第24話 刺客 中編 浪士恋唄 

 傷がえた以蔵は、なまった体を取り戻そうと、村外むらはずれにひっそりと建つこのいおりの庭で日課の素振りを始めた。

 この庵は、あかねが知り合いから借り受けたものらしく、時折、御用聞ごようきききの男が訪れ、生活に足りないものを運んで来る。

 あかねからの情報で、裏山の松林まつばやしで、まだ季節はずれの松茸まつたけが獲れるらしい。

 この後、早速、山に入り松茸と狩りに出かける予定。

 

――― ふふっ。

――― 今日は鳥汁とりじると採れた松茸まつたけぶっ

て酒を飲もう・・・

――― あの瞳の大きな美しい娘も酒に付き合うだろう。


「ふううううっ」

 

 息を大きく吸い、細く息を吐く。


「しゃああああっ」


 以蔵は、腰に差した脇差を素早く抜くと、目の前の青竹を立ち割った。

 左右に移動し、風を切る様に脇差を振る。

 以蔵の目に映る幻影は、師 桃井春蔵か?武市半平太か?

 いつか・・・師を斬るほどに越える・・・

 そして、目の前の幻影が映る青竹の首元にやいばを突き通した。

 刃を突き通したまま、手首をひねる。


「ピシッ」


 短い音と共に目の前の青竹が真っ二つに裂けた。

 

 ◆

 以蔵は、ニンマリ顔でいおりに戻って来た。

 二人では、食べきれない程の松茸まつたけが採れた。

 庵の敷地に入ると、一人の男が戸口から出てくる。

 その男の目は鋭く、むき出しの腕は、只者ではない事が一目でわかる。

 以蔵を無視し、その男はいおり去って行った。


あかね。何かあったんかい?」


 茜は、浮かない顔であったが、以蔵を見ると笑顔で答える。


「収穫はどう?」

「この通りぜよ!」


 竹籠をのぞき込み、中に収まった松茸を嬉しそうに見る。


「仕度するから、以蔵は、火をおこしてさかなをお願い」


 そう言うとくりやの中へ入って行った。


 ◆

 二人の間の囲炉裏いろりに火が灯る。

 さすがにこの季節、夜になると山間に建つこのいおりは寒い。

 二人は、囲炉裏に吊るした鳥鍋を観ながら、鍋に絡みつく炎に手をかざす。

 

 以蔵の焼いた松茸をあかねが手で裂く。

 茜の空いた杯に、以蔵が酒を注ぐ。

 二人は、杯を合わせ口に運んだ。

 

 時折聞こえる山鳥の鳴き声。

 囲炉裏の火がパチパチと静かな夜に溶け込んでゆく。

 二人の時は、ゆっくりと流れていく。

 

 酒を交わしながら、以蔵が茜に話かける。


「武市さんの暗殺は、もうあきらめたがか?」


「あの時、襲撃に失敗してから、警備が厳しくて・・・」

「なかなか近づけないのっ!」

「ほうかあああ」

「それにっ! 以蔵あんたが、”あかね”を監視してるし・・・」


 ふっ、と思い出し笑いをする。


「そうそう、今日来た男。何かあるんか?」


「・・・・・・」

「依頼・・・」


 茜が、囲炉裏の火を遠い目で眺めた。


「清河八郎を殺る」


 ――― 清河八郎?


 その名前に聞き覚えがある。

 千葉道場で北辰一刀流の免許皆伝の剣の腕前をもち、江戸で自分の私塾を開く程の人物である。

 

