第9話『地球騎士! ガイア・ブレード!』


【BATTLE ABA MIKA EXTEND】

『タクティカルグローブ、セット――タクティカルイヤー、セット――タクティカルシッポ、セット――』

 ミカの身体が光に包まれ、犬耳と尻尾が生える。更に両手へ分厚いアーミーグローブが装着された。エクステンドという変身を終え、ミカは気合を入れるようにそのグローブを力強く握りこんだ。

【BATTLE ABA YURI EXTEND】

 ゆーり~の身体もミカと同じように光がその身体を包む。衣服に付けられたファーがモコッと膨らみ更にモフモフ感を演出している。彼女はエクステンドを終えるとクルッとターンを行い全身を観客たちへ見せつける。

『EXTEND OK BATTLE――START!』

 二人のエクステンドを確認し、バトル開始のアナウンスがステージ上へ鳴り響いた。直ぐにブルーがミカへ指示を伝える。

 ≪ミカ! アレの出番だ! 速攻ぶち込め!≫

「はい! 武装召喚!」

 ミカの声に応じてその手に長い銃が呼び出される。ムーンが用意してくれた【三式六号歩兵銃】だ。練習通りに素早く両手で構えるとアイアンサイトを覗き込み、ゆーり~をその照準で捉える。確実に命中させるために頭部ではなく胴体へと狙いを定めた。

 しかし彼女は不敵な笑みを浮かべて銃を構えるこちらを見ている。

「……っ!」

 ミカはその表情に一抹の不安を覚えつつも照準を終え、即座に発砲した。軽い発砲音と共に弾丸が銃口から発射され、ゆーり~へと向かっていく。

「モフ! ライブ中のアイドルは~!」

 ゆーり~の身体がどこからか降り注いだスポットライトの黄色い光で照らされた。更に薄いシャボン玉のような半透明の膜が彼女の全身を包んだ。

「御触り厳禁モフ~!」

 キィィン!

 甲高い音を立ててミカの放った弾丸がその膜に弾かれる。予想外過ぎる結果に思わず驚きの声を上げるミカ。

「弾かれた!?」

 ≪偏向フィールドか! ありゃ一定ダメージ受けるまで攻撃を無効化するヤツだ!≫

「そんなものまであるんですか!?」

 ブルーの説明を聞きつつミカは急いで銃のボルトを操作し空薬莢を排莢し、次弾を装填し始める。

 ヒューンッ。

「ん……? うぇ!?」

 突如フィールドへ観客席から何かが投げ込まれた。それはチャリーンという場違いな音を立てながらゆーり~の足元へ転がっていく。金色に光るそれは……コインだった。

「お、お金? ――うわっ!?」

 チャリーン! チャリーン! チャリン! チャリン!

 次々にフィールドへコインが投げ込まれゆーり~の足元へ転がっていく。彼女はそれを受けて笑顔で観客席へ礼を言い始めた。

「みんなー! ありがとモフー! ありがとモフモフきゅ~ん♥」

 困惑しているミカにブルーが通信で解説してくれる。

 ≪これハイチャリティって言って観客がバトルアバに投げ銭渡せる機能なんだよ≫

「観劇とかのお捻りみたいなのですかね……?」

 ≪ま、それだな。多分あっちが有効にしてたらお前も受け取れる筈。ほれ≫

 チャリーン。

 ミカの足元へ銅色のコインが転がってきた。それを拾い上げると【100円】の文字が書いてあるのが見える。

 ≪今オレがお前に投げ銭入れてやったぞ。感謝しろ≫

「あ、ありがとう御座います……」

 ゆーり~は一しきり周囲への礼を終えると再びマイクを構える。

「さぁ! みんな! 一曲目始めるモフ~! ノッていくモフよ~?」

『モフモフ~!』

 ゆーり~が観客席へ呼び掛けると観客たちは一斉に合いの手を返した。それを受けて彼女はマイクを口元へ持っていき口を開いた。

「【モフれば幸せ? ラブれば幸せ!】 スタート!」

 その声に合わせて突如、フィールド内へ音楽が流れ始める。どことなくポップで明るい曲だった。更に大きな文字でフィールド上に【モフれば幸せ? ラブれば幸せ!】という曲名が表示される。

「え、なんですかこれ……」

 困惑するミカを嘲笑うようにゆーり~はその曲に合わせて何とステージ上で歌唱を始めた。

『不思議なモフモフに~♪ 身を任せれば~♪』

 観客たちはゆーり~が歌い始めるとどこから取り出したのか一斉にサイリウムを掲げており、それを振り始める。観客席でピンクの光が次々に点滅し、鮮やかにフィールドを染めた。しかしミカはそれどころではなかった。

「歌ぁ!? なんか歌い始めましたよ、あの人!」

 ≪不味いな。ゆーり~が歌い始めたらヤツのパワーリソースがかなりの勢いで溜まりだした。そういう効果があるらしい。あの歌止めないと召喚モンス次々に呼ばれちまうぞ≫

「そ、それってかなりヤバイんじゃ!? なら仕掛けないと……!」

 ミカは銃を構え、再び射撃を行おうとした。既に次弾の発射準備は終わっており発砲が可能。躊躇う理由などなかった。

『今日からあなたも~♪ 幸せ?』

『モフモフ~!』

 ゆーり~の歌に合いの手を合わせる観客。彼女は狙いを付けているミカに気が付き、それを邪魔せんと言わんばかりに自身の召喚を行い始めた。

「おっと! それ以上の御触りはご遠慮お願いするモフ! 召喚! 【モフモフ軍団ちゃん】! ゆーり~を守ってね!」

 ゆーり~の召喚の呼び声と共に彼女の足元へ魔法陣のような物が現れる。そしてそこから何かが大量に溢れ出した。溢れ出したものを見てミカは驚愕する。

「ひ、羊ぃ!?」

『モフ~モフ~もふ~モフ~もふ~』

 魔法陣から現れたのは丸っこいフォルムをしたデフォルメされた羊……独特な鳴き声と共にフィールド内へ何頭ものモフッとした羊たちが現れた。それらはフィールドを浮遊しながらフワフワと漂っている。まるで風船だ。

