第24話『私のパトロンになって下さい!』

【ABAWORLD MINICITY PLAYエリア ボードゲーム酒場『風光明媚亭』】


 少し薄暗い店内。明かりと言えば壁に設置されている蝋燭が頼りであり、手元くらいしか見えない。店内には幾つもの酒樽が設置され、その上に様々な種類のボードゲーム盤が広げられている。将棋、チェス、碁……etc。二人、或いは三人のアバたちが酒樽を囲んで遊びに興じていた。

 そんな中、店内の最奥に板寺三河改めミカとブルーがいた。

「今回の一件で確信したけどさ。お前を一人で行動させたまま放置すると何れ世界が滅ぶわ。間違いない」

 ブルーは酒樽に肩肘を立てながら、盤面に並べられた裏返しの駒の一つを指先で持ち上げる。

「そ、そこまで言わなくても……」

 狼狽えるミカにブルーは掌で駒を弄びながら尚も続けた。

「いーや、絶対にそうだぜ。どうやったらあの短い時間で謎のアバに襲われて、マキを泣かせて、デルフォニウムの救急隊に運ばれるんだよ」

「……本当にこの前は申し訳ありませんでした……マキちゃんを怖い目に合わせてしまって――マ、マキちゃんは大丈夫でしたか……?」

「あいつはケロっとしてるわ。むしろお前の方を心配してたぞ、トラの爺さん共々さ」

「そうですか……後でトラさんにもマキちゃんにも謝っておかないといけませんね……」

 ミカは気落ちするように肩を落とした。色々とみんなにも心配を掛けてしまったようだ。

「つーかバイト終わって、ABAWORLD戻ったらマキしかいねえからオレもビックリしたぞ。お前はマキの側でぶっ倒れてて微動だにしねえし、マキは半べそで縋りついて泣いてるし、気が付いたら強制ログアウト処理されて消えちまうし」

 その時の光景を思い出すかのように空を指し示すブルー。

「それで三日ぶりくらいに現れたと思ったら、アホみたいな話してくるし、突然大会に出場するとか言い出すし、お前の事が本当に心配になってきたわ。マキから話聞いてなきゃとても信じられねえよ、あのトンデモな内容はさ」

「それは……正直なところ私にも未だにあの時の事が現実の事かわからないですからね……仕方ないと思います」

 実はブルーにはあの時、"痛み"を感じていたことを伝えていない。無用な心配を掛けるのもアレだし、それに今になって思えば――あの"痛み"が本物かどうかも分からなかったからだ。もしかしたら自分でも本物と思いたくないだけなのかもしれないが。

「しっかしバケモンみたいな謎のアバねぇ。前にも変な場所に転送されてキャンディ持たされたとかわけわかんねえ事、言ってたし、お前だけホント異世界に片足突っ込んでるよな――行け、【少佐】。ミカの司令部、蹂躙しろ」

