第29話『大召喚! 純和風日本巨人形【節子】!』

【ABAWORLD MINICITY SPORTSエリア メインスタジアム前】



 サッカーや野球の開催されない日には人通りの少ないメインスタジアム前。スタジアムの看板には大きく【定期メンテナンス中につきご迷惑をお掛けします】の文字が表示されていた。

 それでもスタジアム前に設置された幾つかのスポーツバーには何人かのアバが屯して、過去の名試合や海外の試合を肴に会話へ花を咲かせており、少しだけ華やいでいる。

 その前をある場所へ向かって歩いていくミカとブルーの姿があった。

「あー……ホンット、恥ずかしかった……」

「衣装可愛いし悪くなかったと思うけどなぁオレ。あれで今度から戦えよお前。きっとウケ良いぞ」

 ブルーの言葉にミカは給仕服のスカートを傍目かせながら抗議する。

「絶対に! 嫌です! こんな姿で戦うくらいなら自刃して果てます!!」

「そこまで嫌かお前。だったらさっさと脱げよそれ。流石のオレも横にメイドいると視線集まってハズいわ」

 今日のカフェでの仕事が終わったというのに、ミカは未だに給仕服姿のままだった。

 流石にその恰好だと目立ち、スポーツバーの前を歩いているだけで店内のアバたちが振り返り、「なにあれイベント?」「コスプレか?」等の囁きが聞こえてくる。ブルーの言葉にミカはヤケクソ気味に答えた。

「脱ぎ方が分からないんですよ! どうやって脱ぐんですかぁ……これ」

「あー……お前バトルアバだからファッション関連無頓着だもんなぁ……プロフからアクセサリーウィンドウ出してそれで切り替えられるぞ。でも明日もあそこで仕事するんだからそのままでいりゃ良いのに」

「こんな恥辱に塗れた制服で過ごしてたら本気で発狂し兼ねませんよ……えっと――」

 それを聞いてミカはすぐさま自身の右腕を撫でる。ウィンドウが目の前に出現し、そこからプロフィール欄と書かれたボタンを右手で力任せに押した。

(――……あっ! これか!)

