第31話『これより第八回日本チャンピオンアバ決定戦を開催します!』

【ABAWORLD MEGALOPOLIS 特設スタジアム】










 手を腰に、両足をピタと揃え、何故か本物の軍人のようにミカは完全硬直状態、直立不動の姿勢を取っていた。


「……ミカちゃん。流石にもうちょっと気を抜いてもええと思うで」


「――へぇ!? あっ! は、はい!」


 慣れない場へ立たされた事による緊張でガチガチになっているミカ。


 トラさんが緊張を和らげるために声を掛けると変にギクシャクした動きでそれに答えた。


 その完全にテンパっている姿を見て、トラさんは溜息を漏らした。


「……ダメそうやなぁ」


 ミカとトラさんの周囲には大勢のバトルアバたちがいた。総勢三十二名。見知った顔も見知らぬ顔も、様々顔ぶれが揃っていた。


 そのバトルアバたちの横にはこれまた様々な姿をした普通のアバたちが一人ずつ控えている。


 彼らは皆、そのバトルアバたちのスポンサーであり、出資者とも言うべき者たちだった。


 一部のバトルアバにはスポンサー役のアバが居ないが、それはスポンサー兼業のバトルアバたちだった。


「ト、トラさんは良く緊張しませんね……わ、私こういう超、大勢の視線に晒されるの慣れて無くて……」


 スタジアムの中心に設置されたフィールドで整列しているバトルアバたち。そして――その周りを囲むように設置された観客席には凄まじい人数のアバたちが詰めかけていた。


 数百……いや数千人のアバたち。実際には複数のサーバーで観客席が分かれている(ブルー談)らしいので、このフィールドから見えている以上の人数が観覧しているらしい。


 本来ならば凄まじい大歓声がこのフィールドまで聞こえてきそうだが、フィールドと観客席は一時的に音がシャットアウトされているようで静かだった。


 だがその静けさのせいで余計に緊迫感が増し、ミカのメンタルへ確実にダメージを与えていた。


「あー……まぁワシは食品系の総会でこういう会合には結構出とるからなぁ。あんまり人目は気にはならんわな」


「うっ……ズルい……」


 逆恨みも甚だしい視線をトラさんへ向けるミカ。彼はどこ吹く風と言った感じで鼻歌を唄っていた。


 ABAWORLDの中心であるMEGALOPOLIS。そこにある特設スタジアム。大規模イベントの時のみ開場されるその施設でこれから――【第八回日本チャンピオンアバ決定戦】の開会式が行われていた。


「――今回も無事にこの大会が開催出来る事を喜ばしく――」


 バトルアバたちが並ばされている少し先で頭が向日葵の花のスーツ姿のアバ――日本デルフォニウム社、『向日田』社長の姿があった。


「――日頃から我が社のコンテンツ及び――」


 彼が観客たちへ色々な演説を行っており、それと共にスタジアムの上空へ巨大な立体映像が映し出されていた。


「――あの大災害から我々が立ち上がれたのも――」


 演説を続ける向日田社長の横には何人かの社員が控えており、ミカにも見覚えのある顔が何人かいる。


(相変わらずツバキさんとヤナギさんの緑髪と緑肌は目立つなー……)


「――開催期間中は他にも様々なイベントを開催しておりますので――


 目に良さそうな緑色は遠くからでも確認出来た。二人は社長の隣で静かに佇んでいる。


(あれ……もう一人……緑髪のスーツの人がいる?)


 ツバキとヤナギの隣にもう一人、見覚えの無い緑髪、緑肌の女性アバがいた。


 片目が隠れるほど長く前髪を伸ばした女性。その隠れた目の部分には真っ赤な花が咲いていた。


 彼女は見えている方の赤い瞳で周囲を予断無く監視しており、まるで社長の護衛のようだった。


「――それでは! これより第八回日本チャンピオンアバ決定戦を開催します!」


 ミカがそのアバに注意を逸らされている間に演説が終わり、向日田社長が高らかに開催を宣言した。


 それと同時にそこら中から花火が打ち上がり、音声のシャットアウトが解除されたのか大歓声が観客席から聞こえてきた。


 その地鳴りのような大歓声の圧はスタジアムの中央のミカまで届き、その轟音に思わず身体を強張らせる。隣のトラさんも流石に驚いたのか身を竦ませていた。


 それくらい凄まじい圧がその大歓声にはあった。


(……うぉー……すごい……甲子園球児とかこんな気分なのかな……)


