第27話『さっさと行けよ! 馬鹿狼!』

【ABAWORLD 居住エリア M.moonのマイルーム】


 打ちっぱなしのコンクリートが目立つ室内。

 窓も無く、家具もこれまた簡素な椅子とテーブルが置かれているだけで、殺風景だった。

 この部屋の主がどんなイメージしているのか謎だが、何故か壁のラックには銃器類が並べられている。その部屋のコンクリートの床に座り込んでM.moonとミカの二人がウィンドウを眺めながら何やら話し合っていた。

「スポンサーは……【片岡ハム】で――」

「試合数は大丈夫なの? 後、生年月日は?」

「大丈夫、です……誕生日も入ってますし、ちゃんと足りてます」

 二人は何度も、何度もウィンドウに表示されている情報を見比べ、その度、お互いに確認し合っている。その姿をブルーが壁に寄り掛かりながら呆れたように見ていた。

「おめーらさぁ……いつまでそうやってウィンドウ眺めて遊んでんだよ。さっさと出場ボタン押せや」

 いい加減我慢の限界と言った様子のブルーへミカが口籠りながら言い訳をした。

「で……でも……これ押したら本当に大会へエントリーしちゃうんですよ! やっぱりちょっと躊躇うじゃないですか!」

「あ、あたしとしても自身の作品が大会初出場だし! どうしても緊張するわよ! やっぱり! これから大勢に見られると思うと――ああああっ!!」

 そう言ってムーンが青い瞳を真っ赤に点滅させて、プルプルと全身を振動させている。

「ミカはともかく、お前って変なとこで弱メンタル発揮するよなぁ。いつもあんなに傲岸不遜な態度なのに……」

 ブルーは寄り掛かっていた壁から離れると、二人の方へ近付いてきた。

「ミカ、お手」

「へ?」

 ミカは反射的にその言葉へ従ってしまい、右手をブルーの方へ差し出した。

 彼はその手を乱暴に掴むとそのままウィンドウへ強引に押し付ける。

 ――ピコンッ。

「あ」

 ブルーによって押し付けられたミカの手はウィンドウに表示されていた【エントリー】ボタンを見事にプッシュしていた。

『【片岡ハム】所属 バトルアバ『ミカ』 の 【第八回日本チャンピオンアバ決定戦】 エントリー が完了しました。後日、大会についての規約及びマニュアルが登録住所に郵送されますので、必ず目を通してください』

 アナウンスがマイルーム内に響く。ミカとムーンは思わず声を漏らした。

「あぁ……遂にエントリーしてしまった……」

「これでもう逃げられないのね……」

 ブルーはミカの手を離し、アホかお前らと言いたげに腕を組む。

「今更、躊躇ってもしょうがねえだろ。それより、大会へ向けて準備しろ、準備!」

「じゅ、準備と言われても……普通のスポーツなら走り込みとかすれば良いですけど、仮想現実じゃ何をしていいか……この前、ゆーり~さんとやった練習アババトルみたいな事で良いんですかね……?」

 前回のお披露目会の後、ミカとゆーり~はお試しとして何度もアババトルをテストルームで行った。

 その時は色々と試したりしている内に、途中から熱が入り、結局二十回近く試合をやってしまっている。最後はお互いに疲れ果てて、ムーンからドクターストップが掛かった。

「あんたたち、この間はアホみたいにバトルやってたわねぇ。最終的にあのアイドル崩れ、何か火ぃ、点いちゃって『決めたモフ! 出るつもりなかったけど、ゆーり~も大会出るモフ! やるモフ~!』とか言ってたけど……」

