第18話『あの時、引き止めなくて――良かった』

 ――本当にアメリカへ行くのですか、ミズキ――

 ――……当たり前じゃない。この日のために資金貯めたんだし――

 ――そうですか。分かりました。向こうでも頑張ってください――

 ――……あんた、仮にも教え子が出て行こうってのに止めないのね。教師の癖に――

 ――義務教育ではありませんからね。自らの意思を持って出奔する生徒を止める事は私には出来ません――

 ――……あたしが出来の悪い生徒だから? 出て行って清々してるんでしょ――

 ――そう取るかどうかはあなたの自由ですよ。ただ出来が悪い生徒というのは否定しません――

 ――……嫌なヤツ――

 ――嫌われてしまいましたね。でも私はミズキの事が好きですよ。あなたの作品も、主義も……凡そ一般受けはしないし、審査員には響かないモノですが――

 ――やっぱり嫌なヤツ! そこで何時までも全部わかってるようなツラして突っ立ってろ! グッバイ! クソ教師!  ――

 ――……フフッ――

 ――やっぱり好きですよ、ミズキ――


 その時、本当は私には分からなかった。

 口汚くこちらを罵りながら去っていく彼女の背中を見送りながら、本当はどうするべきだったのか……考え続けた――。




【ABAWORLD MINICITY SHOPPINGエリア カフェ『フレッシュロースター』】



「……っ!!」

 二階のテラス席からミカとリンダのバトルを見ていたムーンは思わず、口元を押さえ、呻く。

 試合開始と同時にリンダの目から放たれた紫色の閃光がミカの小柄な身体を貫くのを目撃したからだ。

 自分と同じようにカフェの椅子に座って観戦していた客たちからも次々に悲鳴や同情の声が上がる。

「うぇーあんなん避けられねえだろ……」「開幕アレとかありなの?」「ひぃ~! 生バトルは迫力が違いすぎるよ~」「あのちびっこみたいなバトルアバ大丈夫?」

 ムーンは彼らの声を聞きながらテーブルの上に置いた自身の右手を握りこみ、思わず俯いた。

(大丈夫……あの攻撃に大した威力は無い。問題はブレイクレーザーの武器破壊効果……)

 自身を無理矢理安心させるように思考し始めるムーン。リンダの左目には相手のバトルアバの武装呼び出しに自動反応して攻撃を行う即応武装、『ブレイクレーザー』が装備されている。

 低威力ながら相手の武装を破壊する効果を持ち、更に自動照準機能とレーザー特有の弾速。あの攻撃が発動した時点で、避けることは運動能力が低めの召喚タイプのミカには不可能だ。

 相手の武装を開幕と同時に破壊し、出鼻を挫き、優位に立つ。それがリンダ・ガンナーズの必勝パターンの一つだった。

(ホント、嫌らしいヤツ……アイツの性格の悪さが出てる装備だわ。でもこっちだって対策してない訳じゃないのよ……! それにデザイナーは一度バトルアバをバトルへ送りだしたら後は信じるしか出来ることは無いの! しっかりしなさい、島本瑞樹……!)

 ムーンは顔を上げて、ミカの方へ向き直る。その心情に呼応するようにショッピングエリアへ一発の銃声が鳴り響いた。



 ――……ガァンッ!

 銃声と共にリンダの左目へ鉛弾が突き刺さる。ガラスのような瞳が砕け散り、辺りに破片が舞った。

 ホバー機能によって浮いていたリンダのボディは片側に受けた衝撃によってコマのように回転し、そのまま周りにいた観客の方へ滑るように吹っ飛んで行く。

「ぎゃぁあぁああ!! 逃げろー!」「ひぃぃぃー!」「あぶなっ!?」

 吹き飛ばされてきたリンダの身体から観客たちが叫びながら逃げ惑う。さながら戦場に迷い込んだ一般人という体だった。

 幾人かのアバを吹き飛ばしながらその青色の身体は往来に立ち並ぶ洋服店の一つに突っ込み、店先を粉砕する。店舗の破片と服がバフっと舞い上がって中々の惨状を作り出した。

 ≪っしゃぁ!! 命中!≫

 ブルーの嬉しそうな声がミカの周りを漂うウィンドウから聞こえてくる。一方ミカは【三式六号歩兵銃】を左脇に抱えてな右手を使い、片手でボルトを操作して再装填を行っていた。

 ≪左手の方は大丈夫か、ミカ?≫

「な、何とか……少し痺れますけど。でも……信号弾はもう壊れちゃったみたいですね」

 ダメージによってだらりと力なく下がった左腕。左手のグローブ部はレーザーによる熱によって黒く焦げ付いており、炭化している。

 ミカは地面に転がり、煙を上げながら消えていく【八式信号拳銃】を見た。リンダのレーザー攻撃を受けて、完全に破壊されている。もう使うことは出来ないだろう。

 ≪しょうがねえさ。アイツの初撃躱すためにはアレしかなかった。取り合えずこれで作戦Aの第一段階は完了だな≫

 これはブルーの考えた作戦の一つだった。リンダの自動攻撃機能を潰すためにワザと左手へ囮の武器を呼び出し、レーザー攻撃を誘発。そしてその間に本命の歩兵銃による狙撃によって左目を破壊する……かなりリスクの高い作戦だったが、こうして成功する事が出来た。

「よし! 装填終わり――銃剣バヨネット着剣!」

 ミカは再装填を終えると今度は銃剣を呼び出す。銃口に銀色の短剣が装着され、鈍い光を放つ。そのまま片手で槍のように構え、リンダが突っ込んでいった店へ剣先を向ける。しかし――。

