第33話『我が刀……海にお返し申す』

【ABAWORLD MINICITY 居住エリア ミカのマイルーム】








 友人たちによって好き勝手に家具を置かれた結果、非常に雑然とした状態のミカのマイルーム。


 何故か設置されているBBQコンロ。


 壁に貼られた誰が渡してきたのか薄々察せられるモフッとしたアイドルの映ったポスター。


 明らかにミカが使用するとは思えないゴツイPCの置かれた作業デスク。


 その混沌とした室内で【チーム片岡ハム】と言える面子がちゃぶ台を囲んで座布団の上に座っていた。


 デザイナー担当『m.moon』。


 スポンサー担当『トラさん』。


 (実質)参報担当『B.L.U.E』


 そして――バトルアバ『ミカ』がいた。


 まるでこれから戦に赴く武士の如く軍刀【無銘】を横に立て、それに手を置き、座布団の上で正座している。


 ミカは瞑想するように静かに目を瞑り、押し黙っていた。


 非常に気難しそうな表情を浮かべながら、話し掛け辛い雰囲気を醸し出している。


 そんなミカを気にも止めず、眼鏡を掛けたブルーがウィンドウに表示された映像を見ながら、文字を読み上げていく。


「マルチタイプは既存タイプへマルチパワーノードを搭載することによって使用出来る全く新しいタイプです――」


 ブルーの見ている画面には先日の開会式で発表された【マルチタイプ】の公式発表情報が掲載されていた。


 動画と画像によって新タイプの様々な情報が詳細に紹介されており、デルフォニウム社としてもかなり宣伝に力を入れているのが伺えた。


「――専用且つ独立したイグニッションゲージを貯めることにより『イグニッションモード』へ移行出来ます――か。大々的にプロモーションするだけあって気合入ってんなぁ、おい」


