第26話『バトルアバ・ミカの新しい姿! 刮目しなさい!』
【ABAWORLD デザイナーズテストルーム】
「さぁ! ミカくん! ひたすら走りなさい! 全力ダッシュよ!」
「こ、これ……ハァ・・・・・ハァ……何時まで……ハァ……やるんですか……?」
真っ白いテストルーム。そこに設置されたベルトコンベアの様な物の上を必死に走るミカの姿があった。
「後五分くらいだから走りなさい!」
ミカは耳と尻尾を必死に振り翳し、スカートを翻しながらひたすら全力で疾走している。既に走り出して三十分ほど経過しており、仮想現実とは言え疲れを感じ始めている頃合いだった。
疲労困憊しながら走り続けるミカを余所に、デザイナー『M.moon』は自身の手元に表示されたウィンドウのデータを眺め続けた。
「……基本的パラメーターは召喚タイプよね。当たり前だけど――足元に棘出すからジャンプして避けて」
「と、棘ぇ!? ――ヒィッ!?」
ムーンの言葉と共にベルトコンベアの表面に鋭利に尖った大きい銀色の棘が飛び出す。定期的に足元から襲ってくるそれをミカは必死にジャンプして避けた。
「これは! 絶対に! 関係無いだろ! なんで! 棘! 出す必要が! あるんだよ!」
既に息も絶え絶えだったミカは棘の出現により、更なる地獄の有酸素運動を要求され、必死にピョンピョンとベルトコンベアの上を飛び跳ね、棘を飛び越えていく。最早取り繕う余裕も無くムーンへ抗議していた。
「跳躍力とかチェックしているのよ。だから戦場で有刺鉄線避ける気持ちで、本気で避けなさい! スピード上げていくわよっ!」
「ふざけ――……っ!!」
ミカの抗議も空しくベルトコンベアのスピードは更に増していく。喋る余裕も無くなり足元だけ見て必死に飛び跳ねた。
「お~い。連れてきてやったぞ~」
全力で飛び跳ね続けるミカが聞き慣れた声に辛うじて視線をそちらに向ける。
青髪の自動人形【B.L.U.E】の姿と……相変わらずモフっとしている"アイドル"の姿があった。
「今日も~あなたとモフモフ♥♥(ラブラブ)! ゆーり~♥♥(ラブラブ)もふキュート♥(ハート)~!」
隣で見ていたブルーが呆れた様子で腕を組みながら彼女のダンスを見ていた。
「おう、メカ女。一応言われた通り召喚タイプのバトルアバ連れてきたけどよ。こいつで良かったのかぁ?」
ブルーからの疑念混じりの問いにムーンは操作しているウィンドウから目を離さずに答えた。
「注文通りよ。モルモ――テストには同じタイプがいた方が比較しやすいしね」
ゆーり~がムーンの不穏な言葉に顔を顰めながらダンスを止める。
「……今、モルモットって言わなかったモフ……? ゆーり~はミカくんの調整に付き合ってくれとしか言われてないモフよ……」
「バトルアバなんだから、多少のダメージには慣れてるでしょ。ノコノコ治験に来る方が悪い――ミカくん、そろそろ終わって良いわよ」
「え――ぶべぇっ!?」
急にベルトコンベアが停止し、全力で走っていたミカはABAWORLDの物理演算に従って、遥か後方へ身体が弾き飛ばされていった。
「ミ、ミカくんっ!? だ、大丈夫モフ!?」
「もうアップデートデータ入れたのか?」
「まだよ、これから」
床をバウンドしながら転がっていくミカを心配するようにゆーり~が声を上げた。既に慣れた様子のブルーとムーンは気にせず次に行う事を話し合っている。
「――よし。【アップデートデータ呼び出し】」
ムーンのその言葉と共に青く発光するクリスタルのような物が空中へと現れた。
「そ、それが私の……アップデータですか……?」
「ミカくん……しっかりするモフ」
ゆーり~に身体を支えられたミカが満身創痍の様子で近付いてきた。
ひたすら走らされたせいか、かなり消耗しており、エクステンドも解除され、元の素の状態へ戻っていた。
そんな姿を一瞥したムーンは空中に浮いていたクリスタルを手に取り、ミカへと差し出す。
「前の時みたいにパクっといきなさい。そこのアイドル崩れはつまみ食いするんじゃないわよ。完成済みのバトルアバにアプデ入れるとバグるから」
「食べないモフよ……」
ムーンの言葉に反論するゆーり~を余所にミカはそのクリスタルを手に取った。
もう流石に慣れていたのでそのままひょいと口に放り込む。何故か砂を噛んだようなじゃりじゃりとした触感が口の中に伝わり、遂、顔を顰めてしまう。
「……これ琥珀糖(こはくとう)みたいに甘い味付けてくれませんかね……そうすれば美味しく食べられると思うんですけど」
※琥珀糖 寒天と砂糖を煮て固めて、干したお菓子。独特な触感が魅力。
