第13話『……破瓜の処女『BLOOD・MAIDEN』』
【ABAWORLD MINICITY KUIDAOREエリア】
「よぉ! 負け犬のミカくん!」
「ま、負け犬……」
開口一番、朗らかにミカへとんでもない言葉を掛けてくるブルー。ミカは引き攣った顔をしながらその言葉を受け止めた。
ガザニアとのバトルに敗北してから三日ほど経っていた。
あれからABAWORLDへログインする気力も無く、仮想現実から離れて現実の雑務を片付けていた。
実際、バイト先を探したり、住民票を移したりでそこそこ忙しくABAWORLDの事も少し心から離れていた。
『あなたは何のために戦っているのですか?』
しかしその間もガザニアからの言葉がどうも引っかかって、心に楔のように打ち付けられている。結局答えは出せず、久方ぶりにログインしたと思ったらブルーから即時呼び出しを喰らい、挨拶もしない内にこの仕打ちである。
ブルーはミカの近くへ寄ってくると馴れ馴れしく肩へ手を回してきた。
「大体さぁ……オレは怒ってるんだぜ? なぁ、ミカくん」
「うっ……その……」
(やっぱり負けたこと怒ってるか……ブルーさん。一応俺のオペレーター役やってくれてるもんなぁ……勝手にバトルやって、勝手に負けて……ホント、何やってんだろうな……)
「勝手にガザニアと戦いやがって! なんでオレを呼ばないんだ! オレを! あの! ランク3の! ガザニアのバトルを生で見れる大チャンスだったって言うのに!」
ブルーはミカの軍帽へ手を乗せると激しくわしゃわしゃと撫でまわした。その勢いに押され、困惑するミカ。
「え、そっち!? ま、負けたことは……」
ブルーがピタっと手を止めて呆れたように肩を竦める。
「おバカ。そんなことどうでも良いわ。大体お前が勝てるわけねーだろ、ガザニアに。ワールドチャンピオンアバ日本大会の準優勝者だぞ、あいつ。億が一にでも勝ってたら今頃ネットニュースで騒がれまくってるわ」
「準、準優勝!?」
「去年の大会のな。初出場で準優勝搔っ攫っていったアババトルガチ勢の一人だぜ。そして今年の大会のバリバリ優勝候補でもある」
ガザニア。彼女は強いと思っていたがまさかそこまでの強者だったとは……。驚愕して固まるミカを余所にブルーは手を離した。
「そんじゃ行くか」
「え……どこへ……?」
困惑するミカへブルーは満面の笑みを向け、言った。
「試合観戦に決まってんだろ!」
【ABAWORLD MINICITY SPORTSエリア メインスタジアム】
「へーそれでお前はトカゲ魔女にボコられた訳だ。アンラッキーな事でまぁ」
口に加えたホットドッグをモゴモゴと動かしながらブルーは納得と言った様子で頷く。
「はい……怒らせてしまったようで……理由は良くわからないんですけど……」
「ふーん。あっ!」
カキーンッ!
軽快な音と共に球場全体を歓声が包む。座席に座っているミカとブルーの身体も音圧でビリビリと震えた。投手の放った甘い玉を打者が見逃さず、それをスタンドへと放り込んだからだ。
「あーあー……だから先発引っ張るなって言われたのに。小野田相手じゃ無理だって~安全牌で行けよー連敗ストップ掛かってんだからさー」
ブルーはホットドッグを飲み込むと呆れたように頭の後ろで腕を組む。マウンドではホームランを打った打者が観客席へ手を振りながらゆっくりと塁を回っていた。
そこにいる選手たちは所謂アバの姿ではなく、実際の、現実に実在する人間の選手たちだった。
現実と違うのは観客席に無数のアバたちが居ることだった。仮想現実だというのに熱気さえ感じるくらいに皆熱中している。どうも今日は大事な試合らしい。あまり野球に詳しくないミカは良くわかっていなかったが、この盛り上がりを見ればそれくらいは察することが出来た。
「……凄いですね。本当に試合観戦してるみたい……」
ミカは肌で感じる熱気や大観衆の圧、そのリアルさに思わず感嘆の声を漏らす。まるで本当に野球の試合を観戦しているかのような臨場感。VR技術の進歩をミカは実感していた。
