第12話『紫紺龍の髭が命ずる。紫毒よ、満ちよ』


 魔女のような姿をしたアバは静かに、冷徹に、突き放すように自らの名前を告げる。

「……紫紺龍パープル・ドラゴンバーバル『ガザニア』」

「な……!?」

 総長と周囲のツッパリたちが彼女の名乗りを聞いて一斉にどよめく。

「"あの"のガザニアか!?」「マジかよ……」「ほ、本物!?」

 一方、ミカは彼らの反応に驚いていた。

 明らかにその名前を聞いてツッパリたちは狼狽えている。先程までの威勢の良さはどこへ行ったのかと言った感じだ。

(彼女は……一体何者なんだ……?)

 しかし浮足立つツッパリたちを余所に総長だけは怯まず言葉を返す。

「"随分"と……"大物"じゃねーかよぉ……? こんなところで何してんだぁ? "真面目"ちゃんはさっさと帰って"練習"でもした方が良いぜェ……」

「別に私がどこで何をしようと勝手でしょう。それよりも――あなた、そしてあなたたち【獄炎ヘルファイア連合】はバトルアバ登録を申請中の団体でしたよね。良いんですか? 今のあなたたちは明らかにハラスメント行為に抵触する事を行っています」

「"あぁ!?" 別にわりー事はしてねェだろ! オレはこのチビと話がしたいだけだぜェ……!」

「ぎゃんっ!?」

 そう言って総長はミカの肩へ強引に手を回してきた。かなり強引だったのでミカが思わず悲鳴を上げる。ガザニアと名乗ったアバはそれを見て目を細めながら静かに口を開いた。

「……【他プレイヤーへの行動強要】」

 "!?"

 ツッパリたちが一斉に驚きの顔を見せる。ガザニアはミカの方へ視線を向けながら更に続けた。

「そのアバは明らかに拒否の意思を示していますよね。あなたたちは友好的な話し合いをしているつもりかもしれませんが、運営――デルフォニウムはどう思うでしょうか。哀れなアバが複数人のアバたちに行動を強要されているようにしか見えないこの様子を――既に証拠のSS(スクリーンショット)も撮りました。これを運営に送付して通報すれば……どうなるかくらい、あなたたちでもわかるでしょう……?」

 ガザニアの言葉にツッパリたちは不安げな表情を浮かべた。一人のツッパリが総長へ進言する。

「不味いっすよ……今、問題起こすのは。申請取り消されたら姉御が"激怒ブチギレ"るっす……」

 仲間の進言に総長は苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべる。そして暫く沈黙していたが急に立ち上がった。少し乱れていたリーゼントをどこからか取り出した櫛で直しつつ、ツッパリたちへ告げた。

「"真面目"ちゃんにチクられるのもつまらねえ――てめーら! 今日は"退く"ぜ!」

『押忍っ!!』

 ツッパリたちが掛け声と共に一斉に姿が消えていく。多分、ログアウトしたんだろう。あっという間にツッパリたちは全員消失し、その場には総長、ガザニア、そして状況を理解出来ずにボケッとへたり込んでいるミカだけが残された。

(ど、どういう事なの……これ? というか一体何が起きてるんだ……)

 呆けるミカの脇を通って総長はガザニアの方へ向かう。そしてその前に立つと激しくメンチを切った。

 ※メンチを切る 睨みつけるの意。

「てめー……ウチの"連合"が申請通ったら真っ先に"ブッコみ"掛けるから、"ネック"濯いで待ってろや」

「どうぞ、ご自由に」

「ちっ……"スカ"しやがって……おう、チビ!」

「ひゃいっ!?」

 突然、総長に話し掛けられ思わず飛び上がるミカ。総長はミカの方へズイッと近寄ってくる。

「また次の機会に"逢おう"や。そん時は存分に"バト"ろうぜェ……じゃなあ!」

 軽い音と共に総長の姿が消える。最早ミカは訳が分からず混乱の極みに達していた。そんなミカへガザニアが呆れたような視線を向けながら近付いてくる。

「何時までそこで座り込んでいるつもりなんですか、あなたは。まさか腰が抜けたとか言い出さないでしょうね……この仮想現実で」

「あっ……は、はい! 今、立ちますから……」

 ガザニアからの指摘にミカは急いで立ち上がった。そしてミカの横まで来ていた彼女を改めて観察する。

 やはりその姿は魔女としか言い様の無い。上下が一式になっているゆったりとした紫色のローブととんがり帽子に身を包み、非常にそれらしい。ミカは助けて貰った礼を言おうとガザニアへ向かって喋りかけた。

「さ、先程は助けて頂いてありが――」

「大体ですね。あなたも何を考えているのですか」

「え?」

 ガザニアはミカの感謝の言葉を遮って言い放つ。

「あのような輩に絡まれたらさっさとログアウトして、通報なりすれば良かった筈です。それを、何を考えているのかグダグダと絡まれ続けて……私にはあなたの行動がさっぱり理解できません」