 ミカは周囲を漂う羊たちに気を散らされながらもアイアンサイトで再び狙いを定め直し、ゆーり~へ向けて発砲した。しかし……。

『モフッ』

 一頭の羊がフワフワッとゆーり~の前へ庇うように現れた。羊にゆーり~へ向けた弾丸が直撃し、それと同時に大量の羊毛が羊の身体から吹き出し、羊本体はポンッと軽い音を立てて消えた。

 しかし吹き出した羊毛が次々に新しい羊へと形を変えていく。一瞬で羊が増殖した。他の羊たちもゆーり~の前へと集まりだす。まるで壁、羊壁だった。

「これじゃ切りが無――……あっ!」

 再装填を行っている間に気が付けばミカの周囲にもワラワラと羊たちが集まってきている。ミカはもう一度羊へ向けて発砲した。だが先程と同じように一体を倒しても直ぐにその数倍の数へ増えていく。更に羊たちは吸い寄せられるようにミカの身体にも纏わりついた。

 羊毛特有のフワフワモフモフを全身で堪能してしまい、動きが段々上手く取れなくなっていった。

『モフ~モフ~モフモフ~もふ~』

「モ、モフモフが! 身体にぃ!?」

『飛び交う羊さんたち~♪ 躱して可愛くして♪』

 羊たちに絡まれ身動きが取れないミカ。一方ゆーり~の方は身体を左右に振ってダンスさえ交えながら楽し気に歌唱を続けていく。

『会いに~♪ 来て♥ きゅんっ♥』

『モフモフ~!』

「こんなん! どうしろって言うんですかー!」

 ゆーり~の歌と観客たちの合いの手を横にミカは必死に銃床で羊たちを振り払いながら絶叫する。しかし幾ら振り払おうと羊たちは次々に纏わりついてきた……。



「ありゃーミカ見えなくなっちまった……」

 オペレータールーム内でブルーは一人呟く。視界の先には羊たちに纏わりつかれにっちもさっちも行かなくなっているミカが映っている。見る間に羊たちはミカの小柄な身体を覆い隠し、羊の塊の中へと消した。

「何か対策しようにもまだパワーリソースが足りねえ……困ったぞこりゃ」

 ブルーの目の前に表示されている情報ウィンドウからはミカのパワーリソースが不十分である事が告げられている。一方ゆーり~の方は順調にパワーが貯まっており、このままだとあちらが先にを召喚してくるのは明らかだった。

『ゆーり~に? 有利な! 遊離したいなら~♪』

 ゆーり~は羊に飲み込まれたミカを尻目に相変わらずステージ上で歌唱を続けている。本体は偏向フィールドで守り、あの羊たちで防御と相手への妨害を行い、その間にパワーリソースを貯蓄する。中々堅実かつ安定した戦い方だ。ブルーは関心しながら一人得心していた。

「結構やるなぁアイツ――ん?」

 その時、誰かからの連絡を知らせる通知音が鳴った。自分の腕を見るとそこには【M.moon】の名前が表示されている。文面には「なんで負けてんのよ! どうにかしなさい!」と簡潔に書かれていた。

「ちょうど良い。制作者様にご教授願うか。今回のバトルフィールドの仕様なら外野ここに呼べるし」

 直ぐにムーンへリンクを飛ばした。直ぐにオペレータールームに誰かが転送されてくる。だが予想したより大勢が転送されきた。トラのヌイグルミのようなアバ、星型のアバ、そしてメカ少女と言った様子のアバ。ムーンたち三人がそこにいた。

「って爺さんたちもいたのかよ」

「おぉ? おぉ! こんなプレミア席みたいなのあったんじゃな!」

「なんか今日は観客席に凄い数のアバおるな……どうしたんじゃ……」

 ラッキー★ボーイはウキウキした様子でオペレータールームから身を乗り出しフィールドを眺めている。一方トラさんの方は大観衆に圧倒されていた。そんな中ムーンがフィールド上で苦戦しているミカの姿を見てブルーへ喰ってかかってくる。

「ちょっと! なんでミカくんあんな山羊に苦戦してるのよ! さっさとあたしの黒檜くろべ出して吹っ飛ばしなさい!」

「無茶言うなよ。こっちはまだ黒檜呼べるほどパワーリソース貯まって無いんだぞ。あとあれ羊だろ」

「どっちでも良いわよ! もう!」

 ムーンはブルーから再びフィールドへ目を向ける。数秒ジッと飛んでいる羊たちをその青い瞳で見つめる。

「……遠距離攻撃に耐性あるタイプの召喚獣……なら――」

 何かを思いついたのかムーンはフィールドで悶えているミカへ向けて大声で呼び掛けた。

「ミカくーん!! オプションのバヨネットを使って―!!! そいつらは斬撃が有効よー!!」




「モゴ……ム、ムーンさん……?」

 羊たちに飲み込まれたミカの耳に辛うじてムーンの声が届く。一瞬何故ムーンの声がと考えたがそれよりもその声で武器のオプションを思い出す。ミカは何とか手放さずに保持していた銃を動かし、自分の方へ近づける。そして言った。

