第35話『これぞ! 1/1バトルアバ『ミカ』よ!』

【群馬県 木の芽町 片岡ハム工場】




 夕陽が沈み始め、工場の建物全体がオレンジから黒に染まり始める頃。工場の少し奥にある片岡ハムの事務室。そこの窓から明かりが漏れていた。


『一回戦! 突破おめでとー!』


 祝言と同時に皆がグラスを触れ合わせる音が重なる。室内、応接用のテーブルには三つの寿司桶とビールの瓶、そしてお茶のペットボトルが並んでいた。


「いやー勝った勝った! 大勝利! 良くやったわっ! ソウゴくん! デザイナーとして鼻が高いっ! ガンガン飲んで食べなさい! あたしが用意したもんじゃないけど!」


 島本瑞樹シマモトミズキがグラスの中のビールを呷りながら板寺三河イタデラソウゴへと肩に手を回して絡む。既にその顔は朱に染まり始めており、かなり血中アルコール濃度が上がっているのが窺えた。


「ミ、ミズキさん……飛ばしすぎですよ。大丈夫ですか……?」


 相当なハイペースで酒をかっ食らっていく彼女を流石に心配し、ソウゴは一応声を掛ける。だがミズキはそれを気にも留めず上機嫌で言った。


「これが飲まずにいられるかっ! あたしのデザインしたバトルアバが大会で初勝利したのよ! あんたも飲みなさいって!」


 ミズキはソウゴの方へビール瓶を押し付けてくる。そんな姿を見て前に座っていた片岡虎次郎カタオカトラジロウが嗜めた。


「やめときぃ、瑞樹ちゃん。ソウゴ君、まだ未成年らしいし無理に勧めたらあかんよ」


 虎次郎の言葉に隣で座っていた川下大吉カワシタダイキチが驚いたように顔を上げる。彼は寿司桶からかっぱ巻きを左腕のわさわさと蠢く触手で拾って口に運んでいた。


「なんやまだ成人しとらんかったんか、童顔とは思ったがホンマに若かったんやな」


「は、はい……もうすぐ誕生日なので、そこを過ぎれば一応二十歳になりますけど……」


 そう言ってソウゴは自身の電子結晶を取り出して操作し、運転免許を表示してみんなに見せた。それを見てミズキも一応納得したように頷く。


「ま、元服前じゃしょうがないわね――でもさぁ、社長~! 寿司は無いんじゃないの、ス・シ・は! 肉屋なんだからこういう時は焼肉でしょうが」


 彼女はソウゴの肩から手を離したが今度は虎次郎の方へ食って掛かる。不満げにテーブルへ並べられた寿司を指差す。


「しっ……仕方ないやろ。今日は売れすぎて在庫終わってもうたんやから……」


 ミズキからの指摘にたじろぎながら虎次郎が弁明した。それ見て大吉がクククっと笑う。


「早速宣伝効果が出たらしいやん、虎。羨ましいのう」


「宣伝って……?」


 ソウゴが尋ねると虎次郎が嬉しそうに頭を掻いた。


「そらソウゴ君が大会出場したからや。当然、ウチの工場の名前も出たから――びっくりしたで。朝になったら直売所の駐車場、お客さんで一杯なんやもん」


 箸でガリを掴み、それを口に放り込んで口直しをしていたミズキが解説するように口を挟んだ。


「――なんだかんだ大会出場すればバトルアバとスポンサーの知名度爆上げだから。これから社長忙しいわよぉ~?」


(そんなに効果あるのか……。虎次郎さんにはお世話になってるし、もっと俺も宣伝意識した方が良いのか……?)


