第29話 皇太子殿下の公式訪問

「いやぁ、なんとか間に合ったな。」



 玄関先で、ロベルトがコートに付いた雪をパタパタと払う。

 ギュッターベルグを取り囲むこの山さえ越えてしまえば、隣国もそれほど雪が積もっているわけでは無かったという事で、順調に旅を終えることが出来たらしい。玄関にバタバタと入って来るなり、そんなことを報告しながら濡れたコートを使用人のマリーに渡し、「ちょっと汚れを落としてくる。」と、あっという間に客間へと行ってしまった。

 嵐のような兄の背中を見送って、レティが呆れた顔で客間の方に向かって溜息をついた。



 隣国への訪問を終えた皇太子殿下が、帰国の際にギュッターベルグに立ち寄る旨の公式の通達がウィルフレッドの元に届いたのは数日前のことだ。

 ロベルトの隣国滞在は、皇太子のそれとほぼ被っていたらしい。



「向こうに着いて三日後ぐらいだったかな。うちの皇太子もやって来るってんで、びっくりしたよ。道理で検問がやたら厳しいし、国内も国外もさ。国境の検問なんて何時間待たされたことか。で、そこで待っている時に知ったんだ。原因はこれかよ!ってね。」



 夕食を終えて、食後のお茶を楽しみながらロベルトの話を聞く。隣国の様子から、街道周辺の状況、今後の見通し。今後の交易を考えると、一番の問題はやはりこの連なる山並みと少なからず出る魔物だということだった。



「私、まだ魔物って見たこと無い。」

「荷馬車の運転手に、この辺でも出るって聞いたぞ。最近は減ってきているとも言ってたけど。」

「魔王が封印しなおされたから?」

「どうなんだろうなぁ。」



 兄妹の止まらない会話を他人事のように聞きながら、アルベルトはお茶を飲んでいる。

 ギュッターベルグ城にほど近いこの辺にも、魔物が出ることは知っている。そして、実はこの家にアルベルトによって結界が張られているということを、レティには言っていない。言えば、興味津々の目で根掘り葉掘り聞かれることがわかっているからだ。

 街中に下りてきてしまうような弱い魔物が減っているのは、実は自分の存在によるものが大きいのではないか、というのはウィルフレッドによる仮説である。魔物は相手の魔力に非常に敏感であり、数キロ離れた先からでも感知しているのではないかと言われている。魔物だって、好きで人間を襲うわけではない。自分の身を守るために戦うのだし、生きていくために襲うのだ。人間のそれと、なんら変わらない。



「ねえ、アルベルトは魔物、見たことある?」



 レティの質問に、アルベルトが一瞬固まり、そして苦笑した。



「あるよ。」

「すごい!どんなのだった?」



 こいつは、本当にすっかり忘れているんだなとアルベルトはあきれた気持ちになって、「魔王。」とだけ言った。



「あ。」



 レティは思い出したようで、「忘れてたー!」と言いながら大笑いしている。ロナルドも「お前、馬鹿だろ!」と言いながら、お腹を抱えている。


 本当に、馬鹿だ。そして、とても愛おしい。

 魔物にすら恐れられる自分を、家族として受け入れていることに何の疑問も持たないでいてくれる稀有な存在。

 レティは笑い過ぎて涙目になっている。絶対に守る、とアルベルトは何度も誓った言葉を、再び心の中で繰り返した。



「皇太子様は、こちらにもいらっしゃるんでしょう?」



 溜まった涙を手で拭きながら、まだ笑い足りない様子でレティが聞いてきた。

 レティの言う通り、当初の予定通りにエドワード王子が皇太子殿下となってから初めての外交となる、ギュッターベルグの北端にて接する隣国への協定締結後初の訪問を終え、その足で魔王封印の状況を今後のためという理由で視察に来る。それが、本音か建前かで言えば、当然後者だろうが、れっきとした公式訪問である。魔王封印の場所を案内する仕事などは、その担当責任者であるルディ・ドリオの仕事になるだろうが、この地を治めるギュッターベルグ伯として、ウィルフレッドが出迎えをしなければならないのは当然のことで、その準備に城内は慌ただしい雰囲気になっている。

