第30話『……それが【獅子王】』
【ABAWORLD 『PROTOTYPE BATTLE ABA』試験室】
「はっ!」
ミカは掛け声と共に軍刀【無銘】を逆手に構える。そのまま振り下ろされた巨大日本人形【節子】の巨大鎖鋸を床へ受け流した。
――ガリガリガリッ!
金属の削れる不快な音と共に触れた刃と刃から火花が飛び散り、辺りを照らす。受け流した鎖鋸が床を激しく削った。
ミカは床に当たって動きの鈍ったその巨大チェーンソーの根本……節子の左腕に向けて鋭い刺突を繰り出す。刃先が内部に仕込まれたモーターを貫き、破壊した。
高速回転していた刃が停止し、その動きを止める。ミカはそこを狙って右足のブーツを金属板へ蹴り込み、その勢いで突き刺さった刀を引き抜いた。
「くっ……! 節子! 怨念火炎蝋燭!」
鎖鋸が破壊されるの空中に漂いながら見ていたイツキは即座に次の命令を下す。それに合わせて節子の右腕から巨大な白い蝋燭が迫り出した。
先端部に青白い焔が灯り、そこから火炎が吹き出し始める。そこから生み出された火炎放射は真っすぐミカを焼き滅ぼそうと向かった。
「おーい、ミカー。早くどうにかしないとまたホットドッグにされるぞ~」
「ヒヒヒッ……嬢ちゃんの焼死体を見るのも見飽きたからねぇ」
縁側から呑気なブルーの声と志津恵の笑い声が届く。
「分かってます……!」
二人の声に応じながら姿勢を深く沈めるミカ。そのまま軍刀を懐に構える。本物の犬のように腰を軽く上げ、そこから一気に踏み込んだ。
小柄な身体を活かして、火炎放射を避けると巨大蝋燭に向かって掛け声と共に逆袈裟斬りに刀を斬り上げる。打ち込まれた刃は火の灯った蝋燭の芯をスパッと斬り飛ばした。
「――せいやっ!」
「あっ!」
「あっ……!」
イツキとミツキが二人一緒に驚愕した。
二人の眼前を斬り飛ばされた蝋燭の芯が飛んでいく。まだ火の着いたままのそれは不幸にも節子の頭部……それも燃えやすそうな黒髪へとぶつかった。
元々燃えやすい素材なせいか、一瞬で引火し節子の頭全体から巨大な火柱が立ち昇る。その業火は周囲を真っ赤に染め上げた。
「ぎゃぁぁあ!! せ、節子がもえてる~!」
「ど、どうしよう……!」
全体的に可燃物だらけだった巨大日本人形は盛大に燃え上がり、とんでもないことになっている。慌てふためいて節子の周囲を飛び回る双子見つつ、ミカはちょっと戸惑っていた。
「す、すっごい燃えてるんですけど大丈夫ですかね……これ」
「大丈夫じゃねーか? 人形供養みたいなもんだろ」
「あっ……ブルーさん」
何時の間にかブルーが側に来ていた。ミカは左手のグローブを軽く掲げて鞘を出現させるとそこへ軍刀【無銘】を納刀していく。
すっかり手に馴染むようになったその愛刀を丁寧に鞘へ納め、ミカは腰のベルトの留め金へ引っ掛けた。そのまま一度、軽く跳ね全身の筋肉を弛緩させる。
「……よし」
ミカは自身の状態を自ら確認し、軽く頷く。戦闘から非戦闘時への切り替えが明らかにスムーズになっており、どことなく歴戦の戦士をような佇まいを感じさせた。
ブルーはそんなミカを見ながら少しだけ口元に笑みを見せた。そのまま彼は空中で大炎上している節子へと目を向ける。
「――ここまで出来るようになるまで大体一か月か。まぁ良いトレーニングになったんじゃねえか?」
「……あのお人形には、何回叩き潰されたり、削り(ピー)されたり、焼かれたりしたか覚えてないくらいボコボコにされましたけどね……最後に倒せて良かったです。まぁ偶然ですけど……」
一か月。志津恵から双子のスパー相手を頼まれて、既にそれだけの期間が経過していた。
季節も初夏から夏本番へと移り代わり、熱い夏が始まろうとしている。そして――ABAWORLDでも最も熱い期間が始まろうとしていた。