 少し考えこんでいたソウゴの心を読んだのかミズキがビシッと箸を向けて言った。


「ソウゴくん! あんたの仕事はアババトル! 今は余計な事、考えなくて良いのよ! このまま大会勝ち進むのが一番宣伝! 社長へ礼がしたいならとにかく勝ちなさい! そしてあたしの名前を広めなさい!」


「は、はいっ! わ、わかりました!」


 ミズキの酔っぱらっているとはとても思えない強めの語気にソウゴは戸惑いながらもつい敬礼しながら答えてしまう。


 ――プルルッ。


 その時、どこからか呼び出し音が鳴った。大吉以外の全員が自らの電子結晶を取り出して確認する。やがてミズキが右手を上げた。


「――あたしだわ――店長、ちょっと描画素子貸して。流石に音声付きで3D映像出すのにはあたしの結晶じゃ出力不足なの」


 そう言って彼女は大吉の頭部へ手を伸ばすと勝手に彼の頭から(!?)ケーブルを引っ張り出した。そのまま自分の電子結晶へとそれを差し込む。流石のソウゴもその行動には驚きを隠せなかった。


(ホ、ホントに人間離れしてるな……大吉さん。どうなってんだ……)


 勝手に自身の頭からケーブルを引っ張り出された大吉だったが、多少呆れているだけで別段気にした様子も無かった。


「了承得る前に勝手に使っとるがな……まぁええけど――映すでー」


 彼が自身の頭部を軽く叩くと接続されたケーブルから量子通信特有の青色発光が見え始めた。驚くべきことに大吉の義眼が輝き始め、そこからテーブルの上へと立体映像が表示される。


 見覚えのある青髪の自動人形。所謂ABAWORLDで使用されているアバと同じキャラクターが映っていた。


≪――よぉ、ミカ≫


 聞き慣れたそのダルそうな声。ソウゴは思わず声を上げた。


「ブ、ブルーさん!?」


 驚くソウゴ。立体映像の中の彼はこちらを覗き込むようにして顔を近づけてくる。


≪――なーんか予想通り過ぎて、面白味がねえ奴だなぁ、お前。男と騙っていましたが実は女でしたって期待してたのに≫


 ブルーは少々不満げに映像越しから指で画面をツンツンしてくる。ミズキがニヤニヤしながら説明を始めた。


「一応、今回の勝利の貢献者でもあるしぃ~ハブるのもアレと思ってね。チャットアプリで会話に参加出来るようにしておいたわ」


「おぉーあっちからこっち見えとるんか?」


 虎次郎が身を乗り出して画面を覗き込む。ブルーは近づいてきた顔に狼狽えて後ずさった。


≪爺さん、顔近いわっ! 見えてるから離れろい!≫


「お、おぉ……すまんすまん……」 


 申し訳なさそうに虎次郎が身体を引っ込める。横で聞いていたミズキが立体映像に向けて更に続けた。


「ホントは迎えに行ってやるから、リアルで会いに来い! って誘ったんだけどねぇ。こいつ拒否ってさぁ……」


 立体映像の中のブルーがミズキの方へと向き、非常に嫌そうな顔をしながら言った。


≪ぜってー……い・や・だ! オレはリアルとアンリアルはきっちり分ける主義なんだよ! ホントはこうやって顔出すのも嫌だったけどな!≫


「ホントは顔見せるのが恥ずかしいからなんじゃないのぉ~照れちゃってさぁ。別にあんたがどんな顔でも気にするような奴はいないのに――このサイボーグいる時点で……」


 ミズキは目から光線を出している大吉へ向けて、かなり呆れ気味にそう口漏らす。ソウゴも心の中で同意した。


(確かに……大吉さんのインパクトに比べれば、ブルーさんがどんな人でも驚かないだろうな……)


 ブルーはそれでも嫌なのか、立体映像の中で身振り手振りで激しく拒否の意を示す。


≪うるせー。嫌な物は嫌なんだよ! まぁラッキーの爺さんがここまでイッちまってるってのはオレも流石に驚いたけどさ……≫


 その言葉にブルー以下その場にいる全員の視線がサイボーグ老人へと集まった。大吉は少々憤慨しながら反論する。


「なんや。見た目よりこの身体はずっと使いやすいんやぞ! ほれ! 動画の同時再生も出来るっ!」


 大吉の片目が青く光り、ブルーの立体映像の隣に別の動画が表示された。


 そこにはバトルアバたちの戦いの様子――大会一回戦のハイライトが次々に表示されている。


「あっ……! 俺も映ってる!」


 映像の中で自分――バトルアバ『ミカ』の姿を見つけ、ソウゴは思わず声を出した。


 ちょうどバトルアバ『ヨシサダくん』へ向けて最後の突貫を敢行している所がピックアップされている。浅間の上で鬼気迫る表情で刀を構えていた。


(外からだとこう見えてたんだな……俺。ホント必死な顔してるなぁ……)