 ブルーが情報に目を通しながら感心したように呟く。それを聞いてムーンも額に皺(?)を寄せつつ青い目大きな目を点滅させた。


「この大会前のタイミングで新タイプぶち込んでくるなんて……デルフォも中々良い根性してるわね。どこもコミュニティは大騒ぎよ」


「ヤバイよなー。フォーラムでも早速どのタイプが最強かで議論起きてるし、みんないきり立ってるぜ」


 そう言ってブルーは画面を操作し、切り替えてムーンへと見せた。


 様々なスレッドが表示されそこで巻き起こっている白熱した議論が映し出されていく。


※スレッド SNS上で一つの話題をグループ化した物。


 冷静に話し合っているスレッドもあればほぼ喧嘩腰で罵倒し合っているスレッドもある。ムーンはそれを見て、多少呆れていた。


「……まだ本実装されてもいない物で良く、強さ議論なんて出来るわね。新タイプ追加はかなり珍しいから気持ちは分からなくも無いけど……」


「……何か呑気に話しとるけど……試合の準備とかせんでええんか? もう今日なんやろ? 一回戦……」


 談話している二人にトラさんが心配そうに声を掛ける。ムーンが軽く右手を振りながら答えた。


「あたしたちスタッフがこの段階で出来る事はなーんも無いのよ、社長。あとは選手に任せるだけ――ね、ミカくーん?」


 ムーンからの言葉にミカは静かに目を開いた。


「……うっ……」


 明らかに気分が悪そうな表情を浮かべながら呻くミカ。かなり苦し気な様子で口を開いた。


「……す、すみません……緊張し過ぎて……吐きそうで……な、何か私に言いましたか……?」


『――ハァ……』


 完全にアガリきっているミカの様子に三人は同時に溜息を吐いた。


「……てっきり瞑想でもしてるのかと思ってたわ、あたし――全く喋らないし」


「ワ、ワシも集中しとるようやし話し掛けんようにしとったけど……気分悪いんか?」


「だ、大丈夫です……負けたらどうしようとか色々考えすぎて……ちょっとだけ不安になってるですから……」


 ミカは青い顔をしながらムーンとトラさんへ答える。どうみても大丈夫そうには見えないミカの様子にブルーが流石に心配したのか提案をしてきた。


「……ミカ。もう一度大会の仕様聞いとくか? そうすりゃ少しは気が紛れるだろ」


「……おっ……お願いします……」


 苦悶の表情を浮かべながら頷くミカ。それを確認してからブルーは立ち上がった。


 そのまま彼が両手を叩くとちゃぶ台の上に大き目のウィンドウが現れる。そこに【第八回日本チャンピオンアバ決定戦】と書かれた画像が表示された。


「――まず大会は"予選"と"本選"に分かれてる。予選を二回勝つと晴れて本選へ進出だ」


 ブルーがウィンドウに表示された【予選】の文字に指で触れる。表示されていた情報が切り替わり、街中を描いたようなイラストが代わりに表示された。


「予選は【ゲリラアババトル】……前にあのロボ教師とやったのと同じ仕様で、バトルフィールドじゃなくてABAWORLD内の通常マップでバトルすることになる」


 ブルーの言葉と共に街中のイラストがアニメーションを始め、そこで観客たちに囲まれながら戦うバトルアバたちが描かれる。そのバトルアバたちのシルエットにはクエスチョンマークが重ねられて、正体が分からないようになっていた。


「"今回"の予選形式は【シャドウチョイス】。バトル寸前まで対戦相手がわからねえって面倒な仕様だ。指定されたマップで待機してると試合開始と同時に対戦相手が通知される……」


「前回の時は八人ずつの負け抜け式バトルロイヤルだったっけ……アレは不評でぶっ叩かれたわねー」


 ブルーの説明を聞いていたムーンが思い出したように口を挟んでくる。彼もそれを聞いて笑いながら頷いた。


「わははっ! あの時はデルフォから公式謝罪文出るくらい荒れたからなー。『リル』とか『楓』の特殊戦術使える奴らが有利すぎたし――『バンシール』が死に際に広範囲状態異常技使ったせいで、生き残った奴らがひたすらグダグダ殴り合いする羽目になったりな!」


「……何か凄い予選の時もあったんですね」


 彼の話しぶりから聞いても相当荒れた予選だったらしく、ミカは自分の時の予選がそういう形式じゃなくて良かったと内心安堵していた。


(乱戦になったら絶対集中的に狙われるもんなぁ……召喚タイプは。――呼ぶ前に潰そうとするだろうし……今回はどうなんだろう?)


 今回の予選の事が気になり、ブルーへと尋ねる。


「今回は……割と普通な感じなんですか?」


「まぁオーソドックスだよ、オーソドックス。事前に対策が練れないって不安要素はあるけどそれは相手も同じだからさ」


 ブルーの言葉にミカは少し考え込む。トンデモな前回の予選内容を聞いた後だと少し冷静に考えることが出来た。


 この形式なら確かに条件はフェアだ。ブロックが分かれているとは言え候補が十六人もいれば誰に当たるか予想するなんて無理だろう。


(そうなると……尚更実力勝負か……)