「――銃剣バヨネット……着剣!」

 銃の先端、銃口部に短刀のような物が装着される。ミカは銃剣の装着された銃を動かし一番近場の羊の身体へ何とか突き刺した。風船に針を刺した時のような感覚と共に刃先が羊毛を突き抜ける。

『もふー』

 やる気の無さそうな鳴き声と共に羊が破裂して消滅した。今度は増えなかった。

「モゴゴ……これなら! でりゃああああ!!」

 気合の雄叫びと共にミカは銃剣を周囲の羊たちに連続して突き立てる。ポンポンと軽い音が連続し、周囲の羊が消滅していった。消滅した羊たちの隙間に身体を潜り込ませ、何とか外へ身体を出した。

「ぶはっ!」

 久しぶりの羊毛混じりではない新鮮な空気にたっぷりと息を吸い込む。そのまま内部の羊をブーツで蹴り飛ばしながら外へ転げ出た。

「ひっぷし!! ――はっ!? 状況は!?」

 転がり出た勢いでステージに身体が叩き付けられるミカ。直ぐに立ち上がり周囲の状況を確かめる。

「いつでも~♪ モフモフ!」

『ラブラブ! モフモフ!』

『ラブラブ~♪ モフモフきゅ~ん?』

 ゆーり~は不適を笑みを浮かべ、歌唱を続けながらステージ上よりミカを見ていた。如何にもここまで来てみろと挑発的な視線を向けている。その視線を受け止めるようにミカは銃を両手に握りなおすと銃剣を槍のように構え直した。するとブルーから慌てたような通信が入る。

 ≪ミカ! 相手はもうパワーリソースが貯まるぞ! 本体への攻撃は間に合わねえ。先に周囲の羊を排除してこっちもパワー稼げ!≫

「はい!」

 ブルーの通信に応じて近場の羊たちを次々に銃剣で薙ぎ払い始める。

『もふー』『モフ―』『もふもふ~』

「チェストオオオオオ!」

 やる気の無い悲鳴と共にフィールドを漂っていた羊たちが数を減らしていく。ミカは残った羊たちにも銃剣突撃を仕掛け少しずつゆーり~のステージへ近付いて行った。しかし彼女の方も楽曲が佳境へと入ろうとしている。

『ゆーり~♪』

『ラブラブ!』

『もふ! キュート♪ きゅん♥』

『ワァアアアアアア!』

 観客席へ向けて歌いながらハートマークを投げつけるゆーり~。それに興奮して観客たちのボルテージが上がって行く。フィールドは既に中も外も激しくヒートアップしていた。

『モフってあなたに! ラッキーを届ける♪ モフ!』

 目元でピースをしながらゆーり~がポーズを決めて歌い切る。同時にフィールド内へ流れていた曲も停止した。観客席から一気に拍手が起こり、彼女は満足そうに手を振って応じる。ミカの方も羊を排除し終え、銃を構えなおそうとしていた。

「みんなー! ありがとうー! それじゃー二曲目いっくモフモフ~!」

 ゆーり~は改めてミカへ向き直ってきた。マイクを構えると高らかに二曲目の曲名を宣言した。

「次はみんな大好きタイアップの曲モフ! 【久遠の大地にて】! いっきまぁーす! モフ!」

 その宣言と同時にフィールド内へ今までの曲とは明らかに曲調の違う楽曲が流れ始める。激しいギター演奏のイントロだった。先程の曲と同じようにフィールドへ楽曲名が表示された。ミカはそれを見上げながら一体何が起きるかと身構える……。



「おいおい。随分今までとノリ違う曲だな。なんだこれ?」

 ブルーがオペレータールーム内で首を傾げながらその楽曲に聞き耳を立てる。かなり昔風のイントロだった。しかしトラさんとラッキー☆ボーイの方はこの曲を知っているようだった。

「おぉ? この曲なんか聞いたことあるぞ! 知ってるぞワシ! これ! なぁ大吉! これ知っとるよな?」

「ワシも覚えがあるなぁ……確か昔のアニメの曲だったような……」

 何か得心の行っている二人を余所にムーンも首を傾げている。

「これ……何かあたしも聞いたことあるわね……何かゲームで聞いたような……?」

 ブルーは三人を取り合えずスルーして通信でミカへと注意を促そうとした。既にゆーり~のパワーリソースはマックスまで貯まっている。間違いなくを呼び出すつもりだ。

「あぁ!! 思い出した!!」

「うぉ!? どうした!?」

 突然声を上げるムーンにぶったまげるブルー。ムーンは非常に慌てた様子でフィールドのミカを大声で呼び掛けた。

「ガイアブレードよ! ガイア! ブレード! ミカくんガイアブレードが来るわ!」

 二人の老人もその名前を聞いて同時に両手を叩く。

「おぉ! そうじゃ! これオープニングじゃわ!」

「ワシらがガキの頃やってたヤツじゃな!」

 トラさんとラッキー★ボーイが顔を見合わせながら同時に言った。

『【地球騎士ちきゅうきしガイア・ブレード】!』




「……私たちの地球を守る……孤独な騎士……」

 ステージ上のゆーり~が今までのふわっとした喋り方から静かな喋り方へガラッと変わり、口上を述べ始める。それに合わせて彼女の足元へ魔法陣が現れ始めた。魔法陣には青い地球が映っている。