「実際は一分くらいラグあるらしくて、観戦ガチ勢には不評らしいけどな、これ。まぁオレたちみたいにゃ、にわかにゃ充分すぎるくらいだけどさ――おっ。やっと交代するかー遅いんだよなー余多監督はさ~判断がさー……まぁポールソンが出てくれば綺麗に終わるだろ……頼むぞ、ホント」
ミカはマウンドへ視線を戻す。投手が交代し、別の外国人投手がマウンドへ上がろうとしていた。
また歓声が客席から聞こえ、スタジアム全体がビリビリと振動する。そんな大歓声の中、ブルーがミカへ少しだけ改まって話し掛けた。
「オレはさ。ガザニアがお前におこおこだった理由なーんとなく理解出来るわ」
「え、分かるんですか……?」
「あぁ。あいつのスポンサーって中国資本の【
※eスポーツ コンピューターゲームなどをスポーツ競技として扱う場合の名称。
ブルーの言葉は確かに聞き覚えがあった。ニュースなどで定期的に名前が出てくる大企業だ。ミカの反応を軽く見てからブルーは続ける。
「あいつはそこのめっちゃ大変なオーディション勝ち抜いてさ。バトル・アバ『ガザニア』を手に入れたんだ。鬼のような苦労をしてな。そんで今もその名に恥じぬよう研鑽積んでるガチもガチのヤツってわけ」
(ガザニアさんはそんな苦労をしていたのか……)
「で、だ。そんな常にピリピリ張り詰めてるトカゲ魔女のとこへ、能天気なミカくんが現れましたってわけ」
「うっ……」
「ミカくんはペラペラとノンスポンサー、ラッキーで手に入れたバトルアバのことを語って……見事、龍の尾を踏みつけるファインプレーを行い、逆鱗に触れました……とさ」
ブルーの言葉で自分のしでかした行為を再確認させられた。結果的にガザニアを煽るような形になってしまったわけだ。
(そういう……ことだったのか。そりゃ……怒るよな)
ミカは俯き、自分のした行為に自己嫌悪する。そんなミカを見てブルーは励ますように肩を叩いてきた。
「まぁ。そんなに凹むなって。トカゲ女の事情なんてお前は知らなかったんだしさ。殆どあいつの八つ当たりみたいなモンってのは確かだし。次戦う時はドラゴンステーキにしてやろうぜ」
「は、はぁ……?」
「あっ! それとさ一応聞きたかったんだけど――」
「……何ですか?」
ブルーは今まで一番意地の悪そうな笑みを浮かべた。
「――オレがいたら勝てたか?」
「それは……」
答えに困った。困惑するミカをブルーが非常に、とても、心底楽しそうに見ている。ブルーはたまにこういう、とても答えにくい質問をしてくる。それでどう反応するのかを楽しんでいる節があった。悪趣味というか何というか……。
ミカは言葉に詰まりながらもあの戦いで感じた手応えを元に何とか答えようとした。
「――もしかしたら――」
「あー! バトルアバだ! しかもあの時の!」
「樫ちゃん……! 声大きいって……」
ミカの言葉を遮るように若い女の声が客席に響いた。聞き覚えのある声。ミカとブルーが声の方を見るとどこかで見覚えるある二人のアバがいた。
「誰だあいつら?」
ブルーがミカへ尋ねてくる。着物を羽織ったウサギの獣人型アバと目元の隠れた修道服を着ているアバ。ミカは自分の記憶を辿り、思い出そうとした。確か――。
「メガロポリスで会った……アバたちじゃないですか? ほら、写真をせがんできた」
「あぁ。思い出したわ。あのアイドルの追っかけか」
二人のアバは如何にも野球観戦中と言った姿で両手にメガホン、頭に球団のロゴが入った帽子を被っている。ウサギの獣人アバがミカへ近付くと元気よく話しかけてきた。
「ミカちゃんだっけ? この間のゆーり~とのバトル見てたよ~! いやード派手でめっちゃ楽しかった! アババトルは興味無かったけどさー興味湧いちゃったよ、あたし! 食わず嫌いは良く無いって思い知らされた~こんなことならもっと早くリリーの言うこと聞いてバトル見てみれば良かったよ――」
ワァァァァァア!!