 ――ピピッ。


 思案していると自分の身体からアラームが短く鳴った。


 自動的にミカの眼前へウィンドウが現れ、そこには予選第一回戦の場所へのリンクが表示されていた。


 ミカはブルーの方へ顔を向ける。彼は何も言わずにニヤリと笑った。


 その笑顔にコクリと頷き、ミカは座布団から立ち上がる。そしてムーンとトラさんへ向けて言った。


「……時間、みたいです――征ってきます」


 二人もミカの言葉に黙って頷く。ミカはブルーの方へ振り向き、目を合わせながら力強く声を掛けた。


「ブルーさん! それじゃオペレーター……よろしくお願いします!」


「おうよ。じゃ、行ってくるわ」


 彼は一度軽く、トラさんとムーンへと手を上げて別れを告げる。そしてミカとブルーの姿がマイルームから消えた。


 二人を見送りつつ、残されたトラさんは不安そうな表情を浮かべていた。


「――大丈夫かいな……? あんなに緊張しとって……」


「そんなに心配しなくて大丈夫よ、社長。あの子、バトル始まれば気持ち切り替えられるタイプだし」


「そ、そうなん……?」


「たまにいるじゃない。普段は割と抜けてんのにこういう荒事だと実力出しちゃう子。あの子そういう系の才能あるわよ」


 ムーンの言葉にトラさんは露骨に顔を顰める。


「そ、それって喧嘩の才能ってことかぁ……? あんまり褒められたモンやないなぁ……」


「まぁそんなとこ」


「うーん……」


(ケンカの……才能なら良かったんだけどね……実際はもっと薄暗くて――邪悪なモノかもしれない……)


 まだ納得し切れないトラさんを余所にムーンは一人、ミカの本当の才能について自分の思い違いである事を祈っていた……――。










【ABAWORLD MINICITY KUIDAOREエリア】






 ――ドスンッ!


 例のごとく中空から落下してきたミカは尻餅をついた。


「――うぐっ!?」


(また落下か……! 畜生! でも、は、早く戦闘態勢を取らないと……!)


 固い地面の感触を感じつつも、慌てて身体を転がして地面に突っ伏して匍匐の体勢を取る。


 そのまま可能な限り、姿勢を低くしながら辺りを警戒するように見回した。


「て、敵はどこに!? ブルーさん! 敵の姿、視認出来ますかっ!?」


「…………あんまりアホな事やってるとオレは帰るぞ」


 横からブルーが呆れた様子でそう言って来た。ミカは顔を上げて呆然としつつ尋ねる。


「……もしかして転送されて、即、始まるわけじゃ無いんですか?」


「ああ。つーかちゃんと話したろ。指定されたマップで"待機"してるとってさぁ。なーにを聞いてたんだよ、お前は……」


 突如現れた挙句、珍行動を取っているミカへ周囲のアバたちからクスクスと笑い声が上がっていた。


「また"司令官コマンダー"ミカが変な事やってるぞ」「SS撮らなきゃ……」「……あいつがこのエリアって事は逃げた方が良いな。前のショッピングエリアでバトった時、何人も犠牲者出したって噂だぞ……」


 アバたちの色々な声を聴きつつ、ミカは気恥ずかしそうに立ち上がる。


 軍帽のツバを右手で押さえて深く被る。恥ずかしさで真っ赤になった顔をそれで隠した。


 ふと横を見るとブルーが顔を背けて小刻みに震えている。右手で口元を押さえて声が漏れないようにしており、どう見ても――笑っていた。


(……この野郎……! こっちは真面目にやってるというのに!!)


 ミカはその態度に内心憤った。流石に我慢出来ずブルーへと食って掛かる。


「ちょっと! 笑わないでくださいよ! 忘れてたんだからしょうがないでしょう……!!」


 彼は我慢出来なかったのか、含み笑いを隠さずに笑い始めた。


「クククッ……! だってさぁ、お前――さっきの完全にコント入ってたぞ。あの迫真の転がり様……面白過ぎるだろ」


「がああああ!!」


 ミカはあまりの恥ずかしさに身悶えしつつ身体を左右に振っていた。


「――お二人は相変わらず仲がよろしい様ですね」


 静かで落ち着いた男性の声。ブルーとミカが振り向くとそこに一人のバトルアバがいた。


「バトルアバ・ミカ。お久しぶりです」


 青色のボディに紫色の大きなガラスの瞳。バトルアバ『リンダ・ガンナーズ』がそこにいた。


「あっ……! リンダさん! ――ってまさか……このエリアにいるって事は……」


(リンダさんが俺の――一回戦の相手……!?)


