第23話『王座で待つ』

【デルフォニウムデータサーバー 仮想バトルフィールド】




「あ、あのツバキさん!? ちょっ、ちょっと落ち着いた方が良いんじゃないですか? 明らかに様子が変ですけどっ!」

 バトルが始まるなりソウゴは頭上のツバキへ向けて呼び掛ける。彼女は相変わらず上気した様子で身体をくねらせながら答えた。

「お気になさらずぅ……♥ このバトルアバは色々と新ベーシックシステムが搭載されているのでぇ……♥ このように少々、精神状態が高まってしまうのです……アハッ♥ 他にも幾つか問題はありますけど……でも愛し合うのには問題はありません……♥」

 そう言ってツバキは両手を顔に当てて、恍惚とした表情で笑う。もう完全に正気とは言えない状態だった。

(気になるわっ! というかやり辛いわっ!)

「ええいっ! もう良いです! 【武装召喚】!」

 ソウゴは最早まともな会話は不可能と判断し、【三式六号歩兵銃】を右手に呼び出した。

 そのまま即時に射撃を行おうと銃を構え、アイアンサイトを覗き込み、ツバキの顔へと狙いを定める。

 ――ガァンッ!

 発砲音が響き銃弾が彼女へと撃ち出されていく。ツバキは不敵な笑みを浮かべるだけでそれを避けようともしない。

 銃弾がツバキの顔面に直撃し、衝撃から思いっ切り仰け反った。

「あぁんっ♥」

「なっ……!?」

(よ、避けないのかこの人!?)

 ツバキの行動に困惑しながらも次弾を装填するために銃のボルトを操作していくソウゴ。

 銃撃を喰らって変な喘ぎ声を上げたツバキはゆっくりと顔を起こし、囁くように言った。

「愛というのはお相手との歩み寄りも重要です♥ だから敢えて……受けましたぁ♥ これは私からのお返しです♥ ――カウンター・フレグランス……♥」

「え……!? ぶほぁっ!?」

 彼女の声と共にソウゴの足元へ一輪の真っ赤な花が咲いた。驚く暇も無くその花から桃色の煙が吹き出す。

 突然の事で避けることが出来ず、まともにその煙をソウゴは吸い込んでしまった。

「ゴ、ゴホッ……!? な、なんだこの煙――みゃっ!?」

 身体に異常を感じて、ソウゴは変な声を上げてしまう。

(な、何これ!? か、身体が勝手に動いてるっ!?)

 自身の意思に反して足が勝手に動いて行く。ソウゴの視界には【魅了】という文字が表示されており、それが状態異常だと知らせてきた。

「アハッ……ソウゴ様ぁ……♥ どうぞこちらへ……♥ 一緒に実らせましょうねぇ♥」

 妖艶な表情を浮かべながらツバキは待ち兼ねるように手招きをしていた。隣で侍らせている双頭の蛇も獲物の待ち構えるように舌なめずりをしている。

(く、喰われる……! 色んな意味で……!!)

 ソウゴの身体は巨大な花弁を広げて咲き誇っているツバキの方へとどんどん引き寄せられていく。抵抗しようにも首くらいしか動かず、どうにもならない。

(ま、不味いぞこれは……! どうすれば――あっ!)

 ソウゴの視界に右手へ構えかけた歩兵銃が映る。幸運なことにその銃口はギリギリ、ツバキの方へ向いていた。

「パ……パワーリソース投入っ! 小銃擲弾(ライフルグレネード)、装着っ!」

 ソウゴの声と共に銃口へ緑色の擲弾が装着される。

「――発射ッ!!」

 即座に銃口から擲弾が発射され、ツバキの方へ飛翔していった。

「――ツツジ、レンゲ。お願いしまぁす……♥」

 彼女は自身へと向かってくる飛翔体を目で捉えると、両隣の大蛇へ指示を送る。それに応じて二匹の蛇が彼女を守護するかのように進み出た。

 擲弾の先端が大蛇の身体へと接触し、即座に爆発が発生する。巨大な花全体を爆炎が包み込んだ。

(……っ! 魅了が解けた……!)

