第15話『もうあなたしか頼れる人がいないんです!』


 36は仰々しく一度お辞儀をしてから観客席とミカへ聞こえるように大声で話し始めた。

「それではルールを説明させて頂きます! 今回のクイズバトルはアババトル形式です! まずこちらをご覧ください!」

 36の声と共にパネルへリンゴの絵と文章が表示された。

「出題の際はこちらに問題文が表示されます! 挑戦者はこちらを見てお手元の対応する解答ボタンをプッシュオンプッシュ!」

「えっと……」

 ステッキで36がパネルを指し示す。ミカは挑戦者席からパネルへ視線を走らせる。そこには問題文が表示されていた。

【問題 リンゴは英語で言うと何か?】

 ミカの手元にある四つのボタンにはそれぞれ対応する答えが表示されており、この中から選択するようだ。

「……アップルですよ、ね……?」

 ミカが恐る恐る【apple】と表示されているボタンを押す。それと同時にピコピコピコーンと軽快な音が鳴った。

「見事! 正解です! それではパワーリソースをチャージ!」

 ミカの視界にパワーリソース貯蓄を知らせるウィンドウが出現する。ちょっとだけ増加していた。

「このように問題へ正解するごとにパワーリソースがチャージされていきます! 無事にパワーリソースを貯め切れば挑戦者の勝利です! ですが――」

「え――うわっ!?」

 突如、ミカの周囲へ導火線の付いた大きなリンゴが複数現れた。そして間髪入れずに大爆発し、ミカの身体を爆風が包んだ。

「ぎゃぁあああ!? なんじゃぁああああ!?」

 いきなりの音と爆風にミカは堪らず悲鳴を上げる。そして今度は視界にヘルスの減少を知らせるウィンドウが出現した。

「このように! 不正解の場合は挑戦者にペナルティ! ヘルスへダメージを受けて頂きます! ヘルスを削り切られる前に! 是非ともパワーリソースをチャージし終えてください! ご理解頂けましたかー!」

「り、理解出来ました……けほっ」

 ミカは咳き込むながら自分の身体に付いた煤を払う。これは想像以上にデンジャラスなバトルになりそうだ。

 どんなペナルティが来るのかわからないが、あんな爆発などを毎回食らっていたらヘルスはともかくこっちが先に参ってしまう。

「おーめっちゃ楽しそうだなこれ! ミカ、頑張れよー!」

「応援してるわー! ミカくーん! 芸術系の問題ならあたし結構強いから頼ってねー!」

「頼んだぞ、ミカちゃん! 隣町の奴らの鼻を明かしたれ!」

「パソコン系はワシの十八番じゃ! 任せい!」

 背後から呑気な応援が飛んでくる。明らかにこっちの気も知れずに彼らは楽しんでいた。

(そりゃあんたたちは気楽だけどさぁ……こっちは直接被害受けるんだぞ、全く……)

 ミカは内心、膨れつつも改めて36へ向き直って身構える。一体どんな問題が来るのか――。

「おっと言い忘れていましたが、このバトル中は皆様の外部ネットとのリンク及び情報検索機能をロックさせて頂きます! 不正はいけませんよー! それでは――イッツァショーターム!」

『QUIZ BATTLE――START!』

 バトル開始を告げるアナウンスがバトルフィールドへ鳴り響いた。

「さぁまずは――召喚! ビンゴマシーンゼェェット!」

 36の横に巨大なビンゴマシンが現れた。彼はそれをステッキで叩く。ビンゴマシンが回転し始め、中の白球がガラガラと音を立てた。

「問題の選出はABAWORLD内のクイズデータベースから行われています! ビンゴマシンから出てくるまでこのサーティーンシックスにもどんな問題だかさっぱりわかりません! さぁ何が出てくる!?」

 ビンゴマシンから36へ向かって白球が一個飛び出した。彼はそれを受け止め、白球の表面を眺める。

「――記念すべき第一問目が決定しました! ジャンルは……【歴史】! それでは問題をレッツショーオン!」

 36が白球を背後の巨大パネルへと放り投げる。白球はパネルの表面へ当たるとスッと吸い込まれていき、代わりにパネルへ何か巫女のような服を着た女性のイラストと問題文が表示されていった。

【問題 邪馬台国に存在したという女性の王、卑弥呼。彼女が神託を受ける際に使っていた道具を答えよ】

「おぉっとこれはタイムリーな問題ですね! 皆さまも知っているでしょうが、最近邪馬台国の正確な位置が判明し、ニュースシーンを騒がせていました! その影響で調べた方も多いでしょうね! これはチャンス問題かぁ~?」

 ミカの手元のボタンに四つの答えが表示される。それを見ながら思案した。

(杖、鏡、楽器、花火……流石にこれは分かるな。小学校の時、授業でやったし。鏡だった筈……)

 ミカは【鏡】と表示されているボタンに手を乗せる。一応、振り返って後ろのブルーたちの様子を伺って見る。彼らもミカの選択に納得しているのかうんうんと頷いていた。ならばとミカは思いっきりボタンを押し、答えを宣言した。

「二番の鏡です!」

「――…………正解! おめでとうございます!」

 36がステッキで地面をコンと叩くとミカの周囲に紙吹雪がパァーッと吹き出し、盛大に舞った。

「挑戦者が無事に第一問を正解しました! 皆さま! 拍手を彼女へどうぞ!」

 観客席から拍手が一斉にミカへと送られる。そしてミカの視界にパワーリソース貯蓄を知らせるウィンドウが現れた。

「さぁ! どんどん行きますよ! ネクストォォォクイーズ!!」

 再び36がビンゴマシンをステッキで小突く。また白球が排出されそれをキャッチした。

「それでは第二問です! これをクリアして挑戦者は更なる波に乗れるか!? ジャンルは……【ABAWORLD】! そう皆さまが楽しんでいらっしゃるここ! この仮想現実メタバースから出題です! せいや!」