「地球から与えられしその力……今、星を穢す者へ! 下されん! パワーリソース全投入! 大! 召! 喚! 【地球騎士ガイア・ブレード】! モフ!」

 ゆーり~の言葉と同時に魔法陣から緑色の閃光が溢れ出した。フィールド内で流れるギターの音も激しさを増していく。その閃光の中からゆっくりと人型の何かが現れた。

 それは一見すると機械のようにも見える白色の鋼鉄の鎧を全身に纏い、顔さえも仮面に隠されて機械のような光を放っていた。仮面の上からは表情さえも伺えず、しかしその目線からはどこか悲し気な雰囲気を纏わせている。身体は見事なまでの逆三角形の体型。軽くミカの三倍はありそうな体躯からは凄まじい威圧感が放たれていた。

 その機械なのか人間なのか判別の出来ないはゆっくりとゆーり~の前に進む。歩く度に機械を思わせる重苦しい足音がした。騎士は彼女を庇うように立つと真っすぐミカを見据え自らの名前を名乗る。

『地球騎士! ガイア・ブレード!』

『うぉぉぉぉ!!』

「しゃ、喋ったぁ!?」

 ≪なーるほど。これ昔のアニメとタイアップしてたってことか≫

 その名乗りに観客席から一斉に大歓声が巻き起こった。困惑するミカを余所にブルーは一人納得する。同時にゆーり~もマイクを再び構え歌い始めた。

『砕け散った 大地へ一人~♪』

『ブレェェェド!! ランスゥゥゥ!』

 ゆーり~の歌唱と共にガイア・ブレードは叫びながら右手を掲げる。その手に巨大なランスが現れ、それをクルクルと高速で回転させながらガイアブレードはミカへと向けて構えた。完全に呆気に取られていたミカにブルーの通信が届く。

 ≪おい! 何ボケてんだ! あのデカイロボット攻撃してくるぞ!!≫

「はっ!?」

『ウォォォォォ! オレの地球を穢させはしない!』

 慌てて我に返るミカ。しかし既にガイアブレードは巨大なランスの先端をミカへ向けながら突撃してきていた。

(回避は間に合わない……! 防御するしか……!)

 ミカは咄嗟に銃剣の剣先をランスの穂先へ合わせ、受け止める。金属同士の衝突により凄まじい火花が散る。しかし圧倒的なガイアブレードの突進力と元々の武器の攻撃力の差によって、銃剣は一瞬で砕け散った。

「うわぁぁああああ!?」

 突進を受け止めきれずミカの身体が後方へとぶっ飛ばされる。そのまま元居た自分のステージ上まで弾き飛ばされ、思いっきり身体をフィールドの壁に叩き付けられた。

『アームパルスガン!!』

 前へと突き出されたガイアブレードの左腕に二連装の銃口が現れ、そこから壁へ磔にされているミカへ向けて追撃と言わんばかりに弾丸が次々に放たれる。

「くっ……!」

『歩み進める 久遠の 一人♪』

 ゆーり~の歌声がステージに響き続ける。ミカは壁から身体を剥がすとそのまま床へ倒れ込むように腹ばいになった。頭上を弾丸が通り過ぎ、次々に壁へと突き刺さっていく。

 ミカは腹ばいのまま銃を構えるとアイアンサイトを覗き込み、ガイアブレードへ狙いを定める。即座に引き金を引いた。

 弾丸は高速で飛翔し騎士の鎧の胸部分に直撃し、その装甲を一部分弾き飛ばす。鎧に穴が開きそこから緑色の液体が漏れ出した。しかし騎士はその傷にさえ全く動じず再びミカへ向かってランスを下向きに構える。

『ガイア……! スラァァァッシュ!!』

 ガイアブレードはランスを地面を抉るように床へ叩き付け、衝撃波のような物が発生させた。その衝撃波が押し寄せる波のようにミカへと向かってくる。

「あぶなっ!」

 ミカは回避しようと伏せたまま横へ転がって回避を行った。しかし間に合わず床に伏せたまま衝撃波をまともに受ける。

「グァッ!?」

 痛みの代わりに全身を熱風が当たったような感覚が襲う。ヘルスが急激に減ったことによって警告のウィンドウがミカの視界へ表示された。だがもう一つウィンドウが出現していることにも気が付く。

 ≪ミカ! こっちもパワーリソースが貯まった。行けるぞ!≫

「……は、はい……パワーリソース全投入! だ、大召喚!」

 ブルーからの通信を受け、うつ伏せの状態のままミカは叫んだ。その言葉に応じて身体の下に魔法陣が現れる。

「来て下さい! 一式重蒸気動陸上要塞ヘビースチームランドフォートレス黒檜くろべ】!」

『守るべき地球ほしさえも 砕きながら――モフ!?」

 ゆーり~がステージ上を突如包んだ水蒸気に怯み、声を上げる。観客席からもどよめきが起こった。対称的にオペレータールーム内の老人たちとムーンは歓声を上げた。

「来た! 来たぞ! 大吉! ミカちゃんのデカイヤツじゃ!」

「大艦巨砲主義の時間じゃあああああ!!」

「あたしの黒檜! あたしの! 待っていたわよ!」

「うるせー……」

 大騒ぎを始める三人を余所にブルーは煩そうに耳を塞ぐ。だがブルーはフィールドを見ながら今回ばかりは少々の不安を覚えていた。

 そこには黒鉄の大要塞、黒檜がフィールド全体を揺らしながら出現し始め、その威容を見せ付けている。だが相対するゆーり~は未だ不敵な笑みを崩さず、マイクを握りなおしていた。その前に【地球騎士 ガイア・ブレード】も守るように立っていた。