 動画の見出しには【初出場初勝利を収めたこれからに期待のバトルアバ。召喚を活かしたド派手な戦いに期待】と書かれている。どうやら評論家のような人たちがバトルごとの評価を書いているようで、他にも色々書かれていた――一々パンツが見えそうで気になるなどとアレな評価もあったが。


「いやーワシも動画で見たけどホンマよう勝てたな。あの犬の上から弾き飛ばされた時、完全に負けたと思ったわ」


 虎次郎が腕を組みながらそう言うと他の面子も口々に言い始めた。


「あそこはねー。あたしも正直、あぁ……終わったと思ったわ。ソウゴくんには悪いけど」


≪ぶっちゃけオレは銃弾き飛ばされた段階で、負けた時にどう慰めるかへ移行してたぞ、思考が≫


 オペレーターからのさりげない爆弾発言に流石のソウゴも黙っていられず口を挟む。


「……幾ら何でも諦め早すぎるだろ、ブルーさん」


≪目の前で見てるオレが絶望するのは当たり前だろ、お前の実力知ってんだから≫


「そりゃそうですけど……俺のオペレーターなんだから少しくらい手心を――あっ」


 ふと動画へ目をやると『ミカ』のバトルから移り変わり、見覚えのあるバトルアバの姿が映っていた。


 とんがり帽子の魔女っ子。バトルアバ『ガザニア』。


 彼女は映像の中で相手――名前には『シフォーヌ・キャンデーヌ』と表示されているバトルアバと戦っている。見出しには【相変わらずの実力派。因縁の相手シフォーヌとの戦いも盤石に制す】と書かれていた。


 ガザニアはその魔法少女と言った姿のバトルアバと空中で激しく魔法の打ち合いをしており、お互いの魔法がぶつかり合うその度に激しい閃光が瞬いていた。


 彼女は相手からの攻撃を確実に打ち消し、一気に接近していくとあの毒剣を取り出し、鋭く一閃した。


 相手も身を翻してギリギリでその毒剣を回避する。しかし直ぐに苦しそうな表情を浮かべて空中から落下していく。どうやら毒剣が掠っていたらしく、状態異常を受けたようだ。


 ガザニアはそれを当然見逃さず、箒を構えると一気に、容赦なく、紫色の光弾を叩き込んでいく。


 傍目から見てもとても美しく華麗。そして圧倒的な強さだった。彼女が前大会で準優勝というのも頷ける。


 ソウゴが映像を見ていることに気が付いたブルーが声を掛けてくる。


≪お前のご主人様、一回戦突破したみたいだな。まぁ、実力考えたら獅子王とかと初っ端当たらない限り、当然だけどよ≫


「……やっぱり強いですね、ガザニアさん。圧倒的ですし……」


≪そりゃ、な。獅子王とツートップの優勝候補だぜ≫


 ソウゴは黙って頷き、再び動画の方へ目をやる。彼女はいつも通りと言った様子で箒を逆さに持つと観客たちの大歓声を受けながら立ち去っていた。


 やはりガザニアは強敵と再確認していた時、思い出したようにミズキが口を開く。


「――あっ。そう言えばソウゴくんの推しアイドルのあの子、負けたわよ」


「――え!? ゆ、ゆーり~さんが!? ホントですかっ!?」


 寝耳に水な情報に目を白黒させるソウゴ。ミズキは大吉へと声を掛けて動画の変更を頼んだ。


「店長~動画切り替えてあげて」


 大吉は黙って頷く。すると動画が切り替わった。


 映像では黄色い粘液の波にゆーり~が飲み込まれ、そのまま遥か彼方へと流されていくのが映っている。潮が引くように粘液が引いていくとそこに全身ベトベトになりながら地面で伸びているゆーり~の姿があった。


(うっ……こ、これは……なんと無残な姿に……)


