第19話『……ホントつまんねえな、この映画』

【ABAWORLD MINICITY SHOPPINGエリア】



 

「映画館へ連れて行ってくれるって本当ですか、ブルーさん!」

 ミカは隣を歩くブルーへ目を輝かせながら尋ねた。

「おう。お前、折角仮想現実へ来てんのに姉ちゃん探しとか戦ってばかりの野蛮人だしな。たまには文化的なモンに触れた方が良いだろうと思ってさ。どうせあのメカ女との待ち合わせ時間まで結構あるしよ」

 あのリンダとの戦いから二日経ち、ミカはブルーと共に、再びショッピングエリアを訪れていた。

 激戦の傷痕も既に無く、全てが元の綺麗な状態になっている。ミカが黒檜で踏み潰したレストランも、リンダのレーザーキャノンで蒸発した店舗も、全てが元通りだった。

 ここを再び訪れたのはM.moonからの呼び出しが絡んでいる。

 リンダからアクセスキーを受け取った彼女は早速、ABAWORLDの開発会社【デルフォニウム】へ権限の申請を行った。

 その結果が分かるのが今日。そして結果を報告するためここショッピングエリアへ集合を言い付けられていた。

「……好きで野蛮人やってるわけじゃないですけど。それは置いておきますけど! 仮想現実……ABAWORLDで見る映画って事は……当然6DX(シックスディーエックス)映画ですよね?」

「6DX……? あぁ、そういう事。そう体感式のヤツだよ」

「うわぁー! マジですか! まだ6DXで映画って見た事無かったんですよ! 地元の映画館だと特別料金取られるから、中々利用する機会が無くて……」

 かなり嬉しそうで今にも飛び跳ねて喜びそうなミカ。それを見てブルーが呆れていた。

「お前、随分はしゃいでんなぁ。映画好きなん?」

「大好きです!」

「お、おう……」

 速攻答えるミカにブルーは狼狽える。ブルーの狼狽もいざ知らず、興奮しながらミカは捲し立てた。

「6DX映画って本当に真横を登場人物たちが通ったり、銃弾が掠めたりするんですよね! 物凄い臨場感だってCMで見ましたよ! あぁ……そうだよなーSVR(シンクロヴァーチャルリアリティ)って本来そういう使い方だよなー」

「お前いつも銃弾が真横掠めたり、アクション映画張りの爆発喰らって、ものすげー臨場感味わってんじゃん。アババトルで」

「あ・ん・ぜ・んに! 臨場感を味わえるのが良いんですよ! 鉄火場の当事者になるんじゃなくて!!」

 ミカは物凄い実感の籠った言葉でブルーへ反論する。その実感を与えた張本人のブルーは至って気にせず答えた。

「まぁお前が喜んでるなら良いけど」

「因みに何の映画を見るんですか?」

「秘密~。映画館着いてからのお楽しみ。ただ最新作の映画って事は教えてやるよ」

 そう言ってブルーはイタズラっぽく笑った。

(最新作……最近上映が始まったっていうと――アクション映画のカンフー・バスケとSF映画の限界管理区画Gか……あっ。後、絵本のアニメ化だかなんだかのミケネコモドキのマルシェがあるか……でもアレは子供向けだからブルーさんがチョイスすると思えない……)

 ミカが色々と思案しながら歩いているとブルーが声を上げた。

「おっ。ミカ、着いたぞ。これが目的の映画館、【オリオン座】」

 ブルーの声でミカは思案を止めて顔を上げた。

「おぉ……! 本格的だ……!」

 そこにはかなり大きい煌びやかな建物があった。レトロな雰囲気の作りながら高級感のある佇まい。今の現実ではとっくに絶滅してしまったタイプの映画館がそこにあった。

 入口に備え付けられた受付ではもぎり役のNPCが半券を切ってアバたちに渡している。ミカはその本格的なスタイルに興奮を隠せなかった。

「凄いですね、これ……! アバも一杯いますし……本当の映画館みたいだ」

 映画館の前には大勢のアバたちがたむろしており、混んでいた。リンクという移動方法のあるABAWORLDのシステム的に映画館内へ入る必要が無いからみんな外で上映開始を待っているんだろうとミカは察する。