「馬鹿言ってないの。ABAWORLDに味覚を感じる機能は無いって何度も言ってるでしょ。さっさと飲み込みなさい」
作業を行っている二人を見てゆーり~が懐かし気に語り始めた。
「ゆーり~もバトルアバ作成依頼した時、アプデを口に放り込まれてミカくんみたいな顔してたモフ~懐かしいモフね~あれ何かすっごいジャリジャリするモフ」
「そういや山羊女ってどこのデザインなんだ? 一応獣人系だから『ビースト・キング』?」
ブルーからの言葉にゆーり~が勿体ぶりながら人差し指を左右に振る。
「チッチッチッチ……ゆーり~は『ピエーラ』さんのデザインモフ!」
「ほーん。あいつってアミューズメントタイプばっかり作ってるイメージあったわ。お前みたいのも作るんだな。でもたけーだろ、あいつ。有名処だし」
「お金は掛かったモフねー。結局事務所に建て替えてもらったモフ……そのせいでお仕事選べないモフ……」
「お前も苦労してんなー」
話し込んでいる二人を見つつ、何とかクリスタルを飲み込んだミカの視界に【アップデート中……】の表示が現れた。
「あれ? 前の修正データと違って直ぐに終わらないんですか、これ?」
「そりゃ数字弄るだけと違って今回はガッツリ弄ったから。アプデ終わるまで時間掛かるし、休憩がてら少し説明でもするわね。【アーミーキャンプ4 表示】」
ムーンの言葉と共に四人の周りにニョキニョキとキャンプ場のような設備が生えてくる。ただキャンプ場と言うには物騒な銃器や弾薬箱が目立ち、張られたテントも草木が装飾された迷彩仕様だった。
「おぉ……本格的」
(凄い……本物の軍隊のキャップみたいだ……本物見た事無いけど)
その如何にもな作りに色々と男心を擽られながら、ミカはキャンプ内の様々な物に見惚れていた。その軍隊仕様の厳ついキャンプ道具を見てブルーも感嘆の声を漏らす。
「すげー。これ公式の家具セットじゃねえな、自作?」
備え付けられたパイプ椅子に腰掛けながらムーンが答える。
「そうよ、あたしが作ったヤツ。こういう雰囲気の方が落ち着いて作業出来んのよ」
「今度こういうのオレにも作ってくれ」
「ギャラ払うんなら良いわよ」
「……ケチめ。オレの領土ここにするわ」
ブルーが悪態を吐きながら、天井から吊るされていたハンモックを占領して寝そべっていた。ゆーり~がそれを見て口惜しそうにしている。
「ゆーり~もそれ狙ってたのに……」
「雑魚め。早い者勝ちじゃい」
「どっちにしろアイドル崩れとミカくんは座ってる暇無いわよ。そのボードの前に並んで立ちなさい」
そう言ってムーンは座ったまま偉そうに腕を組んでテントの奥に置かれた白色のボードを指差した。
二人は指示されるままにボードの前に並ぶ。どちらも小振りな体格と童顔なのが相まって、中学生が怒られて立たされているような様相になってしまっていた。
(これ……恥ずかしいな……。小学生の時、怒られて電子黒板の前で公開処刑されたのを思い出す……)
隣で立たされているゆーり~も同じ気分らしくもじもじとそのモフっとしたファーを揺らしていた。
並び立つ二人を見つつ、ムーンが自身の青い瞳を発光させて説明を始めた。
「まずバトルアバには大別して五種類のタイプがいるわ」
彼女の言葉と共にミカとゆーり~のボードの裏にイラストが書き込まれていく。
剣を持った人型。
銃を持った人型。
剣と銃を持った人型。
何かを呼び出している人型。
そしてシルクハットを被っている人型……それらの絵がボードへ表示された。
「近接タイプ、遠距離タイプ、遠近どちらもイケるハイブリッドタイプ、そしてあんたたち召喚タイプ……アミューズメントタイプは特殊なタイプだし、大会にも出られないから今回の説明ではハブるわね」
シルクハットを被った人型が黒板消しを使ったように消えていった。
「近接タイプは文字通り格闘武器とか刀剣使って戦うタイプね。どちらかというと渋めのタイプって感じ、見た目的に派手さが少ないし。ただその分、外人受けするわね。あっちの人たち殴り合い好きだから――有名処だとやっぱり『獅子王』かしら」
「あいつだろなー。武器無しの素手格闘スタイルで大会優勝したのは衝撃的だったわ」
ハンモックの上でゆったりと天井を眺めつつ、ブルーが呟いた。その言葉に頷きつつ、ムーンは続けていく。
「次は遠距離タイプ。これは本当に色々いるわね。実在の銃器ぶっ放したり、逆にファンタジー全開で魔法ぶっ放したり……攻撃が一々派手だからショーとして堅実な人気があるわ。あの(ピー)教師がこれ」