 華麗な投球フォームで36は白球をパネルへと投げつける。白球を飲み込んだパネルに何か異様な物が表示された。

「え。何ですかこれ……スライム?」

 表示された画像には緑色の粘液で身体を構成したような女の子(?)が映っている。その彼女(?)はドロッとした指でピースしながら笑顔を向けていた。続いて問題文が表示される。

【問題 蠢く粘液の二つ名で知られるバトルアバ『緑黄色ネバ子』。そのフルパワーリソース技で正しい物を答えよ】

「おっと! 【小瑠真製薬コルマセイヤク】様に所属するバトルアバ、『緑黄色ネバ子』さんに関する問題ですね! 彼女はプルプルとした粘性タイプのアバを使いこなすことで有名な方です! バトルを見た事ある方もいるのではないでしょうか!?」

(し、知らねぇ~……全く分からないぞこれは……)

 ボタンに四つの答えが表示されているが、どれも似たような名前でどれか全く検討が付かなかった。

(だけど……バトルアバ関係なら――)

 幸いな事にバトルアバの事なら信頼出来過ぎる人が後ろに控えている。ミカはそっと後ろを振り向いた。

「おいおい。こんな問題ばっかじゃ楽勝過ぎねえかぁ?」

 既にブルーが自信満々と言った様子で腕を組んでいた。呆れるほどにドヤ顔を決めている。彼はこちらへ向けてビシッと指を差し、言い放った。

「オレを信じろ、ミカ! 三番だ!」

「は、はい! えっと――三番の【ヌルドロ・ヘブン・ウェーブ】!

 ミカがボタンを押しながらそう宣言した。

「――……素晴らしい! 正解です! 連続正解!! 挑戦者、これはヌルッと波に乗っています! 仲間たちとの連携も良い感じです!」

 36がステッキをクルクルと回し、それと連動してミカの周囲でファンファーレが鳴り響いた。

「よしっ!」

 ミカは思わずガッツポーズをする。これで二連続正解だ。パワーリソースも三分の一ほど貯まっている。一人でクイズに参加ではないというのは思った以上に楽なようだ。知らない知識を補完してくれる仲間がいるのは本当にありがたい。

(この分なら割と余裕でいけるんじゃないか……?) 

 ミカの余裕のある顔に気が付いたのか36が不適な笑みを浮かべる。

「おっと~? 挑戦者、二問連続正解で顔つきに余裕が出てきましたね! しかーし! 問題はまだまだ続きます! その余裕が何時まで続くか!? さぁ! サァードシンキングタァァイム!」

 36が三度、ビンゴマシンをポンッと叩いた。白球が勢い良く打ち出される。彼はステッキをバットのように構え、そのまま飛んできた白球の表面に掛かれた文字をとんでも動体視力で読み取った。

「――見えたっ! 第三問目は【料理】! シェイハッ!」

 カキーンッ!

 36は振りかぶったステッキで白球を打ち取る。鋭い弾道を描いて白球はパネルへと飛び込んでいった。パネルに何か白いシチューのような物が表示されていく。ミカは問題文の方へ視線を映した。

【問題 料理へとろみを付けるために使用される小麦粉をバターと練った物の名を答えよ】

(まぁーた……全くわからん問題が来たぞ。答えの候補は――ブーダンブランにブールマニエ、ブールブランにブーケガルニ……これまた似たような名前のヤツばっかりだ……)

「これはお腹が減ってきそうな問題だー! 因みに私は片岡ハムの赤丸ハンバーグが好物です! 今日もお土産に買って帰りますよー!」

「やっぱりあいつはええ奴やな! 隣町の住民にしとくには勿体ないヤツじゃ!」

 36の発言にトラさんが嬉しそうにしている。一方ムーンたちは困ったように顔を見合わせていた。

「ミカくん明らかに困ってるわ……言っとくけどあたしに頼んないでね。自慢じゃないけど三食ケータリング派で自炊とかしないの。料理なんて未知との遭遇よ。あんた、何かわからない?」

 ムーンがブルーへ尋ねる。彼はオレに聞くなと言わんばかりに両手を上げて肩を竦めた。

「夕飯が三日連続松葉屋の牛丼だったオレにそれ聞いちゃう? 分かるわけねーだろ」

「社長ぉ~、これが何か知らない? 一応食品会社の社長なんだからある程度詳しいでしょ?」

 ムーンはそう言ってトラさんをそのデカイ目で見ながら表示されている四つの選択肢を指差す。トラさんはその選択肢を眉間に皺を寄せながら眺めた。

「た、多分これフランス語だと思うからフランス料理関係だと思うんじゃけどなぁ……確かブールはバターって意味だったぞ」

「うーん……ミカくーん! ブールはバターって意味だって!」

「そうなんですか? それなら――」

 ムーンはオペレータールームから挑戦者席のミカへと呼び掛けた。ミカはその言葉を聞いて改めて手元のボタンを眺めた。

(問題的にバターが絡んでる筈だし、ブールマニエとブールブランの二択に絞られるか……どっちだこれ……)

「ここに来て挑戦者が初めて苦戦しているようです! しかぁし!! 物事には何事も制限時間という物が御座います! リミットチェック!」

 ミカの真横に時計のような物が表示された。残り時間が少ない事を知らせてくる。

「くっ……! もう悩んでる時間が無い――出たとこ勝負! 三番の【ブールブラン】!」 

 ミカが思いっきりボタンを叩く。

 ブゥーッ!