 今まで経験したことの無いようなその光景に目を奪われる。こういう場に立つのは今までの人生で経験が無い。そのせいで新鮮というか慣れないというか……不思議な感覚があった。


 大歓声の中、先程まで厳かな進行をしていた向日田が妙に芝居掛かった動きをしながら天へ指を掲げる。そして打って変わってフランクな口調で喋り始めた。


「さーて堅苦しいのはここまでにしようか! 皆さんも待ち草臥れているだろうからね! 今日のメインイベント! 開催記念の特別試合に移ろう!」


 向日田の言葉に応じて、観客席から今まで以上の大歓声が起きた。どうやら観客たちもそっちの特別試合とやらが本命らしく、明らかに先程より大盛り上がりしている。


「準備に入るのでもうちょっと! もうちょっとだけ待ってねー!」


 その言葉と共に向日田社長とその取り巻きの社員たちが引っ込んでいった。


 遠目に見える観客たちも待ちきれないと言った様子でざわついている。そんな観衆たちを見ているとトラさんが横から声を掛けてきた。


「ミカちゃん、移動するみたいやで。ワイらも行かんと」


 そう言ってトラさんがどこかを指差す。その指し示された方を見ると他のバトルアバたちがゾロゾロと移動し始めており、観客席の方へと向かっていた。


 どうやらパレードのような事をしながら観客席のアバたちへ自分たちの姿を見せるらしい。


(……百鬼夜行……)


 大きなロボ、巨大な牛鬼、如何にもゲームから出てきたような剣と盾を持った戦士、魔法使いのような恰好の少女、真っ白な着物を纏った雪女――全員、見た目が独創的且つ凄まじい姿が多い。そのようなバトルアバたちが一列になって歩いているのは中々に珍妙な光景だった。


「い、今、行きます!」


 ミカは返事をしながら先に列へ合流していたトラさんの傍に駆け寄り、その"妖怪軍団"の列に加わる。


 自身も妖怪軍服少女と化しつつ、周囲を観察して見た。


 参列しているバトルアバたちは観客席へ手を振ったり、ポージングしたりして思い思いのファンサービスをしながら歩いている。その行動を見てまた観客席から声が上がっていた。


(……本当にお祭りって感じなんだなぁ……片岡ハムの看板背負ってるんだし、俺もしっかりとファンサしないと……)


 ポージングは何をしていいか分からなかったので、ぎこちないながらも観客席へ手を振りながら歩いた。


 当然、そうしていると否応なしに観客席からの無数の視線を感じる。顔が熱くなるような感覚があった。


(ひゃ~……視線凄い……。映画祭のレッドカーペットを歩くってこんな感じなのかな――……これだけアバいると現実の知り合い居そうで怖いな……俺の恰好的に知り合いへバレたら自殺もんだよこれ……声まで変わっててよかった……)


 今の自分の姿は小柄な軍服少女。とてもじゃないが知り合いに見せられる姿ではない。ある意味、下手なコスプレより質の悪い状態だった。


 観客席に自分の知り合いが居ないことを祈りつつ、ミカは出来る限りの笑顔を振り撒き続けた――。












 観客席をなぞって進んでいた百鬼夜行の列が二つに別れていく。それに合わせてトラさんもミカの隣から離れ、もう一つの列へと合流していった。


「あれ? トラさんどこ行くんですか?」


 ミカが不思議に思って尋ねると彼は振り向いて教えてくれた。


「ワシらスポンサーはこれから説明会あるんよ。ミカちゃんとはここでお別れやね」


「あっ、そうだったんですか。それなら後で合流しましょう。ブルーさんたちとミーティングもありますし……」


「ほな、また後でなー」


 トラさんはそのままミカへと別れを告げると、他のアバと一緒に別の出口へと向かって行った。


『バトルアバの皆さまはこちらどうぞ! 特別観覧席の御用意があります!』


 両腕が翼になった鳥人のような女性NPCが案内役をしていた。他のバトルアバたちもその案内に従って次々とどこかへ転送されている。転送されるたびに彼女は翼を羽ばたかせバサバサと音を鳴らしていた。


 ミカがそのNPCへと近付くとその鳥人は笑顔を向けて、明るい声だが如何にも定型文で話し掛けてくる。


『お名前とスポンサー名をどうぞ!』


「えっと……【片岡ハム】所属の『ミカ』です」


『……えっ』


 ミカが名乗る。すると……NPCの表情が明らかに驚愕の色に染まった。


 まるで待ち焦がれた思い人が急に目の前に現れた――そんな表情。その表情は明らかにNPCの物ではなく、人間的な表情だった。


(あれ……? NPC、じゃなかったのか……?)


