第34話『――御見事……』

【ABAWORLD MINICITY KUIDAOREエリア】








≪あぁ? バンドムシャってなんだよ?≫


 ブルーが通信越しにそう訪ねてくる。ミカはかなり興奮しながらウィンドウへ向けてまくし立てた。


「坂東武者ですよ! 坂東武者! 関東出身で猛々しくも勇壮なことで有名な!」


≪いや知らんわ。戦国武将と変わんねーだろ?≫


「違ーう! ラーメンとカレーうどん並みに違いますよ!」


≪同じ麺類じゃねーか≫


「……そろそろ死合を始めてもよろしいか?」


 下らない言い争いをしていたミカとブルーへ少々呆れた様子のヨシサダが声を掛けてくる。ミカは慌ててブルーとの会話を打ち切ると、そちらへと向き直って謝罪した。


「す、すいません! エクステンド……!!」




【BATTLE ABA MIKA EXTEND】




 アナウンスが鳴り響き、ミカの身体が普段のように光に包まれていく。


『タクティカルグローブ、セット――タクティカルイヤー、セット――タクティカルシッポ、セット――』


 両手に纏うグローブを力強く握りしめ、軍帽から灰色の犬耳が勢い良く突き出す。


 軍服ワンピースのスカート部から灰色の尻尾が突き出し、ミカの高揚する精神に呼応してピンと天へ先端が持ち上がった。


「よし!」


 リンダたちとダラダラ待っていたせいか、すっかり緊張もほぐれ、戦いへの気持ちもしっかりとしていた。


 二人のバトルアバのエクステンドが確認されたことによって遂にバトルの開始が宣告される。


『EXTEND OK BATTLE――START!』


≪ミカ! ヨシサダは刀がメインウェポンのハイブリッドタイプだ! 刀には刀! こっちもポン刀の出番だぜ!≫


 開始と同時にブルーが通信越しに指示をしてくる。ミカはそれに応じながら右手を天に掲げた。


「分かってます! ――武装召喚! 防御軍刀ディフェンス・ブレード【無銘ムメイ】!」


 光の共にミカのグローブへ一振りの軍刀が握りこまれる。そのまま鞘に左手を掛け一気に抜刀した。


 銀色の刀身がしゃらりと引き出され、夕焼けのオレンジ色を反射して怪しい輝きを放つ。ミカは鞘を腰のベルトのアタッチメントへ装着し、手慣れた動きで刀を両の手で構えた。


 ミカの持つ軍刀の刃紋を見て、その刀の由来に気が付いたヨシサダの顔が少しだけ険しくなる。


「むっ……無銘軍刀とは……下道な刀を使うな……。だが"妖刀"相手ならば――宝刀を振るも是非も無し! 【鬼丸国綱オニマルクニツナ)】!!」


 彼も腰に収めた鞘から一本の刀を引き抜く。あまりにも長大で幅広のその太刀。現実では御物のため滅多に人目に触れないその姿。


(あれが天下五剣の……【鬼丸国綱】……! 完全にさっきまでのマスコットキャラみたいな印象はぶっ飛んだ……この人は間違いなく新田義貞だ……!)


「ブルーさん! あれは天下五剣の一振り……! 注意しないと……! とんでも無い名刀ですよ!」


 完全に再現された名刀を前に否応がなしにテンションを上げ警戒するミカ。一方フヨフヨと浮遊しているウィンドウの中でブルーは何言ってたんだこいつと言いたげな顔を浮かべていた。


≪――いやそう言われても……オレあの刀が何なのかすら知らねえんだけど…………――……お前ってもしかしてそっち系のオタク?≫


「言ってる場合ですか! 来ます!」


 ヨシサダは刀を中腰に構えると先程までの渋さが嘘のように甲高い奇声を上げた。


「キェェェェェエ!!!」


 その声と共に彼の放った刃がミカの胴体部を狙って、迫る。それは間違いなく胴鎧を着こんでいないミカの致命傷を狙うための最善手だった。


(胴狙いの左からの全力の打ち込み……! やっぱり鎌倉武士だけあって初撃から容赦が無い――でも……!)


