第7話『どうしてあたしの黒檜が……』

【某国 某所】

 

 薄暗い部屋の中で一人の人物が机に座ってPCを眺めていた。

 PC画面には英語の配信サイトが映っており、そこに動画が流れている。

 動画名は【ABABATTLE EPIC MOMENT】。

 そこには軍服を着た少女がこれまた巨大な物に乗りながら、敵へ向かって砲撃を行っている姿が場面ごとに編集されて流れている。

 所謂名場面総集編のような物であり、配信サイトの投稿動画では良くあるスタイルだった。

 しかしそれを見ていたは信じられないと言った様子で口元を押さえながら呟いた。

 「どうしてあたしの黒檜が……」





【ABAWORLD MINICITY HANKAGAIエリア  スナック『みっちゃん』店内】


 薄暗い店内。少し古い歌謡曲が流れるそこでミカとブルー、そしてドスコイ武蔵丸の三人はカウンターへ一緒に座っていた。

「つまり、試斬りならぬ試し斬られを頼まれたって事ですか?」

 ミカはドリンクを飲む仕草をしながら、武蔵丸に尋ねた。

「そうっス。その時は何時ものやられ役の仕事と思ったでゴワす……」

 スナック『みっちゃん』の椅子の上で狭そうに座る武蔵丸はその時の事を思い出すように語り始めた。

「そのバトルアバは恐ろしく強かったっス。そして……容赦が無かったっス。何度負けても許してくれなかったでゴワす……」

「あれ? 同じバトルアバとは一日一回までしか戦えないんじゃ……」

「多分、練習モードでやったんじゃねえか。あれなら一日に何度も出来る筈」

 『みっちゃん』の床に行儀悪く寝そべりながらブルーがスルメを齧りつつ口を出す。武蔵丸はそれに黙って頷いた。

「押忍……練習モードっス」

「結局何回くらい戦ったんですか?」

 武蔵丸は大きなその手で指を三本出す。ブルーがそれを見て呆れたように言った。

「三回くらいなら良いじゃん。獅子王のスパーとか二桁やるらしいし」

「違うでゴワす……三百回っス」

「さ、三百~!?」

 ミカとブルーの驚きの声が重なる。

「途中で止めようとしてもそのバトルアバは『契約したんだからちゃんと最後までやれ、戦士だろう』って言って許してくれなかったっス」

「そ、それで最終的にどうなったんですか……?」

「最後はこっちが気が付いたら気絶してたっス。現実の事務所のSVR用の椅子で眠り込んでて同僚に起こされたでゴワす……」

「それは……大変でしたね」

(姉さん……何やってんだ……)

「うぅ……! それから暫くはあのバトルアバの顔が夢に出てずっとうなされてたでゴワす……! その時のトラウマを払拭するためにも何時か……何時かリベンジしようと……うぅ……」

 嗚咽を漏らし始める武蔵丸。ブルーは寝そべっていた体勢から身を起こした。

「一応聞きたいんだけどさ。その時バトったアバとここにいるバトルアバと同じヤツ?」

 ブルーがミカを指差す。武蔵丸はミカをそのマスクから見える目でジッと見詰めた。

「……よく見たら違ったでゴワす。服装は似てるっス。でも、もっとこう……身体は豊かだったでゴワす。豊かで豊満で……バトルアバだけどグッと来る感じがしたっスね」

 武蔵丸は手で胸を抱えるように表現する。それを見て呆れながらもブルーが続けた。

「じゃあなんで間違えたんだよ」

「同じアカウントからのメールだったんでうっかり……早とちりだったみたいゴワす」

「こいつ事情あってあんたが戦ったっていうバトルアバの引き継いでてさ。ついでに前の中の人探してんの。前、戦った時のバトルアバの名前とか覚えてねえか?」

「名前でゴワすか……確か……」

 武蔵丸が記憶を辿り始める。

「あぁ! 思い出したでゴワす! ネネカという名前だったっス!」

「ぶふぉ!?」

 ミカが思わずドリンクを噴き出す。ブルーと武蔵丸はいきなり噴き出したミカに驚き軽く身を引いた。

「ど、どうしたんだよ急に。何か覚えのある名前だったのか?」 

 ブルーが心配したように声を掛けてくる。覚えがあるどころではない。どう考えても自分の姉、板寺寧々香いたでらねねか、その名前そのまんまだった。

「い、いえ大丈夫ですから!」

(姉さん、実名使ってんのかよ! 俺でさえ本名使わないようにしたのに!)