吐き捨てるように言うムーン。あれだけリンダ・ガンナーズに便宜してもらったがまだまだ雪解けには遠い様子だった。
「ガザニアさんもこのタイプですか? 魔法バンバン撃ちまくってましたし」
ミカが尋ねるとムーンが否定するように首を横に振る。
「あれはこれから説明するハイブリットタイプ。ハイブリットタイプはま、読んで字のごとく、遠近どっちの攻撃も使えるタイプね。一番ポピュラーなタイプなんじゃないかしらバトルアバとしては」
ゆーり~が指で鉄砲の形を作りながら、可愛らしい動きで発砲モーションを取っていた。
「やっぱり剣と魔法どっちも使えるのは人気あるモフねー。見栄えも良いし、実際のバトルでも対応力がダンチモフ!」
「ただその分、器用貧乏って感じもあるけどな。近接戦闘じゃ近接タイプに分があるし、遠距離タイプには遠距離戦闘で撃ち負けるってのも良くある。土壇場の爆発力じゃ召喚タイプに劣るわ」
寝そべっていたブルーがアババトルオタクらしい見地から口を挟んでくる。ムーンは椅子から少し身を乗り出しつつ、
「まぁそこの青髪が言う通り、帯には短しタスキには長しって感じはあるわね。それでもバトルアバの主流であるのは間違いないわ――そして最後が……」
「ゆーり~たち! 召喚タイプ! モフ!」
「うわっ!?」
待ち兼ねたようにミカの隣にいたゆーり~がいきなりクルッとターンをし始める。急に動き出したのでミカは思わず身体をビクつかせてしまった。
テンションを上げているゆーり~を余所にムーンは少しトーンダウンしていた。
「……通称『アババトルの賑わかせ担当』『祭り要員』『玄人向けバトルアバ』……それが召喚タイプね」
「えっと……何か評価今まで違いますね」
ミカがテンションダウンしているムーンに尋ねるとブルーが代わりに笑いながら答えた。
「ハハハッ! そりゃそうだろ! 召喚タイプはぶっちゃけ弱点だらけで、使いこなそうと思ったら相当大変だしなー」
「……他のタイプと違ってかなり違うシステムになってるから、そこはしょうがないと思うわよ。召喚タイプは本体の運動性能低い代わりに耐久力が高め、それとパワーリソースが普通のバトルアバより貯まりやすくなってるの。まぁ……これは貯まらないと話にならないから当然の処置だけど」
ムーンの説明を補足するつもりかブルーがハンモックから身を起こして、足をプラプラさせながら口を開いた。
「最大の特徴は一度召喚モンスター……特に大召喚枠のヤツを呼べたらパワーリソース投入無しでガンガン技使えるところだな。だからこそ、土壇場の爆発力はピカイチさ。ただ逆に言えば呼べなきゃ他のタイプの下位互換も良いところ。呼ぶ前に撃破されたらどうにもならねえ」
「……ゆーり~も召喚前に偏向フィールド割られてそのまま本体攻撃されてゲームオーバーってのが良くあるモフねぇ……それに召喚している時はやっぱり隙が大きいからそこを狙われるのもあるモフ。ミカくんも記憶にあるんじゃないモフ?」
「それは……」
ゆーり~の言葉にミカはガザニア戦の事を思い出す。あの時も召喚時の隙を突かれて懐に入られてしまった。リンダ戦の時も狙われていたしかなり危険だったろう。
「……まぁ召喚タイプ自体は派手だし、盛り上がるしで、ショーコンテンツであるアババトルではタイプとしての評価は高いわ。でも勝ち負けの観点から言わせて貰えば……ちょっと難しいところもあるわね。正直なところ大会ではあまり良い記録が残っていないわ」
「『高森志津恵(タカモリシズエ)』みたいな例外もいるけどなー。まぁあの婆さんは例外中の例外だけど」
ブルーの言葉にムーンは肩を竦めて呆れていた。
「あれは参考にならないでしょ。AI補助無しで二十体の人形(ドールズ)、動かすのよ? 脳みその構造どうなってんのかしら、あれ」
「当時は脳を機械化してんじゃねーかって噂になってたらしいな、ハハハッ! 後で取材受けた時に完全に生身で更に大騒ぎになった――」
――ピコンッ。
会話を中断するようにミカの身体から電子音がなる。それと同時に視界へ【アップデート完了】の文字が表示された。
「……終わったようね」
ムーンが待ってましたと言わんばかりの声色でそう呟いた。ミカも釣られて自身の身体を見る。しかし何処も変わった様子が無く、先程までの自分と変わらない姿だった。手や足を動かして見ても今までと動きが変わったようにも思えない。
「これ……何か変わったんですか? 今までと変わらないような……?」
「まだテクスチャ張り替えて無いから、そりゃ見た目的には変わらないわよ。先に追加した部分の動作チェックする必要があるし、お色直しはそれから――さぁ! モルモット! 仕事の時間よ! 表に出なさい!」