 ムーンの妙に上手い口真似にミカは苦笑いを浮かべた。

「……アハハッ。でもゆーり~さんと大会で会えると良いですね。大舞台で一緒に戦えたらきっと楽しいですし……」

 ゆーり~と大会で当たる事を夢想するミカにブルーが水を差してくる。

「それなら一回戦で当たる事祈れ」

「え? なんで?」

「あの山羊女もお前も二回戦進めねえだろうから」

「……負けること前提なんですね……」

「むしろ勝てると思ってんのか、お前? 始めたばかりのニュービーの癖に」

「さ、最初から負ける事考えるのは良く無いって姉さんも言ってましたし……」

 ミカの言葉にブルーは呆れたように続けた。

「そんなに簡単に行くなら苦労せんわ。やっぱり事前に準備と対策する必要あるだろ。靴に画鋲仕込んだりとか、フォーラムで相手の悪評バラまいてロビー活動とかさ。後、審判買収とか。こういう手段を選ばぬ対策を講じてこそ、その先に勝利があるもんだ」

 次々とスポーツマンシップの欠片も無い悪逆非道な行為を羅列していくブルー。その聞くも無残な行為にムーンが溜息を吐く。

「……まぁ、そこの青髪の言うことはともかくとして、とにかく大会まで日が無いし? 一戦でも多くバトルの経験を積んだ方が良いわね」

 反論するようにブルーが口を開く。

「そうは言ってもこの時期のバトルアバはメール入れてバトル申請しても受けてくれねえだろ。シティで辻斬りしようにも殆どのヤツは出歩かないようにしてるし。それにもうすぐ大会前の公式バトル禁止期間入るしなぁ。やっぱロビ―活動しかねえよ」

「……出来れば大会前に出場取り消しされそうな手段は、辞めて頂きたいですけどね――武蔵丸さんに練習頼んでみましょうか」

 ミカが提案すると直ぐにブルーが両手でバッテンを作る。

「無理無理。あいつは獅子王との地獄スパーリング中に付き、多忙ってSNSで告知してたわ。少なくとも今週中は無理だろうな」

「それじゃどうすれば……」

(困ったな……練習相手がいないってのは予想してなかった。誰か今まで知り合ったバトルアバの人たちで戦ってくれそうな人は……)

「――……あっ」

 そこまで考えてミカはある人物を思い出す。自分が連絡すれば意気揚々と殴り込みを掛けてくるバトルアバに一人……いや一匹だけ心当たりがあった。

 ミカは未だに水掛け論を話し合う二人へ遠慮がちに声を掛けた。

「あの……一人だけ心当たりがあります」

「あ? いた、かそんな、の――あぁ……そういう事。お前の彼氏か」

 ブルーは最初疑問符を浮かべていたがミカの言っている心当たりに気が付き、嫌そうに口元を歪めた。

「……勝手に彼氏扱いしないで下さい。ただあの人なら私が連絡入れれば速攻お返事来ると思います……」

「そりゃそうだがなぁ……顔合わせたくねえなぁ、オレ。アイツお前にボコられてから暫く大人しかったけど、最近は復活してんだぞ。ここでお前が負けたらマジで調子に乗るだろうし……あんまり気が乗らねえなぁ……」

 二人のあまり気の進まないと言った様子にムーンが何事かと口を開く。

「あんたたち誰の事言ってんのよ?」

 ミカは重々しくその名を口にした。

「……ウルフ・ギャングさんです」







【ABAWORLD MINICITY PLAYエリア アバレジャーランド前】





「ちんちくりん!! テメーをぶっ飛ばす! この日を! 俺様は! ずっと! ずっと待ってたぜぇぇぇぇぇ!!!」

 その雄叫びのような大声にゲームをプレイしていた周囲のアバたちが皆何事かと振り向く。間近にいたミカとブルーはその大声に耐えきれず、思わず耳を塞いだ。

「あーうるせー……一々叫ぶんじゃねぇよ」

 ブルーは非常に嫌そうな顔しながら耳元から手を離す。

「……相変わらずですね、ウルフさん……」

 ミカは目の前で雄叫びを上げているラッパーのような姿の"狼男"に呆れていた。流石に周囲へ迷惑が掛かるのを危惧してか、お付きの可愛らしい感じの狼獣人のアバが止めに入っている。

「坊ちゃん……! 他の方々の迷惑になりますから、もう少しお静かに……」

「うるせえっ! これも俺様の売りなんだから良いだろ!」

「そうですが……」

 バトルアバ【ウルフ・ギャング】。

 ミカが一番最初に戦うことになり、そして勝利したバトルアバ。ある意味、アババトルを始める切っ掛けにもなった男。しかし当時とは彼の姿は大きく異なっていた。

(何か……身体大きくなってる? それに顔が……)