 


 ――召喚タイプは相手の攻撃いなして、その時にやり返すのが一番さ――


 ――カウンターアタックって……事ですか?――


 ――そうさ。全力で殴ってきた時ってのは大体身体が緩むもんさね――


 


 自身の師同然である『高森志津恵』の言葉を思い出し、防御の構えに移るミカ。


(でもカウンターしようにも半端な受けじゃ腕ごと持ってかれる……なら――)


 ミカは"無銘"を素早く掲げ、迫るヨシサダの刀へと殆ど振り下ろすようにして叩き付けた。


 ――ガギィッ!


 鉄の刃同士が衝突し激しく火花が散る。


「ぐっ……!」


 軍刀から両の腕に痺れるような衝撃が伝わってくる。これだけで腕が使い物にならなくなるダメージがありそうな一撃だった。


 だがヨシサダの一閃を確かに受け止め、そのまま刃を下方へと受け流す。刃先が地面を削り動きを鈍らせた。


(それでも――受けられた! この体勢なら二の太刀は出来ない! 今なら……!)


「武装召――」


「――甘い!」


 右腕一本で軍刀を支え、左手を柄から離し、武器を呼び出そうとする。しかしそれを制するようにヨシサダの左足から放たれた鋭い蹴りがミカの胸元に叩き込まれた。


「――ぐがっ!?」


 強い衝撃を受けて一瞬呼吸が止まったかのように感じ、ミカは呻く。


 ミカの小柄な身体はその蹴りの勢いに耐えられず、体勢を崩される。何とか軍刀を離さずにはいたがその隙を見逃して貰える筈もなかった。


(――しまっ――)


「キィィエェェェェアアア!」


 ヨシサダは気合の声と共に一気に前へと踏み込み、その鎧を纏った身体全体で当身をぶちかましてくる。


 ――ベギッ。


 鈍い音が周囲に響く。距離が近かったこともあり、衝撃自体はそこまで強く無かった。しかしそれでも身長差、体重差、その他諸々の詰まった当て身はミカの身体を後方へとぶっ飛ばし、弾いた。


 そのまま背後にあった屋台へとバキバキと音を立てながら勢い良く突っ込むミカ。衝撃で白黒に点滅する視界の中、壊れた木片や店の暖簾がスローモーションで目の前を通り過ぎていくのをどこか呆然と眺めていた。


 揺れる視界が少し収まり、ダメージによる硬直が終わって気が付いた時にはミカの身体はすっかり瓦礫に埋もれていた。


(くそっ……あんな距離からだったのに重い一撃だった……! 早く動かないと……!)


 ダメージを引きずりつつもミカは少しずつ瓦礫を自身の身体から除けていく。そうしている内にブルーの顔の映ったウィンドウが接近してきて声を掛けてきた。


≪良いの貰っちまったな、ミカ。しかしまぁ、あの侍野郎も野蛮なことで……刀使わずヤンキーキックかよ。しかもタックルって≫


「くっ……! 刀にしか注意が行っていませんでした……! でも"本物"はやっぱり違いますね! ははっ! 流石、坂東武者! お行儀が悪いですよ!」


(凄い……! 道場剣術とは違う荒っぽさ――まるで本物の鎌倉武士だ……! 本物見たことねえけど!)


 興奮したせいか自分でもわけのわからない事を思いつつも、瓦礫の中から上半身を起こすミカ。あれほどの攻撃を受けたのにどこか嬉しそうなその表情を見て、ブルーがウィンドウの中で顔しかめていた。


≪――何か楽しそうだな、お前……。その様子じゃ涙目ギブアップはまだお預けかぁ?≫


「……当たり前! まだ始まったばかりです……! ――武装召喚! 【三式六号歩兵銃】!」


 ブルーの挑発するような声に応じつつ、武器を呼び出した。軍刀を一旦鞘に収め、仰向けのまま両手で銃を構える。


 目の前のヨシサダは刀を再び構え直し、今度は警戒するように中段へ構える。足袋で摺り足しながらジリジリとこちらへ接近してきていた。彼もミカが新しい武器を出したのに気が付き、その太い眉をぴくっと動かす。


「種子島……!」


 即座に彼は大きく横っ飛びに跳躍する。しかしミカがアイアンサイトで狙いを定めるのがほんの少しだけ早かった。


 ――ガァンッ!


 重い発砲音と共に歩兵銃から放たれた鉛弾がヨシサダの胴鎧に一つの穴を穿つ。一瞬、銃弾のダメージで彼の顔が歪むのがミカにも見えた。


(――命中……! でもまだまだ……!!)


