第25話『俺がバトルアバ――『ミカ』です』

【群馬県 木の芽町】




「まだこういう町並みって現存してたんだな……」

 板寺三河(イタデラソウゴ)は並ぶ家々や商店を見てそう呟いた。

 時が止まってしまったような年代物の家屋。舗装されて数十年以上経っているのか、一部、土が露出している道路。その道路を今は電気自動車が主流になってしまって、殆ど使われていない筈のガソリン車が走っている。

 その風景を見ているとタイムスリップしてきたような錯覚に陥りそうになるが、商店に設置されているホログラム機器から流れるニュース映像や簡易式強化外骨格(エクソスケルトン・イージー)を着て仕事をしている人たちを見て、ここが現代なのだと思い出した。

 ソウゴは自分の電子結晶を取り出して、道に翳す。結晶から青い一筋の光が放たれる。登録されたマップ情報を元に、その青い光は地面を這って行き、目的地への道を指し示した。

 その道案内に導かれて、ソウゴは道を進んでいく。歩く度に右手へ提げた紙袋がガサガサと音を鳴らした。

 そこまで広くはない町だ。進めば進むほど住宅や商店の姿は消え、工場地帯特有のだだっ広い駐車場や大きな建物が見えてくる。

(おぉ……大型のエクソスケルトンだ……初めて生で見た)

 建設系の会社だろうか。高いコンクリートの塀の向こうに、身の丈三メートルを超える工業用強化外骨格(インダスエクソスケルトン)が全身のシリンダーを軋ませながら資材を運んでいるのが見えた。

 一歩、その鋼鉄の足を踏み出す度に、軽く地面が揺れ、近くを通っていたソウゴの足裏にも振動が伝わってくる。

「やっぱり普通のと比べると迫力が違うなー……カッコいい」

 普通の強化外骨格と違って工業用は整備性を高めるために外殻が取り付けられておらず、内部のシリンダーやパイプの機構が剥き出しになっていた。またそれが無骨さを醸し出していて、色々と目を惹かれる。唯一外殻に守られている操縦席には【藤平重機工業】と書かれた社章が刻まれていた。

(色々終わったら資格勉強してアレの免許取りたいなぁ……今はバイトで何とか生活費賄ってるけど、何れちゃんと就職しておかないと将来的に困るし……)

 そんなことを考えつつ、足を進めていく。やがて手に持っていた電子結晶から目的地への到着を知らせる振動が伝わってきた。

(……しょ、醤油の匂い……?)

 どことなく香ばしいというか、甘ったるいというか何とも言えない香りが鼻腔をくすぐった。不快……というほどの匂いでは無いが、経験の無い匂いなので少し戸惑う。

 手に持っていた結晶が導く青い光は小規模な工場の敷地内へと吸い込まれている。

 工場の入口へ設置された看板には丸っこい文字で【片岡ハム】と書かれ、更にその隣に見覚えのあるキャラクターが描かれていた。

 恰幅の良い黄色の虎獣人のキャラクター。満面の笑みでピースをしている。少々、雨などで絵面が擦れている様子からそのキャラクターが年代物なのが察せられた。

(……トラさんがABAWORLDで使ってたアバって、工場のマスコットキャラそのままデザインで使ってたのか……)

 ソウゴは持っていた電子結晶をポケットに仕舞うと工場の敷地内へと足を進めた。

 敷地内の建物自体は二つあり、一つは直売所になっているようで、中に何人かの買い物客が見える。

(あっ……良い匂い……)

 試食で何か焼いているのか、香ばしい匂いがここまで漂ってきた。

 少しばかりその匂いに釣られて、足がそっちに引っ張られ掛ける。しかし被りを振る様に頭を振ってその誘惑を振り払った。

(危ない、危ない……何しに来たか忘れてるぞ、俺……)

 少々名残惜しくも、直売所から離れて実際に製品を作っている工場の方へと足を向かわせる。

 流石に工場内部へ入る訳にも行かないので、事前に連絡した時に教えてもらった【事務室】とやらを探した。

「……事務の人は工場入ったら直ぐ場所分かるって言ってたんだけどなぁ。どこだ……?」

 辺りを見回してもそれらしき場所が分からない。流石にあんまりうろついているのは不審者として通報されなかった。

(一度、直売所まで行って店員さんに場所を――)

 そう思って振り向いた時、ある物が目に入った。

「あっ。こ、これかぁ……」

 入って来た時には気が付かなかったが、直売所の端の方に――トラさんのキャラクター絵が描いてあった。

 【じむしつはここだよ!】という丸っこい字の一文と共にトラさんのイラストが指差す方向には至って普通の扉があった。

(なんか独特な工場だなぁ……一般向けの工場見学とかもやってるみたいだし、子供向け意識してるのか……?)