 現実の映画館のように劇場の壁へ公開中の映画のポスターが貼られて並んでおり、そこに電子文字で料金などが表示されていた。

 最新作の映画はABAWORLD内の通貨ではなく、日本円やドルで表示されており、旧作の映画はABAWORLDの通貨のみが表示されている。どうやら最新作以外は実質的に無料で鑑賞が出来るようだ。

(なるほど……最新作見るのには現実のお金が掛かるんだな。でも結構安めに設定されてるし、現実の映画館の6DXの特別料金考えたら割安だ。上手い商売だなぁ……これなら遠くの友達とかと一緒に鑑賞出来るし)

「流石にこの時期は新作ラッシュだから混んでんなー。ま、リアルと違って混んでて立ち見ってのが無いのが仮想現実の良いとこだな――ほれ、チケット。買っておいてやったぞ」

 ミカが感心しているとブルーは立ち並ぶアバたちを眺めつつどこからかチケットを取り出した。そしてそれをミカへと手渡してくる。

「え? 良いんですか? こんな買って頂いて……お金掛かるんですよね? 現実のお金」

「構わねえよ、お前のお陰で色々珍しいバトルアバとか見れてるし。それの礼とでも思っておけ。それにオレたちが見る映画はゲーム内マネーで見れるヤツだから、無料みたいなもんだ」

「……え?」

 何やら不穏な事を言い出すブルー。思わずミカは聞き返してしまった。

「……これから私たちが見る映画って、最新作なんですよね……?」

「あぁ。間違いなく最新作だよ。公開から二日も経ってねえ」

「……ちょっとすいません。これから私たちが見る予定の映画……あのポスターの中から指差して貰えませんか?」

 ミカはそう言って最新作のポスターが並んでいる壁を指差した。

「良いぞ。ほれ、アレだよ」

 ミカに言われブルーはその細い指をポスターへ向ける。カンフー・バスケのポスターを素通りし、限界管理区画Gも通り過ぎ、ミケネコモドキのマルシェの可愛らしいポスターも飛び越え――その指は明らかに異質な空気を漂わせている端っこのポスターに止まった。

「『ゾンビトリケラトプスVSギガノトタイタンVSエイリアンシャーク』。どうだ? かなりいけそうだろ?」

 如何にも血色の悪そうなトリケラトプスと物凄くチープな造形のロボットと申し訳程度の触手が生えて、エイリアンらしさを醸し出している鮫。そのおぞましい三体が、噛み付いたり、殴ったりして絡み合っている姿の描かれたポスター。

 それを一目見た時、ある程度映画関係に造詣の深いミカは直感した。

(こ、これは……C――いやZ級映画だ……!)

 ※Z級映画 映画の形をした何か。

 そのポスターから放たれる威圧感と腐臭にミカは戦慄し、思わず身体を震わせた。

「いやーリアルだと上映する映画館、全く無くてさぁ。配信待ちかなーとか思ってたんだけど、ABAWORLDの映画館でやるって聞いた時は嬉しかったわ。ハハハッ!」

 楽し気に笑うブルー。

「ほ、本気でこの映画を見るんですか……お、お金なら私が出しますからカンフー・バスケにしません……? 有名な監督の映画ですしきっと面白いですよ……」

 ミカの提案にブルーは顔を近づけてきて凄みながら反論してくる。

「――あのなぁ、ミカ。そういうまともな映画は現実で金、ちゃんと払ってみりゃ良いだろうがっ! こういう普段なら絶対に映画館で見ないような"汚物"映画だからこそ、こういう機会に見るべきなんだよ!」

(こいつ、汚物ってはっきり言いやがった……! あんたもこの映画がヤバイってのは理解してんのかよ!)