「……もう大会なんですね。来週には始まってしまうと思うと実感がありません……」
ミカは感慨深い表情を浮かべながら呟く。この一か月、ひたすらイツキとミツキと戦い続けていた。
二人の息のあった連携。様々な召喚モンスターたち。それらと必死に戦い、何度も打ちのめされた。
しかし志津恵からのアドバイスやブルーからの指示(という名の茶化し)を受け、少しずつ新しい武器の扱い、黒檜や浅間の扱い方……そして――自分自身の戦い方を身に着けることが出来た。
今までにないくらい長期間戦いの中に身を置いたことで、全身に疲れを感じるがそれに合わせて不思議な充足感もある。
(……こんなに気分が良いの、昔父さんと登山した時以来だ。あの時も疲れてたのに妙な達成感あったなぁ)
「お仕事、御苦労さん。嬢ちゃんもこの一か月で大分良い顔になったじゃないか……ヒヒヒッ」
何時の間にか志津恵もミカとブルーの側に近付いて来ていた。含みのある声で口元を押さえながら笑っている。
「嬢ちゃんは止めてくださいと三百回くらい言ったと思いますけどね、お婆ちゃん。もう忘れてしまったんですか?」
ミカの憎まれ口を気にした様子も見せず、相変わらず飄々とした態度を志津恵は崩さなかった。
「ヒヒヒッ……年取ると物忘れが激しくなるんだよ、お嬢ちゃん」
「ワザとやってますよね、間違いなく」
すっかり気心の知れたという雰囲気でやり取りをする二人。ミカはその相変わらずな態度に志津恵に指導された毎日を思い出した。
――嬢ちゃん。召喚タイプはパワーリソース溜めるために攻撃をするのも大事さ。下手に逃げるくらいなら打ち込みな――
――ほれ、またやられちまった。攻めなきゃダメだけど攻めすぎてもダメさ。あくまで自分は召喚モンスターのおまけって事を自覚するんさね――
――あのデカブツを呼んだからって油断するんじゃないよ。バトルアバなんてみんなあれを倒せるくらいの一芸は持ってるさね――
――ウチの孫だったらどっちが嫁か婿に欲しい?――
――それはちょっと答えづらいんですけど……――
最後はともかく――同じ召喚タイプと言うこともあって双子とのトレーニング中には様々な金言を志津恵から与えられた。
そうしている内に師弟関係のような物がミカと志津恵の間で構築されていた。
そんな二人に横からブルーが口を挟んでくる。
「しっかし婆さん……あの双子たちのトレーニングって体だったけどさ。殆どこっちのトレーニングみたいになっちまったけど良かったのか?」
「構わんさ。あの子たちにも良い練習になった……これで正式発表の時に醜態を晒さずに済むよ」
「ほーん。まぁそれなら良いけどよ」
「おばあちゃーん~ぐんじんさんとのバトル終わったよー」
「おばあちゃん……バトル終わりました」
イツキとミツキが二人仲良く並んで志津恵へと話し掛けてきた。大炎上していた節子も既に消えており、フィールドもすっかり緑色の空間へと戻っている。
志津恵は双子の頭を撫でながら、褒める。
「二人も頑張ったねぇ。楽しめたかい?」
双子は一度顔を見合わせてから再び祖母の方を剥くと満面の笑みで頷いた。
「うん!」「……うん」
「じゃあ、ちゃんと嬢ちゃんにもお礼を言いなさい」
志津恵に促され、双子はそろってミカの方を向いてきた。
「一緒にトレーニングしてくれて」「ありがとう……ございました……」
そう言って二人は深々と頭を下げてきた。ミカも二人へ感謝の気持ちを兼ねて返礼した。
「私も……二人のお陰で、かなり鍛えられました。ありがとうイツキくん、ミツキちゃん……」
「ぐんじんさん……またバトルしようね、絶対だよ」
「楽しかった、です……たいかい頑張ってね、お姉ちゃん」
「二人に鍛えてもらった分、しっかりと頑張ってきます……あとお姉ちゃんはやめてください」