 色々と考察しつつもソウゴは事務室の扉の前へと移動した。

 呼び鈴のような物は見つからなかったので、持っていた紙袋を左手に持ち替えて、右手でノックをする。

 暫く返事は無かったが数分くらい経った後に、ゆっくりと扉が開き、室内から声がソウゴへと届く。

「入ってええぞ」

 ある意味で聞き慣れたその声。しかし当然と言えばそうだが、現実で聞くと感覚が異なる。ソウゴは軽く頭を下げながら事務室へと上がって行った。

「……失礼します」

 応接用の部屋も兼用しているのかテーブルと長椅子が置かれている。それ以外には幾つかのパソコンとホログラム式のプロジェクターが設置されているだけの簡素な作り。何故か部屋の隅に冷蔵庫が四つも設置されており、それだけが異彩を放っていた。

 その部屋の奥に如何にも社長机と言った様相――ではない普通の事務机にその人物はいた。

「……まさかホンマに来るとは正直思ってなかったなぁ……こんな辺鄙なところまで――」

 そこにいたのは作業服を着た七十代くらいの老人だった。顔に刻まれた皺が年齢と今までの経験してきた豊富な人生を想起させる。ソウゴはその事務机の前まで近づいた。

「片岡虎次郎(カタオカトラジロウ)さん、ですよね……連絡した――板寺三河です。一応……はじめまして」

「……おう。何か変な感じじゃが……まぁはじめましてか」

 挨拶をし終えたソウゴは本題に入る前に謝罪を始めた。

「すみません……色々と話はあるんですが、その前に――お孫さんのマキちゃんの事……申し訳ありませんでした。怖い目に合わせてしまって……」

 そう言って深々と頭を下げるソウゴ。その謝罪する姿を見て虎次郎は気にするなと言いたげに口を開く。

「まぁ……その事はソウゴ君が謝る必要は無いわ。どっちかというとABAWORLDの問題やろうし、そもそもぶっ倒れたっていうそっちのが心配やったわ」

「一応、デルフォニウムの方で看護されたので、大事には至りませんでした。本当に心配掛けて申し訳ありません」

 謝罪を終えたソウゴは頭を上げて、持っていた紙袋を虎次郎へ向かって手渡す。

「これ……つまらない物ですが、どうぞ……」

 虎次郎は黙って紙袋を受け取ると覗き込むようにして中身を確認する。直ぐに顔を上げると嫌そうな顔をしながらソウゴへ尋ねてきた。

「……これ誰の入れ知恵?」

「……マキちゃんから……トラさ――片岡さんは最中が大好物だと聞いて……」

「確かにそうやけど……食べるけど……後で食べるけども! こういう鼻薬嗅がせようとするのは感心せんわっ! 若いのにっ! 性根が腐ってる! ――……ハァ……」

 貰った紙袋をそっと机の下に隠しつつ虎次郎は興奮した自分を落ち着けるように一息吐く。それから改めてソウゴの方を向いて尋ねた。

「一応聞きたいんやけど、ホンマにミカちゃんなんよな?」

「はい。俺がバトルアバ――『ミカ』です」

「声あっちだと完全に女の子やったんやけど……」

「それは……俺にもよくわからなくて……あのアバを使うと勝手にあの声になるんです」

「よう言っとる姉探してるってのもホンマなんか?」

「はい……暫く前から行方不明なんです」

 ソウゴの言葉を聞いて虎次郎は複雑な表情をしながら頭に手を置いて呻いた。

「……それで姉からの伝言で、大会に出て優勝しろ言われたんか? しかもデルフォの社長から直々に伝えられて……」

「はい。あの時は流石にビックリしましたね……姉さんがデルフォの社長と知り合いとか、その他色々と……」

 そこまで聞いて虎次郎は腕を組む。そのまま目を瞑ってまた口を開いた。

「……あっちでも話したけど、金がかなり掛かる事を承知で……ワシにスポンサー頼むんだな? ウチみたいな規模の小さい工場がそういう費用を捻出するのは大変な事を知った上で」

