第28話『悪い人ですねぇ~でもバカですねぇ~』

【ABAWORLD 違反者用拘束ルーム 通称『お仕置き部屋♥』】



「――ぷぺばっ!?」

 中空から落下してきたミカは身体が拘束されているせいもあり、受け身も取れずに床へ叩き付けられた。

「……うぅ……こ、ここは……?」

 ミカは床の上で身動き取れずにもぞもぞと動きながら周囲を伺った。

 全体的に赤黒い色彩の薄暗い部屋。装飾などは存在せず、どこかいつも使っているテストルームのような雰囲気を感じさせる。

 ――シュルシュル……。

「ようこそ~お仕置き部屋へ~」

 妙に間延びしたようなやる気の感じられない女性の声、それがどこからか聞こえてくる。ミカは何とか首だけ動かしてその声のした方を見た。

「初仕事がバトルアバとは私もラッキーですねぇ~」

 そこには黒いスーツを身に纏った一人のアバがいた。

 更に緑色の肌と緑色をした髪。その特徴的な姿から一瞬ツバキかと思ったが良く見ると違った。

「アババトル用のサーバーに過負荷掛けて落とすなんて、中々大それた事しますねぇ~どうやったのか知りませんけどぉ~」

 髪は編み込まれたようにショートで纏めてあり、サイドから一本の大きな三つ編みが伸びている。その先には真っ赤な花が一輪付いており、それが風も無いのに揺れ動いていた。

 黒いパンツスーツから緑色をした爬虫類のような尻尾が伸びており、それが床をシュルシュルと這い回っていた。

 彼女は何とも言えない薄ら笑いを浮かべながら床で転がっているミカの元へ近付いてくる。そしてこちらの顔を見下ろすように屈みこんできた。

「悪い人ですねぇ~でもバカですねぇ~」

 未だに赤いリングで拘束され動けないミカの身体をその緑色の指でツンツンと触ってくる。如何にも小馬鹿にするような口調で喋りかけてきた。

「今時、VPN(バーチャル プライベート ネットワーク)も通さないでそんなことしたら、五秒でお家バレちゃいますよ~」

※VPN 仮想回線。

 彼女はクスクスと笑いながらミカを嘲笑してくる。

「ま~だ推定有罪だから言いませんけど、お家のご住所もぜ~んぶバレちゃってますからねぇ~明日の朝刊乗るぞーてめ~」

 その軽いというかやる気の無いというか不思議な雰囲気に気圧されながらもミカはその人物へ尋ねた。

「あ、あの……あなたは一体……?」

「おや~? 違反者の癖に此方の名前を聞いてくるなんて生意気ですねぇ~でも今生の別れになるでしょうし、一応名前くらいは教えてあげましょうかぁ~」

 彼女は立ち上がると何故かビシッと指を天に掲げつつ決めポーズ(?)のような物を決めながら名乗った。

「デルフォニウム社所属~セキュリティ部門担当~! 『ヤナギ』でーす~! ――さぁて違反者さぁん~?」

 再び屈みこんできたヤナギと名乗ったスーツの女性はミカの顔を覗き込み、満面の笑みを浮かべる。

「どうやってサーバー落としたのか話してもらえますかぁ? そしたらちょ~っとだけ情状酌量の余地もありますよぉ~?」

「いや、あの……さっきから言っていることが良くわからないんですが……サーバーを落としたって……一体何のことなんですか……?」

 ヤナギの言っている事が理解出来ず、ミカはつい聞き返してしまう。それを聞いて彼女も首を傾げた。

「あれ~? まだ白を切るつもりですかぁ~? ちょっとお灸を据える必要があるかもですねぇ~」

 ヤナギがゆっくりとミカから離れる。そして予想外の言葉をその口から漏らした。

「行きますよぉ。エクステンドぉ~」

【BATTLE ABA YANAGI EXTEND】

 何時ものアナウンスと共にヤナギの身体が光に包まれていく。

(なっ……!? この人もバトルアバ……!?)