 身体の自由が戻ってきた事を察し、ソウゴは足に力を入れて、一気に後方へと跳躍した。

 床へ左手を地面に着けて着地し、動物のように低姿勢を取る。前方で未だに硝煙へ包まれているツバキを警戒しながらそのまま歩兵銃のボルト操作を行い、再装填を終わらせた。

「ソウゴ様から来て頂けたら嬉しかったのですが……残念です……♥」

 収まり始めた硝煙が晴れていくのと同時に煙の中からツバキが再び姿を現した。

 侍らせている二匹の蛇を労わる様に撫でながら、彼女は再び眼下のソウゴへ誘うように言った。

「今度はぁ……♥ こちらから出向かせて頂きますねぇ……♥ パワーリソース投入――ラブ・スポア……♥」

 ツバキの隣の大蛇たちが顔を空へと向け、大きく口を開いた。その口から緑色をした拳大の胞子のような物が大量に吐き出される。それは空中へ撒き散らされていき、やがて重力に従い、落下を始めた。

 ソウゴの周りへとその胞子たちはゆっくりと降下してきて、辺りを漂い始める。

(こ、これはヤバイ予感っ……!)

「銃剣(バヨネット)、着剣っ!」

 その不穏な胞子に危機感を感じ、ソウゴは歩兵銃へ銃剣を装着した。そのまま槍のように構える。

「せいやっー!」

 剣先を近場の胞子の一つへと向け、刺突する。柔らかい感触と共に胞子へ銃剣が突き刺さった。

(――え。何だこれ……刺さってる……のか?)

 あまりの手応えの無さに不安を感じて、直ぐに銃剣を引き抜こうとした。しかし――。

「――抜けないっ!? というか取れない!?」

 胞子は銃剣の刃に刺さったままくっついてしまっている。慌ててブンブンと歩兵銃を振って胞子を剥がそうとした。しかし一向に剥がれる様子は無い。

「フフッ……♥ ソウゴ様、私からの愛を受け取って頂けましたねぇ……♥」

「――えっ……げぇっ!?」

 ツバキからの言葉に自身の身体へ視線を向ける。いつの間にか背中やスカート、更に尻尾や耳へ胞子がくっついていた。銃剣から胞子を取り外そうとして気が付かない内に他の胞子と接触してしまっていたらしい。

(ヤバ――)

「アハッ……♥ ラブ・スポア――開花♥」

 ツバキの言葉と共にソウゴの身体の至る所に張り付いていた胞子が一斉に緑色へ発光した。

 ――ポンッ! ポンッ! ポンッ! ポンッ!

「ぎゃぁぁぁあぁぁっ!!!?」

 胞子が閃光と軽い音と共に次々と爆発を始め、ソウゴの身体は衝撃で揺れ動く。そこまで威力の無い爆発だったが、連続して爆発した事でソウゴの小柄な身体はまるでダンスを踊っているかのように、上下左右へ振り回された。

 爆発は尚も続き、まだ爆発していない他の胞子さえもソウゴの身体の方へ引き寄せられていく。

 ソウゴは衝撃で揺れている視界の中、辛うじてパワーリソースがマックスまで溜まったことを知らせるウィンドウが出現したことを確認する。連続爆発の中、必死に叫んだ。

「パワー、リソース全投入っ! だ、大召喚っ!!」

 ソウゴの声に応じて足元に機械仕掛けの魔法陣が出現する。その魔法陣から大量の電流混じりの水蒸気が吹き出し、ソウゴの身体ごと周囲の胞子を巻き込んだ。

 その熱気と電流に刺激され、辺りを漂っていた胞子が次々と誘爆を起こし、爆発音が連続して鳴り響いていく。

「――くっ! 頼む! 一式重蒸気動陸上要塞【黒檜】!(ヘビースチームランドフォートレス・クロベ)」

 ソウゴは未だに続く爆発に身を焼かれながらも、【要塞(フォートレス)】の招集を宣言した。ゆっくりと足元から黒鉄の巨体が競り上がって来る。それを見ながらツバキが感嘆したような声を漏らした。

「それがソウゴ様の召喚物ですか……生で見るの初めてですねぇ♥ 本当におっきぃ……♥ でも……そのまま出させてあげませんよ♥ ツツジ、レンゲ――食べちゃいなさい♥」