「げぇっ!?」

 明らかに不正解を知らせる音がミカの周りで鳴り響いた。後ろでブルーたちも嘆いている。

「あちゃー……違ったかー」

「ま、これは社長のせいじゃないわね。ミカくんの運が無かったわ」

「ミカちゃん、すまーん! 次までには勉強しておくぞー!」

「……次あるんかいな、トラ」

 一方ミカは初めての不正解に恐れ慄いてた。不正解にはダメージ付きのペナルティがあると36は言っていた。

(まさかまた爆弾か!? 勘弁してくれよ……)

「――……ざんねーん! 不正解! ミスチョイスです! 正解は二番の【ブールマニエ】です! ブールブランは白いバターソースという意味なのでちょっと惜しかったですね!」

 ミカの不正解を解説しながら36がさぞ残念そうに空を仰ぎ見ている。そしてミカの方へステッキの先を向けてきた。

「それでは! ペナルティータァァイム!」

「え……うわっ!? 透明な壁が!?」

 ミカの四方へ突如ガラス張りの壁がせり上がってくる。それは完全にミカを取り囲み、逃げ場を塞いだ。

「今回のぉ~ペナルティは! 【アチアチホワイトソースチャレンジ】です! それでは行ってみまSHO!」

 ミカの頭上に影が差す。顔を上げて頭上を見るとそこには――巨大な鍋があった。

「お鍋!? まさかホワイトソースって――」

 それが何の鍋であるか察しが付く。鍋はゆっくりと傾き、そこから大量の白い液体が熱気と共にミカへと降り注いだ。

「どわっちゃぁぁあぁああ!? アチアチアチあっちぃ!?」

 アツアツのホワイトソースが逃げ場の無い空間と化した挑戦者席に降り注ぎ、ミカの全身を白く染め上げる。視界にダメージを知らせるウィンドウが幾つも出現したが最早それを気にする余裕も無く。段々と満ちてくるホワイトソースの濁流に溺れた。

「うぇ……えげつねえ」

 オペレータールームのブルーがその光景を見て思わず呻く。手元のミカのステータスパネルにはダメージ表記が次々に表示されており、あのガラス張りのボックスの中がどんな惨状なのかを知らせている。観客席の方も流石にそのペナルティのえげつなさに引いているのかどちらの町民たちも黙りこくっていた。

「……社長。後でちゃんとミカくんに今回巻き込んだこと謝った方が良いと思うわよ。ついでに店長もね」

「は、はい……」

「そうするわい……」

 トラさんとラッキー☆ボーイが縮こまりながらそう応じた。

 あっという間にガラス張りの壁から零れるくらいに注ぎ込まれたホワイトソースはホカホカと湯気を上げている。中にいる筈のミカは白濁のせいでさっぱり様子が分からない。

「――それではペナルティ終了! ホワイトソース排出!」

 36が掛け声と共にステッキで床をトンと叩くとせり上がっていたガラス張りの壁が一気に下がった。

 それと同時にドバっとホワイトソースが零れ落ち、挑戦者席の周囲を白く汚した。

 そしてベチャッとその汚れた床にボロ雑巾のようになったミカが倒れ込んだ。

 軍服ワンピの所々を白く染め上げ、全身からは湯気が上がっている。生きているかすら定かではないミカへブルーがオペレータールームから恐る恐る声を掛けた。

「あー……生きてる? ミカ……?」

 ミカは返答せずのっそりと立ち上がる。灰色の耳、尻尾、そして髪。余すところなく白く染め上がっており、普段の灰色犬から白犬と言った状態へ変わっていた。

 ミカは両手で軍帽に手を掛けると持ち上げた。帽子の中から大量のホワイトソースが零れ、顔をドロドロと伝っていく。

「……熱いのは最初だけでしたね。ですがね……その後がキツかった。わけわかんないドロドロした液体に包まれるって想像以上にキツイですよ、これ。しかも真っ白で視界も何も無いですからね。何が起きてるかすらわからないんです。でもドロドロだけは蠢いてて――」

「そ、それはご愁傷様……」

 淡々とホワイトソース風呂の感想を語るミカにブルーは少々狼狽える。ミカは犬のように全身を身震いさせて身体に付いたホワイトソースを弾き飛ばす。そして再び軍帽を被り、真っすぐに36を見据えた。

「……次の問題はまだですか? 36さん。私はもう準備出来てます!」

「……素晴らしい! 挑戦者の闘志は未だ折れず! 観客の皆様! 彼女へ賞賛をどうぞ!」

 観客席から割れんばかりの拍手がミカへと送られる。逆にブルーたちは困惑しながら威風堂々と挑戦者席へ再び立つミカを眺めている。

「……なんかあいつ変なスイッチ入っちゃったみたいだぞ」

「結構流されやすい子よね。あの子」

 ミカが再び挑戦者席に立つのを確認した36はステッキでビンゴマシンを叩く。唸りを上げて回転し始めたマシンから白球が排出された……と思ったら続けてもう一個玉が排出される。金色のその玉と白球を36が拾い上げた。

「おや……運が良いようですね、お嬢さん。これを、どうぞ!」

「うわっ!?」

 突如36はその拾い上げた玉の一つをミカへ向けて投げつけてきた。慌ててミカがその玉を受け止める。

「これは……」

 手のひらサイズの金色の球体。表面には古いデザインの電話のようなイラストが描かれている。

「それは一度限りのお助けアイテムです。あなたのABAWORLD内の知り合いなら誰にでも問題の答えを聞けますよ」

「一度だけ……!?」

(かなり重要なアイテムだな……使うタイミングは考えないと)

 ミカは金色の玉を机に置くと再び出題に備えて身構えた。

「それでは第四問に移りましょう! ジャンルは【ゲーム】!」

 36がパネルへ白球を投げつける。吸い込まれた白球が消えるのと同時にパネルへ何かが表示された。

 一枚の紙のカードが表示されており、カードには一輪の美しい青い薔薇が描かれていた。続いて問題文が表示される。

【問題 トレーディングカードゲーム『マジックオブトリック』において最も価値のあるカードとして有名な『Blue・Rose』。現在の推定価格として正しい物を答えよ。なお本品はα版(初版)とする】

「またマニアックな――うぇっ!? な、な、なんですかこの値段!? こんなに高いんですかこれ!?」

 ボタンに表示されている四つの選択肢。そこに記されている金額を見てミカは驚愕した。

(千二百万、千五百万、千八百万……に、二千百万!? 紙のカードなのに!?)

