第32話『BATTLE ABA IBARA IGNITION』 公開日時: 2021年11月5日(金) 00:00

【ABAWORLD MEGALOPOLIS 特設スタジアム】








『EXTEND OK BATTLE――START!』


 スタジアム全体に試合開始を告げるアナウンスが鳴り響く。それと同時に大歓声が観客席から轟いた。


「うわっ……すご……」


 その歓声の大きさに思わず耳を塞いでしまう。凄まじい轟音だ。


(……これはまさに"音圧"って感じだな……)


 スタジアム全体がビリビリと震えている。しかしバトルフィールドの"闘士"たちはそんな事を気にした様子も無く戦いを始めていた。


「ミツキ! サポート、頼むね!」


「うん……!」


 言葉に応じてミツキが空中で両手を合わせ、祈りを捧げるようなポーズを取る。それと同時に二人の纏うオーラが紫色へと変化する。


(二人の基本戦術だ……。一人がサポートでパワーリソース貯めとオーラで防御――そしてもう一人が貯まったパワーリソースで……――)


 散々、双子とバトルをしてきたミカには彼らの戦術が予想出来る。これから何をしようとしているのかを察した。


「――パワーリソース投入! ……ポルターガイスト・ボール!」


 それに合わせてイツキが技名を叫ぶ。彼の髪が逆立ち、目が白目へと変わっていった。


 ――パシッ……パシッ……。


 様々なところから突如ラップ音が聞こえ始める。そして今度は観客席の椅子や物(後、不幸にも巻き込まれた一般アバ)が謎の力を受けて空中へと浮き上がっていく。


 その怪現象を受けてそこら中から悲鳴と驚嘆の声が巻き起こった。


「うわっ!? う、浮いた!?」


 ミカの座っている場所からも設置されていた一升瓶が浮き上がり、空中へと上昇していく。


 浮き上がったそれらの物品はイツキの方へ飛翔していき、それが彼の頭上で集合するとそのまま巨大な球体を構築した。


「――いっけー!!」


 イツキは両手をその球体へと合わせると投げつけるように振り下ろした。


 ――ゴウッ!!