彼女の声を搔き消すように突如大歓声が聞こえる。ブルーが慌てて身を乗り出すようにマウンドへと視線を送り、その歓声の原因を見て絶叫した。
「ゲェェ! ポ、ポールソンが打たれたぁ!?」
マウンド上では投手が自らの後方を仰ぎ見ている。その顔は如何にもやってしまったという感じで頭を撫でていた。無情にもスコアボードへゆっくりとバッテンが表示されていった。
「ちょ、ちょっとぉ! なんで負けてんの!? さっきまで勝ってたじゃん! 夢なら醒めてぇ!! 嫌だー! 連敗日本記録更新なんてぇ!」
「あり得ねー! 今日勝たないで何時勝つんだこのやろー! 何連敗だと思ってんだよこらー!」
ブルーとウサギ獣人アバがマウンドの惨状を見て喚き散らす。一方ミカはどう反応して良いか分からず、観客席に座りながら困惑していた。
ふともう一人の修道女のアバを見ると自分と同じように何が何だかという表情で周囲の熱狂に困惑している。どうやら彼女もあまり状況が分からないようだ。あちらもミカに気が付き、お互いに顔を見合わせる。
ミカはそっと近付き、話し掛けた。
「あの……これどういう状況なんですかね……?」
「ん……リリーにもさっぱり……です」
二人はその熱狂からの疎外感に苛まれながら肩身が狭い思いをしていた。未だに観客席のアバたちは怒ったり、喜んだりしながら大騒ぎをしている。止まぬ大歓声は何時までもスタジアムを震わせていた――。
【ABAWORLD MINICITY KUIDAOREエリア 蟹鍋屋『平家蟹の温情』】
鍋の中で茹で上がる蟹。怨念の籠った顔のような甲殻の蟹が幾つもぶち込まれた鍋を囲みながら四人は座敷に上がっていた。
周囲には他にも大勢のアバたちが鍋を囲んでおり、談笑している。如何にも居酒屋という雰囲気を店内は醸し出しており、独特な空気感があった。
「あたしは『
「わっ……」
樫木と名乗ったウサギ獣人アバは修道女のようなアバを自分の方へと引き寄せ、抱き着いた。修道女アバはちょっと迷惑そうにしながらもブルーとミカへ自己紹介してくる。
「わ、私は……『リリー・リリス』です……どうも」
そう言ってリリーと名乗ったアバはペコリとお辞儀をしてきた。
「あたしとリリーは親友なんだ~こっち(アバワールド)でもあっち(リアル)でもねー」
樫木の言葉にリリーは少々気恥ずかしそうに頷く。ブルーは蟹の身をほじくりながら二人を見比べていた。
「ほーん。リア友なんだな、あんたら――おい、ミカ。そのほじくり方じゃ中に身が残っちまうぞ」
※リア友 現実世界での友人。この場合はネット上でも付き合いがある場合を指す。
「あっ……ホントだ。身が取り出せなくなってしまいました……」
ブルーからの指摘でミカは自分の蟹を改める。上手くほじくれていなかったのか、身を引き抜いたら半分くらい殻の中に残ってしまっていた。
「現実だったら割れば取り出せるけど、このミニゲームじゃどうしようもねえな。諦めろ」
「勿体ない……」
仕方なくミカは仕損じた蟹を自分の皿へと戻した。蟹が皿に置かれると失敗マークが表示される。その様子を見て樫木がカラカラと笑っていた。
「まさかバトルアバとこうして残念会出来るとはねー! アハハッ! これで祝勝会だったら最高だったのに~」
あのスタジアムでの試合観戦の後、ブルーと樫木は同じチームの贔屓という事で意気投合していた。
そしてその場の勢いで何故か残念会という名の傷の舐めあい(?)をKUIDAOREエリアのお店で開催することになった。
そのため今はこうして四人で鍋を囲むことになったのである。ブルーは鍋から新たな蟹を引きずり出しながら口を開いた。
「まぁちょうど良かったわ。ミカの初敗北記念の祝いもやろうと思ってたしな。合同開催だ合同」
「初敗北記念ってなんですか……」
「お前が初めてアババトルで負けた記念に決まってるだろ――ほれっ」
そう言ってブルーは急にミカの方へほじくり尽くして空っぽになった殻を投げつける。ミカは咄嗟にそれを箸で受け止め掴んだ。それを見て正面に座っている二人が思わず感嘆の声を漏らす。
「……すごい……」
「おぉ! バトルアバってやっぱりあたしらと違うんだ……今のめっちゃ達人っぽい!」
一方ミカも受け止めたられたことに困惑している。意識せずに箸を動かして殻を受けて止めてしまった。間違いなく現実では出来ない動きだ。
(……どうなってんのこれ……? 今、俺意識してないのに勝手に動いたぞ……)
「お前、なまいきになってきたなーそこは当たっとけよ。負けたくせによー」
ブルーは蟹を受け止めたことに不満げな様子を見せている。理不尽だ。
ブルーの敗北という言葉を聞いて樫木が身を乗り出して問い質そうとしてくる。
「えー! ミカちゃん負けちゃったの!? 誰に!?」