 三つは間違ってるとしてもこの中に正解が一つはあるということだ。しかしどの選択肢だろうと何れも一千万円を超えている。とんでもない高額だった。

「ホンマかい、この値段」「家が買えるぞ」「ウチの預金残高より高い」

 あまりに高額過ぎて観客席からも驚きの声が次々に上がる。

「世界的に有名なカードですねー! 美麗なイラストも人気の一つですが、なによりその強力な効果によって価格が引き上げられているそうです! トッププレイヤーはこれを複数枚入れるのが前提だとか!?」

 36の煽り文句を聞きつつ、ミカは必死に思案していた。

(どれも値段がアホみたいで判断しようがない……常識的に考えれば最低額の千二百万なんだろうけど、こんな問題として出てくるような物だから逆に最高額もあり得る……わかんねー)

「――……ミカちゃん」

 誰かが小声で声を掛けてくる。振り向くとラッキー☆ボーイがこそこそと側に寄ってきていた。

「ワシはこのカードの値段分かるぞ」

「え? 本当ですか!?」

「昔、資産運用で買おうかと思って調べとったんじゃ。確かその時は千八百万だった筈」

「じゃぁ三番の――」

「いや、それから何年か経ってるからまた高騰しとる筈。なんせ資産運用目的で買おうとしたモンだからな。将来的に上がると予想出来る物なんだ。つまり――」

 ミカとラッキー☆ボーイは二人揃ってボタンに掛かれた選択肢を見た。四番、最高額二千百万円の選択肢。

(――……つまり答えは四番!)

「ありがとうございます! ラッキー☆ボーイさん!」

「ええって事よ! ガハハっ!」

 上機嫌でオペレータールームへ戻っていくラッキー☆ボーイ。そんな彼をブルーとムーンが訝し気に見ていた。

「ホントに大丈夫なのかぁ?」

「店長、これやらかすとまたミカくんがペナルティなのよ?」

「安心せい! 絶対上がってるもんなんじゃ!」

 ミカは掌で四番のボタンを叩き、ラッキー☆ボーイから教えてもらった答えを自信満々に叫んだ。

「四番! 【二千百万円】!」

 だが――。

 ブゥッー!

「え?」

『は?』

 ミカの声とオペレータールームのブルーたちの声が重なる。36が額に手を当てて嘆き悲しむ演技をしながら口を開いた。

「ざぁぁんねぇぇん!! 正解は二番の【千五百万円】でーす! 今まで再販はしないと公式が宣言していたため価格はずっと高騰状態だったのですが! な、な、ナント! 今年に入って当カードの初めての再販が行われました! そのため価格が少し落ちていたんですね~! あぁ~挑戦者、これで二連続不正解です! 痛い! 痛いミスだぁー!」

 呆然とするミカを余所にオペレータールーム内でブルーたちがラッキー☆ボーイへ喰ってかかっていた。

「爺さんさぁ! 頼むぜホントよぉ!」

「店長ぉぉ! 何考えてんのよ!! あんな自信満々でミカくんに教えに行った癖に!」

「大吉! 流石に見損なったぞ!」

 すっかり小さくなるラッキー☆ボーイ。しかしミカはそんな彼を気にしている余裕はなかった。

「それでは! ペナルティの時間です! 今回のペナルティは――【デモゴーゴンの捕食者】!」

 身構えるミカ。しかし暫く待っても何も起こらない。

 ……シュルッ。

「あれ……? 何も起きな――ぁぁぁぁなぁぁあ!!!?」

 足に何が触れたと思った瞬間、ミカの身体が突然衝撃と共に上空へと急上昇していった。

 そのまま一気に引っ張り上げられ、逆さまに空中で吊り下げられた状態になる。動揺しながらも何とか腹筋を使って身体を起こし、自分の足を見る。ブーツに何か触手のような物が巻き付いていた。

 それがミカを一気に持ち上げたようだ。その触手を視線で辿りどんどん下へと移動させていく。そして自身の直下。真下へと視線を移した。

「――……ぎゃぁあああああ!!!? モンゴリアンデスワームだぁあああああ!!」

 そこには……巨大な怪物がいた。ほぼ口だけと言った様子の巨大な怪物で、その大きさは数十メートル近くありそうだった。その口からながーい触手が伸びてきてミカの足を掴み、宙釣りにしている。

 怪物は大口を開けて餌を待っており、舌なめずりしている。そして――餌は間違いなく自分だ。

「ちょ、ちょっとそれは勘弁してくれぇ!! 嫌だぁああ――」

 ミカの懇願を無情に無視し、怪物が動き始めた。

 足を掴んでいた触手が躍動し、ミカの身体を下方へと放り投げる。怪物が放り投げられたミカを器用にパクっと口でキャッチした。

「……喰われた」

 ブルーがオペレータールームで呆然としながらそう呟く。ミカのステータス画面にそっとダメージ表示が現れ、ヘルスが減っていく。

 怪物はそのままモゴモゴと口を動かして暫く咀嚼し、少ししてからベシャっと挑戦者席の方へ口の中のを吐き出した。

 全身を半透明の粘液に塗れさせたミカが力なく床を転がっていく。粘度の高い液体に塗れているせいかあんまり勢いは付かず、直ぐに動きが止まった。

 ピクピクと身体を震わせながら俯いているその姿は見る者に哀愁を感じさせた。その姿を見ながらムーンが他人事のように呟く。

「……やっぱり生で見るペナルティは迫力が違うわね」

 ミカは身体をふらつかせながら立ち上がるとベタベタという足音を立てながら挑戦者席へ向かう。挑戦者席に備え付けられた机の側にはまだあの怪物の触手が少しだけ飛び出ており、ウネウネと躍動していた。