「……はい。分かってます。その代わり俺を――バトルアバ『ミカ』を好きなだけ広告塔として使って構いません。どんなCMにも出ます」

 はっきりと言い切るソウゴを見て、暫く逡巡する虎次郎。かなり間を置いてから……観念するように言った。

「……結局、ソウゴ君があのメール見てホンマにここまで来てもうた時点でワシの負けやったんやろなぁ」

「――っ!! じゃっ、じゃあっ……!!」

 ソウゴは身を乗り出すようにして、虎次郎へ近付く。彼はその勢いに少し押されながら答えた。

「なってやるわい、ソウゴ君の――バトルアバ『ミカ』のスポンサーに」

「あ……有難うございます!!! こ、このご恩は必ず返しますっ!!」

 猛烈に感謝の意を告げるソウゴに虎次郎は少々照れつつも笑った。

「ま、まぁ……これからは【片岡ハム】所属、バトルアバ『ミカ』や! 大手を振って隣町の奴らに自慢出来るわっ! ガハハっ! ――あっ」

 急に何かを思い出したかのように動きを止める虎次郎。ソウゴはその様子を不思議に思って訪ねてしまった。

「……あれ? どうしたんですか? 急に固まって――」

「……これ言ってええんかわからんけど――デルフォからワシの方にもスポンサー契約の持ち掛け来とったんや。しかもソウゴ君から連絡来る前に」

「えっ!? か、片岡さんのところへ!? 何故!?」

 寝耳に水な発言に驚愕するソウゴ。虎次郎は事務机の引き出しを開けて、何やら取り出し、それを机の上に出した。

 ホログラム式のデータ書類で、自動的に内容が再生され始める。

『簡単! 小規模からでも始められるバトルアバ契約! お得なプランやデザイナーとの契約まで――』

 明るい女性の声でと共に立体映像で次々と色々な情報が表示されていく。それを見ながら虎次郎は口を開いた。

「パリッとした美人の社員さんがウチの会社に来て、これ置いていったわ。バトルアバとのスポンサー契約をお考えなら、こちらの書類が参考になりますって……」

(椿さんだ……。ど、どうやって片岡さんの工場調べたんだ……? というかそもそもまだスポンサーについての話すら済んで無かった筈なのに……)

 虎次郎は映像を表示し続けている書類を指で軽く小突く。それで表示されていた映像と音声が途絶えた。

 改めてソウゴの方を向くと何とも言えないような表情を浮かべつつ喋り出す。

「正直、怖いんやが。何か大きな力が裏でこう……ワサワサと動いてる感凄いんやけど――老人の妄執……ならええんやけどな」

 ソウゴは虎次郎の言葉に何も言えず、押し黙った。

「……ワシ、なんかとんでもない事に巻き込まれてる……――わけやないよね?」

 虎次郎の言葉にはオレオレ詐欺に合った老人のような不安さが混ざっていた。

 実際、デルフォニウム社に怪しいところ……というか不審な点があるのはソウゴも感じていた。

 最も、不審に思った理由は社員である椿が時折放つ、謎の挙動不審さ故だったが……。

 二人の間で嫌な沈黙が流れる。

 ――チリチリチリッ……。

 その時、沈黙を破るように事務室の外から電磁バイクの駆動音が聞こえてくる。音は扉の前で止まり、そこからバタバタと複数人の足音が聞こえた。

 ――バァンッ!