「……ガザニア様だよ……この間、公式配信で……負けてるの見た……」
隣のリリーがブルーたちが答える前に代わりに答える。リリーの言葉にミカはあの敗北を改めて思い出し、憂鬱になった。
「ガザニア様って……随分またアレな言い方だな。信者のお方か?」
「あー……リリーはガザニアってバトルアバにご執心だから……」
樫木が少々呆れ気味に答える。しかし何かスイッチが入ったのか、リリーは熱に浮かされるように語り始めた。
「……あの強さ……戦いの容赦の無さ……そして美しさ……どれを取っても最高……だと思います。ファンサも……良い。去年の大会でも……あのライオンみたいのに負けちゃったけど……美しかった……あぁ……」
恍惚とした表情でガザニアへの熱い思いを語るリリー。
「す、凄いガザニアさんの事好きなんですね……」
「……ガチ恋勢かよ」
「ま、まぁこの子は惚れっぽいとこあるから……」
その豹変に少々引く三人。このままだと何時までもガザニア語りが続きそうだと判断し、咄嗟にブルーが機転を利かせて話を変えようとした。
「あー……そういやミカは大会の事あんまり知らねえよな」
大会。今まで何度か耳にしてきた単語。デルフォニウムでも椿から聞いた。
「えーと……そうですね。バトルアバ同士の大きい大会だって言うことくらいは知ってますけど……」
「あれ? ミカちゃん、バトルアバなのに大会の事知らないのー? あたしでもそこそこ知ってるのに」
「ん……大会って言うのは……ワールドチャンピオンアバ決定戦の事だよ……世界で……一番強いバトルアバ決める戦い……」
樫木はミカを信じられないと言った様子で見ている。いつの間にか正気に戻っていたリリーが補足するようにミカへそう伝えてきた。
「その国で一番強い……バトルアバをトーナメントで……決めて……そこから代表者を選出するの……」
「で、最終的に各国の代表者同士でアババトルやって世界一決めるってわけ。まぁ良くあるパターンだわな――見た方が早いか」
ブルーがウィンドウを出現させ、何か操作を行う。するとテーブルに大きなウィンドウが表示され色々な映像が表示され始めた。
様々なバトルアバが大歓声の中、戦いを繰り広げている。その中に巨大な獅子の獣人と戦うガザニアの姿を見つけミカは思わず声を上げた。
「あっ! ガザニアさんが映ってますよ」
「去年の決勝だな。今のランク2――獅子王とやりあって僅差で負けたんだったかな」
「……ガザニア様は……運が悪かっただけです……最後の攻撃が当たってれば……勝ってました……」
「はいはい……まぁ実際惜しかったな。どっちもヘルスミリ残しって感じだったし。獅子王は連覇するようなヤベー奴だし、健闘した事は確かだな」
リリーからの抗議の声を軽く受け流すブルー。樫木も自身のウサギ耳をわさわさと動かしながら映像に目を移し、眺めている。
「やっぱり大会出るようなアバは可愛いのばっかりで、目の保養になるよね~チルチルちゃんとかホント可愛いわー」
そう言って彼女は画面の中のバトルアバの一人を指差す。蝙蝠の羽を頭から生やした可愛らしいデザインのバトルアバ。ブルーが一番最初にバトルを見せてきた時にも確かいたはず。チルチルは空中を華麗に舞ながら相手を切り裂いていた。
「チルチル・桜か。ランク4だな、こいつは。そういや権之助が前回の大会で引退決めたから日本大会はこいつが最古参になっちまった。いやー時代の流れを感じるわ」
妙におっさん臭い動きでブルーが一人うんうんと頷いている。ミカはそんなブルーを横目に再び画面へ視線を戻した。
(あれ……?)
画面を見ている内にあることに気が付く。ミカはブルーへ尋ねた。
「あの……前回の優勝者ってその……獅子王ってバトルアバなんですよね……?」
「そうだぞ」
「それなのにどうしてこのアバはランクが……2なんですか? ガザニアさんも準優勝なのにランクが3ですし……」
「あー……それはだな――」
「あっ! それはあたしも知ってるよ~! 永久欠番ってヤツなんでしょ!? 野球のレジェンド選手の背番号みたいにさ!」
ブルーの言葉を遮って樫木が勢い良く割って入ってくる。
「まぁそんな感じだよ。ランク1はさ。第一回の大会の優勝者を称えるために欠番ってわけ」
「第一回……」
横で話を聞いていたリリーが思い出すように口を開いた。
「……伝説の……大会って事しか知らない……もう七年も前だし……」
「あたしも話でしか聞いたこと無いな――かなーり凄い大会だったらしいじゃん」
「なんでえ。お前ら知らねえのか。勿体ねえぞ、あれを知らねえのはさー」
リリーと樫木へ不敵な笑みを浮かべるブルー。如何にもオレは知ってますと言った顔だ。
「あれは確かに伝説って感じだわ。あー(ピー)面白い大会なんだがなー」