 ウルフの姿は前戦った時と服装は変わらないが頭身が大きくなっていた。

 前も自分の身長よりは大きかったがそれよりも更に巨大化している。顔もどこか整ったというか前の粗暴さ全開という顔から少しだけ人間味(狼男モチーフでそれも変だけど)のある顔になっていた。

 どうやら彼も自分と同じようにバトルアバのアップデートを行ってデザインが変わっているようだ。それにしたって大きすぎる気もするが……こちらとの体格差が凄まじいことになっている。巨人のようだ。

 ミカがしげしげとその姿を観察していると隣にいたブルーが小声で耳打ちしてきた。

「――……親に金出して貰って、デザ新調したんだぞあいつ……生意気だよな……――」

「そ、そうですか……」

 ミカがブルーの反応しにくい情報に戸惑っているとウルフは大口を開けながら、当時の事を思い出すように語る。

「テメーに負けた日の屈辱! 今思い出しても腸が煮えくり返りやがるっ! ガルルッ! あれからフォーラムで俺様を雑魚呼ばわりするヤツが増えて、しかも……何故か負けた時の画像が異常なまでに詳細で、しかも色々な角度から撮ったヤツが上がってるしよぉ!! ふざけやがって!」

「――……プププ」

 激昂するウルフの姿を見てブルーが右手で口元を押さえている。その邪悪な笑みを隠しながら、声を抑えて楽し気に笑っていた。ミカはその様子から画像を掲載した犯人が誰かを察する。

(こっちも相変わらずだなー……)

 呆れるミカを余所にウルフはその大きく太い指を差し向けてきた。

「しかしっ!! テメーから鴨がネギしょって来やがった今こそっ! ボコボコにしてやるから覚悟しやがれっ!! ガァルルルルルゥ!!」

 興奮したように両手へギリギリと力を籠め、鋭い爪を剥き出しにしながら咆哮するウルフ。また周囲のアバたちが何事かと振り向いた。彼のお付きのアバが再び止めに入る。

「……なぁ、ミカ。今からでも良いから帰らねえ? オレ、嫌なんだけど、こいつとバトルするの。耳が壊れちまうよ」

「……もう諦めましょうよ。あっちは完全にやる気ですし、今更逃げられません。それにバトルの経験は積みたいですし……」

「……あー……オレもメカ女みたいに拒否って帰るべきだったな~」

 ムーンはウルフ・ギャングの名前を聞いただけで『あいつの馬鹿デカイ大声聞いてるだけで、脳細胞が死ぬからあたしはパス』と言って、そのままログアウトしてしまった。

 ブルーは元々低いやる気が完全に削がれたようで、つまらなそうに地面をつま先で蹴っている。このままだと彼が帰りかねないと判断し、ミカはウルフへ声を掛けた。

「あの……私からお誘いしたのにそちらを待たせるのも悪いですし……そろそろバトルを始めませんか? バトルはこちらから申請しますので、マップは――」

「うるせぇっ! これは俺様のリベンジなんだよ! こっちがマップ選んだらリベンジにならねーだろうがっ!! オラっ!」

 ミカの提案を遮るようにしてウルフが自身の前にウィンドウを出現させ、そのまま乱暴に操作する。それと同時にアナウンスが流れた。

『――アバ・バトルが申請されました。バトル終了までログアウトが出来ません。ご了承ください――』

(……こっちが譲ってあげるって言ってんのになー……。幾ら対戦相手居ないとは言えウルフさんに試合申し込んだのやっぱりアレだったか……こんな事ならテストルームで巻き藁に射撃訓練してた方が良かったかも……はぁ……)