 茜が話を続ける。


「腕の立つ仲間と一緒に、幕府直轄の京都警護隊の名目で、江戸近隣の剣術道場の剣士を集め、”浪士隊”という一党を結成したらしい。その数は二百人」

「こちらのつかんだ情報では・・・」

「その幕府管轄の”浪士隊” 二百人をそのまま”尊王攘夷の志士”として京都に送り込む計画らしい」

「既に、清河八郎率いる”浪士隊”は江戸を発ち、京に向かっているとの事」

「事実なら、清河八郎を斬る」

「浪士隊とも戦いになるかも知れん」

「・・・・・・」

「ほおっ。それは、清河八郎、大した策じゃ」

「武市さんみたいじゃのう」


 軽口をたたく以蔵に対して、茜が”キッ”とにらんだ。

 懐に忍ばせた飛首ひしゅを取り出す。


以蔵あんたは、”敵”なのよっ」


「おー、怖いのう」

わしは今、おまんの味方みかたやき」

「ははっ」


 ――― くっ。この男はあああ・・・


「そいで、いつ出立するんじゃ」

わしも付いて行くきに・・・」

「そんな面白いヤツ、儂も見てみたい」

「それに腕の立つヤツが大勢いるんじゃろ」


 瞳を輝かせて話す以蔵を見て呆れた茜だが・・・

 ちょっと面白いかも知れないと、ふと考える。


「よしっ。一緒に行こう!」


 茜は、何やら悪だくみを考える子供の様な目をすると元気よく返事をする。

 杯を持ち上げ、以蔵にかざす。

 以蔵も杯を持ち上げ、茜にかざす。


「やろう」


 その娘の黒真珠の様な黒く大きな瞳が輝いた。


 ◆浪士隊

 以蔵と茜は、浪士隊が江戸から京へ上る東海道の草津宿に先回りし、様子をうかがっていた。

 二百人程の大所帯である、東海道と中山道が交差するここ草津宿の関所でも幕府の役人と騒ぎを起こした。

 浪士隊は、会津藩が直轄する隊であり、入京の許可を得ていた。

 会津藩直下の隊であるが、荒くれどもの寄せ集め、素行の評判が非常に悪い。

 道すがらの宿場でも、度々のもめ事を起こしている。

 一癖も二癖もある侍や浪人。刀を腰に差した百姓たちである。

 身に付けた恰好や武具もそれぞれ、幕府の一隊と言うより愚連隊の集まりである。

 

 そんな、まとまりの無い隊にあっても、先頭を歩く五人は威風堂々とした出で立ちである。切れ切れに行進する中にも派閥が出来ているのか、きちんとした団体も見かけられる。

 以蔵と茜は、夫婦を装い怪しまれない様に浪士隊に近づき、様子を監視する。

 茜が小声で、「あれが、清河八郎」と耳打ちをする。

 白い肌に面長の顔。張った肩に無駄の無い動きから、かなりの使い手と解る。


「おっ」


 以蔵が小さく声を上げる。


「ありゃあ、山岡鉄太郎じゃ」

「あんた、あの山岡を知ってるの?」

「ああ、江戸の道場に居た時、一度手合わせした事があるがじゃ」

「強かったぜよ」

「おっ、あの若いのも強そうじゃ。たまるかっ~」


 子供の様に手をばたつかせる以蔵を茜が、引き気味に見る。


「このまま、奴らを追うよっ!」


 茜は言うと、旅笠で顔を隠した。


◇◆◇◆

 東北の地に古くから修験道を中心に山岳信仰が盛んな山。出羽三山でわさんざんの一つである羽黒山。その山頂に建つ出羽神社。

 巨大な老杉が生い茂り、長く続く石段を一人、”清河八郎” が頂上のやしろを目指し、登って行く。鍛えられた足腰は、険しい山道をしっかり踏みしめ、ひたすら前へ進む。

 途中、山を下る参拝者とすれちがう。参拝者はすれちがう侍に軽く挨拶をし、その山を登って来る侍の顔を見て、恐怖でおびええ、道を空けた。

 その男の顔は、まるで”人鬼”であった。

 