 ツバキの言葉と共に彼女の侍らせている大蛇たちがその鎌首を擡げ、大きな口を開き、召喚途中の黒檜へと迫る。甲板でそれを見ていたソウゴは咄嗟に叫んだ。

「【近接補助起動】! 【主腕(メインアーム)】展開!」

 ソウゴの声と共に黒檜の両側面に備えられた駆動し、前方へと突き出されていく。連動するようにソウゴの両手にも半透明の腕が出現する。そのまま迫る二匹の大蛇へ向けて両手を突き出した。

「おりゃぁぁぁあ!!」

 気合の声と共にソウゴは黒檜の二本の腕で操作して、接近する大蛇たちの顔へ向けた。開かれた三本の鋼鉄のクローが大蛇たちの口へ突っ込まれ、その動きを止める。

「ぐっ、ぬぬぬっ!」

 大蛇たちは牙を振り翳しながら甲板上のソウゴを直接飲み込もうと暴れた。それを抑えるために黒檜の腕が軋みを上げながら力を振り絞る。連動しているソウゴの両手にも衝撃が伝わり、かなりの負荷が掛かってきた。

「アハッ♥ 男性の方ってやっぱり乱暴ですよね♥ でも力づくっていうのも私、結構好きですよ……♥ パワーリソース全投入――プレデター・アンプル♥」

 ――ビキビキビキッ!!

 ツバキの言葉に応じて二匹の大蛇が更に巨大化していく。その表皮が硬質化していき、顔付きも凶暴性を増していった。それまで以上の力が黒檜の両腕を襲い、その凄まじい力を抑えきれず、限界を迎えた。

 ――ベキッ。

 破滅的な破壊音と共に黒檜の両腕が大蛇たちに圧し折られる。連動していたソウゴの半透明な両腕も弾き飛ばされるように破壊された。

「ぐっ……!?」

 遂に抑えの無くなった二匹の大蛇は甲板のソウゴへと迫る。真っ赤な口を開き、一飲みにしようしてきた。

「く、黒檜ッ!! 全力後退っ!」

 咄嗟にソウゴは黒檜へ指示を出す。主の命令を受けた黒檜は巨大履帯を全力で駆動させ、後方へと下がろうとする。逃がさんと言わんばかりに二匹の大蛇は追い縋り、牙を黒檜の前部へ喰い付かせた。牙が装甲と砲台に食い込み、引っ張られ、履帯が空転し、黒檜の動きが止まる。

「目視照準!! 近接防御兵器群起動!! 手動(マニュアル)射撃化!」

 ソウゴの右目に赤色レンズの片眼鏡が現れる。そのまま大蛇たちの硬質化していない部分、その真っ赤な四つの瞳に視線を合わせた。黒檜の各部に備え付けられた近接防御兵器群が一斉に起動し、そのつぶらな瞳へと狙いを定める。

「――撃ぇっ!!」

 ――ブゥゥゥゥゥゥンッ!

 ――ブゥゥゥゥゥゥンッ!

 ――ブゥゥゥゥゥゥンッ!

 ――ブゥゥゥゥゥゥンッ!

 号令と共に放たれた20ミリメートルタングステン弾による弾丸の暴風雨が大蛇たちへ降り注ぐ。硬質化した表皮に当たった弾丸が激しく跳弾し、辺りを火花が飛び散った。

 喰らい付いていた大蛇たちが怯み、仰け反る様にその口を離した。

 その間隙をついて黒檜の履帯が轟音を上げて回転を始める。一気に馬力が生み出され、大蛇たちから巨体を引き剥がしていった。

「あぁん……♥ ソウゴ様、イってしまわれるんですかぁ……♥」

「紛らわしい言い方をしないで下さい! くっ……! 損害が大きい……!」

 名残惜しそうに変な物言いをするツバキを窘めつつ、ソウゴは黒檜の状態を専用ウィンドウで確認していた。

(ダメだ……! 砲塔部は全壊だ……くそっ! このままじゃまともに攻撃も――んっ?)

