第16話『やっぱり好きですよ、ミズキ』

【ABAWORLD MINICITY HANKAGAIエリア A・Barスナック『みっちゃん』店内】




 相も変わらず薄暗く、昔の歌謡曲が流れる店内。

 如何にも場末なスナックを"極限"まで再現した『みっちゃん』のカウンター席でミカは思わず大声を上げてしまった。

「えぇ!? 36(サーティーンシックス)さんって元はトラさんたちの町出身なんですか?」

「はい。木の芽町生まれなんですよ、私。小学生くらいの時に花の芽町へ引っ越しました。だからどちらの町にも知り合いが多いのです」

 ミカの大声を気にした様子も無く、そう言って隣に座っていた鹿頭のバトルアバ、Mr.36はグラスを傾ける。グラスの中の金色の液体が氷を揺らして少しだけ煌めいた。

「だからそんなに町内同士の争いは気にしていなかったんですね……」

「ふふっ。元々あの人たちもそこまで本気で敵対しているわけでは無いですからね。大騒ぎする理由が欲しいだけですから。今頃、飲み屋街にでも繰り出して今日のバトルを肴に吞んでいるでしょう」

 ミカたちはバトルの終了後、Mr.36に誘われてHANKAGAIエリアのバーを訪れていた。

 あのクイズバトルの後、トラさんたちは「祝杯だああああ! 呑むぞおおおお!!」とか言ってすぐにABAWORLDをログアウトしてしまった。当事者のミカとMr.36を置いたまま。残されて呆然としているミカに彼は声を掛けてきたというわけだ。

「そもそも本当に仲が悪かったら、相手の誘いに乗ってノコノコ出てこないでしょうねぇ」

「まぁ……それは確かにそうですね」 

 36の言葉に納得しながらミカは自分の持っているミルクグラスをカウンターに置き、真横へ視線を送る。カウンターの上で行儀悪く寝そべっているブルーの姿が目に入った。

 【離席中!】と書かれたプレートを胸に抱えたまま、目を瞑っている。彼も少し前に「ヤバイ! もう限界だから花摘みに行ってくる!」と言って離席してしまった。どうやら相当我慢していたらしい。

「ムーンさんもどっか行っちゃったしなぁ……」

 バーの床にはブルーと同じく【離席中よ!】と書かれたプレートを持ったM.moonのアバが死体のように転がっている。

 彼女も急用が入ったとかで離席してしまっている。かなり慌てた様子で、出て行ったせいかアバもおざなりに放置されていた。

 だから今このバーにはミカと36しかいなかった。

 鹿頭のショーマンと軍服姿の少女がバーのカウンターに並んで座っている姿は中々に異質と言えるかもしれない。

「……ミカくんは今回のバトル楽しんで頂けましたか?」

「……え?」

 急に36が尋ねてくる。いきなりの質問にミカは戸惑った。

「私はクイズバトルをする際は観客を楽しませる事を第一に考えています。ですが……対戦相手の方にも楽しんで頂く事も重要だと思っています。ミカくんは楽しかったですか?」

「それは……」

 先程のクイズバトルを思い出す。シチューぶっかけられたり、丸呑みされたり、爆弾解除やらされたり……色々大変だったが、途中から熱中していた事も事実だ。みんなでワイワイ騒ぎながらクイズに挑んでいくのは――。

「楽し、かった……と思います。あっ! でも、もうペナルティは勘弁してください……」

 ミカの言葉に36が角を揺らしながら朗らかに笑った。

「アハハッ! それは良かったです。中々対戦後の相手から感想を聞く機会というのはありませんからね。楽しんで頂けたならショーマン冥利に尽きます」

 嬉し気に角を揺らす36。如何にもショーマンと言った心がけをしている彼にミカは感心しつつ、ふとある疑問が浮かんだ。

(……クイズバトルって勝敗はどうしても相手に依存しちゃうよな。バトルアバは勝つのが仕事って節もあるし、どう思ってるんだろう)