 ミカは何も言わずにその触手をブーツのつま先で蹴り飛ばす。静かなる怒りの籠ったつま先の直撃をうけて、触手は少しだけ蠢いてからシュルッと地面へと消えていった。

 ミカは触手が消えた地面を怨念を込めて何度も、何度も、力強くブーツで踏みつける。その様子を見て流石のブルーたちも引いていた。

「ひぇー……すげえ怒ってるぞあいつ」

「そりゃバケモノに丸呑みされてモグモグ、なんて経験すればね……」

 ミカはオペレータールームをキッっと睨みつける。その視線の先にはラッキー☆ボーイがいた。獰猛な獣のようなその視線にラッキー☆ボーイは身を竦ませた。

「ヒィッ!」

「……次は間違えないで下さいね」

「は、はいぃ!」

 静かだが、確実に怒りを滲ませたミカの言葉にラッキー☆ボーイは隷属するように答えた。

 ミカは改めて36の方へ向き直り、大声で次の問題を促す。

「次の問題を出せ!! 36!! 俺は準備出来てるぞ!」

 最早、何時もの丁寧口調を取り繕う精神状態では無くなったミカは言葉を崩して36へ呼び掛ける。未だ闘志冷めやらぬミカの様子に彼は非常に楽し気な様子を見せた。

「ふふっ……流石バトルアバ。やはり一般のアバの方と違ってダメージ慣れしていますねぇ。通常だとこの辺りでギブアップするかどうか問うのですが……その必要は無さそうです。お嬢さん……いやキミの心意気に敬意を表しましょう! それではネクストクエスチョン!」

 36はステッキで殴りつけるようにビンゴマシンを叩く。回転し出したから緑色の玉が一つ排出された。

 玉は勢いそのままに36の足元へと転がっていく。彼はそれを器用に靴で拾い上げると手で掴んだ。

「おっと! 今回の問題は特別問題です! ジャンルは【映画】! そーれ!」

 彼は拾った緑色の玉をパネルへ投げずに自らの頭上へ放り投げた。飛び上がった玉は空中で花火のように弾ける。弾けたその玉からはフィールド全体へ緑色の閃光が降り注いだ。

「第五問目は私から説明させて頂きます! 出題は有名アクション映画【ベリーハード3】の名場面からです! それでは挑戦者! お手元をチェックしてください!」

「――手元……?」

 机の上を見ると先程まであったボタンが消えており、代わりに謎の半透明な容器が二つ出現していた。

 大きさの異なるそれは水などを溜めておく入れ物に酷似しており、何に使うのかさっぱりわからない。

(これで問題ってなんだ……? 映画のベリーハードは見た事あるけど、こんなん使ってた――)

「――はっ!? ま、まさかあのシーン!?」

 記憶を辿っている内に該当するシーンに思い当ってしまう。主人公たちが公園で爆弾魔の犯人から謎々を出題されるシーン。

 そして――そのシーンでは……。物凄い嫌な予感がして36の方を見る。

 彼はいつの間にか自分でもあの容器を二つ持っており、それをミカへ見えるように掲げた。

「大きい方の入れ物には五ガロンの水が! 小さい方の入れ物には三ガロンの水が入ります! この二つを使って正確に四ガロンの水を計って下さい! 良いですか!? 正確にですよ! 適当じゃダメですよー! そして計れたら――」

 36の足元に計量台が出現する。

「ここ! 私のところまで来て台に四ガロンの水が入った容器を置いてください! 制限時間以内にね!」

 36はミカへウィンクを決めながらそう説明する。もう何が起きるのか大体察しはついていたミカだが一応彼に尋ねた。

「じ、時間内に置けなかったらどうなるんですか……?」

「当然ペナルティです! ですが今回は特別問題! ペナルティは――」

 36はミカの背後、オペレータールームの方をステッキで指す。

「協力者たちにも受けて頂きます! 時限爆弾セェェット!」

 彼の言葉と共にオペレータールームに巨大な円筒形の物体が二つ設置される。これも映画内で出てきた物だ。ゴボゴボと怪しい音を立てながら円筒の中の赤い液体は気泡を浮かべていた。

「ちょっと何これ!? 聞いてないわよ、こんなの!?」

「おいおい! これどうみても大爆発するヤツじゃねーか!」

「ひぃぃ!! どうなっとるんじゃこれ!?」

「おーホンマに映画そっくりなんやな」

 突然、当事者にされ慌てふためいているブルーたちへミカは挑戦者席から声を掛ける。

「安心してください! その位置なら私も爆発に巻き込まれますから、最期まで一緒ですよ!」

「どこが安心できるのよぉぉ!!」

 大騒ぎしているミカたちを余所に36は司会を進めていく。今度は観客席のアバたちへ呼び掛けた。

「今回は観客席の皆さんも是非、挑戦してみてください! この容器を配布しますから制限時間までに四ガロンの水を計って下さいねー! 水を入れるところは観客席にも設置しておきます!」

 観客席のアバたちの手元にもミカの持っている容器と同じ物が転送されていく。皆、首を傾げながらそれを眺めて話し合っていた。

「それでは! そろそろ開始しましょう! 心の準備はよろしいですかー! いっきますよー! よーい……ドン!」

 36がステッキを頭上に掲げるとそこから大砲のような音が聞こえ、開始が宣言された。

 ミカは二つの容器を掴むとダッシュでオペレータールームの方へと駆け寄った。恐らく一人で考えるより全員で考えた方が良いと思ったからだ。容器をブルーたちへ見せるようにして掲げる。