 驚愕するミカの前でヤナギの姿は異形の姿へと変化していった。

 彼女の下半身は地面から生えてきた植物の蔓のような物に飲み込まれた。

 そのままヤナギの小柄な身体を持ち上げるように空へ伸びていき、床で転がっているミカの身体に影を作る。

「ふふ~ん♪ 初めてですよぉ~エクステンド体を違反者に見せるの~これが初仕事なんで当然なんですけど~」

 上機嫌な彼女の声を余所にその身体は巨大化と異形化を遂げていく。

 下半身の蔓は緑色の大蛇のようにとぐろを巻き、尻尾の先に綿のような赤い花を咲かせた。

「な、な、な、な……!?」

 それは巨大な緑色の蛇妖。ツバキの時と同じようにスーツから派手な色のパレオに着替え、下半身が完全に蛇となったその姿。ガラガラヘビのように尻尾の花を揺らし、花びらを散らし、威嚇するように音を鳴らしていた。

(木!? いや蛇!? なんでデルフォの社員の人はこんなビックリドッキリバトルアバばっかりなんだ!?)

 目の前で完全なる人外化を遂げたヤナギに動揺するミカ。

「――ターゲット【ミカ】。スネーク・ヴァイン~」

 彼女の声とミカの身体に緑大蛇の尻尾が迫り、絡み取るように巻きついた。

「わっ!? うわぁっ!?」

 赤いリングが消滅した代わりに爬虫類を思わせる鱗の質感を軍服越しに感じ、ミカは思わず悲鳴を上げる。

「しゅるしゅるぅ~」

 ヤナギは自身でオトマノペを声に出しながら、尻尾ごとミカの身体を床から掬い上げるように空中へ持ち上げていった。

「あはは~捕まえちゃいました~」

 ヤナギは拘束したミカの身体を自分の方へ引き寄せ、その顔を覗き込みながら笑った。

「ちょ、ちょっと話を聞いてください!」

 ミカは身体を必死に捩って暴れるが、尻尾の拘束は堅固で一向に緩む気配が無い。

「――うっ! し、締まってる! 締まってますって!!」

 そうこうしている内に尻尾はギリギリと拘束を強め、ミカの身体を締め上げていった。

 ミカは呻き声を上げながら必死に抗議するが、そんな言葉など聞く耳持たんと言いたげにヤナギは少々怒ったような表情をしていた。

「絞めてるんですから、当たり前ですよぉ~。嫌なら早くサーバーを落とした方法を吐いてください~」

「ぐっ!? いや! ホント知らないんですって!! グェッ!?」

 段々と強まる拘束。痛みは無いが、かなりの圧迫感をミカの身体に与える。その苦しみに悶えながら必死に弁明するミカをヤナギは薄笑いを浮かべながら見ていた。

「またまた~悪い事やった人はみんなそう言うんですよぉ~ほらほら~吐いて楽になっちゃって下さいよぉ~」

「だから! 知らないって、言ってるだろー!」

「――ヤナギさん、それくらいにしておいて。彼は無実です」

 落ち着いた女性の声。聞き覚えのあるその声にミカは天の助けと言わんばかりに声の聞こえた方へ首を向けた。

「ツ、ツバキさん……!」

 ヤナギと同じような緑色の肌と髪。相変わらずウェーブの掛かった髪と背後から伸びる蔓を蠢かせながらデルフォニウム社員であるツバキがいた。彼女を見てヤナギが意外そうに話し掛ける。

「あれ~? ツバキ先輩、なんでここにいるんですかぁ~?」

 ツバキはゆっくりとミカとヤナギの方に近づきながら答えた。

「珍しくアババトルで違反者が出たと聞きましたので。そのご尊顔を拝もうと思いました」

 ヤナギはツバキの言葉に納得した様子で頷く。

「なんだそうですかぁ~。あっ。お仕置き、ツバキ先輩も混ざります~?」

「いえ、結構です。それと先程も言いましたが、彼は違反者ではありません――例の"Ⅳ"です」

 ツバキの言葉を聞いてヤナギは目を白黒させながら驚いた。

「うぇ~!? それマジですかぁ~!? あっちゃ~……早とちりしちゃいましたねぇ~今、解放してあげますから~」

 尻尾の拘束が急に弱まり、ミカの身体は空中へ放り出されるように解放される。そのまま落下し、床へと叩き付けられた。

「――おごっ!?」

 短く悲鳴を上げながら一度身体をバウンドさせる。衝撃で揺れる視界の中、ふと思った。

(……今日は……厄日だな……)