 ブルーは既に逃げ腰のミカに気が付いたのか、急にトーンダウンして諭すように語り掛けてくる。

「なぁ……見る前から面白くないって決めつけるのはさ。映画好きを自称するのにどうなんだ? 物知り顔で映画を語る評論家たちの評価に流されて、お前自身の評価を持たない……これって良く無い事だよなぁ?」

「そ、それは確かにそうですけど……」

「世間の誰にも刺さらなくても、自分だけには刺さる映画ってのはあるもんだろ? この映画がそれかもしれないしさ。評価を下すのは見終わってからも遅くねえ……オレはそう思うね」

 確かにブルーの言うことにも、一理ある。姉さんが激しくこき下ろしていた映画を自分は面白いと思った事もあったし、逆に姉さんが面白いと言った映画を自分があまり面白いと思えないこともあった。

(そうだな……ブルーさんの言う通りだ。見ずに評価するなんて俺は映画に失礼な事をしていたかもしれない。万が一……いや億が一、面白い映画の可能性だってある……)

 ブルーの説得に応じて、ミカは覚悟を決めた。

「分かりました……見ましょう」 

 ブルーがミカの返答を聞いて、口元を歪めて邪悪な笑みを浮かべた。

「よし! それじゃ地獄へお一人様ご案内~」

 そう言ってチケットのリンクを使って二人は映画館内へと転送されていった。

 転送の瞬間、ミカはあぁ……やっぱり地獄ではあるんだな……と思った――。




『アンアンッ! あぁっ! あぁ~』

「……ホントつまんねえな、この映画」

 女優のやる気の無い嬌声の響く薄暗いシアター内。映画館の座席で腕組みしながら、ブルーが心底つまらなそうな顔でそう吐き捨てた。

「……遂に言いましたね。私は必死にその言葉を口に出さないよう、我慢していたのに……」

 隣で座っているミカも既にうんざりという顔つきをしながら言った。

「大体、この濡れ場のシーン……何分やってんだ。ひたすら、アンアン、アンアン、ずっと同じ構図でさぁ。こんなん思春期の中坊だって興奮しねえわ。そもそもこいつら誰だよ」

 スクリーン上では唐突に出てきた男女(ストーリーに一切関係無し)のラブシーンが流れている。既にラブシーンが始まってから十分以上経過しており、ミカとブルーの二人はげんなりとしていた。

 本来なら鑑賞中に喋るのは良く無いとミカは思った。しかしチラっと後ろを見ても、横を見ても誰一人として他の客はいない。

 完全に貸し切り状態であり、気にする必要も無いと判断し会話を続ける。それに会話していないとあまりの退屈さに眠ってしそうだ。

「……ホントこの人たち誰なんでしょうね……とても後の話に絡むとは思えないです。名前すら未だにわかりませんし」

「どうせ犠牲者だろ。つーか未だに犠牲者が出てないってのが驚きなんだけど。誰も襲われてねえし。これ一応ジャンル、モンスター映画なんだぞ」

「多分、予算が無いから出来る限り登場シーン減らしてるんでしょうね……」

(そもそもモンスター自体、まだ一分くらいしか出て無いけど……)

 ミカは内心呆れつつ、再びスクリーンへ目をやる。未だに代り映えのしないラブシーンが続いており、それだけで気力が削がれるようだった。

(ホント何時まで続くんだこれ……)

「――なぁ。一つ聞きたいんだけどさ」

 急にブルーが今までと調子を変えて、真面目な雰囲気でスクリーンから目を離さずに尋ねてきた。

「お前ってなんでそんなにシスコンなん?」

 ――全く真面目では無い質問を。

「シ、シスコン……?」

「お前、どう見てもシスコンじゃん。口を開けば姉、姉、姉ちゃん……これをシスコンと言わず何という」

「そ、それは……あの……」

 口籠るミカへブルーは更に追及してくる。

「まーさーか~恋心抱いてるって系ってヤツだったり? やべーな禁断の恋か? 流石に多様性の時代でもそれはやべーぞ、お前。引くわ」

「何言ってんですか! 違いますよ!! 変な邪推は止めてください!」

 ミカは慌ててブルーの言葉を否定する。

「じゃあ何で姉ちゃん探しにそんな躍起になってのさ。そりゃ家族だから心配だろうが、幾ら今の所在わからんつーても置手紙自体はあったんだろ? そこまでがっつり探さなくても時間が解決してくれるんじゃないか?」