「やっぱり実験動物扱いモフ……」
ムーンの言葉に不満たらたらながらもムーンはテントから外に出て、少し離れたところに移動する。ミカもその後に続いて外に出た。二人が並ぶのを確認してからムーンが自身の右腕を撫でてウィンドウを出現させながら命令する。
「それじゃアイドル崩れ、エクステンドしなさい。あっ。ミカくんはそのまま待機」
「そのアイドル崩れって悲しくなるから止めてほしいモフー……エクステンドー! モフ!」
【BATTLE ABA YURI EXTEND】
ゆーり~が大きくその場でターンをするのと同時に身体が光に包まれた。手首と足首からモフっとしたモコモコの白いファーが隆起し、更にそれが首元を覆っていく。彼女はそのまま軽くお尻を突き出すようなポーズをして可愛らしくポージングをした。
「じゃんっ! ゆーり~♥♥(ラブラブ)もふキュート♥(ハート)、見参!」
「相変わらず脳みそ腐りそうなエクステンドだなー。毎回それやるの恥ずかしくねえのか?」
ハンモックからノソノソとブルーが降りてきて、テントの中からゆーり~を見てそう感想を漏らす。
「そこ! 聞こえてるモフよ!」
テントの中でダルそうにしているブルーをゆーり~がビシっと指差した。彼は気にした様子も無くその場で胡坐を掻いて座り込む。
「ミカくんー! 新しい召喚モンスター登録しておいたからそれを呼び出してー! 基本的に黒檜(クロベ)呼ぶ時と一緒のやり方で呼べるから!」
「あ、新しい召喚モンスター!?」
ミカの言葉に答えずムーンは自身の手元にあるウィンドウを操作した。それに呼応するかのようにミカの足元へ歯車で構成された機械仕掛けの魔法陣が出現する。更にミカの視界にその召喚物の"名"が表示された。
右手を天高く掲げるとミカは高らかにその名を叫んだ。
「召喚! 十九式蒸機軍用犬(スチームアーミードッグ)【浅間(アサマ)】!」
――オォォォォン……!!!!
大型犬の遠吠えのような声と共に魔法陣から水蒸気が吹き出し、一匹の巨大なケモノがそこから飛び出してきた。
「モフっ!?」
間近でそれを見ていたゆーり~は驚いて身体を竦ませてしまっている。
「うぉ……!? なん、だ……こいつ……?」
テントからそれを見ていたブルーも思わず身を乗り出してそのケモノの姿を目で追った。
そのケモノは身体の各部に備え付けられたパイプから水蒸気を振り撒きながらミカの周囲を一周する。そのまま寄り添うようにして横へ付く。
かなりの巨体で隣で寄り添われたミカの身体に影が落ちた。
(……機械の……犬……?)
黒檜を思わせる頭部の橙色のカメラアイ。
口元から見える鋭い鋼鉄の牙。
大型犬を想起させる大きな耳。
灰色の装甲を纏った細いボディ。
先に鋭い銀色の爪の付いた四つの鋼鉄の脚部。
臀部から伸びるケーブルのような尻尾。
全てが人工物で構成されて、一切生物要素は無い。しかしそれは間違いなくケモノだった。鋼鉄のケモノ。機械の大型犬。
その異形にミカは思わず息を呑んだ。だが嫌悪感は無い。その橙色のカメラアイから見える眼差しは自分を守ろうとしている事を何となく感じたからだ。黒檜と同じ、眼差し。こちらを守ろうとしている意思がそこにはあった。
(これが……【浅間(アサマ)】)
ミカは思わず右手をそのケモノへと伸ばす。本物の犬のように浅間は顔を近付けてきて、頬を手に擦り付けてきた。流石に表面が金属で構成されているせいか冷たく、少しだけビックリして一度手を引いてしまう。しかしもう一度手を伸ばして触れると浅間は嬉しそうに喉を鳴らした。
「ふふふっ……これぞ十九式蒸機軍用犬(スチームアーミードッグ)【浅間(アサマ)】よ! ご主人様の支援、護衛、更に共撃も熟す、賢い子! グッドボーイ!」
テンションを上げているムーンの横で、ブルーは顔を引くつかせながらその異形さにドン引きしていた。
「……やっぱりメカ教師が言う通り、お前のセンスって万人受けしねーわ……」
「こ、この何!? 犬!? なんだモフ―!?」
一方、ミカと相対していたゆーり~は目の前にいきなり現れた機械犬に困惑し、軽いパニック状態になっていた。
「その子はミカくんの指示で動くから、好きなように命令してみて。しつけコマンドの大半は受け付けるわよ」
ムーンの言葉にミカは試しに浅間へ命じてみる。
「えっと……『おすわり』」
ミカの言葉に従って浅間は綺麗に座り込んだ。そのまま軽く喉を鳴らしながら次の命令を待っている。
(おぉ……見た目はアレだけど本当に犬っぽい! 本当に犬っぽいぞ! この子!)