 しかしそのまま手を止めず素早くボルトを操作し、次弾を装填していく。一か月の練習のお陰でその動作にも熟練し、テンポ良く装填を行えるようになっており、飛躍的にその速度も上昇していた。


 アイアンサイトから目線を外さずによろめくヨシサダの動きを追っていく。彼は銃弾が穿った鎧を手で抑えつつも地面を身体全体で転がり、逃げようとしていた。


「――逃がすかっ!」


 装填を終えた歩兵銃の引き金を再び引き、"一番当てやすい"胴体目掛けて発砲する。ヨシサダは重い鎧を着こんでいることを感じさせずに素早く動き、その銃弾を躱すとその姿を"観衆"たちの中へと消していった。


≪ちっ。あのラストサムライヤロー、アバたちの中へ紛れやがった≫


 ブルーの悔しそうな声がウィンドウ越しに聞こえる。ミカの眼前にはいつの間にか集まってきていた観客たちがいた。


「おぉーもうこっちも始まってんのか」「安全エリアも良いけど、観戦するなら砂かぶりだよねーやっぱり」「さっきヨシサダがこっち紛れてきてたけど……」「ミカちゃーん! あたしにも砲撃してぇ!!」「さっきのバトルも良かったねぇーこっちはどうかな?」「げぇっ……劇場型で有名なバトルアバミカじゃん……オレは安全エリア行くわ……」


※砂かぶり 相撲などで砂が被るほど土俵に近い席。


(い、いつの間にこんな人数のアバが……!?)


 リンダ戦の時とは比べ物にならない数のアバたちがミカの周囲に集まってきていた。大会だけあってその注目度は凄まじく、仮想現実だというのに人の"圧"を否応なしに感じてしまう。


(凄い……これが"大会"なんだ……今までと全然違う……)


≪おい、ミカ。侍ヤローをノコノコ追うんじゃねえぞ≫


「……わかってますよ。あっちの土俵ですからね……あそこは」


 一瞬、人の圧に飲まれそうになっていたミカはブルーの言葉で現実に戻り、頷く。あれだけアバたちがいる中へ飛び込めば接近戦にならざるを得ない。そうなれば刀の餌食になるのは明らかだった。


「一応、余裕がある内にもう一個、武装を呼び出しておきます――武装召喚【八式信号拳銃】……」


(鎌倉武士が人を盾にするのなんて躊躇う筈も無いし、あそこへ入れば他のアバたちごと間違いなく斬られる……かと言ってこっちもまだ召喚出来るほどパワーリソースが溜まっていないし……)


 呼び出した信号拳銃をベルトへマウントしながら、大勢の観衆を前にミカは歩兵銃を構えた。警戒しつつ、ゆっくりと蟹歩きでヨシサダの姿を探していく。


 ――バシュッ!


「……っ!?」


 突如、風を切るような音と共にアバたちの間から何がこちらへ向けて飛翔してくる。バトルアバに備え付けられた動体視力でその飛んできた物の正体を捉えた。


(――……"矢"!?)


 木製の一本の太矢。それが真っすぐミカへと向かって飛来してきた。


 咄嗟に歩兵銃で受け止めようとしたが間に合わず、その飛んできた矢に軍服ごと左肩を貫かれる。


 痛みは無いがかなりの衝撃があり、仰け反って射撃体勢を崩してしまった。更にダメージから左腕の動きが鈍る。


(ま、不味い……! 二射目が来る……! 止めないと――)


 急いで腰にマウントしていた信号拳銃へ武器を持ち替え、狙いも適当に構えると即座に発砲した。


 強烈な閃光を伴った信号弾が観客の方へ向かって飛んでいき、驚いたアバたちから悲鳴が上がる。


(……あぁ~! ごめんなさい! 皆さん……! でも、今の内に……)


 周囲が真っ白に染め上がる中、ミカは心の中で観客たちへ謝りながらも歩兵銃を背中へマウントして、走り出す。近場で逃げ込めそうな障害物を探すために、周囲を見渡す。


(あっ……。あそこは……)


 【蛸揚げ屋-三蛸-】。ABAWORLDへ来て直ぐの時にブルーが連れてきてくれた場所。今は何故か四メールはありそうな巨大氷塊によって屋台の半分が押し潰されており、変わり果てた状態だった。


