第3話『代打、ミカ!』

【ABAWORLD MINICITY PLAYエリア アバレジャーランド】


 ヒュードスンッ!

「わぷっ!?」

 いきなり空中から現れたミカは着地に失敗し、思わず尻餅をついてしまった。

「痛てて……あぁ、痛くは無いんだった……」

 当然仮想空間なので痛みは無い。何時まで経っても慣れない。痛くは無いはずなんだがどうも毎回そんな気になってしまう。まだ脳が勘違いしているのかもしれない。被りを振って意識をはっきりさせると何とか立ち上がって周囲を見渡した。

「おぉ……小さい遊園地みたいだ。レジャーランドって名前付いているだけはありますね」

 煌びやかな光が溢れ、様々な音が周囲から流れ聞こえてくる。色々なアバたちが様々なゲームを遊んでおり、中々賑やかな所だった。

「ブルーさん……ここで待ってろって連絡くれたけど……いないのかな」

 周囲をキョロキョロと見回すもここへ自分を呼び出したブルーの姿は見当たらず、待ちぼうけを喰らったも同然だった。

 前回やっとこさログアウト(ゲームから出る事をそう言うらしい。ブルーさんから教えてもらった)してから既に二日ほど経過していた。それから色々とこちらでの生活(現実での)の準備があってABAWORLDから離れていたのだ。

「まさかあんないきなりワープ(?)するなんて……」

 やっと時間が出来てログイン(これもブルーさんに教えてもらった)するといきなりブルーから連絡があり、ここ【アバレジャーランド】に来いと言われた。そして言われるがままに送られてきた【リンク】という文字列をタッチするといきなりここへ転送されてしまったのだ。

「あんな方法で移動出来るって本当に未来感あるなぁ……」

 技術的には未来も減ったくれも無く、昔からある伝統的な手法であり、プレイヤーの座標を移動させているだけなのだが、そこら辺に疎いミカには全く分かっていなかった。

「おーい、ミカ! こっちだよ、こっち」

 聞き慣れた声に振り向くとそこにブルーの姿がある。こちらへ向かって手を振っていた。

「あっ! ブルーさん!」

「待たせて悪かったな。そんじゃ行くぞ」

「わっ!?」

 そう言ってブルーはこちらの手を掴み強引に引っ張り始める。いきなりの事で動揺してしまったミカは抵抗出来ずにそのままなすがままに連れられてしまった。

「え、えぇ!? ど、どこに行くんですか!?」

「あんたにについて教えてやるって言っただろ! ほらっ! もう始まっちゃってるんだからさ!」

 そのまま手を引かれ、何か巨大なスクリーンの前へと連れて行かれる。その前には人だかりが出来ており何かを見て盛り上がっていた。二人は人だかりから少し離れた位置で立ち止まりスクリーンへと視線を移す。スクリーンからは連続して激しい閃光や銃声のような音が聞こえてきていた。

「これは……一体……なんですか?」

「これが【アバ・バトル】だ。ちょうど今日、チルチルとデバスの公開戦あるって聞いてたからな。まだ終わってなくて良かったわ」

「ア……アババトル?」

「バトルアバ同士の戦いをそう言うんだ。普通のアバから見たらショーみたいなもんなんだけどさ。あの頭に蝙蝠みたいな翼生えて、ヒラヒラした服着てる奴が『チルチル・さくら』。なんかロボっぽくてゴツイ方が『デバス・ギーガー』。どっちも有名なバトルアバだよ」

 確かにスクリーンの向こうでは可愛らしい服を着た少女と見るからに強そうなロボットが激しい戦いを繰り広げている。砂漠のような場所で戦っており、少女は剣のような物を振るい、ロボットの方はそれを受け止めながら絶え間ない銃撃を行っていた。

 傍目にも激しい戦闘の応酬が続いていてその戦いの凄まじさが伺える。二人のアバが何かする度にスクリーンを見ている観客もどよめきを上げて興奮した様子だった。

「スクリーンの下の方に表示されてるマーク見てみろ」

「マーク……?」

 スクリーンの下部分には色々と情報が表示されていた。あれが戦いの状況を知らせてくれているのかもしれない。その情報欄の所に見覚えのある【ロゴ】があった。

「あれ……もしかしてあのロゴってお菓子とか売ってる会社の……?」

「そうだ。製菓会社の【香坂製菓こうさかせいか】だよ。チルチルのスポンサーやってるとこ」

「香坂――……あぁ!! そう言えばあっちの女の子の方はコマーシャルで見、見た事ありますよ! 確かチョコの!」

 思い出した。お菓子のコマーシャルで彼女を見た事がある。というかそこのお菓子を買ったことがあった。彼女がパキっとチョコ割って食べる妙にセクシーなコマーシャル。子供の時とかに姉さんとテレビを見ながら良く目にしていた。まさかABAWORLDのアバだったとは……。