 風を切るような音を出しながら巨大球体が目標へ向かって撃ち出されていく。 


 自らへ向かってくるその大質量に対し、イバラは真っ向から見据えていた。


 彼女は避けることもせず、右手を皿のようにして口元に当てると呟く。


「……ガード・フルーフ」


 掌から大量の綿毛のような物が吹き上がり、それが彼女の周囲を渦巻くようにして取り囲む。その白い綿毛たちに包まれ、イバラの姿が完全に覆い隠された。


 凄まじい破砕音と共に巨大球体が彼女のいた場所へと衝突した。


 様々なものが壊れ、飛び散り、フィールド全体に破片が撒き散らされていく。幾つかの破片は双子の元まで届いたが彼らの纏うオーラによって弾かれ、防いでいた。


 粉塵によって著しく視界が悪くなるそのフィールドを双子は空中から眺めている。しかし何かを察したミツキがイツキへ向かって声を掛ける。


「……イツキ。あの人――かなり強い」


 彼女の言葉を証明するように粉塵の中から一つの巨大な綿毛の塊が現れた。


 あれほどの大質量がぶつかったにも関わらず、その綿毛はほわほわと風に吹かれて動いており、一切ダメージを受けている様子は無かった。


 その綿毛の塊からは鋭い赤い瞳が垣間見え、双子へ向けて挑発的な視線を向けている。


 観客席からはその防御能力に驚き、どよめきが起こる。しかし並んで座りながら見ていたミカとマホロバはバトルアバらしく冷静に分析をしていた。


「……あれはワザと避けなかったでゴザルな」


「……やっぱり、そうですよね。かなり余裕たっぷりで受けてましたし……」


「ばとるあばの運動能力で直撃を避けるだけなら、簡単ですからなぁ。中々、あの花妖殿も嫌らしい、ニンニン」


「この程度避ける必要も無い……って事でしょうか、あれ……」


「そうでしょうなぁ」


 ミカの言葉を肯定してくるマホロバ。ミカは再びフィールドへ目を向けた。


 双子はイバラを空中から見据えつつ、次の攻撃へと移っていく。


「……攻守交替するよ、イツキ」


 ミツキの言葉にイツキが黙って頷く。彼は素早く後ろへ下がると祈るようなポーズを取った。


 代わりに今度はミツキが前へ進み出て右手を空へと掲げる。


「……パワーリソース投入! 召喚……! 【パペット・マスターズ】!」 


 彼女の頭上へ糸の塊が描かれた魔法陣が現れそこから身長60センチくらいの人形たちが次々に落下してきた。


 ナイフを持った人形。六本腕で輪胴拳銃リボルバーを携えた人形。頭にドリルの付いた人形……。不気味な人形たちがそこから湧き出した。


 人形たちはミツキの周囲を躍りながら、クルクルと漂い、円を描く。


「行くよ……! 人形繰り第一章! 【ドール・トレイン】!」


 ミツキが声を張り上げながら、両手を前へと構えるとその手に人形を動かすための手板が握られる。彼女がそれを動かすと連動して人形たちが見えない糸で操られるかのように動き出す。


 まるで列車のように一列となって人形たちはイバラへと襲い掛かっていった。


 彼女は自身へと向かってくる人形の群れをその赤い瞳で捉えると左手を前に出し、影絵でも作るかのように親指と他の指を合わせ蛇の口を作る。そのまま囁くように呟いた。


「……ヘビィ・アーム」


 その声に応じて左手が植物のツルに包まれていき、肩の方まで吞み込んだ。そのツルは巨大な緑色の蛇を形作る。


「――第二章! 【ナイトメア・ダンサーズ】!」 


 ミツキの糸繰りに応じて、人形たちは各々武器を取り出し、目標へと襲い掛かった。


 イバラはその大蛇と化した左手を左右へ鞭のように振り回し、人形たちへの迎撃を開始する。


 まず彼女は先陣を切って向かってきたナイフを持った人形へ左腕を繰り出し、その牙を向ける。大口を開けた蛇は人形の木製の胴体を正確に捉え、そのまま即座に噛み砕いた。


 次に向かってきたのは輪胴拳銃を構えた人形と頭にドリルのついた人形。六本の腕に携えた銃から弾丸が次々に放たれ、更にその攻撃と協働するように頭のドリルを唸らせながらもう一体の人形がイバラへと突撃した。


 驚くべきことにイバラは左腕の蛇を使う事すらせず、弾丸を身体全体で受けた。


 緑色の肌に銃弾が次々に突き刺さり、その衝撃で身体が大きく仰け反る。更にドリルが直撃し、彼女の身体が後方へと一気にぶっ飛ばされた。


 その行動に観客席から困惑の声が上がる。


「うぉっ……また避けないでゴザルか。何か目的があるのやもしれませんな」


 流石にマホロバも疑念を持ち、イバラの行動を疑い始めた。


「あっ……!」


 ミカはその行動に思い当たる節があり、思わず声を上げてしまった。


(まさか……ツバキさんみたいなカウンター技狙い……!?)


 前にツバキとの戦闘でこちらの攻撃を敢えて受けて特殊な技を使った事があった。同じ系統のイバラがそういう技を持っていてもおかしくない。


 ミカの予想通り、彼女は倒れ伏した状態のまま何かを呟く。


「……カウンター・ジキタリス」


 ――シュルッ……シュルシュル……。


 フィールドの床に次々と植物の蕾のような物が生えて出した。


 その植物はあっという間に床全体を覆いつくし、フィールド全体が緑一色に染まり上がる。


「……っ!! ツルが!?」


 空中で糸繰りを続けていたミツキが声を上げる。彼女の操作していた人形たちが軒並み動きを止めていた。


 イバラへ追撃しようと動き出していた人形たちに床からツルが巻きつき、拘束している。


 やがてその人形たちも緑の波へ呑み込まれ、消えていった。


 完全に緑化されたフィールドの中、何時の間にかイバラは立ち上がっている。


 彼女はその緑の中、一輪の花のように咲き誇っていた。


「……開花」


 ――ブワッ!!