 ミカが戸惑った一瞬の間に彼女の表情は直ぐに、元の明るい顔つきへと戻った。


『――照合終わりました! お席は他のバトルアバ様と御合席になります! では、どうぞごゆっくり!』


 彼女はそう言ってミカの身体を翼で覆った。


 そのまま柔らかな翼に包まれ、どこかへと転送されていった――。












 ――ぽふっ。


 尻に柔らかい感触を感じる。何時ものように転送後落下したようだが下が柔らかいお陰で大した衝撃を受けずに済んだ。


 目の前には先程まで自分がいたスタジアムが見える。どうやらここが特別観覧席らしい。


 改めて周りを観察した。綺麗に敷かれた四枚の座布団。何故か置いてある一升瓶と四つの四角いお弁当。


(これって……お相撲とかの観客席か……また凄いチョイスだなー……)


 ある意味、現実感が無く仮想現実らしいが、かなり予想外なその観客席。周囲にも同じような席が用意されており、そこへバトルアバたちが座り込んでいた。


(これ靴を脱いだ方が良いのか……? 相撲の観客席なんて現実でも座ったこと無いぞ……)


 あまりにも慣れないその席に困惑していると続いて誰かが転送されてきた。


 そのアバは中空から現れるとシュタッと身軽な感じで座布団の上に着地する。


 そのアバの服装を見て頭の中で閃光のように第一印象が駆け巡った。


(忍者だ……クノイチだ……どうみても忍びだ……)


 もうこれで忍者以外だったら何なのだというくらいコテッコテの服装。


 濃いめの赤色の忍び装束。チラっと見える足の先へ履かれた足袋。口元を隠す薄青色の顔布。黒髪から見えるポニーテール。


 はっきり言ってこの姿で街にいたら九割の人が忍者だと断定するくらい忍者っぽい姿のアバだった。


 そのアバは先に来ていたミカに気が付くと、軽く頭を下げて挨拶をしてくる。


「ニン。お初に御目にかかるでゴザル。拙者は【岩宿忍者村イワジュクニンジャムラ】所属、『マホロバ』と申す草でゴザル。どうぞよろしく」


 かなり若い女の子の声。そう言って彼女はもうどう見ても忍者と言った様子で胸の前で印を組んだ。


※草 所謂忍者の俗称。


「あっ。どうも……【片岡ハム】所属の、ミカです」


(口調まで忍者だ……ニンニン。というか自分で草って名乗ってるし、隠密がそれで良いのか……ニンニン)


「今回が大会初参加のばとるあば殿でゴザルな。今日はご相伴に預かるニン」


 彼女はそう言って丁寧に頭を下げて礼をしてきた。ミカもそれに釣られて頭を下げる。


 お互いに挨拶を終えたマホロバはここへ来た時のミカと同じように自身の周りを見渡す。それから困ったような表情をして尋ねてきた。


「これは履物を脱いだ方が良いのでゴザル……か?」


「……多分大丈夫だと思います。仮想現実ですし……」


 ミカの言葉を聞いて彼女は少々躊躇いつつも、座布団の上でちょこんと正座を組んだ。


(俺も座るか……)


 マホロバを見習いそのままミカも座布団の上で"胡坐"を組んで座り込む。それから改めて眼前に広がるフィールドを見た。


 この特別観覧席は通常の観客席よりかなりフィールドに近いらしく、目の前が戦場になったら流れ弾を受けそうな距離だった。後ろを振り向くと一般用の観客席が見える。大勢のアバたちが居る筈だがその姿はおぼろげにしか見えない。


(前にブルーさんが言ってたけど、処理とかを軽減するために自分の近くだけしかはっきり見えないようになってるんだっけ……逆にそのせいで本物のスタジアムっぽくなってるのは流石だなぁ)


 しげしげと観客席を観察しながら座り込んでいるこちらを見てマホロバが訝し気な視線を向けながら呟いた。


「……意外とわいるどでゴザルな、ミカ殿は……」


「……へ? あっ!」


 彼女の言葉でミカは自分の座っている状態を改めた。完全に失念していたが、今の自分の姿は軍服少女。しかもワンピーススタイルの服。胡坐などしていたら色々と見えてしまう。