 ブルーの言葉にミカは押し黙った。そして……顔を俯かせる。ブルーはそんなミカに敢えて追及せず、スクリーンを眺めていた。

『あぁ~! アンアンアンッ!』

 会話の止まったシアター内で女優のやる気の無い喘ぎ声が響いた。暫くどちらとも口を開かず、黙る。

 先に沈黙を破ったのは――ミカだった。

「……実際のところ。実は私、姉さんの事って……苦手だったんです。割と最近まで」

 ミカがポツリポツリと語り出す。ブルーはスクリーンから目を離さず、ただ黙って聞き始めた。

「姉さんは昔から完璧超人って感じの人で……勉強とか運動とか何やっても優秀な人だったんです。でも弟の私は……正直、あんまり出来の良い方じゃ無かったですね、自分で言うのもアレですけど」

 少し自嘲気味にミカがそう言った。ブルーは相変わらずスクリーンから目を離さない。聞いているのか聞いていないのか分からない態度だったがミカは気にせず続けた。

「両親は別に私と姉さんと比べるような事はしなかったんですけどね。優しい人たちでしたし。間違いなく分け隔てなく育ててくれました。それでも姉さんの側にいると、周囲から比べられてるような気がして……それが凄く嫌で、本当に嫌で……――気が付いたら姉さんとは疎遠になってしまったんです」

「シスコンはシスコンでもコンプレックス強めって感じか。スイートな感じではねえな」

 ブルーが閉じていた口を開く。ミカは苦笑しながら肯定した。

「ははっ……まぁ、そうですね。嫉妬とか劣等感が先に来るもので、ブルーさんが想像するような感じじゃない事は確かです」

「で、その劣等感から発展した歪んだ恋愛感情を持ち始めたのか」

「……どうやってもそういう方向に話を持っていきたいようですね、ブルーさん」

「迂闊に話し出したお前が悪いんだよ。大体オレが湿っぽいの苦手ってあの鹿野郎の時も言っただろ。さっさと甘酸っぱい話まで行け。どうせ、その後仲直りするような事があったんだろ? 今はお前から探すくらいになってんだからさー」

「ふふっ……」

 相変わらず、五秒もシリアスを続けられないブルーの態度にミカは思わず笑ってしまった。

「……仲直りというか、俺も大人になったというか……疎遠になった後、俺が――色々困った事になった時、姉さんの方から突然訪ねてきたんです。ビックリしましたよ、それまで姉さんは俺なんて興味無かったと思ってましたから」

 いつの間にかミカの口調が私から俺に変わっていた。過去を振り返っている内に素へ戻っていたせいだろう。ブルーはそんなミカの変化に気が付いていたが、特に何も言わず、少しだけ微笑みながら聞いていた。

「姉さんはあっという間に問題を解決してくれて……もう全部アホらしくなりましたよ。この人には絶対に敵わないんだなって思いました。そう考えたらなんか気が楽になって……少しずつ普通に接するようになれました」

「で、家族の団欒を取り戻したと思った矢先に姉ちゃん失踪かよ。ドラマチックすぎねぇか?」

「そうなんですよね……ホントどこ行っちゃったんだか……はぁ……」

 ミカはそこまで言って大きく溜息を吐く。

「色々と世話になりましたし、姉さんが困っているなら今度は俺が助けてあげたいんですけどね……」

 それまでスクリーンを見ていたブルーがミカの方へ顔を向けて来た。

「ま、こういうのは焦ってもどうにもならねえよ。オレもまだまだ付き合ってやるからさ、ハハッ!」

 そう言ってブルーは無邪気に笑う。その無責任な笑顔が今は何とも頼りになる……そんな気がした。

『あぁん! あんあんあぁん!』

 スクリーンでは未だにラブシーンが延々と続いている。二人は同時に顔をスクリーンへ向けた。

「マジでこいつら何時まであんあん、言ってんだよ……」

「……本当にいつ終わるんだこれ……」




【ABAWORLD MINICITY SHOPPINGエリア レストラン『赤帽』】




「……結局6DX要素、ありましたっけ」

「あったぞ。鮫が生簀割って出てくるとこで、水飛んできた。あとゾンビトリケラトプスが撃たれて死ぬとこで揺れただろ、座席が」

「……あぁ。あれブルーさんが隣で身動ぎしたのだと思ってました。本当にちょっとだけ揺れただけでしたので……」

 ショッピングエリアの中でも一、二を争う人気を誇る施設、レストラン『赤帽レッドハット』。現実で都心に実際に存在する店舗が再現されたそこは、ABAWORLD内でも有数のデートスポットとして知られており、大勢のアバたちが店内でテーブルを囲み、甘ったるい雰囲気を漂わせていた。

