第20話『繝?縺ョ豌乗酪縺??縲?』

【ABAWORLD テストルーム】



 ドォォォンッ……ズゥゥゥゥンッ……。

 真っ白いテストルーム。その中で爆発音や衝撃音が爆音で鳴り響き、部屋全体が揺れ動く。

 部屋の所々には出来立てで煙を上げているクレーターや破壊された障害物があり、散らかっていた。

 砲撃によって発生した白い硝煙が立ち上り、視界も悪い。そんな中、その硝煙に包まれて大きな二つの影があった。

 黒鉄の巨大要塞、黒檜。そしてその巨体に影を落とすような大きさの巨大覆面スモウレスラー、【ドスコイ武蔵丸】。その二大巨頭がお互いに威嚇するように睨み合っていた。

「黒檜! このまま旋回しながら砲撃! 目標【ドスコイ武蔵丸】! 四番砲門開け!」

 黒檜の甲板上でミカが命令を叫ぶ。黒檜の真っ赤なカメラアイが拡大し、その命令を受け付ける。巨大履帯が唸りを上げて回転し始め、テストルームの白い床を削りながら黒檜の巨体が爆走していった。

 白い床から破砕音が部屋全体に響き、破片がそこら中へ飛び散っていく。

「きゃぁぁぁぁ!! 揺れてるー! 凄い音ー! キャハハハッツー!」

 ミカの後ろでマキが甲板に伏せながら、悲鳴だか歓声だか良く分からない声を上げていた。

 その横でブルーも必死に風で飛ばされないように甲板へ張り付いている。

「うぇ~揺れるし、音デカイし、揺れるしぃ……きもちわりぃよぉ……」

 その顔は苦悶に歪み、青ざめていた。

 左副砲塔が軋みを上げながら、回転していき、巨体の側面へと砲身が移動していく。その狙いが巨大化しながら待ち構えている【ドスコイ武蔵丸】へ向かった。

「押忍っ! どんと来いっス!! どぉぉぉぉすこぉぉぉぉい!!」

 武蔵丸が大きく四股を踏み、両手を構え、身構える。

「砲撃します!! 衝撃波に注意してください!」

 ミカが後ろを振り返ってマキとブルーへ注意を行う。

「はーい!」

「うぇぇ……」

 伏せた状態のままマキが元気良く返事をし、ブルーは呻いた。どうみてもブルーは大丈夫そうでは無かったが、ミカは気にせず、攻撃目標へ視線を向ける。

 既に武蔵丸は必殺の構えへと移行しており、張り手の構えを取っていた。

 右手を思いっ切り振り下ろし、ミカは絶叫しながら命令を下す。

「――っ撃ぇ!!」

「秘技っ! 三連稲妻返しぃぃぃぃぃ!!」

 ミカの砲撃命令と武蔵丸の必殺技の叫びが重なり、テストルーム全体を揺らすように爆音が再び鳴り響いた――。



「今日は有難うございました、武蔵丸さん。急な呼び出しに応じて頂いて……」

 ミカは軽く頭を下げて礼を武蔵丸へと伝える。

「オッス! スパーのお誘いなら何時でも大歓迎でゴワす! それで――楽しんで貰えたでゴワすか?」

 そう言って武蔵丸はミカの隣にいるマキへと声を掛けた。

「うん! 凄かった! こう、ドーンっと来て! ばぁぁぁんっ! って爆発してー! ほんっっと!! あんなに近くでバトル見れるなんて!! ありがとう! 力士さん! それにミカ姉ちゃん!」

 大興奮しながら答えるマキ。興奮しすぎて語弊が少なくなっている。それを見て武蔵丸が満足げに頷いた。

「それなら良かったっス! やっぱり子供に楽しんで貰えるのが一番でゴワす! 機会があれば是非、ウチが主催している子供向けのイベントにも来てほしいでゴワす!」

「うん! 今度遊びに来たら行くよー!」

(良かった……楽しんで貰えたみたいだ。武蔵丸さんにお願いして良かったなぁ)