ブルーが何故かミカの方を横目でチラチラと見てくる。如何にも大会の事を語りたくてしょうがないと言った様子だ。
(相変わらずだなー……これもアババトルオタクの性か……)
ミカは観念したようにブルーへ頼んだ。
「あー……その、大会の事教えてもらえますか? ブルー先生」
ミカの言葉にブルーは心底楽し気に笑みを浮かべる。
「しょうがねえなぁ~ちょっくら講義でもしてやるか――」
ブルーが軽く手を叩く。するとテーブルの上に表示されていたウィンドウが消え、代わりに大き目のウィンドウがテーブルの横に現れた。
「ほれ。生徒共! 席移動して黒板が見やすい位置へ行け」
『は~い』
三人はブルーの言葉に頷くと樫木、ミカ、リリーは座敷をゾロゾロと移動し、テーブルの横へ三人仲良く並んだ。
「よし……ABAWORLD初心者でも分かる『第一回チャンピオンアバ決定戦』の時間だ。質問がある場合は挙手してからするように。OK?」
『分かりましたー』
「良い返事だ。そんじゃ始めるぜ」
三人の返事を受けて、いつの間にかブルーは眼鏡を装着しており、更に身をほじくり終えた蟹足を教鞭代わりに右手で持っていた。
いつの間に用意したのか……。ブルーはウィンドウの横に立つと蟹足教鞭で軽く画面を叩く。するとそこに当時の物と思わしき映像が幾つか出てきた。
「まず第一回大会についてだけど……この大会は今の大会と違って非常に小規模だったのさ。まだABAWORLDがサービス開始して二年経つか経たないかって感じで、世間からの認知度もまだしょっぱかった」
「二年って……今、ABAWORLDは何年目くらい運営しているんですか?」
ミカは疑問に思い、ブルーへ質問する。しかしブルーは答えない。代わりにミカの横に座っていた樫木が右手を勢い良く上げて答えた。
「今年で十周年で~す、先生!」
「よろしい、樫木くん、正解だ。ABAWORLDは今年で十周年、めでたいことだな――ミカくん、質問は挙手してからするように。罰として内申書下げるから」
「ひ、酷い……」
(理不尽だ……!)
「で、話を戻すけど――第一回に参加したバトル・アバは八人。こいつらは敬意を払って『最初の強暴なる八人』って呼ばれてる。全員頭のネジが四本くらい吹っ飛んでるイカれた奴らだぜ」
ブルーがそこまで言うと教鞭でウィンドウをポンッと叩いた。画面が切り替わり八人の――何人か明らかに人と思えないような姿をしているのがいるけど……一応、八人のバトルアバが画面に表示される。
「これが……『最初の強暴なる八人』……?」
「この大会は日本大会イコール世界大会って感じで、海外勢も混ざってた。ホントに小規模で飽くまでABAWORLDの一イベントに過ぎないって感じだったらしい――まずはこいつだ」
ブルーがウィンドウを教鞭で再び叩く。バトルアバの一人が拡大され、情報が表示されていく。それは巨大な卵としか言い様の無い姿で、申し訳程度に手足がその卵から生えている。はっきり言って不気味だった。
「ランク8、【EGG(エッグ)】。まぁ名前のままの姿のバトルアバだな。通称『キモ玉子』。こいつのバトルは一度見たら三日は夢にこの姿が出てくるぞ」
「うわぁー何この人……手足の生えたデカイ卵じゃん」
「このアバは……見たことある……去年のお化け屋敷イベで……いたよ……凄い……怖かった」
「あぁ。EGGはもう大会には出てないけど、イベには結構参加してるな。本人がお祭り好きだからとか――で、お次が――」
画像が切り替わり、今度はイ――イヌ? いやネコのような不気味な単眼の動物を連れているフードを被った老婆の姿が映った。
「ランク7、【人形繰り『
「ん……この人は引退しちゃったよね……」
「流石に歳だったからな。今は自分の孫に後継やらせようと育成中とか。元気な婆さんだ。そういやこの大会に参加したバトルアバじゃ唯一の召喚タイプだな。喜べ、ミカのお仲間だぞ」
「そうですか……」
(嬉しくねえ……)
「それで次が――ランク6【PUMPKIN・HEAD(パンプキンヘッド)】。この時は唯一のアメリカ人だな」
ブルーが画像を切り替えると突然、陽気で、でもどことなく恐ろし気な歌が流れ始めた。
『PUMPKIN・HEADがやってくる~♪ 夜に寝ない子、出歩く子! その首を切り落としに~♪ 彼はノッポだから二階に逃げてもやってくる~♪ 悪い子の首を切り落としに~♪』
「な、なんですか……!? この不気味な歌は……」
「こいつのテーマ曲。こいつすげーアメリカだと人気あるんだぞ。今の形式の北米大会だと常連組だし、ワールドチャンピオンも取ったことある。あとアメリカのガキの夢に出てくる怖い物ナンバーワンも取った」
「あの……質問良いですか?」