 表示される情報の中から元の自分の服である黒い軍服を見つける。ブルーも表示されているウィンドウを覗き込んできて指を差してきた。

「ほれ。その元の服をタッチすれば一発で元に戻るぞ」

 ミカはその言葉に従って右手をウィンドウに近付けた。タッチする瞬間にある事を思い当たりブルーへ尋ねる。

「……これ着替える時に全裸になったりしません……よね?」

「なるか、おバカ! はよ、押せ!」

 ブルーの呆れたような怒るような声に促され、ミカはその服をタッチする。

 ――ポンッ。

 軽い音と共にミカの服装が切り替わり、慣れ親しんだあの軍服ワンピースへと早着替えが行われた。それと同時に耳と尻尾も消失する。

「やった! 戻れた戻れた! いやー恥ずかしかったぁ……メイド服は辛かった……」

 自身の着こんだ服や軍帽をペタペタと触って元の服装に戻れたことをはしゃぐミカ。ブルーはそれを冷めた目つきで見ていた。

「……元の服も男が着るには相当恥ずかしいと思うけどな……――おっ。あそこか」

 ブルーの視線の先。スタジアムの端の方。そこには【試験室】と書かれた簡素な灰色の扉があった。

「ここが……ヤナギさんに指定された仕事の場所ですね」

「仕事つってもバトルアバ相手のトレーニングだろ? なんでこんなとこでやるんだよ。普通にテストルームでやれば良いじゃねえか」

「それは私にも何とも……ただここに来てお相手のバトルアバの訓練に期間内の間、付き合えとしか説明されていないので……」

「なんか怪しいんだよなーあの緑女。何故かオレもついて行くように指示してくるし。急用ある言って帰っちまうし、態度が何か腹立つし」

「……最後は完全にブルーさんの主観ですね……あっ」

 ブルーとミカがその前に立つと自動的にウィンドウが出現し、アナウンスが流れる。

『虹彩認証を行います。画面を右目で覗き込んでください』

 それに合わせて瞳のようなアイコンが表示された。

「……アバの状態で虹彩認証ってのも変だな。雰囲気作りか?」

「た、確かに……これ私の本当の目じゃないですしね……まぁ、一応やってみます」

 その妙なセキュリティチェックに戸惑いながらもミカはそのアイコンを覗き込んだ。青白い光がミカの瞳に転写され情報を読み取っていく。

『……認証しました。自動入室を開始します……』

 再びアナウンスが流れミカとブルーの姿がその場から消失した。






【ABAWORLD 『PROTOTYPE BATTLE ABA』試験室】





「――うげっ!?」

 例のごとく中空から落下してきたミカは頭から床に激突する。その横でブルーが静かに着地していた。

「おー何か目に良さそうな色してんなここ。緑一色じゃん」

 ブルーの言う通り、周囲には緑色の壁、緑色の天井、緑色の床と全てが緑一色で揃えられていた。

 部屋自体はかなり広くなっており、草野球場くらいのスペースがある。

「……ホントなんで毎回着地失敗するんだ――あれ?」

 床から身を起こして頭を摩っていたミカは部屋の中央に場違いな物があることに気が付いた。

 周囲の無機的な風景と比べて異物感のある建物。純和風の古民家という作りの一軒家。その軒先の縁側には何者かが腰掛けていた。

 顔まで隠れる灰色のローブを纏った腰の曲がったアバ。かなり不気味な外見であり、只者ではない雰囲気を漂わせている。

(このアバ……どっかで見たことあるような……?)

 その姿に見覚えのあったミカは首を傾げた。ローブ姿のアバは二人に気が付くと顔を向けてきた。

 ローブで隠れた顔から怪しく光る二つの瞳が輝く。

「やっと来たね。待ちくたびれたよ――よっと」

 身体を重そうに動かしながらそのアバは縁側から立ち上がる。

「老体をあまり待たせるもんじゃないよ。何時逝っちまうかわからないんだから」

 言葉の端々に年季を感じさせる女性の声。フランクだがどこか知的な物言いがある。

 床にローブを擦り付けるようにして近付いてくるそのアバを見てブルーが驚愕の声を上げた。

「――げぇっ!? た、高森志津恵(タカモリシズエ)!? 人形繰り『高森志津恵』か、あんた!?」

「……やっぱりフルネームで呼ばれると気恥ずかしいねぇ。ただの婆さんで良いよ」

 ブルーにしては珍しく動揺しているらしく、声が上ずっている。

「まさかミカが頼まれたトレーニング相手ってあんた――いや引退済みだから違うか。もう普通のアバの筈だもんな」

 ブルーの言葉に志津恵と名乗ったアバは両手を上げて全身を見せびらかしてきた。

「そうさ。もう歳だから今更バトルなんてやってたら心臓止まっちまうよ」

 そう言ってクククッと志津恵は含み笑いをする。ブルーは頭の上で両腕を組みながらまだ驚いている表情のまま言った。

「ホント、ミカとツルむようになってから有名バトルアバと遭遇するようになったなー……役得、役得……」

(この人が……前にブルーさんが言ってた初代大会出場者のバトルアバ……)

 志津恵はミカの方へその光る怪しい瞳を向けてくる。

「今日から暫くウチの"孫たち"とトレーニングしてくれるって言うバトルアバは嬢ちゃんかい?」

「……あっ。は、はい……! 【片岡ハム】所属のバトルアバ『ミカ』です。今日はよろしくお願いします!」

 普段、バイト先でしている癖でミカはしっかりと自己紹介をしてしまう。それが面白かったのか志津恵は再び、口元をローブの裾で押さえて笑った。

「また随分可愛らしいバトルアバだねぇ……これからその顔が苦痛に歪むと思うと婆さん可哀想になってきたよ――ヒヒヒッ」

(……今、凄い怪しい事言ったな、この人)

 何やら物凄い不穏な発言をする志津恵にミカは内心穏やかではなかったが、敢えてそれは無視して話を続ける。

「あの……それで私がトレーニング相手になるというバトルアバの方は一体どちらに……?」

「あぁ、悪かったねぇ。あの子たちも学校の宿題があるから、席外してたんだよ」

 彼女は自身の右腕を撫でてウィンドウを出現させ、そのままどこかへ連絡を入れた。

 暫く何も起きなかったが、やがて空中から二つの影がポンッと現れ、ミカたちの前に着地してくる。

 見た目的には瓜二つ。同じ金髪のショートヘアー、同じ黒い服、殆ど同じ姿をした子供のようなアバだった。

 一応男女で分かれているようで短パンを履いている子とスカートを履いている子で区別されている。顔の方はあまりにも似ていて判別不能としか言えなかった。

「おばあちゃん~練習相手の人来たってホント?」

 短パンを履いている方のアバが志津恵の方へ元気良く駆け寄ってくる。スカートを履いたアバはその後を少々オドオドしながら着いて行った。志津恵はそのアバたちをにこやかに出迎える。