 気になったミカは思い切ってその疑問を36へ投げかけて見ることにした。

「そう言えば36さんはその……バトルで勝つかどうかは相手次第な所ありますよね。あー……どうなんでしょうか、それって……大変じゃないですか?」

 自分でも変な質問だなと思いつつも36へ尋ねる。幸いこちらの意図を読み取ってくれたのか36は自身のサングラスを指で持ち上げつつ答えた。

「確かに大変です。出来る限り公平性を維持しながら盛り上げるためにバトルへ手を加えないといけませんから。私も最初はアミューズメントタイプの仕様に慣れず、中々困りました」

「最初? 初めからあの……ショーみたいな感じじゃ無かったんですか?」

「ええ。実は私、昔は普通の戦闘をするタイプのバトルアバだったんです」

「えぇ!? そうだったんですか!?」

 ミカは驚いて思わず声を上げてしまった。36は正面を向いて昔を思い出すように語り始める。

「その頃は近接タイプのバトルアバを使っていましたね。ただ正直なところ華も無く、腕も無く、あまり人気の無いバトルアバでした。スポンサー様も降りる寸前と言ったところですね」

「そんな……」

 とても今の華やかな36の姿からは想像出来ない。彼は続けていく。

「私自身もこの仕事を続けていく自信が無くなっていました。でもある日……バトルが終わって帰ろうとしている時に――声を掛けられたんです」



 ――おい。そこの鹿頭――

 ――は、はい?――

 ――さっきのバトル。あれで客が楽しめると思うのか?――

 ――い、いやそれは――

 ――別に勝て、と言っているんじゃない。アババトルはショーコンテンツだ。つまらない戦いをするな――

 ――でも私には……――

 ――お前の経歴は調べた。その経歴をどうして活かさない?――

 ――しかし……――

 ――来い。お前にふさわしい新しいデザイナーを紹介してやる――

 ――あっ! ちょっと!――

 ーーグダグダ抜かすな。椿、ピエーラを呼び出せ。仕事の依頼だ――

 ーー了解しました――



「その方に……アミューズメントタイプの作成をしているバトルアバデザイナーの方を紹介して頂いたんです。それから自分でも今の特性に合わせて、色々とショーなどを研究して……気が付いたら――こんな感じですね!」

 36はサングラスに手を掛けキラっと光を反射させる。

「なるほど……」

 36の意外な過去にミカはただただ頷いていた。

 あれだけ華やかで鮮やかなバトルショーをしている今からは想像も出来ない過去だった。ちょっとだけ当時の姿を見てみたい気もする。

「あの時は後できっちり依頼料請求されて大変でしたけどね! ハハハッ! 暫く借金生活で首が回らなくなりそうでしたよ!」

 そう言って36は当時の苦労を感じさせない様子で楽し気に笑う。大変だったが今では良い思い出……という事なんだろう。

(やっぱりバトルアバをやってる人って色々苦労しているんだなぁ……お客さん楽しませるために努力して――それでやっと対価を手に入れることが出来る……)

 思えば今まで戦ってきたバトルアバたちは皆、お客さん……つまり一般のアバたちを楽しませるために色々考えていた。

 巨大化したり、歌謡を混ぜたり、純粋に強さを見せたり……実際に彼らと戦う立場の自分は今まで気が付けなかったけど、観客をどうにか楽しませようとしていたんだろう。一方、自分は――。

「はぁ……」

 思わず溜息が零れ、カウンターに突っ伏すようにして伸びる。自分のフワフワとした立ち位置に呆れたからだ。

 幾ら行方不明の姉を探すためとは言え、偶然とは言え、バトルアバを使っている自分。本来の使い方から外れている事には違いない。

(やっぱりガザニアさんが言う通りに普通のアバ使った方が良いのかな……ブルーさんに切り替え方教えてもらうか? でも絶対嫌がるよなあの人……勿体ねえだろ! バトルアバ使えんのに! って怒りそうだ)

 カウンターで飲んだくれた酔っ払いのように伸びながら、悶々と思考しているミカの姿を36がサングラス越しに眺めていた。

「……色々と悩んでいる様子ですね。若者が悩むのは良い事だと思います。悩んだ分だけ人生が色濃くなりますよ、多分ね! そんな悩める若者へ残念ながら掛ける言葉を私は持っていません。しかしながら――」