 ミカは思わず警戒するように一歩後ずさりする。その様子を見て、リンダは丸い右手を左右に振って否定した。


「あなたとの再戦は楽しみですが、残念ながら私はBブロックです。今日、対戦することはありません」


「あっ。そうなんですか……」


 自分はAブロック。彼はBブロック。決勝まで当たる事は無いということだ。


「つーかロボ教師も大会出るんかい。去年は出て無かったじゃん」


 ブルーが頭の上で腕を組みながらそう尋ねると、彼はその紫色の瞳を少しだけ光らせた。


「バトルアバ・ミカと刺激的なバトルを行って色々と触発されまして。あと今回は大会初参加の方が多いので、単純に興味も湧きました」


「あーそういや今年は五人もいるんだっけ……」


 頭上へ視線を向けてブルーは何かを思い起こし始める。


「――ウチの司令官殿と……鮫子シャーコ、マツオト、山羊女……そんであの狼野郎か。確かに多いな」


 ブルーの"狼野郎"という言葉でミカはウルフの事を思い出した。


(そう言えば……ウルフさん、大会には出てるんだよな……一応エントリー欄にいたし……)


 あの時の中断されたバトルの時からウルフの事はミカとしても多少気になっており、何度か連絡を取ろうとしていた。


 しかし彼は殆どABAWORLDへログインしていないらしく、連絡は出来ていない。


(……ウルフさんのお父さん……大丈夫だったのかなぁ……ネットとかにも殆ど情報無いからどうなったのか分からないし……心配だ)


「うーん……」


 ミカが額に皺を寄せてうなっていると、何か勘違いしたのかリンダが声を掛けてきた。


「バトルアバ・ミカも初参加で色々と気苦労があるでしょう。少し時間までお茶でもしましょうか。皆さんも集まっていますし」


「お茶……? それに皆さんって……?」


 彼は相変わらず大きい紫色の瞳を一際輝かせて笑みのようなものを浮かべたーー。










【ABAWORLD MINICITY KUIDAOREエリア 飲茶『慶陳楼ケイチンロウ』】










 中華料理店を思わせる内装。どこかアジアンテイストの漂う店内。しかし客は一人もおらず、閑散としていた。


 その店の最奥、奥まった場所に個室のような部屋が用意されており、そこに設置されたテーブルを囲んで魑魅魍魎共が"カード"を手に持ち、お互いに睨みあっていた。







「にゃはは~ネバ子はこれで上がりだよぉ」


 全身が黄色味掛かった半透明の粘液で構成された人型のスライム【小瑠真製薬コルマセイヤク】所属『緑黄色リョクオウショクネバ子』。


「……よし。【隠者ハーミット】が揃った! お先に失礼!」


 ターンテーブルからはみ出さんばかりの大柄の体格。青いエプロンがチャームポイントの白黒牛獣人【焼肉牛牛詰ヤキニクギュウギュウツメ】所属『牛戦鬼ギュウセンキ』。


「おや? バトルアバ・ミカから頂いた【塔タワー】で私も上がりのようですね」


 青と白のコントラストが印象的なロボット。【FutureMechフューチャーメック】所属『リンダ・ガンナーズ』。


「……へーい、ミカ。右が外れだぜ。オレを信じろ」


 青い髪。ガラス細工の碧眼。いたずらっぽく笑いながら自身の手札の二枚のカードを描かれたイラストが見えないようにヒラヒラさせている自動人形。(一応?)【片岡ハム】所属オペレーター『B.L.U.Eブルー』。