 ミカは武蔵丸のデカイ身体の周りをピョンピョンと飛び跳ねているマキの様子に、心の中で安堵した。

「あー……まーだ頭揺れてる。吐くかと思ったわ……」

 ミカの横に怠そうを通り越して体調の悪そうなブルーがフラフラと歩いてくる。ミカはその様子を心配し、声を掛けた。

「あの……大丈夫ですか?」

「大丈夫じゃねーな……つーかお前、良くあんな爆音と揺れの中、平然と戦えるなぁ。自分で言い出してアレだけどさ。あのデカブツに乗って五秒で後悔したぞ、オレ」

 今回の案はブルーの発案だった。

 アババトルを見たいというマキのお願いを叶えるために、テストルームを使ってバトルを行うことにした。

 丁度、ログイン中だったバトルアバ【ドスコイ武蔵丸】へ連絡を行い、相手として参加して貰ったのだった。

 しかもテストルームということを悪用し、黒檜へマキを同乗させ、臨場感たっぷりの戦いを見せてやろうとも画策した。

「ずっと黒檜に乗って戦ってきましたから……むしろ乗り心地は悪くないと思いますけどね。どっしりしてるから安定感ありますし、それに常に守られてる安心感がありますから。ね、黒檜」

 ミカは顔を上げて、頭上を見る。視界一杯に灰色の巨体が映った。

 そこには戦いを終え、損傷がすっかり修復された黒檜がいた。

 相変わらずやりすぎなくらいに全面へ装着された鋼鉄の装甲板。道路の舗装など一切考慮していない鋭利な歯が付いた巨大な二対の履帯。ハリネズミのように設置された砲台群。甲板上に搭載されたレーダードーム。そしてそこに備え付けられた大きな赤い瞳……そのカメラアイが眼下にある"主"の姿を捉えた。

 黒檜の赤いカメラアイがミカの言葉に応じるように、拡大と縮小を繰り返す。ブルーはそんな黒檜を見て、怪訝な顔をした。

「……こいつ、優秀だけど妙に癖のあるAI搭載されてるよな。たまにこえーぞ。あのメカ女、どこ製のAI搭載したんだか……」

「ブルー兄ちゃーん! ミカ姉ちゃーん! 力士さん帰るってー!」

 黒檜について会話していたミカとブルーへマキが声を掛けてくる。二人は顔を見合わせてからマキたちの方へ一緒に近づいた。

「オッス! そろそろお暇させて貰うでゴワす!」

「あれ何か用あんの? マキにバトル見せてくれた礼くらいはしようと思ってたのに」

 ブルーが尋ねると武蔵丸は頷く。

「うっす! この後、ウチの会長と大会に向けてスパーがあるでゴワす!」

「会長って事は……『獅子王シシオウ』か。そういやあんた同じトコ――【太田興行オオタコウギョウ】に所属してるんだったな。あいつとのスパーじゃ大変そうだなー」

 【獅子王】。ミカはその名前に聞き覚えがあった。確か……前の大会で優勝したバトルアバだった筈。前にブルーたちが話していた人。

(大会優勝するってくらいだし、凄い強いバトルアバなんだろうなぁ……どんな感じの人なんだろう)

「つーかあんたは大会でねーのか?」

 ブルーからの問いに武蔵丸は肩を落として気を落とす。

「……押忍。悲しいでゴワすが、社内トーナメントで今年も会長が大会に出るのが決まったでゴワす……」

「あー……そういや一つのスポンサーに付き、出場出来るバトルアバは一人までだっけ……そりゃ獅子王の目が青い内は出れねーな、ハハハッ!」

「うぅ……来年こそは会長を倒して……! 出場するでゴワすぅ……」

 ブルーが笑うと武蔵丸はむせび泣くように身体を震わせていた。そんな姿を見てミカは同情する。

「武蔵丸さんも、大変ですね……」

「――大会で思い出したでゴワすが、ミカどんは出場しないでゴワすか?」

 不意に武蔵丸がミカへ尋ねてくる。

「え? 私ですか? 大会はちょっと――」

「あーそいつ、スポンサーいねえから出れねえよ。それに試合数も足りねえし」

 ミカの代わりにブルーが答える。その言葉を聞いて納得したように武蔵丸が頷いた。

「そうでゴワすか……残念でゴワすねぇ。次の大会では参加して是非会長と戦ってほしいっス!」

「あんた、来年は出場するって気勢吐いてたのに。もう気持ちは負けてんだな」

「……うっ――それではごめん!」

 ブルーの突っ込みにたじろぎその巨体を揺らす武蔵丸。逃げるように四股を踏んでからその姿を転送で消した。

「――逃げたな」

「逃げたねー力士さん」

 ブルーとマキがイタズラっぽく笑い合う。ミカはその二人を見てちょっとだけマキの将来が心配になった。

(マキちゃん……ブルーさんの悪影響受けまくってんなー……。あっ……そう言えば――)