 魔王封印の調査員として来ているアルベルトが、直接皇太子殿下と接することはないはずだが、レティが言っていた「皇太子殿下に会うべきなのは、リズでは無くて、私の方かもしれない。」という言葉が、どうしても頭から離れないでいた。



「二、三日中には到着されるだろうと聞いている。数日滞在されてから、王都に戻られるそうだ。」

「ロベルトは?王都までは戻れそうなの?」

「雪があるっていっても、街道の雪は避けてあるし、まだ荷馬車も出ているって言うから大丈夫だ。こっちでしばらくのんびりしようかと思ってたんだが、流石にまた皇太子様と被ったら面倒だし、明日中に色々手配して明後日には出るよ。」



 慌ただしい行程にはなるが、これから雪がどうなるかもわからない状況だ。荷馬車を乗り継いで帰るロベルトは、早めに出るのが正解だろうとアルベルトも思う。


「またその内、そっちに行くから。」とアルベルトがロベルトに向かって言う。

「レティも一緒に飛べたら良いのにな。」とロベルトがレティに言う。

「ほんと、それ。」とレティがロベルトを指差して、また三人で笑った。






 ―――――――――




 ギュッターベルグへと続く街の大通りを、荘厳な馬車が並んで走っていく。

 隊列を組んだその長い行列は、町に入ったところから先頭を走る騎士が大きな国旗を掲げ、立派な鎧を身に纏った騎士たちが馬に跨がってその馬車の周りを取り囲み、それに乗っている人の身分を示しているかのように大変立派なものだった。

 静かだった町に、こんなにも人が住んでいたのだろうかと驚くほど沿道には人が溢れ、その一行を珍し気に見ながら皆一様に一番立派な馬車に手を振っている。馬車の中から手を振り返すその人の姿に、女性たちは黄色い声を上げた。


 臣籍降下によりギュッターベルグ辺境伯となられた前皇太子殿下、ウィルフレッド元第一王子。その婚約者であったイザベラ様が、実は今の皇太子であるエドワード第二王子殿下と初恋同士の間柄だったのだと報じられたのはいつのことだったか。

 ギュッターベルグ伯との婚約破棄騒動から始まった一連の王家の不祥事は、気が付けば皇太子殿下とイザベラ様を主人公とした、夢のような恋物語として伝えられ、王都では小説として描かれたり、観劇でも演じられるようになっていた。ギュッターベルグ辺境伯も、愛する人のため、幼い頃から育まれていた二人の愛のため、身を引いた悲劇の王子と言われ、今や誰からも愛されるべき存在として描かれている。


 恋物語の主人公であるエドワード皇太子殿下の来訪だ。沿道は熱気に包まれ、誰もが彼を一目見ようと躍起になっていた。


 後程、「大名行列」とレティが表現したそれが、城に飲み込まれて行く様を、アルベルトは礼拝堂に繋がる塔から見下ろしていた。

 行列のまわりに溢れる人の波も、その場所からはよく見えた。

 このタイミングでリズが来るであろうことは想像できたし、ただでさえ警備体制を厳しくしているのだ。普段、王宮の警備をしている近衛兵が多く配置されているようなこの状況で、あの格好でウロウロされてはまず間違いなく不審者として捕まるだろう。

 女神像の前で消えたタケルを思い出し、その存在が消えた辺りに、アルベルトが今いる塔に誘導するようにメモを配置しておいた。


 ウィルフレッドによる皇太子殿下の出迎えが終われば、客間に案内した後、歓迎の晩餐会が開かれる。辺境の地であるため、それほど大きなものではないが、この地に住む貴族は全員漏れなく出席となる。となれば、当然アルベルトもレティも出席ということだ。レティは朝からその準備に、彼女の言葉で言うところの「てんやわんや」だった。

 アルベルトは、既にそれ用の衣装を自分の執務室に持ち込んでいた。レティには悪いが馬車の手配だけはしておいたので、城まではレティ一人で来てもらうことになっている。しかし、本人は全く気にしていないようで、それはそれで少しさみしく思うアルベルトではあったが、頼もしい嫁に安堵もした。