「うっ……変な心理戦に持ち込まないでくださいよ……」


 ブルーから二枚のカードを提示され、どちらを取ろうかと逡巡している同所属『ミカ』。


「……こっちだ!」


 少し悩んだあとミカは左のカードを右手ですっぱ抜く。その瞬間ブルーは口元に笑みを浮かべた。


「うぐっ……」


 引いたカードには絵柄が描かれていない。トランプで言えばジョーカーの枠。ミカは思わず呻き声を上げた。


「お前は人を信じすぎなんだよ、ほれ。引くぞ」


「あっ! ちょっと……!」


 ミカが止める間もなくミカの手札からブルーは一枚カードを引き抜いた。


「――……『愚者フール』か。おバカめ、これで――オレもあーがりっと」


 ブルーが手札を机の上に置いた。それと同時に卓上へアナウンスが流れる。


【アルカナゲーム 敗者『ミカ』 アルカナ占いを始めます……】


 ミカの手に持っていたカードがその手を離れ、テーブルの上へと浮遊していった。


 そのカードは上空でクルクルと横回転し、やがて――止まった。


 何も描かれていなかった筈の絵柄に逆さまの体勢の角の生えた悪魔のような物が描かれる。明らかに運気の悪そうなその絵面を見てミカは思わずげんなりとした声を上げた。


「うぇ~……見るからに内容悪そうな絵じゃないですか……これから大事な試合だと言うのに」


「んにゃ~? そうでも無いよぉ、ミカちゃん」


 前に座っていたネバ子がテーブルの上に身を乗り出して、そのプルプルとしたゼリーのような指でカードを指す。


「これって『悪魔デビル』の逆位置だから良い占い結果だよぉ」


「逆位置……?」


 あまりタロットカードに詳しくないミカが首を傾げるとリンダが横から説明するように口を挟んできた。


「通常のタロットでは逆位置というのはネガティブな意味を持つのですが――一部のカードの場合だとポジティブな意味に変わるんです」


「この場合だと……解放とか覚醒とか色々ぉ押さえつけてるものが弾けるって感じかなぁ?」


 ネバ子の微妙な例えの言葉にミカは思わず顔を引くつかせた。


「そ、それって言うほどポジティブですかね……あんまり良くない印象があるんですけど、弾けるってのには……」


「……電磁バイク盗んだり、学校の電子黒板叩き割ったりするんだろうな」


 牛戦鬼がその巨体を震わせながら眼を瞑ってうんうんと頷く。明らかにノスタルジックな例えにブルーが呆れたような様子を見せた。


「いくら何でも例え古すぎるだろ、牛おっさん……」


「おっさん言うなし――お?」


 ――ブモォブモォ。


 牛戦鬼の巨体から牛の鳴き声のようなアラームが鳴り響く。その音を聞いて牛戦鬼の顔付きがそれまでのおっとりした物から一気に険しく、獰猛な顔付きへと変わっていく。彼はそのままテーブルを揺らしながら立ち上がった。


「――俺の番みたいだ」


 牛戦鬼が立ち上がるのを見てミカも自身の身体を改める。しかし直ぐに彼の方へ向き直った。


「――こっちには通知……来てないですし、牛戦鬼さんとは一回戦では戦わないみたいですね」


 牛戦鬼とミカは同じAブロックの選手だった。しかしミカの方へ呼び出し通知は来ておらず、彼の相手が別のバトルアバだということを知らせていた。


「軍人ちゃんとのバトルはまたの機会みたいだな――ブモオオオオオオオオオオ!」


 彼は本物の闘牛のような雄たけびを上げながら、一気に駆け出した。


 店内のテーブルと椅子をその巨躯で弾き飛ばしながら出口へ向かって突進していく。その勢いに気圧されながらも残された四人はその背を見送った。


(すげえ声……ぶっちゃけあの人と当たらなくて良かった……)


 牛戦鬼と戦う場合、間違いなく過去の武蔵丸戦のように突進を食らって木の葉みたいに舞う羽目になっただろう。どうもああいうパワーファイターは苦手だ。どのタイプが得意というわけでも無いが。


「頑張ってねぇ、牛っち~」


 隣でネバ子が呑気に手を振って見送っている。ちなみに彼女?はBブロックなので第一試合は当たることが無い。半透明の粘液という不思議な姿の彼女は一体どういう風に戦うのか気になるが(ブルー曰くかなりテクニカル)……ひとまず安全だ。