 先程、ブルーと武蔵丸が話していた内容。多分、大会の出場条件についてだろう。スポンサーが必要というのは前も聞いたが、もう一つの試合数というのは聞いたことが無かった。それがミカは気になり、彼へ質問する。

「ブルーさん」

「あぁん? どうした?」

「前に大会へ出るために必要な条件でスポンサーがいるというのは聞いたんですが、もう一つの試合数っていうのはどういう条件なんですか?」

「あぁそりゃそのまんまだよ。試合回数が一定数必要なのさ。確か……五十回試合すれば出場条件満たせたかな」

 ブルーが思い出すように、そう言った。

「ゴジュウゥ!?」

 ミカはその数字を聞き、大声を出してしまう。一方ブルーはなんでもないと言った様子で続けた。

「そんな驚くもんでもねえだろ。それに勝利数じゃなくて試合数だしな。一年もバトルアバやってりゃ満たされるわ」

「えーミカ姉ちゃん、大会出ないのー? 出場するなら絶対見に行くのに」

 ブルーとミカの話を聞いてマキが如何にも勿体ないという様子で言った。ブルーがそれを聞いて窘める。

「しょうがねえだろ、マキ。こればっかりは新人バトルアバにはどうしようもねえ――」

 ピコンッ。

 ブルーの言葉を遮るように電子音が鳴った。

 彼は面倒そうにウィンドウを出現させる。

「メールか。誰だこんな時に……爺さんかぁ? ――うげぇ……最悪ぅ~」

 文面を見たブルーは嫌そうに顔を歪めた。彼がこんな顔をするのをミカは見た事が無い。どうやらあまり良い内容じゃないようだ。

「兄ちゃんー、誰からメール来たの? お爺ちゃんから?」

 メールを覗き見ようとマキがブルーへ近付く。

 ブルーは即座にその頭を左手でコツンっと小突き、その動きを制した。

「ひゃんっ」

「こら、マキ。他人のプライバシーを見ちゃダメだと前に教えただろ」

「ごめんなさーい……でもメール誰からだったの?」 

 マキが自身の頭を摩りながら尋ねる。

「バイト先からのメールだよ。ヘルプが必要なんだと。あー面倒臭えー。大体こういう急な連絡の時は(ピー)面倒な時なんだよなぁ」 

 ブルーは非常に面倒くさそうにウィンドウを閉じる。それからミカへ向けて珍しく殊勝な態度で頼み込んできた。

「悪いだけどさ。この後のマキのお守り……頼まれてくれねえか? バイト行かねえといけなくなっちまった。はぁー……今日はバイト入れて無かったんだけどなぁ」

「大変そうですね……バイト。私は大丈夫ですよ。今日はシフトありませんし」

「……わりぃな。恩に着るわ。トラの爺さんにはミカの方へ連絡入れるように言っとくから」

 ミカが二つ返事で引き受けるとブルーが礼を言ってくる。続いてマキの方へ向き直り、その白い頭に手を乗せた。

「マキ、わりぃな。オレ急用出来ちまったからログアウトせにゃならん。ミカの事、頼んだぜ。こいつ目を離すと直ぐ喧嘩おっぱじめる戦闘狂の狂犬だからな。お前が目付してやってくれ」

「うん! 任せてね、兄ちゃん!」

 マキは嬉しそうにその言葉へ頷く。ミカは先程の殊勝な態度はどこ吹く風と言った態度のブルーへ内心呆れつつ、じとっーとした目付きを向けた。

(……好き勝手言ってるなぁ……全く……)

 話し終えたのかブルーが再びミカへと向き直る。

「それじゃオレちょっち行ってくるわ。マジでマキの事頼んだぜ、ミカ――」

 彼の姿がパッとテストルームから消える。残されたミカとマキは軽く手を振ってその姿を見送った。

「じゃあね~ブルー兄ちゃん~」

「――さて、と……マキちゃん、この後やりたい事とかありますか? どこか行きたいとかあったら言ってくださいね」

「う~ん……」

 ミカに尋ねられ、マキが頭を捻って考える。直ぐに思い付いたのか、右手を上げた。

「うぃんどうしょっぴんぐしたい! ショッピングエリアってとこで、売ってる物、見て思わせぶりな態度して、ヒヤカシするの! 買えないし!」

 マキの過ぎる提案を受け、ミカは苦笑いを浮かべた。

「また随分とわ、悪い遊びを覚えてますねぇ……一体誰の入れ知恵なんだか……」

「ふふふ~ん♪ でも見て回りたいってのはホントだよ! 学校の友達が言ってたけど、色んなお店あるんでしょ? マキの住んでるとこに無いお店もあるから、ミカ姉ちゃんと一緒に見たいなぁ」