(そうか……ログアウトすれば良かったか……完全に失念してた)

 ガザニアからの指摘でログアウトの事を思い出す。確かにさっさとそうして逃げればよかった。場の雰囲気に流されて忘れていた。

「……その……すみません。忘れてたので……」

 ミカは何だか申し訳なくなり、つい謝ってしまった。それを見てガザニアがまた不機嫌そうに口元を釣り上げる。

「私に謝ってもどうしようもないでしょう。全くあなたもバトルアバなら――うっ……」

「……あれ? どうし――ぐっ!?」

 ガザニアが急に会話を止め、呻く。ミカはガザニアの様子を心配して声を掛けようとした。しかしミカも突如、妙な感覚に身体が襲われ始め、思わず頭を手で押さえる。

(なんだ、これ……?)

 まるで息が詰まったかのように胸がざわつく。視界も少しだけ揺れ、耳鳴りのようなブゥゥンという鈍い音が耳に届いた。

 不思議なことに横にいるガザニアも同じような感覚に襲われているらしく、先程までの冷静な表情を崩して少し驚いたような表情を浮かべながら、胸を手で押さえつつミカを見ていた。

 ミカとガザニアはお互いに頭上へ疑問符を浮かべながら、暫くその感覚に身を任せていた。やがてその感覚が治まり、落ち着いてくるとガザニアが困惑しながらも先に口を開いた。

「……今のは……一体……? あなた、まさか……私に何かしましたか?」

 ガザニアから疑いの言葉を向けられる。あっちはこっちが何かしたと思っているようだ。まだ微妙に奇妙な感覚を引き摺っているミカはつっかえながら答えた。

「……な……何もしてませんよ。うぅ……まだ何か胸がムカムカする……」

「……その様子では別にあなたが原因という訳でも無さそうですね。こんなバグは初めて……」

 ガザニアは少し被りを振ってから気を取り直したようにミカへ自己紹介してきた。

「そう言えば名乗り忘れていましたね――私は『ガザニア』……あなたと同じバトルアバです」

「バトルアバ……」

 先程のツッパリたちとの会話から薄々気が付いていたがやはり彼女もバトルアバだったようだ。

「あ、あの私はミ――」

「――バトルアバ『ミカ』。登録日、五月二十七日。戦績、三戦三勝。バトルスタイルは召喚タイプ。スポンサー無しの無所属――」

 ガザニアはつらつらとミカの情報を述べていく。

「な、何故私の事を……!?」

「敵の情報を出来る限り集めておくのは戦いの基本でしょう?」

「敵ぃ!?」

 思わずミカはガザニアから一歩離れて身を引いてしまう。

(まさか……この人もウルフさんみたいに見境ないタイプか!?)

 ミカの脳内にウルフの悪そうな顔とあの遠吠えが思い出される。明らかに狼狽えているミカの姿に何かを察したのか呆れたように肩を竦めた。

「……心配しないで下さい。あなたとバトルしようとは思ってはいないので――今は、ですが」

「今はって……」

 ガザニアの含みのある言い方からミカはまだ警戒を解けずにいた。

「おーなんだ? バトルアバが同士が睨み合ってんぞ」「何かのイベント?」「あれガザニアじゃん」「え、モノホン?」「ガ、ガザニア様ぁ……」

 いつの間にか周囲にアバたちが集まってきていた。先程の騒ぎを聞き付けたのかもしれない。そのアバたちはミカとガザニアを取り囲んでおり、小さな円が出来ていた。

 ガザニアは集まってきたアバたちを横目でチラっと見る。それから面倒そうに呟く。

「……注目を集め過ぎました。移動する必要がありそうですね」

 彼女は集まっているアバたちの方を向き、軽く頭を下げながら彼らに呼び掛けた。

「皆さん、ここでバトルを行う予定は今のところありません。ごめんなさい」

 ガザニアの言葉に周囲のアバたちが不満げな声を漏らす。

「なんだやらないのー?」「バトル見たかったわ」「ガ、ガザニア様ぁ……」「えー……初めてランカーのバトル見れるかと思ったのに……」

 残念がるアバたち。ガザニアはおもむろに右手で左腕を撫でた。すると彼女の前にウィンドウが出現する。

「その代わり、ここにいる皆さんには私、【龍大老ロンタイラオ】所属、紫紺龍の髭『ガザニア』の参加するアババトル観戦に使用出来る優先トークンを発行します。次回のバトル開催時に、どうぞ」

 ガザニアがウィンドウを操作すると周囲にいるアバたちの手元へ紙のチケットのような物が転送されていった。

 アバたちは歓声を上げながらそれを受け取っていった。ガザニアはチケットが行き渡るのを確認し、再びミカへ向き直り、言った。

「では行きましょうか。ここは長話には向きません」

 ガザニアがミカの肩にそっと触れる。そして二人の姿は一瞬の内にその場から消えた――。




【ABAWORLD MINICITY HANKAGAIエリア カフェ『異端者の牢屋』】



 

 ベシャッ! ベチッ!