「――えっ。いない!?」

 色々と粉砕されて悲惨な状態な店舗。その周りでは巻き込まれて吹っ飛ばされたアバたちが他のアバの力を借りて立ち上がろうとしていた。しかしそこにリンダの姿は無く、影も形も無い。

 ≪ミカっ! 六時の方向!!≫

 ――ブォンブォンブォンブォン。

 ブルーの声と何かの駆動音が重なる。ミカが咄嗟に背後を振り返るとホバー駆動によって地面を滑るように移動しながら、両手の銃口をこちらへ向けているリンダの姿があった。

「――ガトリングレーザー照射開始」

 ――……ブゥゥゥゥン。

 鈍い駆動音と共にリンダの両腕に備え付けられた銃口が赤熱し始める。一瞬の間を置いて内部の機構が回転。銃口から真っ赤な熱線が吐き出された。

「くっ!! 一旦、逃げます!」

 ミカはそうブルーへ伝えながら銃を背中へマウントすると左へと駆け出し、その場から逃げ出した。立ち並ぶ店舗の店先を全速力で駆け抜けていく。

「あの見事な射撃。感服しましたよ、バトルアバ・ミカ。私のブレイクレーザーへの対策はしっかりしてきたようですね。ふふっ……やっぱりバトルというのは楽しいです。この緊張感が味わえるからこそ、バトルは止められない……」

 ――……パパパパパッ!!

 リンダが逃げるミカを追うように身体全体を横へスライドさせていく。銃口から連続発射されていく短いレーザーは次々に着弾し、その破壊力で立ち並ぶ店の外装や展示されている商品を破壊していった。

 逃げる自身の背後で起こっている破壊の数々と、その惨状を見て思わずミカはウィンドウに映るブルーへ尋ねてしまう。

「お、お店が!? 大変な事になっちゃってるんですけど! こ、これ怒られませんかね!?」

 ≪おバカ! 気にしてる場合かよ! どうせバトル終わったら治るわっ! それより反撃しろ、反撃!≫

「反撃って言ったって……止まったら蜂の巣にされますよ! あのレーザーが凄まじ過ぎて隙も無いですし!」

 ≪隙は作るもんなんだよ! こっちから仕掛けるぞ! 十一時の方向に丁度良いのがある! アレ使え!≫

 ブルーに指示された方向へ走りながら視線を向ける。そこには如何にも高級そうな家具を販売しているショップがあった……――。



「これ、どうかな?」

「ちょっと部屋に置くには大きい気がする……デザインは良いんだけど」

 落ち着いた雰囲気の店内。牛獣人の姿をした二人のアバが大きな金属製のテーブルの前で話し合っている。

「試しに一度、こっちのマイルームへ置いてみようか? そうすればリアルで購入する前に雰囲気分かるし」

「そうしよっか。新居のデザイン、マイルームで再現しているんでしょ?」

「うん。住居データインプットしたから本物とほぼ一緒だよ」

「……じゃあ新婚生活の下見にもなっちゃうね」

「あっ……そう言えばそうだね。はははっ……何かそう考えると恥ずかしいかな」

 二人のアバの間で何とも言えない暖かな空気が流れていく。だが――。

 ――ガシャーンッ!!!

『え?』

 穏やかな空気をぶち壊しながらミカがショップのガラスをぶち抜いて、店舗内へと転がるように侵入してきた。

 店内へガラスの破片を撒き散らしながらゴロゴロと転がり、バッと身を起こす。

「ブルーさん! どれですか!!」

 ≪アレだ、アレ! あの金属製のデカイテーブル! さっき売り出し中って書いてあったヤツ!≫

 ミカは店内を見回し、直ぐに目的の物を見つけた。そのテーブルのところへ駆け寄る。

「すいません! ちょっとこれ借ります!」

「あっ……どうぞ」

 呆然としている二人のアバへ軽く会釈してからミカはテーブルの脚を持って持ち上げる。そのまま盾のように左肩で抱えると店の外へ向けた。

 ――ブォンブォンブォンブォン。

 リンダの特徴的なホバーの音が近付いてくる。それと同時に赤い閃光が次々に店内へと撃ち込まれた。

 ≪構えろ、ミカ! 垂直じゃなくて斜めにな! 角度利用しろ!≫

「分かってます! ぬおりゃああああ!!」

 ミカは気合の声と共にテーブルを少し傾けながら構え、飛来するレーザーの群れを受ける。金属製のテーブルの表面でレーザーが乱反射し周囲に赤い閃光が飛び散った。

 ≪よっしゃ! 耐えられそうだな! このまま前進して距離詰めろ! 野郎は遠距離特化だからな。近接戦挑むしかねえ≫

「はい! グヌヌ……!」

 レーザーの雨の中を古代の重装槍兵のように盾を構えて、少しずつ前進していくミカ。やがて店の外まで進んで消えていった。

 一方、すっかり荒れ果てた状態になった店内で二人のアバは顔を見合わせた。

「……テーブル、これにしよっか」

「……そうだね。丈夫みたいだし」

 二人はそっと購入画面用のウィンドウを出現させると仲良く一緒に購入ボタンを押した。



「なるほど。そう来ますか」

 テーブルを盾替わりにしてゆっくりと前進してくるミカの姿を見て、リンダは両腕を上げて、一旦攻撃を中断する。

「全くどこからそんな丈夫なテーブルを見つけてきたのか……ガトリングレーザーでは確かに火力不足ですね――パワーリソース投入……」

 ――ブブブブブッ。

 そうリンダが言うと肩部に備え付けられていた二つの球体が駆動音と共に稼働し始めた。球体の表面が変形し、二つの照射口が露出する。

 リンダの右目が接近してくるミカの姿を捉えた。それと連動して球体の照射口が動き、狙いを定める。

「――レーザーチェーンソー、照射開始」

 ――ギョワァァァァァ!!!