「大丈夫なら良いけどよ……けどこれで一歩前進だな。名前が分かればかなり調べやすくなる」

 ブルーは食べ掛けのスルメを放り投げて立ち上がった。放り投げられたスルメが床に落ちると光の粒子になって消えていく。

「武蔵丸さん。その……あー……誤解はあったみたいですけど……色々と情報ありがとうございます」

「押忍! こっちも間違えて悪かったでゴワす! 謝罪と言っては何でゴワすが、何時でも困った事あったらこれに連絡して欲しいっス」

 武蔵丸がウィンドウを出し操作する。ミカの方にフレンド登録のウィンドウが出現した。

「……はい! よろしくお願いしますね!」

 ミカは二つ返事でそのフレンド登録を承認する。図らずも激闘を繰り広げてしまった二人だったがそれが良かったのか、どこか通じ合うモノがあった。

 正面からぶつかり合った当人たちはここに友情(?)のようなモノが生まれていた。経緯はともかくとして。


「それでは達者で~っス~……――」

 ドスコイ武蔵丸はドスドスという足音を立てながら往来の向こうへと走り去って行った。

 ブルーとミカはそれを手を振って見送る。改めて二人は話始めた。

「凄い……まともな人でしたね。ちょっと早とちりなだけで」

「ま、バトルアバってスポンサーの看板背負ってるからな。早々ラフな奴はいねえよ――で、これからどうする?」

 ブルーに尋ねられてミカは少し逡巡する。武蔵丸のお陰で姉さんの使っていたアバの名前が分かった。でもそれ以上に姉さんがこの世界……ABAWORLDで生活していた足跡が残されていたのが嬉しい。今まで不透明だった姉さんの姿が少しだけ明らかになったような気がした。

「――……まだまだ姉さん探しをしますよ! 手掛かりをやっと手に入れましたからね!」

 元気よくそう意気込むミカを見てブルーは笑顔を笑みを漏らす。

「フッ……ま、オレとしてはお前の姉ちゃんが本当に実在したって事に割とビックリしたがな」

「……まだ信じていなかったんですね」

「信じる方がおかしいだろ。ネットでのお話は話半分に聞いとくのが常識だし。お前もオレの話を信じすぎんなよ~?」

「でも……――あれ?」

 その時、HANKAGAIの往来の向こうに特徴的な星型が見えた。あの姿は……。

「ブルーさんあそこにラッキー★ボーイさんがいますよ」

「あぁ? ホントだ。おーい爺さんー!」

 ブルーの呼び掛ける声にラッキー★ボーイが気が付いて振り向く。

「おぉ! ミ――」

「このぉぉぉぉぉ!!! (ピー)爺ぃぃぃぃー!」

「おぶぇぇ!?」

 突然、叫び声と共に何者かがラッキー★ボーイの横っ腹へ跳び蹴りを喰らわせた。

 ラッキー★ボーイはその蹴られた勢いでそのまま横っ跳びに吹っ飛んでいき、ミカとブルーの視界から瞬時に消滅する。何が起きたのかも分からず二人は呆然とそれを眺めていた。