 一通り、隊列が城に入りきった頃、コツコツコツと、階下から足音が聞こえてきた。



「おーい。リズさんがやってきましたよー。」



 楽しそうな声が、塔の中でこだまする。アルベルトは一気に階段を下って、その声の主を見つけた瞬間、「馬鹿!でかい声を出すな!」と口元に人差し指を立てながら、声は小さいが強い口調で言った。

 驚いた様子のリズだったが、こちらの状況を何か感じとったのだろうか。「誰か来てる?」と訝し気な顔をした。



「皇太子殿下が公式訪問中。」

「マジで⁉」



 リズは大きく目を見開いて、それでもしっかり声を抑えて言った。



「帰った方が良い?」

「いや、レティから手紙を預かっているんだ。時間は大丈夫か?」



 リズが、真剣な顔でしっかりと頷いたのを見て、アルベルトはリズの横を通り抜け、「こっちだ。」と親指で階下を指して、塔の階段を下りて行った。



 皇太子殿下とウィルフレッドが通られる予定の通路を避けて、アルベルトの執務室へと向かう。

 今日、明日と、転移魔法陣は不要不急の利用は禁止になっていて、魔法陣担当の人間も休みだ。明日は、魔術研究室のジョン・ノア室長と宰相筆頭補佐のダニー・ヒルが王宮から転移してきて、魔王封印場所への視察に同行することになっているが、今日の利用予定は全く無い。


 執務室に入るなり、「これだ。」と言って、アルベルトが胸元から手紙を取り出す。

「一応、手紙みたいね。珍しい。」と笑いながら、リズはそれを受け取った。


 レティの手紙は、いつも何かのメモみたいにとても短いものばかりなのだ。それは、前世でも変わらなかったということだろうか。


 まだ勧めてもいないソファーに腰をかけたリズは、その封を開け、中から一枚しかないが、しっかりと折り込まれた手紙を取り出した。そして、それをそっと開く。



「アルベルトは、何が書いてあるのか知っているの?」

「まあ、なんとなくは。」

「そう。」



 それだけ言って、リズは手紙を読み始めた。


 しばらく沈黙が続く。

 手紙を読みはじめてすぐ、ひどく驚いたような顔をしたリズだったが、右から左へと視線を何度か動かした頃から、今度は考え込むことが多くなってきた。

 その表情の変化から、何かを読み取れないものかともどかしい気持ちでアルベルトは待った。



「ねえ、この後の予定ってどうなってるの?」



 手紙から徐に顔を上げたリズが、何も無かったかのように声をかけてきた。



「今日は夕刻から各貴族を集めて、皇太子殿下を歓迎する晩餐会が開かれる。レティと俺も出席する。」

「明日は?」

「魔王封印の場所の視察だな。」

「そう。」



 そして再び、リズは何かを考えている。なんだかよく見る光景だなと、アルベルトは他人事のように考えていた。思考に嵌まるのは、異世界人特有なのだろうか。この二人に特化したものなのだろうか。

 それをレティに聞いても、きっとそれを認めはしないだろうけれど。



「うーん。上手くいくかなー。」



 リズが困ったようにこめかみを掻いている。

 アルベルトは、そんなリズをじっと見ていたが、リズはそれ以上何も話す気は無いようだった。リズはふっと何かを思い立ったように顔を上げ、「あっ、」と言ってアルベルトを見た。そして、「レティには言っておいて。彼はまだ生きてるし、彼女はまだこっちにいるって。」と言った。



「彼女?」

「この手紙の中身が分かっているなら、もうなんとなくわかっているんでしょう?」



 リズが、アルベルトの本心を探るかのように、その目をじっと覗きこんでくる。

 そして、小さな溜め息をついて、「リリアよ。遠藤 莉々愛。」と言って、ニッ笑った。




 礼拝堂でリズを見送って、アルベルトは自分の執務室に戻ると、慌ただしく晩餐会の準備に取り掛かった。久しぶりの正装に、着たばかりだというのに肩が凝る。気が付けば増えた勲章に、これさえ無ければと疲れた視線を落とすが、ウィルフレッドも今頃そんなことを考えていそうだなと、幼い頃からの友達のもっと重たい勲章を思って笑い、肩の力を抜いた。