ミカが挙手を行い、ブルーへ質問を行う。
「良いぞ。なんだ?」
ミカは表示されているカボチャ頭の怪人を指差す。
「さっきから……その何というか恐ろしいというか……怖いデザインのバトルアバばっかりですけど、何か理由あるんですか? 評価も夢に見るばっかりで、とてもまともな評価と言えないようですけど……」
ブルーは複雑そうな表情をする。そして腕を組みながら答えた。
「――ぶっちゃけると開催したのが十月でみんな季節感重視のハロウィーン意識、大会自体もハロウィーンイベの一つとして開催……しかも今と違ってスポンサーってシステム自体が無かったから全員やりたい放題のデザインになったらしい。結果としてこの百鬼夜行状態だ」
「このアバたちが……戦うんじゃ……凄い光景だったろうね……うん」
リリーが納得と言った様子で画面を眺めている。確かにこのアバたちが戦うのでは相当に魑魅魍魎感ある戦いが繰り広げられただろう。
「言っとくけどなーこいつらが突飛かつ独創的なデザインなお陰で話題性も上がって、後々のABAWORLD普及に繋がったんだからなー。全く……先人への感謝が足りねえぞ――ええと、次は……」
ブルーは少々愚痴りながらも、気を取り直して再び解説を再開した。画像が切り替わり次のアバが表示される。ミカはその姿を見て、思わず叫んだ。
「く、熊だぁぁぁ!! しかもヒグマだぁぁぁ!! ぎゃあぁぁ!!」
「ランク5、【
ブルーが異常に驚くミカを見て不思議そうに首を傾げる。ウィンドウには身の丈五メートルを優に超える茶色の直立した巨大熊が映っていた。樫木が画面を見ながら驚きの声を上げる。
「うっわー! このバトルアバちゃん、デカすぎじゃん? さっきのカボチャも大きかったけど、この熊ちゃんはヤバイねー! 山みたい~」
「権之助は当時、初めて四足歩行の動物アバを使い熟して、話題になったとか。但し遂にこいつも前回の大会で引退宣言……すげー楽しいバトルするヤツだったから勿体ねえなぁ」
「い、引退したということは……戦わなくて済むんですね……良かったぁ。熊ってどうしても苦手なんですよ……子供の頃、動物園で熊見るたびに泣き出した思い出があって……なんでか分からないんですけどね」
「ほーん。まぁ引退したし余程の事が無いと戦う機会は無いと思うが、そこまでビビるなら一度お前と権之助のバトル見て見たかったな、アハハッ」
「止めてくださいよ……ホントに苦手なんですって……」
ミカは自分があの巨大熊相手に立ち向かう姿を想像してしまい、思わず恐怖で震えてしまった。頼むからそういう事態だけはご遠慮願いたい。未だに身震いしているミカを余所にブルーは続ける。
「そしてランク4、【チルチル・桜】。やっと目に優しいヤツが出てきたな」
「おぉ~! チルチルちゃんだ~!」
「今とちょっと……服装……違うね……かわいい」
フリフリとした服を着たコウモリのピンク髪少女のアバ。先程までの異形かつ迫力のあるバトルアバたちと比べると確かに可愛いらしい。
(そう言えばこの子、前見た時は気が付かなかったけど、吸血鬼モチーフなんだな。ハロウィーン系だったわけだ)
ブルーは教鞭でチルチルの姿をポンポンと叩く。
「こいつは未だに現役やってるバトルアバだな。それだけ人気があるし、ファンも多い。バトルも見ごたえあるからアババトル初心者は大体こいつの動画お勧めされるよ――さぁ遂にトップ3だ!」
ブルーが勢い良く画面を叩く。切り替わった画面に見覚えのあるデザインのアバが現れた。
「おぉ……初代様だ……美しい……」
リリーがそのアバを見て感嘆の声を漏らす。一方ミカはそこにいるアバを見て首を傾げた。
「あれ……? これってガザニア……さんですか?」
ウィンドウには紫色のローブに身を包んだ如何にも魔女と言った様子の女性が映っている。ガザニアと同じとんがり帽子を被り、長い白髪。この間、ミカが戦ったガザニアとそっくりの姿だった。
違うところと言えばガザニアと違って身長が大きく、大人の女性と言った雰囲気を纏わせているところだろう。
「実は今のガザニアって二代目なんだよ。こいつは初代――ランク3、【
(ガザニアさんのお師匠って感じなのか……優勝するようなアバの後を継いだんじゃ、そりゃ気も張るよなぁ……)
「結構引退してるアバ多いね~もうバトル見れないの残念ー」
「流石に最初の大会から七年近く経過してるからな。こればっかりはしょうがないわ。そんじゃ次のスライド」
ブルーが画像を切り替える。そこには今まで見た中でもとびきり異形のバトルアバがいた。
「うぇっ!? なんですかこのバトルアバ……というか何……だ?」
「ランク2、【