 リンダの言葉と共に照射口から今まで以上に赤く、太い熱線が奇妙な音と共に二本照射された。

 そのレーザーは単発では無く連続照射され、一本の線のようになっている。その凄まじい熱量によって彼の周囲が真っ赤に照らされ、陽炎が立ち上った。

 照射された二本のレーザーはハの字に分かれ、まずミカの背後にある純和風の店舗と洋風の店舗へと着弾した。

 店の外装を融解させ、燃やし尽くしながら内部まで貫通していくレーザー。店舗内で呑気に観戦していたアバたちが慌てて悲鳴を上げながら逃げ出していった。

 レーザーはそのまま店を破壊しつつ、左右からミカの構えているテーブルへ迫っていく。やがてレーザーがテーブルに触れ、金属製のテーブルは一気に熱せられていき、真っ赤に赤熱した。

「……あちっ! あちちち!? ――ゲェっ!?」

 ミカがその熱を感じ始め、慌てて手を放すのと同時にレーザーが文字通りのチェーンソーのようにテーブルを溶断し始めた。

 ≪……こりゃヤバイ≫

 ブルーの諦観したような声へ答える余裕も無く、ミカは咄嗟に盾を放棄して地面へ頭を抱えて伏せた。

 盾を貫通した二本の極太レーザーが凄まじい熱と共に頭上を通り過ぎていく。まるで背中が焦げるような感覚の後、色々な物が破壊されていく音が周囲から聞こえた。

 盾替わりのテーブルが綺麗に両断されミカの目の前で崩れ落ちる。赤く溶けた鉄の塊の向こうに全身から熱気を噴出して排熱を行っているリンダの姿が見えた。

「バトルアバ・ミカ。さぁ、次は何を見せてくれますか?」

「――……っ! パワーリソース投入、小銃擲弾ライフルグレネード装着!」

 ミカは伏せた状態のまま歩兵銃を構えるとそう叫んだ。緑色の丸っこい擲弾弾頭が光と共に銃口へ装着される。

「発射っ!」

 間髪入れずにミカは引き金を引き、銃口から擲弾が撃ち出された。発射された擲弾は煙を吹き出しながら真っすぐリンダへと向かっていく。しかしその時、リンダの右目が紫色に煌めいた。

「――自動迎撃、ディフェンスレーザー照射」

 ――ギョワァオ!!