「大丈夫ですか、ミカ様」

 地面に蹲って身体を震わせていたミカをツバキが抱き起こした。

「ありがと――ヒィッ!?」 

 ミカは自身の身体を抱き起こした彼女の背中から伸びる蔓を見て、思わず悲鳴を上げた。

 前回の戦いですっかりツバキの蔓にトラウマを抱えてしまい、その蔓から離れるようにして慌てて立ち上がった。

 その様子を見て少しだけ傷付いたのかツバキが気落ちしたように目を細める。

「……色々と誤解があったようですね。我が社の社員がご迷惑をおかけしました」

 そう言ってツバキは深々と頭を下げてくる。それに習ってヤナギも慌てて蛇体ごと頭を下げてきた。

「申し訳ありません~とんだ御失礼を~」

「……誤解は解けたようで、良かったです」

 服の埃(仮想現実で付く筈の無い)を何時もの癖で払いながらミカは立ち上がると、少しだけ、本当に少しだけ怒りを滲ませながら二人の謝罪に応じた。

 流石の社員二人も気まずそうに顔を見合わせる。ツバキが話を切り替えるように口を開いた。

「中々普段は訪れる機会の無いこの部屋に来た事ですし、折角ですからペナルティを体験していくのはどうでしょうか、ミカ様」

「……私の中の常識ではペナルティは折角だからなんて理由で受ける物では無かった筈ですけどね。どうもABAWORLDでは違う常識が罷り通っているようですけど」

 ツバキからの意味不明な提案にミカは皮肉交じりに答える。ヤナギが先程まで行っていた誤認逮捕の悪行そして明らかに過剰な尋問を誤魔化すように明るい調子で言った。

「ほ、本当ならですね~軽度の規約違反者に対してはABAWORLD内での一定期間の無償労働(ボランティア)を課すんですよ~それが所謂ペナルティってヤツです~」

「……どうしてやってもいない罪の償いで無償労働(ボランティア)をしなければいけないんですか」

 ミカが色々と呆れながらそう反論すると、ツバキが自身の右腕を撫で、何かウィンドウを出しながら説明を続ける。

「本来なら無償なのですが、今回はしっかり時間給を支払いたいと思います。当然リアルマネーです――これくらいで如何でしょうか?」

 そう言ってツバキはミカの側へ寄ってくるとウィンドウの画像を見せてくる。ミカはその画像を覗き込んだ。

(うぇっ!? た、高い!? 俺のバイト先より全然高いぞ……! ど、どうしよう……)

 表示されている額を見てミカは悩んでしまう。正直なところ姉探しでこちらへ来てから一人暮らしをしているが――結構生活費はカツカツだった。

 どんな仕事内容なのかにもよるが、何にせよ普通にコンビニバイトをしていては到底得られないような額。それがこんな簡単に貰えるなら間違いなく一考の価値はあった。

「それにミカ様は大会に向けてバトルのお相手を探しているようですし、こちらから丁度トレーニング相手を求めているバトルアバからのご依頼を融通することも可能です――どうでしょうか?」

(うっ……トレーニング相手も斡旋してくれるのか……丁度相手いなくて困ってたしな……)

 ミカは暫く頭を捻って考え込んでいたが、結局その金額と魅力的な提案には抗えなかった。

「……わ、わかりました。それで妥協しましょう」

 如何にも渋々提案を受け入れたという体で自身のプライドを保ちつつ、その提案に応じた。実際は金に目が眩んで色々と誤魔化されたのだが。ツバキは了承を確認するとミカへ告げた。