 地方都市に在住する者たちにとっては、手軽に有名店を体験出来る場所として、都心に在住する者にとっては慣れ親しんだ場所として、その両面から楽しめることから常に盛況な店舗だった。

 一方……その店内で一組だけ著しい陰気を放ちながら、あまりにも悲しい感想戦を行っている者たちがいた。

「まさかギガノトタイタンが起動前に破壊されるってのは予想していませんでしたね……しかも操作ミスで」

「あれはホント腹立ったなーそこまで引っ張ってそれかよ! ってなったわ」

「やっぱり予算無かったんですかね……エイリアンシャークも着ぐるみ丸出しでしたし……」

 ミカはテーブルへ置かれたカップの中のコーヒーをスプーンで持て余しながら疲れ切った顔をしている。

「結局あのラブシーンのカップルも襲われませんでしたからね……本当に誰だよこいつらで話が終わるとは……世の中には恐ろしい映画があると私は再確認しましたね、ええ」

「あいつらマジで誰だったんだろうな。監督のコレか?」

 そう言ってブルーはテーブルへ行儀悪く肘を立てながら右手の小指を立てた。

「お下品なジェスチャーしないでくださいよ。他のお客さんもいるのに。それにあのラブシーン、男性もいたんですけど……」

「そういう時代だし別に珍しくもねえだろ。あーあ~ホントつまんねえ映画だったー満足だわオレ」

「ま、満足なんですか……?」

「そりゃな。牛丼頼んでハンバーグ定食出てきたら怒るけどよ。最初から覚悟完了して行ったからな。注文通りだよ、注文通り。それに道連れいたからな今回は。楽しめたよ、オレは――お前はどうだった?」

 そう言って意地の悪そうな笑みを浮かべながら尋ねてくるブルー。ミカは苦笑いしながら答えた。

「ま、まぁ……良い経験にはなりましたね。今ならどんな映画も楽しんでみれ――」

 ピコンッピコンッ。

 突然、二人の間で電子音が二回ほど鳴る。ブルーとミカはお互いに顔を見合わせ、同時にウィンドウを出した。

「メール……みたいですね。ムーンさんからだ」

「こっちはトラの爺さんか。これはめんどくせー事の予感……というか絶対面倒な事だな。こっちは後回しにしてお前から内容話せ、ミカ」

「は、はい。えーと……」

 ブルーにそう促されミカはウィンドウを眺めながら文面を読み上げ始めた。

「『ケンゲン テマドッタ キョウ イケナイ ゴメンナサイ』……だそうです」

「なんで電報風なんだよ、あのメカ女……つーかあいつが呼び出した癖にぶっちするとは良い根性してんな」

 ミカがウィンドウを閉じている間にブルーは不機嫌そうに言った。

「しょうがないですよ、ホントに手間取ってるみたいですし……」

「ケッ。まぁお前の顔立てて許してやるわ。実際、デルフォへの権限申請とか(ピー)面倒そうだしな――さてトラの爺さんからは……」

 ミカからムーンのフォローを聞いて、一応納得したようだ。そのまま今度は自分のウィンドウへ目を通し始めた。

「……爺さんにしてはまともな用だな。子守りのお願いだわ」

「子守り……?」

 ブルーはウィンドウから目を離さずにミカへ答える。

「そ、子守り。爺さんの孫娘の遊び相手してくれって頼み、前にもあったんだよ。そん時はオレが相手やったんだけどさ」

「トラさんのお孫さん……」

 トラさんの孫。正直なところどんな子なのか想像もつかない。何せトラさんの孫だ。

(虎の子は虎と言うけど……お孫さんはどんな子なんだろう)