 ふと甲板上からツバキへ視線を送る。遠目に彼女の侍らせている二匹の巨大蛇が蠢いているのが見えた。視線を彼女の足元……床から生えている根本部へと移していく。そこは茶色の太い幹となっており、床へしっかりと根を張っていた。

 それは先程の激戦でも"微動だに"しておらず、床へガッシリと喰い付いている。

(……まさか……)

 ソウゴは"ある事"を思い付き、後ろを振り向くと黒檜のカメラアイへ向けて命令を下した。

「……黒檜。目いっぱい後退。フィールドの端っこまで行ってくれ」

 主の命令を受けて黒檜の巨体が後退していく。あっという間にツバキから距離を取り、彼女の姿が豆粒レベルになるまで後ろに下がった。ゴンッと重い音と共に黒檜の後部が壁に当たる。ここがフィールドの端のようだ。

 改めて遥か彼方のツバキへ視線を送る。目を凝らすと辛うじてウネウネと蠢いているのが分かる。何故か離れていった黒檜を追ってくる気配は何時まで経っても無い。

「……やっぱり……」

 ソウゴは確信した。

「――動けないんですね……ツバキさん」

 そう……ツバキのバトルアバは完全に床と固定されていた。植物モチーフ故か否かは不明だが下半身から下方へと伸びる幹、そこから伸びる根はしっかりどっしり床へ根を張り、微動だにしない。全く攻撃してこない辺り、恐らくここまで遠距離戦になってしまうと対応する武装も無いのだろう。仮にあの胞子を撒いてきたとしてもこの距離では充分逃げる時間がある。

 ――他にも幾つか問題はありますけど……――

 ツバキの言葉が思い起こされる。なるほど確かにこれは問題である。というより完全に欠陥としか言えなかった。

(どうしよう……これ……本当にやって良いのか……?)

 ここまで離れてしまうと黒檜も砲撃を行えない(そもそも砲塔部は全壊しているが)。だが……黒檜にはこの超遠距離戦でも使用可能な武装が二つある。ソウゴは躊躇いつつも右目の片眼鏡で遠方のツバキの姿を視線に捉える。

 片眼鏡のズーム機能により赤い視界の中で彼女の姿が拡大された。こちらへ向かって手招きをしたり、胸を寄せて扇情的なポーズをしているのが見える。

(何やってんだ……あの人……本当に別人みたいだな……というよりもアレ自分が何やってるか、わかってんのかなぁ……)

 ソウゴはその行動に呆れつつ、ツバキを視界の中心に捉えるとロックオンを開始した。次々と緑色の円が彼女へと重なっていき、続いて四角い緑の枠がそれに重なる。

 ――ピッピッピッピッピッピッピッ……――ピー!

 ――ビッー!!

 多重ロックオンの音が響き、更に大型誘導弾用のロックオン完了を知らせるブザーが鳴り響く。

 黒檜の後部にある二基の誘導弾発射機が稼動し、空を向く。続いて大型誘導弾の格納されたセルのハッチがパカッと開いた。

「……小型誘導墳進弾、全弾発射。ついでに垂直式大型誘導墳進弾も発射」

 かなりやる気の無い声でソウゴは黒檜へ攻撃を命じる。その声に応じて無数の小型誘導弾が空へと撃ち出されていく。遅れてセルから大型誘導弾の弾頭部が迫り出し、ゆっくりと上昇し始めた。

 先んじた小型誘導弾たちは真っすぐ空へ上がり、やがてその推進剤に火が付く。それと同時に急降下を始め、床と水平になりながら超低空飛行でツバキへと向かっていった。

 流石のツバキも気が付いたのか、向かってくる小型誘導弾を迎撃しようと二匹の大蛇を繰り出す。しかし小型誘導弾たちは意思を持つかのように、ツバキへの着弾寸前、飛び魚のようにその弾頭をホップアップさせて突き出された大蛇たちを避けた。