 イバラの静かな声に呼応して蕾が一斉に花開き、鈴なりのピンクの花が咲いていく。緑一色から一気にピンク色の花畑が作られていった。


「……にゃっ!?」「……んぐっ!?」


 突如、空中にいた双子が呻き声を上げて身悶えし始める。イツキも祈りを続けられず、ミツキも糸繰りが出来なくなり、纏うオーラも不安定になっていた。


 どうやら花から見えない毒のような物が吹き出しているらしく、それが二人を襲っていた。


「……見えない花毒でゴザルか。えげつない戦法でゴザル」


「うげぇ……双子のオーラでも防げないのか……」


 ミカとマホロバは顔を引きつらせながら、フィールドの惨状を眺めていた。


「くっ、うっ……」


「ミ、ミツキぃ……!」


 苦しむ双子の姿を見て、観客席からも何事かと声が上がっている。


 イバラはいつの間にか立ち上がっていたが、それでも毒のダメージを受けている双子を花畑からただ見据えているだけで動こうとしない。まるで何かを待っているかのように受け身のままだった。


 ミツキは毒に苦しみながらも自身の"弟"を救うべく右手を差し伸ばす。


「イ、イツキ……! やるしかないよ……!」


「わ……わかってるって! パ、パワーリソース全投入……!」 


 "姉"の言葉に答えてイツキは力強くその手を握った。彼ら姉弟の頭上へ巨大な魔法陣が現れる。そこから蠢く大量の黒髪がウゾウゾと溢れ出した。


 二人が声を揃えて叫ぶ。


『――大召喚! 純和風日本巨人形【節子】!』


 魔法陣から巨大な日本人形が降下してくる。相変わらずのデカイ顔、でもどこか誇らしく大和撫子な表情を浮かべながら彼女はゆっくりとその全身を現した。


 その威容に観客席から一斉に大歓声が湧き上がった。ミカの隣でマホロバも節子を見て、はしゃいでいる。


「おぉ! 流石に豪壮な口寄せでゴザル! これは盛り上がりますなぁ!」


「え、えぇ……凄いですね」


 ミカは散々あの『節子』に打ちのめされた記憶を思い出し、その時の恐怖を忘れられず、盛り上がるマホロバの隣で口元を引き攣らせていた。


(やっぱり顔が怖いよ……あれ……)


「節子! 怨念火炎蝋燭! 全部燃やしちゃえー!!!」


 イツキの命令に答え、節子の左手が持ち上がって行く。そこから迫り出した巨大蝋燭へ火が灯った。


 蝋燭から巨大な火炎が立ち昇り、火炎放射器のように火炎流が眼下の毒花を焼き尽くしていく。バトルフィールド全体が真っ赤に染まり上がり、大火災が発生していった。


 当然、そんな大火災が起きれば双子と節子にも火の手が迫るが、それを見越したようにミツキが両手を祈るように合わせ、巨大な青いオーラを発生させた。


 オーラは二人と節子を包み、球体を形作る。それが火炎から双子たちを守った。


(流石に植物系相手だと火が使えるから相性が良いな……イバラさんどうなったんだろ……?)


 ミカは観客席からイバラの方へ目をやるが物凄い火災のせいで何も見えない。まだバトル終了のアナウンスが流れていないから、無事なのは確かだ。


「あっ……」


 焔の中、黒い人影が見えた。


 炎と熱気を物ともせず、イバラがゆっくりと双子へと向かって歩いている。ただその身体自体は無事では済まなかったらしく、至る所が焦げ付いており、左腕の蛇も焼け落ち、元の普通の腕へと戻っていた。


 彼女は自らが咲かせた花の残骸を踏み潰しながら、双子をその赤い瞳で見据えた。


「うっ……!」


 その瞳には今までにない威圧感が込められており、節子の隣を浮遊していた双子は思わず怯む。イバラは歩きながら口を開いた。


「……長らくお待たせ致しました。デルフォニウムの誇る新タイプ……マルチタイプの本領。今からお見せしましょう――……イグニッションモードへ移行! プラントキー……セット!」


 彼女は左手を天高く掲げる。緑色の光がその手に集まった。そして何かが握りこまれる。


(あれは……鍵?)