細い工業機械のような手足。そして更に頭が無く、胴体部に黒檜のカメラアイのような物が一つ付いている。両手には機関銃のような物が装備され、更に他にも銃器が全身へ装備されており、異様な雰囲気を醸し出していた。
昔、ニュースで見た無人攻撃兵器でこういう物が居たような気がする。
「こいつは中身、中国人なんだがな。色々可哀想なヤツで……第四回大会までは皆勤賞だったんだが、中国でネット関連の法規制が始まって海外のゲームに参加出来なくなっちゃったんだよ。だから実質的に引退状態。今でもたまにSNSで名残惜しそうにしてるぞ」
「こ、これって何なの? ロボット?」
樫木が理解出来ないモノを見る目で斉天大聖を眺めている。
「一応、サイボーグって体のバトルアバらしいぞ。オレにもどこに生身要素あるのかわからんけど。ただその代わり実力は折り紙付きだ。完全なる遠距離攻撃特化タイプで、地形が変わるレベルで銃撃するからこいつとのバトルは戦争みたいになるとか――さて」
ブルーが勿体付けた動きでウィンドウを教鞭で叩く。画像がゆっくりと切り替わり、最後の一人が映し出された。
「こいつが――ランク1。第一回優勝者、伝説のバトル・アバ【破瓜の処女『BLOOD・MAIDEN(ブラッド・メイデン)』】」
画像には西洋鎧を着用した騎士のようなバトルアバが表示されている。今までのアバもみな強そうだったが、このバトルアバは別格と言える雰囲気を醸し出していた。
片面だけ抉れたフェイスプレートから見える獰猛な赤い瞳。幾多の戦いで傷付き削れた鎧の各所。まるで動物の爪のように尖っていて鋭利な手甲。
「このアバがランク1……」
ミカはその異様さに思わず言葉を失う。隣で見ていた樫木が首を傾げながらブルーへと尋ねた。
「は……かのなんて言ったのこれ?」
「……
「破瓜って?」
「……あー……それはだな」
ブルーが少々気まずそうに言葉を詰まらせる。破瓜。つまり……処女喪失などを意味する言葉。彼が答えにくいのもしょうがないだろう。それを察したのかリリーが樫木の側へ寄って小声で耳打ちする。
「――樫ちゃん……――だよ――」
「――え!? あっ! アハハッ! ご、ごめんね~! 変なこと聞いちゃって~」
リリーの耳打ちを聞いて樫木がうさ耳まで赤く染めながら慌てて謝った。ブルーは気にしないと言った様子で肩を竦めてから再び解説を続ける。
「こいつは色々と謎が多いバトルアバで、第一回しか大会には出場してない。というか決勝戦を最後に表舞台から完全に消えたな。引退したとか色々言われてるけど実際のところ誰にもわからん。何せ一言も喋らなかった上、他の大会参加者とも交流が無かった。余程恥ずかしい声してたんだろうな。名前も中二病患ってるし」
「ん……でもこの人がいなかったら……今のアババトル人気は……無かったって……みんな言ってるよ……私も……動画でバトル見たことあるけど……人気になるのも……分かる」
「そんなに凄いバトルだったんですか?」
ミカがブルーへ尋ねると彼は黙って画面を切り替えた。音声と共に動画が流れ始める。そこには鎧を纏った騎士が卵型のアバの上へ乗っかり、その頭頂部に剣を突き立てていた。
彼は突き立てた剣を刺したまま、抉じ開けた傷口へ両手を突っ込み左右に無理矢理開いていく。試合会場内は観客席からの悲鳴と熱狂の声が響き、凄いことになっていた。
動画を見ていた樫木がその恐ろしい光景に短く悲鳴を上げる。
「こ、こわっ!」
「BLOOD・MAIDENはとにかく戦い方がえげつ無かった……らしい。相手が誰であろうが容赦なく、何度も、何度も……切り刻む。叩き付ける。引き裂く――マジでR指定って感じだったとか。嘘かホントかショッキング過ぎて試合観戦中に気絶するヤツも出たって話もある。ただその分外人受けが凄くて、海外でのABAWORLD認知へ繋がったんだと」
「伝聞が多いですけど、ブルーさんは実際にこの……ブラッドメイデンさんの試合は見たこと無いんですか?」
「流石のオレもこの頃はABAWORLDやってなかったわ。もう七年前だし生で見たってヤツは少ないだろうなぁ――」
「――いるさ! ここに一人な!」
ブルーが腕を組みながらそう言ったその瞬間、何者かが大声で講義中の四人へ向かって声を掛けてくる。全員が何事かと声の方向を見た。
痩せすぎを通り過ぎて白骨化している身体。大きくて黄色のソンブレロを被った歩く骨格標本がそこに居た。
「ボ、ボーン!? ――ってもしかして…………【556(ゴゴロー)】さんですか?」
ミカはその姿に見覚えがあった。というより印象的過ぎて忘れようがなかったとも言えるが。ABAWORLDに初めて降り立った時、一番最初に話し掛けてきたアバ……そしていきなり写真を撮ってきたあの彼(?)だった。
「にゃははっ~! ちゃんと覚えていてくれて嬉しいよ! ミカちゃん、お久しぶり!」
