第6話 レティとアルベルト

 ~魔王復活まであと二ヶ月~



 今日のレティは、休日である。ネリおばさんが仕事に復帰したため、久しぶりにお休みをもらったのだ。

 


(決してクビになったわけではない。決して!)

 


 なので現在はというと、王都のメイン通りを鼻歌交じりに闊歩中である。部屋に籠もってオタク活動に勤しむことも考えたが、部屋にある本は粗方読み終えるどころか、周回も終えていたため新しい本が欲しかった―――ということもある。

 


(そう、この手紙を届けるのは、そのついでだ。つ・い・で! だっ!) 

 

右手に持つ封筒を、太陽に透かしてみる。自分で書いたとは言え、やっぱり薄い。レティは、苦笑する。封筒を透かして中身をよーく見てみれば、何が書いてあるかもわかってしまうほど、非常にシンプルな中身。

 


「出来れば、仕事が落ち着くまで待っていてほしい。」


 

 そんな言葉足らずな伝言を受け取ってしまってから、レティの頭の中はあっちに行ったりこっちに行ったり大忙しだった。アルベルトとそんな雰囲気になったことなど、どんなに思い出そうとしても一度もない。おそらく一番それっぽいのが、「大人になって誰も結婚してくれそうな相手がいなかったら結婚してやる」だ。

 


(そんな奴が? 待っていて欲しい?)


(何を?)


 

「目的語が足らんのだ! 目的語が!」

 


 思わず声が出て、レティは封筒を持った手で口を覆った。


 アルベルトがそんな言葉足らずな伝言を頼んだのは、レティのお見合いの話をした後と、トニーおじさんは言っていた。



(良いの! ?勘違い、しちゃうからね!?)



 いや、でも―――



「アルベルトだからな~。」

 


 大きく溜息を吐いて、再び封筒を太陽に透かす。アルベルトは、あまり自分のことを話さない。二人でいるときは、ほとんどレティが馬鹿な話をして、アルベルトがツッコんで、笑う。そんな感じだ。

 小さい頃に、アルベルトが王宮に通っていたことでさえ、レティが知ったのは最近のことだった。あまりにアルベルトが忙しそうなので、トニーおじさんに「フィッシャー商会に就職すれば良かったのに。」と言ったら、実は魔術研究室に入ることは子供の頃から決まっていたのだと教えてくれたのだ。

 

 まあ、でも、アルベルトにとっては、あまり話したくないことだったんだろう。———と、レティは思う。きっとレティが思う以上に、アルベルトは辛い思いをしているはずなのだから。せめて自分といるときぐらいは、思いっきり笑って欲しい。そう、願う。

  


 で。で、だ。



 なかなか会えないアルベルトに、レティは手紙を書くことにした。アルベルトに手紙を書くなんて、何年ぶりか。書いたことがあったかどうかさえ、怪しい。

 お見合いの件は、ブラン商会にとって美味しい話ではあったけれど、まだそんな気になれないし、何より父親であるレオナルドが好きにして良いと言っている。あのトニーの言い方からして、もしかしたらレオナルドとの間に、既に何か話があったりしたのかもしれない。

 勘違い、上等!———と覚悟を決めて、手紙を書くことにしたのだが、何からどう書くか悩みに悩み、最後の最後に「言葉足らずには言葉足らずだ!」と、開き直って書いた手紙が、このたった一行の手紙。


 

『40秒だけ待ってやる。』


 

 本当は、もうちょっと違う台詞なんだけど。———と、レティは思う。それでも、アルベルトには伝わるはずだし、きっと笑ってくれるはずだ。

 それは、いつも急に思い立ったようにやってくるアルベルトと、それこそ急に思いついたように外出しようってことになって、レティが仕度をするから待っててと言えば、アルベルトが返してくる「決まり文句」だ。もちろん、仕込んだのはレティである。


 

(確かそのアニメで、そう言われた男の子は、40秒もかからず用意が終わるんだったな。)



 何かの動画で、そんな内容のものがあったことをレティは思い出す。


 鳩の柵の扉を開ける。そして、高らかに響くファンファーレ。



(あれ、そこは緊張感のある音楽だったっけ?前世の記憶だ。忘れることもある。うん。)

 


 そんなことをごちゃごちゃ考えている内に、フィッシャー商会の正面玄関は目の前だった。


 

「こんにちはー。」


 

 誰かいることなど想像せずに、相変わらず大きい声が出てしまったが、玄関にいたのは———、まさかのアルベルト本人だった。


「お前、ほんっと変わらねーな。」と、アルベルトが笑う。

 

 レティは、思わず固まってしまった。だって、まさか本人がいるとは、誰が想像するだろうか。

 

 レティは、右手に持った封筒を見て、そしてまたアルベルトに視線を戻す。

 慌ててそれを隠そうとする。が、遅すぎた!


 いつの間にか目の前に来ていたアルベルトに、ヒョイと呆気なく奪われて、取り返そうにも全く届かない高さに持ち上げられてしまった。


 

「返して!」


 

 レティは手を伸ばしてジャンプするが、全く届きそうもない。こいつ、無駄にでかくなりやがって!と、心の中で悪態をつく。


 

「これ、俺宛の手紙?」


 

 アルベルトが、頭上でペラペラの封筒を振ってみせる。なんて、腹だたしい!