流石に一か月もの間戦い続けただけあって、双子とミカの間には友情が生まれていた。
三人はお互いにひしと抱き合い、別れを偲んでいる。それを横目で見つつ、ブルーも志津恵へ話し掛けた。
「婆さんたちのお陰でウチの司令官殿もかなーり良い感じに仕上がったわ。今なら大会も参加賞くらいは貰えるだろうさ」
ブルーの身も蓋も無い発言にミカは双子から離れて思わず突っ込んでしまう。
「それじゃ結局一回戦負けじゃないですか……私も一応頑張ったんですから――」
「おめーまだ勝てると思ってんのか。大会はそこまで甘くねーぞ――なぁ? 大会ご先達である高森婆様はそこのところどう思いますぅ?」
変な口調で志津恵に話を振るブルー。それを受けて彼女はローブから細い指を出して答えた。
「やってみないと何事も分からんさね。婆ちゃんから言えるのは――嬢ちゃんがみっちり鍛えたのと同じくらい他の奴らも鍛えてるってことだけさ……そういうとこ頭の隅に置いときな。自分だけが頑張ってる、なんてのは妄想に過ぎんよ」
ミカとブルーは非常に年配らしく最もな事を忠言をしてくる志津恵に感心した。
「流石長生きしてるだけあって良い事言うぜ、婆さん!」
「確かに……そうですね」
志津恵の言葉にミカは自分の甘い考えを戒める。
(……そりゃみんな頑張ってるよな……自分だけなんて考えは捨てないと……!)
ひっそりと気合を入れるミカ。
――ピピッ。
その時、ミカの身体から何かを知らせる電子音が鳴った。
ミカはその音に慌てて自身の右腕を撫でるとウィンドウを出し、画面を確認する。
「あっ! しまった……! もう時間だった!」
急に慌てだしたミカの様子を心配してブルーが声を掛けてきた。
「おいおい、どうしたんだよ?」
「きょ、今日! カフェの皆さんが送別会してくれるんです! もう行かないと……!」
ミカはブルーへ急いで説明すると今度は志津恵と双子の方へと向き直り、思いっ切り頭を下げた。
「――トレーニング! 有難うございました!! お先に失礼させて頂きます!」
そう言ってミカはその場から姿を消した。
「……お前がトレーニングする側だろうに。相変わらずどっか抜けてんなあいつ」
残されたブルーが少し笑いながら見送る。それから彼は志津恵と双子へ向き直り、彼なりの感謝を送った。
「世話になったな、婆さん。それに二人も。次会う時はウチのミカがきっちりアババトルでこの礼をしてやるから、首洗って待ってるこった」
ブルーの殆ど挑戦状とも言える言葉に志津恵と双子は一際悪そうな笑顔を見せた。
「ヒヒッ……若造が言うねぇ。楽しみに待ってるよ」
「次はガチだからねー! ボコボコにするよ!」
「……負けません」
威勢よくそう言う三人にブルーは軽く右手を上げると人差し指と中指を揃えて、軽く振って別れを告げた。
「……おばあちゃん、お仕事これで良かったの?」
ブルーが完全に消えるのを確認してからイツキが志津恵へ尋ねる。彼女は満足そうに頷いた。
「あぁ、充分さ。素直な子だったから楽で良かったねぇ」
そう言いつつ、志津恵は自身の右腕を撫でてウィンドウを出現させる。そのまま誰かへと連絡を取り始めた。
「――ツバキさんかい? ――……高森だよ。あんたのトコのご依頼通り、ある程度は鍛えてやった。ただ想定してる相手が相手さ。保障なんて出来ないがね」
≪……有難うございます。報酬はそちらの希望通り、希少度八のレアメタルでお支払い致します≫
連絡相手……その声からデルフォニウム社員の片瀬椿なのが察せられる。
「……本当に始まるんかい? "戦争"ってヤツはさ」
≪――……残念ながら。前回の侵攻で"敵"は事実上の宣戦布告を我々にしました。第一波を退けたので時間は稼げましたが、何れ彼らは再侵攻してくるでしょう」
その通信を聞いて志津恵は深く溜息を吐く。そんな彼女を横にいたイツキとミツキが不安そうに見ていた。