 その手には植物を思わせる緑色の鍵が握られていた。


「――プラント・イグニッション!」


 高らかな声と共に彼女は何も無い空中へ鍵を差し込み、それを捻った。


【BATTLE ABA IBARA IGNITION】


  聞き覚えの無いアナウンスがスタジアム全体へ流れ、その鍵穴から放出された緑色の光がイバラの全身を包んでいく。強力な風圧が発生し、一気に周囲の火災が鎮火された。


「……来なさい! 【カーニバルス・プレデターズ】!!」







 呼び声と共に彼女の頭上から大量の植物の蔓が出現する。それは次々に"何か"を形作り、イバラを包み、その周囲で蠢き始めた。


「こ、これは……一体……」


 目の前で起きているその変化に戸惑うマホロバ。観客席からもどよめきが起こり、困惑するような声が聞こえてくる。ミカはやっぱりなという表情をしながら呆れ気味にその変身を眺めていた。


(やっぱり……そういう系になれたのか……。そりゃみんなビックリするよな……というかヤマタノオロチの方がマシだったかも……)


 彼女の本体は先程とそこまで変わっていない。両腕が緑色の大蛇と化す程度の些細な変化だった。


 しかしキャノン砲のように両肩へ巨大なウツボカズラ付き従え、背中からバケモノのような巨大花を咲かせていた。


『キシャァアアアアア!!』


 背中の巨大花の"口"が開き、びっしり生えた牙を剥き出しにしながらスタジアム全体へ響くような声で咆哮する。


 イバラはその捕食者プレデターズたちを侍らせつつ、その大変身に困惑して、完全に絶句して固まっている双子へ向けて凄んだ。


「アハハハハハッ! 今までのお礼たぁぁっぷりしてあげますよ……! お二人さぁん……!」


 先程までのクールな雰囲気をどこかへぶっ飛ばしながら彼女は高らかに笑う。完全に別人のようだった。


 食虫植物の重戦車。


 イバラの今の姿はそうとしか表現出来ない姿になっている。まるで二門の巨砲のように蠢くウツボカズラ、鞭のようにしなる両腕の大蛇、背中から生えている異様な姿の巨大花。多重人格を疑うレベルでハイテンション化している性格。


 最早先程までの彼女の面影は一切無かった。


 その変貌っぷりに観客席から少し動揺の声が聞こえたが、それを掻き消すくらいの大歓声がイバラへと送られる。ミカはその轟音に少々呆れていた。


(対応力高いな……みんな。俺はまだ戸惑ってるよ……)


 観客たちは普段からバトルを見慣れているだけあって、目の前で次々起こる出来事にも、異形過ぎるその姿にも喜んでいるようだった。


 しかしまともに他人の試合を観戦するのはこれが初めてのミカは、普段自分がやっているアババトルはこんなにも恐ろしい物なのかと戦慄していた。


(イツキくんとミツキちゃん、ホントに大丈夫かなぁ……)


「――さぁ! イグニッションモードの力ぁ! 皆さんも見てくださいねぇ!!」


 各部の食虫植物たちを蠢かせながら彼女は一気に双子の方へ向かって突撃を開始した。


「イ、イツキ……!」


「くっ……! 節子ぉ! 怨念火炎放射!」


 主の命令に従い、節子が再び蝋燭から炎を放つ。しかしイバラはその見た目にそぐわぬ機動性でその炎を軽く躱し、双子たちの足元へと潜り込む。観客席でそれを見ていたミカも驚愕するくらいの速度だった。


「は、速い!? あんな重そうな見た目なのに……!?」


「どうやらあの"いぐにっしょん"というのは、ばとるあば自体の身体能力も向上させるようですな。明らかに今までとは能力が異なっているでゴザル」


「あれがイグニッションモードの力……」


 フィールドでは地響きと共に重戦車が突き進んでいた。凄まじい勢いで迫るイバラに双子は反応が遅れてしまう。


「しまった……! 節――」


「――遅いんですよっ! ダブル・ディソレーション・カズラ! 発射ぁっ!」


 イツキが咄嗟に節子へ命令を下そうとするも間に合わず彼女の方が先に動く。言葉と共に両肩のウツボカズラが蠢き、その口から黄色の粘液が一気に噴射される。その粘液は真っすぐ空中の双子たちへ向かっていった。


