第8話『新時代のアイドルは歌って踊れて戦える! モフ!』

【ABAWORLD MEGALOPOLIS行き 急行列車『鮫皮』】


「……普段使ってるリニアレールと違ってABAWORLDの電車って随分レトロだなぁ……」

 ガタンゴトンと振動が伝わってくるそれは、今や博物館でしか見ないような骨董品の電車だった。

 その座席から窓の外の移り変わる景色を眺めるミカ。様々な住宅街や建物が目の前を過ぎ去っていく。

「ブルーさんいつになったら帰って来るんだろう……」

 向かいに座っているブルーへ目を向ける。そこには座席の上でお行儀悪く寝そべりながら微動だにしないブルーがいた。胸のところに【離席中!】と表示されたウィンドウが出ている。

 この電車に乗って直ぐブルーは「わりい! ちょっと用事!」、と言って離席してしまった。

「でもわざわざ電車使わないと目的地には行けないって変なところ面倒だなぁ」

 今、向かっているのは【MEGALOPOLIS】、と呼ばれる場所。今までいた場所とは完全に別のエリアでブルー曰く、今までの場所が埼玉ならそこは東京との事。取り合えず……大都市ということで良いのだろうか。

 そこに姉さん――つまりはアバ【ネネカ】の情報を持っている……かもしれない人がいるらしい。

「どんなアバなんだろう……その人」

 そんなことを思いつつ再びブルーへ視線を向ける。未だに微動だにせず離席中のままだった。その時ふとブルーのアバとしての容姿に目が留まる。電車の窓から差し込んだ明かりがそのガラス細工のような碧い髪に乱反射して輝いていた。

(ブルーさんってホント高そうな人形って感じだな……あの髪どうなってるんだ?)

 比較のため何となく自分の髪に触れてみる。非常に柔らかな感触がした。仮想現実とは思えないほどリアルな触感だ。そんなに女性の髪へ触れた経験は無いから飽くまで想像だけど……。本来の自分の髪とあまりにも違いすぎる感覚だ。

(気が付けば随分この身体にも慣れちゃったなぁ……)

 当初感じていた違和感はどこへ行ってしまったのか。今では低い視界にも軽い挙動にも慣れてしまった。ABAWORLDの調整が凄いのかそれとも人間の順応性が凄いのか……。当初感じていたスカートの妙な感じも今では気にならない。

(まぁ……女の身体で一番目立つ部分が消極的だからってのもある……か?)

 そう思って自分の胸を見る。視界を落とすと障害物に当たらずそのまま下半身へと向かう。見事な平たさだ。被弾面積がかなり考慮されている。

(これ……胸……の感触とかどうなってんだ……?)

 遂、魔が差した。右手で恐る恐る自分の胸へと触れてしまう。指先に分厚い生地越しでも分かる柔らかな感触がした。

「……お前、何やってんの?」 

「ぶぇ!?」

 いつの間にかブルーがこちらへ訝しむような視線で見ている。ミカは慌てて自分の胸に当てていた手を離し、必死に言い訳を行った。

「ちょ、ちょっと! ふ、服にゴミが付いてまして!!」

「ふーん……?」

 ブルーは慌てふためくミカを見てニヤニヤと笑っている。

「まぁ気持ちは分かるぜ。オレもお前と同じ立場だったら同じことしただろなー」

 そう言って自らの胸の部分をブルーは軽く叩いた。非常に気まずくなりミカは思わず目を伏せる。

「うぅ……魔が差したんです……」

「そこまで気にすることかぁ? オレとかABAWORLD始めた時は全身触りまくってたぞ。すげー! 本物みてー! って思って」

「俺はなんてことを……」

 ショックで口調が素に戻るミカ。ブルーはそんなミカを気にも留めず窓の外の景色へ目を向けた。

「お。そろそろ到着か。ほら! 見てみろよ」

 ブルーが電車の窓から身を乗り出して、ミカに呼び掛ける。

「げっ! あ、危ないですって! そこから顔出したら!」

「ハハッ! 仮想現実なんだから大丈夫だよ」

「いやまぁ確かにそうですけど……」

 ミカも窓から顔を出す。吹き抜ける風で軍帽が跳びそうになり右手で押さえた。そして電車の向かっている先を見る。

「うわぁ……これは凄い……」

 そこには巨大な都市があった。現実ではあり得ないような高層建築物が立ち並び、まるで針山のようにそれらが群れている。かなり離れた位置から見ているにも関わらず都市の全貌は全く計り知れない。

