第22話『一度言ってみたかったんです……』
誰かの背中が見える。
直ぐに誰の背中か分かった。
思わずその人に声を掛けようとする。
でも声が出ない。
その人が振り向いてこちらへ笑い掛けてきた。
もう二度と見ることは無いと思っていたその顔。
俺は必死に、何度も、声を出そうとする。
でもそれは叶わず、その人は再び前を向いて歩きだす。
俺は声にならない声で叫んだ。
――父さん……!!
【東京都 赤羽 デルフォニウム本社内 医療施設】
「うっ……」
少し開けた瞼に薄っすらと白い光が見える。眩しさを感じて自分の右手をその光へと翳した。
一瞬、光に照らされてか細い少女の腕が自分の視界を映った気がした。しかしよく見るとそれは男の腕。現実の世界の板寺三河(イタデラソウゴ)、自分自身の腕だった。
(ABAWORLD……じゃ、無いのかここ……)
ソウゴはまだはっきりとしていない意識ながら、目を開けて自分の置かれている状況を把握しようとした。
真っ白な天井。清潔さを感じる室内。壁にある窓からは風が入ってきており、少しだけ草の香りがした。
自分はベッドに寝かされているようで、柔らかい感触を背中に感じる。ゆっくりと身を起こして周りを見た。
(病院……?)
病院の個人用の病室。そこに寝かされていたようだ。前の方を見るとシックな色の扉がある。特に施錠されている雰囲気は無い。
横を見ると幾つかの医療機器が並べられており、天井には吊るされた医療用ジェルパック。それから伸びるチューブが左腕に刺さっていた。
自身の身体の方に目を向ける。如何にも入院患者と言った感じの薄緑色の入院服を着せられていた。着ていた"軍服"はどうやら脱がされたようだ。
(――軍服って……何考えてんだ俺は……ホント頭ABAWORLDに毒されてるなー)
そこまで考えて自分の思考に呆れてしまった。ここは仮想現実じゃない。現実だ。アバの服を着ている訳が無い。室内を見回すと机があり、そこに現実での自分の服が綺麗に畳まれて置かれていた。
改めて自らの身体を見回す。あの仮想現実で受けた傷は見当たらない。
(でも……あの痛みは、受けた痛みは……本物だった。アレは一体なんだったんだ……)
ソウゴはあの時の事を思い出す。あの"痛み"を。
あの異形のアバたちに斬られ、貫かれ、撃たれ、血を流したあの痛み。本来仮想現実で存在しない筈の痛み。あれだけは現実(リアル)だった――。
――カチャッ。
何処からか扉の開くような音がした。音の聞こえた方向を見ると誰かが扉から入ってくる。
部屋に入ってきたのは女性だった。その背後には二本の腕が付いた医療用ドローンが付き従っており、フヨフヨと空中で漂っている。ソウゴはその女性に見覚えがあった。
「片瀬……さん?」
「どうやら目が覚めたようですね、板寺三河(イタデラソウゴ)様」
片瀬椿(カタセツバキ)。前にデルフォニウムの本社を訪れた時、会った社員。今日はスーツ姿ではなく医者のような白衣を着ている。
椿は俺の寝ているベッドの傍まで来る。ソウゴは困惑しながらも彼女へ話し掛けた。
「あ、あの……ここは……一体……?」
「ここは当社――デルフォニウムに併設された医療設備です」
「デルフォニウム……」
「ソウゴ様は当社のABAWORLDをプレイ中にご自宅で意識を失い、その急激なバイタル変化を当社で確認致しましたので、当社の定める救護義務に基づき、誠に勝手ながらこちらへ緊急搬送させて頂きました」
(意識を失ったって……マジかよ)
ソウゴがベッドから降りて話をしようとする。それを椿の背後にいた医療用ドローンが二本のアームで身体を抑えて制止してきた。
『アンセイ アンセイ ネガイマス』
「うっ……でも」
「そのままで結構です。まだ安静にしていないといけませんよ。ソウゴ様は二日も眠っていたのですから」
「ふ、二日……!?」
ソウゴは医療用ドローンによってベッドへと戻されながら椿の言葉に驚いた。
(そんな……あれから二日も経っていたなんて……そ、そうだ――マキちゃんは!!)