「それでは明日のAM 06:00に指定の場所までお出で下さい。後で期間や内容の情報はメールでお送りいたします」

「え!? ず、随分朝早いですね……」

「一応はペナルティという体なので。ご了承下さい――今日は随分と部下がご迷惑をお掛け致しました……それでは」

 ツバキが指をパチっと鳴らすとミカの姿はお仕置き部屋から消えていった。

 完全に消えるのを確認してからヤナギがポンッという音と共に大蛇の姿から元のスーツ姿へと戻る。そのままツバキへ話し掛けた。

「ツバキ先輩~あのバトルアバが例の獣士なら、早く言って下さいよぉ~危うく挽肉にされるとこだったじゃないですかぁ~」

「……ヤナギさんがロクに確認も取らずに先走ったのが悪いと思いますが。幾ら初仕事とは言え上への報告無しに動くのは感心しません」

「そりゃそうですけど~」

「全く……」

 ツバキは一度溜息を吐いてからヤナギへ指示を出す。

「明日はヤナギさんが彼に一日付いてあげて下さい。当然、違反者への監視という体で」

 その言葉にヤナギは身体を一歩引かせて信じられないと言った表情を浮かべた。

「ちょっ、ちょっと待って下さいよぉ~今日みたいに暴れられたら私じゃ止められるわけないじゃないですかぁ~まだ私の『ヤナギ』、獣素子未搭載なんですよぉ! 粗びき蛇肉団子にされちゃう~」

 狼狽するヤナギ。ツバキは問題ないと言いたげに腕を組んだ。

「今回の様子を見るに彼のバトルアバは自己修復が最終段階になっています。暴走は余程の事が無い限り、ありえません。元々、暴走を起こすような代物では無いのですから、アレは――今日の事は病み上がりでちょっと"ご機嫌斜め"と言ったところでしょう」

「そのご機嫌斜めが怖いんじゃないですかぁ~ツバキ先輩だって板寺特別顧問と戦った事あるんだから知ってますよねぇ~"アレ"の恐ろしさ~うぅ……思い出したくない~」

 何かを思い出し全身をくねくねと揺らして恐怖に打ち震えるヤナギ。それを横目で見ながらツバキは続ける。

「どちらにせよ、暫くは経過観察が必要です。何かあったら独断で動かず、"必ず"私へ連絡を入れてください。分かりましたね?」

「……はーい。私も準備するのでお先に失礼します~先輩~」

 渋々と言った様子でヤナギは頷き、その場から姿を消した。

 一人お仕置き部屋に残されたツバキは深く溜息を吐いた……――。






【ABAWORLD CASINOエリア 多目的運動場】





 ――ドゥゥゥン……ボォォォン。

 遠くから砲撃と爆発による鋼鉄の咆哮が鳴り響いている。

 砂漠のように砂が敷き詰められたフィールドには大小様々なクレーターが出来ており、更にそこへ一攫千金の夢に敗れた"敗北者"たちが倒れ伏していた。

『うぉぉぉぉぉぉ!』

 そんな敗残者たちを飛び越えるように様々な姿をしたアバたちが、我先に砂漠を踏破せんと雄叫びを上げながら爆走していた。

 彼らの目指す先には【GOAL!】と描かれた紅白の横断幕がある。そこへ到達するために他のアバを押し退け、罵倒し、醜い争いが発生している。

 ――ヒュルルル……。

「ほあぁぁぁぁあ!!!」「ひぃぃぃぃぃ!!」「うげぇっ!?」

 そんな彼らを邪魔するように上空から大小様々な砲弾の雨が次々に降り注ぎ、閃光と爆風の嵐と共に醜悪な争いを解決していった。

「さぁ! 一攫千金を浅ましく狙う屑共が今日も最期の徒花を咲かせていきます! それを安全地帯から眺めるっ! なんと贅沢でしょうか!? これぞ至福の時!」

 死屍累々の戦場から少し離れた場所。そこに一際高い台が設置されており、人影が一つあった。

「おぉっと! 醜い足の引っ張り合いだー! しかしそれを制するように砲弾が降り注ぐ! 両成敗! どっちも吹っ飛んだー!」

 カエルを思わせる着ぐるみを頭に被ったアバがその台に立ちながら、遠方で起こる爆発を見て実況を行っている。そして――その横に巨大な黒鉄の【要塞(フォートレス)】が鎮座していた。

「……黒檜(クロベ)。仰角二十度、一番二番……撃て」

 その要塞の甲板上。そこで何とも言えない複雑そうな表情を浮かべながら命令を行っているミカの姿があった。

 ミカの指示で黒檜の主砲から轟音と共に撃ち出される二発の砲弾。その巨弾は放物線を描きながら目標の砂地へと着弾し、大爆発が起きた。

 爆風が甲板上のこちらまで届き、軍帽が飛ばされないように押さえる。実況をしていたカエル顔のアバも興奮したように捲し立てた。

「おぉー!! 凄い爆風です! こちらまで届きました! 金目当ての屑たちが空中で木の葉のように舞っています! 今までの人生で一度も舞えた事の無い彼らですが! 今日! この日! 初めて舞っています! 美しい光景です!」

(……何か凄い実況だなぁ……。幾ら実際のお金が貰える配信番組だからって参加者のアバにあんな色々言っちゃって大丈夫なのか……?)