 今までいたMINICITYはどこか現実の街と似た要素があったが、この都市は完全に未来の都市と言った様相で異質さが際立っている。更に都市の中心部には他の建築物に影を落とすような巨大な塔のような物が聳え立っており、それが一際目を奪った。

 ミカは天空まで真っすぐに伸びるその建物に見覚えがあり、ブルーに思わず尋ねる。

「もしかして……あの真ん中のヤツって軌道エレベーターですか?」

「あぁ。確か完成予想図を再現したヤツだったな」

 軌道エレベーター。現実ではアメリカの大企業がやっと構想段階に入ったという噂の代物だった。前にニュースで報道されていたからその形を覚えている。まさか本物(?)を見ることが出来るとは……。

 電車の速度が少しずつ落ちていくのを感じる。どうやら駅に着いたらしい。

 巨大都市から目を離して前を見ると幾本もの線路が伸びている先に巨大な駅があった。天井部はガラスで出来ており、それがドーム状になっている。まるで巨大なアーチだ。

「うわー……これまた凄い豪華な駅ですね……」

「こういうタイプの駅ってもうリアルじゃ無いからなー」

『――METROPOLISへ到着致しました。降りる際は忘れ物へご注意下さい――』

 ミカが感嘆の声を上げると同時に車内へアナウンスが流れた――。




「何か思ったよりその……静かなんですね、ここ」

 電車から降り、駅のホームへと進んだミカだったが、想像していた光景との違いに困惑していた。

 予想ではHANKAGAIエリアのように沢山のアバがいると思っていた。しかし駅のホームは人っ子一人おらず閑散としている。古めかしささえ感じる駅内の内装も静けさを加速させていた。後から降りてきたブルーが説明を始める。

「基本的にメガロポリスってイベントの時以外使わねえからな。ぶっちゃけ殆ど施設も無いし、それにここ鯖番号もかなり後ろだし?」

 ※鯖 サーバーのスラング。

「そういう物なんですね。イベントって何をやったりするんですか?」

「そりゃ祭りとかだな。公式が主催するヤツ。七夕の時とか下手な性能のパソだとクラッシュするくらいウジャウジャ人集まるぞ」

「うじゃうじゃ……」

 ミカは相槌を打ちながらブルーと一緒に歩き出す。二人の足音だけが誰もいない駅のホームへ響いた。

「そう言えばここってどうしてで来れないんでしょうか? 移動手段が電車って聞いた時はビックリしましたよ」

 いつも移動に使っているリンクを使用すればここへも一瞬で来られる筈。毎度毎度着地失敗するけど……。

「ここって特別なとき以外はリンク禁止になってんだよ。今までいたミニシティとは完全に別のエリアだからここへ移動するときロードが発生しちまうし」

「ロード?」

「マップデータ読み込み中ってこと。ぶっちゃけさっきの電車はそれ誤魔化すための措置さ。仮想現実でロード画面なんて出ると萎えちまうからな。あれに乗せてる体にしてその間にロード済ませてんの」

「そ、そんなシステムだったんですね……」

「結構そういうトコで誤魔化してんだよ、色々データの読み込みをさ。アババトル始まる前の降下演出もそれだし」

 道を歩き続けると気が付けば駅の構内から明るい場所へ出ていた。広場のような場所で周囲を見ると先程までは見掛けなかったアバが何人もいるのが見える。それを見てブルーが少々不思議そうな顔をした。

「ありゃ……ここ過疎鯖だから殆どアバいないはずなんだけど……珍しいな今日」

「何かあるんでしょうか?」

 その理由はすぐに分かった。

「うぇぇ!? な、なんですこれ!?」

 広場から少し進むとそこら中で人だかりが出来ている。それに四方八方から音楽や歌、それに歓声のような物が聞こえ、凄まじい賑やかさだった。今まで見た事の無いような数のアバたちに圧倒されるミカ。

「おいおい……こりゃ一体どういうことだ」

 珍しくブルーも状況が飲み込めないと言った様子で困惑している。彼は自分の右手に指を這わせウィンドウを出現させると何やら調べ始めた。

 ミカも状況が飲み込めず周囲をキョロキョロと眺める。暫く観察して気が付いたが幾つかある人だかりの中心には必ず女性型のアバがいた。

 その中心にいるアバたちはみな一様に綺麗な衣装を身に着けており、しかも素人目に見ても可愛いと言えるアバばかりだった。彼女たちは踊ったり、歌を披露したりと様々なことを行っている。