「あ、あの!! もう一人……! ABAWORLDで一緒に子供がいた筈なんです! その子はどうなったんですか!?」
椿へ慌てて尋ねると彼女は少し笑顔を浮かべる。まるで聞かれることを予想していたかのようにスラスラと答え始めた。
「アバ『マキ』様ですね。残念ながら詳細な個人情報については答えられませんが、無事です。登録住所へスタッフを派遣して、メディカルチェックも行わせて頂きました。そもそもソウゴ様と違って通常のログアウトにて、ゲームを終了しております。そのため精神及び肉体に問題は無いと判断されました」
(……良かった……マキちゃん、無事だったか……。怖い目に合わせてゴメンよ……)
ソウゴは心の中でマキへ謝罪しながら、俯く。そんなソウゴを横目に見ながら椿は自らの電子結晶を取り出す。そのまま結晶の表面を撫でて、青色に変化させた。それを右手に携えたまま再び話し掛けてくる。
「申し訳ありませんが……ここから先の会話は音声記録として残させて頂きます――ソウゴ様。あの時、ABAWORLDで一体何が起きたのか……話して頂けませんか?」
「それは……」
あの時。それは当然……自分とマキがABAWORLDで謎のアバたちに襲われた事だろう。しかしそれはあまりにも非現実的な内容だ。そもそもあれは本当に仮想現実での出来事だったのか……? あの痛み。目の前で行われた生々しい死の光景。とても信じて貰えるとは思えない。椿は言いよどむソウゴを見ながら静かに言葉を続けた。
「残念ながら……当社の管理しているログではソウゴ様とアバ『マキ』様は一時的にログアウト状態となり、我々の管轄しているエリア外で活動をしていた……以外の情報を得られていません。マキ様の方へ事情聴取を行うことも考えましたが、年齢を加味し飽くまで簡単な質問のみと致しましたーー少し休憩にしましょう」
椿はそこまで喋ってから一息を入れた。横で待機させていた医療用ドローンへ右手を上げて何か指示を送る。ドローンが動きだし、自らの胴体から紙パックのような物を取り出した。
『ノミモノ ジカン デースデース』
妙な口調と共にアームでそれをソウゴへと手渡してくる。表面に葉っぱのイラストが描かれているその紙パック。昔、医療ドラマとかで見た事がある物だ。確か栄養ドリンク的な物だった筈。ソウゴがドローンから受け取って繁々とその紙パックを眺めていると椿が説明を入れてくる。
「成分調整済みの経口栄養液です。まだ胃が本調子では無いでしょうから、こちらをどうぞ」
「ど、どうも……」
ソウゴは付いていたストローを紙パックへ差し込み、それから口で中身をチュルチュルと吸った。
(……なんだろこれ……豆乳? いや塩気の無いスポーツドリンク……?)
妙にコクがあり、ほんのり甘く、それでいて濃厚というかドロっとした舌触りの液体。飲めないほど不味い訳ではないが、美味しいとは言い難い味だった。形容しづらい味に顔を顰めながらソウゴは経口栄養液を飲んでいく。それを見ながら椿が尋ねてきた。
「お味の方は如何ですか?」
「え、えっと……」
言葉に詰まるソウゴを見て椿はイタズラっぽく笑った。
「フフッ、やっぱり美味しくないですよね。私も試供品を飲んだ事があるので、味に関しては知っております。何度開発部に言っても味の改善が出来なかった逸品ですので。その分、栄養価に関しては充分すぎる効果があります」
「そうですか……」
『ゴミハ コッチ コッチ リサイクルシマース』
ソウゴが経口栄養液を飲み切るのを確認したのか、医療用ドローンがアームを伸ばしてきた。空になった紙パックを手渡すとそれを胴体部へ仕舞い込む。
(ここのドローンって特徴的なAIしてるなー……バイト先のコンビニの配達ドローンとかもっと口調事務的っぽいのに)
妙に愛嬌のあるドローンの動きを目で追っていると、椿が改まった様子で話し掛けてきた。
「……緊急搬送された際、ソウゴ様のメディカルチェックを我々も行いました。しかし……ABAWORLDプレイ中に意識を喪失した原因を特定することが出来ていません。ユーザー様に安心安全なプレイを提供する義務のある当社としてはお恥ずかしい限りです。問題解決のためにソウゴ様の……お力を貸して頂けないでしょうか――お願いします」
椿はそこまで言って深々と頭を下げてきた。ソウゴはその姿を見て、少し思案する。正直なところあの時の事を思い出すと未だに心臓が締め上げられるような想いだったが、それでも自分の中だけで抱えているよりはここで吐露した方が気が楽になるかもしれない。それに……。