「デバスの方はあんまりコマーシャルとかやる会社じゃないから知らんだろうけど、あっちは【藤平重機工業ふじひらじゅうきこうぎょう】がスポンサーだ」

「あっ、そっちも知ってます。建設重機とか工業用強化外骨格インダスエクソスケルトン売ってるとこですよね」

「詳しいな、おい。まぁ、とにかくあれが奴らのスポンサー。バトルアバは基本的に企業とかの看板背負って戦ってるわけ。戦いながらスポンサーの宣伝をしてんだよ」

「野球チームの親会社みたいなものですか……?」

「大体そんなもん。で、だ。野球チームと同じで一般人が野球選手にそんな簡単になれないように、バトルアバも普通のアバが簡単になれるもんじゃない」

「え? そうなんですか!?」

 意外だった。仮想現実という事でてっきりABAWORLD内の要素として誰でも使える物だと考えていた。驚くこちらを余所にブルーは続けた。

「バトルアバは普通のアバと違って使用するのに、ABAWORLDの開発会社【デルフォニウム】への申請が必要なのさ」

「申請……」

「で、その申請はある程度の規模の企業からしか受け付けて無い。だから一般人は手が出ない」

 ブルーは再びスクリーンの向こうで戦いを続けている二人を指差した。

「あいつらは企業スポンサーに雇われた、バトルアバ専門のプレイヤー。戦う広告塔ってわけ」

「なるほど…………アレ? 若しかして……」

 そこまで聞いてミカは自分の異常さに気が付いた。当然ながら自分にスポンサーなど付いていない。このアバ自体は姉さんが使っていた物だけど、そんな話聞いたことが無かった。そもそもABAWORLDをプレイしていた事も知らなかったのだけど。

「私が……スポンサー無しなのって、変なんですか……?」

「滅茶苦茶、変。野良バトルアバなんて聞いたことねえよ」

「の、野良……」

「普通、バトルアバって企業が自分たちの広告用にモデリングとかして使うんだぜ? 専用のお高いボーンに専用のこれまたお高いプログラム入れてさ。それを――」

 ※ボーン 3Dモデリングなどで基本となる骨格のような物。

 ブルーはミカへ向かって真っすぐ指差してくる。ブルーの人形のような指がミカの眼前に突きつけられた。

「あんたは何故か、スポンサー無しで使ってるんだ。しかも何も知らずにな」

「わ、私は……」

 ウォォォォォ!

 その時、スクリーンを見ている観衆たちから一際大きな歓声が聞こえた。

「決着付いたみたいだな」

「えっ? あっ……終わったんですね」

 ミカはスクリーンの方へ目をやる。画面では少女のようなアバがロボットのようなアバの胸に深々と剣を突き立てていた。少女は勝ち誇ったように笑みを浮かべながら剣を引き抜くとそのまま蝙蝠の群れと化して消えた。再び観衆から歓声が湧き上がる。凄い人気だ。