「これは一体……?」

「あっ! ここにもいるじゃ~ん! すみませーん!」

 声を掛けられ振り向くと二人組のアバがいた。一人はウサギの獣人が着物を羽織っているような姿でもう一人は目元の隠れた修道女のような姿をしている。

「え……私ですか?」

「そうだよ、キミキミぃ~! わっ! しかもバトルアバじゃん! リリー! レアだよ! レア!」

 ウサギ獣人アバが隣にいる修道女のアバへ嬉し気に話し掛ける。修道女のアバは驚いたような表情をしていた。

「え……珍しいね。アイドルアバはバトル普通はやらないのに……」

 如何にもテンション高めな喋り方のウサギ獣人アバと違って少々くぐもった喋り方をしている。修道女のアバはミカの方へ近付いてくると話し掛けてきた。

「……すみません。チェキ一枚……貰えませんか?」

「チェキ?」

「写真撮らせろって事だ、ミカ」

 いつの間にかブルーが直ぐ傍に来ていた。

「しゃ、写真?」

「そこの二人! どんなポーズが良い?」

 ブルーがそう問いかけると二人は顔を寄せ合って何やら相談を始める。

「――サービス良いじゃん、このアイドルアバ。ポーズ選ばせてくれるなんて――」

「――……軍人モチーフっぽいし……敬礼してもらお、かしちゃん……――」

 やがて意見が纏まったのかウサギ獣人のアバが威勢よく言った。

「それじゃ、右手を上げて敬礼を――」

「ダメ。それやるとこいつが大炎上しちゃうから」

 ブルーが両手をクロスさせて、速攻ダメ出しを行う。

「えー。じゃあ普通に敬礼で良いですーそれっぽい服装なのにケチめ」

 彼女は不満げな表情を浮かべていた。一体どんなポーズをさせるつもりだったのか……。ブルーがミカへと向き直り、指示をしてきた。

「ミカ。敬礼ポーズ取ってやれ。右手を頭にこう、だ」

 そう言ってブルーは右手を開いて、自分の頭に置いた。状況が良くわからなかったが一応それに従い、昔映画で見た敬礼ポーズを思い出しながらそれっぽい姿勢を取った。足をぴったりとくっつけ、背筋をピンと伸ばす。

「こ、こうですか?」

「おー! 良いじゃん! 良いじゃん!」

「……うん。ちょっとぎこちないのがまた良い……」

 その姿勢を見ていた二人のアバは嬉しそうにはしゃぐ。そのまま直立不動のミカの横に立つと同じように敬礼を行った。三人が並ぶのと同時に見覚えのある小さいウィンドウが前に出現した。そしてそのウィンドウが軽く発光した……――。




「つまり、私たちは偶然にもアイドルアバたちのイベントに紛れ込んでしまった、ということですか……?」

 ブルーとミカの二人は未だに大騒ぎの終わらないアイドルアバとそのファンたちから離れ、端っこのベンチに座り込んで肩身の狭い思いをしていた。

「そゆこと。いやーオレもまさかこんなイベやってるとは知らなんだ」

 ブルーは目の前のウィンドウに指を走らせながらそう答える。そこには【アバアイドル大集合! ファン歓喜の大交流祭!】とオレンジ色の文字で題された広告が載っていた。

「アバにもアイドルをやってる人たちがいたんですね」

「まぁちょっと可愛いデザインなだけで普通のアバと変わんねえ奴らだけどな。あぁ、あと歌とかも上手いのか?」

 妙にどうでも良さそうな感じでブルーが答える。色々とABAWORLDについて詳しい彼にしては妙に塩対応だった。

「……色々名前あるけどさっぱりわかんねえや」

 ブルーが興味無さげに広告から目を離し、ウィンドウを閉じる。その視線を広場へ向け、そこで未だに騒いでるアバたちへ向けた。

「自分で可愛いアバ使うならまだしも、それ見てるだけってのはオレには何が楽しいかわからん」

「ブルーさんはあまりアイドルとかは興味が無いんですか……?」

「無い」

「うっ……断言するんですね……」

 あまりにもストレートな否定に思わず狼狽えた。

「あの可愛いデザインでアババトル戦ったりするならオレも興味あるけどさ。普通アイドルアバはやらねえしな。デザイン凝ってるのに勿体ねえ」

「そう言えばさっきの私をアイドルアバと勘違いした二人も、バトルアバのアイドルは珍しいって言ってましたね。どうしてなんですか?」

「そりゃバトルアバは面倒だからな。スポンサーも必要だし、それにバトルアバの規約でバトル申請されたら絶対戦わなきゃいけないからアイドル活動と両立なんてやってらんねーよ」