ソウゴの脳裏にブラッドメイデンの姿が思い起こされる。彼は一体何者だったのか。突如現れ、あのアバたちを殺戮し――自分とマキを、乱雑な方法とは言え、多分……救ってくれたあのバトルアバ。その正体が気になって仕方なかった。デルフォニウムの社員である椿なら何か知っているかもしれない。
そこまで考えてソウゴは意を決したように口を開いた。
「――分かりました。全て話します」
「……ご協力ありがとう御座います」
ソウゴは椿へあの時起こった事を全て話した……――。
「……お話有難う御座います。今回録音させて頂いた会話内容を元に調査委員会を設置します。調査結果に関しては追って説明致しますのでお待ちください」
ソウゴが語った全てを電子結晶の録音機能で記録した椿。彼女は電子結晶を懐にしまうと何時に無く真剣な様子で言った。
「先程、ソウゴ様の遭遇されたというバトル・アバ……【破瓜の処女『BLOODMAIDEN』】様ですが……"彼女"は既に当社のデータ上では削除済みとなっております。だから存在しない筈のバトルアバなのです」
「えっ!? で、でも確かに俺は見ましたよっ!?」
驚くソウゴ。椿は頷きながら続ける。
「……ソウゴ様のお話を聞いて、バトルアバ『ミカ』のプレイヤーとの遭遇データを確認しました。驚くべきことですが、確かにブラッドメイデン様との遭遇データが存在しました。データが破損しているため詳細データは不明でしたが、どうやらあなた様が遭遇したというのは本当に"彼女"のようです」
椿にとってもブラッドメイデンの事は予想外だったのか少し声が上擦っていた。
「……この事も含めて調査委員会にて、監査を行います。必ずソウゴ様には結果を報告しますので、申し訳ありませんが――今しばらくお待ちください」
彼女は再び深々とソウゴへ頭を下げてくる。それから顔を上げると待機していた医療用ドローンに指示を出した。
「シマー、残りの処置を終わらせ次第、私へ連絡を入れて下さい」
『アイアーイ アドミニストレーター カンジャサーン フクヌイデー』
「わっ!?」
ドローンのアームが突然ソウゴの患者服へと伸び、勝手に脱がせようとしてくる。まだ椿がいるというのに。慌てているソウゴを余所に椿は少しだけ笑みを浮かべながら病室から出て行こうとする。去り際に思い出したように強制脱衣をされているソウゴへ振り返った。
「申し訳ありません。一つ伝え忘れていました。うっかりしていました」
「な、何を!? ぬ、ぬがすなー! 自分で脱げるからっ!」
『アバレナイデ アバレナイデ』
ドローンのアームに取り押さえられながら、ソウゴは椿へ聞き返す。
「社長がソウゴ様へお会いしたい様です。処置が終わったらそちらへご案内致しますので」
「えぇっ!?」
「――それでは失礼致します」
とんでもない事を言い残し、椿は今度こそ去っていった。
後には困惑しながら医療用ドローンと格闘しているソウゴだけが残された……――。
【東京都 赤羽 デルフォニウム本社地下 データルーム】
「うぉー……」
ガラス張りの壁の向こうに拡がる無数の植物の根を見て、ソウゴは思わず感嘆の声を上げた。隣で一緒に歩いている椿が解説をしてくる。
「当社の社樹である【デルフォニウム】ですが、地上部分の大樹はほんの一部。このように地下へ拡がる根が本体なんです。量子通信を使った植物素子によってABAWORLDのサーバーデータ管理もここで行われています」
「凄いですね……でもこんなところに俺入っちゃって大丈夫なんですか……?」
ソウゴが不安げに尋ねると椿は問題ないと言った様子で答えた。
「ここはまだ一般公開しているエリアです。重要な施設は更に地下となっております」
「なるほど……」
二人が歩いているのは薄暗い通路だった。側面にはガラス張りの壁があり、その先には土と張り巡らされた植物の根がある。その根は時折ぼんやりと緑色に発光し、その度に量子通信が行われている事が伺えた。通信が行われる度に起こる淡い発光に通路は照らされ、幻想的な空間を演出している。
「でも……社長さんが俺なんかに会いたいなんて……一体何の用なんですか?」
「私にも分かりかねます。飽くまでソウゴ様を呼び出してくれと頼まれただけなので。実際にお会いして頂くのが一番でしょう」
素っ気なくそう言う椿。ソウゴは歩きながら仕方なく自分で社長が呼び出してきた理由を考察する。
(そうは言われてもなぁ……デルフォニウムってかなりの大企業だし、そこの社長が俺に用って……。勝手にバトルアバ使った事怒られたり……は無いか。椿さんも前に問題無いって言っていたし。バトルアバとしての仕事ちゃんと頑張ってるね! 的な激励とか……)