 リンダの右目から放たれた細い紫色のレーザーが発射された擲弾を正確に撃ち抜く。

 擲弾は二メートル先で炸裂し、爆風と破片が伏せていたミカを直撃した。

 至近距離でもろに爆風を受けたミカの小柄な身体は風に煽られた木の葉のように吹っ飛び、宙を舞う。

 ≪ミ、ミカぁっ!!≫

 ブルーの悲鳴のような声が響いた。慌ててオペレーター用のウィンドウを動かしてミカの姿を探す。

 その時、観客たちの悲鳴のような声が近くから聞こえる。ブルーはすぐさまウィンドウをその方向へ向けた。

 ≪あっ! あいつあんなところに!≫

 ミカはレストラン型店舗の二階、そこにいた。

「ちょ! これ生きてんの!? 大丈夫この子!?」「すげーぶっ飛んできたぞ……」「生のバトル怖すぎぃ……」

 ミカの身体はテラスの柵にクの字に引っ掛かっていた。

 だらりと両手両足を投げ出しており、灰色の耳と尻尾も力なく垂れている。服には所々焦げ目が付き、煙が立ち上っていた。

 レストランの席で観戦していた観客たちはそのあんまりな惨状に近寄ることも出来ず、ミカの安否を遠巻きに心配している。

 ブルーが狭いオペレータールーム内でウィンドウを出現させ、ミカのパラメーターを確認する。ヘルスは三分の一まで減っていた。

 ウィンドウの接近を感知したのか辛うじて犬耳と尻尾がピクピクと動き出す。ブルーはウィンドウをミカの傍まで寄せると謝罪した。

 ≪すまねえ! あんな攻撃があるなんて知らなかったんだ! オレの作戦ミスだ……!≫

 ――ブォンブォンブォンブォン。

「知らないのも当然でしょう。この武装は最近申請が降りたばかりで、公式のバトルではまだ使用した事がありませんから」

 リンダがゆっくりとホバー移動で接近してくる。周囲の観客へ見せ付けるように右へ左へスライドしながら、その紫色の瞳を煌めかせた。

「アババトルの観客を楽しませるためにはこのようなサプライズも大事です。ビックリしましたか?」

 とても嬉しそうに話し掛けてくるリンダの声を聞きながら、ミカは何とか顔を上げた。

「……ム、ムーンさんが……あなたを嫌なヤツ呼ばわり……する理由が……ちょっとだけ……分かった気がします」

 接近してくるリンダを睨むミカ。その視界にパワーリソースがマックスまで貯まったことを知らせるウィンドウが出現する。

 ≪行けるぜ、ミカ!≫

「は……はいっ! パワーリソース全投入ー! だいぃぃぃぃ! しょうぅぅぅかぁぁぁぁんっ!!!」

 柵に引っ掛かった状態のまま、殆ど叫ぶようにしてミカは【要塞フォートレス】の招集を宣言した。

 それと同時にミカの頭上へ機械仕掛けの魔法陣が出現し、レストランへ大きな影を落とす。

 近場で観戦していたアバたちが何事かと慌て始め、察しの良い何人かのアバはレストランの二階から飛び降りるようにして逃げ出して行った。

「こぉぉぉいぃぃぃぃ!!! 一式重蒸気動陸上要塞ヘビースチームランドフォートレス黒檜クロベ】!」

 ミカの絶叫と共に魔法陣から一気に水蒸気が吹き出す。その凄まじい熱気と勢いに対してリンダは敢えて動かず真正面から受け止めた。

 高熱の蒸気がリンダのボディを焼き、ダメージを与えてくるも、それを意に介さずホバー移動で射撃位置を調整し始める。

「ようやく来ましたね。ミズキ……あなたの答え気になるところですが――この最大の隙を逃すほど、私はお人好しではありませんよ……レーザーチェーンソー再照射準備」

 ――ブブブブブッ。

 リンダの両肩部の球体が再び駆動し始め、照射口を露出させる。

「照射開――……っ!」

 リンダは召喚中のミカへ狙いを定め、レーザーを放とうとする。しかし照準中の視界に【麻痺】と状態異常を知らせるウィンドウが出現し、照射が中断された。

「くっ……! ミズキ、あなたも人が悪い……!」

 彼のボディから電流のようなエフェクトが幾つも現れ、動きを鈍らせる。何とか動こうとするが両手の武器を動かす事すら出来ていない。

 リンダが先程触れた水蒸気からはバチバチと放電音が聞こえ、幾つもの電流が水蒸気の雲の表面を走っていた。

「――……よっしゃぁ! ざまあみろ! (ピー)野郎! あたしが既に見つかった脆弱性放置すると思ったかぁぁ!! 電磁スチームの味はどうだぁ! (ピー)教師!」 

 カフェの二階から観戦していたムーンは、かつての教師が痺れて動けない姿を見て、してやったりと勢い良く椅子から立ち上がってガッツポーズをする。

 過去のガザニア戦から召喚時の防御機能に問題あり、と見たムーンは少しだけ黒檜の改造を行っていた。

 召喚者を守るための水蒸気防御に電磁化を施し、触れた者へ麻痺の状態異常が起こるように再設定。リンダはそれに触れたのだった。

 痺れて動けないリンダを余所に、レストランの直上に現れた魔法陣からは二対の巨大履帯が迫り出し、鋼鉄の巨体が落下を始める。

「黒檜ぇ! 転送!」

 ミカが叫ぶのと同時にその姿が柵から消える。そして空気を引き裂くような轟音と共に黒檜の巨体がレストランへと落下した。

「ぎゃあああああ!!!?」「ロ、ログア――ひぃぃぃぃ!!」

 逃げ遅れたアバたちを巻き込みながら黒檜が履帯でレストランの建物自体を踏み潰し、ベキベキと粉砕していく。

 主に敵対するモノ全てを打倒し、主を打倒しようとするモノ全てから、主を守護する鋼鉄と暴力の権化。黒鉄の大要塞、【黒檜】。その巨体が未だ動けないリンダへ巨大な影を落とした。

「……これがあなたの……渾身の作品ですか、ミズキ。ふふっ……相変わらず一般受けのしなさそうな怪作ですね」

 リンダは出現した黒檜をどこか穏やかな心持で眺めていた。

 そこにいる巨大で、ナンセンスの塊で、どうしようもないロマンの塊は間違いなく自分の教え子の自信作であり、そして……諦めずに自らのを出し続けた結果だった。

 黒檜の赤いカメラアイがキュィッと稼動し、リンダの姿を捉える。まるで自らの"親"の敵を威嚇するように縮小と拡大を繰り返した。

 ≪リンダはまだ麻痺ってる! チャンスだ! ミカ、主砲ぶちこんでやれ!≫

「分かってます! 黒檜、目標! 前方【リンダ・ガンナーズ】! 俯角十五度調整! 一番、二番砲門開け! 総員、防御姿勢!」

 甲板上へ移動したミカはブルーの指示応じて、黒檜へ命令を行う。それに連動して二門の36サンチ単装砲塔が駆動した。

「あっ。ヤバイわね、これは……よっと」

 カフェのテラスから黒檜の砲門が駆動していくのを見たムーンは色々と察した。

 今回はフィールドが近い。間違いなくとんでもない爆風と爆音がこちらまで届く。そう思いバッと机の下に身を隠した。

 周りでは他のアバたちが黒檜の出現に湧いて呑気に突っ立ってSSを撮ったりしてはしゃいでいる。

 内心ご愁傷様……と無責任に思いつつ、これから起きる惨劇のある意味張本人と言えるムーンは自らの両耳をそっと塞いだ。

 鈍く輝く砲口が軋みを上げながら眼下のリンダへ向けられる。ミカは右手を掲げ、それを一気に振り下ろし、叫んだ。

「――っ撃ぇ!!」

 砲門から激しい火炎と共に巨大な砲弾が二つ吐き出され、轟音と衝撃波が甲板上のミカを襲った。姿勢を低くし、その衝撃に耐えながら砲弾の行く末を見守るミカ。砲弾は真っすぐリンダの元へと郵送されていった。