 バトル前だというのにテンションの下がり始めたミカ。そんなミカの様子に気が付かず、ウルフはその大口を開けて舌なめずりしながら、"獲物"を前にして更に興奮していた。

「テメーのデカブツ対策はしてるからなぁ……! 覚悟しやがれ……!!」

『――MINICITY、PLAYエリア、アバレジャーランドABABATTLEが開催致します。対戦カードは【ウルフ・トライブ】所属 ウルフ・ギャングVS【片岡ハム】所属 ミカ、となっております。試合開始は十分後を予定しており、試合のご観覧を希望するお客様はご予約のほどをよろしくお願い致します――』

「ウォォォォォォンッ!!!!」

 ウルフが一際大声で咆哮するのと同時に三人の姿はバトルフィールドへ消えていった――。





【ABABATTLE スタンバイルーム】




≪なんでぇ。折角あっちがリベンジ望んでるからマップも前の時と同じようにしてやろって思ったのに……メンテ中でやんの。他のマップ選ぶしかねえや≫

 周囲から淡い緑色の光が漏れているスタンバイルーム。ミカの正面に表示されているマップ【死火山跡地】には【メンテ中に付き、選択不可】の文字が重なっており、そこは選べないことが伺えた。

「他に良さそうなマップありますかね? アプデしたとは言え、ウルフさんが遠距離タイプなのは変わらないでしょうし、障害物が多そうなとこがどこかあれば……」

 ウィンドウに表示されている相変わらず悪そうな顔のブルーの顔画像へ向けてミカは尋ねる。

≪えーと……あぁ【破壊された旧市街地5】が良いな≫

 ブルーの通信と共に正面の画面に爆撃でも受けたように廃墟化した街が表示される。

≪ここなら障害物も充分。それに今のお前ならあの犬いるし高低差も活かせる≫

「……なるほどここなら良さそうですね。よし……! 行きます!」

 ミカは表示されたマップを直接手で叩いて選択した。そのまま周囲の手すりを掴んで降下へと備える。

『バトル開始一分前です。降下を開始します。射出時及び着地時の衝撃に備えてください』

 アナウンスが鳴り響き、スタンバイルーム全体が振動し始める。ミカは身構え、何時でも戦いを始められるように戦闘モードへと気持ちを切り替えていった。

 一際大きな振動と共に、急激な下方向への重力を全身に感じる。しっかりと手すりを掴んでミカはそれに耐えた。

 そんな様子のミカを見て、ブルーがふと呟く。

≪……何かお前も一端のバトルアバになっちまったなぁ≫

「へ?」

 ブルーの言葉に降下中のGに耐えていたミカは変な声を出して聞き返してしまう。スタンバイルーム全体に響く振動音の中、彼は続けた。

≪一番最初の時はあんなにビビッてたのにさ。今じゃ降下中にドヤ顔決めるくらい余裕あるし、すっかりバトルアバって感じだよ、お前≫

「……まぁ慣れましたから」

≪あの腰抜かしながら逃げ回ってたやろーとは思えないぜ。それでもまーだバトル中はへなちょこなのは変わらねえけどさ≫

「へ、へなちょこ……」

 狼狽えるミカにブルーが少しだけ真面目な雰囲気で伝えてくる。

≪……ま、今日辺りでそのへなちょこも卒業と行こうか。大会にも出ることだしな≫

「……そうですね。私もそろそろ卒業証書が欲しいと思っていました。何時までもブルーさんにひよっこ扱いされるのも杓ですし」

 ミカが冗談めかして答えるとブルーが少し通信機越しに笑うのが聞こえた。

 嘲笑というわけではなく、どこか楽し気に、楽しみに、嬉しそうに笑っている。

≪――そんじゃ、あのガルガル野郎に再びトラウマ刻み込んでやろうぜ。今度はあっちから会う気が無くなるくらいにな!≫

 ミカは答えず、ただ少しだけ口元に笑みを浮かべた。

 一際大きな振動と共にスタンバイルーム全体に衝撃が伝わった。

 スタンバイルーム内の壁が無機質な鋼鉄の物へと変化していく。正面の壁に二本の縦線が入り、そこからゆっくりと壁が前へ倒れていった。

『降下完了。バトルフィールドへ進んでください』

 ルーム内にアナウンスが流れると同時にミカはその足をバトルフィールドへと進めていった。

 降下ポッドから外へ出ると見るも無残に荒廃した廃墟のビル群が見える。空は灰色に染まり、雷鳴が時折見えた。崩れ切ったビル群の間。自然と目線は通りの向こう側へと向かった。