「……連れてくのは構いませんけど、そのってのはちょっと恥ずかしすぎるから止めて下さい……マキちゃん」

 流石に呼びされるのは気恥ずかしい。マキはミカの言葉にイタズラっぽく笑う。

「だって声も女の子だし、見た目も女の子だし~可愛い見た目なんだし、良いじゃん♪ ミカ、姉ちゃん――でも不思議だよねぇ」

 そう言って白い尻尾を振りながら首を傾げるマキ。

「不思議?」

「うん。こう見ると可愛い子にしかミカ姉ちゃん見えないけど、さっきのクロベちゃんに乗って戦ってる時だとちゃんと男の子って分かるの。なんでだろ?」

「それは……やっぱり戦闘中だと気を張ってるからでしょうか」

 翌々考えれば戦闘中の黒檜に誰かを乗せるなど初めての経験だった。勝手に乗ってきた人は一人いるが。

「ふふ~ん♪ でも学校で自慢出来るなぁ。バトルアバのお友達が出来たなんて。嬉しいなぁ~♪」

「……やっぱりトラさんの御親族ではありますね」

 そう言って白い尻尾を楽しそうに振っているマキを見て、ミカは諦めたように自分の右腕を撫でてウィンドウを出現させた。

「えっと……リンクで移動する場合は、場所を指定してポンッとっ――」

 ミカが慣れない手付きで操作を行うとウィンドウの画面に【SHOPPINGエリアへ移動】の文字が表示された。

「それじゃマキちゃん。手を――」

「ピターっと!」

 既にマキはミカの背中へ張り付いていた。肉球のプニッとした感触が服越しに伝わる。

(いつの間に……)

 その素早い行動に驚きつつ、ミカは諦観したように一度息を吐いてから、ウィンドウに表示された文字を手で押した――。




【驥丞ュ千阜 閧臥阜蜑 繧カ縺ョ豌乗酪縺ョ鬆伜沺】




 ヒュゥー……ドサッ!




「――痛ってぇ!」

 ミカは中空から地面へ思いっ切り叩き付けられて腹を打ち、思わずそのから声を上げた。

「うわっ! ミ、ミカ姉ちゃん大丈夫!?」

 隣でぽふっと着地したマキが心配そうに倒れているミカへ声を掛けてきた。

「ご、ごめん……何時もの事だからしんぱ――え?」

 自分の腹を摩りながら立ち上がるミカ。しかし周囲を見て思わず言葉が止まる。

「こ、ここ……どこ……? ミカ姉ちゃん……?」

 マキも周りの異様さに気が付いたのか不安そうな声を漏らし、ミカの方へ寄り添ってくる。

(これは……一体……? 俺たちはショッピングエリアへ移動した筈なのに。ここはどこなんだ……?)

 ミカは不安がるマキの身体を抱き寄せながら、周囲を観察した。

 まるでテレビ画面のノイズのような線がそこら中を走り、常にザリザリという不快な音が周囲から聞こえてくる。

 壁という物が存在するのか、天井が存在するのか、床が存在するのか、それさえも不確かな場所。

 色という物が無く、闇のみが広がる。しかし何故かそれでもミカとマキはお互いの姿がはっきりと見えている。まるで黒張りの背景に張られたシールのように。

 明らかに異常な状況。異常な空間。ミカは思わず息を呑んだ。

(これは……何か、ヤバイ……!)