「きゃぁっ!?」


 粘液が青色のオーラに直撃し、ミツキが悲鳴を上げた。弾かれた粘液がフィールド全体へ飛び散る。辺りに散った粘液は酸のような煙を上げながらフィールドへ穴を穿っていった。


「トロトロにぃ……とろけちゃって良いですよぉ!! 私が許可してあげますからぁ!!」


 強力な酸によって双子たちを守っているオーラがどんどん消失していき、弱まっていく。


「――……あはっ! ダブル・ヘビィストライク……!!」


 イバラはその隙を見逃さず、両手の大蛇を突き出した。二匹の大蛇は大口を開け、弱まったオーラへと喰らい付く。牙が徐々にオーラを突き抜けていき――やがて貫いた。


 両腕の大蛇でオーラを食い破ったイバラは無理矢理そこを抉じ開ける。恐怖で固まる双子へ向けて抉じ開けた隙間から恐ろしい笑顔を見せ付けた。


「――……はぁい♥」


 その表情は完全に獲物を捉えた捕食者そのものであり、これからどう貪ろうか考えているようにしか見えない。


「アハハハハハッ! 二人一緒に固まってますねぇ、可愛いですよぉ! そんな仲の良いご姉弟には……プレゼントです!!」


 イバラは背中の巨大花を自身の前へと移動させ、オーラの中へと無理矢理突っ込ませた。


「――節子ちゃん!! 呪怨鎖鋸起動! 叩き切って!」


 ミツキが急いで命令を下し、節子の右手のチェーンソーが駆動を開始する。巨体を震わせながら下方へ迫った巨大花を両断しようとその刃を向けた。


「おっと! そうは花屋が卸しませんよ! スイート・トラップ!」


 イバラの両肩のウツボカズラから大量のツルが伸び、それが節子自体を拘束する。


 動きを止めた節子。そして内部へ突入した巨大花のその醜悪な口が開き、口内からトゲトゲした球体が吐き出されていった。


 その明らかに危険な球体はオーラの中へ放出されていき、あっという間に埋め尽くす。その棘玉はオーラ内を飛び回り、その鋭利な棘で双子と節子の巨体を傷付けた。


「開けたら閉めるってぇ……大事ですよねぇ! アハッ!」


 イバラは満面の笑みを浮かべると巨大花を引き抜いた。そのまま両腕の大蛇を躍動させ、今度はオーラを強引に閉じる。出口を失った棘玉たちが更に暴れまわり、内部にいる者たちを破壊していく。


 軽いステップで双子たちから距離を取ったイバラはもう楽しくてしょうがないという様子を隠そうともせず、言った。


「――ニードル・フラワー……開花ぁ!!!」


 ――ボボボボッパパパパパパッ!!!


 棘玉が次々に赤く発光し、膨れ上がる。そのまま弾けると爆発を伴いながら棘を射出した。


『ぎゃぁぁぁあぁ!!!?』


「アハハハッ! やっぱり双子って悲鳴までハモるんですね! これって大発見ですよ!」


 イバラのサディスティックな声と共に爆発と棘の暴風に巻き込まれた双子の悲鳴が観客席まで届く。あまりの光景にミカは思わず顔を背けてしまった。


(うぅ……もう見てられないよ、これ……)


 流石に知り合いがこうも打ちのめされる姿を見るのは辛かった。


 自分が普段直接バトルをしているだけに、双子がどんな苦しみを受けているか容易に想像が付いた。


(……ブルーさんとかみんなも……何時もこんな気持ちで俺のバトル見てたのかなぁ……)


「――あっ! 双子が……落ちたでゴザル!」


「えっ……!?」


 マホロバの声にミカは背けていた顔を再び、フィールドへ向ける。イツキとミツキの二人はダメージに耐えられなかったのか、遂に浮遊していることが出来なくなり床へと落下していった。