「ガァルルルル……!」

 正面に灰色の巨躯が見える。獰猛な顔つきを隠しもせず、ウルフ・ギャングがミカを見据えながら威嚇していた。今にも飛び掛かってきそうな程、興奮している。

 ミカはその視線から目を離さず、真っすぐに受け止める。最初に相まみえた時と違ってもう怖気つくような事は無い。幾多の経験が自身を戦いにふさわしい物へと変えていた。

【EXTEND READY?】

 エクステンドを促すウィンドウがミカの前に現れる。そのボタンにそっと手を置き、何時もの言葉を告げようとした。

「エクステン――」

≪ストォォォップ!! お前らストップ! どっちも止まれ!!≫

「――えっ!?」

「――あぁ?」

 突如、バトルフィールド全体にブルーの声が響く。本来ならばブルーの通信はミカにしか届かない。しかしオープン回線で呼び掛けたのかウルフもその声に反応し、二人は同時に何事かと顔を上げた。

「ブ、ブルーさん、一体どうしたんですか……!?」

「これからバトルだって言うのに水差すんじゃねえっ!! ぶっ(ピー)すぞっ!!」

 戸惑うミカ。バトルを中断されて明らかに怒っているウルフ。ブルーはそんな二人に構わず焦りを感じさせる口調で捲し立てた。

≪ウルフ! お前の親父がぶっ倒れた!! 今、病院に運ばれてるらしい!≫

「なっ……!?」

 ブルーの言葉に流石のウルフも大口を開けて驚愕の声を漏らした。

≪バトル中はお前らに連絡出来ないからオレの方に連絡来たんだよ!! 一旦バトル中止だ! 中止!≫

「ウルフさんのお父さんが……倒れた……?」

 ミカはその言葉に思わず"自らの父親"の事が頭を過る。


 ――残念ながら、彗星によって全ての医療機器がダウンして――

 ――手の打ちようがありませんでした――

 ――どうして……あなた……――

 ――お、俺が呼ばなければ……父さんはまだ――

 ――あぁぁぁ……!! 康夫さん……!! ――


 母の縋りつくような泣き声が頭の中でフラッシュバックする。自身の苦い記憶を思い起こし、ミカは歯を食い縛った。

 直ぐに顔を上げて自分のすべき事をブルーへ叫ぶように尋ねた。

「ブルーさん!! バトル中止はどうすれば良いんですか!!」

≪両方の同意があれば中止に出来る! 今、ウィンドウ出すぞ!≫

 ブルーの操作でミカの眼前にバトル中止用のウィンドウが出現した。

 色々な注意書きも同時に表示されたがミカはそれをロクに読まずに中止のボタンを叩いた。しかし――。

『相手選手からの中止同意を待っています……』

 無情なアナウンスが流れ、バトルは継続された。ウルフが何故かバトル中止に同意していないようだ。

≪――あぁ!? ウルフ、お前もさっさと中止押せよ! 何やってんだよ!!≫

 ブルーが明らかに怒気混じりの声でウルフへ中止を促す。だが彼はそれを無視して吐き捨てるように言った。

「……(ピー)親父の事なんか知ったこっちゃねえんだよ……! 今は! そこのちんちくりんをぶっ飛ばす方が優先だ!!」

「な、何言ってるんですか!! お父さんが……お前の父親が倒れたんだぞ!! バトルなんてしてる場合じゃ無いだろッ!! ま……間に合わなくなるかもしれないんだぞ……!! 父親のところへ行ってやれよ!!」

