第14話 臥牛城の月
武市半平太、久松喜代馬、島村外内、岡田以蔵の四人は武者修行の登竜門と言われる、久留米藩に向かう。
道すがら、長旅姿の侍や槍を担いだ侍に出会う。
時折、十文字槍を担ぐ僧侶にも出くわした。
かの者は江戸へ武者修行の旅に向かうのか、修行を終え国元に戻る途中か、いずれも肩を活からせ一癖も二癖もありそうな出で立ちである。
久留米藩の師範は、剣術だけでなく、槍、薙刀などの腕も一流で、剣以外の流派の者も多く訪れる。そして他流試合も頻繁に行えるのだ。
自分と異なる流派と競え、藩士同士で交流を持てる絶好の場所である。
同行する島村外内の家は、代々槍術で名を上げた家系である。
久松喜代馬にしても若い頃から江戸の北辰一刀流で学び、武市道場では小野派一刀流の師範を務め他流派を修めている。
ここを最後の剣術の修行場と決める意気込みである。
四人は一週間ほど久留米藩に滞在した。よほどこの地が気にいったのか、剣技を磨きたいと島村、久松の二人は、引き続きこの地で修行したいと申し出、暫くこの藩に残ることにした。
武市半平太は別の目的がある為、引き続き諸国を回る。
薩摩辺りにも足を延ばしたいとの考えである。以蔵はおのずと半平太に付き従い旅を続ける。
半平太と以蔵は、この地に残る二人に別れを告げ、次の目的地に旅立った。
そして久留米藩からさほど遠くない、柳川藩に向かった。
◆
三十年も前になろうか、かつて大石神影流を創始した大石進がおり、親子に二代に渡って江戸中の道場を荒らしまわり名声を上げた。千葉道場の創始者 千葉周作とも互角に戦ったと伝えられる。使う剣の長さ、2メートルにもなる長剣。剣というより短い槍に近い。最大の特徴は、長剣から繰り出される突きである。遠い間合いから繰り出す攻撃は、長槍と違い複雑な攻撃を可能とする。
子供の頃に話で聞いた、二刀流の宮本武蔵と長剣使いの佐々木小次郎。巌流島での決闘の様に自分も宮本武蔵の様に戦う事ができるのか、自ずと期待で興奮は高まる。
残念ながら、創始者・大石進に一手指南を願ったが、さすがに老境とあって立ち合いはできず、門弟達に混ざって練習した。
突きと合わせて左右に斬り払われる長刀は尺がある為、当然相手は近づきにくい。
最初は戸惑った以蔵であったが、大刀をすて、小刀を構えた。
通常の距離ではかなわないと考え、槍の弱点である、接近戦で挑む。
先日の二刀流の対戦で手に入れた剣技を自分なりに研鑽した成果をここで使ってみようと試みる。
しかし、長槍の弱点である接近戦を補っているのが、この長刀である。
突きからの斬り返しの鋭さ、長刀を軽々と振り回す鍛えられた腕力。
なかなか相手の懐に入れるものではない。
だが、以蔵のもつ脚力、眼の良さで突きをかわし、小刀でうける。
間合いを見極め攻撃し威嚇する。
「せやあっ」
相手は渾身の力で突きを放つ。
以蔵は、長刀を紙一重で突きをかわし、間髪入れず、相手の懐に飛び込み胴を薙いだ。
「おおっ!」
歓声があがり、道場内がざわめく。
その後、以蔵は対戦相手探しに苦労しなかった。
次から次へと試合の申し出が殺到する。
長刀に自信を持っていた剣士たちも、自分の持つ剣技を試そうと以蔵に挑む。
◆
その夜、昼間に戦った門人、十人ほどが以蔵と半平太の宿に訪れた。
手には、地酒や産地の肴を手土産に。
「ありゃあ、
「なんばゆうと! 儂の勝ちじゃ!」
「ほなっ。もう一度、闘うかあ!」
こんな会話を酒の肴に大笑いしながら酒を酌み交わし、夜は更けていく。
◇◆◇◆臥牛城の月
武市半平太と岡田以蔵の二人は、柳川藩を後にし、豊後・岡藩へ向かう。