志津恵は二人を安心させるようにその頭を優しく撫でる。それから自身が育て上げた一匹の"希望"の事を想った――。
【ABAWORLD MINICITY SHOPPINGエリア カフェ『守護者たちのおもてなし』】
既に客の姿も無く、営業中の喧騒から静けさを取り戻している店内。大小様々、種族様々と言った様子のメイドたちに囲まれながらミカは何度も頭を下げていた。
「色々と至らず、先輩の皆さまには色々とご迷惑をお掛けしました。でも……短い間でしたが、このお店……『守護者たちのおもてなし』で働けて――うぅ……! 有難うございます……」
働いている時の苦労。そして同じメイド仲間たちから色々世話になったことを思い出し、感極まって思わず顔を俯かせるミカ。それを見て近くにいて腕を組んでいた巨漢の牛獣人のアバが苦笑いする。
「ミカちゃん、大変だったもんね。まさか毎日来るとは……あのドラゴン」
「ホントですよ、ビーフィさん! あのトカゲ魔女! なんで毎日来るんですか! しかも毎回指名してくるし! そしてネチネチと……本当にネチネチと毒を吐いてくるし!」
ミカは熾烈な日々を思い出すかのように気色ばむ。
あの後、紫紺龍の髭ことバトルアバ『ガザニア』は何故か毎日のようにカフェ『守護者たちのおもてなし』へ現れた。
そしてさも当然と言った様子で、毎回特別料金を支払いミカを専属メイドへと指定してきた
当然、給仕中は事あるごとにミカへ小言をぶつけてきて、ささやかなイビリをしてくる。そんなに気に入らんなら他のメイドさんへ変えろと内心思ったが、一応客という事もあり必死に耐えた。
最後の方はミカも仕事に(主にガザニアへの対処に)慣れたこともあり、彼女もそこまでイビって来なかったが――。
――カツカツ……。
店の奥から一人の瀟洒なメイドが歩いてくる。彼女が現れるとメイドたちは一斉に姿勢を正した。
「――あなたとガザニアの事はフォーラムで話題になっていましたからね。それ目当てのお客様も多かったです。結果的に集客へ貢献して頂き、感謝しています」
「あっ! リズ給仕長……!」
ミカも姿勢を正しながら彼女へ軽く頭を下げて、挨拶をする。
長い黒髪。薄いレンズの眼鏡。スラッとした高身長。どことなく所作に気品を纏わせた彼女。
このカフェの店長、バトルアバ『アーマーメイド・リズ』だった。
「デルフォニウムへ出向者を頼んだ時にバトルアバが来ると聞いた時は驚きましたが……結果的には助かりました。今回も盛況の内にカフェを閉めることが出来そうです――これをどうぞ」
彼女はミカの前まで来ると何か封筒のような物を渡してきた。
それを受け取るとミカの手の中で封筒は形を変え、光の結晶と化した。その光に照らされながらリズが説明してくる。
「当店の制服……給仕服一式が入ったプリセットデータです。あなたに差し上げます。それがあれば何処でも一瞬で着替えられますので……――」
リズはそのままミカへ顔を近付けてきて、眼鏡から光を放ち、威圧するように言った。
「――是非。大会でこの制服を着て頂きたいですね。当店の宣伝のためにも……!」
その威圧感に気圧されつつも、ミカは丁寧にお断りをした。
「ご、ご厚意は有難いんですけど……わ、私にはこの軍服がありますから……こ、今回は御遠慮させて頂く方向で……」
ミカはその光の結晶を受け取って、ストレージへ仕舞った。にべもなく断られたリズは少々、残念そうな表情を浮かべる。
「リズ給仕長~諦めなって。大体、給仕長も大会出るんだから宣伝は充分出来るでしょ」
牛獣人メイドのアバからそう窘められ、リズはまだ諦めきれないと言った様子で答えた。