【フロッガープレゼンツ ビッグ・ストーム・キャッスル】

 それがこのネット配信番組の名前だった。

 ABAWORLD内で定期的に配信されている視聴者参加型バラエティ番組。

 参加者は用意された幾つものステージをクリアしていき、晴れて最終ステージをクリアすれば高額賞金……しかもリアルマネーが貰えるというかなり豪華な番組だった。

 ミカはその参加者――ではなく所謂演出用のエキストラとしてここへ仕事に来ていた。

 仕事はゴールへ向けて迫ってくる参加者アバたちを砲撃で妨害するという倫理観に問題が色々とありそうな内容。

 この番組中のみバトルアバの攻撃が普通のアバへ当たるという特別仕様で参加アバたちを吹き飛ばす事が出来る。そのために黒檜へ搭乗して、黙々と指示出しを行っていた。

 ――ピコンッ。

 電子音が鳴り、ミカは横目で見ていた実況のアバから目を離す。そして顔を再び正面へと向けた。

 そこには幾つかのウィンドウが表示されており、砂地全体のマップと"番組側"からの色々な指示が書かれたカンペが映し出されている。ウィンドウの一つが淡く発光し、番組側からの新たな指示が伝えられた。

(……えっと……次は――『先頭を走ってるアバを攻撃』? ……先頭は――)

 カンペに書かれた指示に従い、ミカは脱兎のごとく砂地を走るアバたちの先頭を見た。悲鳴と怒号の上がる集団の中から、一人のアバが抜きん出ていた。

 他のアバたちからの妨害を華麗に躱し、砲弾の直撃をギリギリで躱していくそのアバ。その姿にミカは見覚えがあった。

(……あれ556(ゴゴロー)さんじゃん……何やってんだあの人……こんなところで……)

 相変わらず見事なまでに真っ白な骨格標本。頭に被った黄色いソンブレロがチャームポイントのアバ。556が先頭を軽やかに疾走していた。流石に"身"が付いていないだけあって身軽だ。

(……あっ。目が合った。この距離でよく気が付いたな……あの人)

 砂地と黒檜からは相当な距離がある筈だが、556がこちらに気が付いたのか手を振りながらウィンクしたのが見えた。

 まるで見逃して♥と言わんばかりのその動きにミカはこのまま攻撃を加えるべきか悩む。

 ミカは静かに後ろを振り向いて黒檜のカメラアイと相談するように目を合わせる。その赤い瞳は既に遠方の556を捉え、命令を今か今かと待ち兼ねていた。

(そりゃそうだよな……手抜きはダメだよな――)

 素早く顔を前に向けたミカは右手を大きく前に構えて、叫んだ。

「――……黒檜! 全砲門解放! 目標【556】!」

 その指示に従って黒檜の兵器が同時に稼動を始めた。照準を終わらせた全ての砲口が爆走している556の前方へ向けられる。

「――っ撃ぇ!!!」

 ミカの絶叫のような攻撃命令と共に黒檜の砲塔群から暴風のような砲弾の嵐が放たれた――。




「いやー今日は助かりましたよ、ミカちゃん」

 すっかり砲撃音が止み、砂漠も消失してシンプルな運動場へと姿を戻したこの場所でミカと司会者のカエル顔のアバは談笑していた。

「ど、どうも……お役に立てたようなら幸いです」

(あ、あれで良かったのか……? 俺、砲撃で参加者を一方的に吹っ飛ばす事しかしてないけど……)

 内心、自分の行動が正しかったのか疑念を抱きつつ、出来る限り表情を取り作って答える。カエル顔アバはそれを見て朗らかに笑った。

「アハハッ! そう謙遜しなくても充分だったよ! 充分! 普段は砲撃担当バトルアバの『鏡月(キョウゲツ)カノン』ちゃんって子がいるんだけどね。風邪引いちゃってダウンしちゃったからさー」