「着きました。こちらの部屋へどうぞ」
椿の言葉にソウゴは顔を上げた。そこには通路の壁に埋め込まれた青いドアがある。社長室という割にはプレートや装飾も無く、簡素な扉だった。
椿が扉を開け、中の様子をソウゴへ見せてきた。
「え……? これは……」
幾つかのモニターやパソコンが置かれた部屋。部屋の中央には幾つものリクライニングチェアーが円形に並び、そして……見慣れた"アレ"が全ての座席に置いてあった。
「残念ですが、社長は多忙につき、今は当社におりません。ソウゴ様を呼び出しておいて、失礼な方ですね。申し訳ありません。幸い、機器の使用出来る環境下ですので――」
椿はツカツカと部屋に進むとソウゴに取ってあまりにも慣れ親しんだ"それ"を手に取った。
「――仮想空間にてお会いして頂きます」
そう言って椿はSVR用のヘッドセットをソウゴへ手渡した――。
【デルフォニウムデータサーバー 仮想応接室】
――ゴンッ!
空中から逆さまに落下してきたソウゴは見事に頭を床にぶつけ、そのままバタリと床に倒れた。倒れた状態のまま呟く。
「――……まぁ痛くは無いよな」
あの謎の空間で感じた"痛み"。当然ながらそんな痛みは感じない。これだけ強かに頭をぶつけても、衝撃くらいしか感じない。
(……ホント、アレは一体なんだったんだろう――よっと)
身体を起こして立ち上がった。軍帽の上から頭を摩りながら、自分の身体を見る。もう見慣れてしまった軍服を着た少女の姿。最初の頃感じていた声への違和感も無く、逆に現実で喋っている時、違和感を時折感じるようになってしまった。
完全に第二の自分となってしまっているバトルアバ『ミカ』としての姿。自身の分身というよりもこの姿も自分自身という感覚に襲われる。
(こういうのってネット依存症とか、そういう系の初期症状っぽくて嫌だなぁ……大丈夫なんかな俺……)
自身の先行きに不安を感じつつも、ソウゴは自身の身体から目を離して、周囲を見渡した。
白一色の簡素な小部屋。壁にある四つの窓からは不自然に海が見えており、そこから波がさざめく音が聞こえてきた。
部屋の中央には向かい合った二つのソファーが置かれ、この部屋が応接室の代わりという事を察せさせる。
――ポンッ。
ソウゴが室内を観察していると背後で誰かが床に着地する音が聞こえた。
振り向くとそこに黒いスーツを身に纏った……薄緑色の肌をした女性のアバがいた。
薄緑色の肌に、深緑色の長いウェーブヘア。頭に真っ赤なヘッドドレスを付けており、利発そうな雰囲気を感じさせる顔。更に目に付くのは背中から生えている緑色の植物の蔓のような物だ。それは本人の意思とは関係無さそうにゆったりと蠢いている。
「も、もしかして……椿さんですか?」
ソウゴが尋ねるとそのアバは静かに頷く。
「はい。こちらが私のABAWORLD用……正確に言えば仮想現実用ですが、バトルアバ『ツバキ』となっております。改めてお見知りおきを」
「バ、バトルアバ!?」
椿の発言にソウゴは驚いた。言われてみれば確かにバトルアバらしい。彼女はソウゴの様子を見て、少し胸を張って自慢げに語り出す。
「現在開発中の新ベーシックシステムを盛り込んだプロトタイプのバトルアバです。まだ市場に出ていない特別仕様となっております。如何ですか? 可愛らしいでしょう」
そう言ってツバキは何故かターンをして全身をしっかりと見せてくる。深緑色の髪がフワッと揺れ、背中の蔓がフラフープのように円を作った。
確かに可愛らしい感じではあると思った。ただ……やっぱり緑色の肌は気になる。それが無ければ普通の人型のアバに見えるのだが……。
「た、確かに可愛らしいですね。お花みたいな感じで……」
ソウゴが何とか世辞を絞り出して褒めるとツバキは意味深な笑みを浮かべた。
「ふふっ……花ですか。確かにこのバトルアバは花がモチーフとなっております。もっとも……綺麗な花には棘がある、ということも覚えて頂きたいですね」
「は、はぁ……?」
ツバキのよくわからない意味ありげな言葉に困惑するソウゴ。彼女は意味深な笑みを崩さずソファーへ右手を差し向けた。それに連動して背後の蔓もそれに追従する。
「どうぞ、こちらへ」
ツバキに促され、ソウゴはソファーへ腰掛けた。フカフカとした高級そうな触感をスカート越しに感じる。ソウゴが座るのを確認すると彼女は正面のソファーの横へ立った。
そのまま暫く、お互いに無言で沈黙が流れる。ツバキの背中の蔓がシュルシュルと動く音と窓の外から聞こえる波のさざめきだけが二人の間で響いた。
(ん……?)