 大きな音と共に勢い良く扉が開かれた。

「――社長っ! スポンサー契約するって聞いてわざわざアメリカから帰って来てやったわよ! 観念して契約しなさ……い?」

 現れたのは自分より少し年上くらいの女性だった。

 黒髪の表面を薄く茶色に染め上げたボブカットヘアー、ラフなシャツとショートパンツを身に纏っている。顔を見るともう明らかに自信満々、我が前に敵は無しと言った顔つきでぱっちりと開いた目からは身体の奥に抱えるギラギラとしたパワーが伝わってきた。

 その女性はソウゴの姿を見つけ、一瞬、誰だこいつみたいな表情を浮かべる。しかし直ぐに不敵な笑みを浮かべた。

 そのまま女性はソウゴの側まで近付いてくる。隣まで来ると急にズイッと眼前まで顔を寄せて来た。

 くりくりとした意志の強そうな瞳がこちらの瞳を覗き込んでくる。流石に面食らってしまい、ソウゴは一歩後ずさる。

「な、なんですか……?」

「……ま、及第点か……――なーんか拍子抜けね。マス・オーヤマみたいのとか、世紀末覇者みたいのが中身だったらと覚悟したけど……想像通りって感じ」

 そう言って女性は肩を竦めて、鼻を鳴らす。ソウゴはその声に聞き覚えがあった。

(この声……それにこの感じ……もしかして……)

「久しぶりにやなぁ、瑞樹ちゃん。ゆーてもABAWORLDで会っとるからそんな離れてた感じせんけど。また美人になったんとちゃうか? カカカッ」

 虎次郎が座ったまま、女性の方へ声を掛ける。彼女はパッと振り向くと両手を腰に置き、胸を張って答えた。

「フフンッ。社長も見ないうちに随分老け込んだじゃない。まだ人間続けててくれて結構だわ――店長の方は色々と様変わりし過ぎて、誰か一瞬分からなかったし……ちゃんと片岡社長と認識出来る顔で嬉しいわね、ホント」

 女性の言葉を聞いて、虎次郎は困ったように溜息を吐く。

「……大吉はなぁ……老い先短いし、家族もおらんし言うてやりたい放題や……一応止めたんやがな」

 二人はそう言ってお互いに溜息を吐く。

「……ムーンさんですか。もしかして……?」

 ソウゴが女性へ向けて声を掛けると彼女は少し嬉しそうに答える。

「正解。あたしがデザイナー『M.moon(ム・ムーン)』よ。現世じゃ島本瑞樹(シマモトミズキ)って名前だけど。どう? イメージ通りだったかしら、"板寺三河"くん?」

「ど、どうして俺の名前を……?」

 瑞樹と名乗った女性は虎次郎の方を見やりつつ、喋り出す。

「昨日くらいにこの人……社長から『ミカちゃんがホンマに会いに来るみたいやっ! ワシどうすればええねんっ!?』ってTell入れてきてね。そこで名前教えてもらったのよ――あっ! そうだ! 社長!」

 そこまで言って瑞樹は再び虎次郎のいる机に詰め寄り、問い詰める。

「スポンサー契約! どうすんのよ! するの!? しないの!? あたしの将来的問題も関わってくるんだからはっきりしなさいよ!」

「い、いやそれはじゃな……」

 虎次郎はたじろぎながら横目でソウゴの方を見る。その動きを見た瑞樹は色々と察したのか安心したように机から離れた。

「なーんだ。もう話自体は終わってるって訳ね。心配して損したわ。あの青髪人形から社長口説き落としてくれなんて言われたから何事かと思ったのに、拍子抜けね。じゃあ……――店長~! さっさと運び込んじゃってー!」

 瑞樹が外にいる誰かに向かって大声で呼び掛ける。その声に応じて誰かが事務室へと入ってきた。

「人使い荒いのう……老人虐待じゃろこれ」

「うぇっ!?」

 ソウゴは入ってきたその人物を見て、思わず声を上げてしまった。

「……良く言うわね。サイボーグ老人の癖に」

 瑞樹もその姿を見て呆れたように言う。

 鈍く赤い光を放つ両目の義眼。頭部に備え付けられた小型の電子結晶。辛うじて見える肌からかなりの年齢の男性なのが伺えるが、一見しただけでは判別するのが難しかった。

 一瞬で人工物と分かるケーブルとパイプ剥き出しの左腕。その左腕の先には手の代わりに、精密作業で良く使用されている遠隔触手(リモートテンタクル)の塊がくっついており、それがワサワサと蠢いていた。