浅間の忠犬っぷりに犬好きの血が刺激されてしまったミカは調子に乗って色々と命令を行った。
「お手! ターン! 伏せ!」
ミカの次々行われる命令に忠実に従う浅間。その巨体を物ともせず、器用に命令をこなしていく。
「アハハッ! 浅間~! くっすぐったいって~!」
すっかり浅間を気に入ったのかミカはじゃれつきながら、楽し気に交流している。一人と一匹でゴロゴロと一緒に床の上で転がっていた。その様子を見ながらムーンが満足げな様子でウィンドウを眺めている。
「やっぱり元のミカくんが犬系デザだからそれに合わせて犬にしたけど、良い感じみたいね。色調も良いわ」
「……傍目から見ると無人兵器(ドローン)に子供が襲われてるようにしか見えねえけどな……」
本人たちは楽しんでいるのかもしれないが、ブルーの視点からは犬型の無人兵器が子供を攻撃しているようにしか見えない。それくらい異常な光景だった。
「よし、ミカくん。浅間に目の前の獲物への攻撃を命令して」
「……は? 今、何と……?」
唐突なムーンからの命令にミカは浅間との触れ合いを中断して思わず、聞き返してしまう。
「浅間は黒檜と一緒でミカくんの命令で行動するって言ったじゃない。だから指示が必要なの」
「い、いやそうじゃなくて攻撃って……ゆ、ゆーり~さんをですか……?」
さも当然と言ったようにムーンが頷く。
「当たり前じゃない。バトルアバへの攻撃のテストのために呼んだんだから」
ミカはそっと視線を動かして、ゆーり~の方を見る。目が合った瞬間、彼女はビクッと身体を震わせた。
「ミ、ミカくん……? ホントに命令しないモフよね……? ゆーり~たち友達モフ……よね?」
恐怖に怯える彼女に躊躇い、再びムーンの方へと視線を向ける。さっさとやれと言わんばかりにムーンが首をかき切るジェスチャーを右手で行った。
ミカは両手を合わせて心ばかりの謝罪を行いつつ、浅間へ命令を下した。
「……ゴメンなさい! ゆーり~さん! ――浅間! アタック! 目標【ゆーり~♥♥もふキュート♥】!」
その命令を受けて浅間は瞬時に戦闘状態へと移行した。即座にその巨体に見合わぬスピードでゆーり~へと突進を開始する。
「ぎゃぁぁああああ!!」
ゆーり~が悲鳴を上げる。浅間は猟犬のように軽く左右へステップを行いながら彼女へと急接近していった。
流石のゆーり~も生命の危機を感じたのか一気に後ろへ振り向いて全力で逃走を始める。腐ってもバトルアバなだけあって、ドタバタ走りでもかなりのスピードが出ていた。
「おぉ。こう見ると牧羊犬みたいだな」
呑気な事を言うブルー。
しかしそれでも所詮、二本足。四本足のケモノに速力で勝てる筈も無くあっという間に追い付かれてた。
――ガブッ。
「みぎゃぁぁぁぁ!!」
浅間はゆーり~のモフっとした首元に鋼鉄の牙を突き立てて噛み付き、そのまま魚でも咥えるように持ち上げた。
「は、離すモフッ!! ゆーり~は美味しくないモフッ!!!」
ジタバタとしているゆーり~を咥えたまま、浅間は無情に首を振り下ろす。
――ビタンッ!
「ほぁっ!?」
ゆーり~の身体が床へ叩き付けられた。彼女は短い悲鳴を上げる。しかしその悲鳴も次の叩き付けで直ぐに中断された。
――ビタンっ! ビタンっ! ビタンっ!