 そこまで言って36がカウンター席から立ち上がる。釣られてミカは顔を上げた。

 36は右手の蹄をミカへ向けて立てながら、仰々しく、格好つけながら言った。

「折角得たチャンス。活かすも(ピー)すもミカくん次第というのは確かなのです!」

「……NGワードに引っ掛かってますよ、36さん」

 ミカの言葉に36は両手を掲げ、肩を竦める。

「全く格好良く決めようとしましたが、中々上手く行きませんね! さて――そろそろ私もお暇しないといけません。現実リアルの方へ戻らないと。さっきから花の芽町の方々から飲み会への催促メールが煩くて……」

「あー……それは大変ですね……」

 36は一度大きく伸びをするように背中を伸ばすと、バーの出口へと向かっていった。

 バーの扉へ蹄を掛けてからミカの方へ振り向き、声を掛けてくる。

「今日は本当に楽しかったですよ、ミカくん。また機会があれば会いましょう。お友達の方々にもよろしく」

「あっ。はい! また……」

 ミカは手を振って、見送る。カランという音と共に扉が開き、Mr.36の姿は消えていった。

「……面白い人だったなぁ」

「お前も大概面白いけどな、ミカ」

「ぎゃあ!? ――あぶなッ!?」

 突然、自分の真横からブルーの声が聞こえてくる。ミカは驚いて思わずカウンター席からずり落ちそうになってしまった。

 何とか姿勢を立て直し、ブルーの方を見る。いつのまにか離席中のプレートが無くなっており、ダルそうな表情でこちらを見ていた。しかも寝そべった状態のまま。

「も、戻ってきてたんですか。ビックリしたなぁ、もう……声くらい掛けてくださいよ」

 ミカの言葉にブルーが身を起こしながら答える。

「お前らが何か異様に湿っぽい雰囲気出しながら会話してたから、話し掛ける気が失せてたんだよ。ああいう雰囲気に話し掛けるの苦手なの、オレ」

「そ、そうですか……何かすいません……」

「見ている分には面白かったけどな。お前がアホみたいな恰好しながら悩んで唸ってるとこは特に。気が付いてなかっただろうけど、カウンターに顔伏せてる時にあの鹿頭、SS(スクリーンショット)撮ってたぞ。ありゃ爺さんたちに見せる気だな」

「えっ!? と、撮られてたんですか?」

(全く気が付かなった……いつの間に)

 ブルーがテーブルの上に行儀悪く腰掛けながら、床に転がっているM.moonに目をやる。

「あれ? ロボ女、まだ戻ってきてねえのかこいつ。36と話が出来るってウキウキしてたのに」

「あっ……そう言えば全然戻ってきませんね。急用って言ってましたけど……」

 床で転がり未だに微動だにしないムーン。彼女は急用があると言って離席したまま戻って来ない。

「どうせそのまま寝落ちでもしてるんだろ。イタズラでもしてやるかぁ~」

 ブルーは足元で転がっているムーンのアバをつま先でツンツンと蹴っている。蹴られたムーンの身体は少しだけ動いた。

「バレたら怒られますよ……」

「長々離席する癖にログアウトしてねー奴がわりーんだよ。ほーれツンツン~いっつもツンツンロボ女~♪」

 変な歌を歌いながらブルーはムーンへのイタズラを止めない。ミカは呆れながらそれを見ていた。

(……鬼の居ぬ間に何とやら……でも流石に止めた方が良いか……)

「ブルーさん。流石にそろそろ止めた方が――」

 ――カラカラーン……。

 ミカがブルーを止めようとした時、不意に鐘の音がバーの店内に鳴り響いた。ブルーとミカの二人は同時に顔を見合わせる。

「これ……何の音ですか?」

 ミカが尋ねる。ブルーは右腕を撫でてウィンドウを出現させるとそこに表示された情報を眺めた。

「誰かがみっちゃんの店内へ入店許可求めてんな。プラベで部屋作ったからこっちが許可しないと知り合い以外入れない設定だった筈。……名前は……【リンダ・ガンナーズ】? どっかで聞いた名前だな。ま、入れてみっか」

「え? 大丈夫なんですか? 知らない人なんですよね?」

「誰かの知り合い、つーかフレンドじゃないと入店許可自体、申請出せないし。ロボ女の知り合いじゃねーか、こいつ? そんじゃ許可っと……」

 ブルーがウィンドウに表示された【許可】のボタンを指でポンッと押した。

【リンダ・ガンナーズ が 『みっちゃん』へ入店しました】

 二人の間に入店を知らせるアナウンスのウィンドウが表示される。二人は一緒に店の玄関を見た。

 扉の軋む音と共に何者かが入店してくる。

「こんばんは。入店許可を有難うございます」

 静かで落ち着いた男性の声がバーの店内に響く。ミカはその入ってきたアバの姿を見た。

(ロ、ロボット……?)