 不安そうな顔をしているミカに気が付いたのか、ブルーが補足を入れてくる。

「安心しろって。そんなチャランポランなヤツじゃないから、歳相応の子供だよ」

「因みに……何歳くらいのお孫さんなんですか?」

「十二歳」

「えぇ……? そんな歳の子がABAWORLDやってるんですか……?」

「結構いるぞ、それくらいの子供。昔、問題になったくらいだし」

「問題……?」

「登録時に年齢誤魔化して登録した悪ガキが、年齢制限あるコンテンツに参加してさ。色々と問題になったんだよ。ニュースでも騒がれたわ」

「そ、そんな事が……」

 確かにアバを纏っていれば中身の実年齢など分かりようが無い。声だって喋らなければある程度誤魔化せてしまう。自分だって見た目からしたら中身が男だと一見して分かるわけが無い。まぁ……こっちは声まで変わっているから本当に分からないだろう。

「ま、今じゃ色々対策されてそこら辺クリアされたんだけどな。何時までも待たせるのわりーし、リンク送ってやるか」

 ブルーはそのままウィンドウを操作し、メールへ返信した。

 ピコンッ。

 電子音と共にメールが送信された。ブルーはそれから店外へ目を向ける。

「店内は混んでてリンク出来ないから店の外に設定したけど……ちゃんと来れるかなマキのヤツ」

 ミカもブルーに釣られて店の外を見た。往来では何人かのアバが歩いているのが見える。暫く見ているとその人混みならぬアバ混みの中、誰かがポンッと転送されてきた。

 明らかに小柄な体格で、他のアバと比べても小さい身長のアバだった。

 そのアバは周囲を不安げにキョロキョロと見回しながら、恐る恐る歩いてる。

「おっ。来たじゃん。おーい! マキー! こっちだこっち!」

 ブルーが人混み(?)へ向かって右手を振りながら声を掛ける。その声に反応して小柄なアバが振り向いた。

 走り寄るようにしてお店の方へ近付いてくる。そのまま店の入口へ向かい――。

 ――透明な壁に弾かれた。

「――ひゃんっ!」

「はぇっ?」

 目の前で起きた事が理解出来ず、ミカは思わず変な声を漏らした。

 そのアバは走った勢いそのままに突っ込んだせいか、小さな悲鳴を上げながらそのまま尻餅をついてしまう。

「ぎゃあぁぁ!! 大丈夫か!! 怪我しなかったかぁ!?」

 そのアバを心配するように大声が外から店内へ聞こえてきた。聞き覚えのある声。店内で談話していたアバたちもその大声で何事かと振り向いた。

「あっ。やべっ! 入店許可出して無かった!」

 ブルーが慌てたようにウィンドウを出現させ、急いで操作を行う。

「ちょっ、何やってんですかブルーさん……」

「いやー完全に忘れてたわ。でもこれで入店出来る筈っと……」

 ブルーがウィンドウに表示されていた【許可】と書かれたボタンを右手で叩く。それと同時に二人が囲んでいたテーブルに文字が表示された。

【マキ が 『赤帽』へ入店しました】

「マキー! これで入れるようになったから! 入って来いよー!」

 ブルーが声を掛けると尻餅をついていたアバは立ち上がり、恐る恐るお店の入口を指でツンツンしていた。やがて壁がもう無いと分かったのか、そっと店内へ入ってくる。

 そのままトコトコと二人のいるテーブルへ近付いてきた。

 ミカは近付いてきたそのアバを間近で観察する。

(子供の……白い虎?)