「そもそも……こんな呑気にババ抜きやってて良いんですか? もう一回戦始まっているというのに……」


 そう言ってミカは不安げに店の外へと目を向けた。


 店外では既に幾つかのバトルが始まっており微かに爆音や歓声が聞こえてくる。ミカたち"待機組"は既にここで四十分ほど待っていた。


 リンダから誘われた先のこの店で牛戦鬼とネバ子を紹介され、そこでなぜか【アルカナトランプ】というゲームをして時間を潰すことになり、ここで卓を囲んでいる。


 ババ抜きのようなスタイルのゲームで絵柄を揃えていき、最後にペアの無い無地……つまり【ワイルドカード】が残った者が負けというシンプルなゲーム。


 ただ……通常のババ抜きと違い、最後には負けた者の運勢を占うシステムがついている。負けた挙句占い内容で周囲に茶化されるという死体蹴りのようなアレ過ぎるカードゲームだった。


「良いんですよ。どうせ一組始まるごとにインターバルが十分もあって暇なんですから」


 リンダは自身の前へ出したウィンドウを操作して再び、カードを皆の前へ配りながらそう答える。ネバ子もテーブルの上へ黄色い粘液を滴らせつつ、カードを手元へと引き寄せながら同意するように言った。


「十分は結構長いよねぇ。これでも前の時と違って短くなったけどぉ」


「……一昨年のシャドウチョイスの時は三十分インターバルでしたからね。最後の組の試合が終わる頃には日付変わっていて……いくら何でも長すぎました」


 その時の事を思い出したのかリンダはげんなりと言った様子で瞳から色が消えた。


(そんな長いんじゃ見てる方も疲れるだろうなぁ……)


 ミカは配られたカードを受け取りながらそんな事を考える。それから自身の手の中にある札から既にペアが揃っている物を捨てていった。


「こう振り返ると予選は毎年新要素入れようとして何かしらやらかしてんな。本選は毎年変わらないのに」


 ブルーが隣に座っているネバ子の手札からカードを引き抜きつつそう言った。


「ショーとしてお客を楽しませるために攻めた結果ですからそこは仕方ないでしょう。多少の批判を受けても飽きられるよりは"マシ"というのは――あると思いますよ?」


 お互いに相手の手札からカードを引き合い、揃ったペアをテーブルへ捨てていく。


「そんなもんかね。まぁ仕様変更に付き合わされるのはバトルアバ共だから、オレたち見てる方からしたら知ったことないけど」


「やっぱり観客第一なんですね。こういう大会も――ゲッ……」


 ネバ子の手札からカードを取ったミカの顔が歪む。それを見てネバ子がいたずらっぽく言った。


「にゃはは~ミカちゃんは何か良いカードを引けたのかなぁ?」


「うっ……」


「にゃはっ! すぐ顔に出ちゃうねぇ、ミカちゃん――ぷるんっ!?」


 ――ニャァン、ニャァン。


 笑っていたネバ子の身体から子猫の鳴き声のアラームが聞こえてくる。それを聞いて彼女は申し訳なさそうな表情をした。


「途中だけどネバ子も番が来ちゃった……この続きはまた今度ねー!」


 そう言うと彼女の身体が一瞬で形が崩れた。コップから水をこぼしたかのように身体が滴り、床でベシャっと音を立てる。まるで液状化したかのように消えてしまった。


「うわぁっ!?」


 突然の変形にミカが驚きの声を上げる。慌ててテーブルの下を覗き込むとそこに黄色い粘液の水溜まりが出来ており、その表面にネバ子の顔があった。


「ぷるんぷるんっ~じゃあね~」


 水溜まりと化したネバ子はそのまま床を滑るように移動していき、出口へと向かって行く。


(ど、どうなってんだあれ……)