「――流石にディフェンスレーザーじゃ迎撃不可能ですか……ならば……! 肩部ユニット強制排除……! 射出っ!!」

 飛来してくる砲弾をその紫色の瞳で捉えたリンダは、痺れが治まってきた身体を何とか動かす。

 肩に装備されていた二つの球体が軽い爆発音の後に、強制排除され前方へ撃ち出されていく。それは二発の砲弾へと向かって飛んでいき、弾頭に直撃した。 

 衝突した二種の射出体はお互いに砕け、誘爆を巻き起こす。大爆発が発生し、爆炎が周囲の建物とアバたちを巻き込んで広がり、全てを破壊していく。

 少し遅れて衝撃波を伴った爆風が発生しショッピングリア全ての店舗のガラスというガラスを粉砕し破片を撒き散らした。

 無理矢理迎撃を行ったリンダも当然無事では済まず、ボディをかなり損傷させながら空中へ吹き飛ばされていく。

「――【目視照準】!」

 甲板上でリンダの姿を追っていたミカは屈んだ姿勢のままそう叫んだ。左目に赤色レンズの単眼鏡が現れる。空中へ吹き飛ばされるその姿を視界で捉え、ロックオンを開始した。

 ピッピッピッピッピッピッピッ……――ピー!。 

 十六個の緑色の輪がリンダの身体に重なりロックオン完了の音が鳴る。

「――誘導墳進弾、十六連! 全弾発射!!!」

 黒檜の後部へ備え付けられた小型誘導墳進弾発射機二基の蓋がパカッと開き、そこから細長い誘導弾が次々迫り出し、空中へ向かって射出されていった。

 空へ向かって飛び出した誘導弾たちは自らの推進剤を点火し、目標へ向かって高速で飛翔を開始する。

「左腕部破損、ディフェンスレーザー破損……やれやれピンチです。ですが――」

 リンダは空中に放り出された状態のまま自身の損傷具合をチェックしていた。右目は砕け、左腕の銃口はもぎ取られ、ボディの方も所々ヒビが入っている。しかし彼はまだ諦めていなかった。

 自身を狙って誘導されてくる誘導弾を損傷した両目で捉える。

「――ガトリングレーザー照射開始」

 ――……ブゥゥゥゥン。

 無事な右腕の銃口から赤い閃光が連続して照射され、次々に、的確に、誘導弾を撃ち抜いていく。空中で爆発が何度も発生し、その破砕音が黒檜の甲板上まで届いた。

「ゆ、誘導弾が!?」

 ミカが甲板上からリンダの行動を見て驚愕の声を上げる。発射した誘導弾をリンダは全てあっという間に撃ち落してしまった。

 相当な速度が出ている誘導弾をあの一瞬で撃ち落すのは尋常ならざる物がある。彼は迎撃を終えると空中からホバーを吹かせて、ゆっくりと地面に着地していった。

 ≪あの野郎……マニュアル射撃で全部ミサイル叩き落としやがった。おっそろしいヤツだなぁ≫

「呑気に言ってる場合ですか! あの分じゃ大型誘導弾も間違いなく撃ち落されますよ。麻痺が解けた以上、主砲と副砲はホバー移動の機動性に追い付けないし……」

 ≪ミカ、作戦Aは頭から抹消しろ。どうせまともな砲撃戦じゃジリ貧だ。Bで行くぞ≫

「え? ほ、本気ですかぁ!?」

 ≪恐らくヤツもこのままだとジリ貧なのは分かってるしな。間違いなく仕掛けてくるぜ。カウンターアタックするならそこしかねえ。お前にゃまた地獄の耐えが必要だけどな≫

「……またキッツイ感じになりますね。でも何時もの事か……ふふっ」

 ミカは自分の言葉に自分で笑ってしまった。

(確かに何時もの事だよなぁ……毎回毎回、こんなバトルやってんだから。でも今回はムーンさんのためにも――)

 ミカはチラっと向かいのカフェのテラスへ視線を送る。爆風の余波で色々と破壊し尽されているテラス。そこに腕を組んで仁王立ちしているムーンの姿があった――。



 目の前で次々に起きていく激しい戦闘と閃光。それを見据えながらムーンはただただ興奮していた。

(あたしの黒檜がミカくんと一緒に、あいつと……あのクソ教師とやりあってる……!)

 ずっと手が届かないと思っていた――デザイナー、リンダ――いや倉本倫太郎クラモトリンタロウ。憎たらしいくらい有能で、正論吐きで、デザイナーとしても遥か高みにいた男。

 目指すべき目標。超えるべき目標。それが今、ミカというバトルアバの手によって自分の作品である黒檜がそいつと戦っている。

 正直に言えば最初はあのバトルアバの事を疑っていた。出所不明の怪しいバトルアバ。内心信用しておらず、自身の作品の宣伝になれば良い程度にしか思っていなかった。

 でもあの子の……彼のバトルを直接その目で見て、考えは段々と変わっていった。何時だって必死に、全力で戦い、自分の作った黒檜を使いこなして、アババトルをしていく。その熱さにほだされて何時しかこちらも本気でサポートをしていた。

 多分自分はとても幸運だったんだろう。自分の、身勝手で独りよがりな作品を使いこなせる人と出会えたのだから。

(あのクソ教師の言う通り……幾らロマンや自身の色追い求めたって認めてくれる人がいなきゃクソ以下……だけど――)

 それでも自分は、自らの好きな要素を使って作品を作りたかった。

 だって……好きだからこそ本気で作れるから――。

 黒檜の周りをあの男がホバーで高速移動しながら旋回し始める。黒檜の近接防御兵器群が次々に火を噴いて射撃を行い、その動きを牽制をしていた。

 あの動き……バトルアバ、リンダ・ガンナーズが最終武装を使う時の前準備だ。攻撃しているように見せ掛けて地面へ少しずつ相手を拘束するトラップを仕掛けている。

(当然、ミカくんたちもそれを知ってる……だから次の攻撃がお互いに最後の攻撃になる筈――頼んだわよ、ミカくん、それにブルーも……)

 ムーンは戦いの顛末を見届けようと、ミカとリンダの動きを見据えた――。




「――設置完了。レーザートラップワイヤー起動」

 ――ギョワッギョワッギョワッギョワッ!