 可愛らしい子虎というのが第一印象だった。所々見えるモフっとした白い毛皮。顔はネコ科動物のそれに近く、それでいて虎らしい猛々しさがちょっとだけある。

 服は深みのある青緑色をしたミニサイズのチャイナドレスのような物を身に着けており、少し中華系の意匠を感じさせた。

 その子白虎のアバは白い尻尾を揺らしながらミカとブルーの前へ来ると、ぺこりと頭を下げてきた。

「今日はよろしくお願いします」

 幼いながらもしっかりとした意思を感じさせる女の子の声。ブルーは親しそうにそのアバへ声を掛ける。

「よぉ、マキ。前と違ってちゃんと自分用のアバ作ったんだな」

「うん。お爺ちゃんに作って貰った」

 ブルーからの問いに畏まって答える。何とも大人びた雰囲気だ。

 ミカがその改まった態度に困惑していると、その子白虎のアバの脇から一つのウィンドウがミカたちの前へ飛び出してきた。

 そこには見覚えのあるアバの顔が表示されており、そこから声が聞こえてきた。

『今日はウチのマキちゃんを頼むで、ぶるーにミカちゃん』

「あっ! トラさん!」

 ウィンドウに表示されていたのはトラさんだった。如何にもせまっ苦しそうな姿でウィンドウ内に顔だけ表示されている。

「なんでぇ爺さん。今日はサブ接続か?」

『マキちゃんがSVR機器、使っとるからのう。大吉に用意してもらったノーパソで接続しとるわ』

「サブ接続?」

 ミカが聞き慣れない単語に首を傾げるとブルーが説明してきた。

「VR機器使わずにABAWORLDへ接続してんだよ。電子結晶とかノーパソ使ってな。でも殆ど機能制限されてるから、こうやって顔だけ表示されて、会話くらいしか出来ねーけど、な。つんつ~ん♪」

 そう言ってブルーは指先でツンツンとトラさんの顔が表示されたウィンドウを突く。ウィンドウ内でトラさんが困ったような顔をしていた。

『やめーや! 結構画面が揺れるんじゃい! それ! ――マキちゃんや。ミカちゃんへ自己紹介したってや』

「うん、お爺ちゃん」

 ウィンドウの中のトラさんに促され、マキと呼ばれたアバがミカの前へ出てきた。

「初めまして。片岡真――」

「こら、マキ。前に教えてやっただろ。ABAWORLDではリアルネーム、名乗っちゃダメだって。誰が聞いてるかわかんねえんだから」

「あっ……ごめん、兄ちゃん。忘れてた……」

「次から気を付けろよ~?」

「うん」

 名乗り切る前にブルーが口を挟み、注意する。それを聞いてマキと呼ばれたアバはコホンっと咳払いしてから言い直した。

「初めまして――マキ……です。今日はよろしくおねがいします」

「あっ。よろしくお願いします……ミカです」

 その子供とは思えない雰囲気に押されて、ミカも遂、頭を下げて挨拶を返す。そんな二人の姿をブルーが笑って見ながら、茶化すように言った。

「マキ、そいつ見た目は女だけど、中身男だから気を付けろよ。そうやって人を誑かしてる邪悪なヤツだから」

「え……声は女の人なのに……」

 その言葉を聞いてマキは驚き、警戒するように、ちょっとだけミカから離れた。そのまま白い尻尾をひゅんひゅんと動かし、野良猫のように威嚇しながら距離を取り始める。

「ブルーさん……! そういう誤解を招くような発言止めてください!」

 ミカはキッとブルーを睨んでから窘めた。ブルーは悪びれもせず口笛を吹きながら、そっぽを向いている。

(この野郎……! 好き放題言いおってからに……!)

 ミカが内心毒づいているとトラさんの顔の映ったウィンドウがマキへ近付いて行く。

『マキちゃん、その青髪の不良の言うことあんまり真に受けたらあかんで。ミカちゃんは大丈夫や。爺ちゃんが保障するぞ』

 トラさんからそう諭され、マキは一応安心したのか、再びミカの方へ近付いてくる。ただその距離は前よりちょっと遠く、警戒も継続しているようだった。

『全くぶるーはろくなことせんのう。マキちゃんがすっかり警戒してもうたわ。今日、ワシ一緒におれんから、ただでさえ心配やと言うのに……』

「あっ? 爺さん、今日はマキと一緒に居られねえの? 前の時は目付がてら一緒に来たのに」

 ブルーが尋ねるとウィンドウがフヨフヨとテーブルの方へ近付いてきた。

『ワシこれから組合のリモート会合に出ないといかん。リアルの方のマキちゃんは見ておけるけど、ABAWORLDの方までは見てる暇が無いんじゃ……だから今日はマキちゃんの事頼むぞい』

「あらためてよろしくお願いします、兄ちゃん。それに――お、お姉ちゃん……?」

 少しだけ首を傾げながらマキが再び頭を下げてくる。

「お、お姉ちゃんはちょっと……ミカで良いよ。マキちゃん」

 ミカは苦笑いを浮かべながら、そう言う。流石にお姉ちゃん呼びは恥ずかしいとかそういうレベルでは無い。せめてお兄ちゃんにしてくれと内心思った。

「わかりました。ミカ……さん」

 相変わらず少し硬い態度のマキ。そうしているとミカの方へ漂っていたウィンドウが寄ってきた。トラさんが小声で話し掛けてくる。

『――……ミカちゃん。マキちゃんの事頼むぞい。前にぶるーへ任せた時はカジノエリアやら、リゾートエリアやら教育に悪そうなとこばっかり連れてかれて、後から息子夫婦に怒られまくったんじゃ……だから今日はお目付け頼むで……』