浅間は首を上下にスイングしてひたすらゆーり~の身体を床へ叩き付けた。
完全に獲物を弱らせるための動きである。ミカが目の前の光景に呆然としているとムーンが呼び掛けてきた。
「浅間はミカくんが命令しなきゃ、相手ダウンするまでそれやってるわよ。そろそろ止めた方が良いんじゃない?」
「――へぇっ!? あ、浅間!! ストップ! ステイ! ステーイ!」
慌ててミカが浅間へ命令をする。その命令を受けて忠実なる軍用犬はピタっと動きを止めた。
既に色々と手遅れの状態のゆーり~は浅間に咥えられたまま、力なく手足をダラっと下げている。
浅間はその捕まえた獲物を誇らしげに誇示しながら、ミカの元へと戻ってくる。そして猟犬のように"成果"を届けてきた。
ミカの足元にぐったりとしたゆーり~が転がってくる。
「あ、ありがとう浅間――ってそうじゃない! ゆ、ゆーり~さん!! 大丈夫ですかっ!?」
「んゆぅ……」
すっかりダウンしているゆーり~を心配して、その傍に駆け寄った。グロッキーと言った様子で呻いているが一応生きているようだ。その様子をテントから見ていたムーンが呆れたように青い瞳を光らせた。
「そもそもなんでアイドル崩れは喰われるがままになってんのよ。あんた偏向フィールドあるんだからある程度のダメージ無力化出来るでしょ」
「うぅ~ん……完全に忘れてたモフ。捕食者を前にするとか弱い羊はどうにもならないモフ……」
頭を押さえながらゆーり~が身体を起こした。ミカは起き上がる彼女を右手で支えつつ、心配して声を掛ける。
「ホントに大丈夫ですか? 一回、ログアウトした方が……」
「大丈夫モフ……その代わりソフトクリーム買ってきてくれモフ」
「へ? ソフトクリーム? 何味ですか?」
「……頭冷やす用だから味はどうでも良いですぅ……モフ」
「……やっぱりダメそうですね」
変な問答をしている二人を横目で見つつブルーが隣のムーンへ話し掛けた。
「この犬っころのデータ全部オレの方へ寄こしてくれ。大会用にチェックしときたいし」
「もう送ったわよ。他のデータも諸々全部」
ムーンはそう言いながらウィンドウを操作する。ブルーの方へメールが送られたのか電子音が鳴り響いた。
「手際がよろしくて結構――ありゃ? これ結構未実装あるじゃねえか。良いのか? この状態を完成扱いして」
内容を閲覧していたブルーが疑問に思ってムーンへ聞き返す。彼女は指で自身のウィンドウに表示されている武装リストをなぞりつつ答えた。
「まだ申請終わってない武装とか取捨選択の結果お蔵入りした武装とかも梱包してあるから、割と未実装も多いわ。そもそもバトルアバって定期的に武装入れ替えて客飽きさせないようにするのが普通だし、最初から全部使えるようにはしないの。使う方も混乱しちゃうしね」
「ほーん。そういう事情もあるんだな――おっ」
デザイナーズルーム内に二つの人影が現れた。
虎のヌイグルミみたいな姿のアバにちっこい白虎のアバ。ブルーはその二人を見て声を掛ける。
「爺さんに――小虎か。お~い! マキ! 生きてたか~?」
「兄ちゃ~ん!」
パタパタとブルーへ駆け寄っていくマキにトラさんが心配そうに声を掛けて後を付いていく。
「マ、マキちゃん走ったら危ないで!」
マキはブルーへ体当たりするように突進していく。それを軽くいなしながらブルーはトラさんへ尋ねた。
「爺さん、マキと一緒に来てるけどVR機器新しく買ったのか? 前はどっちか片方しか出来なかったのに」
「ミズ――ムーン姉ちゃんがねーアメリカのお土産って頭に付けるヤツ買ってくれたの!」
ブルーは驚いたように横にいたムーンを見た。
「頭に付けるヤツって……例の新型SVR機器かよ。あれプレゼントするとはメカ女、お前、金あるなー」
「買ったんじゃなくて懸賞で当たったヤツよ。簡易式だからマシンパワー不足だし、あたしの仕事じゃ使えないのよ。宝の持ち腐れしてもしょうがないから虎児(こじ)ちゃんにプレゼントしたわ」
さらっとそう言うムーンにマキは思いっ切り頭を下げて礼を言った。
「ありがとう、ございました! ムーン姉ちゃん! 大事にします!」
「礼は良いわよ。その代わり、お爺ちゃんを篭絡するの手伝ってね。これからは社長があたしの生命線なんだから。資金引っ張れるだけ引っ張らないと」
あっけらかんと言い放つムーンにトラさんが嫌そうな顔をした。
「そりゃワシがスポンサーやからミカちゃんとかミズキちゃんのギャラ出すんやろうけど、こう……その場で話題に出されると生々しいのう」
ムーンはそんなトラさんを見て、楽しそうに笑った。
