第13話 葉隠れの士
九州の玄関口である門司関から西へ行くと、古くから大陸との交易港として開かれた大宰府がある。
海路や陸路が開け、商船や人々の往来も多く、遥か昔から栄えた町である。
太平洋に面した土佐の荒海と違い、穏やかな波。江戸とはまた違う観たこと事もない色とりどりの船が港に停泊し、荷の上げ下ろしを行っている。
先に到着していた、久松喜久馬、島村外内らと合流し、半平太と以蔵たちの会話も弾む。
「武市さん」
「まずは、どっから試合うていくんかいのう」
以蔵の弾む声に半平太が答える。
「筑前秋月藩、肥前唐津藩、佐賀藩、久留米藩 じゃの」
「わしゃあ、やっぱり久留米藩が楽しみじゃ」
島村外内が手に持つ槍を“シュッ”と一突き、皆に向かって大きな声で言う。
今回、剣術修行に加え、槍を携えた島村は家伝の槍術を存分に試すつもりである。
久留米藩は、武者修行の中心地とも言われ、他藩からの腕の立つ藩士が大勢立ち寄る藩である。
自分と異なる流派と競え、藩士同士で交流を持てる絶好の場所である。
久留米藩の師範は、剣術だけでなく、槍、薙刀などの腕も一流で剣以外の流派も多く訪れ、ときに他流試合も行えるのだ。
一同ははやる気持ちを抱えつつ、道中を急ぐ。
途中、噂になっている藩道場や町道場を巡り稽古を申し込む。
二日に一回ほど試合をしながら半平太一行は目的地に向かった。
◇◆◇◆葉隠れの士
二週間後、関所を越え日が暮れる頃に佐賀藩の城下に到着した。
以蔵にとって、佐賀藩での剣術修行はかなりの期待である。
話しによれば、佐賀藩の剣術には宮本武蔵の流れをくむ二刀流があり、鉄人剣とも言われる流派がある。また藩士は、葉隠れ武士ともいわれ、武士道精神を今も濃く受け継ぎ、死をいとわない荒々しい精神と剣術をつかうらしい。
実のところ以蔵は、剣術修行の壁にぶつかっていた。
江戸を発つ前、桃井春蔵先生より託された小太刀の剣技を自分なりに研鑽しているものの上手く扱えきれない。大刀、小太刀を使う二刀流との対戦となれば、何かの参考になるのではと考える。
翌日、半平太たちは、藩校に案内され練習に加わった。
が、以蔵の期待は大きく外れた。二刀を使う者がいないのだ。
藩の門外秘伝の技か、はたまた既に伝承されていないのか。
午前中の稽古が終わり、午後の稽古が始まる。
「ただいま戻りました!」
勢いよく道場の扉が開き、色黒の体格のがっしりした男が勢いよく中に入ってきた。
「袴田左之助。ただいま戻りました。」
師範代のところに駆け寄ると深々と頭を下げた。
場内がざわつく。
半平太が思い出した様に言う。
「袴田左之助か」
「武市さん知っちょるがか?」
以蔵が訪ねる。
「儂らが江戸に行く数年前か、江戸中の道場に試合を申し込んでは、剣名を上げた男じゃ」
「今は、東北に武者修行に行ちょるち聞いたが、戻ちょったがか」
「ヤツは、二刀流の使い手じゃ」
半平太の話終わらないうちに、道場に飛び込んできた 袴田左之助がこちらに向かって話しかけた。
「桃井道場の塾頭が訪ねて来ると聞いて、急ぎ訪ねて来たんじゃ」
「ぜひ、お手合わせ願いたい!」
張りのある良く通る声は、余力がみなぎり威風堂々としている。
久松喜久馬、島村外内の二人は、反射的に
「武市先生。儂にやらせてください」
と口々に言う。
以蔵が割り込む。
「武市さん。ここは儂がいくけえ」
以蔵が二人を制す。
いつもは、陽気な風韻気の以蔵だが、以蔵の発する闘気に三人とも口をつぐむ。
こんな時の以蔵は、誰も止められない。
小さい頃より身近に接する三人は、十分承知している。
「・・・」
「わかった。行ってこい」
「負けたら、晩飯ぬきやぞ」
半平太のいつもの軽口。緊張を解き、プレッシャーをかける話術だ。
二人とも下を向いて「クスッ」と笑う。
◆対決
「岡田以蔵っ! 桃井道場・中目録」
「儂が先に相手しますきに」