「黒檜は強力だけど相手の召喚モンスもフルパワーリソースで呼んだヤツだ……そう簡単に行かねえぞ」

 ブルーの不安を余所にいつの間にか黒檜の甲板上へ転送されていたミカは真っすぐ眼下のゆーり~とガイアブレードを視線で捉え叫んだ。

「行きますよ! ゆーり~さん! お覚悟を! あとアイドルデビューは勘弁してください!」

 ミカの言葉にゆーり~もマイクを構えて反論する。

「モフー! それだけは譲らんモフ! 後輩としてデビューしてもらうモフ! 実はバトルアバのアイドルっていないから一人で寂しかったモフ! 事務所からも普通のアイドルアバの方が良いんじゃない? って言われてるけど――ゆーり~は負けないモフ!」

(うっ……知りたくもない情報を……つらつらと……)

 ミカはその無駄に生々しい告白に少し狼狽える。

 ≪落ち着けよ、どうせ泣き落としだぜ≫

「そ、そうですかね……? ええい! もうそう言うことで!」

 ブルーからの言葉に気を取り直しミカは改めて右手を振り翳した。そして黒檜へ指示を伝えようとする。

「黒檜! 目標――うわっ!?」

 チャリーン! チャリーン!

 突如ミカの足元へ向かって金色のコインが投げ込まれる。甲板上に幾つものコインが転がっていった。同じようにゆーり~の足元にもコインが次々と投げ込まれている。どうやら観客席のアバたちが投げ入れているようだった。

 ≪あー……お前にもハイチャリティが……ファン出来てるみたいだな。良かったな≫

「そ、それは嬉しいですけど……やり辛いなぁ……」

「おっと! ハイチャ受け取ったらお礼するのが礼儀モフ! ちゃんと観客席の方へお礼して! モフ!」

「え? そ、そうなんですか!? あっ、そのありがとう御座います!」

 ゆーり~に促され慌てて観客席へ向けてペコペコとお辞儀を返した。客席のアバたちから「頑張れよー」「そっちも応援してまーす!」と次々に声が掛けられる。応援されるなど初めてのことだったので、あんまり悪い気分ではなかった。ミカは一応教えてもらったゆーり~にも礼を言う。

「すみません、ゆーり~さん。教えて頂いて……」

「気にすんな! モフ! 後輩の面倒を見るのは先輩の務めモフ!」

「ありがとう御座います!」

 ≪……おい。完全に乗せられてるぞ≫

「――はっ!?」

 ブルーからの呆れた声に自分がすっかり流されていたことに気が付くミカ。慌てて黒檜に指示を出した。

「く、黒檜! 目標! 【ゆーり~♥♥もふキュート♥】! 一番二番、砲門開け! 俯角十二度!」

 黒檜の二門の36サンチ単装砲塔が轟音を立てながら駆動し、ステージ上のゆーり~へ狙いを定めていく。

「モフ! そうは行かないモフよ! お願い! ガイアブレード!」

『トゥアッ!』

『――振り翳す その槍は 誰が為に~♪』

 ゆーり~が歌唱を再開するのと同時にガイアブレードは大きく跳躍した。黒檜の正面で滞空しながら叫ぶ。

『サイオニックゥゥゥゥ! ミサァァァァイル!!』

 ガイア・ブレードの背中から無数の赤い光弾が撃ち出されていく。それは一度扇状に広がってから一斉に黒檜とミカに向かって高速で飛来し始めた。

「……っ! 黒檜! 近接防御起動! 自動迎撃開始!」

 ミカの声に応じて黒檜に備え付けられた複数の近接防御兵器が一斉に駆動した。ガトリング機構によって生じる連続発射により、20ミリメートルタングステン弾が一本の線のように繋がって発射される。

 ブゥゥゥゥゥゥンッ!

 放たれた弾丸は飛来するミサイルを正確に捉え、撃ち抜いていった。黒檜の周囲で次々に爆風が起こり、甲板上のミカの身体を揺らす。屈みこみ爆風から身を守りながらミカは叫び、右手を降ろした。

「――っ撃ぇ!!」

 砲門から二発の砲弾が放たれ甲板上を衝撃波が包む。だがゆーり~向かう弾丸を黒い影が捉えた。

『ブレェェェェドォォォ! ラァァァァンスッ!』

 ガイアブレードが全身を軋ませながらランスを振りかぶり、砲弾へと一閃する。両断された砲弾が一瞬の間を置いて大爆発した。

「砲弾をき、切り払ったッ!? うわっ!?」

 空中で炸裂した砲弾によって発生した大爆発が黒檜の巨体すら揺らす。

 ≪防がれたな。しかしあちらさんも相当被害受けてるぜ≫

 ブルーの声でミカが顔を上げる。空中にガイアブレードがいた。しかしその姿は砲弾の爆発を直近で受けたせいか無残としか言い様の無い状態だった。鎧の至る所が焦げ付き、細かなひび割れがある。ひび割れた装甲の隙間から微かな黒煙と緑色の体液が漏れ出していた。しかしその満身創痍な状態でも闘志は衰えていないのか仮面の下の真っ赤に燃えた瞳がミカを見据える。

『オレは守る……例え孤独であろうとも! ファイヤァァァァァァア!! トルネェェェェドォォォォ!!』

『地球騎士 久遠の大地にて 独り~♪』

 雄叫びと共にガイアブレードの全身が赤色に輝き、光を放つ。全身から焔が吹き出し騎士自身を火球と化した。

『ウォォォォォォォオオオオオ!!』

「黒檜! き、近接防――わぁああああ!?」

 燃え盛る火の玉と化したガイアブレードは雄叫びと共に超高速で黒檜へ突撃してくる。あまりの速度にミカが防御指示を出そうとするも間に合わず、その火球が黒檜の前部装甲を削り、貫き、溶解させた。