「あっはっはっ! いやー気分が良いわね! ちゃんと金が貰えるってのはサイコー! 長かったわー! ここまで来るの!」
デザイナーデビューまで色々と紆余曲折のあったムーンとしては、やっと資金源確保が出来たので嬉しくて仕方がない様子だった。
ブルーが不在の"老人二号"に気が付き、トラさんへ尋ねる。
「ラッキーの爺さんは今日いねーの? あいつもミカのお披露目見たがってたのに」
「大吉のヤツはPCパーツ仕入れに行ってもうたわ。ミズキちゃんに頼まれたんやと」
「ホンット、あの爺さんはメカ女に頭上がらねえんだな……」
「八割くらいはアイツの自業自得じゃからしょうがないと思うがのう……」
しみじみと語るトラさんにブルーも納得したように頷いていた。
「あっ……! トラさん、それに……マキちゃんも……」
騒いでる四人に気が付いたミカはまだ少し頭がフワフワしているゆーり~を床に寝かせてから、そちらへと向かった。その後ろを浅間が静かな足取りで付いて行く。
「おぉ、ミカちゃ――うわっ!? なんやその……なんや!?」
「うわぁー! ロボだロボ!」
トラさんが近付いてくるミカに気が付くのと同時に背後の浅間を見て驚きの声を上げた。マキもそれを見てビックリしたようにはしゃいでいる。
「マキちゃ――うわっ!?」
突如ミカの身体が宙に浮いた。何事かと後ろを見ると浅間が軍服の襟首を咥えている。
浅間はそのままミカの身体を一気に持ち上げると、自身の背中へとポンと乗せた。
馬に騎乗したかのように浅間へ跨らされるミカ。呆然としていると浅間が喉を鳴らして指示を要求してくる。
(あっ……そういう事……)
浅間の意図を理解してミカはその背に乗ったまま、指示を出した。
「えっと……あの人たちとこまで行ってくれ」
ミカがそう言ってキャンプが設営されているところを指差す。浅間は一度大きく喉を鳴らすとその四つ足で思いっ切り床を蹴って走り出した。
騎乗状態で迫ってくるミカと浅間の姿を見つめたまま、ブルーが言った。
「おい……メカ女。あとでオレもアレに乗らせろよ」
「乗っても良いけど間違いなくゲロ吐くわよ。因みにあたしは吐いた。ミカくんはバトルアバだから大丈夫だけど」
二人がそんなことを話している内にミカはテントの前へ到着した。浅間の背から飛び降りるようにして床へと着地する。
ミカを無事に送り届けた事を確認した浅間は一度首を振ってから、ゆっくりとその姿を消していった。
それを見届けてからミカはまずマキの方へ寄って行った。
(良かった……本当に無事だったんだ……)
少なくとも元気そうなマキの様子を見て、ミカは心底安堵した。あの……変な場所での出来事。あの時、以来安否が気になっていた。
話には聞いていたがこうして生(?)で見てやっと本当に安心することが出来た。
マキもミカの姿を見て、少し安堵したような様子を見せる。
「ミカ姉ちゃん……」
「マキちゃん……あの時はゴメンね」
「ううん、良いよ。マキ気にしてない」
お互いにあの時の事を思い出し、少しだけ見つめ合った。死の危険を共有したことによる不思議な共感。それが妙な連帯感を生んだ。
「……え? 何この空気? どうしたのこの子たち?」
ムーンがその二人を困惑するように見ていた。ブルーがアホくさと言わんばかりに呆れている。
「ほっとけ。吊り橋効果で頭おかしくなってんだよ。直に治るわ。それより――爺さんたちも来たんだし、そろそろ見せてくれても良いだろ?」
ブルーがニヤリと笑ってムーンへ催促をしてくる。
「ま、欠員は居るとは言え面子はいるわね。ミカくーん! テントの前に立って頂戴!」
「は、はい!」
ムーンに言われるがままに、ミカはテントの前へ進み出る。それを見ながらムーンは自身の右腕を撫でてウィンドウを出現させた。そしてミカへ説明を始める。
「ミカくん、テストも大体終わったし今度こそテクスチャ――外見を変更するわ。エクステンドをすれば一気に更新されるから、高らかに宣言しなさい。そうすれば正式にVer(バージョン)1.0にアップデート完了よ」
ミカの視界に【EXTEND READY?】の文字が表示される。それに従い、ミカは天高く右手を掲げて宣言した。
「――エクステンド!」
【BATTLE ABA MIKA EXTEND】
「さぁみんな、バトルアバ・ミカの新しい姿! 刮目しなさい!」
ムーンが仰々しく告げるのと同時にアナウンスが流れ、ミカの身体に変化が訪れた。
通常のエクステンドとは違い、更に全身が紫色のワイヤーフレームへと変更されていく。