≪相手ネバ子だったのか、あの山羊女。あいつネバっとして弱そうな奴だけど、見かけによらずベテランだからなぁ。あーあー……悲惨だな、こりゃ≫


【初出場アイドル、粘液の海に散る。バストサイズでは勝っていたが、やはり年季の差は大きかった】


 最早見出しも今までと毛色が違い、どこか悲壮感とギャグ感があった。


 虎次郎も動画を見て、なんじゃこりゃという表情を浮かべている。


「この子、ソウゴくんのお披露目の時にいた子やろ? ベットベトやないけ。白目むいとるし……」


(後で慰めのメール送っておこう……あっ。そうだ……リンダさんと牛戦鬼ギュウセンキさんはどうなったんだろ……)


 一回戦が始まる前に飲茶会をしていた面子のその後が気になり、ソウゴは未だに両目を怪しく発光させている大吉へ向かって頼んだ。


「大吉さん。リンダと牛戦鬼ってバトルアバの試合も見せてくれますか?」


「あ? あの変態教師なら勝ったわよ。負けりゃ良かったのに……見ると腹立つから映さなくて良いわ、店長」


 色々と因縁のあるその名前を聞いてミズキは一気に不機嫌になり、大吉へ向けて鋭い目線を向ける。睨まれ、困ったような表情を浮かべた彼にソウゴは苦笑いを浮かべた。


「あはは……じゃあ牛戦鬼さんだけお願いします」


 その言葉に従って映像が切り替わる。牛戦鬼の巨体と忍者のようなバトルアバの姿が映る。狐のお面のような物を被って顔が見えないが、その姿には見覚えがあった。


(相手はマホロバさんだったのか……ニンニン)


 あの特別試合の時、相席したくのいち――バトルアバ『マホロバ』。彼女は凄まじいスピードで動き回り、牛戦鬼を翻弄している。一方、牛戦鬼も巨大な肉斬り包丁を振り回して応戦していた。


 彼は巨体に似合わぬ取り回しの良さでマホロバの攻撃を受け流していたが、彼女のスピードがあまりにも速すぎて対応し切れていない。防戦一方だった。


≪あの牛おっさんの相手は光速残刃忍『マホロバ』か。ちと相性悪い相手だったな。あいつのスピードはバトルアバでも有数だし、パワーファイターのおっさんじゃキツイわ≫


「なるほど……あっ!」


 一瞬だった。マホロバの放った光り輝く刃が牛戦鬼の膝へ次々と突き刺さり、その巨体がバランスを崩す。瞬きをする間に彼女は彼の首元へと回り込み、小刀でその太い首を搔っ切った。


 牛戦鬼は持っていた包丁を取り落とし、自身の首を抑えながら膝をつく。マホロバは倒れる彼の首から一気にバックステップして離れると止めと言わんばかりに光刃を連射した。


 全身に光の刃が突き刺さり、針の筵のように化した牛戦鬼は何とか立ち上がろうとしていたが、やがてその動きを止めた。それと同時に喝采がマホロバへ送られていく。


「ひぃっ……! マキちゃんにはとても見せられん戦いやなぁ……」


 虎次郎が短い悲鳴を上げる。仮想現実故、血は出ない。しかしスパっと首を切り開かれる姿は恐ろしく、見る者を震えさせた。その場の全員が自然と自身の首に手を当てて首印の無事を心配する。


「――グロい戦い方ぁ~でもこのニンニンジャ、外人……人気凄いのよね。米国のフォーラムでも良くトピ立てられたわ」


 ミズキは自分の首元を手で抑えつつ、うげぇーと言いたげな顔付きをしている。ブルーが訳知り顔で補足してきた。


≪こいつ、次の大会はいないかもな。米国のスポンサーへの移籍話出てるらしいし。来年はグロ鯖だろうなぁ≫


「もっと安心して見れそうなバトルは無いんかいな……えげつないのばっかりやん」


 凄惨なバトルを見せられて虎次郎さんの顔が明らかにうんざりと言った物へと変わる。


「確かにこんなのばっかり見てたら寿司が不味くなるわね。社長が好きそうなのは――これね。衛マモルとカネツグのバトル――店長、切り替えてあげて」


「あいよー」


 ミズキが大吉へ指示するとまた映像が切り替わった。それを見て虎次郎が嬉しそうに声を上げる。


「おぉ! 巨大ロボットやん! しかも相手もロボットみたいな奴やし! こういうのでええんよ、こういうので!」


「うわっ……これは凄いことになってますね……。画面が狭い……」


 ソウゴも思わず感嘆の声を漏らす。動画内では巨体のロボットのようなバトルアバとそれを更に超える超巨大な二足歩行のロボットが激しくやり合っていた。


 全身を赤く染め上げられた鬼のような顔をした巨大ロボと重装甲の侍と言った姿のロボ。二つの巨体がぶつかり合う度に尋常じゃない被害が辺りにまき散らされており、最早周囲は更地と化している。良く見ると観戦していたであろうアバたちの死屍累々がそこら中に転がっていた。