「……え?」

「……爺さんが消えたぞ」

 未だに状況の理解出来ない二人を余所に何者かがこちらへ向かって来ていた。その手にラッキー★ボーイの星の先端部を掴んでズルズル引き摺りながら……。

 ミカとブルーの前まで歩み寄ると軽い感じで挨拶をしてきた。

「ハロー~」

 そのアバは一見すると少女のように見えた。しかし肌が灰色の金属質で構成されており、だが艶消しが施されているせいか金属特有の光沢は無い。

 口の無い顔に備え付けられた機械仕掛けの二つの目からは青い光が常に漏れ出しており、その人工的な色は工業品を連想させた。

 その機械の少女がミカへとその青い視線を向け、話し掛けてくる。

「キミがミカってバトルアバだよね?」

 女性の声だった。

「あの……そのラッキー★ボーイさんが、その……死に体ですけど……」

 既にラッキー★ボーイのアバは抵抗もせずなすがままにされていた。目に光も無い。機械の少女はそのモノ言わぬ身体には一瞥もくれず続けた。

「それは気にしないで。良いから答えて」

「うっ……そ、その私がミカですけど……」

 威圧感さえある少女の問答にミカは狼狽えながらも答えた。

「そう……」

 少女は引き摺っていたラッキー★ボーイをごみのように放り捨てるとミカへゆっくり近付き、そしてその身体に両腕を回してひしと抱きしめた。

「わっ!? え!? な、何!? なんだぁ!?」

「ありがとう……」

 予想外過ぎる行動に驚愕し戸惑うミカ。慌てて振り払おうとするも思ったより抱きしめる力が強くてその抱擁から逃れることが出来なかった。

「あー……何やってんだお前ら?」

「た、助けてぇ!」

 ブルーの呆れている声とミカの助けを求める声が重なった……。



【ABAWORLD MINICITY HANKAGAIエリア 『湯豆腐遊戯屋・AOBA』】


 

「デザイナー!?」

 ブルーとミカの驚愕する声が重なった。

「そ。あたしはバトルアバの諸々デザインやってるアバデザイナーの【M.moon(ム・ムーン)】。ムーンで良いわ。まぁデザイナーって言ってもまだエッグなんだけど……そこ。もう茹ってるわよ」

「あっ! は、はい!」

 【M.moon】と名乗った機械少女に指で指図されミカが慌てて鍋の中で揺れ動く豆腐へとうふすくいを差し込む。しかし焦ってしまったのか豆腐が崩れてしまった。崩れた豆腐から『MISS』の文字が表示される。悲し気に崩れた豆腐を自分の器に取るミカを見てブルーが呆れたように言った。

「お前は焦りすぎ。オレのように優雅なとうふすくいをしろ」

 そう言って見せたすくいには全く崩れず『PERFECT』の文字が表示されている豆腐がある。完璧な湯豆腐だった。その完璧な豆腐を青い瞳でどうでも良さそうに見つめながらムーンが声を出す。

「大体なんで鍋囲みながら話さなきゃいけないのよ」

「あのまま往来で抱き合ってたら目立ってしょうがねーだろ。ただでさえミカはバトルアバだから目立つってのに。何かのイベと勘違いされてみんなハグ求めてきてすげー面倒くせえ事になりかけてたぞ」

「別に良いじゃない。あんなの挨拶みたいなモノなんだし」

「……外国被れめ。しかしあんたが――」

 ブルーは完璧な出来の豆腐を自らの器に取りながら続ける。

「――アバデザイナーとはおったまげたね。あぁ……ミカはデザイナーの事知らんか」

「名前的に……アバのデザインをしている人ってのは想像付きますけど……」

 首を傾げているミカにムーンが鍋に豆腐を追加投入しながらブルーの代わりに答えた。

「アバデザイナーはね。依頼を受けてアバの3Dモデリングとかを作成する人たちの事。バトルアバの場合は武器とかのデザインも担当するのよ?」

「なるほど……」

「ムーンだっけ? あんた元々爺さんのPCショップで働いてたのか?」

「そう……店長――この星野郎のとこでね。ねー? 店長?」

 テーブルの端で存在を出来る限り消していたラッキー★ボーイが話を振られ、ビクッと身体を震わせる。左右に目を泳がせ明らかに動揺していた。ムーンからの咎めるような視線に気圧されるように話始めた。

「み――ムーンちゃんはワシの店で去年くらいまで働いてたんじゃ。い、良い店員じゃったで? 真面目やし、お客さんにも親切やったし……」

 そう褒めるラッキー★ボーイをムーンはその青い瞳で見据えている。表情が無い筈のアバだったが何故か目が笑ってないように見えるのが不思議だ。

「あら。褒めてくれてありがとう、店長。ま、渡米のための資金貯めるために働いてたけど、色々融通して貰ったりで実際感謝は……しているわね。で、お店で働きながらデビューした時用の売り込み作品の試作品作ってデルフォに登録したりしてたの。で! も! ね!」