 ミカは直感的にこの状況の危険さを理解する。まるで肌がひりつくような感覚。纏わりつくような空気の重さ。本来なら仮想現実で感じる筈の無い確かな不快感がそこにはあった。

(こ、ここは一体なんなんだ!? 本当にABAWORLDなの、か……!? でもこの雰囲気は……) 

「姉ちゃん……」

 動揺していたミカの耳にマキの震えるような声が届く。ハッとしてその顔を見た。不安そうな顔で耳を垂らしながらこちらを見ている。

(……っ! そうだ……マキちゃんも不安なんだ……俺がしっかりしないと……)

 今考えるべきはマキの安全だ。この明らかに異常な状況で長居するのは絶対に良く無い。ミカは暫く思考し、解決策を思い付いた。

「――そうだ……! ログアウト! マキちゃん、ログアウトの方法分かりますよね? 今すぐして――」

「……ダメ」

「え?」

「さっきからログアウトしようとしてるんだけど……出来ないのっ! ……ど、どうしよう姉ちゃん」

「なっ!?」

 ミカは慌てて自分の右腕を撫でる。しかし何の反応も無く、そもそもそう言った操作自体が出来なくなっていた。

 ログアウトも、どこかへ連絡を取ることも、システム的な操作が何一つ行えない。

(ログアウト出来ないなんて……! マジで何がどうなってんだよこれ……!?)

 流石に平静を保てず、ミカは何度も自分の右腕を撫でた。しかし反応は無く、ウィンドウが出る気配すら無い。

 ミカは動揺しながらも周囲の様子を改めて伺う。前にもこういう風に変な場所へ転送される事はあった。

 しかし……今回は道というかそれらしき物すらない。周囲に広がるのは闇ばかり。そもそも足元にも闇しかなく、一歩踏み出すのも躊躇する状況だった。

(でもこのままここで立ち竦んでいても、この異常事態が解決すると思えない……俺が何とかしないと)

 ミカは恐る恐るブーツの靴先で、足元を突く。固い感触があった。

 そのまま警戒しつつ一歩踏み出す。床のような物にブーツの靴底が触れた。

(一応、地面がすっぽ抜けてるわけじゃないみたいだ……良かった)

 ミカは自分の服を掴んで震えているマキの方を見る。彼女も不安そうにミカの方を見てきた。

 出来る限り平静を装いながら、笑顔を作ってミカはマキへ話し掛けた。

「……マキちゃん。私、前にもこういう変な場所に出た事あるんです。その時は歩いていたら普通のエリアに出れました。だから――一緒に歩いて出口探しましょうか」

 ミカの言葉にマキはフルフルと震えながら、無言で頷く。そしてミカのスカートをギュッと掴んだ。

「……ゆっくりで良いんですからね」

「……うん」

 一歩ずつ、少しずつ、二人は闇の中を歩き始めた。

 幸い地面は確かにある。視認出来ないだけで、コンクリートの床のような感触が靴底から伝わってきた。

(ここは本当になんなんだ……? ABAWORLDのエリアなのか……? ブルーさんだったら何か知ってたかもしれないけど……)

 ミカとマキは闇の中を進んでいく。相変わらず周囲には度々ノイズが走り、不快な音が聞こえてきた。

「うぅ……」

 隣を歩くマキの恐怖が伝わってくる。当然だ。小学生のマキに取ってこの状況は恐ろしくてしょうがないだろう。

 何時しかミカとマキは手を繋いでいた。お互いの不安を誤魔化すようにしっかりと手を握り合う。

(前に変なところへ迷い込んだ時みたいに、誰かアバがいてくれれば……出口が聞けるんだけどな。本当に闇しかないぞ、ここ……)

「あっ……! ミカ姉ちゃん、あそこ……誰かいる!」

「えっ!? 本当ですか!?」

「うん、あそこ……」

 マキが指差す方向にミカは視線を向けた。確かにこの闇の中、誰かがいる。こちらと同じように真っ暗なこの空間ではっきりと誰かがいるのが見えた。

「す、すいませーん! そこのアバの人ー! ちょっとこっちへ来てもらえますかー!」

 ミカは大声でその人影に呼び掛けた。こちらの声に気が付いたのかその影はゆっくりとミカとマキの方へ近付いてくる。

(良かった……ここにもアバがいたんだ。これで出口聞ける……)

 ミカは安心しつつ、近付いてくる影を見る。どうやら三人くらいいるらしく三つの影があった。

 その影へ向けてミカは改めて声を掛ける。

「私たちここへ迷い込んでしまって……申し訳ありませんが出口を――」

 段々と近付いてくる三つの影。その姿を見て――ミカは絶句した。

「ひっ……!」

 マキがその姿を間近で目視し、短く悲鳴を上げる。

 そこにいたのは異形としか言い様の無いアバたちだった。

 一体目は巨大な赤い目から六本の鉄の脚の生えた蜘蛛のようなモノ。機械的な音を出しながらワシャワシャとその脚が駆動し、先端に付いている爪のような物が地面へとその度食い込んだ。