 驚愕するツバキの表情がソウゴのズームされた視界からでも見える。飛び上がった小型誘導弾たちはそのまま彼女の咲き誇る花びらへと殺到し、次々に着弾した。

「弾着確認……」

 命中を確認したソウゴはゆっくりと右目の片眼鏡を外す。赤く染まっていた視界が消え、通常の色へと戻った。

 遥か彼方の着弾地点で爆炎が次々に発生し、ソウゴの犬耳が辛うじて遠方から聞こえる爆発音を捉える。今のツバキの身に起きている状況は想像に難くない。

 後から遅れて空を飛翔してきた大型誘導墳進弾が、爆炎に包まれているツバキの真上へと到達し、降下を始める。その弾頭が"花"に触れるのと同時に激しい閃光が煌めき、着弾地点で巨大な火柱が立ち昇った。

 これだけ離れていても減衰し切れない爆風が黒檜の甲板上にいるソウゴまで届き、スカートや耳、そして尻尾を揺らす。そこまで強い風では無かったが、何時もの癖か、被った軍帽を飛ばされないようについ右手のグローブで押さえてしまった。

(こ、これ……追撃した方が良いのか……? アナウンス無いからツバキさん、ヘルス残ってるよな……多分)

 あれだけの攻撃を受けたにも関わらず、どうやらツバキのヘルスは残っているようだ。その証拠にバトル終了を知らせるアナウンスが流れていない。

 着弾地点は巨大な黒煙が吹きあがっており、どうみてもそこにいる人物が無事とは思えないが、バトルが終了していない以上攻撃を加える必要がありそうだった。

(すっごい耐久力ありそうな見た目だったもんなぁ……ツバキさん。何かやだなぁ……こういう一方的に攻撃するの……)

 逡巡しているソウゴの目の前にウィンドウが現れ、黒檜から小型誘導弾及び大型誘導弾の無慈悲な再装填終了連絡が来ていた。

 そっと振り返って黒檜のカメラアイと目を合わせる。その大きな赤い瞳がさっさと止めを刺せと言わんばかりに拡大と収縮を繰り返した。

(流石、親に似て容赦が無い……ごめんなさい、ツバキさん……)

 ソウゴは心の中で謝りつつも、申し訳ない様子で再攻撃を指示しようとした。

「おーい~! そんなもんにしておいてくれ~それ以上ボコボコにされるとウチの片瀬くんが壊れちゃうよー」

 その時、犬耳がピクリと反応する。何処からか男性の声が甲板上のソウゴへ届いた。黒檜のカメラアイが自動的にその声のした方向を捉え、ウィンドウに映像を送ってくる。

 画面に映っていたのはツバキのアバが変身前に着ていたのと同じスーツを着た男性のアバだった。顔の部分が大きなヒマワリになっており、ちょっと不思議な感じがする。

「黒檜、転送してくれ」

 黒檜へ向かってそう呼び掛けると、カメラアイが一度拡大し、ソウゴの身体は甲板上から消えていった。

 ソウゴはそのヒマワリの顔をしたアバの目の前へ瞬間的に現れる。いきなり目の前に現れたソウゴにそのアバは驚いて身動ぎした。

「おぉ!? きゅ、急に現れるねぇ……」

 ソウゴは床へ着地しながら、改めてそのアバを観察した。黒いビジネススーツ、そして特徴的な顔のヒマワリ。近場で見て分かったが頭部自体がヒマワリになっているらしい。目も口もというより顔自体が無い。中々凄いデザインだ。

 そのアバは気さくな雰囲気でソウゴへ話し掛けて来る。

「いやー話には聞いてたけど、キミのバトルは派手だねぇー。途中から観戦してたけど音凄くて、ボリューム下げちゃったよ」

「あの……あなたは一体……?」

 その何とも言えないラフな感じに戸惑いながらもソウゴは尋ねた。彼(?)は軽い口調で答えてくる。

「あっ、自己紹介してなかったっけ? 僕は向日田理人(ヒナダリヒト)。一応、日本デルフォニウムの代表取締役社長やってるよ。こじゃれた感じでCEO(Chief Executive Officer)って呼んでくれても良いけどね。どうせ肩書的にはどっちも入ってるし」