 右腕は人間の物のようだが、内部はかなり改造を行っているようで量子素子が通信を行っている時の薄い青い発光が皮膚の下から透けて見える。

 その老人(?)は肩に如何にも重そうな箱を担ぎながら、瑞樹へ指示を煽ってきた。

「どこ置きゃええねん、これ。幾ら腕に補助筋肉入れてる言うても流石にずっと持ってると重いんやけど」

「扉の前で良いわよ。どうせ後で他に動かさないといけないし」

「あいよ……っと」

 その身体の各部を機械化している老人は担いでいた箱を降ろした。ズンッと重そうな音と共に箱が床に置かれる。

「はぁーホンマ重かったわ。大体なんやねんこれ」

「社長のお孫ちゃんへのお土産よ」

 疲れたように機械化老人は声を漏らす。流石のソウゴもその異形さには驚き、声も出せずにいた。しかしその"声"には聞き覚えがある。

「ま、まさか……『ラッキー★ボーイ』さんですか……?」

 老人はソウゴの言葉にニカっと笑って答えた。

「せや。ワシがラッキー★ボーイやで。本名は川下大吉(カワシタダイキチ)、大吉やからラッキー★ボーイ……運気上がりそうな名前やろ?」

「そ、その身体は……一体……」

「あぁこれか? ええやろぉ?」

 大吉と名乗った老人は自慢げにマッスルポーズを決めつつ、ソウゴへその身体を見せ付けてきた。左腕の触手が拳のような形を作る。

「前に事故って大怪我した時に義手入れたんや。で、それから改造にハマってしもうてなぁ。今じゃこんな感じや! ワハハハッ!」

 笑顔でそう言う大吉に虎次郎と瑞樹も呆れたような表情を見せていた。

「少なくともあたしが留学した時は、ここまでサイボーグ化していなかったんだけどね……最初見た時は店長だと分からなかったわ……」

「ワシも止めたんじゃがなぁ。どんどんエスカレートしていってもうて……もう諦めたわ」

 二人は諦観したように口々に漏らした。

「す、凄いですね……義足とかで機械化している人はニュースとかで見た事ありますけど……こ……ここまで機械化している人は初めて見ました」

 困惑しているソウゴに大吉は尚もポージングを決めている。

「まぁ老後の贅沢みたいなもんや! ふんっ!」

 大吉が力むと各部に埋め込まれた人工筋肉が膨張し、力こぶを作る。最早ソウゴは言葉も無くただその姿を眺めていた。

「……まぁ店長の事は気にしなくて良いから……それより社長、どうせ"アレ"の用意……してるんでしょう? あたしお昼食べて無いからお腹減っちゃってるのよ」

 瑞樹が虎次郎へ近付き、猫撫で声で何かねだる。

「……元々、ソウゴ君用のヤツなんやがなぁ……まぁどうせ積もる話はあるやろうし、丁度ええか」

 虎次郎は自身の電子結晶を取り出し、表面を撫でる。それに呼応して来客用のテーブルの中央からズズズッと何かが迫り出してきた。

(ホ、ホットプレート……?)

 そこにあったのは電熱式のホットプレートだった。虎次郎は椅子から立ち上がるとノソノソと部屋の隅にある冷蔵庫の方へと向い、開ける。ガサゴソと中身を物色しつつ、ソウゴへ呼び掛けた。

「ソウゴ君もお昼まだやろ? 今日はウチで食べてきや」

「えっあっ……その……」

「なーにやってのよ、主賓が席に着かなきゃあたしたちが座れないじゃない!」

「あっ……」

 まだ状況を飲み込めていないソウゴに後ろから瑞樹が近付いてきて、両手でその身体を押していった。

 無理矢理テーブルの方まで押し込まれ、そのソファーに座らされる。

 冷蔵庫を漁っていた虎次郎も何かを抱えてテーブルの方へと来ていた。そのまま抱えていた物をドサドサと降ろす。

「ウチの製品ばっかりやから野菜無くてバランス悪いけど許してや」

(凄い……見事に肉、肉、肉、肉だらけだ……)

