第10話 魔王復活の噂

 ~魔王復活まであと一ヶ月~



 昨晩、2年ぶりに兄のロベルトが帰ってきた。勉強と称して各国を旅していたのだが、ここ最近の世界情勢を鑑みて、急遽帰国を早めたらしい。昨日はかなり遅く帰ってきたので、久々の家族の再会を喜んだだけですぐに自室に戻ってしまった兄だったが、今日は朝からハイテンションだ。

 ああ、やかましいのが帰ってきた―――と、レオナルドも思っているはずだ。

 

 賑やかに会話している父親と兄を眺めながら、適当に頷きつつ聞き流していたレティだったが、ロベルトの話がギュッターベルグの話題に及ぶと、思わずといったように持っていたカップをソーサーに戻した。

 


「そんなにひどいのか?」

「中心部は特に大きな変化は無いんだけど、ちょっと外れると被害は一目瞭然だったよ。」


 

 レオナルドが、持っていた新聞を下ろし驚いたように問うと、ロベルトはなんでもないことのように答えた。


 

「ここを出て最初に通ったんだから…二年前か、その時に比べれば明らかに魔物の量も質も段違いだ。」


 

(魔物! 来た! ザ、ファンタジー!)


 

 いつもならここで妄想に突入してしまうレティだが、問題はそこが「ギュッターベルグで。」ということだ。ギュッターベルグには、アルベルトがいる。


 

「最初行った時にも王宮から文官が派遣されていて調査していたけど、ギュッターベルグ伯到着と同時に部隊まで既に手配済みだってんだから、もうずいぶん前から練られていたんだよ。きっと。」


「じゃあ、ギュッターベルグ伯の廃嫡騒動は、本当は魔物の討伐のためだったってこと?」


「そう。隣国との戦争っていうのはカモフラージュ。向こうの国が軍事力を強化しているのも、魔物が増えてるからさ。ギュッターベルグ到着とほぼ同時に、隣国と何らかの交渉に入ったっていうあれは、おそらく協定を結ぶためだろうって。間もなく締結されるって聞いたよ。」


 

 レティが食いついてきたのが意外だったのか、ちょっと驚いたようにロベルトが答える。———が、すぐに何かに気づいたようで、「そういえば」と言ってニタァと笑った。


 

「アルに会ったぞ。」


「え? ギュッターベルグで?」


 

 思わず喰い気味で聞いてしまったレティだったが、ますますニタニタしているロベルトに嫌な予感がした。思わず、頬が引き攣る。

 


「お兄様って呼ぶように言ってきた。」


 

(くわー! また余計なことを言ってくれたな! アルベルトめー! いつもは言葉が足りない癖に!)



 真っ赤になるレティに、いやらしい笑顔を向けるロベルトだったが、まだまだからかってくると思っていたのに…。次に続いた言葉は、意外にも本当の兄っぽい言葉だった。

 


「良かったな。」


 

 レティは、思わず目が点になってしまったが、言葉の意味を理解すると、恥ずかしさに俯きながら「あ、ありがと。」と答えた。

 


「父さんも、これでホッとだな。」


「まだお前が残っているだろう。」


「俺もまあ、…その内ね。」

 


 レオナルドは苦笑しながらカップを取り、お茶に口を付ける。ロベルトもそれに合わせるようにカップに手を伸ばした。

  


(そっか、アルベルト、元気なんだな。良かった。)

 


 思わず知ることのできたアルベルトの情報に、少し安心したレティだったが、次のロベルトの言葉がとんでもなかった。


 

「で、向こうでまことしやかに言われてるのがさ、やばいんだ。魔王が復活するって。」


 

―――魔王!?

 

 レティの頭の中で妙に聞き慣れた言葉が木霊する。ふとレオナルドの顔を見ると、カップを手に持ったまま目が点になって固まっていた。そりゃ、そうだろう。魔王なんて、こちらの世界ではとんと聞いたことがない。たまに、物語に出てくるかどうかぐらいだ。



(前世では、そこらじゅうにいたけどね!)


 

 めっちゃ強くてやっと倒したと思ったら第二形態とる奴とか、妙に格好良くて婚約破棄された悪役令嬢と恋に落ちるのとか、———元スライムとか。

 あ、あれは元じゃなくて、スライムのままだったっけ。


 

「あっちでは。山岳信仰の伝承として魔王伝説が残っているんだってさ。二百年ぐらい前に魔王を封印したって言われてて、封印されたと言われてる場所には今でも修道院の建物があってさ。これが無人なんだけど…、なんか不思議な建物なんだよ。」


「わざわざ見に行ったの?」


「行った。行った。魔王伝説、超ハマっちゃって。」

 


 ああ、やっぱり私の兄だ。と、レティは呆れる。前世でも今世でも、オタクの血というものは存在するらしい。

 


「アルも調査に加わってるみたいなんだけど、なんにも教えてくれないんだよな~。」と、ロベルトはぶつぶつと言った。

 


(そうか。アルベルトはそのために、ギュッターベルグに行ったんだ。魔術師として。あれほど嫌がっていた魔力で、仕事をしているんだ。)



 アルベルトを思うと、胸がギューッとなる。レティはそれを押さえるように、胸元で手をギュッと握った。

 


(しかし、魔王。魔王ね。)

 


 レオナルドが「西の方も行ったんだろう? 運河の建設状況はどうだったんだ?」と聞いたことで、話がギュッターベルグから逸れていく。話が逸れたことを確認すると、レティはいよいよ思考の海に沈む。———それを、妄想の沼とも言うが。


 

(魔王が出てくるとなると、話が全く変わる。ここは、ただの恋愛小説や恋愛系のゲームではないってことだ。最終的には、魔王を倒すっていうイベントが起こるということ? 誰が? 勇者が? 主人公はまだ登場していない?)


(まさか、こんな展開が待っているとは。しかも、現地でなきゃ聞けないような話だ。もしかしたら、王宮も情報統制しているのかも。)

 

(自分がこの世界に転生した意味は? これからわかるのかなぁ?)


(しかし、魔王と言えば、あのゲームでしょう、あのゲームもでしょう、小さいときにやったあのゲームもだし、あの本も、あの話も…)


(そういえば、———高校時代の同級生にしつこく薦められたゲームも、魔王が出てきたな。)

 


 レティが自分が思い出せる限りの魔王を思いだしている内に、朝の家族の団欒は終わった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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