「あうっ!」

「くっ……!」

 中空から現れたミカとガザニアがほぼ同時に床へ落下する。ミカは例のごとく受け身を取れずにしこたま腰をぶつけた。スカート越しに尻へ冷たい感触が襲う。

「こ、腰が……ってあれ?」

 ミカがガザニアの方を見ると彼女も普段の自分と同じように着地に失敗したのか、床でひっくり返っている。彼女は逆さまになりながら悪態を吐いていた。

「全く……! このアバはどうしてこう! 毎回毎回着地に失敗をするのですか! 運営に何度も不具合報告しているというのに――って何をやっているんですか、あなたはそんな床に座って……早く立って私に手を貸してくれませんか? それとも無様な私の状態を嘲笑う下劣な趣味でもあるのですか」

 ガザニアは自分の状態を棚に上げてミカを呆れたように毒づきながら手助けを求める。

(俺と同じように着地失敗する人いるんだなぁ……)

 妙な親近感を覚えつつミカは起き上がってガザニアの元へと向かった。彼女に右手をそっと差出す。

 ガザニアはその手を不遜な態度で取り、立ち上がった。

「どうも……一応礼を言っておきます」

 ガザニアは自分の服の乱れを直すように手を動かしている。仮想現実だから実際に服は乱れないと思うが……。

 ミカは彼女から目を離し、改めて周囲を確かめる。

「ここは……」

 灰色の冷たい石造りの床と壁に覆われた窓すら無い薄暗い小部屋。ところどころ色んな赤黒い染みが付着し不気味な雰囲気がある。部屋の中央には簡素な丸いテーブルと椅子が二つ置かれていた。

 ガザニアはサンダルをペタペタと鳴らしながら席へ向かい椅子を引いて腰掛けた。未だに異様な部屋の雰囲気に困惑し、右往左往しているミカへ声を掛けてくる。

「どうしたのですか? そんなところで餌を待つ家鴨アヒルのように突っ立っていないで下さい。流石に相席者を立たせたまま会話する程、私はぶしつけではありません」

「あっ……はい。し、失礼します」

 ミカは促されるままに席へ着いた。

「わっ!?」

 ミカが席へ着くと同時にテーブルへ燭台が出現し、その蝋燭へ火が灯る。薄暗かった室内がボウっと明るくなった。蝋燭の揺らめく灯に照らされてガザニアの紫色の瞳に朱が入る。

 ミカは居心地悪く座りながらもガザニアへここがどこなのか尋ねた。

「ここは一体……? 何かその……牢屋みたいですけど……」

「ここはHANKAGAIエリアにあるカフェの一つです。まぁカフェと言っても、現実の物と違って飲み物も出ないですし、茶菓子もありません。ただのチャットルーム代わりの代物です」

「こ、これでカフェなんですか……」

 ミカは改めて室内を見渡す。どうみてもカフェとか喫茶店というよりは拷問部屋とかそう言った類の物にしか見えない。

「良い雰囲気でしょう? 静かで、厳かで、落ち着いていますし。完全な個室ですから他のアバから干渉も受けません。私はデジタルブックや動画を見る時に定期的に利用しています」

「そうですか……」

(全く落ち着かない……)

 何となくジメジメとした空気。時折何処からか聞こえる呻き声のような恐ろしい音。ブーツ越しにも伝わる石の冷たい感触。とてもじゃないが心穏やかに滞在出来る空間とは言い難い。

 既に居心地の悪さが限界突破し始め、もぞもぞと動いているミカを余所にガザニアは口を開いた。

「実のところあなたをここへ招いたのは聞きたいことがあったからです」

「聞きたい……こと?」

「あなたがどうしてスポンサーがいないのか……についてです。中々お目に掛かれない物なので、野良のバトルアバというのは」

「野良……い、一応それには理由がありまして――」

「理由とは?」

「そ、それは――」

 容赦なく追及してくるガザニアに口淀むミカ。流石に知り合ったばかりの人に色々喋るのも憚られた。

 だがそんなミカをガザニアはジッと見つめ、無言の圧力を掛けてくる。

「……うぅ……話します……」

「……よろしい」

 相も変わらず押しに弱いミカは直ぐ根を上げる。満足そうにガザニアは鼻を鳴らした。

 流石に全てを話すのはどうかと思い、細部を誤魔化しながら話そうと思いつつ、ミカはガザニアへ向けて自分の事情を語り始める。

 ABAWORLDを始めたのはつい最近だということ、姉のアバを使っていること、偶然初バトルをしたこと……気が付けば自分の今までの行動を振り返るような気分で饒舌に語ってしまった。