「すげー。AIで補助してるとは言えキモイ移動だな、ありゃ……」


 ブルーも眼を白黒させながら、ビチャビチャ音を立てて移動していくネバ子の姿を見送っていた。


「あのバトルアバは特殊過ぎてバトルアバ・ネバ子にしか扱えませんからね。他の方が使用すると一歩も動けないそうですよ――おっと私はもう上がりですよ」


 ブルーから受け取ったカードをリンダがテーブルに置き、丸い両手をヒロヒラとミカとブルーへ見せた。


 そこには太陽の絵柄が描かれたカードが二枚ある。ブルーがリンダへ訝しむような視線を向けた。


「おいおい、はえーな。イカサマしてねーだろなぁ?」


「運が良かっただけですよ」


「ほんとかぁ? バトルアバは手癖わりーからな――あっ? ミカ……何やってんだおめー」


「……表情を隠すのは苦手なので、策を弄させてもらいました」


 ミカは残った二枚の手札をテーブルに伏せ、そのまま超高速で入れ替え始めた。


 バトルアバの身体能力をフルに使って入れ替えたので、目で追える限界を超えており、ミカ自身にもどちらが【ワイルドカード】だか分からなくなる。


「これで私にもどっちがどっちだかわからなくなりました。さぁ……! 選んでください! ブルーさん!」


「こんにゃろ……こすい真似をしおって……これじゃただの運ゲーじゃねえか」


 流石のブルーもどちらがワイルドカードが分からず、迷う。やがて諦めたように左のカードに手を置き、ゆっくりひっくり返した。


「うげっ……」


 カードの絵柄を見てブルーは嫌そうな表情を見せる。溜息を吐きつつ彼は自身の手札にカードを加えようとした――。


(――……今っ!)


 ――スパーンッ!


 待っていましたと言わんばかりにバトルアバの身体能力を無駄に全力で発揮し、ミカはその一瞬の隙を突く。ひったくるようにしてブルーの手札からカードを引き抜いた。


 虚を突かれたブルーは驚愕の表情を浮かべる。


「お、おまっ!? それは幾ら何でも卑怯だろっ!」


「よっしゃぁっ! これで俺も上がり!」


 最早、軍服少女という自身の姿を顧みない男らしい動きで、バシーンっとテーブルにミカは二枚のカードを叩き付けた。


「さぁ! ブルーさんもたまにはそのスカした態度を改めて貰いましょうか! 大人しく沙汰を受けてください!」


 唖然としているブルーを見てリンダが柄にもなく声を上げて笑っている。


「アッハッハッ! これは一本取られましたね、アバ・ブルー……――お?」


 ――ピピッ。


 ミカの身体からアラームが鳴り響く。


「あっ……」


 ブルーへと目を合わせると彼はカードを伏せながら、不敵に笑って答えた。


「――へっ。ついに番みたいだぜ、ミカ」


「はい……! リンダさん――お先に失礼します!」


 ミカは椅子を蹴るようにして勢いよく立ち上がった。


「やれやれ。結局私がトリですか……頑張ってくださいね、バトルアバ・ミカ」


「リンダさんこそ――よっしゃ! 行くぞ!」


 自分に気合を入れるように気勢の良い声を上げながら、ミカは店の出口へ向けて駆け出した。


「じゃ、ロボ教師、行ってくるわ――おーい、そんなに急ぐとコケるぞー」


 ブルーもリンダへ軽く右手を振りつつ、ミカの後をゆっくりと追っていった。


 二人が去っていくのを見送り、リンダはふとテーブルの方を見やる。ブルーの置いて行ったカード。それがゆっくりと中空に浮かび上がっていった。


 アナウンスが流れており、システムが占いを行おうとしている。


【アルカナゲーム 敗者『B.L.U.E』 アルカナ占いを始めます……】


 上空へ上がったカードは回転を始め、暫くしてから止まった。そのカードには満月が一つ描かれている。リンダはその絵柄を見て呟いた。


「【月ムーン】の正位置ですか。はてさて何を意味しているやら……」














【ABAWORLD MINICITY KUIDAOREエリア】










「わぁお……」


 店から飛び出したミカは既に日の落ち始め夕焼けに照らされるクイダオレエリアの惨状を見て、呆れたように声を漏らした。


 普段は人で溢れかえり、屋台などが立ち並んでいるこの場所だったが、今や見る影も無い。


 爆発か何かで粉砕され、真っ二つになっている店舗。


 黄色い粘液に塗れベトベトになっている屋台。


 何本もの剣が突き刺さり、ボコボコになった道路。


 道端に倒れて呻いている巻き込まれたであろう観客のアバたち。


 一瞬、彼らの安否が心配になったが、何故か皆一様に満足げな表情を浮かべていたので気にしないことにした。


(……戦場か、ここは)