「今日からこの嬢ちゃんが暫く二人を鍛えてくれるよ。ほれ、ちゃんと挨拶しなさい」

 志津恵の言葉に促され、二人組のアバがミカの方へ向き直る。

「ボクがバトルアバ『イツキ』です! よろしくおねがいしまーす!」

「わ、わたしが……バトルアバ『ミツキ』です……よろしく」

 元気の良い男の子の声と少々気の弱そうな何とも対照的な自己紹介をしてくる二人にミカも少々戸惑いながらも挨拶を返した。

「あ、ど……どうも、バトルアバ『ミカ』です……」

 横で黙って挨拶が済むのを待っていたブルーが二人組のバトルアバを見て、何か得心した様子で口を開いた。

「あぁ、なるほど……こいつらが噂のダブルアババトル専用の"双子"か」

 ブルーの言葉に志津恵が不適な笑い声を上げながら付け足す。

「ヒヒヒッ……正確に言えば専用では無いよ。この二人はどちらにも対応したプロトタイプバトルアバさ」

「プロトタイプ……バトルアバ? それにダブルアババトルって……?」

 聞き慣れない単語の連続にミカは思わず、聞き返してしまう。

「プロトタイプバトルアバは! しけんてきに作られたバトルアバです! まだしじょうに出てないバトルアバだよ!」

「ダブル……アババトルは二対二でする……アババトルです……これからABAWORLDにじっそうされる予定……」

 二人が練習でもしたかのように揃って口を開き、説明をしてきた。ちょっと棒読み感がある辺り、説明を求められた時は直ぐ言えるよう、本当に練習をしていたのかもしれない。

「二人ともちゃんと説明出来てえらいねぇ」

 志津恵の褒める言葉にイツキは満面の笑みをミツキはぎこちなく笑顔を見せた。

 二人を褒めつつ、志津恵はミカたちの方へと向き直る。

「この子たちはデルフォニウムから新仕様のテストを任せられてるのさ。正式名称は『諸悪の双子(イービル・ツインズ)』……二人で一人分の特別仕様ってとこさね」

「おいおい……。良いのか、そんなまだ未実装の仕様をオレらみたいなパンピーに見せて」

 ブルーの心配するような発言に志津恵は問題ないと言った様子で被りを振った。

「本実装されてないだけで、もう公然の秘密みたいなもんだから問題ないさね。だからあんたも噂で知ってたんだろ?」

「まぁ……そりゃそうだけど。後で情報漏洩とかで文句言わねえでくれよ? 一応黙ってるけどさ」

 ブルーの不安げな言葉に志津恵は答えず、ただヒヒヒッと笑った。

「あれ……? ちょっと待って下さい。この子たちが今日、私がトレーニングする相手なんですよね……?」

 ミカの言葉に二人のアバが肯定するように笑顔を向けてくる。

「……まさか二対一で戦うんですか、私」

 老婆と双子は何も答えず一際、楽しそうな笑みをミカへ向けた――。





「――今日の嬢ちゃんは孫たちへの攻撃禁止、召喚モンスター禁止。それが今回のルールさね」

「は?」

 志津恵の無茶苦茶な条件にミカは思わずボケた声を出してしまった。

 双子は既に説明をしている志津恵の後ろで見事に揃った動きで準備体操をしながらスタンバイしている。ミカは困惑しながら彼女へ聞き返した。

「あの……その条件で私に何をしろと……?」

「今回は孫たちの攻撃の練習だからねぇ。ひたすらウチの孫たちの攻撃を捌き続ける。それが今回の仕事内容だよ。頑張るんだね」

 絶句するミカにブルーが如何にも他人事と言った様子で話し掛けてくる。

「良かったじゃねえか、お前の得意分野じゃん。いっつもボコられてるから慣れてるし」