 リンダがそう宣言すると同時に地面へ設置していった装置から次々に細いレーザーが黒檜の周りへ撃ち出されていった。

 そのレーザーは上空で網のように交差し、黒檜の巨体に絡み付いていく。糸のように絡みついたレーザーは黒檜の装甲を焼き、黒い煙が立ち昇る。ミカの視界に黒檜の移動が阻害されている事を伝えるウィンドウが出現した。

「……来たっ! 黒檜、エンジン全開! 引き千切れ!」

 ミカは背後の黒檜のカメラアイに向けてそう命令する。煙突から凄まじい量の水蒸気が吹き出し、履帯が轟音を立てて駆動し、地面を削り取っていく。しかし拘束は強固でそう簡単に脱出出来そうに無かった。履帯が空転し、激しい音が鳴り響く。

「黒檜! 構わないからそのまま引き千切れるまで、履帯を止めるな!」

 ≪ミカ! 準備出来てんだろなっ!? 作戦通り行くぞ!≫

「言われなくても! 【近接補助起動】! 【主腕メインアーム】展開!」

 ブルーの声に応じてミカが両手を自身の前へと突き出す。纏うように半透明の黄色い一回り大きい腕が装着された。

 黒檜の両側面から二本の巨大な【腕】が迫り出していく。ミカは自分の顔の前で両腕をボクシングのガードのように構えた。

 それに連動して黒檜の巨腕もガードの形を取る。黒檜自身の巨体を二本の腕が覆い隠した。

「――水蒸気防御再噴射開始!!」

 更にミカは叫び、それに応じて黒檜の各所から召喚時と同じ水蒸気が吹き出し、黒檜の巨体を包んでいく。あっという間に白い煙が黒檜を完全に覆い隠した。

 リンダは黒檜が動きを止めたのを確認するとホバーを一気に噴射して距離を取っていく。そして一定の距離を確保すると静かに地面へとスカート部を降ろした。

 完全に防御姿勢を取っている黒檜の姿を確認しリンダは微笑む。

「どうやら正面から受けるつもりのようですね、面白い……ふふっ。好きですよ、そういう真っすぐなスタイル――パワーリソース全投入……【最終照射モード】へ移行。固定用アンカー射出」

 スカート部から四本のアンカーが撃ち出され、それが地面へと突き刺さる。突き刺さったアンカーはリンダの身体を完全に固定し、動きを止めた。

「――胸部レンズ解放」

 リンダの胸部から大きなカメラのレンズのような物が現れ、それが周囲の光を反射する。

「全動力源、直結開始――胸部レーザー発振器へ出力供給」

 ――ブブブブブッ!

 全身が小刻みに振動し、全てのエネルギーが胸部へと供給されていく。それに合わせてリンダの全身は紫色に発光を始めた。

 凄まじい熱量が胸部のレーザー発振器から漏れ出し、臨界点を迎えようとしていた。

「……これが私の最終兵器。さぁ、バトルアバ・ミカ、あなたはこれに耐えられますか……?」

 レーザートラップで雁字搦めにされつつも完全な防御態勢を取る黒檜。その甲板上にいるミカへ向かってリンダが語り掛けるように言った。そして――。

「――……レーザーキャノン、照射開始」

 ――キィンッ。

 胸部レンズから一気に紫色の閃光が漏れ出し、リンダの身体、その周囲、全てを紫色に染め上げる。

 ――ズゥゥゥゥゥォオオオオオ!!!

 放たれた極大レーザーは真っすぐに、そして光速で突き進む。射線上の物を全て融解させ、蒸発させながら黒檜の防御水蒸気へ接触した。

 空気が弾けるような音と共に水蒸気が貫通される。ガードを固めた黒檜へ極大レーザーが直撃した。

 直撃と同時に凄まじい衝撃と熱が甲板上まで届く。辺り一面が紫色に染まり、ミカの視界も紫色になる。

 黒檜の主腕に襲い掛かった衝撃と熱がミカの両腕にも伝わる。必死にブーツで甲板を踏み、その場に留まろうとした。

 防御し切れずにレーザーが黒檜の武装を次々に破壊していく。主砲が溶け落ち、副砲が誘爆を起こす。近接防御兵器群も既に蒸発し、消滅していた。

 次々に損害を知らせるウィンドウがミカの周りに出現し、危機を知らせる。主腕も既に半壊し、使用不能になるのも時間の問題だった。

 それでもミカは耐え、ただ待った――その時を。

 ≪ミカ! 行けるぜ! レーザーワイヤーが減った! ぶちこめ!≫

 ブルーの報告を聞いてミカはガードを続けたまま、周囲を伺う。レーザー照射に巻き込まれ、黒檜を拘束していたレーザーワイヤーの幾つかが減り、その拘束が弱まっていた。

 そのままミカは叫ぶように命令をする。

「黒檜ぇぇぇぇ!! 目標【リンダ・ガンナーズ】!! 衝角突撃ラム・アタック!!!」

 その声に応じて黒檜のカメラアイが拡大し、レーザー光の向こうにある目標の姿を捉えた。

 ――ギャリギャリギャリギャリ!!