「……え……そ、それって――社長っ!?」

 ソウゴは驚愕のあまり飛び退くようにして、その向日田と名乗ったアバから一歩離れてしまう。

「ハハハッ! 社長って言っても親の七光りアンドコネで社長になったボンボンだけどねー!」

 相変わらず軽い感じで自嘲する向日田。それでもソウゴにとっては目の前の人物は大企業の社長という雲の上の人であり、どう会話して良いのか分からなかった。

「え、えっと……板寺三河(イタデラソウゴ)デス……こ、この度はお会いして頂きま、誠にありがとうございます……?」

「呼び出したの僕だからそんな畏まらなくても良いよー、板寺――いやソウゴ君。いつもABAWORLDでバトルやってお客様たちを楽しませてくれてありがとね。キミ、結構ウケ良いからこれからも頑張ってくれると嬉しいなー」

「は、はい。ガンバリマス……」

 すっかり萎縮してしまうソウゴ。相変わらず権威に弱い悲しい性を発揮していると背後から声が聞こえてきた。

「――社長。そろそろ本題の方に入っては如何でしょうか?」

 いつの間にかツバキがソウゴと向日田の元へ来ていた。見た目的には元の彼女に戻っており、雰囲気も落ち着いている。相変わらず背中の蔓がウネウネとしていて、それがこちらへ伸びようとしているのが少々気にはなるが。

 それでも先程の豹変を間近で目撃したソウゴは少し後ずさってしまい、警戒するように尻尾を無意識に立ててしまった。。ツバキはそれに気が付いたのか申し訳なさそうに軽く頭を下げてくる。

「私はどうもバトル中は興奮してしまい、記憶が飛んでしまうようで……ソウゴ様へ失礼が無かったでしょうか?」

(さっきのアレ、覚えて無いのか……な、ならこっちからも触れないでおこう……忘れよう……)

「え? あ、あぁ……だ、大丈夫でした……よ」

 言葉を濁しながら目を逸らしつつ、ソウゴは答えた。"あの"状態のツバキを説明するのはこっちも辛い。

 ツバキは一応安心したのか今度は向日田の方へ顔を向ける。

「ソウゴ様は貴重なお時間割いてくれている上に、まだ体調面での不安もあります。社長も御用があるならば手短にお願いします」

 向日田はツバキの言葉に思い出したようにその手を叩いた。

「おぉ、そうだった、そうだった! 僕の方にソウゴ君のお姉さん――『板寺寧々香』君から伝言があるんだよ。それを今日は伝えようと思ってね」

「え……えぇええ!!?」

 あまりに寝耳に水なその発言にソウゴは思わず大声を上げてしまった。流石に動揺を隠せずに聞き返してしまう。

「あ、あの……! ね、姉さん……いや姉の板寺寧々香とは一体どういうご関係で……?」

 向日田は顔のヒマワリをクルクルと回転させながら明るく答える。

「仕事上の付き合いがあってね。何か月か前にキミ宛の伝言を預かったんだよ。片瀬君から話は聞いていたんだけど、中々こっちも時間取れなくてさ。本当なら僕から出向いて伝えるべきだったんだろうけどね。ゴメンね、待たせちゃって」

 申し訳なさそうにしている向日田。しかしソウゴはそれどころではなく、急かすように捲し立てた。

「そ、それは良いですけど! あ……姉は俺になんと? なんて言ったんですか!」

「彼女はこう言ってたよ。『王座で待つ』ってね」

「王座……?」

「王座というのは【チャンピオンアバ決定戦】で設置される物の事でしょうね。つまり――」

 それまで黙っていたツバキが口を挟み、説明してくる。更に向日田が付け加えるように言った。

「――当然! 優勝者に与えられる栄誉! 栄光! その他諸々の詰まった特設スタジアムの玉座だろうね! はい、こちら!」

「うわっ!?」

 彼の言葉と同時にソウゴの目の前へ巨大なウィンドウが表示された。そこには巨大なスタジアムが映し出されており、更にその中央に石造りの荘厳な玉座が設置されている。

「これぞ! バトルアバなら誰しも一度は憧れる、ABAWORLDで最強の肩書! ――あくまで日本でだけど。その肩書を持つモノだけが座る事を許された玉座でーす! この場所に立つには当然、大会勝ち進まないとだよ!」