「ひゃい!?」

 ズイッとミカの方へムーンが寄ってくる。青い瞳が赤色に変わり発光した。

「こいつあたしが資金貯めてやっと渡米する時なんて言ったと思う!? 『ミズキちゃんがデザイナーとして有名になったら残していったパワー・ノードを店頭に非売品として飾るんじゃ! ウチの店に天才デザイナーがいたんだぞって自慢出来るからな! だから安心して置いていってええぞ。しっかり保存しておくから』って! ええ! あたしは感動したわよ! その時はね!」

 激昂するムーンを余所にブルーが合点が行ったように頷く。

「ハハァ……そして預けていった大事な大事なパワー・ノードを勝手に爺さんがミカにインスコしちまった……と」

 ムーンが乗り上げた身体を戻し、目も青色に戻る。そして呆れ気味に両手を上げた。

「そ。しかも草野球で勝つためになんてふざけた理由で、ね……」

「うっ……何かその……すみませんでした……」

 自分にも一因があると判断したミカはムーンへ謝罪を行う。

「別にあなたは良いわ。知らなかったことだろうしね。それに――」

 ムーンが自分の腕に指を這わせ、操作を行った。テーブルの上にウィンドウが出現し、何か動画が流れ始める。

「あっ……これもしかして私ですか!?」

 その動画にはミカの姿が映っていた。黒檜の上で指揮を行っている姿が様々な角度から流れている。ブルーとラッキー★ボーイも同じように動画を覗き込んだ。

「おーもうミカのバトル、動画サイトで上げられてるんだな。お前のバトルは無駄に派手だから目立つなーやっぱり」

「おぉ! ミカちゃんの大暴れじゃな!」

 ムーンは動画内で暴れているミカの姿に指を這わせていく。段々と指を下方向へなぞっていきそこにいる黒檜を指で突いた。

「あたしの【黒檜くろべ】が、あたしの与り知らぬ所で、アババトルに参加しているのだもの。そりゃあ驚いたわ。というか頭抱えたわね。あたしこれでもバトルアバデザイナーに憧れて? 態々アメリカまで行ってモデルデザインの勉強してたのよ?

これから企業に売り出しして、さぁデビューだ! と意気込んでたのに……」

 ムーンが項垂れて自嘲気味に漏らす。

「ふふっ……夢叶っちゃったぁ……あはは……あたしの作った黒檜があんなに生き生きと敵へ砲弾ぶち込んで……夢みたい……」

 鍋を囲んだ四人の間に何とも言えない空気が流れていく。ブルーとミカも顔を見合わせ、反応に困っていた。鍋で煮込まれ過ぎた豆腐から次々に『MISS』の文字の表示される。

「ワ、ワシはそろそろ老人会出んとあかんから後はよろしく!」

 場の空気が湿り出したことを感じてラッキー★ボーイがその場からパッと消え去った。ログアウトして逃げたらしい。

「あっ! ラッキー★ボーイさん!?」

「放っておいて良いわよ。店長には後できっちり落とし前付けるから」

「お、落とし前……?」

「おいおい暴力は感心しねーぞ。東京湾にでも沈めるくらいにしとけよ」

 ブルーの過激な発言に青い瞳を点滅させてムーンが応じる。

「……流石にそこまでしないわよ。結構恐ろしい発想するわね、あんた……パワー・ノード代請求しておくだけよ。さて――」

 ムーンは改めてミカの方へ向き直ると再びその瞳で真っすぐ見据えてくる。大きな機械仕掛けの青い瞳はミカの上から下まできっちり全てを見透かしてくるようだった。

「動画で見たときも思ったけどモデリングがやっぱり良いわね……」

「ぐぇっ!?」

 ムーンの金属質な手がミカの頬を掴む。伸ばし、引っ張り、撫でる。遠慮も何も無い容赦ない触り方だった。

「肌がきめ細かいし、色もよろしい。触感の設定パラもグッド。服飾も良いデータ使ってるわ。これデルフォのアセット一覧に生地データあったかしら……?」

「ふぇえふえ~」

 容赦の無いチェックに晒され、頬を引っ張られる。ミカは声にならない声でブルーへと助けを求める。しかし自分にはどうにもならないと言った様子で彼は崩れた湯豆腐を鍋から作業へと戻っていた。