 二対の巨大履帯が唸りを上げて、駆動し前方へとジワジワと進んでいく。引っ張られたレーザーワイヤーが引き千切れ次々に消滅していった。そしてパシっという音と共に全てのレーザーワイヤーが黒檜の装甲から剥がれる。

 それまで抑えつけられていた反動から黒檜の巨体が一気に前方へと突き進んだ。その勢いそのままに凄まじい加速が生まれ、レーザーを巨体で搔き分けながら弾丸のように目標へと突っ込んでいく。

 レーザーの照射を続けていたリンダの視界に唸りを上げながら突撃を敢行してくる黒檜の姿が映る。その勢いは凄まじくストッピングパワーの殆ど無いレーザー攻撃では止めることは不可能だった。

「くっ……! この勢いでは破壊し切る前に突っ込まれますか……! アンカー解除!」

 リンダの身体を固定していたアンカーが一斉に外れる。姿勢を固定していたアンカーが外れたことによって照準が乱れ、胸部から照射していたレーザーが右へ逸れる。逸れたレーザーは道沿いの店舗を次々に蒸発させていった。

 紫色の閃光から解放され、黒檜の悲惨な状態が露わになる。殆どの砲塔は溶け落ち、装甲板も滑落し、二本の主腕も消滅していた。

 しかし無事な履帯とその巨体自体を最後の武器としてリンダへと突撃を掛ける。

「――照射停止! 真っすぐ突っ込んでくるなら、どうとでも――何っ!?」

「――逃がすかぁぁぁ!!」

 レーザー照射を停め、ホバーを吹かして回避を行おうとしたリンダの頭上から、黒檜の転送によって送り出されたミカが歩兵銃を構えて飛び掛かった。

 ミカはそのままリンダの上半身に全身で取りつき、しがみ付く。

「は、離しなさいっ!」

「拒否します!! チェストォォォォォ!」

 気合の雄叫びを上げながら右手で思いっ切り歩兵銃の先端の銃剣を銃ごとリンダの後部スカート部へ突き立てるミカ。銀色の刃先がスカート部の装甲を貫通し、地面を抉る。地面へと深々と突き刺さった銃剣は完全に固定され、そう簡単に抜けない。

 リンダが思いっ切り身体を振って、ミカを振り払う。弾き飛ばされたミカが地面をゴロゴロと転がった。リンダがそのミカへ右腕の銃口を向ける。

「ガトリングレーザー照射!!」

 しかし照射が開始されるより一瞬早く、弾き飛ばされたミカの身体はパッと消えていった。誰もいない地面をレーザーが穿つ。

 ――グゥォォォォォォ!!!!!

 唸りを上げてリンダへと迫る黒檜。その甲板へ再転送によって帰還したミカの姿があった。

「目標そのまま!! 【リンダ・ガンナーズ】!!! ぶち込めえぇぇぇぇ!!」

 右手をバッとリンダへと向け、最後の突撃を黒檜へ命ずる。黒檜はその命令を嬉々として受理し、限界まで巨体を加速させた。

 リンダの視界一杯に、迫る灰色の衝角が映った。

 最期のあがきにホバーを全力で吹かしたが、スカート部に突き刺さった銃剣を抜くことは出来ず、そもそも引き抜いても回避が間に合わない事を静かに悟る。

 目の前へ迫る黒鉄の巨山はまるで彼女の――島本瑞樹本人の理念をそのまま形にしたように粗暴で、荒々しくて……魅力的だった。



 ――昔、ある生徒を受け持った――

 ――才能はあるが、色々とせっかちで我慢が出来ない生徒――

 ――彼女の才能をゆっくりと伸ばしていくのが教師である自分にとっての仕事だと思っていた――

 ――嫌われていることも知っていた。それでもそれが彼女のためであると信じていた――

 ――結果として彼女は自身の才能を確かめるために旅立つことを自ら決めた――

 ――自らの才能を過信して、大海へ出て、それで潰れる生徒は多い――

 ――私は彼女を送り出してから後悔した――

 ――本当の事を言えば私自身が彼女を手元に置いておきたかっただけなのかもしれない――

 ――それでも……彼女はまた私の前へと現れた――

 ――まだ潰れずに、溢れんばかりの情熱と才能もそのままに、むしろパワーアップさせて――

 ――あぁ……――



「あの時、引き止めなくて――良かった」

 轟音と共に黒檜の巨体がリンダの身体へ直撃した……――。




【ABABATTLE WIN MIKA CONGRATULATION】










『ミカ VS リンダ・ガンナーズのバトルを記念して、SHOPPINGエリアは日付変更まで現状が保存されます。記念撮影などにご利用ください。なお当バトルのリプレイは【デルフォニウム】ホームページ及び、配信サイトにて配信が行われております。御視聴の際は――』

 バトルが終わり、凄絶な状態になっているショッピングエリアへアナウンスが流れ続けていた。

 立ち並ぶ店舗の大半は全壊或いは半壊状態になっており、更に綺麗に舗装されていた筈の地面もクレーターや溶け痕だらけで見る影も無い。

 バトルを観戦していたアバたちも興奮冷めやらぬと言った様子で先程の感想を言い合ったり、瓦礫の山の前で記念写真を撮っていた。

 そんな中、道の端でミカ、ブルー、ムーンはリンダ・ガンナーズと相対していた。

 バトルが終了した事で焦げ付いたミカの服も、リンダの損傷したボディもすっかり元通りになっている。

「これが約束の物です。受け取りなさい」

 リンダはそう言って右手をムーンへ向けて差し出す。

「こ、これがアクセスキー……」

 その手に握られた輝く鍵を見て、思わずムーンは思わず息を飲む。

 それはデザイナーを目指す者にとって憧れの物。デザイナーとして一人前になったことを証明する物だった。

「少し遅れてしまいましたが……これが私からの卒業証書とでもしましょうか。あなた中途退学ですから正確には卒業してませんけど」

「うっ……うるさいわね! ありがたく受け取っておくわ!」

 リンダからの小言を受けてムーンはその手からひったくるようにしてアクセスキーを受け取った。

 そのままムーンは鍵を自身の右手で握りこむ。鍵は綺麗な白色の光の粒子となって消えていった。

「おぉ……!」

「へぇ、そうやって登録するんだな」

 ミカとブルーはその光景に感嘆の声を漏らす。

「これで晴れて一人前ですね。デザイナー『M.moon(ム・ムーン)』」

「……ふんっ! あんたからそう言われると怖気が走るわね!」

 鼻息荒く、ムーンは頷く。彼女の相変わらずと言った様子に多少呆れつつもリンダは忠告した。

「ですが、一人前になった以上、中途半端な仕事はいけませんよ。一刻も早くバトルアバ・ミカの完成を急がなくては」

「……わかってるわよ。あたしだってそれは気にしてたからある程度、具体案作ってあるわ。後は権限をデルフォから貰えば実装するだけ。権限来たら先にミカくんのためにパーソナルデータの開封もしたいけど」