 ソウゴが見ている前でソーセージ、ハム、サラミ、味付け済みの生牛肉、焼売……真空パック詰めされた様々な加工食品がゴロゴロとテーブルの上になだれ込み、広がった。

「やっぱり肉食わなきゃパワー足りないわよねー。ブルックリンじゃ節約して栄養補食ばっかりだったから、味気無かったしぃ~」

 いつの間にか正面のソファーへ着席していた瑞樹が真空パックをビリビリと力任せに破き、その中身をホットプレートへぶちまけていった。

 既に加熱され始めた鉄板の上で肉が踊り、香ばしい匂いが事務室へ漂い始める。

「瑞樹ちゃん! まだ窓開けとらんから肉焼かんでや! また事務の子に怒られてまうわ」

「ごめ~ん。でも我慢出来なくてぇ~」

 勝手に肉を焼き始める瑞樹へ注意しながら、虎次郎が事務室の窓を開けている。

「ソウゴ君、隣座るで」

「あっ……はい」

 大吉がカチャカチャという機械的な音を立てながらソウゴの隣へ腰掛けてくる。見た目以上に体重があるようで臀部がソファーへドンドン沈んでいった。

「店長、その見た目で食事取る気なの? 肉がケーブルに詰まるわよ」

「胃まで改造しとらんから、普通の食事も必要なんや! ロボットやないんやから」

 瑞樹が鉄板の上に並べられた肉類をひっくり返しつつ、大吉へ向かって揶揄うように言う。彼は少々怒りつつ反論していた。

 かなりアットホームかつ強引な雰囲気に押され、ソウゴは肩身を狭くしつつも虎次郎へ尋ねる。

「あの……俺がご一緒しても良いんですか……? その……こんな皆さんのお食事会に参加なんて……」

「なーに言ってんじゃい。今日はソウゴ君が主賓なんじゃから遠慮せずにたんとお食べ。ほれ、皿」

「あっ。どうも……」

 虎次郎から手渡された皿と箸を恐縮しながら受け取った。自分の手元に皿を取り合えず置く。

「ほらっ! 焼けたわよ~第一陣は譲ってあげるからガンガン食べちゃって良いわっ!」

 瑞樹の言葉と共に良い感じにこんがりと焼けたハムやソーセージが、ソウゴの皿へ盛られていく。

 燻製と肉の焼けた香ばしい匂いが鼻を刺激してきて、すきっ腹に堪えた。

(うっ……今日はまだ昼飯まだ出し、ご相伴に預からせてもらおうかな……)

「す、すみません……それじゃお先に頂きます……」

 ソウゴは箸を持ち、盛られたソーセージの一つを口に運んだ。歯で噛み千切ると同時にアツアツの肉汁が迸り、それが口内で弾けた。

「あちっ! あちあちっ!」

 悶えるソウゴを瑞樹が呆れた目で見つつ、虎次郎へそっと言う。

「……社長、水」

「分かっとるわい、ほい。お茶」

 予想していたように虎次郎がペットボトルのお茶をソウゴへ手渡してきた。

「す、すみません……どうも。でも美味しいです……このソーセージ」

 未だに咽ながらソウゴはお茶を受け取り、それの口を開けて飲んだ。

 確かにここのソーセージは美味しかった。いつもコンビニで買っている弁当に付いている小さなソーセージとは比べ物にならない。

 やっぱり工場で直接作っているから鮮度(?)が違うのだろうか。

 お茶をテーブルへ置いて、ソウゴは再びソーセージを口に運ぶ。今度は少し息を吹きかけて冷ましながら慎重に食べた。

 そんなソウゴを三人はにこやかに見つめている。

「不思議よねぇ……こうして見てると、ABAWORLDでいっつもボコられたり、吹っ飛ばされたりしてるミカくんだって何となくわかるのよね。なんでかしらね、動きが共通してるから?」