 そのまま火球は黒檜の側面を兵器群を巻き込みながらぶち抜いていく。ミカの目の前に損害を知らせるウィンドウが次々に表示されていった。

「こ、このままじゃ……!」

 ≪ミカッ! あのロボ往復してくるぞ! 止めねえと今度こそ黒檜がぶっ壊れる!≫

 ミカが背後を振り返ると黒檜を貫通していったあの火の玉が旋回して返ってくるのが見えた。

『戦い終われば 救いあると信じ~♪』

(不味い……! 黒檜の背部には武装が少ない! 今から迎撃は無理だ……なら!)

「黒檜ぇ! 右方向へ超進地旋回!!」

 黒檜の右履帯と左履帯がそれぞれ逆方向へ急駆動し、巨体がその場で右方向へと回転を始める。ガリガリとステージが履帯によって削られ見るも無残な痕跡が付いた。黒檜は迫る火球へ右側面を晒す形になる。

「【近接補助起動】! 右腕ライトアーム展開!」

 ミカは自身の右腕に半透明の一回り大きい腕を纏い、それを迫る火球へ向けた。連動して黒檜の右側面から巨腕が迫り出す。ミカが手を開くと巨腕の先に備え付けられた三本の鋭利なクローが開き、突撃してくるを待ち構えた。

『リタァァァァン!! トルネェェェドォォォ!!』

「黒檜! 受け止めてくれっ!」

 三本のクローが火球と化したガイアブレードを掴み込んだ。一気に掴んだその手の内から火炎が吹き出し周囲を真っ赤に染める。クロ―の柔らかい外装部分が溶け出し、赤熱した液体となって階下のステージへ降り注いだ。

「くっ……!」

 連動しているミカの掌にも凄まじい熱が伝わる。だが今離すわけにはいかない。必死に耐えながら空いている左手で右腕を支えた。

 やがて焔の勢いが収まり、火球が消えていく。そこにクロ―へ鷲掴みにされたガイアブレードが姿を現した。三本のクロ―に身体を羽交い絞めにされ叫びを上げる。

『グァァァァ!!』

 ≪ミカ! 絶対に離すなよ! 右腕はコラテラルダメージとして諦めろ!≫

「……わ、分かってます……! 【目視照準】!」

 ミカの右目に赤色レンズの片眼鏡が装着される。そのまま右腕部で掴んだガイアブレードの姿を捉えた。

『敵を穿つ その槍は 誰が為に~♪』

「三番発射口……展開!」

 黒檜の後部、その甲板上で巨体に埋め込まれる形で存在している四角いの二つの蓋の内の一つががゆっくりと開いた。

 内部には空洞が広がり、奥の方に巨大な円筒形の物体がある。赤く染まった右目の視界の中で緑色の四角い枠がガイアブレードの身体を囲っていった。

 ビィーッ!!

 けたたましい警告音と共にその枠が完全に騎士の身体を捉える。それと同時にミカは叫んだ。

「垂直式大型誘導墳進弾……発射ぁ!!」

 黒檜の後部の大型墳進弾発射口から大量の煙が吹き出す。連動して発射口からゆっくりと巨大な墳進弾の弾頭が迫り出す。ミカの身体ほどもある大きさの巨大墳進弾はそのまま黒檜の背部から空へとゆっくり上昇していく。それは照明弾のように光跡を残しながら空へと昇った。

(……垂直式は威力はあるけど落下までタイムラグがある……でもそれまで耐えて右腕部ごと吹き飛ばすしか……!)

 だがミカの思惑を妨げるように掴んでいたガイアブレードに動きがあった。

『例えこの身砕けようとも……!』

『WOO GAIABLADE LONELY KNIGHT……』

『――リパルサー! オォン!』

「なっ!?」

 ガイア・ブレードの叫びとゆーり~の寂しげな歌声と共に両肩の装甲が吹き飛ぶ。吹き飛んだ装甲の下に丸い発射口のような物が幾つかあり、そこから緑色の如何にも危険な光が溢れ出した……。




「あっ! あかんあかんあかん! ミカちゃんそのままやとあかんぞ!」 

 オペレータールームで何かに気が付いたトラさんが騒ぎ出す。同じようにラッキー★ボーイもフィールドのミカへと呼び掛けた。

「最終話で使った技使う気じゃあああ!! 早う逃げえぇぇ!!」

「ちょっと! 何が起きるって言うのよ!」

 状況が理解出来ず困惑するムーン。一方そのただならぬ様子に危機を察し、ブルーは急いでミカに危険を伝えようとしていた。

「おい! そいつをすぐどっかへぶん投げろ! 何かしてく――」

 突如フィールド全体が一瞬無音になる。何事かとブルーが顔を上げフィールドを見た時には既に緑色の閃光がフィールドを覆い隠していた。




『サイオニックゥゥゥゥゥゥ!!』

「こ、これは!!」

 ガイアブレードの叫びと共に甲板上にも緑色の閃光が溢れ出す。流石のミカも危険を感じ、自身の右腕を振り翳すと黒檜の右腕に掴んでいたそれを遠くへ放ろうとした。だが最早手遅れであり、ガイアブレードのエネルギーは臨界へと達している。