「なるほど……アイドルって大変そうですもんね。ダンス練習したり歌の練習もありますし……」

「あと後輩虐めたり、ライバルのライブ邪魔したりな」

「…………なんかブルーさんってアイドルに対してすっごい偏向した印象持ってませんか?」

「そうか? 気のせいだと思うぜ?」

 そう答えたブルーの表情は何故かとても良い笑顔だった。その笑顔に気圧されたミカは少し引きつつ、この話を続けるのは危険と判断し、話を変えようとここへ来た本来の目的の話題を出した。

「そ、そう言えば姉さんの事を知っている人ってこのメトロポリスにいるんですよね? どうやって会うんでしょうか?」

「――あっ。そうだったな。忘れてたわ」

 ブルーが思い出したように手を叩き、直ぐにウィンドウを出すと操作し始めた。

「フレじゃねえから直接検索してメール送ろうと思ったけど……流石にこうアバの人数多いと検索も時間掛かるな」

「あっ。私にも検索方法教えてもらえますか? 同時にやった方が見つかるの早いでしょうし」

「それもそうだな」

 ブルーはミカへウィンドウを寄せ画面を見せてきた。ミカもそれに習い、ウィンドウを出して操作し始めた。

「検索ウィンドウ出したらそこに調べたいヤツの名前を入力するんだ。そうすりゃ自動的に周囲のアバ検索してくれるから」

 ブルーが横からウィンドウに指を差して教えてくれる。ミカは自分のウィンドウとブルーのウィンドウを見比べていた。

(あれ……こっちのウィンドウのにはブルーさんのウィンドウとは違う色の検索ボタンがある……)

 ブルーのウィンドウと違いこちらのウィンドウには赤色の検索ボタンがあった。気になりブルーへ尋ねる。

「ブルーさん。この赤いボタ――あっ」

 うっかり指がそのボタンに触れてしまった。ウィンドウに検索中の文字が表示される。ミカの声に自分のウィンドウへ視線を戻していたブルーが気が付く。ウィンドウに表示されている文字を見て慌てたように声を上げた。

「あっ! おバカ! そのボタンは周囲のバトルアバ探すヤツだぞ! 早くもう一回押してキャンセルしろ! 自動でバトル申請されちまう!」

「え!? そ、そんな機能が!?」

 ミカは急いでもう一度ボタンを押した。検索中の表示が消える。二人は周囲の様子を暫く伺ってから、顔を見合わせた。

「だ、大丈夫そうですね……」

「ふー……取り合えず近場にバトルアバはいなかったみたいだな。まぁ今日はアイドルアバのイベだしな。早々いねえ――」

 突如二人の周囲が明るく照らされる。スポットライトの光のような物が頭上から降り注いだ。

「え!? な、何!? なんですかこれ!?」

「この演出は……あぁ……そういや例外中の例外がいたな……アイドルアバにも」

 困惑するミカを余所にブルーが額に手を当てて困ったような表情をしている。この状態に心当たりがあるようだ。いつの間にか周囲のアバたちの視線もこちらへ移ってきている。スポットライトの下にいるミカたちに気が付いたようだ。

『モフモフ~!』

 広場全体に聞こえるような大きさで声が響く。元気な子供の掛け声のような明るさのある少女の声。周囲のアバやアイドルアバたちがその声のする方向へ振り向いていく。ミカとブルーも群衆たちが見つめる方向を見た。

『モフフ~! こんな大観衆の中で! 不遜にも! バトルを申し込んでくるその心意気! 嫌いじゃないしむしろ大好きモフ!』

 その声に反応して群衆が左右に割れていき、まるでモーゼの十戒のように道を開けていく。開いた道のその先にミカとブルーと同じようにスポットライトで照らされた一人のアバがいた。