(毎度思うけど……あの巻き込まれてる人たち大丈夫なのかな……)


「げっ! こいつ小日向コヒュウガのとこのヤツやんけ! 敵や敵!」


 映像を出力していた大吉が憎々しげな声で動画の中の巨大ロボを触手で指差す。その反応を見てミズキが少々意地の悪そうな笑い声を上げた。


「あはっ。そう言えば店長の知り合いだったわね、このデカいロボのスポンサー。昔は同じ規模のPCショップだったのに随分差を付けられちゃったわねぇ~」


 揶揄うミズキの言葉に彼は憤慨するように全身のケーブルを青く発光させた。


「ええい! うるさいんじゃい! こっちだって遂にバトルアバの知り合い出来たからな! これからだ! これから!」


「……大吉だって変な投資して大損害出してなけりゃ、似たような立場だったろうになぁ……勿体ない事したのう」


「読みは良かったんや! ただ下がり幅にワイの資金が耐えられんかっただけや!」


 盛り上がっている三人を余所にソウゴは再び動画へと目を向ける。巨大ロボはこれまた巨大な金棒のような物を取り出して、相手へと叩き付けてた。


 それだけで凄まじい衝撃波が発生し、辺りの物を全て吹き飛ばしていく。まさに超ド級の戦いと言った様子で見応えがあった。


(……すげえ。黒檜よりデカいよなこのロボット……。あっ……)


 良く見るとロボットの胸のところにコックピットがあり、そこに人影が見えた。どうやらあのロボット自身がバトルアバではなく搭乗しているアバが本体のようだった。


(――ということは……俺と同じ召喚タイプか)


 ソウゴが考えている事を察したのかブルーが説明をしてきた。


≪こいつは軍神鬼操グンシンキソウ『衛マモル』。お前と同じ召喚タイプだな。召喚タイプの例に漏れず派手派手な野郎で――あっ……ククッ≫


 ブルーが何かを思い出したように言葉を止める。そして何故か妙な笑みを浮かべた。まるで何かを思い出して笑ってしまったかのように。


「どうしたんですか? 急に笑って……」


≪あー気にすんな。ちと思い出し笑いしちまってな。こいつはバトルアバじゃ"珍しく"オペレーター付けてるぞ≫


「オペ――って事はブルーさんみたいなサポートのアバが付いているって事ですか?」


≪あぁ。クー――あっ、これNGワードねえのか。クソ生意気な女だぜ。メッチャ好戦的だし、直ぐキレる≫


 まるで見知った人物のように語るブルー。ソウゴはその人物に対し明らかに失礼な感想を述べている彼を訝しみ、一応尋ねる。


「……お知り合いなんですか?」


≪ま、顔見知り程度だけどな。そうかー。あの鬼女も大会にそりゃ出てるよなぁ……クククッ。楽しみが一個増えたわ≫


 明らかに悪だくみを考えている表情で笑っているブルー。ソウゴは相変わらずなその様子に呆れていた。


(また悪い事考えてるな、こいつ……。どういう知り合いなんだか……絶対ロクな関係じゃないぞ……この口ぶりだと)