「こ、ここで待つって事は……まさか……」

 動揺しているソウゴの心の内を読んだのかツバキが静かに口を開き、代弁した。

「大会に出て優勝してこい、という事でしょうね」

「え、えぇ~!! いや、ちょっと待ってくださいよ! そもそも大会に俺出れないんじゃないですか!? スポンサーもいないし、それに試合数足りないと出れないって――」

「アレ、片瀬君。試合数足りて無いの? 彼?」

 向日田が隣のツバキへ尋ねると彼女は自らの右腕を蔓で撫でてウィンドウを出現させる。表示された情報を眺めながら口を開いた。

「バトルアバ『ミカ』、戦闘経験数は――1897"体"。数字的には全く問題ですね。スポンサーが居ないのは確かですが、これから見つければ問題ないでしょう」

「――……は?」

 全く身に覚えの無い数字に呆けるソウゴ。ツバキは口を開けて呆然としているこちらへ補足してくる。

「バトルアバ『ネネカ』からバトルアバ『ミカ』へ譲渡契約が成された際に、試合数も引継ぎされましたので。新規契約の場合と異なり、譲渡の場合は前任者の一部データが引き継がれるんです。最も再作成時に戦歴をリセットする事も可能ですが、今回ソウゴ様はそうなさらなかったようですね」

 ツバキの言葉を聞いて向日田は嬉しそうに声を上げた。

「良かったねぇ! 後はスポンサー見つけるだけで大会出れるよ! スポンサー探しも簡単じゃ無いと思うけど、ソウゴ君なら直ぐ見つけられるって!」

 そう言って彼はソウゴの肩をバンバンと力強く叩いた。呆然としているソウゴの身体が叩かれた衝撃で揺れ動く。

「い、いやあの……これはどういう――」

「はい! これで伝える事全部終わったから! 今度は大会の開会式で会おうね、ソウゴ君! 今日は長々引き留めて悪かったね! あっ、帰る時は案内のドローンに従ってね! 片瀬君はまだ僕と用事があるから! それじゃ!」

「え――」

 ソウゴの身体がその場からパッと消滅する。強制的に仮想バトルフィールドから離脱させられたのだった。

 ツバキと向日田の二人は真っ白な空間に取り残される。ソウゴが完全にログアウトしたのを確認してからツバキが呆れたような口調で向日田へ話し掛けた。

「……社長。あなたが余計な事を言ったせいで彼が何故か大会の優勝を目指す事になってしまいました。一体どう責任を取るつもりなのですか? "特別顧問"は王座で待つとしか言っていないのに……」

「ホント慣れない事はするもんじゃないよねぇ……誤魔化そうと思ったらどんどん口が滑っちゃってさ。でも片瀬君も途中から乗り気だったよね?」

「あれは社長に合わせただけです。どうせなら優勝を狙って頂いた方が我が社的にも嬉しいのは確かですが」

「ありゃそうだった?」

「それに特別顧問からもソウゴ様を大会出場へ促すように指示はされています――スポンサー問題に関しては丸投げなのは……あの方らしくはありますけど、ちょっと酷いですね」

「あー……どうするんだろうね、彼。時期的に大変だよねぇ。まぁ、真面目にアババトルやってて、健全に知名度稼いでたみたいだし、何とかパトロンも見つかるでしょ。あー疲れた……」

 向日田は空中に腰掛ける。それと同時に彼の下へ椅子が現れ、それに座り込んだ。

「でもさ。結果的には良かったと思うよ。これで時間稼ぎは出来たし、それに嘘は付いてないしねー。ただ罪悪感はあるかなぁ……」

「全くです……出来ればソウゴ様にも全て話すべきだと思うのですが……」

 ツバキはそう言って苦悩するように額へ手を当てる。その姿は見て向日田は自嘲気味に笑った。

「ハハッ……そりゃ無理だろうね。僕だって親父殿から社長引き受けるまでこんなバカバカしい話、信じられなかったんだから。今、聞かされても混乱するだけだよ。それに下手に話すと彼が危ないし。【協会】に狙われちゃうよ」