(しまった……! 何時もはブルーさんとか事情知ってる人とばっかり過ごしてたから、油断していた……! 初めて会う人相手になんちゅうはしたない恰好をしているんだ俺は……)


 慌てて足を組み直して正座をする。マホロバのように座布団の上でぴちっと足を揃えた。昔ならともなく今は片岡ハムという看板も背負っている。だらしない恰好をしていてはトラさんにも迷惑が掛かってしまう。


 そのまま彼女へ向けて出来る限りの笑顔を作って誤魔化した。


「いや、あははっ……ついうっかり……」


「つい……でゴザルか」


 未だにこちらへ怪しむような視線を向けてくるマホロバへミカは話を逸らそうとした。


「と、特別試合楽しみですね! どんな試合になるんでしょうか!」


 必死に誤魔化すミカ。あちらも明らかに挙動不審となっているその姿を怪しんでいたが、一度肩を竦めてから話を合わせてきた。


「――まぁそういうことにしておくでゴザル。確かに楽しみでゴザルな」


 彼女が話を合わせてくれたのでこれ幸いとばかりに、続け様にミカは喋りかけた。


「わ、私ってまともに他の人の試合見るの初めてなんです。だから余計に楽しみで……」


 誤魔化す手段に使ったが実際、他のバトルアバの試合をこんな間近で観戦するのは初めてだった。


 だから楽しみというのは嘘ではない。クノイチはミカの様子を見て、少し目元に笑みを浮かべた。


「それは良かったでゴザル。因みに去年はこの枠でバトルアバ全員参加の野球大会だったでニンニン」


「野球大会!? そ、それは凄そうな……」


 バトルアバの運動能力にブーストが掛かっているのは使用している自分も良く知っている。そんな集団の野球は……さぞ凄い光景だったろう。マホロバはその時の試合を思い出すように中空を眺めていた。


「あのいんぱくとは凄かったニン。初参加のガザニア殿が、開幕でっどぼーるをキャンディーヌ殿に当てていきなり乱闘騒ぎだったでゴザル」


(何やってんだ、あの人……)


「それからでゴザルな。あの二人は因縁の宿敵扱いされるようになって――」


 ――ドスンッ!


 背後で重量級の落下音が聞こえてくる。二人は会話を中断して後ろを振り返った。


 小山のような巨体。まるで剣山みたいにトゲトゲした茶色の鬣。巨漢の獅子の獣人。そこにいたのは――前大会優勝者、日本ABAWORLDで一番強いバトルアバ、獅子王だった。


「おっ! 相席は軍人娘か! よろしくな!」


「ゲェッ!? し、獅子王さん!?」


 こちらの姿を見て相変わらずフランクな口調で話し掛けてくる獅子王。ミカも突然の再会に驚いてしまった。


「おぉ……獅子王殿。お久しぶりでゴザル」


 流石にマホロバも彼の登場には驚いたのか、少しだけ目を見張っていたが、直ぐに元の冷静さを取り戻して軽く頭を下げて挨拶していた。


「忍者娘もいたか! 相も変わらず忍んでないな! ガハハッ!」


 獅子王は彼女にも軽く挨拶を返した。それから二枚の座布団を自分の方へ引き寄せるとドカッとそこへ寝転がる。


 まさに眠れる獅子のようにその巨体を横たわらせた獅子王はミカとマホロバに右手を上げて言った。


「よし! それではオヤスミ!」


「え。あの試合は見なくて――あー……」


 ――ゴァァァァ……ゴァァァァ。


 ミカが止める間も無くそのまま座布団二枚をベッドに彼は唸り声を上げて眠り始めてしまった。


 既に手には【起こすな!】の文字が書かれたプレートを抱えており、所謂【寝落ち】という状態だ。


 その行動に困惑するミカへマホロバが仕方ないと言った様子を見せる。


「獅子王殿は前回、前々回の大会優勝者だけあって連日連夜取材攻めだったらしいでゴザル。多分寝る時間もなかったのでしょうなぁ、ニンニン」


「あーそういう事ですか……有名人ですもんね……」


 訳知り顔でそう語る彼女の言葉にミカは頷く。獅子王ほどの有名人ならばこういう時期は忙しくてしょうがないだろう。タイミング的にはこの観戦タイムくらいしか寝ている暇が無いわけだ。


(大変なんだな……強者っていうのも……)