 ソウゴが内心心配していると大吉が何かに気づいたように声を上げた。


「――おっ? ソウゴ君。次のバトル会場発表されたみたいやで。二回戦は事前に場所公開されるんやなぁ」


「え? 本当ですか?」


「今、映したる」


 映像を両目から出力していた大吉がソウゴの方へ声を掛けてくる。彼はそのまま動画を切り替えてニュースサイトのような物を映した。


 全員がそのニュースへと視線を向ける。アナウンサーを模したアバが一回戦を終えたバトルアバたちへ軽い祝辞を述べつつ、次のバトル会場が発表された。


 輝く太陽。揺らめく青い海。白い砂浜。如何にもリゾートと言った風情の場所。ソウゴには見覚えの無いエリアだった。


 画面に煌びやかな装飾が施された文字でデカデカと【RESORTエリア】と表示されていた。


「リゾート……エリア?」


 ソウゴが首を傾げながらそう口漏らすとミズキが腕を頭の上で組ながら思案するように中空を眺める。


「ここかー。一回戦は入場制限あってあたしも社長も見に行けなかったけど、リゾートならキャパ大きいからみんなで観戦しに行けるわね。虎児マキちゃんも呼んで観戦ってとこかしら」


≪おーそれ良いな。マキも喜ぶだろ。ミカが負けたらその場で残念会も開催出来るし≫


「……あんたはさぁ……」


≪備えあれば患いなしって言うだろ――つーかそもそもお前、リゾート行ったことあったっけ?≫


 立体映像のブルーがソウゴの方を向いて聞いてくる。ソウゴは首を横に振った。


「いえ……この場所は行ったことが無いです。というかこんなところあったんですね」


 ソウゴの言葉にブルーが困ったような表情を浮かべた。


≪あー……そりゃ不味いな。お前って戦いの日々に明け暮れる蛮族だし、そういう平和的な場所と無縁だったもんなぁ。流石に初見の場所で戦うのは不利過ぎるわ。明日辺り行ってみっか?≫


 相変わらず一言多いが、確かにブルーの言う通り完全に初めて見る場所で戦うのは不利だろう。ソウゴは彼の言葉に頷いた。


「そうですね。明日は予定空けてありますし――偵察に行きましょう。しかしリゾートエリアって……どんな場所なんですか? カジノエリアとはまた別なんですよね?」


 前にデルフォの社員であるツバキからの仕事でカジノエリアには行ったことがあったが、リゾートエリアというのは初耳だった。ソウゴの疑問に虎次郎が思い出すようにして答える。


「ワシは良く行くけど――まぁ大体リゾートって言葉通りの場所よな。現実にもある高級ホテルとか旅館の宿泊体験が出来るねん。温泉とかもあるからええんよなぁ、あそこ」


「後は仮想現実って事、活かしてウィンタースポーツとマリンスポーツが何時でも体験出来たり……あの場所は力入ってるわよ~」


 ミズキも付け加えるように説明してくる。二人の説明からも、とても楽しそうなエリアなのが伝わってきた。


「おぉ……! それは凄そう……!」


 聞くだけで胸が躍るような華やかなる内容だ。確かに仮想現実なら夏と冬を同時に体験する事も出来るだろう。そういうリッチな行楽の経験が無い自分にとってかなり魅力的に感じるエリアだ。しかし目を輝かせながら二人の説明を聞いていたソウゴに"参報殿"が鋭く水を差してくる。


≪……まぁお前はそこにバトルしに行くわけだからリゾート満喫する暇はねえけどな。砂浜に足取られながら攻撃避けたり、必死こいて逃げ惑ったり――むしろ満喫してる奴らを楽しませるための見世物だな?≫


 冷や水ぶっかけられたソウゴは夢想から覚め、極めて"現実的"な"非現実"での戦いに思考を戻される。飛び交う銃弾。迫る刃。全力でこっちを倒しに来るバトルアバたち。そんな彼らからなんやかんや輝く太陽の中、必死に逃げ惑う自分を想像してしまった。


 間違いなく自分はリゾート満喫などという甘い体験はリゾートエリアでは得られない。得られるのは多分トラウマの方が多い――あまりにも悲しく現実的な想像だった。


「……そりゃそうですけど。夢くらいは見させてくださいよ」


≪夢なんて寝てる時に見りゃ十分だろ≫


 ――ピンポーンッ。


 ソウゴが意気消沈していると事務室内に来客を知らせるインターホンが鳴り響いた。全員が顔を見合わせる。既に日も落ち、辺りは暗くなっていた。来客……というには少し遅い。


「誰や……? こんな時間に?」


 虎次郎が立ち上がり、応対へ向かっていった。ソウゴも釣られてそちらを見る。彼が玄関の扉を開けるとそこには――。


「――あのどちら様で……?」


 巨大な長方形の箱が"いた"。事務室の扉をギリギリ通れるかどうかという大きさの段ボール箱。それはガタガタと揺れながら事務室内へと侵攻してくる。その段ボールの影から聞き覚えのある声が聞こえてきた。