「これどうすれば良いんでしょうか!?」

 ミカの持っている容器を見てラッキー☆ボーイが言う。

「五ガロンの方の容器に水一杯入れてちょっと零すんじゃダメなんか?」

「大吉、それじゃ幾ら何でも適当すぎるぞ!」

「取り合えず落ち着けよ、お前ら! 要は四ガロンの水があればいいわけだろ? じゃあ三ガロンの容器に水、マックスで入れてそれを五ガロンの容器に移して――後は三ガロンの方に水、三分の一入れれば――」

「ダメですってそれじゃ! 正確に四ガロン必要なんですから!」

 あーだこーだ言っている内にも制限時間は刻々と迫り、オペレータールームに設置された時限爆弾がカチカチと音を立てた。

「……よし、出来た。あたしの言う通りにしてミカくん」

 言い争っている四人を少し離れていたところから見ていたムーンが満を持して動き出す。

「ムーンさん! 分かったんですか!?」

「ええ。落ち着いてやるのよ」

「は、はい!」

「まず五ガロンの容器に水を満杯にする。そしたらそれを三ガロンの容器へ移す。零さないようにしてね」

 ミカは指示されるままにいつの間にか設置されていたオペレータールームの給水口から容器へ水を入れ、作業を行っていく。

「次は三ガロンの容器に入った水を一旦捨てる。それから五ガロンの容器に入っている水を移す――これで三ガロンの容器に二ガロンの水が入ったわ」

「あっ――そうか!」

 ミカもここまでくれば流石に答えへと辿り着く。五ガロンの容器へ一杯になるように水を再び入れた。

「そして三ガロンの容器が一杯になるように五ガロンの容器から水を零さないように移す。そうすれば――」

「――四ガロンの水が残る! これで正解!」

 ミカの手に四ガロンの水が入った五ガロンの容器が抱えられていた。

「よっしゃ! 後はそれをあの鹿野郎のいるところへ持っていくだけだ! 早くしろ、ミカ! なんかもう爆弾が臨界点超えそうだぞ!?」

「はい!」

 ブルーからの言葉に威勢よく答えてから、ミカは水を零さないようにしながらも全速力で駆け出し、36の元へと向かった。

「おぉ! 皆さん見てください! 挑戦者が来ました! 無事に四ガロンの水は用意できたのでしょうか!? 果てして結果は如何に!?」

 ミカは36の足元にある計量台へ容器を慎重に置いた。そして徐々に表示されていく数字を真剣に見つめる。36も顔を近付け計量台のメーターを眺めていた。

 そして――計量台から正解を知らせるファンファーレが鳴り響いた。

「――……おめでとうございます! きっちり四ガロンです! コングラチュレーション!」

「やったぁぁ!」

 ミカの視界にパワーリソースが貯まっていく事を伝えるウィンドウが表示された。かなり貯まっているので後、二、三問クリアすれば満タンになりそうだった。

「それではペナルティへ参りましょう!」

「え」

 36の予想外過ぎる一言にミカは固まった。しかし彼は指を左右に振って説明する。

「ご安心を。キミと協力者たちではございませーん! ではどうぞ! 間違えた方たちへ、ペナルティタァァイム!」

 突如観客席の方から爆発音が次々に聞こえ、それと同時に悲鳴が上がる。

「ドわぁぁぁ!?」「何じゃぁぁ!!」「急に爆発したぞ!」

 彼らの持っている容器が次々に弾け閃光が上がっている。ミカはその光景を見ながら絶句していた。

「か、観客にもペナルティあったんですか……それにバトルアバの攻撃は普通のアバに当たらない筈じゃ――」

「これは演出の一環なのでダメージは無いのでーす! 勿論、演出は控えめですけどね! 何せ特別問題ですから! このようなサプライズもありでしょう! 皆さまも楽しめたようで何より!」

 観客席からは突如起きた爆発に驚き、ひっくり返っているアバや焦げ付いているアバたちの呻き声が聞こえてくる。ホントに楽しめたのだろうか……。

「さぁ宴もたけなわって来ました! 挑戦者も気力体力その他諸々限界が近付いている頃だと思います! ここらでドカンと大博打! ハイリスクなギャンブルへと参りましょう! さぁドカンと一発!」  

 36はそう叫ぶとビンゴマシンをステッキで思いっきり叩いた。ビンゴマシンが煙を上げながら高速回転し、巨大な白球を排出してくる。どうみても中に納まらないサイズの大きさの玉だ。その玉はミカの方まで転がってきて、前でピタっと止まった。球体の表面に大きな金文字で【大チャンスタイム!】と書かれている。

「ここに来て挑戦者へ大! 大! 大チャンス! 狙えジャックポット! 一発大逆転!」

「だ、大逆転……?」

「はい! なんと! 今回の問題に正解すると……パワーリソースが今までの百倍! 百倍のパワーリソースを得られます!」

「……は?」

 百倍。つまり一発でパワーリソースはマックスまで貯蓄され、ミカの勝利となる。今までのクイズ勝負は一体何だったのか。オペレータールームで36の言葉を聞いていたブルーたちも呆れた様子だった。

「あー……あるよなこういうちゃぶ台返し。クイズ番組だとさ。ちょっと萎えるけど、何だかんだ盛り上がるよな」

「でもクイズ番組と違って実際に受けるペナルティもあるのよ、これは。メリットが百倍って事は――」

 実際、この大博打が発表され、観客席は最高潮を迎えていた。フィールド内が大歓声によってビリビリと震える。そんな中、36が仰々しく一回転ターンをし、ビシッとミカへステッキを向けた。

