全て巷で人気の恋愛小説や冒険物語だ。先ほどアルベルトから返ってきた本を、その一番上にのせる。そして、前世の記憶と照らし合わせるため、聞いた話を考察してみようと、ペンと紙を用意して、レティはいそいそと書き始めた。

 

 まず、わかったことを箇条書きにまとめてみよう。

 


 ・イザベラ様…悪役令嬢(?)公爵家ご令嬢。皇太子の婚約者だったが、卒業パーティーで婚約破棄される。

 

 ・男爵令嬢…ヒロイン

 


―――と、ここまで書いてレティは手を止めた。

 


(ん? ちょっと待て。あれだけ、断罪やらヒロインやら話していたつもりだったが、アルベルトもロッセリーニ様も、男爵令嬢なんて一言も言ってないぞ?)


(ええっ!? まさか、全部私の妄想!?)


 

 レティは頭を机に押し付けて、うなだれた。


 というわけで、男爵令嬢の部分を横線で消す。紙にはイザベラ様について1行書かれただけで、ほとんど白紙のままだ。それがあまりに寂しくて、その下に「皇太子…廃嫡、臣籍降下の予定。」と付け足した。

 

 ペンを置いて、持ってきたお菓子に手を伸ばす。疲れた頭には糖分が大事だ。うん。———と、レティは自分を納得させる。あれだけ喋って、得た情報はまさかのたったの2行。



(ああ、自分の妄想力が恨めしい。しかも、唯一の手がかりであるイザベラ様。イザベラなんて、悪役令嬢に超ありがちな名前じゃないか!そんな名前の悪役令嬢の話、思い出しきれるわけがない。はい! 手詰まり!)


 

 先ほど置いたペンを指先で弾き、イスにぐっと寄りかかる。ここで、(あれ?)と思う。


 

(悪役令嬢は…転生者?)



 だって、こういう話って普通…悪役令嬢かヒロインのどちらかが転生者だったりする。でも、ヒロインが転生者の場合、悪役令嬢の婚約破棄騒動にはなかなか結びつかないのではないか。———レティは口を尖らせて、鼻との間にペンを挟んだ。



(あれ? でも、乙女ゲームの場合は別か? 乙ゲーは、あまりやったこと無いんだよな~。)



 それを元ネタにした小説は数え切れないほど読んだけど、ほとんどのものが、悪役令嬢が主役だった。大体は、婚約破棄された悪役令嬢がその瞬間に記憶を取り戻したりとかするパターンが一般的じゃなかろうか。それが、レティと同じ異世界転生だろうと、逆行転生だろうと。


 持ってきたクッキーに手を伸ばす。サクッ…とはしない、手作り感満載のクッキーだ。この世界には、これだって贅沢な甘味だ。


 再び、レティの妄想は進む。



(しかも、皇太子が廃嫡ってことは、既にチート感満載らしい悪役令嬢は、そのまま第二王子の婚約者になるかして王妃確定じゃない?)

 


 皇太子の下には王子が二人いる。一番下の王子様は側妃様のお子様だから、その方が立太子することは無い。―――と、昔聞いたことをレティは思い出す。

 


(うーん、悪役令嬢、怪しい。でも、じゃあ、ヒロインは?)

 


 レティは顎の下に敷いていた手で、そのまま頭を抱える。

 


(ヒロイン!本当にどこいっちゃったの!? そういえば…、ヒロインが王族になるのが嫌で逃げちゃうパターンの話もあったな。じゃあ、じゃあ、皇太子の婚約破棄宣言は何のため? ヒロインと結ばれるためじゃないの?)

 


 たった二行しかない事実。それなのに、レティの頭の中は既に情報過多だ。どれも妄想の範囲のものでしかないので、それらをこの二行の下に書いてしまえば考察は混乱を増す。それでは、これ以上書き足すことは何もないと、レティは情報をまとめることを放棄した。

 後継者争いは、反皇太子派有利の状況。王宮も混乱するだろう、それぐらいレティにだってわかる。

 


(これ、乙ゲーは選択肢から消えたな。うん、まずはそれで良し。)

 


 妄想に終止符を打ち、再びメモしていた紙に目を落とせば、そこは「へのへのもへじだらけ」になっていた。無意識に、書き込んでしまっていたらしい。へのへのもへじのひとつは、髪の毛をドリルにして、さも悪役令嬢と言わんばかりのドレスを着ている。レティの悪い癖だ。妄想しているときにペンを持っちゃいけないって、わかっていたのに。

 

 「無駄にしてしまってごめんなさい。」と、心の中で呟きながら、紙は折ってゴミ箱へ。 さて、全く進んだ気はしないが、それでも絞られたぞとレティは伸びをした。

 

 

 

 

 

 


 

 

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