「諦めろ、ミカ。デザイナーなんてみんなそんなもんだ。受け入れろ」

「あら? あたしとしてはあんたもチェックしておきたいけどね。自動人形オートマータ型アバは珍しいし」

「勘弁してくれ。オレは公式のアセット流用してるだけだ」

「ふふっ。ま、あんたは後回しってところね――ホント男性が使うには勿体ない出来の女型アバ……」

「ふぇ!?」

「へー分かんのか。そいつの中身男って」

 突然性別を看破され驚くミカ。その横でブルーが豆腐を次々に自分の器に移しながら意外と言った様子で目線をムーンへ向けた。

「流石に卵とは言えデザイナーだしモーション見てれば分かるわ。女型と男型じゃ骨格の設計からして違うから動きに影響かなり出るのよ。あんたみたいな中性型ならどっちかわかんないけど」

「わぷっ!? か、顔が伸びた……」

「伸びるわけないでしょ、3Dモデリングなんだから。取り合えず本体の方のチェックは終わったわ――本題に入りましょうか」

「本題?」

の事よ。あの子は……未完成なの」

「そりゃそうだろうな。召喚モンス以外武装無しの召喚タイプ、パワー・ノードなんて聞いたことねえし」

 ブルーが鍋で揺れる豆腐をすくいで突きながら当然と言った様子で漏らす。その言葉にムーンは顔を俯かせながら頷いた。

「……まさか置いていったパワー・ノードが勝手に使われるなんて思ってなかったのよ。帰国したら仕上げようと考えてたし……」

 またムーンがダウナー気味に陥り始めたのを察し、ブルーが話を進める。

「ま、まぁ未完成はともかく制作者のあんたが態々ミカに会いに来たって事は何か目的があってのことなんだろ?」

「当然よ。あたしはね。例え素性の分からないバトルアバだろうと自分の作ったパワー・ノードが使って貰えるなら構わないわ。ラッキーは活かすべきって考えてるから。でも――」

 ムーンがビシッとミカへ向けて指を突き付ける。

「未完成品を使われるのは我慢ならないのよ! 生煮えの人参食わせる料理人がいないように、完成させるまではあたしも一枚、いや二枚は噛ませて貰うわ! ってことで――」

 ムーンが指をパチッと鳴らす。それと同時に三人がどこかへと転送された。




「――ぐげっ!」

 ビターンッ!

 ミカが空中から床へ叩き付けられ、全身を打ち付ける。それを尻目にブルーとムーンは静かに転送後の着地を終えていた。床で伸びるミカを見てムーンが青い瞳を点滅させる。

「……何やってんの?」

「気にすんな。いつものことだから」

「うっ……ここは……」

 ミカが顔を上げるとそこは見覚えのある薄緑色の部屋だった。でも前にブルーから案内された部屋と少し様相が異なっている。

 部屋内には沢山の箱や、人型のマネキン、大小様々な銃器、如何にも物騒な刀剣類。沢山の武器が並べられている。

「凄い……武器が一杯だ……」

「ここはバトルアバのアームズパワー・ノードを試すためのお・へ・や。あっ。並んでる武器はあたしが趣味と実益で置いてるだけだから気にしないでね」

「うひょー! こりゃテンション上がるわ! おりゃー! ――ぐはっー!」

 ブルーがいつの間にか一本の長く巨大な剣を握って振り回して遊んでいる。自分の身長より大きいそれに振り回され、床に転がって楽しそうにしていた。

(……めっちゃ楽しそうだな)

「混ざりたいなら混ざっても良いわよ?」

「い、いえ……結構です……」

「まぁミカくんにはあんなお飾りの玩具じゃなくてちゃんとしたを用意してあげたわ。遊ぶならそっちでね。【カテゴリーバトルアバ。武器ラック表示】!」

 ムーンの言葉と同時にミカとムーンの周囲へ巨大な兵器の群れが展開されていく。巨大な飛行機のような物、重装甲の車両、ヒトが持つにはあまりに大きすぎる重火器たち……その威圧感に圧倒され言葉を失ってしまう。