「サ、サンドバッグじゃないですか! これ! テスト用の巻き藁じゃダメなんですか!? この仕事!?」

「ダメなんだろうなぁ、ハハハッ! まぁ実際動かない的と動いて考える的じゃ練習効率が違うしな」

 呑気に笑うブルー。

「ぐんじんさーん、そろそろ始めるよー!」

 イツキが無情にも開始を宣言しようとする。

「ちょ、ちょっとまだ話は――」

 ミカが慌てて止めようとするがそれを気にも止めず、双子は声を合わせて言った。

「エクステンド!」「エ、エクステンド……!」

【BATTLE ABA EVIL・TWINS EXTEND】

 何時ものアナウンスと共に二人の身体から薄い青色のオーラが吹き出す。それは彼らの身体を覆った。更にフワッと二人の身体が床から浮き上がる。

「と、飛んだ!?」

 驚くミカを余所に双子は頭上から見下ろしていた。

「行くよ! ミツキ!」

「……うん、イツキ」

 二人はお互いに眼下の"敵"を見据える。

「おーい、ミカー。お前もボケッとしてないでエクステンドした方が良いぞ」

 ミカが声の方を見るとブルーが何時の間にか志津恵と共に古民家の縁側に座って観戦を始めていた。その声に従い、慌ててエクステンドを行う。

「あ……! エ、エクステンド!」

【BATTLE ABA MIKA EXTEND】

『タクティカルグローブ、セット――タクティカルイヤー、セット――タクティカルシッポ、セット』

ミカの身体が光に包まれていき、何時ものように犬耳と尻尾が服を突き破って生えてきた。そのまま赤いスカーフを傍目かせながら戦闘態勢を取り、空中でふよふよと浮遊している双子を睨みつけた。

(……でもどうすりゃいいんだよ……! ひたすら耐えろって……)

 相対するミカと双子を縁側から見つつ、志津恵が自身の右腕を撫でてウィンドウを出現させた。

「ミツキ、イツキ……最初から全力で揉んであげな。『バトルアバ・諸悪の双子』のパワーリソースをマックスまで貯蓄」

 彼女がウィンドウを操作すると電子音が鳴った。

 それと同時に双子の纏うオーラが一際大きくなる。二人はお互いに目配せして頷いた。

「――いっくぞー! パワーリソース全投入!」

「――パワー……リソース全投入……!」

二人はクルクルと空中でダンスを踊るように上昇していく。青いオーラが尾を引いて光跡が空中に残った。

 真っ赤な巨大魔法陣が双子の下に現れ、そこからブワッと大量の黒い毛髪が吹き出す。

「――うわっ!? か、髪!? 髪の毛!? こっわ! なんだこれ!?」

 それは触手のように周囲を嬲りまわし、のたうつ。ミカはその不気味さに驚き、思わず後方へ飛び退いた。

 ミカが驚いている間に双子は天井付近まで到達し、その両手を合わせるように繋いだ。そして高らかに合わせた両手を頭上へと掲げ、一緒に叫ぶ。

「――大召喚! 純和風日本巨人形【節子(セツコ)】!」

 大量の黒い毛髪と一緒に魔法陣の中央から巨大な"何か"が迫り出してきた。

「うぉー……これは夢に出そうなヤツだな」

 縁側でその光景を眺めていたブルーも思わず、腰を上げてその呼び出された召喚モンスターに目を奪われた。

 真紅に染められ、所々にイチョウを思わせる模様がワンポイントで施された着物。見事なまでに整えられたぱっつん髪。おしろいが塗られたように真っ白な肌に、これまた何の感情も無さそうな無表情な作り物の顔。

(に、日本人形……!? 顔こっわ! というかデカッ!? 黒檜くらいのデカさあるんだけど!? なんだこれ!?)