 そして……明らかに喋りすぎた。どう考えても余計なことまで喋ってしまっている。ガザニアが黙って聞いているのでつい調子に乗ってしまった。

(ヤバイ……だ、大丈夫かな……? 口が滑りすぎてしまったけど……)

 恐る恐るガザニアの様子を伺う。彼女は目を閉じて静かに佇んでいる。いつの間にかコーヒーカップをその手に持っており、口へ運ぶモーションをしていた。

 ガザニアは突然……カップの底をテーブルへドンっ!と叩き付けた。

「ヒィッ!?」

 あまりに突然の事でミカは思わず悲鳴を上げてしまった。更にガザニアは明らかに怒気混じりの空気を垂れ流しながら喋り出す。

「つまり……あなたは偶然にも、幸運にも、不遜にも……! バトルアバを手に入れ、適当に遊びで使っているというわけですか。さぞや気楽でしょうね」

「い、いやそういう訳では……」

 彼女はミカの弁明を完全に無視し、自身の左腕を右手で撫でた。ウィンドウが出現し、半ば殴るようにしてウィンドウを手で勢い良く叩く。それと同時にミカの眼前に見覚えるのあるウィンドウが出現し、アナウンスが流れた。

『アバ・バトルが申請されました。バトル終了までログアウトが出来ません。ご了承を――』

「うぇっ!?」

「本来はあなたの偵察のみで済ませるつもりでしたが、気が変わりました。ここで……完膚なきまでに打ち負かさせて頂きます」

「ちょ、ちょっと!? なんで!?」

 彼女はゆっくりと椅子から立ち上がると明確な敵意をミカへと向け、言い放つ。

「怠惰なる敵よ……紫紺龍の髭『ガザニア』の闘争バトル……その身を持って味合わって頂きます」




「いやホント! どうして戦う必要があるんですか! 何か気に障ったなら謝りますって!」

 ミカは降下ポッドから出て、バトルフィールドへ降り立つなり、反対方向へ居るはずのガザニアへ必死に呼び掛けた。

 今、ミカがいるのは古びた城を思わせるバトルフィールド【巨人たちの古城跡】。そこら中で倒壊した石の壁や、砕かれ半壊した石柱が転がっている。空では常に雷鳴が轟き、如何にも戦いの場という雰囲気が出ていた。

 正直なところミカはもっとまともなフィールドを選択しようと思っていたが、何故か選択肢にここしか無かったのだ。そしていざ降り立ってみれば……この始末である。

「言葉は不要です。あなたはここで無様に敗北するべき存在なのです」

 次々落ちる雷鳴の光に照らされながらガザニアがミカの前へと現れる。真っすぐにその紫の瞳でミカを見据えた。

「……エクステンド」

【BATTLE ABA GAZANIA EXTEND】

 ガザニアが静かに、唱えるようにエクステンドを行う。それと同時にアナウンスが流れた。彼女の身体が光に包まれ、姿を変えていく。

『ドラゴンホーン、セット――ドラゴンテール、セット――』

 特徴的なとんがり帽子から細くて長い灰色をした二本の角が伸び、更に腎部からトカゲの尻尾のような物が生えていく。むっちりとしたピンク色のそれは、彼女の怒りの感情に連動するかのように地面をビタンビタンと叩いている。ミカはその姿を見て初めて彼女の二つ名の意味を知った。

「ドラゴン……」

 龍の角と龍の尾を思わせるその意匠。龍の魔女。それが彼女の姿だった。

「さぁ……あなたもエクステンドしなさい。もう逃げ場など無いのですから」

 今まで感じたことの無いような威圧感を全身から放ちながら彼女はミカへエクステンドを促してくる。

(ダメだ……! 完全にやる気だこの人……! もう戦うしかない……)

 何時もならこういうピンチの時はブルーが何かしら助言や作戦を考えてくれるが今日は居ない。自分一人でどうにかするしかなかった。

「くっ……! エクステンド!」

【BATTLE ABA MIKA EXTEND】

 ミカの言葉と共にアナウンスが流れ、全身が光に包まれていく。

『タクティカルグローブ、セット――タクティカルイヤー、セット――タクティカルシッポ、セット――』

 両手にアーミーグローブが装着されていき、軍帽を突き破って灰色の犬耳が生えた。そしてスカートからモフっと尻尾が生えていく。

 二人のバトルアバがエクステンドを終え、相対する。本来ならば直ぐにバトルスタートのアナウンスが鳴る筈だった。しかし――。

 突如フィールド全体へノイズのような線が走る。そしてハウリングのようなキーンという音が流れた。突然の事態に驚き、周囲を見るミカ。ガザニアも同じような反応をしており、明らかに困惑していた。

(え? なにこれ……? 演出か……?)