「凄い盛り上がってますね……みんな熱狂してます」

「まぁ人気カードだしな。勝ったのはチルチルか。あいつあの顔で最初期からバトルアバやってる古参だから、実力あるなやっぱり」

「ブルーさんはその……アババトルの事凄い詳しいですよね、色々知っていますし」

「まぁオレ、アババトルオタクだからな。バトル見るの大好きだし」

「オ、オタク……」

 自らオタクと言い切るブルーに困惑するミカ。それを気にせずブルーは何か思い出したようにどこかへ視線を送った。

「さて見終わったし行くか」

「え? どこへ行くんですか?」

「そりゃあ決まってんだろ!」

 そう言ってブルーはどこかを指差した。

「ゲーセンだよ!」

 ブルーが指差した先にはこのエリアでも一際輝く建物があった……。




「あの! 一応! 聞きたいんですけどー!」

「うるせー! 喋ってる暇があったら撃てぇミカ! 後ろからも来てるぞぉ!」

「は、はい!」

 ミカはブルーから叱咤され、慌てて照準を移動させて引き金を引く。眼前まで迫った昆虫のような怪物へ銃座から弾が次々と放たれ、粉砕していった。

「ギャー! 凄いデ、デカくて強そうなの来ましたよー!?」

「ボスだ、ボス! ぶち転がせ! 弱点は確か多分、頭だ! そこに鉛弾ぶち込め!」

「無茶言わないで下さいー!!」

 ここはABAWORLD内にあるGIG(ゲーム内ゲーム)施設の一つ、【ゲームセンターTOKADA】。ブルーとミカの二人はそこにいた。

「あのボス、絶対バランス調整出来てねえよなぁ。こっちの攻撃絶対間に合わねえじゃん」

 ブルーが愚痴っぽくそうぼやく。結局ボスを倒せずゲームオーバーになった二人はとぼとぼとゲームセンター内を歩いていた。

「あ、あの……」

「ん? どしたん?」

「これ……本当に姉さん探しに……関係あるんですか?」

 ここに来てからブルーに流されるままに次々と色々なゲームで遊ばされている。レースゲーム、クレーンゲーム、モグラ叩き……現実でもゲームセンターで良く見るようなゲームが一通り揃っていた。

 ただレースゲームでは自分で車に乗せられて運転する羽目になり、クレーンゲームは自分が景品、モグラ叩きは自分がモグラ役と、色々現実とは異なる様相を呈していたけど……。

「あるから安心しろって。ほれあそこのアバレボで最後だ。ほらさっさとお立ち台に立て! フロアを熱狂に包め!」

「わっ!? わ、私、ダンスなんてお、踊れませんよ!」

「安心しろ! 流れる曲に合わせて画面に出る矢印に従ってステップ踏むだけだ!」

 ブルーに押し出されるように、矢印の書かれた台の上に乗せられたミカは曲に合わせて必死にステップを踏む。当然ゲームにも慣れておらず、ダンスも得意とは言えないミカは不格好な姿になってしまう。それを見てブルーは爆笑していた。

「ワハハハッ! そんな駄ステップしてるからパンツ見えちまってるぞ!」

「えぇ!? あっ! しまったっ! よ、余計な事を言わないで下さい!」

 ブルーに集中を乱されミスを連発してしまう。当然あっという間にゲームオーバーになってしまった。

「あーあ~幾らなんでも終わるの早すぎだろお前さぁー下手っぴめ!」

「ブルーさんが邪魔するからでしょう!」

「中身男なんだからパンチラ何か気にするもんでも無いだろ? それに減るもんでもねえしよ」

「そう言う問題じゃないです! 大体! こんなゲームしまくるの何の意味があるんですか!? 私も流されるままに満喫しちゃいましたけど!」

「まぁまぁそんな尖るな。これで取り合えず一通り済ませたからな。やっとランキング確認出来るぜ」

「ランキング……?」

「そ、ランキング。さぁて、と……」

 ブルーはウィンドウを出現させて何かしら操作をし始める。そしてウィンドウを眺めながら視線を動かしていた。

「あっ。あったあった。あーでも……こりゃ当てが外れたかな、こりゃ」

 そう言ってブルーはウィンドウをこちらに見せてくる。ウィンドウには【ハイスコアランキング】と題字されており、そこの下の方にNEWの文字と共にミカの名前があった。

「ゲーセンで一通りプレイするとランキングにプレイヤーが登録されるんだけどさ。そのデータ登録がアバごとじゃなくてアカウントごとなんだよ」

「アカウントごとって事は……私の姉さんが元々使っていたデータがあるかも知れないってことですか?」

「そゆこと。その場合だと新しいデータに更新される時に前のデータの名前とかが見れるんだけど……どうも無いみたいだわ」

 ブルーはあからさまに残念そうな表情を浮かべた。ミカは自分の姉がここで踊ったりカーレースしてる図をつい想像してしまう。うーん……あの姉さんが遊ぶかな……ここで。

「あの……誠に申し訳ないんですけど、あんまり姉さんはこういう所では遊ばないかもしれません……」

「そうかぁ? でもここってABAWORLDのチュートリアル終わったら、まず初めに案内されるとこなんだぜ?」

「え? そうなんですか?」

 ブルーはチュートリアルの時の音声案内を真似るように喋った。

「ABAWORLDでの生活に慣れるために! ここでまず色々とした動作を学んでみましょう! ってな。だから九割九分のプレイヤーはここで遊んだことある筈。バトルアバでもまず最初はここに案内されるし」