 日が傾き始めた頃、アルベルトは城の馬車止めまでレティを迎えに行った。

 アルベルトがそこに着いたときには、既にレティを乗せた馬車が到着し、馭者がそのドアを開けようとしているところだった。アルベルトはそっとそれを制し、そのドアノブに手をかけた。

 扉を開けると、首もとまで隠したシックなブルーグレーのドレスに身を纏ったレティが、立ち上がりかけた状態で、驚いた顔をしてこちらを見ていた。



「ドアが開くまで立つなって言っただろ。」



 心配で思わず出てしまった言葉に、失敗した!と思いながら出したアルベルトの手を、レティはギュッと握った瞬間に、「リズは?」と聞いてきた。

 アルベルトはもう苦笑するしかない。

 朝からてんやわんやで仕上げたはずの、滅多に見ることの出来ないドレス姿を誉めるタイミングを、完全に失してしまった形だった。



「ねえねえ、リズ、来たでしょう?」



 誉められるべき本人が、全く気にしていないのだから、本当に嫌になるとやや不貞腐れたアルベルトだったが、まあそれも自分達にとってはいつものことだ。それでもここで伝えなければ、きっと後悔すると思い直し、アルベルトはそっとレティに近づいて、少し屈んでその耳元に顔を寄せた。



「レティ、そのドレス、とても似合ってる。」



 恥ずかしさから、アルベルトはすぐに顔を上げ、思わず目線を逸らしてしまったが、暫くきょとんとしていたレティもやっとその言葉の意味を理解したのか、顔をぼぼぼっと真っ赤にして「あ、ありがとう。」と、ぼそぼそと言った。


 ブルーグレーといっても、光が当たればそこにブルーが入っていることに気がつくぐらいの青で、グレーといってもそのままではほとんど黒に近いそのドレスをじっと見る。首から胸元までとその腕の先までは緻密なレースで出来ていて、うっすらと肌が見える。そこから腰まわりにかけてささやかに散りばめられた薄い茶色の石は、レティの瞳の色と一緒だが、そのドレスをより一層落ち着いたものにしている。

 叙爵が決まったときに、作っておいたドレスだった。出来上がりを見たときに、アルベルトはほとんど黒のそれに唖然としたものだ。



「素敵でしょう?アルベルトの色にするって決めてたの!」



 そう言って、鏡の前で自分にそれをあてて裾をゆらゆらさせているレティを思い出す。公式の場にそれを着ていけば注目されるとか、多少なりとも考えなかったのだろうか。ドレスを作るとき、一緒にいなかったことが悔やまれた。

 それでも、自分の色を身に纏ってもらえることが、こんなに嬉しいものなのかと、なんとも気恥ずかしいような、ウズウズとした気持ちがあることも、正直なところだ。同時に他の色でも数着作っておいたので、そのドレスを着るのは今回が初めてなのだが。



「目立つぞ。」

「目立つために着て来たのよ。まあ、でも今回のことが無くても着ただろうけどね。」



 レティがそう言ってニッと笑う。この嫁に敵うことは、一生無いだろうなとアルベルトは思う。



「さ、行くわよ。」



 差し出してもいない腕に、レティから手をかけた。



「リズは?」

「レティの言うとおり、来たよ。言われた通り、手紙だけ読ませて帰らせた。」



 歩きながら、何でもない会話をしているかのようだ。



「で、リズが言うには、彼はまだ生きているし、彼女はまだこっちにいるってさ。」



 リズが言った通りにそう告げれば、レティの目が大きくなって、アルベルトを見上げながら足を止めた。



「異世界に?」

「ああ、そう言ってた。で、次連れてくるって。」

「はあ?」



 リズからの伝言を伝えると、「うわー、まじか。無理しなきゃ良いけど。」と、レティは今着ているドレスに似合わない、ひどく渋い顔でそう言った。



 晩餐会の開かれる城の広間では、ゆったりとした音楽が演奏される中、ザワザワと落ち着かない様子で各貴族達が四列に並んだテーブルにそれぞれ用意された席に座っていく。そのほとんどが魔王関連の研究員か上位の騎士、そしてその家族である。メインテーブルには皇太子殿下とギュッターベルグ辺境伯であるウィルフレッドが並んで座るようだ。