 そのノイズは暫く続いた後、やがて治まっていき、何時ものようにバトル開始を告げるアナウンスが鳴り響いた。

『EXTEND OK BATTLE――START!』

「さっきからどうも、調子が狂いますね……全く――来なさい! 【ドラゴンバーバル】!」

 ガザニアが左手を天へと掲げながら、何かを呼び出す。光と共に現れたそれはまさに魔女と言えばこの道具と言える茶色の箒だった。

 彼女はその箒を手に持つと槍のようにクルクルと回転させながら穂先をミカへ向かって突き出す。先程の異常な演出を引き摺っていて反応が遅れたミカは慌てて自分の武器を呼び出そうとした。

「ぶ、武装召――」

「遅い――龍爪ドラゴンネイル!」

 箒の穂先から紫色の光弾が連続して打ち出されていく。紫の光跡を残しながら高速でその光弾たちがミカの身体を貫こうと迫ってきた。

 間に合わないと判断し、武装召喚を中断すると、ミカは全速力でその場から駆け出した。

 近場の石柱や石壁を利用して光弾を回避していく。次々に紫色の光弾が障害物を砕き、破片が背後から迫った。

 しかし予想以上に打ち出される光弾の数が多く、このままでは直撃を喰らうのも時間の問題だった。

(このままじゃヤバ――あっ)

 ミカの視界へ一際分厚い石壁が映る。ブーツで地面を蹴ってジャンプし、飛び込むようにしてその石壁へ身体を隠した。

 背後で光弾が次々に着弾する音と何かが壊れる破壊音が聞こえた。だが何とか回避自体は成功――出来ていなかった。

「ぎゃんっ!!」

 腎部へ熱のような物を感じ思わず、悲鳴を上げる。慌てて後ろを確かめると灰色の尻尾から焦げたように煙と火が出ていた。

 全身を隠したつもりだったが尻尾だけ隠れていなかったらしく、光弾の一つに貫かれたようだ。

「ぎゃぁああ!! 俺の尻尾が! 無い筈の尻尾が燃えてる!」

 必死にグローブで尻尾を叩いて消火を行い、何とか消し止める。火は直ぐに消え、事無きを得た。

 ミカはそのまま石壁に屈みこみながら武器を呼び出す。光と共に【三式六号歩兵銃】が現れ、それをミカは握りこむ。その信頼出来る重量感を両手で味わい、少し落ち着きを取り戻した。

(下手に顔を出すとまたさっきのでぶち抜かれるかもしれない……ここは慎重に……)

 石壁の崩れた隙間から覗き込み、ガザニアの位置を確かめようとする。狭い視界だったが彼女の姿を捉えた。

 攻撃を一旦中断したのか箒を構えなおしている。こちらの姿は一応見失っているのか、その鋭い目つきで周辺を伺っていた。

(今なら……ここから狙撃出来るか……?)

 ミカは隙間へ銃口をそっと入れ少しずつ前に出していく。そのまま体勢を変えて床へ腹這いになって銃を構えようとする。しかしガザニアはそれを許すつもりは無かった。

ドラゴンガイダンスきよ、我が怨敵へ……」

 彼女は左手の箒を自身の前で逆さに持って構えると、目を瞑り静かに呪詛を唱える。穂先から紫色の光の輪が生じ、それが中空へ浮き上がる。その光輪は空中で暫く滞空した後、真っすぐミカの隠れている石壁へと向かった。

「なっ!?」

 射撃を行おうとしていたミカの身体を紫色の光輪がフラフープのように囲む。その紫の光輪は段々と狭まり、輪が小さくなっていた。

 咄嗟に隙間から銃を引き抜いて身体を起こすと、その光輪を銃床で殴りつける。しかし何の抵抗も無く銃床は素通りし、光輪に影響を与えることが出来ない。

(これは……まさか!?)

 これ自体には何の拘束力もダメージも無い。だがミカはその狭まる光輪を見て思い当たる節があった。

(ロ、ロックオン……!? これ黒檜の目視照準みたいなヤツだ……!)

 間違いなく、これは狙いを付けている。必死に立ち上がってその場から逃げ出そうとするミカ。しかし既に光輪は充分に狭まり、その導きを終えていた。

 ガザニアはカッっと目を見開くと箒の穂先を一気に天へと掲げ、叫んだ。

「紫紺龍の導きにより――落ちよ! 龍雷ドラゴン・サンダー!」

 穂先から閃光と共に雷が迸り、それが一匹の龍のように天空へと昇っていく。昇り龍は天へと消えると今度はミカの頭上へと現れ、そのまま落雷となってミカを襲った。

 ピシャーンッ!