「お爺ちゃん~お届け物ー」


 幼い女の子の声。その声を聞いて虎次郎が慌てて声を掛ける。


「あっ! マキちゃんかいな。どうしたんや、こんな遅い時間に! 後、そのデカい箱は何や!?」


 段ボール箱の後ろからひょっこりと女の子が顔を出す。長めの髪を後ろに纏めた、如何にも元気の良さそうな中学生くらいの少女。くりくりとぱっちり開いた目で事務室内を覗き込んでいた。


(もしかして……『マキ』ちゃんか? あの、小白虎の……)


 少々遠慮がちに少女は室内を見渡している。そうしている内にソウゴと目があった。


「……こんばんは。『ソウゴ』……さん。片岡真紀恵カタオカマキエです」


 真紀恵と名乗った少女はそう言ってペコリと頭を下げてくる。かしこまった様子のマキを見て立体映像のブルーが笑っていた。


≪なんでぇマキ。そんな他人行儀にしちまってさ。そいつ見た目はともかく中身はABAWORLDの狂犬ことバトルアバ『ミカ』と変わんねえぞ≫


「……どうしてそう俺を戦闘狂扱いしたいんですかね――マキちゃん、そんなに遠慮しなくても大丈夫だよ。俺が『ミカ』だから。いつもと同じように接してくれれば良いよ」


 ソウゴはマキへ向けて笑顔を向けて、出来る限り優しい声色で語りかける。それを聞いて彼女の顔に笑顔が見えた。


「……うん。……うん! よろしくね、ソウゴ兄ちゃん!」


 ABAWORLDで出会った時と同じ、明るい笑顔。ふとその笑顔を見てソウゴはあることに気が付いた。


(……そう言えば。俺はみんなと"現実"の世界で会った時……初対面なのに直ぐ打ち解けられたな……)


≪つーかこのデカい箱はなんだよ、マキ≫


「あっ! これねー。お爺ちゃん宛に届いた荷物だよ! お母さんが会いに行くなら序に持って行ってって……」


「あぁ~それあたしが送ったモンよ。社長から前に頼まれてたの。間違えて本宅へ送っちゃったみたい」


 皆が箱の中身で会話している時にソウゴは一人考え込む。


 先にABAWORLDでの出会いを経験していたからか、知らない人たちの筈なのに、まるで昔から知っていた友人たちのように……今この場で自分は解け込むことが出来ている。正直なところ自分はそこまでコミュニケーション能力に優れているという訳でもない。それでも――。


(勿論、みんなが気の良い人たちだってのもあるだろうけど……。そもそもどうして俺はこんなにABAWORLDで馴染むことが出来たんだ……?)