 身の丈十メートルを超えんばかりの巨大日本人形。それが双子の呼び出した召喚モンスターだった。

 巨大日本人形は魔法陣から完全に姿を現すとそのまま両足を床から離れさせ、空中へ浮遊し始める。

「こ、こいつも飛べるのか……!?」

 その異様に気圧されて動けないミカを尻目に双子が地球に寄りそう月のように巨大日本人形の周囲を飛び回っていた。

「節子ー! ぐんじんさんにキミの力見せてやれー!」

 イツキが節子と名付けられた日本人形へ命令を行う。それと同時にその無機質な二つの目がミカの姿を捉えた。

「ヒィッ!?」

 その不気味な目に見据えられ思わず悲鳴を上げるミカ。縁側から自体を見守っていたブルーから注意の声が飛んでくる。

「ミカー! 攻撃してくるぞー! 対応しろー!」

 ブルーの声で正気に戻ったミカは慌てて、巨大人形の視界から逃れようと走り出した。

 バトルアバの脚力を活かして全力でその場から逃げ出そうとする。

 脱兎のごとく逃げ出すミカの背に向けて、節子の二つの巨大な瞳から如何にも危険そうな黄色い光が放たれた。

「――ぐげぇっ!?」

 その光線を浴びたミカの動きがピタっと止まる。片足を上げた状態から動けなくなった。

 視界には【金縛り】という状態異常を知らせる文字が表示されている。

(金縛りって……麻痺と何が違うんだよ!)

 混乱のあまり自分でもよくわからない突っ込みを入れつつ、ミカは必死に身体を動かそうとした。

 どうやら麻痺と違って持続時間が短いのか直ぐに身体の硬直が解け始める。だが色々と手遅れだった。

 背後からゴウンゴウンというとても人形とは思えない駆動音と共に節子が接近してくるのを察する。

(ぎゃぁぁぁあああ!! 誰か助けてえええええ!!)

 声が出せないので必死に心の中で叫ぶが当然助けなど来るはずもなく、双子は次の攻撃へと移っていた。

「節子ちゃん……! 縛り髪……!」

 ミツキの声に従って節子の黒い髪が一気に成長し、それがミカの身体を捉えるために毛先が伸びていった。

「ひぃぃぃ!!」

 伸びてくる髪に恐怖を隠せず、やっと声が出せるようになったミカは身も蓋も無い悲鳴を上げる。避けようにもあまりの毛量に逃れることが出来ず、不気味なその毛に飲み込まれた。

「節子! そのまま縛り髪涙時雨!」

「んーっ!!!」

 イツキの声で節子から伸びる髪が拳のように握りこまれギュッギュッと収縮していく。悲鳴も毛に飲み込まれ、ミカの姿は段々と髪の中へ消えていった。

「あーあー……ビビッて逃げるから……」

 凄惨な状態になってるミカにブルーも思わず声を漏らした。

「黒檜レベルの召喚モンスの攻撃だしそりゃそうなるよなぁ……生きてるかなあいつ」

 完全に姿を消したミカの状態を確認するために、ブルーがアババトル用のオペレーターウィンドウを出現させる。

 画面に表示されているミカの情報を眺めると物凄い勢いでヘルスが減少していき、やがて――それが完全に無くなった。

「あっ。死んだ」

 ブルーの感慨も無い声と同時に無情なアナウンスが鳴り響く。

『バトルアバ・ミカのヘルスが全て消滅しました。練習モードのためバトル開始直後まで状況再現を行います……』

「ぐんじんさんよわーい」

「ぐんじんさん……もうたおれちゃった……」

 双子が口々に不満げな声を漏らす。ミカを髪で捉えていた節子がゆっくりと最初に召喚された位置まで戻っていく。それに合わせて大量の髪も引き上げていった。

 髪の消え去った床にぐったりと横たわるミカの姿があった。

 その姿に流石に不安を覚えたブルーは隣にいる志津恵へ話し掛ける。

「あー……婆さん。ちょっと心配だから、ミカの様子見て来ても良い?」

「好きにしな。しかしこれじゃ孫たちの練習にもならんねぇ……」

「わりぃな――おーい! ミカー! 生きてるかー!」

 ブルーは駆け寄るようにしてミカの側へ寄って行った。双子もちょっと心配になったのか顔を見合わせるとフワフワ浮遊しながら近付いてくる。

「――……髪が……髪が……髪が迫って……――」

 床の上でうわ言のように呟きながらミカは白目を剥いている。ブルーはその身体の前で屈みこむと指でその額へデコピンを喰らわせた。

「あうっ……! あ、れ……? ブルーさん……?」

 呆れ顔のブルーから手を差し出され、ミカはそれを取って起き上がった。

 まだ少しふらつくミカにブルーは愚痴っぽく言う。

「なーにやってんだお前はよぉ。敵前逃亡は重罪だぞ」

「……あれを見て逃げずに居られる程、私は誇り高き戦士じゃないです」

「大体こういう時に使えってロボ女から新武器教えられてただろ」

「あっ……すっかり忘れてました」

「次はそれちゃんと使えよ。このままじゃサンドバッグにもなれねえぞ――ほれ! 気合入れてけ!」

 ――バシッ!!