「これがミカちゃんへインストールされたパワー・ノードが使用出来る武器――」

「こ、これを私が全部!?」

「――の予定」

「え?」

 周囲へ展開されていた兵器群が一斉に引っ込み一気に片付けられていく。あっという間に元の無味乾燥な部屋に戻っていた。いや一個だけ残っている物があった。簡素なラックが一つだけミカの前に置かれている。そこには一丁の……長い木製の銃が懸架されていた。

「実はね……ここら辺まだ作成途中な上、デルフォニウムからの使用許可が降りて無いのよ……今使えるのは、これ」

 ムーンがラックから銃を取り外し、ミカへ手渡してくる。それを受け取るとしげしげと眺めた。

 銃身全体が木製で構成されていてどことなく古めかしい。驚くべきはその銃身の長さだ。縦に構えるとミカの身長に迫る全長だった。

 その全長からそれなり以上に重さがあるが、不快な重さではない。高級な工芸品特有の頼りになる重さ……というべきか。

「何かすっごい……その……長い銃ですね」

「【三式六号歩兵銃さんしきろくごうほへいじゅう】……タイプ的には突撃銃に近い分類ね。今はこれだけ申請が終わってるの」

「何だよその……骨董品通り越して化石みてーな銃は……?」

 いつの間にかブルーが傍に来ており、ミカの持っている銃を訝し気に眺めている。

「ミカくん、それ構えてみて。この図を参考に」

 ムーンが両手をパンッと叩くと大き目のウィンドウが出現し、そこに絵で銃の構え方が表されていた。

「ええと……こう……ですかね」

 図を参考に銃を両手で構えるミカ。軍人を思わせる服装と相まってそれなりに様になっていた。

「よし。あれを撃ってみなさい。一度息吸って一呼吸入れると良いわよ。そうすると安定するわ」

 ムーンが右手を掲げると30メートルほど先に丸い的のような物が出現した。ミカは銃に備え付けられたアイアンサイト越しにその的を覗き込む。息を一度軽く吸い、引き金を引いた。

 軽い音と共に銃口から弾丸が放たれる。亜音速で放たれた弾丸は即座に的へ一つの穴を穿った。

「おぉ。ど真ん中じゃん。やるぅ」

「命中補正あるとは言え初射撃、しかもスタンディングで当てるとは結構やるわね……」

 ブルーが手を叩き賞賛した。ミカは次弾を放つためにもう一度引き金を引く。

 カチッ。

「あれ?」

 引き金を引いたのに弾が出ず、ミカは銃を改めた。困惑しているミカにムーンが指図する。

「ミカくん。ダメよ、ちゃんとボルト操作して、排莢しないと」

「は?」

 ムーンの言葉にブルーが信じられないような物を見るような目でミカの持っている銃を二度見する。

「……まさかと思うけどこれボルトアクション式なのか……?」

「そうよ? 因みに装弾数は五発。弾頭のダメージは狙撃銃並みに設定されてるわ。はい、ミカくん、次の図へ注目」

 悪びれもせずに答えながら次の図をウィンドウに出現させるムーンにブルーは絶句していた。その間にミカは図を見て操作を確認する。

「えっと……ボルトを引っ張って――」

 再び図を参考に銃の側面へ備え付けられたボルトレバーを掴んで引き下ろし排莢を行い、次弾を装填していく。かなり面倒な手順で手間取ってしまう。

 ミカが戸惑いながらも銃の操作と格闘しているとブルーがムーンへ喰ってかかっていく。

「おい! なんでこんな化石みてーな武器なんだよ! 今時、ボルトアクション方式って正気の沙汰じゃねーだろ! 200年近く前の装弾システムだぞ!?」

「あら? 未だに精密射撃には使われてるシステムよ。信頼性抜群だし」

「アババトル用の武器なんだからそんな無駄リアル性要らんだろ! 自動装填で良いじゃねえかよ!」

「甘いわね。リアルさは重要よ。特にショー的側面が強いアババトルではね。それにこの銃はオプションで拡張性あるから……古めかしいけどかなり使えるわよ?」

「だからって限度あるわ!」

「あっ……! 出来た! 出来ました! よっと……」

 言い争う二人を余所にミカは装填を終わらせ、嬉しそうに銃を再び構える。アイアンサイトを覗き込み的を視界に納め、引き金を引く。

 ルーム内へ乾いた発砲音が響いた……。






 

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