『リパルサァァァァァ!! キャァァァァノォォォォォンッ!!』

 最早叫びというより絶叫と化したその声と共にガイアブレードの全身から緑色の閃光が幾つも瞬いた。その瞬間今まで溢れていた様々な音が全て消え去り、無音が訪れる。閃光は黒檜の巨体、そしてミカの身体を飲み込もうとしていた。

 だが爆縮が始まるその瞬間、黒檜のカメラアイがミカの姿を捉える。主の命令を待たずに黒檜は行動を起こしていた。

(黒――)

 ミカが反応する間も無く身体が光に包まれ、その身体が黒檜から遠く離れたステージ後方へと転送される。転送の勢いのままステージ上へ叩き付けられ、全身を打ち付けたミカは衝撃で立ち上がることも出来ずに横たわったまま、視線を先程まで自分がいた位置へと向けた。

 そこでは緑色の閃光の中で黒檜の巨体が地面から浮き上がるのが見えた。そしてそれは来た。 

 一際輝くような閃光と共に今まで経験したことの無いような大爆発が発生し、衝撃波と共にステージ中央が崩壊していく。爆風はミカの居る位置まで届き、凄まじい暴風となってその身体を襲った。

 何とか吹き飛ばされないように地面へ身体全体を押し付け踏ん張り耐える。それはいつ終わるかもわからぬ破壊の連鎖。それでもミカは必死に耐え続け、爆心地の遥か向こう、ゆーり~の立っているステージを右目の赤い視界に収めた。

 この破壊力、間違いなく黒檜は完全に破壊されてしまっている。だけどまだ黒檜の残したがあるからだ。最早目を開くことさえ困難な状況でも諦めずゆーり~の姿を捉え続けた。空へと撃ち上げたままのを導くために……。

『WOO WOO GAIABLADE LONELY NIGHT……』

 ゆーり~が静かに歌い切り、マイクを口元からゆっくりと離す。彼女の曲が終わるのと同時に観客席から少しずつ拍手が起きていった。だがその拍手を彼女は右手を上げて制する。

「まだバトルは終わってないモフー! 拍手は早いモフよー!」

 そう言ってフィールドの真ん中を指差す。そこは綺麗に丸く削り取られたようにクレーターが出来ており、ガイアブレードの姿も、黒檜の巨体も、そのどちらも影も形も無かった。

 だがミカはいた。ちょうどゆーり~のステージと相対するように向かい側のステージ。そこで爆発の余波でボロボロになった身体を無理矢理動かし寝そべったまま三式六号歩兵銃を構えようとしている。緩慢な動きだが、確実に狙いを定めていた。

「諦めないその心意気! グッドモフ! その姿勢に敬意を表してきっちり最後まで全力! モフ! 召喚! 【突撃モフモフちゃん】!」

 ゆーり~の言葉に応じて一頭の厳つい顔をした羊が傍に現れる。それは鼻息荒く角を振り回し、向こうに見えるミカを威嚇している。彼女はマイクを向け、その羊へと指示をしようとした。

「とつげ――」

「ゆーり~! 上だー! 上ー!」「早く逃げろー!!」「落ちてきてるぞ!!」

 しかしそんなゆーり~に何かに気が付いた観客たちが一斉に声を掛ける。観客たちの言葉に釣られ彼女は視線を上へ向けた。

「上……? モフ!?」

 ゆーり~の遥か頭上。ステージの真上。そこに一つの光点があった。巨大な円筒形の物体。それは黒檜から放たれ、今まで上空で待機していた垂直式大型誘導墳進弾だった。

 既に目標への再ロックオンを済ませた誘導弾は上空で少しずつ修正を行っている。弾頭の先端に付いた黒檜と同じ赤い瞳のカメラアイが、驚愕の表情を浮かべているゆーり~の姿を捉えると同時に最後の推進剤へ点火がなされた。

 ブースターから提供される爆発的な推進力によって一気に超音速まで加速し、目標へと突き進む。

「モ、モフー!?」

 悲鳴を上げその場から逃げ出そうとするゆーり~。だが既に逃げ切れる距離では無かった。大型誘導弾の弾頭が彼女の張っている偏向フィールドへ触れる。瞬時に大爆発が発生し、ステージ上を爆炎が包んだ。

『モッフー!!』

 爆炎に巻き込まれ、先程呼び出された羊が出番も無く消滅していく。更にガラスが割れるような音と共にゆーり~を守っていた最後の砦とも言える偏向フィールドが砕け散った。

 許容できるダメージを超えたせいだ。だが偏向フィールドを破壊してもまだ余力のある爆風は熱波となり彼女自身を襲った。

「うぎゃ―!!! あっちぃー! モフー!!」

(……大事なのは呼吸……)

 ミカはムーンから最初の時に指導された事を思い出し、一度軽く息を吸う。そして照準を熱で悶えるゆーり~に合わせ、うつ伏せの状態のまま引き金を引いた。

 パンっという軽い音がバトルフィールドに響く。銃口から放たれた弾丸は出来たばかりのクレーターを越え、ステージ上で未だに悶えている目標へと向かっていく。そしてゆーり~のモフっとした頭部へと吸い込まれるように命中した。

 ゴンッ!