 それでも隠れるには充分な場所であり、ミカはその氷塊の裏側へ身を押し込めるようにして、隠れる。氷塊の冷たさを軍服越しに背中へ感じ少し、ビクッとした。


「冷たっ……」


 それでも身を隠せた事による安堵感から一息吐くことが出来た。


(うっ……改めて見ると痛々しい……というか結構ショック受けるぞ、これ……)


 自身の身体の状態を確かめているとどうしても左肩にぶっ刺さった矢が目に映る。痛みは無いし、血も出ないとは言えこんなものが自分の身体に刺さっているのを見るのは堪えた。恐る恐る矢を引き抜こうと手で掴む。


 思ったより簡単にスポっと矢は抜けた。それを横手に放っていると――。


 ――カシャッ。


 ふとSSスクリーンショットを撮る音がどこからか聞こえてくる。音のした方……自身の正面へ目を向けると一戸の店が見えた。


 居酒屋のような外観の店。その店内から何人ものアバたちがこちらを見ていた。


 彼らはミカの姿をSSスクリーンショットで撮ったり、こちらへ手を振ったりしていた。


 外の惨状と違ってそこの店内は汚れた様子も無く如何にも"安全"そうな場所。


(なるほど……これが安全エリアか。巻き込まれたく無い人たちはお店の中から観戦するんだな)


 ミカは彼らが騒いで居場所がバレるのも嫌だなと思い、人差し指を口元へ当て、【静かに】とジェスチャーをそのアバたちへ向けて見せた。


 意図がちゃんと伝わったかはともかく彼らは妙に嬉しそうな表情を浮かべて、ミカと同じようにしぃーっと口元へ指を当てていた。


 ――カシャッ。


 ふと真横からSSスクリーンショットを撮る音が聞こえてくる。横へ首を向けるとブルーの顔が映ってるウィンドウが傍に寄ってきていた。


「……なに撮ってんですか」


≪いや、今の仕草普通に可愛かったから。今日のハイライトってフォーラムに貼る時のサムネ用にさ。タイトルは『少女軍人、戦場での一時の安息』ってどうだ?≫


(こいつ……。ほんっとに……ブレないな……)


 あまりにも相変わらず過ぎるブルーの姿勢に最早感心すら抱きつつ、ミカはこれから先の戦術を"参報"様へと相談した。


「ここから先、どう動きます? あの弓はかなり厄介ですよ。接近すれば刀の餌食ですし……」


≪あの弓はパワーリソース投入して出した武器だし、ガードしてても上からぶち抜かれる――さっきは下手に銃でガードしなくて良かったな≫


「その代わり左手がまだ使えませんけどね……」


≪ま、無傷で勝とうなんて都合良くいかねーわな≫


 ブルーと会話を続けながら、ミカは隠れている氷塊から少しだけ顔を出し、辺りを窺う。ヨシサダの姿は見えない。


 こちらを見失っているのか、それとも既に見つけているが銃撃を警戒して姿を見せないのかそれは判別出来なかった。


≪幸いあの弓は木製だった筈。ついでにあの鎧も良く燃えそうだった。これはメカ女謹製の"お犬"の出番だぜ、ケケケッ≫


 悪だくみを思いついたのかブルーが笑い声を上げる。彼が考えてることをミカも察し、頷いた。


「確かに……なら"作戦Wウィスキー"で行きます」


≪あいよ≫


 二人で事前に決めていた取組通りに頷き合う。ミカは歩兵銃をまだ動きの覚束ない左腕を使って胸元で抱え、静かに言った。


「……リロード」


 ミカの目の前に弾倉が一つ現れる。それを右手で掴み、まだ幾つか弾の入っている弾倉と交換していく。同時にボルトも左腕でぎこちなく操作して排莢も行った。


 非常に面倒そうな作業をしているミカをブルーがウィンドウ越しに呆れながら見ている。


≪ホント、メカ女作の武器って癖あるよなぁ……お前も良く文句言わねえな?≫


「折角、作って頂いた物ですから――もう慣れましたし」


≪……お人好しめ……この大会終わったらまともなの作って貰えるように言っておけよ≫


「……考えておきます――よし! 準備出来ました! 行きます!」


 歩兵銃を右手で持ち、ミカは氷塊から一気に飛び出した。


≪ミカ! 九時の方向!≫


「きぃぃぃぃぇえええええぁぁぁ!!」


 ミカが出てくるのを待ち構えていたのかヨシサダがバッっと現れ、気合の雄たけびと共に猛然と突撃してきた。


 その手には【鬼丸国綱】がしっかりと握られ、突きの構えを取っている。確実にミカの腹部を貫こうと狙いを定めていた。


(やっぱり待ってたか! でもこっちだって……!)