 自分の皿へ肉を取りつつ、瑞樹が首を傾げながらそう漏らす。どうやっているのか分からないが、左腕の触手でハムを細切れにしている大吉が訳知り顔で答えた。

「昔のモーションキャプチャー式VRならともかく今の脳波式は殆ど実際に動いとるのと変わらんからな。本人の所作とかそういうのが伝わりやすいんやろ」

 大吉の言葉に同意するように虎次郎が続ける。

「今のVRはホントに目の前、おるようにしか思えんからなぁ。ワシがガキの頃はこんなに進歩するなんてとても思わんかったわ」

「わっはっはっ! 虎はあの頃、エロ動画見るためにやっすいVR機器買って、その度、壁に叩き付け取ったもんな!」

「やめーや! その話はぁ! ワイも反省しとるんやから!」

 笑い話に花を割かせている二人に苦笑いしつつ、瑞樹も思い出したかのように口を開いた。

「でも……老人組が驚くのも無理ないわよね。当時と今じゃ本当に技術レベルが二段階くらい違うらしいし」

「技術レベル?」

 聞き慣れない言葉にソウゴが聞き返してしまう。瑞樹が口に放り込んだ焼売を飲み込みつつ答える。

「モゴ……あたしたちの文明が持ってるテクノロジーのレベルってこと。今は六ってとこね」

 瑞樹の言葉を大吉が補足してくる。

「ワシらが爺じゃなかった頃は四か五ってとこやったな。その時は所謂文明のどん詰まりってヤツで技術が上がるスピードが鈍化してて、よく破滅主義者共がこのまま人類は地球を出られずに滅ぶ! ってよう騒いどったわっ! ハハハッ!」

 明らかに馬鹿にするように笑う大吉を虎次郎が少し冷めた目つきで見ていた。

「まぁ……取り越し苦労やったんやがな。今じゃ夢物語だった火星への正式な移住始まるくらい技術進んどるし」

 ――ブブッ。

 三人の話をハムを齧りつつ聞いていたソウゴはふとポケットから振動を感じた。

 ポケットに手を突っ込んで電子結晶を取り出すと、メールが来ている事を知らせる赤い発光が見える。

 そのまま結晶を指で撫でて画面を表示し、メールを確認した。

(あっ……ブルーさんからだ)

【話は上手くいったか?】

 文面にはシンプルに一文だけそう書かれていた。ソウゴは結晶を操作して返信する。

(どうにか上手くいきました。色々と有難うございます……っと)

「2030年くらいだっけ? 急に色々と新技術発見されてバァーっと一気に発展したの」

「せやな。あの時はホンマ、テレビ付ける度に画期的な新技術が発見されましたー! 言うて大騒ぎやったわ」

 大吉が両手を掲げて大袈裟なジェスチャーを行い、当時の大騒ぎっぷりを表現していた。

 ――ブブッ。

 再び、電子結晶が揺れる。どうやらもうブルーからの返信が来たようだ。

(ブルーさんってホント返信早いよなぁ……女子高生みたいだ。内容は……)

【そりゃ良かった。これで大会出れるな。そうなると次はお前のアプデか】

 相変わらずシンプルな一文だったが、その文面を読んで自身の……バトルアバ『ミカ』のアップデートについて思い出した。

「あの……瑞樹さんちょっと良いですか?」

「あら? どうしたの? そんな改まって」

「俺の……いや『ミカ』のアプデってどうなったんですか? デルフォニウムからの権限は貰えたんですよね?」

 その言葉を聞いて瑞樹はしまったと言わんばかりに自身の額を叩いた。

「あっ! ゴメンねぇ。伝えるの忘れてたわね。権限はきっちり貰ってきたわっ! これで本格的に弄れるわよ~」

 瑞樹はテーブルの周りを少し片付けてから、ゴソゴソと自分の胸元を探り出した。

「丁度良いからここで見せてあげる。社長たちも、もう他人事じゃないから見ていきなさい」

 彼女は胸元から自身の電子結晶を取り出し、それを起動させる。紫色の発光が始まり、ブブブッと音が鳴った。

「社長ー。プロジェクター使っていい?」

「構わんで」

「ありがとー」

 彼女は虎次郎に感謝しつつ、電子結晶を操作してデータを送信した。テーブルの側にあったプロジェクターの一つが起動し、量子通信特有の青い発光が起きる。それと同時にテーブルの上に一枚のホログラム画像が表示された。

 ソウゴ、そして老人二人もその画像を覗き込む。瑞樹は自慢げに胸を張りながら言った。

「これがバトルアバ『ミカ』の――Ver1.0の完成図よ!」

 ホログラム画像には様々な兵器群と軍服姿の少女の姿が映し出されていた……――。







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