「――ぎにゃんっ!」

 頭部に弾丸の直撃を受けたゆーり~は短い悲鳴を上げながら、身体が大きく仰け反らせる。そのまま勢い良く頭からひっくり返りながら倒れ込むと、ステージの上でゴロゴロと転がり、やがて……完全にその動きを停止させた。

(確実にやるなら……もう一射)

 ミカはステージ上で横たわっているゆーり~を視界から外さず、もう一度射撃を行うためにボルトを操作し次弾を装填し始めていた。しかしそれをブルーの声が止める。

 ≪もう大丈夫だ――お前の勝ち≫

「え……? あっ……」

【ABABATTLE WIN MIKA CONGRATULATION】

 いつの間にかミカの勝利を知らせるウィンドウが目の前に表示されていた。

 ≪死体撃ちは荒れるから止めとけよー≫

「す、すみません……集中してたみたいで気が付きませんでした……」

 ≪謝んなくても良いだろ。まだ脳みそ戦ってるみたいだしさ。実際激闘って感じだったからしょうがねえわ≫

 ミカは銃を杖にしてヨロヨロと立ち上がる。今回のバトルは本当に何というか……疲れた。ただ不思議な事に充実感もまた感じていた。

 毎回毎回死にそうな(仮想現実でそれもおかしいけど)目に合っているのに楽しさのような物もある。まぁ今回は今までと違って勝たないと不味い事になっていたからかもしれないけど……。

 不意に声が聞こえた。

「モフきゅぅ~」

 すっかり破片やら弾痕やらで汚れ切っているステージ上でゆーり~は変な声を出しながら仰向けに伸びている。ミカは彼女へフラフラと近付くと一応、声を掛けた。

「あー……ゆーり~さん? だ、大丈夫ですか……?」

「――……モフ?」

 ゆーり~がパチリと片目を開く。ミカを視界に捉えるとすかさずウィンクをぱちりと決めてきた。そのまま勢いよくガバっと身を起こす。

「うわっ!?」

 突然の目覚めに驚くミカ。ゆーり~は驚いて固まっているミカの右手をガシっと掴む。そのまま引っ張り自分の方へ引き寄せてきた。

 柔らかくモフっとした身体の一部分がミカの腕に押し付けられる。それは仮想現実とは言え少女らしい柔らかな触感が限りなく再現されており、ミカは思わず赤面してしまった。

「ちょ、ちょっと……!」

「みんなー! アババトルは楽しんでくれたモフー?」

 観客席へゆーり~が呼び掛ける。観客のアバたちから一斉に大歓声が起き、それに答えた。ゆーり~は満足そうにうんうん頷きながら掴んだままのミカの右手を天高く掲げた。

「刺激的で! 楽しい! バトルを! たっぷり提供してくれたミカくんにも沢山の拍手と歓声をお願いしますモフ~!」

『わあああああああ!!』

「あっ、えっ私は……」

 四方八方から送られる大歓声と拍手に困惑しているミカにゆーり~が小声で囁く。

「――……ちゃんと笑顔した方が良いモフよ? しょっぱいお顔してるとフォーラムで晒されちゃうモフ♥」

「晒――えぇ!?」

「――ほら! 笑顔笑顔! モフモフ!」

 ミカはぎこちないながらも笑顔を何とか作る。隣のゆーり~を真似て観客席へと手を振っていた。その間もフィールド内は歓声と次々投げ込まれるコインで非常に騒がしかった……。




「あーあー……顔真っ赤にしちゃって……絶対DTだなアイツ」

 オペレータールーム内でブルーはゆーり~に未だ絡まれているミカを見ていた。横を見れば老人二人がミカの勝利を自分の事のように飛び上がって喜んでいる。更にトラさんが万札をハイチャしようとしているのを見てラッキー★ボーイがそれを止めていた。

「ん……?」

 ふとムーンを見る。彼女はジッとフィールドをその青い大きな瞳で見つめている。ただでさえ表情の分からないデザインのアバだが今は特に何を考えているか分からない。

「どうしたメカ女? ムスッとして。もしかしてあたしのちゃんがぶっ壊されて! って怒ってんのか?」

「……別にそんなことは考えてないわ。バトルに出ればどれほど美しく、完璧に、作り上げた武器や召喚獣でも、傷付いたり壊れたりする。それは当然よ。むしろあたしの黒檜はちゃんとご主人様を守って仕事もきっちり出来てて感動したわ。ミカくんも全力で頑張ってたし文句なんて……とても、ね」

「じゃあなんでそーんな微妙な顔してんの?」

「……あたしって本当のバトルは何一つ知らなかったんだなって……」

 ムーンはオペレータールームからフィールドへと顔を出す。

「そりゃバトル自体は何度も見た事あるわ。でも……こうして自分の知っている人が、自分の作った物で……戦って傷付いて傷付けてるの見て……キューッと来たわね。ハートに」

 ムーンは右手を上げると人差し指を光った。それを空中に這わせ、ハートを描く。それを見てブルーは腕を組んで笑った。

「ハハッ。アババトルは普通のアバからしたら見てて楽しい、ちょっと過激なショー……だけどやってる奴らからしたら仮想現実とは言え、切って、刺して、撃って、ぶっ飛ばして……――ガチの傷付け合いだよ。そしてそれを中に生の人間が入ってやってるわけ。あんた知らなかったのか?」

「ええ。その通りだわ。あたしは知らなかったのよ……多分今までのあたしは戦ってるバトルアバたちの事を。NPCか何かと思っていたのかもしれないわ。メディアでスポーツ選手を見るのと同じ……知っていても本当にあたしの世界に存在してるわけじゃなかったのね」

「……それで? 新人バトルアバデザイナー様はこれからどーしたいわけ。ホントのバトルってヤツを知ったみたいだけど」  

 ブルーの言葉にムーンは何も言わずフィールドを見つめる。その視線の先には未だにゆーり~に弄られまごついているミカがいた。

 それを見てバトルアバデザイナー【M.moon】の青い瞳が一瞬だけ揺れた……――。


 








  

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