「あぁ、そう言えばバトルアバ・ミカはお姉さんを探してABAWORLDへ来ているという話でしたね」

 ムーンの言葉にリンダが思い出したように指を上げる。ミカは自分の事情を知っているのに驚いた。彼にはその事を話した覚えは無い。

「え? なんでリンダさん知っているんですか?」

「フォーラムのあなた専用のスレッドに、全部書いてありましたよ。『バトルアバ・ミカのオリジン』っていう題名で。他にもスリーサイズとか、戦績とか全部……あなたが書いたのでは無いのですか?」

 不思議そうに首を傾げるリンダ。一方ミカは全く身に覚えの無い事で困惑した。

「は? フォーラム? そ、それにスリーサイズ!?」

「あぁオレが書いておいたぞ。サイズは目算だけど」

 ブルーがあっけらかんと言い放つ。

「はぁ!?」

「だってみんな質問してくるからさ。お前はネット関係疎いし、代わりにオレが答えておいた」

「い、いや何やってんですか!? スリーサイズなんて私自身も、自分の知らないですよ!?」

「因みに上から71 58 72 ハハッ! すげー幼児体型だな、お前!」

 そう言ってブルーは楽しそうに笑った。だがミカの方は笑いごとでは無い。

(お、俺の情報が自分の知らないところで、撒き散らされてる……!?)

 ネット社会の恐ろしさの片鱗を味わい、戦慄するミカ。慌ててブルーへ喰ってかかった。

「け、消してくださいよ! その情報! 恥ずかしいですって!! 大体、なんでスリーサイズなんて記載する必要あるんですか! グラビアアイドルじゃあるまいし!」

「ハハハッ! 無理無理! もう拡散しちゃってるし諦めろって」

「んなぁぁぁあぁ!?」

 大騒ぎしている二人を横見にリンダはそっとムーンの側へ近付いた。

「ミズキ、ちょっと良いですか?」

「あっ? 何よ」

 リンダが自らの左腕を撫でる。するとウィンドウが出現し、彼はそれを操作し始めた。

 ――ピコンッ。

 電子音と共にムーンの前へウィンドウが現れた。

「メール……? なんであんたわざわざメールなんかーー」

 リンダが自分の口元(口は無いが)に指を置き、静かにしろと言わんばかりにジェスチャーをしてきた。

 流石にその雰囲気からムーンは押し黙り、送られてきたメールへ目を通した。

 そこには文字が記載されている。

【Type Beast-Ⅳ】

「これ……もしかしてミカくんの型式番号……? 何これ……バトルアバ用の型番って五桁の数字じゃなかったの……」

 ムーンの記憶ではバトルアバの型式番号は01893や00233という感じの五桁数字で管理されていた筈。こんな型番は見たことが無かった。

「その型番を現実でデルフォニウム社に伝えれば権限が貰えるでしょう。ですが――この型番は絶対に口外せぬよう。バトルアバ・ミカにも伝えてはいけません」

「はぁ? 重要な情報じゃない。なんで教えてやら――」

 リンダがムーンの顔へ自分の指先を押し付ける。

 一瞬何すんだこいつとムッとして抗議しようとしたムーンだったが、彼から送られてきた二通目のメールを見て青色の瞳を発光させ、押し黙った。

【この型番をABAWORLD内で声に出した場合、問答無用でBANされる可能性があります。メールもこの後、削除しなさい】

 ムーンは黙ってウィンドウを操作し、リンダから受け取ったメールを即座に削除した。

 その行動をしっかりと確認してからリンダは彼女の顔から指を離した。

「ミズキ。あなたはこういう時、聞き分けが良くて助かります」

「……この型番って何なの?」

「さぁ? 一体何なんでしょうね。正直なところ私にも良くわかりません。私自身もバトルアバ・ミカの型番を実際に見るまで都市伝説の一つとでも思っていました。何にせよ、詮索は止めた方が良いでしょう。触らぬ神に祟り無し……」

 そこまで言ってリンダは未だにわちゃわちゃと言い争っているミカとブルーへ向き直り、その紫色の瞳で見据えた。ムーンも釣られて二人を見る。

「消してくださいよ! そのフォーラムってヤツのだけでも!!」

「良いじゃねえかー! 減るもんじゃねえしよ~」

「減るんですよ!! 色々と!! 精神がっ!!」

 騒がしく、言い争う二人。やがて追いかけっこに発展し、ショッピングエリアを走り回り始めた。

「あの二人も元気ねぇ……」

「見ていて面白い方々ですね。あなたにもあのような友人が出来て良かったです。昔はロクに友人関係が無かったので心配でしたから」

 リンダの心無い発言にムーンは彼を睨んだ。

「……あんたってホント小言、言わないと死ぬ病気か何かよね――はぁ……」

(Ver1.0、一刻も早く完成させないと……これは大仕事になるわ)

 走り回るミカとブルーの姿を見ながらムーンは溜息を深く、深く吐いた……――。


 

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