「ぎゃんっ!」「あうっ……!」


 呻き声を上げながら彼らは床で一度バウンドした。そのまま力なく二人とも横たわる。しかし見た目的には思ったよりダメージを受けていないようにも見える。あれだけの爆発と棘の中、服が少し焦げ付く程度で済んでいた。


 代わりに巨大日本人形の節子の方は満身創痍の状態だった。


 どうやら双子を爆発と棘から庇ったらしく、全身に棘が突き刺さり、着物はボロボロ。顔の半分は崩れ落ちて中身の木組みが見えている。損傷が限界を超えたのか節子はそのままゆっくりとフィールドから消滅していった。


 大召喚で呼んだ肝入りの召喚モンスターを破壊され、更に動く事の出来ない双子。しかしイバラは予断無く一定の距離を保ったままだった。


「"高見"の見物って良く無いですよねぇ……やっぱりちゃんと地に足付かないと。人間ってぇ……土から離れたら生きていけないんですよぉ? 分かりましたかぁ? お二人さん……!」


 彼女は止めを刺すために両手の大蛇を床へとめり込ませる。蛇の口から次々に緑色の液体が送り込まれていった。 


「さぁ! ホントの緑化運動って奴を見せてあげましょう! グリーン・インフェル――……ぐっ!?」


 イバラの動きが突如止まり、その表情が苦悶に歪む。彼女が原因を探る様に赤い瞳で周囲を探ると紫色のオーラが自分に纏わりついていることに気が付いた。


「――サイコ・パラライシズ……!」


 横たわっていたミツキが上半身だけ起こし、その両手から紫色のオーラをイバラへ向けて放射していた。


 放たれたオーラはイバラの全身へ絡みつき、その動きを止める。彼女は必死に身体を動かそうと藻掻いたが、そのオーラを剥がすことが出来ず、ただ身悶えした。


 チャンスとばかりにミツキが同じように横たわっていたイツキへ向かって呼び掛けた。


「今だよ!! イツキ!! 決めて……!!」


「うぐぐっ……!」 


 姉からの言葉で弟は奮起し、身を起こし立ち上がる。そして力の限り叫んだ。


「――パワーリソース投入! 召喚!!! 青眼の未亡人ブルー・ウィドウ【シャロン】!!」


 イツキの足元へ洋傘の描かれた魔法陣が現れる。そこから白いドレスを纏い、深々と帽子を被った長身の人形が現れた。


 その人形は自身の身長ほどもある巨大な洋傘を持っており、それを杖のように携えていた。


「人形繰り第一章! 【誓約の言葉】!」


 イツキが最後の演目を始めると両手に人形を操るための手板が現れる。彼はその手板を動かし、大きく胸元で動かした。


 それに連動してシャロンと名付けられた人形も動き出す。イツキの隣で洋傘を縦に持つとその柄を引き抜いた。


 その"仕込み傘"から一振りの直剣が現れる。"彼女"はイツキの糸繰りに合わせ、その剣を顔の前に構えた。


 そのままガラスで出来た青眼で未だ動けぬイバラを見据える。


「――終章……!」


 イツキの糸繰りによって意思の無いその身体へ命が吹き込まれ、長身の未亡人が躍動する。直剣を横に構え、シャロンが驚愕の表情を浮かべているイバラの目の前へ躍り出た。


「――【私しが二人を別つまで】!」


 手板を上方へと持ち上げるとシャロンへと伸びた見えない糸が彼女へ動きを伝える。それに合わせて青眼の未亡人は一気に剣を振り抜き、動けぬイバラの身体へと斬り付けた。


 ――ザンッ!!


「ぐぁっ!?」


 鋭い剣筋がイバラの胴体へ一閃される。斬撃を受けた彼女は短い悲鳴と共にそのまま力なく崩れ、膝を突いた。


 一瞬、立ち上がろうと両肩のウツボカズラで身体を支えようとしたが……双子との激戦で傷付いたその身体はそれを許さず、フラッと一度身体を揺らしてからドサっと床へと倒れ込んだ。


 観客席の誰もがその激戦に眼を奪われ、言葉も出せない。先程までの騒めきが嘘のようにスタジアム内は静けさに包まれていた。


(す、すごい……さ……最後のあの一瞬まで、二人は諦めて無かったんだ……!)