「ビーフィ―さんに言われなくても分かっていますが……常にやれることはやっておくのが私の主義です。やはりAブロックとBブロック、両方に当店のメイドがいる状態が宣伝として望ましい」
「Aブロック……?」
ミカが聞き慣れない言葉に聞き返すとリズが少し驚きながら教えてくれた。
「あら、知らなかったのですか? 大会の参加者締切が終わったのでブロック割りが発表されたんですよ。私はBブロック、あなたはAブロックです」
「えぇ!? も、もう発表されてたんですか!?」
根耳に水なリズの言葉にミカは驚く。
「ど、どこで発表されてるんですか!? 見に行かないと……!」
慌てふためくミカにビーフィ―が答えた。
「プレイエリアの電光掲示板に出てるよー。でも――」
「す、すみません! ちょっと見に行ってきます!」
ミカは最後まで聞かずにその場から転送を行った。
「――でも、ここからサイトへアクセスすればーこの場でー見れるよぉ……って言おうと思ってたんだけどなぁ」
止める間も無く姿を消したミカ。最後まで言い切れずにビーフィ―は肩を竦めた――。
【ABAWORLD MINICITY PLAYエリア】
「――ぶはっ!?」
中空から落下したミカは思いっ切り腹を地面へ打ち付けた。
衝撃で軽く地面をのたうち回る。
その光景を見ていた周囲のアバたちが何時もの事という感じで笑っていた。
「またミカが着地失敗してる……」「なんでいつも落ちてくるんだろあのバトルアバ」「楓ちゃんも良く落下してくるしそういう不具合あるんじゃないの?」
ミカは周囲からの視線に少々恥ずかしくなりながらも、身体を起こした。
(うわっ……すっごいアバが一杯……)
改めて周りを見回すとかなりの数のアバたちがいた。皆がプレイエリアの空中に設置された電光掲示板を見ている。
恐らくそこには大会へ参加するバトルアバが表示されているのだろう。皆、一様に掲示板を眺めて、色々と談笑していた。
ミカが立ち上がってそこへ近付こうとすると自然と群衆たちが割れて、道を作った。
「あっ……どうも――あれ?」
ミカが軽く礼を言おうとすると彼らの視線が自分の後ろへ向いている事に気が付いた。釣られて、そちらを振り向いて見る。
「駄犬、あなたも来ていましたか」
トレードマークの紫紺に染め上げたトンガリ帽子。その鍔から覗かせる鋭い紫色の瞳。誇り高き、龍の魔女……ガザニアがそこにいた。
「お嬢――じゃなかった――ガザニアさん!」
ミカが傍に寄ると相変わらず、皮肉混じりに話し出した。
「あなた、バトルアバから駄メイドへ転職したのでは無かったのですか? てっきりあのまま身請けしてくれる主を待つのかと思っていました」
「……あれはイベ中のみのお仕事です……勝手に私の行く末を訳の分からない方向へ決めないでください」
ミカが顔を引きつらせらながら反論するのを気にも止めず、ガザニアは電光掲示板の方へ進み出るとその画面へ右手を触れさせた。
掲示板にガザニアの顔アイコンが表示される。その顔の横には【Aブロック】と表示されていた。
「駄犬、ここに手を触れなさい。そうすればあなたの大会トーナメントでの所属ブロックが分かります」
ミカは彼女に促され、自身も同じように画面へ手を触れる。それと同時に自分の顔アイコンが表示された。その画面を見てガザニアが呟く。
「……私と同じAブロックですか」
「そう……みたいですね」
自分の顔アイコンの横にある【Aブロック】の文字を見てミカも頷く。
(大会は確か……トーナメント形式だった筈。ガザニアさんと同じブロックという事は……一回戦から当たる可能性もあるのか)
彼女もミカと同じ想像をしているのか、ミカの方へ少しだけ視線を向けている。その瞳には強い意思が宿っており、挑戦的な物を感じた。
(……手加減は――期待出来ないって事か。こっちだって色々とトレーニングしたんだ。そう簡単には負け――あれ?)