 向日田は椅子へ深く腰掛けながら、思い出すように口を開く。

「――あの時の親父の顔、今でも忘れられないよ。どうみてもあぁ、やっと面倒事から解放された……って顔してたし。酷いよねぇ、息子に全部押し付けちゃうんだからさぁ」

「ふふっ。しかも向日田社長は見事に貧乏くじを引かれましたからね。少しだけ同情致します」

 ツバキの言葉に向日田は大きく溜息を吐く。

「本当にねぇ……まさか僕の代で恐れていた"有事"が起きちゃうなんてさぁ……折角最低限仕事熟してれば一生安泰! とか思ってたのに……」

「既にこちらの方で有事へ対応した人事変更を開始しています。向日田社長も時期を見て、社長職を辞して頂き、会長職へ移って頂きますのでご準備を」

「この歳で会長になっちゃうのかぁ、僕。はぁ……。でもどっちにしろ"彼女"が目覚めてくれないとどうにもならないよ。まだ例の紛失したデータも見つかって無いし」

 向日田の言葉を受けてツバキが表示させていたウィンドウを蔓で操作していく。映像が切り替わり、文字が表示されていった。

「今のところ当社に現存しているのはソウゴ様が使用している【Type Beast-Ⅳ】のみ……Ⅰ、Ⅱ、Ⅲは未だに所在が分かりません」

「『悪夢の三秒』でデータサーバー、燃えちゃったもんねぇ。管理していた社員も亡くなってしまったし……秘匿して情報統制してたのが裏目になったよ、ホント……」

 向日田の口調には少し悲し気な響きが混じっている。ツバキも少し顔を伏せながら黙祷するかのように静かに聞いていた。

「ⅠからⅢは型番も普通のバトルアバと変わんないから調べようが無いし。慌てて唯一製作途中だったⅣのデータだけ保護したけど、あれはファインプレーだったねぇ」

「その【Type Beast-Ⅳ】もまだ自己修復が完了していないので、対抗戦力としては力不足です」

「前回の戦闘で完全に破壊されちゃったもんねぇ……『ネネカ』はさ。【消滅】させられなかっただけマシだけど」

「急遽、残存データでバトルアバ『ネネカ』も複製していますが……間に合うかどうか。私の使っている『ツバキ』にもある程度、獣素子を組み込んでいますが、所詮劣化コピー……まだ実戦レベルとはとても……」

「はぁ……彼女が最初の侵攻止めてくれてなきゃあのまま、全部終わってたからしょうがないけど代償はデカかった――なぁ、眠り姫の様子はどう? 少しは変化あった?」

 向日田は振り返ると自身の背後、何も無い筈の空間に向かって呼び掛ける。その空間にオレンジ色の粒子の吹き出し、それがおぼろげな人型を形作った。

 その人型はノイズ混じりの声を発し始める。

『なんにも。ブラザー来たから起きるかと思ったのに。幾らなんでもねぼすけすぎるよ、姫。今、えいぞーだすね』

 その人型の言葉と共に巨大なウィンドウが白い空間に浮き上がる。そのウィンドウには薄暗い室内が表示されていた。

 部屋の中央には巨大な円筒形をしたガラス張りのカプセルが存在し、中にはピンク色の液体が満ちている。

 そして――そのピンク色の液体の中、膝を抱えた一人の若い女性が漂うように浮いていた。

 向日田とツバキは映像の中の女性へと一緒に視線を向けた。

「肉体と精神的には全快してる筈なんだけどねぇ。何か理由があるのかな」

 その女性を見つめる向日田の横にオレンジ色の光の粒子が移動して話し掛けてきた。

『戦士は眠れるときにしっかり寝ておくって姫が前に言ってた。やっぱり強き勇士は違う。何時でも戦いに備えてる』

「……相変わらずキミたちの価値観って独特だよねぇ。親父殿がテクノ蛮族呼ばわりしてたのも解るよ」

『褒められてる?』

「多分褒めて無いんじゃないかなぁ……」

 取り留めのない会話をしている社長と人型の存在を横目にツバキは改めて映像の中の女性を見た。

「……板寺特別顧問。あなたは弟さんを――どうするつもりなんですか……?」

 ツバキの問いにカプセルの中の女性は答えない。未だ静かに眠り続けている。

 板寺三河の実姉――板寺寧々香(イタデラネネカ)はただフヨフヨと液体の中で漂い続けていた……――。



 









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