 柔らかそうな金色のウェーブヘアー。頭にちょこんと乗せているピンクの帽子。側頭部から生える羊のように屈曲した白色の二本の角。ぱっちり開いた翠色の瞳に長いまつげ。薄いリップの乗った唇。童顔と言っても良い幼さの残る顔。着ている服は淡い桃色の柔らかい生地のコートでところどころに羊毛のようなファーが付いていた。まさにと言った印象の容姿だった。

 そのアバは歩く度にモフッという効果音が鳴り、何とも言えない足音を立てている。彼女が左右に分かれたアバたちの傍を通ると一斉に歓声が上がり、声を掛けられていた。

「うぉー! ゆーり~!!」「モフってくれ! モフってくれ!」「ラブラブ~!」

 彼女は掛けられる声へ律儀に応じ、ウィンクを返したり、可愛いポーズを取っていた。そうしながらもゆっくりとミカの前へと辿り着く。彼女は挙手でもするかのように右手を上げた。

 ポンッ。

 軽い音と共に彼女の右手にカラフルな模様のマイクが出現した。そしてマイクを自らの口元へ向ける。そしてたっぷりと溜めを入れながら彼女は自己紹介を始めた。

「――ゆーり~♥♥(ラブラブ)」

 彼女が自らの言葉に合わせて指でハートマークを作る。更に全身を見せつけるようにゆっくりとターンし始めた。柔らかい生地の服と各部に付いているファーが動きに合わせて揺れ、更に観衆から合いの手が一斉に入る。

『ラブラブー!』

「もふキュート♥(ハート)! モフモフ~!」

『モフモフー!』

 彼女の声と観衆の声に合わせてハート型の文字が周囲へ大量に出現し、風船のように空へ上がっていった。

「えっと……」

 呆気に取られて完全に固まるミカ。助けを求めるようにブルーの方へ視線を向けるといつの間にかログアウト用のウィンドウを自分だけ出現させ逃げようとしていた。慌ててその腕に縋りつきログアウトを止める。

「なに一人だけ逃げようとしてるんですか!! 見捨てないで下さいよ!」

「離せ、ミカ! オレはこういうのマジで無理なんだよ! 無理ぃ~! サブイボ立つわ!」

 言い争う二人を余所にゆーり~と名乗ったアバはミカへマイクを向けながら話しかけてきた。

「モフフ~! ゆーり~は【ゆーり~♥♥もふキュート♥】モフ! 今をときめくバトルアバアイドル! モフ! あなたのお名前を教えるモフ~?」

「あっ……私はミカです……しがないバトルアバです……」

 その独特な語尾に圧倒され、妙に卑屈な自己紹介を返すミカ。ブルーはその名前を聞いていた周囲のアバの何人かが「最近よくバトルやってるアバじゃん」「あぁ、あの派手派手バトルアバか……」と反応している。一方ゆーり~の方はミカの名前を聞いて嬉し気に続けた。

「こうして羊飼いのみんなが沢山集まってくれたお祭りで、とっても良い余興が出来そうで嬉しいモフ! みんなにバトルを見せられるのは嬉しい! モフ~!」

「それは……どうも……」

(これはうっかりミスでバトル申し込んだとは言えない空気だ……)

 これから始まるバトルを期待して段々と周囲のテンションが上がってくるのが分かる。今更間違いでしたとは絶対に言い出せない状態だった。しかしミカの心中に気が付かず、ゆーり~は妙に不敵な笑みを浮かべた。