 ブルーが会話しながら、ミカ側の陣地へ持っていた駒を進める。それと同時に盤上へ【総司令部占領】の文字と青い旗が表示された。

「あっ! そ、それ【タンク】じゃなかったんですか……」

「突入した【タンク】はおめーがさっき【地雷】で吹っ飛ばしただろ。嫌らしいトコに設置しやがって」

【軍人将棋は B.L.U.E が 勝利しました ゲームを続けますか?】

 二人の間にアナウンスが流れた。それと同時にゲーム継続を選ぶウィンドウが出現する。

「これ普通の将棋と違って盤面が見えないから、感覚が違いすぎて――とてもじゃないけど相手の駒まで覚えられないですよ……暗記ゲーじゃないですか」

 ミカの言葉にブルーはウィンドウを操作しながら答える。

「慣れりゃ直ぐ覚えられるわ。オレは普通の将棋よりこっちのが好きだぜ。マイナーだけどさ」

「……もしかしてルール知らない初心者をボコれるからじゃないですよね。好きな理由」

 ミカの追及にはっきりと目を逸らすブルー。そのまま口を開く。

「――話は変わるけどさ」

「話、逸らしましたね……」

「お前、またオレの不在中に限って、まーた(ピー)有名なバトルアバに遭遇したらしいじゃねーか! しかも"あの"BLOOD・MAIDENって……」

 ブルーは少し興奮した様子で酒樽の上に身を乗り出し、ミカの方へ寄ってくる。

「前の時はガザニアで、今回はあの伝説のバトルアバってさぁ……何? オレに恨みでもあるの? オレがアババトルオタクと知っての狼藉なの? 実は内心嫌ってたの?」

「い、いやそういうわけでは無いですけど……」

 戸惑うミカをじとっとした目つきで見つつ、ブルーが乗り出した身体を戻していった。

「なら気を利かせてサインの一つくらい貰ってきてくれよ。お前のこの――厳つい帽子にでも【ぶらっどめいでん】とか書いて貰ってさ」

 ブルーは他人の軍帽へ手を伸ばすとその人形みたいな細い指で勝手にツンツンと突いてきた。頭に衝撃を感じてミカの視界が揺れる。

「勘弁してくださいよ……そんなとこにサインされたらこれからどんな顔して戦えば良いんですか」

 嫌そうな顔をするミカにブルーは軽く笑っていた。

「ハハッ。オレもそんなヤツのオペレーターやるの嫌だわ――因みにさ、ミカ。お前が大会出るってのならオレは歓迎だぜ。オペレーターも続けてやるよ」

「え? 良いんですか? てっきり参加しないかと……」

 ミカはその言葉に少し驚いてしまった。流石にアババトルオタクを自称するブルーとは言え、大会出場は面倒臭がると思っていたからだ。

「なんだよ、その顔はよぉ。オレだってお前とそれなりに長い付き合いなわけだしさ。ここで手を引くってのも寂しいじゃん。最後まで付き合ってやるさ」

「ブルーさん……」

 意外な彼の言葉にミカは思わず、ジーンと来てしまった。

 思えばブルーと出会ったお陰でこのABAWORLDで何とかやれてきた。色々な場所へ連れて行って貰い、彼の強引さに助けられ――まぁ不要な厄介事が二、三増えたのは否定出来ないが。それでも彼がいなかったらここまで姉の情報を探し続けることは出来なかっただろう。

(……最初に知り合ったのが、ブルーさんで良かったなぁ……)

 そう感慨深く振り返っていると、ブルーは先程までの雰囲気をぶち壊すように調子を変えて喋り出した。

「それにさ、考えてみろよ、ミカ。これまではアマで解説齧ってる程度のオレだったが、大会出場者のオペレーターとかいう最強のカード手に入れるんだぜ。ケケケッ……」

 ブルーはそこまで言って邪悪な笑みを浮かべた。

「あー……妄想するだけで楽しみだわ。もうアババトルの事でオレにフォーラムで反論出来るヤツいなくなるからな。何か言ってきたらでもお前大会出てねえじゃんの一文で黙らせる事が出来るってわけ」

「……十秒前くらいの感動していた自分を、ぶん殴りたくなりましたね。薄々そんな事じゃないかと察してはいましたけど」

 先程まで感じていた感動を全て空の彼方へとぶっ飛ばすブルーの発言を、ミカは著しくトーンダウンしながら受け取る。

「ま、欲望のためにお前を利用するつもりだからな、オレ。しっかりとオレのイキリ用友人として頑張ってくれ。ちゃんとその分サポートはしてやるからさ」

 ブルーはそう言って何時もと変わらぬ意地の悪そうな表情を見せつつ、ケタケタと笑っていた。

「ホント悪い意味でブレませんね……ブルーさん」

 ミカが呆れているとブルーが少し悩むような表情を見せながら言った。

「ただ問題はスポンサーだよなぁ。こればっかりはオレもどうすれば良いのかようわからん。時期も悪いし」

「時期?」

「もう大会開催近いからさ。今からどっかスポンサー探すってなるとキツイぞ。大体出場者決めて、エントリー終えてるとこが殆どだし」

「どこか募集とかしていないんでしょうか? 企業側から募集している例もあるって、少し自分で調べた時に目にしましたけど」

 ミカの言葉にブルーは腕を組んで唸る。あまり良い答えが返ってきそうな様子ではなかった。

「うーん……現実的な問題としてお前みたいな出所不明の怪しいバトルアバ、雇うか? どこのデザイナー制作って聞かれても答えられないんだぞ。メカ女は飽くまで武装のみのデザインだし」