 稲妻特有の空を引き裂くような音と共に雷がミカの身体を直撃する。それと同時に凄まじい音と発光がフィールドを包んだ。

「みゃぎゃぁああああああん!!!」

 全身を襲う電流と発光でミカは絶叫する。ダメージを知らせるウィンドウが次々に視界へ出現し、危機を伝えた。

 痛みは無い。しかし電流による衝撃は仮想現実と言えど凄まじく、ミカは全身からプスプスと煙を出しながらその場へうつ伏せにドサっとぶっ倒れた。

(う、動けねえ……)

 受けたダメージの影響か身体が上手く動かせない。何とか視界だけを動かしてガザニアの姿を探す。見当たらない。そんな時、彼女のペタペタというサンダルの足音が微かに後方から犬耳へ届いた。犬耳をピクピクと動かし、位置を探る。

(七時の方向……)

「……来い」

 音のする方向を判別してから、倒れた状態のまま小声で武器を呼び出す。左手に光が集まり、【八式信号拳銃】が握られる。その間にも足音は近付いてきた。

 恐らく確実に止めを刺すために接近してきているのだろう。ならば――。

銃剣バヨネット……着剣」

 右手に何とか離さず持っていた歩兵銃へ銃剣を装着した。銀色の刀身が少しだけ光る。

(チャンスは一度だ……)

 足音が更に近付く。一歩、一歩、そしてまた一歩。

(……今!)

 指だけ動かして拳銃の引き金を引く。ポンっという軽い音と共に拳銃から照明弾が発射された。地面と水平に発射されたその光弾は何度かバウンドしながら跳ね、弾ける。

 辺りを一気に赤い強烈な閃光が包んだ。

「……っ!」

 ガザニアの驚く声が聞こえる。ミカは一気に身体を起こしその声が聞こえた位置へ銃剣を装着した歩兵銃を気合の声と共に突き出した。

「チェストォォォォ!!」

 だが――渾身の刺突は空を突く。ミカは驚愕した。

「なっ!?」

 間違いなく彼女の身体の位置は把握していた。しかし無情にも銃剣の先に手ごたえは無く、空振りをしている。辺りを包んでいた閃光が治まってくるのと同時に頭上からガザニアの声がした。

「やれやれ……色々と手癖の悪い野良犬のようですね。危うく串刺しでした」

 ガザニアは空中でフワフワと浮遊していた。

 箒の柄を左手で持ち、釣り下がるように空中で漂ってミカを見下ろしている。奇襲への対処。あの距離からの回避。どれを取っても尋常ならざる判断力と経験に基づいた動き。明らかに彼女は――強い。

(今まで戦ってきた相手とは……格が違う。この人は……強い……!)

 かつてない強敵に動揺するミカを余所に空中のガザニアは柄を軸にクルッと一回転し、箒の上に立つ。そのまま仁王立ちしながら眼下のミカを見据える。

「魔女の本懐は派手な魔法マジックや見せ掛けのトリックに在らず――パワーリソース投入」

 ガザニアの右手に小さな布袋のような物がポフッと現れた。彼女はそれの封をゆっくりと開き、口をゆっくりと下方の地面と向ける。そして……唱えた。

「紫紺龍の髭が命ずる。紫毒よ、満ちよ」

 小袋から紫色の煙が吹き出す。それは意思を持つかのように一気にフィールドへと広がっていった。

 その煙はミカの元にも届いた。

「ゴホッ!?」

 煙を吸い込んだミカは即座に咳き込む。更に視界へウィンドウが出現し何が起きているのか知らせてくる。

(ど……毒……!?)

「地を腐らせ、血を腐らせ、知を腐らせ……どこまでも満ちよ」

 ウィンドウにはドクロマークが表示され、ヘルスが徐々に減少していること告げていた。

 ミカは急いで銃を構え、空中にいるガザニアへ向けて発砲する。乾いた音と共に煙を貫いて弾丸が放たれた。

「おっと……怖い怖い」

 ガザニアはストンと箒へ腰を下ろし、横へ移動して銃弾を回避してしまう。そのままフィールド全域を包み始めた紫色の煙へと紛れ込み、その姿を隠した。

(ダメだ……! 空中にいる相手に単発のこの銃じゃ……)

 煙の向こうにいるガザニアの煽るような声が何処からかミカへ届く。

「私はこのままあなたが力尽きるまで、待たせて頂きます。打開策があるならば早めに考える事をお勧めしますよ。何せ魔女の毒というのは回りが早い物ですから……」

「くっ……!」

 一応煙で視界が殆ど無い状況だけど、彼女の位置は音から大体の場所を特定出来る。だが大体では点の攻撃である狙撃を行うのは無理だ。やるならで攻撃するしかない。

(ムーンさんから教えてもらったあの武器……! あれの出番……!)