 もう一体は空中に浮かぶ翼の生えた白い球体。球体の表面に真っ赤な口と幾つもの機械的な意匠の施された穴が備え付けられている。その口は奇妙に歪み、笑っているように見えた。

 そして最後の一体はひょろひょろと細長い白い身体。顔の部分に奇妙な空洞があり向こう側が透けて見えている。両手の代わりにカッターの刃のような鋭利な刃物が埋め込まれており、それが鈍い光を放っていた。

「菴墓腐閧臥コ上>縺後%縺薙↓縺?k!?」

「驥丞ュ千阜縺ォ閧峨?霄ォ縺ァ萓オ蜈・縺励※縺上k縺ィ縺ッ菴戊??□」

「譁ー縺励>迢ゥ莠コ縺具シ」

 その三体の異形のアバは全く理解出来ない言語を喋りながらミカたちを見据えた。

(な、なんだこいつらは……!? ア……アバなのか……?)

 咄嗟にミカはマキを庇うようにして、自分の後ろへ隠した。マキが声も出せずに静かに震えているのを背中で感じる。

 仕方がないだろう。その三体のアバたちから感じる雰囲気があまりにも異質過ぎる。とてもじゃないがまともな存在とは思えなかった。

「あ……あの……近くに出口はありません、か?」

 ミカは自身の感じている恐怖を無理矢理抑えつけ、声を震わせながらも何とか声を絞り出し、その異形たちへ尋ねる。

「霑キ縺?セシ繧薙□縺銀?ヲ窶ヲ谿句ソオ縺?縺梧?繧峨↓縺ッ縺ゥ縺?↓繧ょ?譚・縺ェ縺……」

「閧臥コ上>縺ッ驥丞ュ千阜縺ァ縺ッ譎ゅ→蜈ア縺ォ譛ス縺。繧」

 やはりこちらには理解出来ない言語でそれらは何かを喋っていた。

 一応自分の言葉に反応しているような節はあるが、全く何を喋っているのか理解することが出来ない。外国人なのだろうか?

(これじゃ埒が明かない……! なにかハンドサインとかでコミュニケーション取らないと……)

 ミカは身振り手振りを使って必死に自分たちがここへ迷い込んだことを伝えようとした。

 両手を使って大袈裟に動き、何とか意思を伝えようとする。

「私たち! 迷って! ここへ! 来てしまいました! 出口を! 探してるんです!」

 しかし一向に通じている気配は無く、彼らからの反応は無く空振りに終わった。

「バー! ウィップ! グラ―ナ! ウィー! ピニポン!!」

 ミカは半ばヤケクソになりながら、必死に意思疎通を計ろうとする。それでも彼らから反応は無かった。

「縺薙?閠?°繧臥憲縺阪ぎ縺ョ豌鈴?繧呈─縺倥k縺橸シ!」

 その時、急に機械的な蜘蛛の姿のアバが興奮したようにその赤い瞳を拡大させ、何かを叫ぶ。

「縺ェ繧薙□縺ィ!?縲?縺薙?閠??√ぎ縺ョ謌ヲ螢ォ縺!?」

「繝?縺ョ豌乗酪縺??縲!?」

 その言葉を聞いて他の異形のアバたちも興奮したように騒ぎ出す。それと同時に彼らから熱気のような物が放たれ始めた。

「ひぃっ……!」

「……っ!!」

 後ろで隠れていたマキが悲鳴を上げる。ミカはその熱気に覚えがあり、思わず歯を食いしばった。

 それは今まで何度も経験してきた物。戦いが始まる前特有の緊張感。闘気に近い物だった。

 だからこそ――彼らが次に何をしてくるのかミカは予想が付いた。

「マキちゃんっ! ゴメン!!」

「ーーえ? ひゃぁっ!?」

 ミカは両手でマキを突き飛ばし自分の近くから離す。いきなり突き飛ばされたマキは驚きながら地面へ尻餅をついた。

「蠕√¥縺橸シ√??繧ャ縺ョ謌ヲ螢ォ!!」

 それと同時に白いヒョロヒョロとしたアバが何かを叫びながら右腕の刃物をミカへと突き立てる。マキを逃がすのに夢中で反応の遅れたミカはその鈍い銀色の刃を避けることが出来なかった。

 ドシュッ!!

 その凶刃が軍服を貫き、を裂く音がその場に響いた……――。





  

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