「そ、それは……確かに」

「仕事の面接に置き換えて考えてみろよ。資格はあります、けどその資格証明するものありませーんって感じの舐めた野郎が面接に来るんだぞ。しかも何か声まで変えてる不気味な女体化野郎だし」

 ブルーの妙な例はともかく言っている事は間違っていない。自分の状態的に怪しいヤツという誹りは避けられないだろう。もし自分が雇う側の立場でそんなバトルアバを雇うかどうかで言えば――NOだ。

 彼は頭の上で手を組みながら、思案するように空中に視線を漂わせながら続ける。

「それでも諸々完成済みバトルアバって触れ込みで、売り込み自体は出来るだろうがな。単純に戦うだけじゃなく、チルチルみたいにCMとかへの出演を許可すれば、契約もし易い筈。ただ当然まともなスポンサーなら実際に雇用する前に審査があるし、それの期間を加味すると――」

「大会まで間に合いませんよね……。うーん……一体どうすれば……ムーンさんに相談しようにも連絡が取れませんし」

 大会出場の件も合わせてM.moonに連絡入れておいたのだが、未だに返信は来ていない。ミカもブルーと同じように頭を悩まさせる。お互いにうんうんと唸りながら何か、妙案は無いかと思案していた。

 そんな折、ブルーが何か思いついたかのように呟く。

「いや……待てよ……? 要はまともなスポンサーじゃなくて審査も無いようなロクでもないトコなら良いわけだ」

「……そんなところあるんですか? というよりもそんなところにスポンサー頼んで大丈夫なんですか……?」

「……うーん、正直微妙なトコではあるんだけどさ。まぁダメ元つーことで――連絡してみるか」

 そう言ってブルーは自らの右腕を撫でてウィンドウを表示させると何やら誰かへ連絡をし始めた――。




【ABAWORLD MINICITY KUIDAOREエリア 関東炊き屋台『ひょっこり八兵衛』】



 ABAWORLDの気候再現システムが久しぶりの雨を選択したため、KUIDAOREエリアにはザーザーと雨が降り注いでいた。

 そのため、何時もはアバで賑わうこのエリアも人影が少なく、ひっそりとしている。仮想現実であるため雨に濡れる事を気にする必要は無いのだが、それでも普段の習慣からどうしても雨に対して人間は忌避感を持ってしまう。それはリアルさが売り故の弊害かもしれない。

 そんな降雨の中、道沿いの屋台の一つにぼんやりと明かりが付いていた。

 その屋台の正面には白いテントが置かれ、その中に人影が三つあった。

「いや、無理に決まっとるじゃろ!」

 ラッキー★ボーイは雨音に負けないような大声でそう言ってテーブルを両手でドンと叩いた。その衝撃による物理演算により、テーブルの中央に設置されていた"関東炊き"鍋が揺れ、そこからアツアツの汁が飛び散る。

 その飛び散った汁に当たり、正面で座っていたブルーが喚き、更に机を叩いたラッキー★ボーイ本人ですらアチアチ汁の攻撃を受けて悲鳴を上げた。

「ぎゃっ! アチアチアチッ!」

「アッチィ!! 爺さん、気を付けてくれよ! 飛んでるぅ! 汁っ!」

 そんな二人を余所にミカはバトルアバ特有の反射能力で、飛来してくる汁を軽いスウェーで全て回避し、涼しい顔をしていた。

「やっぱりダメですかね……ラッキー★ボーイさんにスポンサーとなって頂けたらと思っていたのですが……」

「おー……熱かった熱かった――ワシの店ってホンマにしがないPCショップだからなぁ。流石にバトルアバのスポンサー出来る規模やないわ」

 自身へ飛んだ汁をその丸っこい手で拭いつつ、ラッキー★ボーイはミカへ説明する。

「そうは言っても爺さんくらいの店の規模でバトルアバ使ってるとこだってあるだろ? バトルアバ『衛(マモル)』のトコの【小日向製作所(コヒュウガセイサクジョ)】とかさ。どうにかならねえのか?」

 ブルーの言葉にラッキー★ボーイは首(?)を横に振って応じた。

「無理無理。そういう店はどっかと提携して支援受け取るとこが殆どやし。ワシみたいな完全な個人店じゃスポンサー登録用の一時金すら払えんわ」

「やっぱりお金掛かりますもんねぇ……」

 ラッキー★ボーイの言葉にミカも頷く。ミカ自身もデルフォニウム本社から帰宅した際に、スポンサー関連を調べていた。一番お金が掛かるバトルアバ自体の製作費を別にしても、会社のスポンサー登録には他にも費用が必要になってくる。それは決して安い金額では無かった。