その時、突然周囲の喧騒が消えた。先程まで煩いくらいに皆が騒いでいたのに、突然音が無くなったかのように静まり返った。
(な、なんだ……?)
その突然の事態にミカが何事かと思っていると、ガザニアがこちらから目を離し、ある一点を睨みつけて居ることに気が付いた。
その瞳には今までにないくらい獰猛な焔が宿り、まるで自らの怨敵を見つけた龍のように猛っていた。
ミカはその視線の先を見る。そこには――。
大きい。とても大きなアバがいた。身の丈三メートルはありそうなその姿。その人物が一歩進む度に周囲のアバたちが口々に驚きの声を漏らし、潮が引くように下がっていった。
「獅子王だ……」「うわぁ……本物かよ」「でっか……」
巨大な獅子の獣人。茶色の鬣をなびかせながら此方へ向かってくる。青いパンツに半裸のその姿はどことなくプロレスラーを想起させる。その獅子は見た目通りの豪快な大声でガザニアへ笑い掛けた。
「スパー終わりの気分転換に散歩へ来てみれば……相変わらず良い目をしているな、魔女娘! 今にも噛み付いてきそうで、背筋が凍るぞ! ガハハハッ!!」
「あなたも相変わらず耳に突き刺さるような馬鹿デカイ声ですね……少しは往来への迷惑を考えてほしい物です」
ガザニアは何時もの調子を崩さずに喋っているがその声はどことなく上擦っている。周囲の反応やガザニアの態度からミカもその"獅子"が誰なのか流石に察した。
(この人が前日本大会優勝……最強のバトルアバ――『獅子王(シシオウ)』……ガザニアさんが負けたっていう相手か)
「お? 新顔もいるな!」
ガザニアの横にいたこちらへ獅子王は気が付いたのか、その巨体をミカの方へ向けてくる。そのままズンズンと近付いてきた。
「よぉ! 軍人娘! 獅子王だ! よろしくな! ガハハハッ!」
その迫力のある見た目と違って気さくな感じで話し掛けてくる獅子王に戸惑い、ミカはかなり困惑しながら挨拶を返した。
「ど、どうも……ミカです」
その迫力と大声に萎縮して、身体を縮こませるミカを見て獅子王は更に豪快な笑い声を上げる。
「ガハハッ! 噂に聞いてたが随分可愛らしいバトルアバだな! 最近のバトルアバはみんな可愛いヤツばっかりでバトル中に目移りしてしょうがないわっ!」
強者としての前評判に違わず、彼はイメージ通りというか、なんというか……かなり剛毅な感じだった。
(これは……やっぱり強いんだろうな……見た目も強そうだし、凄いデカイし。声も強そうだし、声がデカイし……)
獅子王はそのまま笑顔をキープしつつ、周囲へ聞こえるように話し続ける。
「今回が初出場ということで色々緊張するだろうが、是非頑張ってくれ! 大会で当たったら全力で戦おうな! ガッハハハハッ! みんなも応援してやってくれ!」
相変わらず、凄い大声で笑いながら周囲のアバたちへ呼び掛ける獅子王。それに合わせて周りのアバもミカへ応援の言葉を掛けてくる。
「あっ、どうも……」
ミカは周囲から掛けられる言葉に軽く頭を下げながら応じつつ、獅子王に対してその雰囲気から好感触を抱いていた。
(やっぱり何度も優勝するだけあって、気風が良いな……こういうところも人気の秘密なんだろうな。他人への気配りも忘れないし)
しかしそんな感じで気が緩んでいるミカをガザニアは何か含みのある目つきで見つつ、周囲のアバたちには聞こえないくらいの小声で呟いた。