 青と白のコントラストでペイントされ、全身が人工物で構成された身体。機械的な質感の肌を持ちながらもどこか丸っこいデザイン。異様なまでに細い手足と腰。それにに反してスカートのように広がった大きな下半身。

 ムーンのように口の無く、大きなガラス玉のような無機質な紫色の瞳。人型をしている以外はとても人間と言い難いその姿。ロボット或いはアンドロイドというべきアバだった。

 ブルーがそのアバを見て驚きの声を上げた。

「うぉ……! リンダってあんたかよ……! おったまげー……今日は随分と有名人に会う日だな、おい」

「知ってる人なんですか?」

「知ってるつーか世話になってるつーか……」

 そのロボットのようなアバはキュムキュムという独特な足音を立てながらミカたちへ近付いてきた。間近に迫ったその姿を見てミカはあることに気が付く。

(……なんかムーンさんのアバにデザインが似てる……? それにこの人……バトルアバだ)

 良く見れば幾つか共通しているような意匠があった。というよりも顔のデザインなどは殆ど同じだ。

 そのアバは二人のいるカウンターの傍まで来るとまずはブルーの方へその大きな紫色の瞳を向けた。

「おやおや……そこの自動人形型オートマータータイプのアバの方は私のデザインしたパーツを使ってくれているようですね。ご利用有難うありがとうございます」

「あ、あぁ。あんたの作ったアセット使ってるよ。球体関節っぽいパーツに丁度良かったからさ。MAT(マット)のデザしたパーツも使ってるけど……」

 ※アセット ゲーム用語の場合は素材データなどを指す。

「MAT氏のパーツも使用しているんですね。中々面白い組み合わせです。メックパーツとアンティークドールパーツを組み合わせるのはオリジナリティを感じます。碧色との対比も良い。後でプリセットを送ってくれませんか?」

 ※プリセット 先程のアセットの組み合わせなどをリスト化した物。

「そりゃ構わねえけど……」

「あの……この人は……?」

 ミカがブルーへ尋ねるとそのロボットのアバがミカの方へ向き直り、代わりに答える。

「申し遅れました。私は【リンダ・ガンナーズ】。【Future Mech(フューチャーメック)】所属のデザイナー兼バトルアバです。どうぞよろしく、バトルアバ・ミカ」

 そう言ってリンダと名乗ったバトルアバはミカへ手を差し出してきた。

 ミカは戸惑いながらその握手に応じる。その手を掴んだ時にツルっとした質感とヒヤっとした無機質な温度を感じ、少しだけビックリしてしまった。

「ど、どうも……? ミカ、です。デザイナーって事は……バトルアバのデザインをしている方なんですか?」

 デザイナーという言葉からムーンと似たような物と思いそう尋ねる。リンダは紫色の瞳を少しだけ発光させて答えた。

「ええ。私はバトルアバのデザインもしています。もっともそちらはメインではありません。基本的には一般アバの方々が使うためのデザイナーパーツの提供が本職です」

「デザイナー、リンダ・ガンナーズと言えばロボ物デザインの大御所だぜ! デルフォニウムのキャラクリエイトにもガンナーズ印のパーツが一杯登録されてんのさ。オレもパーツ使ってる。いや~本人に会えるとは思わなかった!」