 アルベルトとレティの入場に、ザワザワとしたものが一段と大きくなった気がしたが、レティは全く気にした様子もない。

 給仕係に案内させながら、会場を進んで行くと、ルディ・ドリオが彼の奥方と思われる女性を連れて近づいてきた。



「フィッシャー卿、夫人、私の妻を紹介させていただいても?」

「もちろんです。」



 そう言って挨拶を交わす。平民だったレティに社交界は心配だったのだが、「伊達に社会人をしていたわけではない。馬鹿にするな。」と怒られたのを思い出す。堂々としたその姿に、自分の方がよっぽどみっともないと、アルベルトは思う。


「素敵なドレスですね。」とドリオ夫人がレティに声をかけている。それは嫌味でも探りでもない、純粋な賞賛のように見えた。



「ありがとうございます。ちょっと目立ちすぎかと心配しておりましたの。そう言っていただけて嬉しく存じます。ドリオ夫人のその刺繍も見事でございますね。」



 さっきは目立つために着てきたと言っていたのに、しれっとそう言ったレティにアルベルトは吹き出しそうになるのを我慢した。



「ありがとうございます。けれども、フィッシャー夫人が目立つのは当然ですわ。我が国の英雄様の奥方様ですもの。最近はそういった色のドレスを着用する方が増えてきたのですけれど、奥方様だけがそれを纏う権利があるというものです。本当に羨ましい限りです。」



 夫人はそう言って、ほうっと熱い溜息をつき、「お二人が並ぶと、本当に素敵。」と、呟いた。



 挨拶を終えて、席に着く。


「ねえ、」とレティが身体を傾けて「アルベルトって英雄だったの?」と訝し気な顔で聞いてきた。



「何かの間違いじゃないか?」



 アルベルトの答えに納得のいかない様子のレティに、アルベルトは思わず苦笑する。

 しばらく苦い顔で何かを考えていたようなレティは、「英雄っていうよりは、パーティーに振り回されている勇者よね。」と、意味のわからないことを言って、うんうんと頷いた。



 招待された貴族達のほぼ全てが着席し終えた頃、音楽が変わり、主賓席奥の扉が開かれた。

 派手な装飾が施された白を基調とした衣装は近衛兵の正装だろうか、じゃらじゃらと音のしそうな勲章やら何やらをぶら下げた重そうな隊服を着た兵の後ろから、ウィルフレッドがエドワードを案内するような形で、並んで入ってくる。招待客である貴族達が一斉に立ち上がり、それを出迎えた。

 ウィルフレッドが兄ではあるが、廃嫡及び、臣籍降下をされた身であり、今では皇太子であるエドワードの方が身分は上だ。入場の仕方に賛否はあるだろうが、これがおそらくは一番無難な形だっただろう。――と、アルベルトはそんな二人を見ていた。


 ウィルフレッドの婚約破棄騒動から、二人が並んで公式の場に姿を現すのは初めての事だ。静かに見守る貴族達も、心の中では色めきだっているに違いない。きっとレティの妄想も、大変なことになっているのでは。――と隣りを見ると、「なんか、無駄に綺麗な二人ね。」とレティがぼそっと呟いた。「頼むから、そういうのは心の中だけにしてくれ。」と、アルベルトは彼女に身体を寄せて囁いた。