 ミカも興奮のあまり敬語が崩れさせながらも、必死にウルフを説得しようとする。彼は意地張っているのかそれでも中止に同意をしようとしなかった。

「うるせーんだよ! テメーは!! 一々、俺様の事情なんて気にしてんじゃねえよ! あー! エクステンド!!」 

 ウルフは怒り散らしながら叫ぶようにしてエクステンドを宣言した。

【BATTLE ABA WOLFGANG EXTEND】

 アナウンスと共にウルフの身体の各部の筋肉が隆起し、全身に力が入っていく。ブルーはまだバトルを優先しようとする彼に半ば呆れながらも怒鳴った。

≪馬鹿野郎! そんな事してる場合じゃ――≫

『こぉぉぉぉぉぉのぉぉぉぉぉぉ!!! おぉぉぉぉ! 馬鹿!! 野郎!!!!』

 ブルーの声を遮るように激怒したミカの声がフィールド全体に響いた――。





「ミ、ミカ……!? ど、どうしちまったんだよ……」

 聞いたことも無いようなミカの声にオペレータールームでブルーは困惑していた。普段のお人好しかつ間の抜けた感じからは想像出来ないほど激怒した声。しかもその声は明らかにフィールド全体を揺らし、身が竦むような不思議な力があった。

 ――ィイィィィィィィン。

 突如フィールド全体にガラスを擦り合わせたようなノイズ音が響く。何事かと思ってオペレータールームの柵からフィールドを覗き込む。

「な、なんだこれは……」

 フィールド全体が歪曲し、歪んでいく異様な光景がそこにあった。廃墟のビル群も地面も、全てが歪み、歪曲する。更に灰色だった空へ次々と亀裂が走っていく。ウルフもその異常事態に何事かと首を忙しなく左右に振って辺りを確かめていた。ルームから見える観客席のアバたちも何事か騒ぎ出して席から立ち上がっている。

 その歪みは渦巻きのようにどこかへと流れていく。そしてある一点へと集中していった。

 ブルーはその空間の歪みが集まる場所へ視線を送る。

「ミ……カ……?」

 その歪みの中心点に"それ"は居た。

 黒い影のような人型。それは周囲の歪みを吸収しながらゆっくりと大きくなっている。中学生くらいのサイズから大人くらいのサイズへと膨張した。

 辛うじて動物の耳、そして尻尾が薄っすらと見え、それが"ミカ"だとブルーは察した。しかしそれでも普段の子供のような身長からリアル頭身へと姿を変えているせいで、別人のように見える。

 その変貌したミカがゆっくりと右腕を振り上げる。頭上へと掲げた右手には辛うじてケモノの爪のような物が見えた。

「縺薙?繧上°繧峨★繧?′縺ゅ≠縺ゅ≠縺ゅ≠!!」

 ミカが何か理解出来ない言葉を叫びながら、その右手を地面へと叩き付けるようにして喰い込ませた。

 それと同時に周囲の歪みが一気にその叩き付けられた場所へ吸い込まれていく。

 それに合わせてフィールド全体が激しく振動した。

 そのバトルによるモノと明らかに違う振動を感じ、観客席からも次々に悲鳴が上がる。ブルーもその揺れに立っていられず、咄嗟に近場の柵に掴まって身体を支えた。

「がぁぁあぁぁ!? な、何が起きてやがるんだ!?」

 観客席やオペレータールームまで伝わる振動だ。当然フィールドにいるウルフもその振動に慌てふためき、膝を着いて困惑していた。

「マジでなんだこりゃ……」

 続く激しい振動の中、ブルーが未だにさっぱり状況を理解出来ず、困惑していると目の前に赤いウィンドウが現れた。

【原因不明の高負荷発生。安全確認のためフィールド内のアバ及びバトルアバを元座標へ転送】

「転送って――うぉっ」

 有無を言わさぬ強制転送が始まり、オペレータールーム、フィールドのバトルアバ二人、そして観客席のアバたちが消えていった――。






【ABAWORLD MINICITY PLAYエリア アバレジャーランド前】



 レジャーランドの前には急に元の位置へと転送され、困惑しているアバたちで溢れていた。先程、何が起きたのか理解出来ずに皆呆けたように周囲を見回している。

 その中に混ざってウルフギャング、そして……ミカがいた。

「うっ……」

 ミカは突っ伏すように地面へうつ伏せに倒れていた。

(頭が重い……何が起きたんだ……)