相手を見据え、返事を返す。
「袴田左之助っ! 鉄刃流・免許皆伝」
「お相手つかまつる」
以蔵の闘気溢れる
日に焼けた浅黒い肌に白い歯がチラッとのぞく。
名乗り合った二人の為に門弟達は、そそくさと左右に分かれ試合会場を確保する。
袴田は持参した大小の竹刀を左右に握り、素振りしながら感触を確かめた。
ひとしきり、感触を確かめると道場の中央に進み出た。
右手は上段、左手は下段、相手を威嚇しながら身体は自然体の構え。
対する以蔵は、中段正眼の構え。
二人は中央で相対する。
「始めえっ!」
師範代の掛け声で両者間合いを詰める。
お互い、剣先を三度ほど合わせ、力量を確認する。
右に回りながら、相手の隙を探る。
「しゃああっ」
先に袴田が仕掛ける。
右手上段から左右に打ち込む。
三打目、以蔵が受ける。
上がった腕からできた隙へ左下段に構えた竹刀が胴を薙いだ。
完璧に決まった太刀筋に門弟達から歓声が上がる。
「まだまだあっ」
今度は、以蔵が仕掛ける。
以蔵も素早い剣運びで攻めるが、相手の左右の防御が崩せない。
右で受ければ、左が襲い、左が受ければ右が襲う、まさに変幻自在。
これでは防御のしようがない。
何より恐ろしいのは、片手の攻撃でありながら両腕並みの攻撃力がある。
まさに一人対二人の戦いである。
威風堂々とした構えは、例えるなら大蛇が双頭をもたげ、襲って来る様である。
敏捷性に自信のある、以蔵ですら危うさを感じる。
しかし、だんだん相手の攻撃に目が慣れてくる。
相手攻撃からの守りは、以蔵の得意とするところでもあった。
以蔵の師、武市半平太は自分から争いは好まない性格。守り七割、攻め三割を好む。
十三歳の入門より、守りの基本を叩き込まれた以蔵、まずは守りに撤し、隙をみて攻撃する。
同じく、江戸の師・桃井春蔵先生も温和な性格で守り好む。
――― 一瞬の爆発。
以蔵にとって、二人の師から学んだ守りは鉄壁を目指す。
しかし、攻撃しなければ戦いは終わらない。
「・・・」
――― この難敵に鍛錬を重ねた剣技が通用するか?
以蔵は、一旦、相手との間合いをとり八相に構えた。
深く呼吸をし、力を丹田に溜める。
相手が攻撃しようと大刀を振り上げ様とした。
「はっ」
短い気合と同時に、体が自然に前に出る。
跳躍。
頭の中で、一点から斬り崩す剣筋が鮮明に浮かび上がり、剣を振り下ろす。
相手は大刀で受けたが、以蔵のすざまじい打ちこみに、握る剣ごと面に打ち込まれる。
「一本っ!」
「一瞬静まり返った道場に歓声が上がり、空気がどよめく」
二人は、サッと間合いを取る為に離れ、再度、対峙する。
「りやああ」
以蔵が、斬りこむ。
二本目、相手は小刀で受けたが、剣ごとはじき飛ばされる。
この光景に道場は静まりかえり、二人の動向を観戦した。
袴田は、飛ばされた竹刀をゆっくり拾うと二、三度素振りをし、中央に向かう。
「がはははっ」
袴田は、高笑いすると脱兎のごとく、以蔵に向かって突進する。
以蔵も前に重心をかけると床を蹴った。
「りゃああああ」
二人の気合と剣戟の音だけが、何度も何度も道場にこだまする。
二人の戦いは、砂が水を吸い込む様にお互いのレベルを急激に上げる。
もうどれくらい、お互い打ち合ったか?
それはどうでもよかった。
防ぐ、攻める、繰り返す。
ついに二人の身体がもつれ合い、倒れた。
道場の高い天井が見え、相手の途切れ途切れの息使いだけが聞こえる。
「はあっ はあっ はあっ」
笑いが込み上げてくる。
「はははっ」
以蔵の笑い声につられて、相手の笑い声が横から聞こえた。
二人は、抱き起され別室に運ばれていった。
◆
その夜、宿泊先の宿に擦傷だらけの袴田左之助が地酒と肴を抱え、訪ねて来た。
以蔵らは、お互い旅の話で大いに盛り上がり、朝を迎えた。
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