第21話 勅使護衛 前編

 十月吉日。この日は空に雲一つない晴天、秋晴れであった。

 京都 祇園社の周りには見物人が何重いくえにも取り巻き、人の出入りでごった返していた。

 

 境内けいだいの中央には、金銀にいろどられた数体の豪華な御駕籠おかご。周りには、その場につかわしくない、戦仕立ての鉄の鉢金を額に巻き、衣服の下には鎖帷子くさりかたびらを着込み、地に着きそうなほど長い真っ赤な朱鞘の刀を腰に差した屈強な侍たちが勇ましく立っていた。

 その周りには長槍を持つ者。最新のミニエー銃を抱える者もいる。

 何事か起これば、すぐに戦ができる装備である。

 

 社殿しゃでんから正装に身を包んだ公卿たちがゆっくり現れる。

 庭先の中央に控えていた、武市半平太が公卿たちの御前に進み出て、深々と礼をした。

 そして神主がみことのりささげた後、駕籠かごを護る武装した侍たち、一人一人に御神酒が手渡され祈願成就をいのった。

 公卿たちは、その金銀に彩られた豪華な駕籠かごに乗り込む。

 続いて、紋付袴姿で正装した武市半平太が後ろに続く豪華な駕籠かごに乗り込んだ。

 真っ赤な朱鞘を腰に差した侍たちは、サッと駕籠かごの周りに移動し、駕籠を護衛する位置についた。


「おたあああちい~いいいい」


 にしき御旗みはたが掲げられ、かけ声と共に一斉に武装した侍たちのいさましい声が上がる。

 

 そして公卿を乗せた行列一行は、順に祇園社の門をくぐり出立していく。


◇◆◇◆勅使護衛の任

 武市半平太が中心となり、尊王攘夷を望む公卿たちを取り込み、ついに幕府へ攘夷じょういを促す勅書ちょくしょを頂いた。

 今日、江戸の幕府へ勅書ちょくしょを届ける、勅使一行ちょくしいっこうが出立する事となった。

 正使に三条実美、副使に廷臣八十八卿を指揮する右近衛権少将・姉小路公知らが江戸に勅使ちょくしとして向かう。

 

 使者は、江戸城で徳川将軍に謁見えっけんし、勅書ちょくしょを手渡した後、将軍自ら京都に上洛じょうらくする様に勅命ちょくめいを下す。

 朝廷に対して、徳川幕府に臣下しんかの礼を明確にし、これかの日本の行方ゆくえを決める大事な使者である。

 武市半平太は、この江戸へ向かう勅使の期間中、姉小路家の家臣となり、勅使一行の実行責任者として同行する。

 そして、半平太が勅使ちょくしの護衛として選んだのが、土佐勤王党の中でも武市道場の門下、島田衛吉、小笠原保馬、岡田以蔵、久松喜久代馬、阿部多司馬など手練てだれれの武闘派たち二十人。

 道中、御駕籠の護衛にあたる大役である。

 

 きらびやかに刺繍ししゅうがされた御旗みはたを掲げ、武装姿の屈強な侍たちが公卿一行を護衛しながら行列が進む。


「あれは、どこの藩かいな」

「あんさんっ、何や知らんのかいな」

「土佐藩や」「今、京の町でえらい噂になっとるでえ」


 前代未聞の勅使行列を一目観ようと集まった人々から、そんな声が聞こえてくる。

 以蔵たちは、御駕籠のそばで背を伸ばし、胸を張り、遠く前を直視しながら颯爽と歩んで行く。


 ◆

 勅使行列が江戸に向かう途中。遭遇した徳川御三家の行列もこの公卿行列に対して丁重に道を開け、皆ひれ伏す。

 土佐藩内では、上士が道を歩く時は、地面に平伏し、顔を上げることもできない郷士たちが、今や徳川御三家の侍たち眼下に見下ろし、悠々ゆうゆうと進む。

 長い旅となる街道筋の宿泊先でも、山海さんかい珍味ちんみを使った贅沢な料理でのもてなしである。

 