九州の地は、今も噴火を繰り返す火の山、阿蘇山が中央に横たわり、各藩の往来を遮る様に険しい街道や難所が続く。肥前の国から豊後の国、南の日向の国へ向かうには、この岡藩を通る。はるか昔より交通の要所・関所とし存在する。
今は外様大名である中川家が統治し、土佐藩との親交も非常に深い。
かつては当代随一にかぞえられる剣豪を多く輩出し、豊前、豊後一帯で広まった直指流を継ぐ、岡藩の剣術師範・堀加治右衛門と武市半平太は個人的にも交流があった。
阿蘇外輪山を横目に山深い街道を抜け、岡藩の城下に到着する。
早速、師範代の堀加治右衛門を訪ね、城内にある藩の剣術道場へ向かった。
城の麓に用意された寄宿舎から剣術道場に向かう為、険しい城の山道を登る。
別名・竹田天神山の“
城の中腹に建てられた剣術道場は立派なものであった。
道場の前の広い庭は外で練習するには見晴らしが素晴らしい。
ここから一望できる連なる山々、城下町の景色がまた心を
ここ岡藩は、江戸の桃井春蔵先生も若い頃に修行した地で、御前試合で名声を
「ああああああっ」
以蔵が旅の荷物と腰に差した刀を地面に放り出す。
背伸びをし、目の前に広がる山々、目下に見える城下に向かって叫んだ。
「来たぜよっ!」
半平太は、腕を組みながら以蔵の横に立ち、同じ光景を180度ゆっくり眺めた。
◆
次の日から早速、練習である。
宿泊する城の麓にある寄宿舎から、以蔵は中腹の剣術道場まで険しい山道をかけ登る。激しい稽古の後は、剣術道場の庭から
城内の庭一面に植えられた桜の木は、既に花は落ち緑の葉だけが残る。
山々の木々は赤や黄色に色づきを残しているが、吹く風は冬の訪れを告げようとしていた。
◆
練習の終り、道場の窓から白い雪がちらつき始めた。
温かい九州とはいえ、この山深い地では、かなりの雪が積もるらしい。
半平太が、以蔵に話かけた。
「以蔵よ」
「春蔵先生が言うておったが、先生の兄弟子が
「雪で道が閉ざされる前に
「武市さんっ!」
「実は儂もそう思ちょったんじゃ」
「春蔵先生の話では、えらい腕がたつちゅう話じゃ」
「春蔵先生からも、その人に教えてもらえちゅう事じゃった」
そう以蔵は言うと、脇差をスッと抜き放った。
脇差を流れる様に抜く
「これは・・・」
「ふふふ・・・」
そして、何やら言いたげに微笑した。
「早い方がええ」
「寄宿舎に戻ったら、出発の準備をしゆうがぞ」
半平太が日向行きを決断した様に、以蔵に言った。
◆
日向の国へ出立する前夜。
最後の夜を懐かしみ、以蔵は城の中腹にある剣術道場に一人、足を運んだ。
この中庭から眺める山々は雄大で猛々しい。
天気のいい昼間であれば、東の空を眺望すれば故郷の土佐が微かに望める。
切り立った崖に美しく積まれた石垣のはるか上空に丸い月が浮かんでいた。
冷えた空気を吸い込むと、脇差を抜き放つ。
月が刃を青白く輝かせる。
「以蔵」
以蔵の後ろから、
「
酒瓶を肩口にかけた、半平太が静かに立っていた。
半平太は中庭にある庭石に座り、以蔵に盃を差し出した。
受け取った盃に半平太が酒を注いだ。
以蔵も何も言わず、半平太の持つ盃に酒を注いだ。
「以蔵・・・実はな・・・」
「昨日、江戸から手紙が届いてなあ」
「儂は先に江戸に戻らにゃならん事になったがじゃ」
「堀加治右衛門殿に頼んどくけえ、おまんは、岡藩が参勤交代の時に一緒に江戸に戻って来ればええ」
「この地で、ぞんぶんに剣術修行してくればええ」
「・・・・・・」
酒を満たした二人の盃に、二つの丸い月が映る。
二人は、何も言わず、一気に酒を飲み干した。
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