 主賓席に並び立ち、まずはウィルフレッドがエドワードの紹介と来訪の御礼を述べる。正装のウィルフレッドを見るのは久しぶりだ。ギュッターベルグ辺境伯となられてからは特に、白シャツにトラウザースといった軽装が増えた。元々堅苦しいものが苦手だったのだろう。身分制度にさえ懐疑的な見方をする彼は、王族として生きていくことは、きっとひどく苦しいことだったと慮る。穏やかな笑顔を見せるようになった彼に、家臣として、一人の友として、心から良かったなと思う。


 ウィルフレッドからの話が終わり、エドワードの挨拶へと移る。軽く頭を下げてから話始めた彼は、やはりウィルフレッドと兄弟なのだなと認識させられるほど声が似ていた。



「ギュッターベルグ辺境伯閣下、そして、ご来賓の方々。私は即位後初の領地訪問として、魔王封印の地であるこちらに来れたことを嬉しく思います。」



 元々、内向的な性格と言われ、王宮の図書室にいつもいるような人だったはずだ。イザベラ様と、よく一緒に本を読んでいる姿を多くの人が見ていたし、知っている。本当に?それとも?アルベルトが思わずエドワードをじっと見る。

 挨拶の途中、会場を見回しているようだったエドワードの視線が一瞬だけ止まった。明らかにそれは、アルベルトを見てのことだった。確実に目が合った。驚いた表情を見せなかったのは、さすがといったところだが、次の言葉が出るのに少し時間がかかったように感じた。



「明日はこのギュッターベルグの叡知の証でもある、魔王封印の場を視察させてもらい、今後、国として何をすべきか、何が出来るのか考えていきたいと、思います。途切れることのない友情に深く感謝し、我々が過去と未来の世代への義務を忘れませんように。どうもありがとうございました。」



 エドワードの挨拶が終わり、乾杯が行われ、主賓が席についたことで出席者達も一様に座っていく。その時、再びエドワードがこちらを見た、ような気がした。一瞬のことではあったが、間違いなくこちらを意識している。


「釣れたわね。」と言いながら、それでも壇上のことなど気にした風もなく、レティは目の前に置かれていく料理に舌鼓をうっている。



「まあ、普通は嫌でも目に入るよね。」



 向かいとの距離があるのを良いことに、レティが口をもぐもぐと動かしながら、気の抜けた話し方でそう言ってきた。


「食べながらしゃべるなよ。」と小さい声で叱ると、「ごめん、ごめん。これも美味しいよ。」と、全く気にしていない。

 アルベルトはやれやれと肩を竦めて苦笑する。



「珍しい色だからな。」

「前世の色だからよ。」



 レティがニッと笑う。



「これで、向こうからお声がかかればこっちのもんね。」

「そんなに上手くいくかな。」

「だって、前世とコンタクト取りたがってるのは向こうよ。勝手に向こうから寄ってくるはずよ。」



 主賓席では久しぶりに並んだ兄弟が、意外にも穏やかな雰囲気で会話していて、恋物語を知っている客達は、興味津々でそちらに視線を向けている。その会話の中で、アルベルトとその隣に座る女性、つまりは自分達について言及があったことを知ったのは、そのすぐ後のことだった。

 大体の料理が出尽くしたと思われた頃、給仕係の一人がアルベルトの所に寄ってきて、「会終了後、応接室にとの御伝言です。」と、そっと耳打ちした。

 給仕係が離れたのを確認して、「釣れた。」とレティの真似をしてアルベルトが言えば、「ggジージー」と意味不明な言葉が帰って来た。



「なんだそりゃ。」

「グッドゲーム。」



 もう一度、なんだそりゃと言いそうになったのをぐっとこらえて、アルベルトはその意味を聞くのを諦めた。



「リズが教えてくれたのよ。」



 異世界人の二人は、二人きりで話す時間などそれほど無かっただろうに、一体どんな会話をしていたんだ?と不思議に思う。

 どうでも良いことを延々と話してただ笑ってそうだなと、思い付いて思わず苦笑すると、「どうでも良いこと喋ってんなとか、考えてるんでしょ。」とレティに心を読まれてアルベルトは固まった。



「あは。当たりね。」



 嬉しそうにレティが笑う。やっぱり、この嫁には一生敵わないと、アルベルトは諦めたように笑った。









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