 毒によって削られていくヘルス。それによって身体にもダメージが蓄積していき、ミカは思わず膝を着いた。しかし何とか歩兵銃の銃底を地面に付けて体勢を整えて銃を構え、力の限り叫ぶ。

「……パワーリソース……投入! 小銃擲弾ライフルグレネード! 装着!」

 歩兵銃の先端部の銃剣が消失し、代わりに緑色の丸っこい拳大の擲弾が装着される。そのままガザニアのいるおおよその位置へ擲弾の装着された銃口を向けた。

「――発射!!」

 銃の先端から軽い発射炎と共に擲弾が打ち出され、緩い弾道を描きながら紫の毒煙を貫いて空中へ飛び上がっていく。少しして爆発音が頭上から聞こえ、毒煙が一気に吹き飛ばされ、空が見えた。そしてその空に箒から落下し掛けて必死にしがみ付いているガザニアの姿があった。 

「命中……!」

「……ケホっ。そんな手がありましたか、少々感心しました」

 ガザニアは箒へ何とかよじ登り、体勢を整える。直撃はしなかったようだが爆風は彼女に無事届いたようだ。着ている服の一部が少し焦げ付いていた。

「来た……!」

 パワーリソースがマックスまで貯まったことを告げるウィンドウがミカの視界へ映る。飛び退くようにして後ろへジャンプすると高らかに宣言した。

「パワーリソース全投入! 大召喚!」

 ミカの足元へ巨大な魔法陣が出現する。魔法陣に描かれた幾多の歯車が噛み合い、次々に稼働していく。

「こぉぉぉぉい!! 一式重蒸気動陸上要塞ヘビースチームランドフォートレス黒檜クロベ】!」

 魔法陣から一気に水蒸気が噴き出し、紫の毒煙を吹き飛ばしながらフィールド全体を包んだ。

 空中で未だ箒に乗っているガザニアは眼下で広がる光景を見つめていた。白い水蒸気と共に魔法陣から鋼鉄の巨大な要塞が迫り出していく。彼女はそれを見ながらそっと目を瞑り、右手を前に出しながら言った。

「――パワーリソース投入――」

 ガザニアの右手へ光と共に一本の小振りの直剣が握られた。そして彼女は箒から飛び降り、下方の水蒸気の雲へと降下していく――。




「よしっ! 黒檜の上なら毒の影響は無い!」

 ミカの身体は黒檜の甲板へと転送され、毒煙から逃れることに成功していた。直ぐに頭上の黒檜のカメラアイへ向き、命令を伝えようとする。しかし――。

「黒檜! 空中へ向けて近接防御――えっ!?」

 黒檜のカメラアイに大きな亀裂が入っていた。亀裂からは紫色の液体が漏れ出し、各部を腐食させて煙が出ている。何事かと思い、ミカは黒檜へ声を掛けようとした。

「黒――」

「――龍毒牙ドラゴン・ポイズン・タスク

「え――」

 ズグッ。

 至近距離でガザニアの声が聞こえる。反応する間も無く、ミカの身体を軽い衝撃と共に背後から何かが貫いた。

 ミカは自分の腹部へ視線を送る。軍服を貫くようにして銀色の刀身が突き出していた。

 その刀身からは紫色の液体が滴り、それが黒檜の甲板へと垂れ、煙を上げている。何とか首を動かして背後を見るとそこには――。

「ガ、ガザニア……さん……?」

 右手に剣を持ち、それを深々とミカの背中へと突き立てているガザニアの姿があった。その紫色の瞳が真っすぐにミカを見据える。彼女はミカへ剣を突き立てたまま口を開いた。

「召喚タイプのバトルアバには共通した弱点があることを知っていますか?」

「ぐっ!?」

 ガザニアが一気に剣を引き抜く。その衝撃でミカは思わず倒れ込み、そのまま膝を着いた。

 彼女は剣に付着した血糊を払うかのように一閃する。血の代わりに付着した毒が飛び散り、黒檜の甲板をまた焦げ付かせた。

(か、身体が動かない……これは……)

 ミカの視界に大量のウィンドウが出現する。そこにはありとあらゆる状態異常が記載され、身体を蝕んでいる事を伝えていた。

「呼び出された召喚物は召喚者の命令で可動するため、召喚者の行動を何かしらの方法で阻害すれば召喚物は無能と化します。最も……それを防ぐために大半は防御機構を備えていることが殆どですが、ね」

 ガザニアは蹲って動けずにいるミカを余所に左手に持った箒の穂先を黒檜の近接防御兵器群へ向ける。

「……龍爪ドラゴンタスク

 穂先から紫色の光弾が連続して放たれ、次々に近接防御兵器群を破壊していった。

 そこには油断も隙も無い。どんな相手だろうと手を抜かず、自分の勝利を確実にするために……行動する。本当の強者特有の手心の無さがあった。ガザニアは攻撃を加えながら更に続ける。

「この大きな、大きな機械の場合はあの丸い銃座がそれに該当します。実際あれが展開されていたら私でもそう簡単には近付けなかったでしょうね。だからこそアレが動き出す前に肉薄する必要があったわけですが」