 ブルーはミカのスカート部から生える尻尾の付け根をその右手で思いっ切り叩いた。

「ぎゃんっ!!」

 所謂弱点部に衝撃を受け、短い悲鳴と共に本物の犬のように耳と尻尾をピンと立てるミカ。それを傍らで見ていた双子が茶化すように囃し立てた。

「女の子、叩いたぞーこいつ」

「い、いたそう……」

「うるせー、子供は黙ってろい。こいつはこうしないと気合が入らねえんだよ! ほれ、ガキ共も元の位置に戻れ、再開するぞ再開!」

 ブルーに手でシッシと振り払われ、渋々双子は空中を浮遊して節子の方へと戻っていった。

 乱暴ながらもブルーの叱咤激励を受けて、気持ちを切り替えたミカは戻る双子の背を見つつ、改めて対策を考える。

(……さっきの毛。アレに拘束されたら詰みだ。それにあの目力ビームもヤバイ……毛はどうにかなるけど、あのビームは何としても避けないと)

 ブルーが古民家の縁側へ戻って再び偉そうに座り込むのを見届けてから、ミカは双子へ再開を呼び掛ける。

「再開、お願いします!」

 やる気を見せるミカに双子は顔見合わせてニヤリと笑った。

「それじゃ行くよー! 節子! 行っけー!」

 ――ゴウンゴウンゴウン……。

 明らかに人形とは思えない音を出しながら再びミカへ節子が迫る。その巨大な瞳が怪しく発光した。

(来た……!)

 ミカは今度はその眼光に背を向けたりせず、しっかりと発射の瞬間を見届ける。

 黄色の怪光線が節子の瞳から放たれる。

「――せいやっ!」

 気合の声と共にミカは最低限の横跳躍でその光線を回避した。双子もそれを予想していたのかすぐさま次の攻撃を指示してきた。

「節子ちゃん……! 髪縛りお願い!」

 巨大人形の黒髪が再び躍動し、不気味に成長を始め、毛先がミカへと迫り始めた。

 それを見てミカは右手を空へと掲げた。

「武装召喚! 防御軍刀(ディフェンスブレード)【無銘(ムメイ)】!」

 その呼び出しに応じて右手に光が集まり、一振りの鞘入りの刀がグローブ越しに握られる。赤い鞘に金色の装飾が施された柄。更に護拳の半球状の鍔が取り付けられた和洋折衷を感じさせる不思議な趣の軍刀。そのままミカは鞘に左手を掛けて外していき、一気に抜刀した。

 銀色の刀身が煌めき、鋭い刃先から光の軌跡が作られる。ミカは後方へ鞘を投げ捨てると素早く【無銘】を両手で構えなおす。そして向かってくる黒い毛に刃先を合わせた。

「おりゃぁッ!」

 ミカはドスの効いた声と共に剣術も糞も無い力任せさで、一気に上方向へ切り上げた。

 ――ザンッ!!

 小気味良い音と共に【無銘(ムメイ)】の刃が伸びきった黒髪を切断する。散髪された黒髪が辺り一面に飛び散っていった。

「おぉお! 刀! 刀だよ! ミツキ! うぉーかっけぇ!」

「……刃物はあぶないよぉ……」

 ミカの使う軍刀を見て節子の横で浮遊しているイツキが目を輝かせたが、ミツキは少々不安げな視線を向けていた。

「やっぱり日本刀は映えるねぇ。ありゃ客受け良さそうだ」

 縁側でその光景を見ていた志津恵が嬉しそうにそう語る。一方ブルーは少々不安げな視線をその刀へ向けていた。

「……メカ女作の武器じゃなかったら手放しで褒められるんだけどなぁ。あいつの作る武器って癖凄いから……」

「どりゃぁっ!!」

 ミカは気合の声と共に蠢く黒髪を次々切り捨てていく。殆どただ乱暴に刀を振り回しているような状態だったが、それでも細い毛の集まりである節子の黒髪相手に対しては有効だった。

 その様子を見て双子も次の行動へと移った。

「イツキ……次行こう……!」

「オッケー! 節子ぉ! 呪怨鎖鋸起動!」

 イツキの言葉と共に日本人形の左腕から巨大な"何か"が迫り出した。

 ――ブィィィィィィィン!!!