「それは……大変ですね。そのバトルアバさんも大丈夫なんですか?」

「大丈夫大丈夫。夏風邪だったんだってさ」

 ――ザワザワッ……。

 人のざわめきがミカの犬耳に届いた。音の方を見ると少し離れたところで最初のステージを突破したアバたちが次のステージの説明を受けているのが見える。

(……556さんどうやってあの砲撃搔い潜ったんだろ……かなり本気で狙ったのに)

 その説明を受けているアバたちの中にあの骨格標本の姿があった。

「いえ~い! 区間賞ゲット~!」

 彼は両手に賞金のプレートを掲げながら、嬉しそうに綺麗な白い歯を見せて笑っていた。

 ミカが横目でそんな556を見ていると司会のアバが口を開き改めて感謝してきた。

「ホント本社(デルフォ)さんに代役頼んで良かった。あんな短時間でベストマッチな子見つけてくれるなんてさ。キミもありがとね、ギャラはデルフォ経由で送金しておくから。あっ、そうだ――」

 彼は自身の右腕を撫でてウィンドウを出現させ、そのまま操作した。

 ――ピコンッ。

 電子音と共にミカへフレンド登録が送られてくる。

「もし番組また出る気あったら、連絡してね。それこそカノンちゃんとのダブルステージとか面白そうだし」

「か、考えておきます」

 社交辞令で一応答えるミカ。そういう態度にも慣れているのか相変わらず司会のアバは笑顔を崩さなかった。

「それじゃまたの機会にね――さぁーて! ファーストステージを生き残った屑共の皆さーん!」

 さっきまでの丁寧な態度とは打って変わって、司会のアバは突破者たちを小馬鹿にするような態度で声を掛ける。彼は調子良く説明を続けた。

「次のステージは『ドキっ! 頭を出したら即狙撃!? 鬱蒼たる黒い森』でーす! な、なんと! 【ハルピュアワークス】様所属のバトルアバ『紅鴉(ベニカラス)の楓(カエデ)』さんが潜んでいる森を駆け抜けてもらいます!」

 そのバトルアバの名前を聞いて突破者たちが騒めいた。

「マジかよ……今回突破無理かも」「げぇ……楓ちゃんかぁ」「あちゃー外れ回じゃん」

 余程手強いバトルアバなのか、突破者たちが口々に諦観の声を漏らした。

(楓……? そんなに強い人なのかな。あの人たちの反応を見る限りかなり――)

「ミカ様~お迎えに上がりましたぁ~」

 気の抜けた声が背後から掛けられる。思考を中断して振り向くとスーツ姿のヤナギが立っていた。

「あっ、ヤナギさん。お仕事終わりましたよ」

「はい~……サボらずちゃんとやりましたかぁ~?」

 イタズラっぽく尋ねてくるヤナギにミカは先程の一方的な砲撃を思い出して、目を逸らして口籠る。

「……ちゃ、ちゃんとやりましたよ……」

 ミカの不審な態度にヤナギは少しだけ首を傾げるも、特に気にも止めずに直ぐに話を続けた。

「それでは~次の仕事場に向かいましょうか~私に着いてきて下さい~」

 彼女はミカに先んじてどこかへ向かって歩き出す。ヤナギの言葉に従い、その後を自分も着いて行った。

 その場から去る寸前に後ろを軽く振り返って、突破者たちの方を見る。そこには次のステージへ進んでいく556の姿があった。

(……頑張って下さいね、556さん……!)

 静かに心の中でエールを送るミカ。先程、優先して砲撃対象にして蹴落とそうとしたことはすっかり頭から抜け落ちていた――。








【ABAWORLD MINICITY SHOPPINGエリア カフェ『守護者たちのおもてなし』控室】




「嫌ですよ!! こんな服ぅ!! なんでメイドやらなきゃいけないんですかっ!!」

 ミカの拒絶の声が控室に響く。必死に抵抗するミカを羽交い絞めにするようにメイド服を着た牛顔の獣人が抑えつけていた。

「おかしいじゃないですか! メイド服着て接客するなんて! 大体NPCにやらせりゃ良いじゃないですか!! なんでわざわざお茶運ぶんだよ! 飲めるわけでもないのに!」