 全ての近接防御兵器を破壊し尽くしたガザニアは改めてミカへと向き直る。左手に箒、右手に直剣を持ち、その魔女は再びミカへと近付いてきた。

 良く見ればその姿はかなりダメージを受けている。全身が濡れているようにも見えた。

「あの召喚時に発生する水蒸気、ダメージ判定があるのは覚悟していましたが、予想以上の火力でした。危うくトカゲの黒焼きになるところです。あなたのパワー・ノードをデザインした方は中々に嫌らしい方ですね」

(黒檜の召喚の隙を突いてダメージ覚悟で懐へ潜り込んだのか……なんて無茶を……)

 ガザニアは箒の穂先を下げると表情を変えずに少しだけ顔を俯かせる。

「……少々冷静になってきました。完全に八つ当たりと言えますね、この戦いは――私もまだまだ功夫カンフーが足りないようです」

 ミカの視界が段々と歪んでくる。毒が完全に回り出したのだ。ヘルスも急速に減っていく。ミカはついに立っていられなくなり、膝から崩れ落ちて倒れた。

「普段は対戦相手へここまで饒舌に語ったりはしないのですが……あなたと話していると本当に調子が狂います。一体何なんでしょうかね。バトル前に変なノイズもありましたし……」

 ガザニアはそう語る間にもミカと一定の距離を保ち、何時でも攻撃に移れる体勢を取っていた。

「はぁ……私らしくもない。これ以上の試合遅延はあなたにも、この試合を見ている方々にも失礼でしょう。敵を嬲る趣味はありません。これをどうぞ」

 そう言ってガザニアは倒れているミカへ向けて何かを放り投げてきた。ミカの眼前にあの……毒煙の入った小袋が転がってくる。その袋から紫色の毒煙が溢れ出し一気にミカの身体を包んだ。

「がっ……!? ぐぁっ……!」

 ヘルスが今まで以上に急激な減少を見せた。視界に危険を知らせるウィンドウが次々に表示されていく。そしてついに――。

【ABABATTLE LOSE MIKA GOOD LUCK NEXT TIME】

 ――ミカの敗北を知らせるウィンドウが現れた。それと同時に身体を蝕んでいた様々な状態異常が消え去っていく。歪んだ視界が正常化し、身体が軽くなった。

「うっ……」

 頭を押さえながらミカは何とか立ち上がる。まだ受けたダメージの余韻があるのか身体がどこかふらつく。ガザニアの方へ何とか視線を送ると彼女は静かにミカを見据えていた。

「あなたは何のために戦っているのですか?」

「え……?」

「別にその……お姉さんを探すのが目的ならバトルアバを使う必要はないでしょう。まぁそれが本当かどうかはともかくとしてですが」

「それは……」

「バトル・アバというのは基本的にショーの道具です。このABAWORLDという仮想現実で、主役であるアバたちを楽しませるためのね。見てください」

 そう言ってガザニアはフィールドの外を指差す。

「今は見えませんが、あそこには沢山の観戦者たちがいます。皆、アババトルを見るために時間を割いて、来てくれています。場合によってはリアルマネーを使って優先席を取って観戦してくれている方もいるでしょう」

 ガザニアは再び、ミカへと視線を戻し、諭すように続けた。

「我々、バトルアバはそういう方々を精一杯満足させていく事で、代価を企業……スポンサーから受け取ります。見る者を楽しませることで、勝つことで……その方法は様々です。ウィンウィンの関係とでも言いましょうか」

 ガザニアの紫色の瞳が一際強い視線をミカへ向ける。

「今のあなたはその関係が築けているとは言い難いです。偶然戦って、流されて戦って……責任も持たず、バトルに対して向き合わず――そんな半端な気持ちでバトルを続けるなら、今すぐそのアバを使うのを止めるべきだと私は思いますね」

 ミカは反論出来ずに口をつぐむ。確かに自分は望んでバトルアバを使っていた訳じゃない。ただ偶然に身を任せていただけだ。今まで戦ってきたバトルアバたちはしっかりと仕事として目的を持ってバトルを行っていた。

(俺は……)

 ミカの様子を見て、ガザニアは付け加えるように言った。

「別にあなたが不真面目に戦っていると言っているわけではありません。そんなものフィールドで剣を交えれば分かります。あなたはあなたなりに全力で戦っていました。しかし見ている方向が我々と違う……そう私は言いたいのです」

 ガザニアはそこまで言うとミカへ背を向ける。そのまま背を向けて喋った。

「柄にもなく説教が過ぎました。そろそろ私は退散します。今までの事は勝者の戯言として忘れて頂いて結構です」

「あっ……」

 彼女が去り際に少しだけ振り返る。

「もし……向き合うべき物が定まったら――私はまたあなたと戦いましょう。あなたにも紫紺龍の教示があらん事を――」

 ガザニアはそこまで言うとその姿を黒檜の甲板上から消した。

(向き合うべき物……)

 戦いが終わり、全てが崩壊した古城跡。物言わぬオブジェクトと化している黒檜の上。そこでミカは一人何時までも佇んでいた……――。






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