 ◆

 箱根の関所に着くと、奉行所の役人たちが一斉にひれ伏し、勅使行列を迎えた。

 しかし、ここで事件が起こる。 

 関所を通過する際、役人の一人が勅使一行を軽視したか、先頭の護衛組と言い争いになる。


「この無礼者があああっ!」


 勅使行列の先頭で護衛を務めていた、阿部多司馬が関所の役宅に走り寄る。

 激しい物音と共に、一人の役人が力まかせに引きずり出され、地面に倒れ込んだ。

 阿部多司馬が刀を抜き、その役人を斬ろうとする。

 役人たちは、慌てて一斉に謝罪し事なきをえた。


 多司馬は役人を蹴り倒し、雑言を吐き捨てると颯爽と先頭の列に戻っていった。


◇◆◇◆

 東海道・神奈川宿。黒船来航後、日米和親条約によりこの地は諸外国との開港場として人や物の往来で賑わう宿場となっていた。

 イギリスやオランダなど諸外国の商家や大使館が立ち並び、和文化と西洋文化が集まる地として急速な発展をとげていた。

 勅使一行は、神奈川宿に到着したものの将軍家茂の病気を理由に、江戸城への入城を足止めされていた。

 勅使の内容を内々に察知していた幕府の大老たちは、今回の要求に従う事は到底できない。幕府内でも朝廷に対する方針が分かれているものの、先に結んだ外国との条約を破棄するなど到底できるものではない。ましてや二百五十年、頂点に君臨し続けた徳川幕府が朝廷に下るなど、幕府の絶対体制を揺るがす大事はあってはならない。

 

 神奈川宿では、毎晩の様に、江戸城から手土産を持った使者が訪ね、豪華な食事や酒、めずらしい菓子などで接待される。

 しかし、いっこうに江戸城への入城の段取りが進まない。

 姉小路公知ら勅使一行、隊を統括する武市半平太、護衛の志士達の間にも不満の声が高まりつつあった。


 ◆血気

 半平太は一計をもって江戸の幕府官僚に働きかけ、江戸城入場を促していた。

 そんな中、大事件が起ころうとしていた。


「武市先生っ! 大変です!」


 血相を変えて半平太の宿泊宿に飛び込んで来たのが、長州藩の桂小五郎。

 この男とは、長州藩の若手指導者の一人、久坂玄瑞を通じて知り合った。

 半平太が江戸の桃井道場で塾頭をしていた頃、同じく江戸三大である斎藤道場で塾頭を任されていた人物である。

 半平太は、情報収集に長け、冷静沈着にして物事を判断できる人物であると一目置いている男である。

 今回の江戸勅使の件では、長州藩の代表としてこの桂小五郎と手を組んでいる。

 日頃冷静なこの男が、この慌て様、ただ事ではない。


「桂君。 何事じゃあ?」


 桂小五郎の師、吉田松陰先生と武市半平太は同輩であり、恩師と同じ志と感じた桂小五郎は、半平太に敬意を払い、半平太を先生と呼ぶ。


「高杉晋作と久坂玄瑞が、幕府の返答の遅さに腹を立て、一撃加えようと外国大使館の焼き討ちを決行すると・・・」


「いかんっ!」


 半平太もこれには慌てる。

 

 あの二人の過激な行動力は、周りを巻き込み、とんでもない求心力となる。

 文字通り“台風の目”である。


「それはっ、まずいぞ!」


 今、大使館を焼き討ちすれば、諸外国との戦に発展しかねない。

 話がこじれれば、半平太の目指す “朝廷の権力を取り戻し、幕府を配下に置いたうえで共に攘夷体制を実行する” 策が実現できない。


「桂君! 君はすぐ毛利公に御願いし、久坂らを止めてくれ」

「儂は、兵を動かし行動を阻止する!」


「武市先生。長州の者らも行かせます」


 半平太は、右手で桂小五郎を制した。


「久坂も高杉も求心力が強すぎる」

「ここは、土佐だけで動いたほうがええ」


「・・・」

「承知しました!」


 桂小五郎は、素早く判断すると、飛ぶ様に宿を出て行った。

 

 ◆

 衛吉よ・・・半平太の深刻な声。

 半平太に部屋に集められた、土佐勤王党の志士たち。

 島田衛吉、阿部多司馬ほか十名、以蔵も最後尾に集う。


「事情は説明したが、解ったか?」

「おう!」

「できるだけ、外に情報がれん様に穏便おんびんに行動にあたってくれ」

「・・・」

「しかし、武市先生・・・」


 一人の志士が、身を乗り出し半平太に問う。

 半平太が、歯を食いしばり渋い顔で、話しを遮る様に答える。


「もしもの時は・・・高杉晋作を斬れ!」

「・・・」


 集まった志士たちは、少なからず覚悟はしていた答えを得た。

 十名の中には、今まで“天誅”で徒党を組んだ者が半分以上。


 ――― “穏便”とは・・・斬るか・・・


 長州藩も手練れを集めているはず。


 ――― 奴らを斬れるか・・・


 以蔵は、最後尾で脇差の鯉口こいくちを切って半分ほど刃を抜出す。

 刃に映る自分顔を確認し、さやに戻した。


「皆、いくぞっ!」

「おうっ!」


 衛吉の掛け声とともに全員が決心した様に声を出す。

 既に、着物の内に鎖帷子くさびかたびらを身に付け集まった志士たちは、宿を飛び出して行った。


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