 迫る刃先を恐れずにミカは叫ぶ。そして自らの駆る【忠犬】を呼び出した。


「パワーリソース投入! 召喚! 十九式蒸機軍用犬スチームアーミードッグ【浅間アサマ】!」


――オォォォォン……!!!!


 犬の遠吠えがクイダオレエリア全体に響き渡る。それに合わせてミカとヨシサダの間に機械仕掛けの魔法陣が現れ、そこから水蒸気が噴き出していった。


「――その程度で止まるかぁっ!!」


 ヨシサダは高熱の水蒸気を物ともせず、足を止めない。遂にミカの眼前まで刃先が迫る。だが――。


「ぐっ……!?」


 ミカへ直撃する寸前、ヨシサダの動きが止まった。彼の身体から電流のようなエフェクトが現れ、その動きを鈍らせる。


 驚愕の表情を浮かべて固まるヨシサダをミカは不敵な笑みを浮かべ、見つめる。電磁スチームにより【麻痺】の状態異常を患う彼を他所にゆっくりと魔法陣から鋼鉄の軍用犬が姿を現した。


 各部に備え付けられたパイプから微かに水蒸気を漏らし、鉄の身体と思えぬしなやかさで【浅間アサマ】はミカの背後へと周り、寄り添うようにその身体を"主"へと摺り寄せた。


『グルルルル……』


 浅間は敵を威嚇するように喉を鳴らしつつ、橙色のカメラアイをミカの方へと向ける。命令を今か今かと待っていた。


 ミカはまともに動くようになった左手を未だ動けぬヨシサダへ勢い良く向けて、命令を叫んだ。


「――浅間ぁ! 口部火炎放射器フレームスロワー……――噴射!!」


 浅間の耳まで裂けた口が開き、喉奥から燃料噴射ノズルが露出する。そのノズルから黒色の燃料が一気にヨシサダへ向けて噴射された。


 一瞬遅れて、口内の着火装置が起動し、バチっという音と共に火花が散る。その火種で燃料が引火し、あっという間に吐き出された燃料は巨大な火炎流と化した。


 浅間の口から放たれた火炎放射は意思を持つかのようにヨシサダの身体へと向かっていく。直ぐにその身体は火炎に包まれ、赤い炎の中へ飲み込まれていった。


「うぉぉぉぉぉぉっ!?」


 ヨシサダの驚愕とも悲鳴とも取れる声がこちらの方まで聞こえてくる。ミカは彼の次の行動を警戒するように銃を構え、場合によっては追撃を加えようとしていた。


「――……ん?」


 ふと熱気のような物をミカは感じて、周囲を見る。浅間の放った火炎放射の勢いが強すぎて、周囲にも次々と引火して火災を起こしており、ミカの周り……屋台の残骸や壊れた建物へと燃え移り、辺り一面が火の海と化していた。


(こ、これはやりすぎたかも……!? 練習の時は燃えるものそんなに無かったから考えてなかったけど、これ俺まで燃えるぞ!?)


 火の勢いは凄まじく、そこら中で火の粉が舞い始めている。あまりにも激しく燃え上がり、ミカ自身も火に巻かれてしまいそうになってしまった。


「やばい……! これはこっちもやばい!」


≪何やってんだ、お前は……はよ、逃げろ≫


「あちっ! あちちっ!?」


 ブルーの呆れるような通信が聞こえ、ミカ自身も流石に身の危険を感じ始めた頃、不意に首元を掴まれて身体が浮き上がる。


「――うわっ!? あっ、浅間!?」


 浅間がその口でミカの首根っこを噛んで掴んでいた。同意を待たずにその背へミカをちょこんと乗せると四つの脚を駆動させ、身体を躍動させた。


「うぉっ!?」


 ――シュパッ。


 軽い浮遊感と共にミカごと浅間は近場の店舗の屋根へ向けて跳躍する。そのままドガっと屋根に着地すると四脚に備え付けられた鋼鉄の爪を木製の屋根に食い込ませしっかりと姿勢を固定した。


 突然の浅間の行動に戸惑っていたミカだったが、流石に意図が判り、感心する。


(す、凄い……俺を火から逃がしてくれたのか……。頭良いなぁ、この子……)