≪相変わらず、観戦ガチ勢は巻き込まれ大好きな奴らばっかりだな――マゾ共め。観戦するならシールドされてる店でやりゃ良いのに≫


 いつの間にかブルーの姿が消えており、前にも見た移動式のウィンドウの中で顔だけが映っていた。相変わらず狭苦しそうだ。


「……対戦相手――いや敵はどこに――」


 ミカは相手を探して周囲を警戒しながら見渡す。


 ――ザムッ。


 どこからか草鞋のような足音が聞こえてくる。ミカはその音のする方向へ目を向けた。


「此度のお相手は女童めわらめか。武士モノノフも種別増えて目滑りしてしょうがないな」


 どことなく古式ばった喋り方。かなり渋さを感じさせる声だったが、その声に反して見た目はどう見ても――。


(侍のマスコット……?)


 赤い鎧に緑の袴。キラリと輝く金色の兜。その何れもミニサイズと言った様子でどこか可愛らしいデザインのアバだった。


 ミカとその侍が顔を合わせるのと同時にクイダオレエリア内にアナウンスが流れた。


『一回戦 第九試合 【片岡ハム】所属『ミカ』VS【群馬ABTエービーティー放送】所属『ヨシサダくん』のアババトルが開始されます。ご観覧のお客様は安全エリアにて――』


(この人が俺の一回戦の相手……)


≪――ヨシサダか。こりゃぁ……キツいバトルになるぜ、ミカ。腹括った方が良いぞ≫


「え……?」


 ブルーからの言葉にミカは首を傾げそうになる。どんな相手かはまだ分からないが、見た目的にそこまで危険そうな相手に見えなかったからだ。だが――。


 ヨシサダは懐から一振りの脇差を取り出し、それを両手に持ち天へと捧げ――厳かに言った。


「我が刀……海にお返し申す」


 その言葉と同時に何故か周囲が少し暗くなり、月光がその侍へ向けて降り注いだ。


 凝った演出。ミカはそれを見た時、そう思った。


 しかし直ぐに電撃のように脳内でその光景と合致するある一枚の"浮世絵"が思い起こされた。


「――はっ!? まさかそ、その動きは!! 鬼斬りの忠臣――に、新田義貞ニッタヨシサダ!?」


 驚愕するミカを他所にヨシサダは脇差を放り、そのまま天地神明に届くような声を轟かせた。


「――えくすてんど!!!」


【BATTLE ABA YOSHISADA EXTEND】


 アナウンスと共に天から降り注いだ一筋の稲妻が彼の身体を貫く。激しい閃光が辺りを染め上げた。


「うわっ!?」


 その眩しさにミカも思わず目を瞑ってしまう。


≪こりゃド派手な事で……≫


 通信越しにブルーの呆れたような声が聞こえてくる。ミカが目を開けるとそこには――。


 先ほどまでマスコット的な姿は一切無く、荒々しく全身から闘志を剝き出しにした一人の巨体の"モノノフ"が立っていた。


 煌びやかな文様が装飾されている兜。芸術的ながらも移動を阻害しないように引き締められた胴鎧。戦国時代の鎧と異なり、鉄ではなく布や皮の編み込みで作られたその造り。更に背中へ背負った大弓。


(こ、この姿は……!! 戦国武将じゃない……! か、鎌倉時代の更に凶暴な方の武士……!)


「……我こそは八幡太郎源義家の血を引く、新田の嫡男……新田義貞也!! みかとやら手合わせ願おう!!」


 そう言って忠義に厚く最期まで朝廷へその命を捧げた最後の鎌倉武士……『新田義貞』は大きく"見栄"を切った。


「ぎゃあああああああ!!!! 坂東武者だああああああ!!!?」


 ミカの悲鳴のような声がクイダオレエリアへ響いた……――。


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