ゆっくりと足元から光の輪がせり上がって来て、身体を包んでいく。そしてその光輪が頭頂部まで到達した。
『タクティカルグローブ、セット――タクティカルイヤー、セット――タクティカルシッポ、セット――タクティカルスカーフ、セット――』
厚手のグローブが両手に装着され、更に軍帽を突き破るようにポンッと犬耳が飛び出す。スカートを貫通するように灰色の尻尾がピンッと張り、その柔らかそうな毛を逆立たせた。
そして――真っ赤な長いスカーフがシュルッとミカの首元へ巻きついていった。そのスカーフは一度身体の周りをフワっと漂った後、ゆっくりと背中の方へ垂れ下がる。
ミカは決めポーズと言わんばかりに真っ赤なスカーフを翻しながら、靴底で床を叩くようにダンッ! とブーツを踏みしめた。
それを見ていたテントの観客たちから軽い拍手が巻き起こる。しかしブルーはきょとんとした表情をしていた。
「え? これどこ変わったん? マフラーくらいしか変わったところオレにはわかんねえんだけど……」
「確かに……このスカーフは新しいですけど、他はそこまで目新しいとこは無い、ですかね?」
ミカは自身の身体を見回して色々と調べていく。スカーフを握ったり、裾を持ち上げてみたりとチェックしていた。
「……まぁぶっちゃけて言うと元が良かったからあんまり弄りたくなかったのよね、あたし。大元のデザは変わって無いわよ。細部は弄ったけど」
「こ、これは……えげつねぇモフ! 恐ろしいモフね……!」
いつの間にか復帰していたゆーり~がテントの側に来ていた。
ミカのエクステンドした姿を見てワナワナと震えている。その様子を見てムーンが不敵に笑みを浮かべた。
「流石アイドル崩れ……普段から色んな視線に晒されているだけあって理解が早いじゃない。ちょっと見直したわ」
「え……どういう事ですか?」
要領を得ないと言った様子のミカにゆーり~が声を掛けてくる。
「ミカくん……軽く走ってみるモフ。ゆっくりで良いから」
「へ? 走る……? こうですか?」
ミカは言われるがままにその場で往復するように走った。
その瞬間、見ていた全員が何かを察して声を上げる。
「こ、これは……あかんのとちゃうか?」
「ひゃー……」
「……これはヤバイな。フォーラムでまた色々言われちまうぞ」
皆の様子を見てもミカはどういう事か理解出来ず、観念したようにムーンへ尋ねた。
「あの……一体何が変わったんですか?」
「丈よ」
「は?」
「スカートの丈を三センチ短くしたの」
「……は? えっ? えっ!?」
ミカは思わず自身の軍服ワンピースのスカート部をバッと押さえる。何が変わったのか着用している自分には理解出来ない。しかし皆の反応を見る限り、かなりアレな感じになっているようだ。
「ミカくんは女の子の見た目の割りに色々と配慮しない動きしてたから……今までもかなり際どい感じだったモフ。でも今回の調整でその……更に……それが見えやすくなるように……」
ゆーり~が気まずそうに解説してくる。ブルーも同意するように笑いながら言った。
「しかも毎回見えるわけじゃないってのがミソだな! いや~イヤらしいな、これ! ハハハッ! 早速新VerのSS、フォーラムに貼ってくるわ! 動画付きで!」
「ちょっ……」
ミカが止める間も無く、ブルーはその姿をルームから消した。
呆然としているミカに横からゆーり~が肩に手を置いてきた。
「諦めるモフ。これからはちょっとエッチなバトルアバとして頑張るモフ」
「エ、エッチなバトルアバ……」
その絶望的な響きにミカの顔がどんどん青ざめていく。今までもかなり男としての尊厳を凌辱され気味だったのに、これからそれが加速するのがありありと伺えた。
「まぁ可愛らしいからええと思うで……ウチの看板"娘"として頑張ればええんや」
「良いなぁー……ミカ姉ちゃん。マキも同じ感じのアバ作って欲しい……」
慰めてるのか良くわからないトラさんのお言葉。マキからの羨望の眼差し。それらを受けてミカはどうする事も出来ず、四つん這いになってただ打ちひしがれていた。
(俺はこれから……どうなっていくんだ……)
「ミカくん。スカートの中身チェックして良いモフ? 参考までに」
――バシッ!
「ひゃんっ! 無言で叩かないでぇ~モフ~。ちょっとだけだから~」
――バシッ!
尚もスカートへ手を伸ばすゆーり~の手を無言で振り払うミカ。そんな二人を見ながらムーンは背筋を伸ばし満足そうに漏らした――。
「やっぱりエロスってジャスティスよねぇ」
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