「は、はい……分かりました」

『頼むぞ……』

 心配そうに画面越しからマキの方を見つめるトラさん。彼女はブルーと会話しながら楽し気にどこへ行きたいかとか話していた。

 微笑ましい光景ではある――会話の端々にギャンブルとかそういう不穏な単語が混ざっていなければ。

『そんじゃワシはもう行かないとあかん。マキちゃんや、の言うことしっかり聞くんだぞい』

「うん。お爺ちゃんもお仕事頑張ってね」

 マキが頷くのを確認してからトラさんはミカたちの方へウィンドウの画面を向けてきた。

『言うてそんな掛からんと思うから。頼んだで、二人とも――そんじゃな~』

 トラさんの姿が表示されていたウィンドウがパッと消えた。

 それを見たマキが改めてミカとブルーの方へ向いてくる。そして安心したように息を吐いた。

「やっとお爺ちゃんが行ってくれたぁ……はぁー疲れた」

 今までのお堅い雰囲気から少しだけ柔らかい雰囲気を見せる。それを見てブルーがニヤつきながらマキへ話しかけた。

「お? 猫被るのは終わりか、マキ?」

 マキは腕を組みながら、鼻を鳴らしながら答える。

「べーつーにー猫被ってないよ、兄ちゃん。お爺ちゃんが心配するからちゃんとしてただけ。それにミカ……さんとは初対面だったし、しっかり挨拶しなきゃだもん」

 マキは今までの態度とは明らかに違って、どこか子供っぽい雰囲気を出していた。

「あ、あの……これは一体?」

 あまりの変わりように困惑するミカ。ブルーが口元を歪ませながら悪そうに教えてくる。

「ま、虎の子は虎って事だ。こっちが本性だ、本性」

「ブルー兄ちゃんにそれ言われるのなんかやだなぁ。それよりも――」

 マキはテーブルへ身を乗り出すようにして、ブルーへ話し掛ける。

「前に約束したよね!? 今度は遊ぶ時はアババトル見せてくれるって! ずっとそれを楽しみにしてたんだから!」

「あー……そんなこと約束したっけ……今日試合あったっけな――」

 ブルーは困ったように自分の右腕を撫でた。ウィンドウが出現し、そこに表示されている情報に目を通していく。やがて当てが外れたように被りを振りながらウィンドウを閉じた。

「わりぃ、マキ。今日はもうアババトルの開催予定がねえわ。チケも完売だし。もうちょっと早く言っておいてくれればチケ取ったりしたんだがな……」

「えぇ!! 兄ちゃん、次の時はバトル見せてくれるって言ったのに! ウソツキ!」

 ブルーの言葉にマキは納得がいかない様子で怒り、その白い毛皮に覆われた手で彼をポコポコ叩いていた。

「わりぃわりぃって……あっ」

 叩かれていたブルーがそっとミカを見る。何かを期待するような目つき。突然、そんな視線を向けられてミカは困惑した。

「え……? なんですか、その目は……」

「お前さ。適当にバトルアバいそうな場所行って喧嘩を売ってきてくんね? そうすりゃバトル起こせるし」

「イ! ヤ! です! そんな辻斬りみたいな真似!! ウルフさんじゃないんですから!」

「ケチー。どうせ減るもんでもねえんだしさぁ」

 ミカが反対するのを聞いてブルーが臍を曲げたように愚痴を漏らす。

「兄ちゃん~マキとの約束破るん? 信じてたのにー」

 マキも拗ねるように口を尖らせて、ブルーを責めた。それを受けつつ、ブルーは目を瞑って何か思案している。やがて何か思いついたように目を開いた。

「……マキ。普通にバトル見るより刺激的な事、思いついたぜ」

 ブルーが今までに無いくらい、イタズラっぽい笑みを浮かべた……――。







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