静かに社長の到着を待っていたソウゴは突如背中へ何かが擦れるような感触を受ける。何事かと思わず振り向くとそこには何故か緑色の蔓があった。ツバキから伸びている蔓が背中をさわさわを触っている。
(え……何これ……)
正面にいるツバキへそっと視線を送る。彼女は相変わらず静かに待機しており、こちらへ謎のおさわりを行っているとはとても思えない態度だった。
蔓は何時しかソウゴの腕や足にも伸びてくる。全身にシュルシュルと絡みつき、遠慮なく色々な所を触ってきた。流石にくすぐったくなり、ツバキへ物申す。
「ちょっ、ちょっとツバキさん! これ何ですかっ!? 何か絡まってきてるんですけど!」
「――えっ。あぁ!! も、申し訳ありませんっ!」
「グェッ!?」
ソウゴの声にツバキがその冷静な表情を崩して、慌てたように自らの背中から伸びる蔓を右手で引っ張った。
蔓に絡み取られていたソウゴは引っ張られたことでソファーから引き摺り下ろされる。そのまま乱雑に蔓ごとツバキの元まで引き寄せられた。
「この蔓は私の脳波に応じてある程度勝手に動いてしまうのです。まだ試作段階なので私が興味のあるモノ全てへ勝手に接触してしまって……」
そう言ってツバキはソウゴへ絡みついた蔓を両手を使って外していく。
「興味って……」
(……それって俺に興味あるって事か……? ツバキさんが……?)
困惑するソウゴ。更にツバキも自らの発言に気が付いたのか少しだけ頬を赤らめながら、乱暴に蔓を取り払った。
蔓から解放されたソウゴは非常に気まずい空気の中、立ち上がる。それを見ながらツバキが話を変えるように口を開いた。
「……社長が来るまでまだお時間が掛かりそうなので、折角ですし……ソウゴ様。私と手合わせを致しませんか?」
「へ? 手合わせ?」
「えぇ。つまり……私とアババトルをして頂きたい、という事です。実は私、ソウゴ様……つまりバトルアバ『ミカ』と一度試合をしてみたいと思っておりました。是非、この機会に……」
「え、えっと……構いませんけど……ツバキさんって、その……戦えるんですか?」
ソウゴの心配するような言葉を聞いてツバキは不敵な笑みを浮かべた。
「ご心配無用です。私はこれでもバトルアバのテストプレイ担当として、百戦錬磨の経験があります。むしろソウゴ様こそ努々侮ること無きように、願います。ふふふっ……」
そう言って妙に楽し気な表情を浮かべるツバキ。
(若しかしてこの人……時間潰しは口実でただ戦いだけなんじゃ……)
何故か明らかにウキウキでバトルを始めようとしているツバキにソウゴは色々と察していた。
「この応接室ではいささか手狭で御座います。【バトルフィールド展開】」
「うわっ!?」
ツバキの言葉と共に応接室自体が消失し、だだっ広い真っ白な空間が二人の周りで拡がった。かなり広いフィールドで端から端まで相当な距離がありそうだ。真っ白な事も相まって距離感がおかしくなってくる。
「このフィールドは通常のフィールドより広くなっております。だから幾ら暴れても大丈夫ですよ」
「そ、そうですか……」
困惑するソウゴを余所に見慣れた【EXTEND READY?】のウィンドウが目の前へ現れた。同じようにツバキの前にもウィンドウが現れている。
「ソウゴ様、お先にどうぞ」
「は、はい――エ、エクステンド!」
ツバキに促され、ソウゴはウィンドウのボタンを右手で叩いた。
【BATTLE ABA MIKA EXTEND】
『タクティカルグローブ、セット――タクティカルイヤー、セット――タクティカルシッポ、セット――』
聞き慣れたアナウンスと共にソウゴの身体は光に包まれ、エクステンドが行われていく。握りこんだ拳に分厚いグローブが装着され、灰色の犬耳が軍帽を突き破り、スカートを貫くように灰色の尻尾がピンと突き出す。変身を遂げていくソウゴを見ながらツバキは微笑んだ。