 爆睡している獅子王を二人で見つつ、顔を合わせる。


「……起こさないように少し声抑えましょうか」


「……そうでゴザルな」


 そう示し合わせてミカとマホロバはスタジアムの方へ目を向けた。


『準備が出来ましたので、これより特別試合へと移りまーす! 皆さん、待たせてゴメンねー!』


 スタジアムの方では向日田社長が観客席への呼び掛けを始めていた。


 彼は左手をフィールドの横手に向けて喋り始める。


『まず紹介するのは! この冬よりアババトルに置いて実装予定の新システム! 【ダブルアババトル】へ対応する新バトルアバ【諸悪の双子イービル・ツインズ】です!』


 その言葉と共にフィールドの端から二人のアバが会現れた。その姿には見覚えがある。


(あれは……イツキくんとミツキちゃんだ……!)


 イツキとミツキ。トレーニングという体で戦いまくった双子のバトルアバ。二人は双子らしく観客席へ見事に揃えた動きで頭を下げていた。


「あれが噂の双子でゴザルか。中々可愛らしいデザインでゴザルな。それにこの大観衆の中で全く動じていないのは大したもの……」


 隣のマホロバもフィールドの二人を見て感心したようにウンウンと頷いている。


(なるほど……今日の開催式で発表するからトレーニング積んでたんだな……)


 ミカはトレーニングの仕事依頼を思い出し、納得していた。今日、この日のために自分へ調整を頼んでいたのだろう。


『彼ら【諸悪の双子】はダブルバトルにもシングルバトルにも対応する、二人で一つのバトルアバとなっています! 今日の試合ではその華麗な連携プレーにご期待してくださいねー!』


 向日田の言葉と共に観客席から割れんばかりの拍手が双子へと送られた。


 ミカとマホロバもそれに合わせて両手を(控えめに)叩く。


『さて皆さま! 次にご紹介するのは――』


 社長が右手を上げると空中に大きな立体映像が表示される。前にムーンが見せてくれたような四つの人型のイラストが表示されていた。


 剣を持った人型。


 銃を持った人型。


 剣と銃を持った人型。


 何かを呼び出している人型。


 シルクハットを被った人型。


 向日田社長はその表示された画像へ顔を向けながら解説を続ける。


『今までバトルアバには五種類のタイプが存在しましたが……何と! 今日、この場で新タイプを発表しちゃいまーす!』


 彼の発言を受けて明らかにスタジアム全体が騒めいた。


(新タイプ……? どんな感じのバトルアバなんだろう……?)


「これは……かなり寝耳に水な発言でゴザルよ」


「え? そうなんですか? てっきり私は定期的にこういう発表があるのかと……あの双子の事は結構皆さん知っていましたし……」


 口元を隠した顔布に右手を当てながらマホロバがそう呟く。ミカは意外に思って、つい聞き返してしまった。


「確かにあの双子のばとるあばについては前々から噂になっていたでゴザル。でも完全な新たいぷが追加されるのは全く情報が漏れていなかった……これは相当極秘にしていたと見えますニンニン」


「極秘……」


 改めてフィールドの方へ目を向ける。向日田の説明と共に一人のアバが現れていた。


『今回追加される新タイプはずばり! 【マルチタイプ】! 既存のタイプから更にその先へ! 大きく進化した新時代のバトルアバです! ではどうぞー!』


 それは開会式の最中、向日田を護衛するかのように傍で佇んでいたスーツ姿の女性のアバ。


 片目を髪で隠した緑髪、緑色の肌。その特徴的な姿からツバキやヤナギと同系統なのは察せられる。つまり……凄い異形の姿へ変身するのは間違いない。


『新タイプのお披露目を担当してくれているのは、我が社の社員【イバラ】くんです! 今日は彼女が皆様に新タイプのデモンストレーションを行ってくれます!』


 イバラと紹介されたアバが観客席へ向かって静かに頭を下げる。一度頭を上げてから今度は相向かっている双子へ向けても丁寧に頭を下げた。


 イツキとミツキもそれに習うように頭を下げて返礼している。流石に高森志津恵に鍛えられてるだけあって礼儀作法がしっかりしていた。


『因みに! 今回のバトルは一切の忖度無し! どちらが勝つか全くわからないよ! どちらのバトルアバも頑張ってくださーい! 一応僕は身内贔屓なのでイバラくんを応援してます! 彼女が負けたら責任問題になるとかじゃないから安心してねー!』