556は上機嫌で腕を振りながら近付いてくる。歩く度に全身の骨がカラカラと音を立てていた。
「え? ミカ、知り合いなのか、この……骨と」
「はい。ABAWORLDで最初に話し掛けてきた方で……」
「……ふーん。オレが一番最初だと思ってたのに……」
「ボクはこれでもABAWORLDをプレイして十年選手! なんでも語れるよ~!」
「……廃人じゃねーか」
呆れるブルーを気にも止めず556はカラカラと音を立てながら、表示されているウィンドウの前へ進み出ると頼まれてもいないのに当時の事を語り出した。
「あれはボクがまだ白骨化する前の事、七年前のABAWORLD――」
「何か語り出したぞ、この骨」
「面白そうだし聞いてみようよ~!」
呆れるブルーを余所に樫木は楽し気な様子を見せる。556は大げさな身振り手振りを交えながら当時の思い出を口々に話していった。
意外と聞かせる喋りをしており、気が付けば皆、静かに聞き入っていた。
講義を中断されたブルーも最初は不機嫌気味だったが556の語り口が進むにつれ、聞き側に回ることを選び、腕を組んで目を瞑りながら黙っていた。
それは【最初の強暴なる八人】たちの戦いの口伝だった。
第一試合、EGGとBLOOD・MAIDENの激しく、凄惨な戦い。この試合の凄惨さと凄絶さが口コミで広がり、観客が一気に増えた事。
第二試合、斉天大聖と高森志津恵の機械と人形使いという方向性の違う二者の技術がぶつかりあった戦い。この試合からABAWORLD内でも騒がれるようになった事。
第三試合、PUMPKIN・HEADと初代ガザニアの激闘。次々に打ち出される魔法とそれを躱して突き進むそのバトルアバたちの姿が動画サイトに沢山アップされ、連日ランキングを騒がせた事。
第四試合、権之助とチルチルのトンデモサイズ差バトル。この試合からネットニュースでも話題になるようになった事。
556の語りは次第に熱が入り、どんどんヒートアップしていく当時の状況と自身の高揚感。それを表現していた。彼の語りは続く。
第五試合、BLOOD・MAIDENとガザニアの死闘。ガザニアへ止めを刺すBLOOD・MAIDENの容赦の無さがSNS上で論争になり荒れに荒れた事。でもそれで更に大会の事が世間に認知された事。
第六試合、チルチルと斉天大聖の熱戦。見た目に反して堅実な攻めを行うチルチルに斉天大聖が観客全員すら驚愕したような戦法を行った事。この試合から観戦チケットを取ることすら困難になって立ち見を余儀なくされた事。
そして……決勝戦。
「会場を埋め尽くさんばかりのアバたちの中、剣と銃のぶつかり合い……BLOOD・MAIDENと斉天大聖は三十分間に及ぶ戦いを繰り広げたんだ! もう見てたボクは興奮しまくり! 熱中しまくりで――気が付いたらボクは意識を失ってたのさ」
「は? あんたが……まさか大会中に失神したってアバ?」
信じられないと言った様子でブルーが556へ問い質す。556は如何にも恥ずかしそうに自身の白骨化した頭部をツルツルと手で撫でた。
「いやーホントお恥ずかしい話なんだけどさー前日までABAWORLDで知り合った人たちとリアルでオフ会やって、それが大盛り上がりしちゃったんだぁ~で、その勢いで徹夜で試合みたんだよ~! そしたら観戦中にフラっと眩暈してきちゃって、気が付いたら現実に戻って、デルフォニウムから送られてきた救急隊に囲まれたんだよ! いやホントあの時は嫁さんにも怒られるし、知り合いからも怒られるしで大変すぎたね~ワッハッハッハ!」
朗らかな笑顔で語る556にリリーが軽く引いていた。
「あの話って……都市伝説かと……思ってました……」
「ホントだよ! ホント! あっ! みんなも安心してくれよ! デルフォニウムの会社側でさ~ABAWORLDプレイ中に体調とかが急変するとエマージェンシーが行くようになってるんだって! いや~良い会社だよね~! ワッハッハッハ!」
「でもすっごいじゃん! ABAWORLDにそんな始まりあったなんてさ! 骨くんの話聞いてあたしめっちゃワクワクしてきた! 他にも聞かせてよ! その頃の話もっと聞きたいなぁ~」
樫木がせがむと556は快く応じ次の話を始めた。
「良いよ~じゃあ決勝戦の後に開催されたランク決めるための大乱戦バトルロイヤルの話してあげようかい?」
「お、良いじゃねえか。あれ動画化されてないから情報少ないんだよなぁ」
「バ、バトルロイヤル!?」
「ん……楽しそう……」
556は再び、語り始める。五人は何時までも鍋を囲みながら盛り上がった……――。
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