「その代わり! 挑戦者の受けるペナルティも百倍です! 悪夢も百倍! ダメージも百倍!」

「え――えぇぇええ!!?」

 思わずミカは叫んでしまう。今まで受けてきた悪夢のようなペナルティ。それの百倍。想像するだけで頭がおかしくなる。それにダメージも百倍という事は間違いなくヘルスを全部削り切られ問答無用でミカの敗北が決定する。物凄い理不尽な展開だった。

「それでは出題へと参りましょう! ジャンルは【服飾】です!」

「ちょっと! ま、待って下さいよ! まだ心の準備が――」

「待ちません! 進み始めた時計の針は進むしかないのです! レッツクエスチョン!」

 36の掛け声と共にパネルへ問題文と何かの画像が表示された。ミカは慌ててそれを凝視する。パネルには実写の白色の綺麗なワイシャツが一枚表示されている。

【問題 このシャツに使用されている番手を答えよ】

 シンプルな問題文。だがそれに反して全く検討も付かない問題だった。

(番手って何だよ!? 聞いたことも無いぞそんな単位!?)

「おぉっとこれは中々専門的な問題だー! 因みに私、Mr.36は普段200番手のシャツを愛用しております! おっと口が滑った! これはうっかりヒントを漏らしてしまったかもしれませーん! ですが盛り上がるならオッケーですよね!?」

 36はそう言って着用している黒いジャケットを両手で開けて中のシャツを見せてくる。白いシャツが見えたが相変わらずミカにはそれが何を意味する単位なのか全く分からなかった。 

 オペレータールーム内でブルーたちは額に皺を寄せ考えこんでいる。しかし状況は芳しくなかった。ブルーが腕を組んで思案しながらムーンへ尋ねる。

「ムーン、お前デザインやってるんだから何か知らねえのかよ」

「あたしは飽くまでデジタル方面のデザイナーなんだから、現実のシャツの意味不明単位なんて分かるわけないでしょ。ピクセルとかそういう単位なら分かるけど。生地だってアセットの番号くらいしか覚えてないわ。社長と店長は――やっぱり何でもないわ。知ってるわけ無いし」

「うっ……まぁ実際わからんが……ミカちゃんは分かるんじゃろうか」

 トラさんが心配そうに挑戦者席のミカを見やる。当然、ミカもさっぱり分からず頭を抱えていた。

(200、220、300、400……明らかにこの200と220は引っ掛け臭いけど、その裏を掻いて正解も――って分かるわけ無いだろ。こんなの……! 一体どうすれば……)

 悩むミカを挑発するかのように36が挑戦者席に寄ってきた。周囲をゆっくりと周りながらステッキをクルクルと回している。何度もミカの顔を覗き込み、その度に無言で大げさに肩を竦めた。明らかにおちょくっている。

(このやろ~挑発しおってからに……ん?)

 ふと手元にある机の上で光が煌めいた。そこには金色の玉が一つ転がっている。電話のイラストが描かれたそれを見てミカの脳内であの言葉が反芻された。

『――それは一度限りのお助けアイテムです――』

 36の言葉を思い出す。ミカは今がその時と言わんばかりにその玉を右手でガシッと掴み、そのまま一気に天へ掲げた。

「使います! お助けアイテム!」

「来ました! ここに来てお助けアイテム【コール】が使用されましたぁ!! 来た来た来た!」

 36が大騒ぎをしてタップダンスを始める。ミカが掲げた金色の球体を見て、観客席がざわめいた。

「何やアレ? (ピー)玉?」「コールって何処に電話するの?」「大体こういうのは知り合いやろ」

 天へ掲げた球体がミカの手の中で弾け、代わりに机の上に懐かしいデザインの黒電話が設置される。

「さぁ挑戦者は誰にコールするのか!? コール可能な人物はABAWORLD内で一緒にアクティビティをプレイした方に限ります! 挑戦者へもたらされるのは悪魔の施しか!? それとも天使の囁きか!? それではリストアップ!」

 36の掛け声と共に黒電話の側にウィンドウが出現する。そこには連絡可能なアバたちのリストが表示されていた。

(――……うっ。それなりに人数いるけど、不在も多い……樫木さんたちは――クソっ! どっちもいない! 556さんはいるけど絶対知らないだろうからパスとして……服とかに詳しそうなゆーり~さんは――ダメだ! 不在だ! ちくしょう! どうすれば――あっ……)

 その時、リストの下の方。最も初期に会った人物の欄。そこに敢然と輝く名前があった。

(こ、この人は……確かに知っている可能性が一番高いけど……俺が電話して出てくれるのか、わかんないぞ……) 

「どうしたー! 挑戦者!? 連絡先に悩んでいるようだ! 早く決めないとランダムで選ばれてしまうぞ!」

 最早悩んでいる時間は無い。ミカは左手で受話器を取るとリストからその名前を右手でプッシュした。

 呼び出し音が暫く鳴り響く。

(頼む……! 出てくれ……!)