 ミカは浅間へ申し訳なさそうに礼を言った


「あ、ありがと……」


 浅間は少しだけカメラアイで背中に乗っているミカを見やる。しっかりしろとでも言いたげにフンと鼻を軽く鳴らしてから警戒するようにその顔を前へと向けて唸っていた。


 いつの間にかブルーの顔が映ったウィンドウもミカと浅間の方へふよふよと寄って来た。ブルーが通信で話しかけてくる。


≪しっかり逃がしたか、ロボ犬。ちゃんとお前の不手際をカヴァーする辺り、ご主人様より賢いなこいつ≫


「……それ、割と傷つくんでやめてください」


 ブルーから犬以下の烙印を押され、顔を引き攣らせつつもミカは浅間の背に騎乗したまま眼下へ視線を向ける。屋根の上から見ても未だに火の手は衰えず、先程までミカがいた場所は完全に大炎上していた。


 観戦していたアバたちも、火の勢いが強すぎて流石に恐怖を覚えたのか悲鳴を上げながら逃げ出していた。幾ら仮想現実とは言え、やっぱり火災は怖いのだろう。


 逃げ惑うアバたちの中から先程景気良く焼き討ちに処した坂東武者の姿を探そうとする。火炎を直撃させた地点には既に人影は無く、焦げ付き、燃えた大弓が一つだけ転がっていた。


(弓は潰せたか……。でもヨシサダさんはどこにいるんだ……? 浅間の火炎放射は直撃した筈だからダメージはかなり与えた筈……)


 ――チャキッ……チャキッ……。


「――なっ!?」


 紅蓮の炎に焼かれているクイダオレエリアを"一人の武士"が歩いてくる。燃え盛る炎を物ともせず、確かな足取りで屋根の上にいるミカの方へと向かってきていた。


 流石に先程の火炎放射で無傷という訳でも無かったらしく、纏っていた鎧が幾つか焼け落ちている。ヨシサダは太刀を肩に背負い、ミカを見据えながら叫んだ。


「――ぱわーりそーす全投入!! 我が手に天照大御神の力を! 【鬼切安綱オニキリヤスツナ】!!!」


 彼が左手を空へ向かって掲げるのと同時に、天から一筋の神々しい光が降り注ぐ。


 ――ドガッ!!


 地面へ突き刺さるようにして、一振りの抜き身の刀が落下してきた。


 彼は天から拝領した刀を厳かな手付きで地面から引き抜く。ヨシサダの手にその【鬼切安綱】が握りこまれると辺りで燃え盛っていた炎が一気に渦巻いた。


 明らかに先程までと違う雰囲気を漂わせるヨシサダの姿にミカは思わず息を呑む。


(……っ!! 気圧されてる場合じゃない……! 今がチャンスだ!)


 ミカは背中にマウントしていた歩兵銃を取って、素早く構えるとアイアンサイトを覗き込み、彼の鎧兜へ向けて狙いを定め、即座に発砲した。


 銃弾は真っすぐヨシサダへ向かい、その頭部を穿とうとする。


「――チェラァッ!!」


 坂東武者は種子島何するものぞと言った気合の声と共に左手の刀で銃弾を弾き飛ばす。


「は、弾かれた!?」


≪おーおー……こりゃ絵になる奴だぜ。初めて見たけどあれが【鬼斬りモード】か≫


 その物凄い物騒な言葉に思わず、ミカはブルーへ聞き返してしまった。


「お、鬼斬りモード!? な、なんですかそれ!?」


≪あの侍ヤローのフルパワーリソース技だ。近接攻撃しか出来なくなる代わりに周囲から受けるダメージと一定距離以外からの攻撃を完全無効にする技さ。もう銃撃も火も通じねえぞ≫


「はぁっ!? じゃ、じゃあどうすれば……――あぁ、そういう事ですか……」


 一定距離……つまり至近距離での戦闘でしか攻撃を受けない。こちらもダメージを与えるために、剣と剣を交える距離――そこまで行かなければいけないという事だ。ミカは構えていた歩兵銃を再び構え、やるべき事を考える。


(……結局、斬り合いをするしか無いってことか……なんちゅう技だ……でもそれなら……!)