 清河八郎は、学問をこころざし十七才で実家を飛び出した。江戸で有名な学問所で学び、剣術では名門・千葉道場で剣の腕を磨き、免許皆伝を許された。

 江戸で幕府の役職に就いたが、すぐ役職を見限り、千葉道場の近くに学問と剣術道場の私塾を開いた。

 清河八郎は、見聞を広める為、京、大阪、中国、九州と旅した。そして各地の尊王攘夷志士らと交わるにつれ、己自身、尊王攘夷志士として目覚めていく。

 そして、旅も終わりの頃、故郷に近い宿場町の酒場で、一人の娘と出会う。

 その娘は、東北女性の顔立ちと雪の様に白い肌。薄い唇にさしした赤いべにが印象的であった。

 本来なら、看板娘として持てはやされる器量きりょうであろうが、人を寄せ付けないかげがその娘にはあった。

 その冷めた瞳に清河八郎は魅かれ、毎夜、その酒場に通った。

 娘は、安政大獄で医者であった父を失い、離散した家族と別れ、一人、宿場町を転々とし、この場末の宿場に流れ着いた。

 娘は、自分には”名”が無いという。

 八郎は、その娘に”れん”という名を贈った。

 こんな泥の様な場末の酒場に咲く、”はすの花”のように・・・

 

 聡明そうめいな娘であった。

 二人が互いに魅かれ合うのに時間はかからなかった。

 

 ◆

 清河八郎は、薩摩藩の尊王攘夷志士で、朝廷と深い繋がりを持つ田中河内介と共に、九州を遊説し尊王攘夷志士を京に集め、京で攘夷決起じょういけっきする計画を実行した。

 田中河内介と示し合わせ、決起実行の為、清河八郎が京に向かう途中。

 京の寺田屋に集まった攘夷派の薩摩藩士を反乱分子と見なす、”薩摩藩内の粛清しゅくせい”寺田屋襲撃事件を知った。

 盟友、田中河内介は捕えられ、集まった攘夷志士たちも薩摩藩によって捕縛ほばくされ討たれた。

 難を逃れた清河八郎であったが、幕府からの追手が迫り逃亡。

 妻となった”おれん”や門弟数名が幕府に捕えら、投獄された。

 

 清河八郎は、起死回生の策を打つ。

 江戸近隣に住まう尊王攘夷志士や浪人たち、腕の立つ剣士たちを集め”浪士隊”を結成した。京に上洛する将軍の警護の為、”浪士隊が京の町の治安を護る” 策を幕府に提案したのだった。

 この策が、幕府に認められる。京都守護職である会津藩の管轄の下、幕府軍とし京に入京する事が決まった。

 

 八郎は、すぐさま同志と共に集まった”浪士隊”二百人あまりを京に向け、出発させた。

 これにより、尊王攘夷派として追われていた清河八郎と八郎に関わる関係者は、無罪となり釈放される事となった。

 

 ◆

 清河八郎は、すぐさま走った。

 妻が投獄されている牢に走った。

 

 大声で牢獄の門をたたき。さけび、妻”おれん”の釈放の通達を知らせた門番に訴えた。


「・・・・・・」


 裏門から戸板といたに乗せられた姿の”おれん”が運び出される。

 

 清河八郎は、茫然ぼうぜんとその場に立ち尽くす。

 空気が止まった様に人がゆっくりと動く。


「ぐあああああああっ!」


 清河八郎は、人を押退おしのけけ、戸板をお蓮を運ぶ役人を跳除はねのけけ、”おれん”にしがみついた。


「おっ蓮。お蓮。お蓮・・・」


 冷たく、こけたほほに顔をすり寄せる。

 手を取り、体をさするる。


「・・・」

貴様きさまらっ!」


 誰に向かって言うでもない。

 おれんを片手で抱きかかえ、脇差を抜く。

 天にやいばかかげたかと思うと自分の体にやいばを突き立てた。刃を抜いたかと思うと、また刃を突き立てた。


「ぐおおっ」


 怒りの雄叫おたけびびが辺りに響く。

 周りの者が驚き慌てる。同行していた清河八郎の門弟たちが八郎の腕を押さえ、あふれる出る血を止血する。

 

 八郎は、ついには力尽き気を失った。

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