「――但し!」

「え?」

 ゆーり~は勢いよくマイクをビシッとミカへ向けると宣言した。

「ゆーり~にバトルを挑んできた以上! あなたには負けた時には罰を受けてもらうモフ!」

「罰!? 何故!?」

「その方が盛り上がるから! モフ!」

「えぇ……」

 実際、周囲は明らかにさっきより盛り上がり始めている。アバたちからの歓声を受け止めながらゆーり~は罰を発表し始めた。

「このバトルに負けた場合! あなたにはアイドルデビューして貰います! モフモフ!」

「ア、アイドルデビュー!?」

 予想外過ぎる罰にミカは思わず声を上げてしまう。周囲のアバたちからも驚きの声が上がっていた。

「……おいおい。こりゃ負けられねえぞ、ミカ。大変だー」

 隣にいたブルーも半ば呆れつつそう言ってくる。完全に他人事と言った様子だった。

 一方、他人事ではいられないミカは言い渡された罰に戦々恐々としていた。アイドルデビューという意味不明な罰。

 自分が踊ったり、歌ったりする姿を想像してしまい、戦慄した。慌ててその罰を考え直させるためにゆーり~へ向けて自分の性別を伝えた。

「ま、待ってください! 私中身は男なんですよ! だからアイドルなんて出来ませんよ!?」

 状況的にかなりの爆弾発言の筈。それでも覚悟の上で伝えた。しかし周囲から予想したよりどよめきは起きなかった。ミカの言葉を聞いてゆーり~は不思議そうに首を傾げる。

「今の時代、中の人の性別なんてだーれも気にしないモフよ? この広場のアイドルアバちゃんたちにも何人かいるモフ~男の子。ね~?」

 ゆーり~の呼び掛けに反応して周囲のアイドルアバたちの何人かがポーズを決めている。見た目はどうみても女の子にしか見えないがまさかアレ全員男なのか……。決死の告白も通用せず絶望しているミカの肩に手が乗せられた。振り返るとブルーが諦めろと言わんばかりに首を振っている。

「頑張れよ。まぁお前がアイドルになっても応援はしてやるからさ。特別に」

「どうして負けること前提なんですか!! あっ――」

 無情にもミカの身体が光に包まれ始める。転送が始まったようだ。目の前のゆーり~も光に包まれ始めている。彼女は観衆へ向き直り一段と芝居がかった口調で言った。

「新時代のアイドルは歌って踊れて戦える! モフ!」

 周囲から一際大きく歓声が上がる。その歓声に包まれながら二人は戦いのライブステージへと移動していった。




【ABABATTLE スタンバイルーム】


 ≪あの羊野郎のスポンサーは【EiAi(エイアイ)プロダクション】。芸能事務所らしいな≫

 ブルーの言葉に合わせてミカの前に情報が次々に表示されていく。既に三度目となるスタンバイルーム。流石のミカも慣れており、その緑色に包まれた異空間でも特に動じなくなっていた。ミカは表示された情報に目を滑らせ、読んでいく。

「【ゆーり~♥♥もふキュート♥】……これがフルネームなんですね……」

 ≪こいつ……お前と同じ召喚タイプだな。ちと面倒だぞこりゃ。今回はお前がバトル申請したから戦うフィールドも選べねえしなぁ≫

「召喚って事は……私と同じように何かを呼び出してくるんですね」

 ≪こいつの情報、興味無かったからあんまり覚えてねえや……何呼び出すんだったか……≫

 そんなことを言っている間にスタンバイルーム内へアナウンスが流れ始めた。

『相手のバトル・アバがバトルフィールドを選択しました。フィールドは【虹彩のライブステージ☆】です』

「ライ?――うわっ!?」

 突如足元が揺れ、それと同時にミカの居た場所がゆっくりと上へとせり上がって行く。いつもと違う出撃方法に戸惑う暇もなく凄まじい明るさがミカの身体を包んだ。

 そこは今まで戦ってきたフィールドとは明らかに様相が異なっていた。綺麗に整えられた光り輝く床。かなり高い天井。そこへ大量に設置されたスポットライトから色んな種類の光が降り注いでいる。これはバトルフィールドというより……。

「ここは……ステージ……?」

 ミカの居る場所はステージの上だった。周囲からは自分を照らすように照明が設置されており、かなり眩しい。

 かなり異様なバトルフィールドだが、それ以上に今までと明らかに違っている要素があった。

「うわっ! ア、アバが一杯!!」

 ステージを囲むように観客席があり、そこに大勢のアバがいた。先程の広場にいたアイドルアバたちのファンたちがそっくりそのまま移動してきたのか百……いや千を超えるアバたちがいる。そのざわめきというか観客たちの声の圧力は凄まじくステージ上のミカの身体を震えさせた。