「私、案内されてないんですが……」

「お前は……まぁ異常だから」

「異常……異常ですか……」

 こう面と向かってズケズケとイレギュラー扱いされると流石にダメージがあり、ミカは思わず俯いた。

「しっかしこうなると当てが外れちまったなぁ。更新前の名前が分かればフォーラムとかで情報集めるって手もあったんだがな」

「異常……」

「しょうがねえし、別の手考えるかぁ~ほれ! 何時までも引きずってねえで行くぞ」

「あっ……」

 そのままズルズルと外へ向かって引っ張られていった。


「――どうするんだ! もう時間が無いぞ!」

「んなことわかっとるわい! 隣町の奴らにこれ以上デカイ顔させてたまるか!」

「――そうは言っても面子が揃わんのはどうしようも――」

 ミカとブルーがゲームセンターから出ると誰かが言い争っている声が聞こえた。声のする方を見るとヌイグルミのようなアバと星……型……? のアバがいる。二人は周囲にも聞こえるような大声で喚き散らしており非常に目立っていた。

 ブルーも気付いたのかそちらを向いた。

「おっ。トラ爺じゃん」

「え、お知り合いなんですか?」

「あぁ。たまに一緒に遊んでる。お~い! 爺さん共~! 何やってんだー?」

 ブルーがその二人へと呼びかけた。呼び掛けに気が付いたのかヌイグルミみたいなアバが振り向く。

「……ん? おぉ! ぶるーか!! なんちゅうベストタイミング!」

 二人のアバがこちらへ小走りで向かって来る。走り寄ってくる二人をブルーが指差し、説明し始めた。

「あー……あのデフォルメされた虎のヌイグルミみたいのが【トラさん】。さん、までが正式な名前だから注意な。で。星の出来損ないに手足生えたみたいな奴が【ラッキー★ボーイ】。こいつらはボケ防止でABAWORLDやってる不良老人共だ。」

「ふ、不良……」

 一体どのような不良なのか見当も付かない。トラさんという名前らしいアバはブルーへ親し気に話し掛けてきた。

「ちょうど人手が欲しかったんだ! 来てくれんか――って!? なんでバトルアバなんて連れとるんだ!? 遂にアババトルオタが行き過ぎてかどわかしでもしたんか!?」

「そんなわけねーだろ、爺! 色々あってさ。今このミカって奴の人探しを手伝ってやってんの。な?」

 そう言ってブルーはミカの頭をポンポンと叩く。

「何するんですか、もう……私はミカって言います。初めまして……あれ?」

 ミカの挨拶を聞いていないのか、二人は後ろを向いて何やらヒソヒソと話し合いを始めていた。

「……こんなチャンスは早々無いぞ……大吉……バトルアバいれば間違いなくいれば勝てるわ……」

「……おうよ……隣町の奴らに目にもの見せてやろうや……」

「あ、あのー……?」

 ミカが再び声を掛けると二人は満面の笑みを浮かべている。そしていきなり二人同時に土下座して頼み込んできた。

「ワシらの野球チームに入っとくれ―!!」

「えぇ―!?」



【ABAWORLD MINICITY SPORTSエリア サブスタジアム】



「だから言ったじゃないですか!! 野球なんてやったことないって! いきなり打てって言われても出来るわけないじゃないですか!」

 ミカが悲痛な面持ちでベンチに腰掛けている他のチームメンバーたちにそう訴えかける。既にベンチ内は厭戦気分に満ちており、みな顔が暗い。寝てるアバもいた。すっかり疲れ切った様子のトラさんが不思議そうに呟く。