「ワシがミズキちゃんに頼んだもんやったんか。でも……なんでこんなデカい箱なんや? 頼んだのミカちゃんのポスターやろ? 町内とか事務室に貼る用の」


「ふふ~ん♪ 親愛なる社長からのお願いだからねぇ。予算も結構貰ったし、奮発させて貰ったわよぉ? そのせいでちょーっと予算オーバーしちゃったけど……」


 最初は戸惑ったが気が付けばABAWORLDに居心地の良さを感じるレベルになっていた。


 それは所謂ネット依存症的なネガティブな物とも――違う気がする。何というか言葉に出来ない安心感があった。この仮想現実には……。


「……多分中身見たらたまげるぞ、虎」


「店長にもモデリング協力してもらったからね~感謝してるわよ! さぁ! 虎児ちゃん! 栄誉ある開封の儀の執行者に任命してあげるわ!」


「わーい! それじゃ開けるよー」


 まるで……自分の自宅にいるような……不思議な感覚。他の仮想現実もこのような物なのか、それともABAWORLDが特別なのか。


「な、なんじゃこりゃっ!?」


「うわーすっごい! これ何ー!?」


「あーははっ! どうだ! ネット販売も視野に入れた逸品よ! さぁ! 褒めたたえなさい!」


≪すげー! おい! ミカもこっち見ろよ! すげぇぞ、これは!≫


 異様に興奮した様子のブルーの声にソウゴは思案を中断して顔を上げた。


「どうしたんですか、そんなに興奮して。らしくも、な――」


 みんなが囲んではしゃいでいる"物"を見てソウゴは完全に固まった。


 そこには――。







「――お、俺!?」


 見覚えのある灰色の耳と尻尾。普段から着慣れている軍服。少しデフォルメ気味の間の抜けた顔。自分のABAWORLDでの姿――バトルアバ『ミカ』がそこにいた。


 背筋を真っすぐ伸ばし、両足のブーツをピッタリと揃え、キレイな敬礼を決めている。表面はどこかのっぺりとした質感をしており、室内の照明に照らされて少し光っていた。


「これぞ! 1/1バトルアバ『ミカ』よ!」


 声高にミズキが告げてくる。ソウゴが自身の偶像を見て絶句していると大吉が解説をしてきた。


「プラスチック製の等身大ディスプレイフィギュアや。プリンターでモデル切り出して、着色したんよ。店頭とかに飾る用だから耐久重視して、精度はちょっと低めやけどな」


「ホントは可動仕込みたかったんだけどねー。残念だけど予算やら耐久性の関係で断念したわ。中身もスッカラカンのがらんどうだし」


 少々悔しそうにしているミズキを余所にマキやブルーは等身大ミカフィギュアを見て、大興奮していた。


「すごい! 本当にミカ姉ちゃんだー! うわー! 耳と尻尾もしっかりあるー! さ、触っても大丈夫?」


 マキが心配そうにミズキへ尋ねると彼女は自信満々に答えた。


「ふっ……。耳と尻尾は触る奴が多いと予想して塗装じゃなくて成形色になっているわ。塗装落ちの心配は無いから好きに触りなさい。それと軍帽の後ろにあたしがデザインしたエンブレムもあるわよ。そっちはデルフォにも登録したエンブレムだからこれからサインの時とかに使ってね」


 その言葉を聞いてマキが嬉しそうに耳や尻尾をペタペタと手で触る。ソウゴもそっと人形の後ろを覗き込む。確かに軍帽の後ろに同じ帽子を被った犬のシルエットマークが記されていた。何故か目が二つあるちょっと怖い感じだったが……。









 興奮した様子のブルーがミズキへと話し掛けた。


≪いやこれは凄いわ、メカ女! マジでそのまんまじゃん! オレにも売ってくれよ、これ! 家で飾るわっ!≫


「完全受注生産で一体二十万円(税抜き)よ。それでも良いなら買いなさい」


『二十万~!?』


 ミズキと大吉以外の全員が驚愕の声を上げる。彼女は懐から一枚の紙を取り出すと虎次郎へと渡した。


「はい、社長。これ領収証」


 受け取った領収証を見て彼の目が大きく開かれる。


「ちょっ!? 予算からメッチャオーバーしとるやん!? 何でポスター頼んでこんな人形作ったんや!?」


「安心して社長。三十体売れればペイ出来る計算だから」


「そういう問題じゃないから! ソウゴくんへのギャラとか広告料とかもあるんに……。確かに広告効果はあったけどこれ今月ギリギリやぞ……」


 色々と不安げな表情を浮かべる虎次郎。そんな彼を余所に『ミカ』フィギュアを囲んで皆盛り上がってた。


「ソウゴ兄ちゃん! マキと一緒にミカ姉ちゃんの隣並んでよ! 記念写真撮るー!」


「あっ。うん……良いよ」


 ソウゴは顔を引き攣らせながら自分の偶像の隣へ立った。近づいて見るとその異質さが良くわかる。完全にABAWORLDでの自分と瓜二つだった。


(凄い変な気分だ……自分が二人いる的な……ドッペルゲンガーに会った時ってこんな感じなんだろうか)


「撮るでー。にっこり笑ってや」


 いつの間にか大吉が二人と"一匹"の前に立っており、視線を向けている。ソウゴは苦笑いをマキは満面の笑みを浮かべて、手を上げてピースサインを作った……――。


「ピース!」「ピ、ピース……」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

(実質)異世界みたいなメタバースで行方不明の姉を探しちゃダメですか!? 雲母星人 @unmoseizin

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