 身の丈二メートルはありそうなそのアバに小柄なミカはすっかり拘束され、ズリズリと引き摺られていた。

「イベント中は中身肉入りがウチのカフェの売りなの! 大丈夫だよ! ちゃんとバトルアバも着用出来る特別仕様だから! それにメイド服じゃなくて給仕服! そこ間違えるとリズ店長にぶっ(ピー)されるよ!」

 彼女はそのゴツイ見た目に見合わない可愛らしい声で色々と誤魔化しながら、ミカを直立したタイ焼きの型みたいな機械の方へ引っ張っていく。

「そういう問題じゃない!! 男としての尊厳の問題なんですよ!!」

「元から可愛い服着てる癖に、今更気にしても仕方ない――よっ!」

「うげぇ!?」

 牛獣人メイドが思いっ切りミカを機械の中に無理矢理押し込んだ。

「行くよーラブ注入♥」

 無情に牛獣人メイドが機械の蓋を閉める。それと同時に機械から不気味な桃色の光が溢れた。

『サイズチェック中……リサイズ完了。リテクスチャを開始……完了。愛情を注入中……』

 ――ブゥゥゥン……ポンッ。

 作業が全部完了したのか蓋が開き、中身のメイドが排出された。

「うぇぇぇ……」

 普段と違う衣服を無理矢理着せられ、その違和感に思わず呻くミカ。今までの軍服ワンピースに慣れていたせいで忘れていたスカートのスースーする感覚を思い出し、今更ながらに赤面した。

「あらー可愛らしい給仕が完成したじゃない! やっぱりバトルアバだけあって元のモデリングが良いから衣装も似合うなぁ~」

 牛獣人メイドがミカの姿を見て両手を合わせながら褒める。

 頭部に被った純白のフリルキャップ。そこから生える灰色の犬耳。上下で揃えた黒い給仕服。その上から纏った清潔感のある純白のエプロン。相変わらず灰色の尻尾がスカートから飛び出し、本人の気持ちを代弁するかのように力なく垂れ下がっていた。

「……せめて執事服みたいなスタイルにしてくれぇ……」

 自身のあられもない姿に絶望しながら、ミカは情けない声を上げていた。

「あれ? 犬耳と尻尾が生えてる……そんな機能あったっけこれ……」

 ミカの耳と尻尾を交互に見比べ不思議そうに首を傾げる牛メイド。

「ま、いっか! 可愛いし!」

 直ぐに満面の笑顔を浮かべて切り替える。未だに項垂れているミカへ指図した。

「さぁ! ご主人様たちがお待ちかねだよ! ガンガン接客してね!」

「嫌だぁ……いっそ(ピー)してくれぇ……こんな仕事だと知ってたら絶対来なかったぁ……」

 そのまま牛メイドに引き摺られてミカは控室から出て行った――。






【ABAWORLD MINICITY SHOPPINGエリア カフェ『守護者たちのおもてなし』】




 格式高い洋装の店内。幾つものテーブルが並び、そこでは様々な給仕服に身を包んだ店員たちが、思い思いの時を過ごしているご主人様たちへ静かに接客を行っていた。

 店長であり、給仕長、そして更にバトルアバでもある『アーマーメイド・リズ』が経営するカフェ。

 定期的に開催される特別なイベント中しか開店せず、NPCを使わず、本物の人間たちがアバを纏い、専用の制服を着用して接客することが売りのABAWORLD内でも特異な店舗。

 利用にリアルマネーが必要という敷居の高さながら『リズ』給仕長の拘りに拘りを重ねたその作りで、確かな人気があった。

 そんな中、奥まった場所にあるテーブルの一つに犬耳の生えたメイドと一人の客がいた――。

「こ、紅茶のおかわりは如何ですか、お嬢様」

 ミカは顔を引き攣らせながらも、必死に笑顔を作り、椅子に座っているお嬢様へティーポッドを差し出す。

「――尋ねる前に注ぐという気を利かせられないのですか、駄犬」

 そう言って紫色のローブに身を包んだ魔女は偉そうに右手で持ったティーカップをミカへと差し出した。

「も、申し訳ありません……お嬢様。わ、私が至らぬばかりに」

 そう言って謝りながらカップへ紅茶を注ぐミカにその魔女……バトルアバ『ガザニア』は傲岸不遜な態度を崩さず、呆れたように言った。

「はぁ……本当に使えない駄メイドですね。これを表に出すと店の品位が落ちそうです。再教育が必要でしょう」

(このやろ~! 好き勝手言いおってからに――大体、なんであんたがこんなとこに居るんだよぉ~!!!)