 ≪どうやらこのフィールドは観客映るタイプみたいだな。オレも初めてだわこんなに沢山アバに囲まれるの。大会とかは基本的に見えてるけど≫

 ブルーからの通信が来た。しかし大観衆からの圧力に圧倒されているミカは最早それどころではなかった。

「こ、こんなに沢山の人たちに見られながら戦うなんて! し、視線が! 声が!?」

 ≪落ち着け。八時の方向を見ろ≫

「は、八? あっ!」

 その方向へ目を向けると観客席の下に小さなボックス席があった。そこにブルーの姿があり、こちらへ向かって手を振っている。

 ≪見えるか? こっから見てるから安心しろ≫

「は、はい!」

 見慣れたその姿に少し安心し、落ち着きを取り戻すとミカは改めてフィールド全体を見回した。観客席ではアバたちが歓声を上げたり何かダンスのような物を集団で踊ったりとお祭り騒ぎとしか言い様の無い状態だった。そして彼らは皆一様に階下のステージへ向かってあの名前を呼び掛けていた。

『ゆーり~! ゆーり~! ゆーりぃ~!』

 彼らが呼び掛ける方向を見るとミカの真正面に同じようなステージが設置されている事に気が付いた。こちらと同じように大量の照明がステージ上へ降り注ぎ、その中心にバトルアバでアイドル……ゆーり~がいた。

 彼女は目を瞑り、マイクを胸の前で持ち、静かに何かを待っている。先程までの明るいテンションが嘘のように静かだった。周囲からの熱気さえ感じるような圧力なのに一切動じていない。明らかに場慣れしているその様子にミカは思わず息を呑んだ。

【EXTEND READY?】

 何時ものウィンドウがミカの前に表示された。それと同時に正面のステージ上のゆーり~が静かに目を開ける。そしてミカをその大きな瞳で見据えるとこちらへ向かってマイクを使い呼び掛けてきた。

「さぁ! 始めるモフよ! ゆーり~と! あなたのツインラァァイブ!! モフ!!」

『ウォォォォォォォ!!』

 ゆーり~の声に合わせて観客席から一斉に大歓声が起こる。フィールドが壊れんばかりの大歓声に思わずミカはたじろいだ。

 ≪やべぇなこりゃ。観客席は殆どあの羊毛女のファンか。超アウェイって感じだな≫

「……確かに……こ、これは今までに無くヤバイですね……」

 ≪……こういう状況って燃えるわ。俄然やる気出てきた。あのアイドルアバ、ファン共の目の前で焼き討ちしてジンギスカンにしてやろうぜ≫

 通信で聞こえるブルーの声がダルそうな声から一気にやる気全開の声に変わった。

(ホント……この人は……屈折してるというか何というか……でも――)

 ミカは内心呆れつつ、やる気を出してくれたことを素直に喜ぶ事にした。何せ今回は負けたら罰が待っている。勝たなければ事だ。流石にアイドルデビューだけはご遠慮したい。そんなこちらの心境を知らずにゆーり~はマイクパフォーマンスを続けていた。

「羊飼いのみんなー! 応援よろモフモフ~!!」

『ウォォォォォ!! 頑張れ―!!』『モフモフ~! ラブラブ~!』

 観客席から次々に応援の声がゆーり~へと掛けられていく。彼女はそれに手を振ったりして答えている。やがて一通り返礼を返すと再びミカへ向き直った。不適な笑みを浮かべながら問いかけてくる。

「モフフ~? 負けたらアイドルデビュー忘れてないモフよねぇ~?」

「うっ……拒否権は無いんですか……?」

「無いモフ!」

 断言するゆーり~。狼狽えるミカを余所に更に続けた。

「バトルアバのあなたがアイドルデビューしたらゆーり~の初後輩モフ! たぁぁっぷり! アイドル業界の恐ろしさを味合わせてあげる! モフ! 沢山可愛がってあげるから覚悟するモフ! 初ライブ邪魔したり! コンビニにパン買いに行かせたりしてやるモフ!」

「なんて事を……! ア、アイドルがそんな発言して良いんですか!」

 あまりにもアイドルらしくない発言に思わずミカが抗議する。しかし観客席のアバたちはその発言を別に気にしていないのか「またゆーり~の黒いとこが出たぞー」「あいつ時々黒いよな」と口々に漏らしていた。ゆーり~はミカからの抗議を不敵な笑みで受け止めるも無視し、黄色い声を張り上げた。

「会場のみんなのボルテージもマックスモフ! いっくモフよぉ~!!」

「くっ……! もうやるしかないですね……!」

 ミカも最早逃げ場は無い事を悟り、覚悟を決める。ステージ上で二人の声が同時に鳴り響いた。

「……エクステンド!」

「エクステンド~! モフモフ!」

 二人のエクステンドと同時に大歓声が轟音のようにフィールド全体を揺らした……――。




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