「スポンサーになると広告料をデルフォに払わなあかんしな。バトルアバのチューニング費用も別途必要じゃろうし。老い先短いワシの財力じゃキツイわ」

 つらつらと語るラッキー★ボーイを見て、ブルーが何かに気が付き、訝し気な視線を送る。

「何か爺さんさぁ……妙に詳しいじゃん、スポンサーの事。さては……ミカのスポンサーやるの一回くらい考えた事あんだろ?」

「うっ……」

 ブルーの看破にラッキー★ボーイが少しだけ口籠る。少し間を空けてから観念したように口を開いた。

「……まぁ無いわけじゃ無いわ。折角ノンスポンサーのバトルアバと知り合えた訳やしな。トラともちょっと話したわ、その事」

「……やっぱりー。わりー爺さんたちだなぁ、不良老人共め。まだ儲けるつもりだったか」

 揶揄うようにニヤつくブルー。ラッキー★ボーイは少々気恥ずかしそうに星型の身体を右手で掻いていた。

「そうは言っても酒の席で、酔っ払いの戯言程度やし……――やっぱり夢あるじゃろー! それこそ小日向製作所とかバトルアバ輩出してから、知名度鰻登りやったんやから! ワシと同じ零細のPCショップだったんに! うぉぉん!」

 悔しそうに嗚咽しながらテーブルへ突っ伏すラッキー★ボーイ。それをブルーは呆れつつ、見据えていた。

「……爺さんの嫉妬ほど、見苦しい物はねえな――あっ? ちょっと待て、そういやトラの爺さんはどうなんだ? 確か結構、そこそこの規模の食品工場やってたよな?」

 ブルーの思い出しような発言にラッキー★ボーイがテーブルから顔を上げた。

「――あいつならそらスポンサー出来ると思うで。規模的にも資金的にも充分じゃな。ただなぁ……あぁ見えて結構真面目で頭固いヤツじゃから、難しいと思うで。社員抱えるだけあって金勘定は厳しいし」

「トラさん……」

(……マキちゃんの事、しっかり謝らなくちゃなぁ……)

 二人の会話でミカはあの事を思い出し、少しだけ憂鬱になる。メールで一応の謝罪はしておいたけど、何分色々あった後だ。

(やっぱり直接会って謝罪すべきだよな……色々と心配も掛けてしまったみたいだし)

 ミカは手元の菜箸を手に取ると"関東炊き"の鍋を突いた。すっかり出汁の染み込んだ大根が箸に突かれて揺れる。

 ABAWORLDに香りを感じる機能は無いが、もし仮にそれがあったら食欲を駆り立てる良い香りがしていた事だろう。

 横目でブルーとラッキー★ボーイを見るとまだ話し込んでいた。

「前にワシが強引にSVR機器買わせようとした時も、中々頭を縦に振らんかった。最終的には孫のマキちゃん出しにして買わせたけど」

「……老人の癖に随分良い機器使ってんなと思ったら、ラッキーの爺さんが買わせてたのか……知り合いを食い物にするとは恐ろしいやっちゃな」

「ちゃんとサービスして割安で提供したんやぞ! ワシも! 最終的には虎も納得しとったし!」

 そんな二人から視線を離し、ミカは再び鍋の中身を菜箸で弄びつつ思案し始めた。姉の事、そして姉から指定された例の場所の事……。

(姉さんは本当にその……チャンピオンアバ決定戦の、王座とかいう所で待っているのかな。当然、あんな場所を指定するくらいだから、スポンサーが必要というのも知っての上での指定だろうし……)

 スポンサー。恐らく自分の人生の中では初の、家族以外の他人に、お金――出資を頼まざるを得ない状況だ。それも相当な額の……。

(バイト代集めて後で返す……なんて、とてもじゃないけど言えない額が必要だし……)

 絶対に自分の財力ではどうにもならない問題だ。結局のところ他のバトルアバたちのように自らを売り込んで、商品として、投資して貰うしかない。

 それにスポンサーが付くということは今までと違って、その会社の看板――名前を背負うということだ。それはバトルに対して責任を持つということでもある。好き勝手やってきたこれまでバトルと違って、自分の行動によっては迷惑が掛かってしまう。そして――他のバトルアバたち同じように観客である普通のアバたちを楽しませる義務と責任がある。