 奇妙な倦怠感と共に脳内にモヤが掛かったような感覚がある。先程までの記憶がはっきりとせず、自分でも何が起きたのか分からなかった。

(ウルフさんに怒鳴って……その後の記憶が……無い。気が付いたらプレイエリアに戻ってきてるし……)

 右手で自分の頭を押さえつつ、状況を確かめるために顔を上げた。

 目の前にはウルフがいた。大口を開けたまま呆然としており、地面に尻餅を着いて座り込んでいた。

 そんなウルフの元へお付きの狼獣人アバが慌てて駆け寄っていく。

「坊ちゃん!!! 戻ってきましたかっ! い、急いで病院へ……!」

「あ……え……? 坂崎……?」

 近付いてくるお付きのアバの方へ顔向けながら、未だに現実感の無いと言った表情を浮かべているウルフ。ミカは地面から顔だけ上げて彼へ向けて叫んだ。

「さっさと行けよ! 馬鹿狼! まだ間に合うだろっ!」

「お、お前……一体……」

 ミカの殆ど怒鳴るような言葉に流石のウルフも怒るより前に狼狽える。彼の隣にいたアバもミカの言葉に同意しながらウルフへ必死に縋った。

「あっちもそう言ってますから! 坊ちゃん、行きましょう……!」

「くっ……! お、俺様はこんな決着認めねえからな!! テメー大会出るんだろっ!! そこで……そこで! 首洗って待って――」

 最後まで言い切らずにウルフの姿がその場から消えていく。少し遅れてお付きのアバも消えていったがその消える瞬間にミカの方へ頭を下げるのが少しだけ見えた。

 その二人を見送ってからミカは顔を俯かせた。

(ウルフさんのお父さん……大丈夫かな……。でも……なんで俺、今更父さんの事をこんなに……)

 未だに心の中がぐちゃぐちゃになったような感覚があって、自分でも良くわからなくなっていく。ウルフの父親の状況と自分の――もう居ない父親の事を重ねてしまい、ただただ胸が締め付けられた。

「よぉ、暴れん坊。少しは落ち着いたか?」

 ふと頭の上から声が掛けられる。顔を上げてそちらを見ると腕を組んでこちらを見下ろしているブルーがいた。

「ブルー……さん……」

 彼は黙ってその右手を差し出してくる。ミカはその手を取って立ち上がった。

「一体さっきの大暴れはなんだったんだよ、お前。ドーンと来てガーンとぶちかましたと思ったらフィールドごとぶっ壊すし」

「ド、ドーンと来てガーン……? フィールドを壊したって……私そんなことを……どうやって……?」

 ブルーの抽象的過ぎる例えはともかく、自分がそんなことをしたというのは全く身に覚えが無かった。ただ何時まで経っても意地を張っているウルフへ怒った事までしか覚えていない。ミカ自分自身の行為に首を傾げて何とか思い出そうと頭をひねっていた。

「あんな訳の分からん事出来る辺り、やっぱ、お前の使ってるバトルアバって改造の疑いあるよな。一度運営へ通報して良い?」

「つ、通報はちょっと……それに私にも何が何だか……」

『――先程行われていたアババトルにて不具合が発生致しましたため、バトルを中止致しました。ご観覧のお客様にはご迷惑を――』

 そうこうしている内にPLAYエリア全体にアナウンスが流れ始める。そのアナウンスを聞いて周囲でたむろっていたアバたちも納得したようにその場から去っていくのが見えた。

 ブルーはそのアナウンスを聞きながら腑に落ちないと言った様子をしている。

「不具合ねぇ……ホントかぁ?」

 そう言って彼はミカの方へ疑うような視線を向けてきた。

「わ、私をそんな目で見ないで下さいよ。こっちも訳わかんないんですから――うぇッ!?」

 突如ミカの周囲に赤い発光する輪が現れた。

『違反者を確認。拘束します』

 アナウンスが流れ、反応する暇も無くその輪は狭まり、ミカの身体を拘束した。

「おわっ!? ミ、ミカッ!?」

 ブルーも驚き声を上げたが、それに答えることも出来ずミカの身体はどこかへと転送され消えていった……――。

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