 ミカはこの戦いに感動すら覚え、打ち震えていた。胸の高まりは収まらず、仮想現実だというのに興奮で身体が熱くなるような感覚があった。


 どちらのバトルアバも高い技術と演出力があり、これこそ……本当の意味での"ショー"だと思った。


(高森お婆ちゃんが育て上げた……あの二人……。本当に……本当に凄い)


 アババトルがショーコンテンツという前提の中とは言え、これだけ見ている自分……いや観客たちを熱くさせることが出来るのは――本物だ。


 フィールドのイツキは手板を操り、自らの元へとシャロンを戻す。そのまま隣へ並び立ち、倒れたイバラへ人形と共に頭を下げて礼を行う。そして興奮冷めやらぬ様子で顔を上げると終幕を宣言した。


「――ご……ご観覧、有難うございました……!」




【ABABATTLE WIN EVIL・TWINS CONGRATULATION】




 スタジアム内へ試合終了を告げるアナウンスが鳴り響く。それと同時に静寂を破って観客席から割れんばかりの大歓声と拍手が巻き起こった。


 ミカも観客たちに合わせて拍手を送る。マホロバが眼を瞑り、感服したように頷いている。


「……大した童たちですなぁ。あの状況から巻き返すとは……」


「本当ですね……凄かったです。バトルってこんなに熱くて興奮するものだったんだ……」


「ガハハハッ! やっぱり高森のばーさんが仕込んだ孫だけはあるな! 根性が違うわ!」


 突然の豪快な笑い声にギョッとして二人は思わず後ろを振り向いた。


 何時の間にか爆睡していた筈の獅子王が起床しており、二枚の座布団を使って胡坐を組んでいた。


 彼はその巨大な口で豪快に笑っている。


「し、獅子王さん!? お……起きてたんですか……」


「こんな楽しそうなバトルやってるのに何時までも寝てるのもつまらんからな! 途中からガッツリ見てたぞ!」


「目を覚ましていたなら一言お声がけでも欲しかったですな、獅子王殿……黙っているなど人が悪いでゴザル」


 マホロバに眉を顰められ、獅子王は頭頂部を掻きながら笑った。


「ガハハッ! お前たちが真剣に観戦してたからな! それを邪魔する気にはなれなかったぞ!」


「そ、そうですか……」


 全く悪びれない獅子王に少々呆れつつ、ミカは再びフィールドの方へ目を向けた。


 少し目を離している間に向日田社長が壇上へ登場しており、劇的な勝利を飾った双子へ花束のような物を渡していた。


 社長の横では少々納得できないと言った表情を浮かべているイバラがおり、ツバキとヤナギが傍に寄って何か話し掛けている。


 未だ、観客席からは喝采が鳴り止まず、今日のバトルを称える声が尽きなかった。


「……またここでバトルを見たくなったなぁ」


 ミカは今日の試合へ純粋に感嘆し、ついそう口漏らす。しかし獅子王はそれを聞き逃さず、少々意地の悪い笑みを浮かべた。


「そんな他人事で良いのか、軍人娘?」


「……え?」


「お前も大会を勝ち進めば……自ずとここへ立つことになるんだぞ」


 そう言って獅子王はフィールドの方をその太い指を使って指し示す。


「次はお前が……ここで客を喜ばす番かもしれないのに、随分と悠長な事だなぁ?」


「……っ!!」


 獅子王の言葉にミカはハッとしたような表情を浮かべた。


(そうだ……俺は……ここを目指さなきゃいけないんだ……それなのにあんな他人事で)


 自身の気の持ち方が甘かったことを指摘され、ミカはぐっと気持ちを飲み込む。それを見て獅子王は意地悪そうな笑みを浮かべていた。


「――獅子王殿に気に入られるとはミカ殿も中々難儀でゴザルな……」


 マホロバが少々同情的な視線をミカへと向けながら嘆息していた……――。

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