「――浅間!」


 ミカが浅間の頭部を軽く撫でて、合図をする。主の命令を受けて浅間は全身を躍動させると屋根から地面へと向かって飛び降りた。


 すっかり火災も落ち着き、黒焦げの地面が広がるクイダオレエリア。そこへ再び降り立ち、ミカと浅間は騎乗状態を維持しながら、ゆっくりとヨシサダの方へと近づいていく。


 誘いに乗ってきた事を喜んでいるのか、それともミカが臆さずに挑んできた事を喜んでいるのか定かでは無いが――ヨシサダは歓迎するように獰猛な笑みを浮かべていた。


 彼がゆっくりと右手で【鬼丸国綱】を抜刀する。そのまま自らの腰へ下げていた鞘を取り外すと地面へと打ち捨てた。


(――鞘を捨てた……!? あっちも、不退転の決意か……!)


 軽い音を立てて地面へと鞘が転がっていく。彼はそれを気にも留めず【鬼切安綱】を左手に、【鬼丸国綱】を右手に構えた。


 二つの刃先を揃えて下に垂らし、脱力したようにさえ見える構え。しかしそこに一遍の隙も無く、迂闊に手を出せば手痛い反撃どころか首を一撃で刎ねられかねない雰囲気が出ていた。


≪ビビるなよ、ミカ。ここまで来たらやるかやられるかだぜ≫


「……分かってます――銃剣バヨネット着剣!」


 ブルーの言葉に力強く答え、歩兵銃に銀色の銃剣を装着した。そのまま槍のように構え、浅間の上に跨りながら騎兵のようなスタイルを取る。


(……恐らく黒檜を呼ぶ隙は無い。このまま浅間とダブルで行くしかない。ならば……!)


 チラッと跨っている浅間へと視線を送る。"忠犬"は橙色のカメラアイを一度発光させて、応じた。


 再びヨシサダの方へ視線を移し、彼を真っすぐに見据える。あちらも迎え撃つように左手の刀を上段に構え、右手の刀を下段に構えた。


 ミカは銃剣を浅間の顔の前へと突き出し、雄たけびを上げて、号令を行う。


「――突貫っ!!」


 ――ウォォォォォォンッ!!!!


 号令に応じて浅間は咆哮を上げた。それと同時に四足歩行の獣特有の急加速を始め、凄まじい勢いで突進していった。


 狙うは"主"の敵。獲物を見つけた狩猟犬のように真っすぐ、目標へと向かう。ミカもそれに合わせて叫んだ。


「どりゃぁあああ!!」


 超高速で騎乗突撃を敢行し、人"犬"一体と化したミカと浅間はヨシサダへ衝突せんばかりの勢いでぶつかっていった。


 ――ガギィィィィンッ!!!


 銃剣の切っ先と二振りの刃が交錯し、激しい火花が散った。


 ミカと浅間は勢いそのままにヨシサダの隣を駆け抜けていく。そのまま少し先まで進み、Uターンをして彼の方へと方向転換した。


「ぐぅ……!!」


(きっ……効いたぁ~。本気で突撃してなかったら、浅間の上から叩き落されてたぞ……あれは……)


 ミカはダメージを受け、顔を顰めながら呻く。しっかりと握っていた筈の歩兵銃は手から離れ、近くで観戦していた魚人のようなアバの顔に突き刺さっていた。周囲のアバが心配そうにそれを眺めている。


 ヨシサダは構えを一旦解き、残心を行っていた。まるでダメージを受けた様子は無い。余裕さえ感じられた。


(完璧に受けられた……全力の突撃だったのに)


 銃を握っていた手は痺れ、震えている。仮想現実で無ければ手首ごとへし折られていたとしか思えない。それほど彼の一撃は重かった。


≪ひゅ~。大した野郎だ、ありゃ。一太刀目で受け流して二太刀目で銃、弾き飛ばしやがった。アホみたいな速度で突っ込んだのにあそこまで華麗に捌くとはな……≫


 呑気に分析しているブルーの声を聞きつつ、ミカは軍刀【無銘】を抜刀した。


 自身に取って最後の武器となったその軍刀。これを失えば後は身一つ。対抗する手段は無いだろう。


(この刀はダメージ軽減が殆ど無い……。多分……次、斬撃を受け止めれば無事では済まないな……)