「――……だから駄犬なんですよ、あなたは……――」
「おぉ! そうだ! 軍人娘! 握手しよう、握手!」
「あ、握手……? 良いですけど……」
獅子王に促され、ミカは右手を差し出した。彼はその手をこれまたデカイ毛むくじゃらの手で握る。ごわごわとした固い体毛の感覚。
サイズ差もあってミカの木の葉のような手は完全にその掌に包み込まれてしまった。
「がっはっはっは! 大会で当たったら、どっちも頑張ろうなっ! 因みにこっちはブロックBだから当たるとしたら決勝戦だぞ!」
「は、はい……」
握手をし合う二人を周囲のアバたちが囃し立て、SS(スクリーンショット)などを撮る音が聞こえてくる。そのせいで一際周囲が騒がしくなった。
――ギュッ。
その喧騒の中、突如、獅子王はミカの手を両手で力強く握りこんでくる。その力は握手などという生優しいモノではなく――攻撃だった。
(え――)
その力に一瞬動揺するミカ。その間隙を突くように獅子王は巨大な顔を近付けて来る。
(――なにをっ……)
ミカの耳元まで顔を寄せると囁くように――彼は言った。
「――……お前の戦闘パターンは全て研究済みだぞ、軍人娘……勝ちたいなら、策を考えるんだな――」
「……っ!?」
思わず背筋にゾクッと悪寒が走った。
今までの豪快な声とは全く異なる底冷えするような声。単なる脅しや言葉のあやではない。本当にこちらの全てを研究しているが故の……確かな実証に裏付けられた言葉。そんな恐ろしいモノが彼の言葉からは感じられた。
(こ、この人は……)
ミカが声も出せずに戦慄していると獅子王は一度だけその大きな口元を歪め、獲物を前にした獣のように笑みを浮かべた。
その表情にはそれでも挑む勇気があるかと言わんばかりの不敵なモノがあった。虚勢や自信過剰ではない。この男は――こちらの全てに備えている。
激しく動揺するミカを余所に、獅子王は握った手を離し、先程までの調子に戻って周りのアバたちへ呼び掛けた。
「それでは諸君! 大会本番で会おう! この獅子王のバトル! 御賢覧あれ! わっはっはっは!」
豪快な笑い声と共に獅子王はその場から去っていった。一方、ミカは押し黙ってその背を見送る。先程のあの言葉がまだ耳から離れず、喉が渇くような嫌な感覚がした。
ミカの様子を見てガザニアがそっと口を開く。
「あの獅子を唯の偉丈夫だと思っていると……痛い目を見ることになりますよ、駄犬。誰も成しえなかった二連覇を成し遂げ、そして――三連覇を狙っている男……それが【獅子王】。"我々"の倒すべき相手です」
「…………はい。肝に銘じておきます」
ミカは彼女の言葉に静かに、深く、頷く。ガザニアの言葉には今までの揶揄うような響きは一切なく、純粋にミカへ忠告だった。
そして――"我々"のという言葉には……ミカと自分どちらが勝ち進んだとしても……。『獅子王』とは確実に戦うことになる。そういう意味が込められていた。
(優勝狙うなんて……簡単ではない、それは分かってた事。だけど……あれは……あまりにも……)
心の中に楔が撃ち込まれたような嫌な感じがする。この胸のざわめきが強敵と出会った事による高ぶりだけではない事を――ミカは自覚していた……――。
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