 

「違う!」 

「ほんとに?」

「いや、そうだけど! 見ちゃだめー!」

 


 そんなやりとりをしている内に、差出人の頭の上で封筒から出される手紙。

 


 目の前で 手紙を読まれる 虚しさよ

 

 (ああ、思わず、一句できてしまった。)



 なかなか上手いと、レティ得意の現実逃避だ。アルベルトは、あっという間に読み終わり、そして「アハハハ!」と爆笑し始めた。目に涙も浮かんでいるようだ。



(笑いすぎだ! まあ、それを狙ったんですけどね!)


 

 でも、そんなアルベルトを見てレティはホッとした。アルベルトが笑っている。それだけで、———まあ良いかと思う。

 アルベルトは、手紙を大事そうに封筒に戻すと、優しく微笑んだまま「俺、ギュッターベルグに行ってくる。」と言った。

 


 

 目の前に座りメニューに目を落とすアルベルトを見ながら、レティは目の前の黒髪のそのつむじがどちらまわりかなんてことを考えていた。


 新しいカフェが出来たと聞いて、アルベルトと二人で出かけたのはいつの事だったか。約束する事なんてほとんど無くて、突然やってきたり、行ってみたりで、だいたいどちらかの家のどこかで、のんびりたわいもない時間を過ごす。どちらかの家族が一緒だったりっていうのもよくあることで、それはそれでまた楽しい時間だったりする。時には町に出て、誰かの誕生日プレゼントを探してみたり、本屋を覗いてみたりもする。そんな日々が、いつの間にか当たり前になっていた。

 

 確か、その日は学校が休みだからと、「じゃあ、たまには平日ランチでもしよう。」ということになり、休みの日は混んでいてなかなか入れないという、話題のカフェに行ってみよう! ということになったのだった。

 


(よくよく聞いてみたら、まさかのさぼりだったっていう! しかも新入生歓迎パーティー!)

 


 その日はそのネタで、やいやいとアルベルトをいじり倒したものだったが、まあ学生とは言え、貴族が集うようなパーティーなんて、喜んで行くような場所じゃないわね、とその時の事を思い出す。

 

 今日はまだ少し時間があるとアルベルトが言うので、ランチがてらそのカフェにやってきたのだ。パーティーをさぼった日に来て以来、機会があれば食べに来ている二人にとって慣れたお店だ。

 通りに面した席に座り、メニューを見て注文をする。注文を受けた店員が、背を向けて戻っていくと、二人揃ってホッと一息つき、早速アルベルトが切り出した。

 


「今、ギュッターベルグで不穏な動きがあって、そこに派遣されることが決まった。」

 


 レティが静かに頷くと、アルベルトも頷いて話を続ける。

 


「前皇太子殿下であらせられるギュッターベルグ辺境伯の元で、既に部隊が編成されていて、そこに魔術師部隊の一員として参戦する。」

 


「参戦」という言葉が頭にこびりつく。そこで、戦いが起こるという事だ。

 


(これは、…現実?)


 

 ギュッターベルグ北端を境に接する隣国の動き。それを危惧した王宮側の「戦略的采配」としてのギュッターベルグ伯による派兵。最近のニュースで知っている、頭の中だけのものであった出来事が、急に現実の物として目の前に現れる。想像でしかなかったものが、現実にあることの怖さを、レティは今までも何度も経験してきた。前世ではファンタジーとして夢見がちに語られていたものが、ここでは目の前に存在する。だから、いつもレティは自分に言い聞かせている。「ここは、現実だ。」と。

 


「いつ帰って来れるかはわからないんだけど、それでも俺はレティに待っていてほしい。」 

 


 アルベルトが、まっすぐにレティの目を見て言う。頭の中が、混乱している。そんな話があっただろうか―――と、いつものように前世の記憶を辿ってしまいそうになる。でも、これは現実だ。

 


「絶対に、レティのところに帰ってくるから。」

 


 アルベルトが、黒目を隠すように目を瞑り、その顔の前で手を組んだ。それはまるで、神に祈るかのようだった。


 レティは、ゆっくりと息を吐く。気持ちが少し落ち着いていく。そして、背筋を伸ばした。

 ここで怯めば、一生後悔する。それだけはわかる。だからこそ、はっきりと告げなければ。

 


「わかった。待ってる。」

 


 アルベルトの目が開き、再びまっすぐにレティの目を捉えた。驚いたような、喜んでいるような、よくわからない表情のアルベルトを見て、レティは心の中で「でも、また! お前は!」と叫ぶ。



(大事な言葉を忘れているぞ! それなら…!)



 レティはあることを思いついて、ニヤリと笑ってしまいそうになるのをまじめな顔で隠す。「その代わり、条件があるの。」と言って、レティは目の前に置かれているフォークを掴んだ。

 深刻そうな顔をしたレティを見て、アルベルトの目が大きくなった、気がする。そして、うんとゆっくり頷いて、ごくりと何かを飲み込んだようだった。

 

盛大なフラグを立てやがって!と、レティは思う。格好良く決めすぎだ!———と。



(そんなものは、私が折ってやる!)

 


 アルベルトにフォークを向けて、「帰ってきたら、昔のあのプロポーズをやり直しすること。以上!」そう言って、レティはニヤリと笑った。

 すると、アルベルトはみるみる内に笑顔になって、「はははっ!」と声を出して笑った。

 

 そう、その顔だ。


「レティが大好きだ!」と、アルベルトが笑う。

 

 私も好きだよ―――と、レティも笑う。

 


「お土産、待ってるからね!」と言えば、「楽しみにしとけ。」と得意げに言う。

 

 

 アルベルトがギュッターベルグに旅立ったのは、それから数日後のことだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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