 社長の冗談に観客席から笑い声が聞こえてくる。それに合わせて彼はその場からフェードアウトしていった。向日田の姿がフィールドから消失するのに合わせて、バトルアバたちは前へと進み出ていく。


 双子には色々と世話になったミカとしてはそちらを応援したいところだったが、イバラというバトルアバ……あれは間違いなくツバキやヤナギと同じ系統のバトルアバ。つまり……。


(――絶対ヤバイ方向に変身するよな……大丈夫かな、二人とも……)


 ツバキは巨大な花のように、ヤナギは大蛇を思わせる姿へ変身していた。イバラは一体どんな姿へ変貌するのか全く見当も付かない。


「おぉ! 始まるようでゴザル!」


 事情を知らないマホロバが隣で嬉しそうに声を上げるのが聞こえてくる。ミカは不安そうな表情を隠す気にもならず、それに頷いていた。


「そ、そうですね……」


(……大丈夫かなぁ……)


 ミカの不安を余所にフィールドでは無情にバトルがスタートする――。







「行くよ! ミツキ! エクステンド!」


「う、うん……エクス、テンド……!」


 イツキの声に合わせてミツキもエクステンドを告げる。


【BATTLE ABA EVIL・TWINS EXTEND】


 何時ものアナウンスがスタジアム全体に鳴り響き、それに合わせて観客席から大歓声が起きる。当然、座布団の上で正座していたミカの耳にも届いた。


(おぉ……こういう感じで聞こえてたんだ。何というか新鮮だ……)


 普段はバトルフィールドで直接アナウンスを聞いていたので、こうやって間接的に聞くのは初めてだった。


 正面のフィールドでは双子が青色のオーラを纏い、ゆっくりと空中へ浮遊していくのが見える。


「おぉ……まるで人魂のような……。面妖な術を使う双子ですなぁ」


 空中で発光しながら浮遊する二人を見て隣のマホロバが感嘆するように呟いた。


 青い光の軌跡を残しながら踊るように空中で飛び交う双子は非常に華があり、その姿を見て観客席から喝采が起きていた。


(……やっぱり派手だな、あの二人。でも式典用に調整してたんだから当然か――魅せるために準備してたんだなぁ)


 ミカは派手なパフォーマンスを行っている双子から目を離し、反対側のイバラへ目を向けた。


 彼女は静かに片目を瞑って佇んでいる。その立ち振る舞いは見た目も相まって本当に植物のようだった。


 ゆっくりと、本当にゆっくりとイバラは目を開け、真紅の瞳を見せる。そして囁くように言った。


「――……エクステンド」


【BATTLE ABA IBARA EXTEND】


 どこか冷ややかな響きのある声。その声と共にアナウンスが流れ彼女の姿が変容していく。


『プラントホーン――セット。スネークテール――セット……』


 自分がエクステンドする時のように変化する部位のアナウンスが流れていた。


 スーツの姿からツバキのエクステンド体のようなパレオ姿へ変わっていき、下半身には葉を思わせるゆったりとしたスカートを纏っている。そのスカートからは尻尾の代わりに一匹の緑蛇が顔を見せ、赤い舌を出しながら周囲を威嚇している。


 更に側頭部には二本の緑色の角が生える。その姿はどこか――悪魔、緑の悪魔を思わせる姿だった。


「イバラ殿は……その……中々面妖な様相でゴザルなぁ。花妖と言うべきか……」


 その異形の姿を見てマホロバも少し言葉も濁らせる。何とも感想を述べずらい姿をしているから仕方がない部分もあるだろう。


(あれ……? 思ったより普通だな……あの二人はもっと色々凄かったのに……)


 一方ミカは肩すかしを喰らっていた。今までのツバキとヤナギのようにもっと色々アレな姿になると思っていたからだ。


 フィールドにいる彼女は確かに色々と人外っぽいが、今までインパクトのありすぎる二人を見てきた自分にとってはそこまで衝撃的な姿……という訳でもなかった。


(てっきりヤマタノオロチみたいなのになるかと思ってたのに……でもこんなもんなのかな?)


 ミカは観客の反応を見ようと軽く後ろを振り向く。やはりというか一部の観客たちも自分と同じ感想を抱いているらしくそこまで驚いてはいない。


 既にイバラの見た目について話し合ったり、どんな動きをするのか予想を話し合っていた。


(……新タイプって言うからには何かあるんだろうけど……)


 だが――イバラは観客たちのそんな反応も予想していたかのように、一人怪しく不敵に微笑んでいた……――。


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