(姉さんは試しているのかもしれない。俺が責任とちゃんと向き合えるかどうかを――一度"責任を放棄した俺"だからこそ――もう一度向き合うチャンスをくれたのかもしれない)

 ――向き合うべき物が定まったら、また戦いましょう――

 ふとガザニアの言葉を思い起こされる。

 自分が向き合うべき物――それは"責任"だ。

 それに今、自分にはもう一つ目標が出来た。

 今までは姉さんを探すという目標しか無かった。

 大会優勝……バトルアバとして新参者の自分が本来目指すべきではない高い目標。烏滸がましくもそこへ挑もうとし、その事に胸の高まりを抑えられない自分がいる。

 まだ見ぬ強敵に、そして――あのガザニアとの再戦を想い、心根が震える。

 自分自身にこんなところがあるなんて想像したことも無かった。

 どちらかと言えば何かを争うなんてことは避けてきた人生だった。

 でも――この胸の高まりはきっと――今まで持っていたけど気が付かなかった物なんだと思う。

(結局……俺はまだまだ姉さんの掌って感じだよなぁ……ホント敵わないよ)

 自嘲気味にそう思いつつも、"バトル・アバ『ミカ』"は心を決めた。

 ふと屋台のテントの外を見るとそれまで降り続いていた雨がすっかり止んで、雨音が聞こえなくなっていた。

 薄暗い仮想現実の空には夜の闇が拡がっている。珍しく静かだったこのKUIDAOREエリアにも、これからアバたちが戻ってきて騒がしくなるのは間違いなかった。

 ミカは一度深く息を吸い、目を閉じる。それからゆっくりと目を開けて言った。

「……トラさんと会いましょう。スポンサーをお願い出来るか頼んでみます」

 唐突なミカの言葉にブルーとラッキー★ボーイが振り向く。今まで黙っていたミカが急に口を開いたので二人とも鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしていた。

「どうしたん、ミカ? 何か如何にも覚悟完了したみたいな顔してっけど」

「本気かぁ、ミカちゃん? ワシが言うのもアレやけど、アイツ早々、ウンとは言わんと思うぞ。実際の金絡む以上」

 二人共明らかに様子の違うミカに少し困惑していた。

「構いません。なんなら土下座でも何でもします。今の私にはスポンサーが必要なので」

 はっきりと言い切るミカに、二人は少しだけ顔を見合わせる。未だに困惑しているラッキー★ボーイを余所にブルーはしょうがねえなと言いたげな様子で肩を竦めながら言った。

「……ウチの"司令官"殿がそう言うじゃ仕方ねえな。参報のオレは着々と作戦立てるまでさ」

「さ、作戦ってどうするんじゃ……?」

 ラッキー★ボーイの問いにケケケッとブルーは笑う。

「ラッキーの爺さんにも協力してもらうぜ。まずは外堀を埋めねーとな――さぁて……そうと決まれば色々と連絡の必要があるな」

 ブルーは自身の右腕を撫でてウィンドウを出現させると何やら色々と操作を始めた。

 行動を始めるブルーを見て、ミカも勢い良く立ち上がって気合を入れる。

「よっしゃぁっ! やりますよ、私は! トラさんを口説き落として見せます!」

 その勢いでテーブルが激しく揺れた。

「ホンマに大丈夫かいなぁ……?」

 色々とテンションを上げている二人を余所に一人ラッキー★ボーイは不安げな表情を浮かべていた。



【ABAWORLD MINICITY SHOPPINGエリア】



「トラさぁぁぁぁんっ!!!」 

 大勢のアバが行き交う中、トラさんの姿を見つけたミカは殆ど叫びながら突進していった。

 その勢いと大声に気圧されて、他のアバたちがモーゼの湖割りの如く身を引いて行く。

「おぉっ! ミカちゃん! 大丈夫やったんか!? なんか急に倒れたらし――」

 トラさんの方も全速力で駆け寄ってくるミカに気が付き、心配そうに声を掛けようとした。

 ――ズサー!