 何時になく興奮した様子でブルーが説明してくる。

「でもそんな有名な方がなぜここに……?」

 その疑問に答えるようにリンダはミカの方へと近付いてくる。

「そこで転がっているアバに所用があるんです」

 そう言って床で未だに微動だにしないムーンを指差す。

「メカ女に用か? もしかしてデザイナー繋がりのお知り合いってヤツ?」

「…………まぁそんなところです。ただ丁度不在の様ですし……先に確認を済ませてしまいましょうか」

 妙に含みのある間を置いてからミカの方へ向き直った。

 紫の瞳を発光させ、こちらを見据えてくる。無表情な筈の表情に何か恐ろしい物を感じた。

 まるで物を見るみたいなそんな表情。そしてその予感は当たって……いた。

「確認って――ヒィッ!?」

 突如、リンダはカウンターに座っているミカの前でグワっと屈みこみ、その細い両手を伸ばしてベタベタと触ってきた。

 ブーツへ手を伸ばし、更には太腿へと手を伸ばしていく。容赦の無い触り方にミカは嫌悪感から思わず悲鳴を上げてしまった。

「ブーツのアセットはデルフォ製……ニーソックスもデルフォ。しかもプロトタイプからの流用品だから市販されていないアセット……」

「ぎゃあぁあああ!?」

「わぁお……セクハラとかいうレベルじゃねえな……」

 ミカが身悶えしながら悲鳴を上げるの見てブルーが思わず声を漏らす。しかしリンダは一向に気にせずミカへの触診を続けていく。下半身を確認し終えたのか上半身へとその観察対象を移し始めていた。

「服飾はDOZ(ドズ)のブランドデザインですね……あのブランドはABAWORLDへデザイン提供を発表していない筈……いやはや面妖な事で……」

 リンダは何やらブツブツと言いながらミカの服を引っ張り、伸ばし、捲っていく。一通り確認し終えると一旦手を止め、今度は自身の前にウィンドウを出現させた。

 彼の手が止まり、我に返ったミカは必死にその行動へ抗議した。

「ちょ、ちょっと!! いきなり触りまくって……! 何するんですか!!」

「もう少しで終わりますから。はい、後ろ向いて下さい」

「うわぁっ!?」

 リンダはミカの座っている椅子へ手を掛けると勝手に回転させ、後ろを向かせる。

「デザイナーズコード入力、『RIN-TAROU』……パーソナルデータモード起動」

「冷たッ!?」

 リンダがミカの灰色の後ろ髪を掻きわけて、自身の人差し指の腹をミカのうなじへ押し付ける。無機質な冷たさに椅子の上で身悶えするがリンダは一切構わず作業を進め、ウィンドウに現れた幾つもの情報へ視線を走らせていく。

「おー、流石デザイナー。アクセス権限持ってるんだな」

「パーソナルデータの閲覧までしか権限がありませんがね。流石にデルフォのブラックボックスまでは触れません。怒られますし」

 感心したようなブルーの言葉にウィンドウから視線を外さずに答えるリンダ。

 一方、うなじをまさぐられ続けているミカは堪ったモノではなく必死に抗議の声を上げる。

「ま、まだ終わらないんですか!! くすぐったくてしょうがないですよ! これ!」

「もう少しで終わりますから――黒塗りが多すぎて殆ど閲覧不可ですね……これではまるで兵器だ――おっと」

 表示された情報を右から左へ流し見していたリンダの紫色の瞳が動きを止める。

 ウィンドウに表示された【Type Beast-Ⅳ】という文字を見てリンダの瞳が一際大きく発光した。

「これは……驚いた。どうやらビックリ箱を開けてしまったようですね……クワバラクワバラ……――【閲覧終了】」

「うぇっ!?」

 リンダがミカのうなじからパッと手を離した。急に解放されたので思わず前のめりにカウンターへ突っ込んでしまった。

 彼は体勢を崩して呻いているミカを放って今度は寝転がっているムーンの方へ屈みこむ。未だに微動だにしないムーンを紫色の瞳で見つめながら呟いた。

「ミズキも運が良いというか悪いというか……どうしてこうも茨の道を火炎放射器で焼きながら進んでしまうんでしょうね。少し迂回すれば良いだけなのに……」

 リンダは穏やかな声で語り掛ける。

「でもそんなところも……やっぱり好きですよ、ミズキ――さて」

 それから立ち上がると今度はまたミカの方を向いた。

「バトルアバ・ミカ。あなたに確認しますが……あなたは『M.moon』制作のバトルアバでは、ありませんね?」

「え……?」

 突然の質問に困惑するミカ。そもそもミカ自身も誰がこのバトルアバを制作したかなど知らない。強いて言えば寧々香姉さんなのかもしれないけど、それも定かではない。答えに困っていると代わりにブルーがリンダへと答えた。