「やはり……あなたの考案されたデザインは優秀ですね、特別顧問。だからこそ――私も咲きましょう! エクステンド……!」
【BATTLE ABA TSUBAKI EXTEND】
ツバキが右手を一気に天へ掲げ、エクステンドを宣言する。それと同時に彼女の足元から大量の植物の根のような物が現れた。
「う、うわっ!?」
エクステンドを終え、身構えようとしていたソウゴはその勢いに押され、思わず後ずさる。
ツバキの足元から出現した根は彼女の身体を飲み込み、覆っていく。それは完全に彼女を覆い隠すとゆっくりと肥大化し、大きな花の蕾のようになった。
「こ、これは……こんなエクステンドがあるのか……!?」
目の前で起こっている事態が理解出来ず、動揺するソウゴ。一体何が起きているのか理解出来ず、完全に固まってしまう。そうこうしている間に目の前の蕾は根に押し上げられるように浮き上がった。
そして完全に膨れ上がり、やがて――その花を咲かせた。
パァッという音と共に蕾が開き、辺り一面にピンク色の花びらが散っていく。巨大な花弁が拡がっていき、それによってソウゴへ影が落ちた。
その咲き誇る巨大な花の中央。そこにスーツを脱ぎ捨てパレオのような物を身に纏っているツバキの姿があった。彼女の下半身は花に飲み込まれ、上半身のみが外に出ている。完全なる異形と化したツバキ。その姿は今まで辛うじて人型を維持していたバトルアバたちと違って、完全にヒトの姿からはみ出していた。
彼女は明らかに先程までの落ち着いた様子から急変しており、恍惚とした表情を浮かべながら熱に浮かされるように言った。
「あぁ……咲いてしまいましたぁ……♥」
「え、えぇ……?」
そのあまりの変わりようにソウゴは色々と引いてしまっていた。完全に別人というか人ですらない姿になってしまったツバキ。彼女は全身から伸びる蔓をウネウネとさせながら、上気した表情を浮かべていた。
「おいでぇ……♥ レンゲにツツジ……♥」
彼女の猫撫で声に応じて巨大な花の中から二本の巨大な蔓が空へと向かって伸びていく。その蔓は先端が膨らんでおり、そこが裂けるように開いた。
それは巨大な蛇。緑色をした双頭の大蛇。二本の蔓は巨大な蛇と化し、赤い舌をチロチロと見せながらソウゴをその赤い瞳で威嚇するように見据えた。
(何だこのデカイ蛇は……。それに、大丈夫なのか、この人……何か色々と別人になってるけど……)
最早、驚きを通り越して彼女が心配になってきたソウゴ。そんなソウゴへツバキは艶のある声でその興奮を隠そうともせず、話し掛けてきた。
「一度言ってみたかったんです……♥」
「……な……何を?」
「――私と受粉しませんかぁ……♥ ソウゴ様ぁ……♥」
「はぁ……!? 何言ってんだあんた!? 大丈夫かよ、おいっ!?」
最早色々と意味不明過ぎる状況に敬語も忘れ、聞き返すソウゴ。ツバキは困惑しているソウゴの事も気に掛けず、一方的に喋り続ける。
「アハァッ……♥ 綺麗なお花を一緒に咲かせましょうねぇ……♥ 辺り一面花畑にするんです……それって素晴らしい事だと思いませんかぁ? 二人で作った愛が実るんですよぉ……♥」
「か、勝手に愛を実らせないで下さい! まだ恋も知らないのに!」
「愛から始まる恋があっても良いでは無いですかぁ……♥」
そんな滅茶苦茶な状況の中、無情にバトル開始を告げるアナウンスが二人の間に鳴り響いた……――。
『EXTEND OK BATTLE――START!』
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