 ミカは殆ど転がるようにしてトラさんの前へ滑り込む。そのまま五体を投げ出すようにして見事な土下座を決めつつ、叫んだ。

「私のパトロンになって下さい!」

「へ? パ、パトロン……?」

 その聞き慣れない言葉にトラさんは髭をピクピクさせながら困惑の表情を浮かべる。ミカは頭を下げたまま続ける。

「どうしても大会に出場しないといけないんです! そのために資金が必要なんです! だからトラさん! 私に援助してください!」

 援助という言葉に周囲が騒めき始める。ヌイグルミみたいな見た目のトラさんとは言え、男性型のアバへ見た目は少女のアバ(中身はともかく)が土下座しながら援助を求めている。色々アレな発想に辿り着くのは仕方がなかった。

「ちょっ、ミカちゃん、ここでそういう発言は色々と誤解を受けてまうから……ほ、他のとこで――」

「もう私には時間が無いんです! 頼れるのはトラさんくらいで――お願いします! 私にはこの身体くらいしか使える物が無いんです。だから――幾らでも(工場の宣伝とかに)使って良いですからっ!」

「言い方ぁっ! その言い方は誤解受けまくるから止めんかいっ!」

 トラさんは色々と語弊のありまくるミカの言葉に気色ばんだ。

「取り合えず! こ、こっち来いや、ミカちゃん!」「あっ!」

 トラさんは慌てて土下座を決めていたミカを引っ張り起こすと、SHOPPINGエリアの端の方までその手を取って連れていく。

 その過程で周囲のアバたちが何やら色々と口騒いでいたがそれを気にする暇も無く、二人は店舗の影まで移動していた。

「はぁ……はぁ……あ、あのままじゃワシのABAWORLDの評判がトンデモない事になっとったわ……全く」

 肩で息をしながらトラさんがミカへ話しかけてくる。

「取り合えず、話自体は大吉――ラッキー★ボーイから聞いとるわ。ワシにスポンサー頼みたいらしいな、ミカちゃん……?」

「はい。バトルアバ『ミカ』としてトラさんにスポンサーをお願いしたいんです」

 トラさんからの問いにしっかりと答えた。それを受けてトラさんは何時になく真面目な様子で言葉を続ける。

「……当然、少なくない額掛かるの知ってて言うとるんやろな?」

「……はい」

 ミカの返事を聞いてトラさんは目を瞑る。そのまま腕を組んで暫く思案していた。

 やがて静かに口を開いた。

「……実際のところ、バトルアバのスポンサーやれるなんて渡りに船なんや。広告効果の凄さくらいワシだって知っとるしな」

「それなら……!」

「じゃけども! 幾らミカちゃんとそれなりの付き合いあったり、色々世話になったりしたとしても、ワシはやっぱり仮想現実の付き合いだけで会社の金は使わせられんよ。頭が固い言われてもそこは譲れんわ」

「……そうですか……」

 ミカはがっくりと肩を落とす。彼の言っている事はもっともだ。あくまで自分とトラさんはネット上の知り合い程度の関係でしかない。そんな自分がいきなりスポンサーになってくれと言われても断るのが当然だ。

(やっぱり……甘かった、かな。幾らトラさんと知り合いだからってスポンサーになって貰えると考えたのは……)

 しゅんと気を落としているミカをトラさんは横目で見つつ、自らの右腕を撫でた。ウィンドウが出現し、それを操作する。

 ――ピコンッ。

 ミカは自身から聞こえた電子音で顔を上げた。

(……メール? 若しかしてトラさんから……? でもなんで直接言わずにメールで……?)

「……それ見てどうするか決めればええ。仮想現実だけの関係で終わらせるかは……ミカちゃんが決めるんや。そんじゃ、またな、ミカちゃん」

 トラさんはそこまで言い切るとその場から急にログアウトした。

「あっ、待って――」

 ミカが止める間も無く、トラさんの姿は完全に消えた。

 残されたミカは仕方なく自身の右腕を撫でて、ウィンドウを出して、送られてきたメールを閲覧する。

 文面を見て、ミカはトラさんの言っていた事を直ぐに理解した。

 直ぐにネット検索用のウィンドウに切り替えて、ある情報を入力する。

「……ここが……」

 ウィンドウの検索結果にはとある場所の情報が表示されていた。

【片岡ハム】

 それはトラさんが現実で経営している――食品加工工場の名だった……――。























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