「……次がラストアタックになりますね」


≪……あぁ。残りヘルス的にもそうだな。次で決めないと討ち死にするぞ≫


 ミカはそっと浅間の横っ腹へと右手を伸ばした。鉄で構成され、少し冷たいその表面をなぞっていき、一つの小さいボタンへと触れた。


 ――カチリ。


 小さな音がして浅間の武装のロックが解除される。ミカは顔を上げると今度は軍刀を両手で構えた。そしてしっかりと両足で胴体を支える。


「……浅間。頼んだぞ」


 ミカの囁き声を聞いて、浅間が低く唸る。やることは分かってると言わんばかりの唸りだった。


「……よし! 再突貫しますっ!!」


 【無銘】を両手で構え、横刃をヨシサダへ向ける。そして――最後の騎乗突撃を開始した。


「うぉぉぉぉぉぉぉっ!!!!」


 急加速する浅間の動きに合わせて、ミカの雄たけびが周囲に響き渡る。


 ヨシサダもミカのその尋常ならざる気合の入れ方から二刀を強く構え、迎撃に備えた。


 あまりの加速に息も出来ない中、ミカは高森志津恵の言葉を思い出した。




 ――あくまで自分は召喚モンスターのおまけって事を自覚するんさね――




(そうだ……! 俺はおまけで――良い……!)


 遂にヨシサダの眼前まで近づき、彼の表情まではっきりと窺える。しっかりとこちらの動きを捉え、絶対的な自信に満ち溢れた顔付き。確実にミカを切り捨てる。そう言った心持を感じた。







「――チェェェェストォォォォォッ!!!」


 渾身の力と共に軍刀【無銘】を振り被る。浅間の加速とミカのフルスイングが重なり、凄まじい威力を生み出した。


 一刀では受けられぬと判断したヨシサダが下段から二刀を振り上げ、打ち上げるようにしてミカの刀へと叩き付けた。


 お互いの刃が凄まじい力でぶつかり合い、激しく火花が散る。しかし――。


 小柄なミカの身体は衝突のエネルギーを御しきれず、浅間の"犬"上から弾き飛ばされていった。


 振り抜かれる刀の一撃を受けて、全身に衝撃を感じ、揺れる視界の中、ミカは最後の命令を浅間へ下した。


「――ブレード! てんか――」


 最後まで言い切れずミカの身体はABAWORLDの物理演算に従い、遥か後方へと吹っ飛んでいった。軍刀【無銘】も主の手を離れて、空中を舞う。


 ――ザンッ!


 一瞬、一人と一匹の間に閃光が煌めく。その後、何かを切り裂く音と共に浅間だけがヨシサダの横を駆け抜けていった。


 空中へ放り出される形になったミカはそのまま地面へと落下し、何度か身体ごとバウンドしながらゴロゴロと転がる。やっと停止した頃には力なく横たわり、耳と尻尾をだらりとたれ下げながら微動だにしなかった。


 一方、ヨシサダは刀を振り上げた状態で小刻みに震え、表情には苦悶の色が浮かんでいる。胴鎧は見事に切り裂かれ、そこに真っすぐ横に亀裂が走っていた。


「――お見事……」


 そう口漏らしたヨシサダの両手から刀が地面へと落ちていき、彼は前のめりに倒れ伏した。


 倒れた坂東武者……そして背後に浅間の巨体が映る。主命を果たした忠犬、その鋼鉄の胴体から半月状の銀色の刃――【腹部格納式超硬化ブレード】が迫り出しており、それが鈍く銀色に光り輝いた。


 ――ウォォォォォォン……!


 浅間が顔を空へと向け、口を開ける。そして勝利の雄たけびをクイダオレエリア全体に轟かせた。


 その咆哮に呼応して周囲の観客たちから拍手と歓声が巻き起こる。戦いを終えた二人のバトルアバに対して多大な賞賛が送られ、SSを撮る音が絶えなかった。


 そんな歓声の中、ブルーの顔の映ったウィンドウが横たわるミカの傍へとふわふわ寄っていく。


先に主人の元へと向かっていた浅間が側で座り込むと、鼻を擦り付けるようにして倒れているミカの身体を揺らす。


「――……良くやった、浅間」


 ミカが横たわった状態のまま、浅間の顔へ右手を伸ばし撫でた。


 ブルーは相変わらず狭苦しいオペレータールームの中から、そんな一人と一匹にいつになく優しい声色で声を掛けた……――。


≪――……二回戦進出おめでとう、ミカ≫


 




【ABABATTLE WIN MIKA CONGRATULATION】

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