 ミカの懇願が届いたのか、三コールほどしてその人物が電話口に出た。

『――……なんだよ、ちんちくりん。つーかおめー、オレ様のフレでもねえのにどうやってプラベで連絡を――』

「――……ウルフ・ギャングさん! 良かった! 出てくれたんですね!」

 ミカが連絡したのは色々と因縁のあるバトルアバ【ウルフ・ギャング】だった。ウルフは喜びの声を上げるミカに、電話口から驚きの声を漏らす。

『うぉっ!? な、なんだよてめー!? 大声出しやがって……一体何の用だよ』

「もうあなたしか頼れる人がいないんです!」

『はぁ?』

 オペレータールームでブルーが呆れながらそのやり取りを眺めていた。

「あいつウルフ・ギャングに電話したのか……良くもまぁその決断をしたなぁ。流石ネット初心者だぜ……怖い物知らずなことで」

「ウ、ウルフってあのミカちゃんに喧嘩売ってきた狼男か!? 大丈夫なんかいな、そんな奴頼って……!」

「さぁねぇ。どうなることやら……」

 ブルーは動揺するトラさんを横目に静かに事の顛末を見守っていた。

 一方、36は電話中のミカを見ながら、喋り出す。

「それではここでコール先へ問題を表示させて頂きます! レッツアップ!」

 彼の声と共に電話口からポンッと軽い音が伝わってきた。ウルフの驚きの声も混ざる。

『――……何事だ、これ!? 何だよこの……クイズみたいなの』

「い、今クイズバトルやってるんです……! その問題の答えを……! 答えを教えてください! ウルフさん!」

『……はぁ? なんでオレ様がそんなことしなきゃいけねえんだよ……』

「お願いします……! ウルフさんがファッション系のスポンサーに所属しているって思い出して、連絡したんです! 何卒……! 何卒答えを!!」 

『めんどくせぇ。大体おめーに協力なんてするわ――あっ? 何だよ親父、今は話し中――』

 電話口で何やら言い争う声が聞こえる。どうやらウルフと誰かが口論しているようだ。暫くその口論が続いた後、再びウルフの不機嫌そうな声が聞こえた。

『(ピー)! (ピー)親父め――あー……番手つーのは掻い摘んで言うと、糸の太さの事だ。このシャツの場合だと……艶とか見る限り300番手だな。シルクに近い光沢だから間違いない。つーか随分アレな問題だなこれ――』

「あ、ありがとうございます!! ウルフさん! 恩に着ます!!」

『ちっ……うるせぇなぁ。ちんちくりん、次会った時は前のリベンジを――』

「おっと! 制限時間です! ピロートークはここまでとさせていただきます!」

 36が強引にコールを打ち切り、電話口からウルフの声が途絶えた。あっという間に黒電話は消滅し、再びボタンが現れる。ミカはウルフから教えて貰ったことを頼りに三番――300番手のボタンに手を置いた。

 36が近付いてきて、にじり寄る。

「どうやら覚悟が決まったようですが……本当にその答えでよろしいのですか?」

「はい……!」

 ミカの返事に36が更に詰め寄ってくる。彼のサングラスがミカの眼前まで迫り、その奥の瞳を覗かせた。

「本当の本当に!? よろしいのですね!?」

「……はい。私は――ウルフさんを信じます! 三番! 【300番手】!」

 ミカは詰め寄る36に怯まず、ボタンを思いっ切り押した。

 36は静かに佇み、動かない。フィールド内を静寂が包む。観客席も、オペレータールーム内のブルーたちも、そして挑戦者席のミカも、固唾を呑んで36の動きを見守る。彼は手を震わせながらステッキを両手で持つとそのまま……一気に圧し折った。

 36は圧し折ったステッキの上半分を何故かミカへと差し出してくる。一連の行動に困惑しながらもミカはそれを受け取った。

「――わっ!?」

 手に持ったステッキの折れた部分から、突如、旗のような物が飛び出してくる。真っ白なその旗には赤い文字で――【正解】と書かれていた。

「おめでとぉぉぉぉぉ!! ございまぁぁぁす!!」

 36が叫びながら祝いの言葉を告げる。その瞬間、フィールド中から豪勢なファンファーレが鳴り響き、更にどこからか大量の花火が上空へとドンドンと打ち上げられた。

 ミカの視界にウィンドウが現れパワーリソースが一気に貯蓄されていくのが見えた。ゲージは限界突破してチャージされ、はみ出している。観客席からも大歓声が次々に起こり、フィールド全体を振動させる。

「皆さま! 今! 挑戦者様のパワーリソースがマックスに相成りました!! 挑戦者! ミカくんのぉ! 勝利! ビクトリー! 大勝利で御座います! 拍手を! 大きな拍手をお願いします!」

 観客席から一気に拍手がミカへと送られてくる。

「いやー楽しかったぞー!」「ええもん見せてもらったわ! もう木の芽町の代表やめてウチの町内に来いや!」「頑張ったわねー!」

 次々に賞賛の声が掛けられ挑戦者席のミカはちょっと照れながらそれを受けていた。

「あはっ……いやホント、どうもありがとうございます……ブルーさんたち居なかったらどうしようも無かったです、はい……あとウルフさんも」

 観客席へ頭を下げているミカ。そして36は折れたステッキの残りを空中へと放り投げながら大声で叫ぶ。

「そーれでーは! 勝者を祝って――レッツダァァンス!!」

 彼の声と共にどこからか鹿頭のダンサーたちが次々に現れた。更に妙に陽気な音楽が流れ始め、フィールド全体へ鳴り響く。

「さぁ! ミカくん! キミもShall we dance!」

「え!? ダ、ダンス!? 何故!?」

「そういう物なのです! どうぞ! こちらへ!!」

 36は強引にミカの手を取るとそのまま中央へと引っ張っていった。そしてそのまま36がリードして二人一緒に踊り始める。ミカはダンスなぞまともにやったことが無いが、36の華麗なリードのお陰で何とか形になっていた。

 ダンサーたちも二人の周りに円を作り一斉に音楽に合わせて踊り始める。空には未だに花火が連続して打ち上がり、ライスシャワーが次々にフィールド内へまき散らされた。

「こ、これ何時までやるんですかー!」

「まだまだ行きますよ~! 勝利の宴を! 舞おう! 勝利を祝って!」

 36は無理矢理ミカをリードし、ダンスを続けていく。大歓声の中、その宴は何時までも続いていた……――。


 


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