 豪快な駆動音と共に多数の小さな刃が金属板の形に従いながら高速で回転を始める。その高速回転するソーチェーンが床に当たり火花を撒き散らす。

「チェ、チェンソー!?」

 ミカはその自分の身長ほどもあるチェーンソーを見て驚愕していた。

 ブルーがそのどこが日本人形なのかと疑いたくなるような武装を見て、呆れたように隣の志津恵へ話し掛けた。

「"アレ"のどこが純和風なんだよ、婆さんさぁ……」

「ヒヒヒッ……派手な方が観客は喜ぶさね」

「そうだけどさぁ……」

 悪びれもせず笑う志津恵にブルーは納得が行かない様子だった。

 一方ミカは再び軍刀を構え直し、そのチェーンソーを警戒していた。

 双子の指示を待つことも無く節子はその巨体を震わせながら動き出す。ミカへ向けてその鎖鋸を繰り出してきた。

(くっ……! デカイ癖に早い……!)

 その巨体に似合わぬ機敏さで鎖鋸が迫ってくる。回避が間に合わぬと悟り、ミカは軍刀で真正面からそれを受け止めた。

 金属同士が削り合うけたたましい音が室内に鳴り響く。かなりの力で鎖鋸が刀へ押し付けれられ、受け止めたミカの小柄な身体が沈み込んだ。

「あっ! あのおバカ! 散々メカ女に直で受けるなって言われたのに!」

 ミカの行動を見たブルーが縁側から身を乗り出す。そのまま両手でメガホンを作り呼び掛けた。

「ミカ! 早く受け流せー! そのポン刀の特性知ってんだろー!」

 金属音が鳴り響く中、ミカの犬耳にもブルーの声が届く。しかし節子のパワーに押され動くことが出来ない。必死に両足に力を入れて踏み止まるが段々と押し込まれていった。

「そんなヤワイ刀じゃ節子のチェーンソーに耐えられ――あれ?」

 節子の隣で浮遊していたイツキが首を傾げる。猛烈な勢いでソーチェーンがミカの軍刀を削り折ろうとしている筈だった。

 しかし――逆に鎖鋸の方が煙を上げ、壊れ始めていた。

「イツキ……! チェーンソーがこ、こわれちゃいそう……!!」

「なーにー!?」

 双子が驚愕の声を上げる。ミカへ向けて振り下ろされた節子の鎖鋸を軍刀【無銘】は完全に受け止めていた。

 一切の傷も刀身に無く、壊れる気配も無い。むしろ相手の鎖鋸の刃を削り取っていた。

「ぐぬぬぬぬっ……!」

 ミカは必死に歯を食い縛り、軍刀を支える。想定以上の硬度の物にぶつけられたその負荷から節子の裾の中に仕込まれたモーターは煙が吹き上げ始め、段々と回転が不安定になっていった。

「せ、節子! もう一回叩き付けろ!」

 慌ててイツキが命じる。それに応じて節子が左腕をもう一度振り上げて、ミカへと鎖鋸を即座に振り下ろした。

「あっ……!」

 既に限界を迎えていたミカはその攻撃に反応することが出来ず、今度はあっさりその刀ごと身体が床へと叩き付けられた。

「――むぎゅっ!!」

 短い悲鳴と共に床へカエルのように伸びるミカ。

『バトルアバ・ミカのヘルスが全て消滅しました。練習モードのためバトル開始直後まで状況再現を行います……』

「あれ?」

「あれ……?」

 ミカのヘルスが削り切られた事を知らせるアナウンスを聞き、双子は不思議そうにお互いの顔を見合わせた。

「そんなに攻撃したっけ?」

「まだ……だよ?」

 縁側でそれを見ていたブルーは深く溜息を吐く。

「はぁ……あの刀は耐久力が頭おかしいくらいある代わりに、ダメージ軽減機能が殆ど無いからな……」

 ブルーの見ているミカのステータスウィンドウには、見事に削り切られたヘルスゲージと一切耐久力の減っていない【無銘】が表示されていた。

「あんなデカブツの攻撃まともに受け続けたら、そりゃミカの方が先にダウンしちまうわ」

「なるほどねぇ。嬢ちゃんの方が先に折れちまったわけさね」

 志津恵の視線の先にはミカの側で転がっている無傷の軍刀【無銘】の雄姿があった……――。

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