 この状況に陥った原因はガザニアの一言にあった。

 慣れないながらも必死にカフェで給仕をしていたミカ。少しずつ仕事を覚え、何とか熟せるようになった頃――あの"魔女"は現れた。



 ――……駄犬。こんなところで何をしているのですか――

 ――いらっしゃいませ、ご主――ゲェッ!? ガ、ガザニアさん!? ――

 ――……リズ。特別料金システムは有効ですか? あるならばこの者を私に付けてください――

 ――畏まりました、お嬢様――




 何故かカフェを通り掛かったガザニアが『この駄犬を私の専属にしなさい』と宣って店長のリズへ特別料金を払い、何故かそれが通ってしまった。

 その結果がこの一々、彼女に"毒"を吐かれながら給仕をさせられていびられている現状である。

 ミカは何でこんなところに彼女がいるのか気になりつい尋ねてしまった。

「ガ……お嬢様は今日はどのような御用時で、こちらへいらしたのですか?」

 ミカが質問するとガザニアはティーカップの中の紅茶を揺らしながら答える。

「散歩です。既に公式よりバトル禁止期間が通達されていますので、ゆっくり歩けますから」

「散歩……」

(ガザニアさんくらい強いんじゃ歩いてるだけで戦い挑まれまくるだろうしな……そりゃこの期間じゃないと落ち着いて散歩なんて出来ないか)

「……そう言えば駄犬も大会へ出場するようですね。エントリー欄に名前が記載されていました」

「あっ。は、はい……出ます。大会に出場します。優勝が目標……です」

 ミカは、はっきりと自身の言葉で答える。ガザニアはそれを聞いてカップをテーブルに置き、少し黙っていた。それから改めて口を開く。

「――その様子では一応、向き合うべき物が見つかったようですね」

「……はい」

「――見つけた結果がこんな場所でメイドごっこですか。随分とまぁ……変な方向を向いているようですね」

 皮肉交じりのガザニアの言葉にミカはバツが悪くなりながら弁解する。

「い、いや……それには色々と事情がありまして……」

「大方、資金繰りにでも困ったのでしょう。見るからに金勘定が緩そうな顔をしていますし」

(どんな顔だよ!)

 内心で突っ込みながらもギリギリの所で笑顔を崩さず、ミカは口元をピクピクさせつつも耐えた。ガザニアは目を瞑りながらカップの紅茶を口運ぶ(本当に飲んでいる訳ではないが)。そして呟いた。

「……もし大会で相まみえることになるならば、私は――」


「お~い! ミカぁ~! ご主人様が来てやったぞー」

 その場の静かな雰囲気に似合わない軽薄そうな声が店内に響き、ガザニアの言葉が中断された。

 聞き覚えのある声に振り向くとそこに青髪の自動人形の姿がある。ミカは直ぐにそのアバが誰か気が付き、声を掛けた。

「ご主人さ――違うっ、ブルーさん! どうしてここに?」

 ブルーは手を振りながらミカのいるテーブルへ近付いてきた。

「お前がなんでかメイドやらされてるって怪情報がフォーラムに流れてたからさ。流石にマネージャーのオレとしては黙っていられなかったってわけ」

「……何時の間に私のマネージャーになったんですか……」

「そりゃお前のオペレーターやり始めた時から。大体、昨日だっていきなり消えるから何事かと思った――うぉっ!? し、紫紺龍の髭『ガザニア』!?」

 話している途中でブルーが椅子に座って紅茶を嗜んでいるガザニアに気が付き、驚きの声を上げて飛び退いた。彼女はそんな反応にも慣れていると言った様子で尊大な態度を崩さず、ミカへ給仕を要求してきた。

「駄犬、お茶が空です」

「あっ……! は、はい! 申し訳ありません、お嬢様!」

「全く……本当に気の利かないメイドだこと」

 変な主従関係を構築しているミカとガザニアを見て、流石のブルーもなんだこいつらみたいな表情を浮かべていた……――。

「……お前ら一体何があったんだよ……」

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