「そいつはパワー・ノード入ってないすっぴんだったからな。本体の方は諸事情の関係で出所不明だぜ。武装とかはそこのメカ女制作だけどよ」

「やはりそうですか……ミズキにしてはベーシックシステムへの仕事が丁寧過ぎると思いました」

 リンダは少しだけ顔を伏せ額に手を当てる。暫くそのまま何か思案しているようだったが、やがて顔を上げると口を開いた。

「……ミズキ――いやここで寝転がっているアバが戻ったらこれを渡してください」

 そう言って右手をミカへ向けて差し出す。その掌には淡い青色の光を放つ光球のような物があった。

「私からの手紙です。ロックは掛かっていないので中身をあなた方が読んでも構いませんが、どうせ彼女は私が接触した事に気が付いて飛んで帰ってくるでしょう。その時に、御一緒にどうぞ」

「は、はぁ……?」

 ミカはリンダから光球を受け取る。それは受け取ると掌の上でポンッと音を立てて形を変化させ、便箋のような物になった。

「それでは私は今日のところは退散します。恐らく……次会う時はバトルになると思いますので、ご準備を……バトルアバ・ミカ」

「え!? なんで、バトル!? 何故に!?」

 ミカの問いに答えずリンダは一度だけ紫色の瞳を発光させる。次の瞬間にはその姿をその場から消した。

「……ログアウトしたな、あいつ。一体全体何しに来たんだ? まさかミカへセクハラするためだけに来たわけじゃねえだろうし」

「……私にも何が何だか……」

「お前は触られ損か、ハハハ。おさわり料金、取るべきだったな。勿体ねえ」

「……多分、そういう問題じゃないと思います」

「あー……つーかあいつパーソナルデータ閲覧してたし、お前のバトルアバの出所聞けば良かったな。姉ちゃんの情報何かわかったんじゃないのか?」

「あっ!? そ、そう言えばそうでした! あぁ~しまったぁ……」

「ホントに触られ損になっちまったな……」

 二人で話し合っていると床のムーンがピクッと動いた。

 ミカとブルーはムーンの方へ視線を向ける。それと同時にムーンが持っていた【離席中よ!】と書かれたプレートが消えていった。

 ムクっと彼女は身体を起こし、その青い瞳をカウンターの方へ向けながら言った。

「今、ここに変態野郎が来なかった?」

「へ、変態……野郎」

 あまりにもな第一声に固まるミカ。ただ誰へ向けて言っている言葉なのかは思い当たる節がある。

「来たぜ。あのリンダ・ガンナーズがさ。何かミカへたっぷりおさわりして帰って行ったけど」

 ブルーが来訪者について教えるとムーンの青色の瞳が一気に朱色へ染まっていった。

「あの(ピー)野郎……! あいつからメール送ってくるなんておかしいと思ってたわ! 目的はミカくんの身体だったわけね!」

「か、身体……あっ。そう言えばその……リンダさんって方からムーンさんへお手紙を預かってますよ」

 かなり語弊がある言い方に顔を引き攣らせるミカ。しかし途中で手紙を預かっている事を思い出し、ムーンへ便箋を手渡す。彼女はそれを受け取ると訝し気に眺めた。

「手紙ぃ? 見ないで燃やして良いかしらこれ」

「それは流石にちょっと……私も内容気になりますし」

「見てから燃やせば良いじゃねえか。オレも中身気になるぞ」

 ブルーにもそう言われ渋々とムーンは便箋へ手を掛ける。彼女が指で便箋の口を撫でると中から一枚の紙が迫り出してきた。

 ムーンはその紙を指先で掴んでピッと取り出し、自身の前に引き出す。そして文面を暫く眺めていた。

「あの野郎……!」

 絞り出すように怒気を孕ませながら文面を見たムーンが呟く。

 彼女の異様な反応から、一体何が書かれていたのか気になり、ミカとブルーの二人も手紙を覗き込んだ。そこに書かれていたのは……――。

『三日後、SHOPPINGエリアで待つ。アクセスキーが欲しければあなたの作品で私を倒しなさい。BY.RINDA』









 


 


 

 

 










  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る