「ミカちゃんなら全打席ホームランも出来ると思ったんだがのう」

「出来るわけ無いですよ! バット持ったのも今日が初めてなんですから! 現実リアルでも! ABAWORLDでも!」

 ここはABAWORLDでスポーツなどを行うためのエリア。その中でも大型施設の一つで、野球やサッカーが出来るサブスタジアムの中だった。

『ストラァイク! アウッ!』

 無情な審判のコールがまたスタジアム内に響く。今度はブルーがダルそうな顔しながらベンチへ帰ってきた。

「ブルーさんもダメでしたか……」

「あっちのピッチャー、緩急の付け方上手くて打てる気がしねえよ。絶対やりこんでるぞ。あんな秘密兵器連れて来てやがったとはなぁ」

 今、このスタジアムではトラさんたちの住む町内とそのお隣の町内……その両チームでVR草野球大会が行われていた。何でも定期的にABAWORLDを使って開催しているらしく、しかもその隣町とは何度も戦ってきた因縁の仲。今日はトラさんのチームに欠員が出てしまい、それで私たち二人がピンチヒッターとして急遽飛び入り参加したのだった。

「くそー隣町の奴らめ! あんなピッチャー連れてくるとは卑怯な手を使いおって!」

 トラさんがそう愚痴るとマウンドの相手チームから「卑怯はお前らだろー! バトルアバ連れてきやがってー!」「さっさと打席に立て! 卑怯モンがー!」と罵声が響いた。

「……あっちに聞こえてるみたいだぞ、トラ爺。次、打順あんただし早く行って罵声受け止めて来い」

「がぁあああ! 言わせておけば~! ワシが打ち取って流れをこっちに奪い返すぞ!」

 そう鼻息荒く息巻いてトラさんは打席へ向かって駆けていく。ブルーはそれを見届けるとミカの隣のベンチにドカッと座り込んで来た。

「……しっかし変だな、ミカ。お前なら本当に全打席ホームランとか余裕で出来る筈なんだけど」

「えー……ブルーさんまでそんな事言ってるんですか……本当に野球なんて今日が初めてやったんですって」

 呆れ気味のミカの言葉にブルーは不思議そうに腕を組むと何か思案しながら呟く。

「いや、バトルアバって普通のアバと運動系のステータスが文字通り桁違いに違うんだ。だからスポーツ系のアクティビティはとんでもない成績出せる筈。代償デメリットとしてハイスコアとかの公式の開催する大会とかに出られないし記録が残らないんだけどさ」

「え? そうなんですか……? でも私、その……全然強い気がしませんでしたよ? さっきも空振りしてしまいましたし……」

「だから変なんだよ。――なぁラッキーの爺さん、何かわからねえか? ミカの不調の原因。あんたPCショップやってるからプログラム関係詳しいんだろ?」

 ブルーはそう言って後ろのベンチへ振り向き声を掛ける。そこには微動だにしない例の星型のアバがいた。

「……爺さん? あれ離席中、か……? 寝落ちでもしてんのか――」

 ブルーが様子を伺おうとラッキー★ボーイを覗き込む。釣られてミカも一緒に後ろを覗き込んだ。

「――――あったぁぁ!! あったぞぉー!!」

 突如、ラッキー★ボーイの目が光り、大声で叫んだ。急に覚醒したため間近で覗き込んでいたミカは悲鳴を上げてベンチから転げ落ちてしまった。

「ヒィッ!? ――あっ痛ッ!?」

「うぉ!? 急に叫ぶんじゃねえよ!」

 流石のブルーも驚いたのか身を引いている。ラッキー★ボーイはそんなブルーを気にも止めず、ベンチの下でひっくり返っているミカへ嬉し気に捲し立てた。

「店の倉庫を漁ってやっと見つけてきたわ! ほれ! バトルアバ用の【パワー・ノード】! これさえあればミカちゃんがバトルアバ本来の力出せるぞい!」

 そう言ってラッキー★ボーイは黄色く光り輝く宝石のような物をミカへ差し出してきた。ミカはそれを両手でそっと受け取る。手の中で光り輝くそれはとても綺麗で、遂見とれてしまうほどだった。

「げっ!? マジで本物のパワー・ノードか!?」

 掌の上で輝くそれを見てブルーが驚愕したような表情を浮かべた。

「ミカちゃんがあまりにも打てんからおかしいと思ってな! ステ盗み見したらパワー・ノードが未インストールだったのに気が付いたからよ! 倉庫にあった奴を急いで持ってきたんじゃよ!」

「あー……ミカが打てなかった理由はそれか。パワー・ノード、インスコしてなきゃ普通のアバとそりゃステ変わらねえよな。しっかし……なんで爺さんこんなもん持ってんだよ……出所大丈夫なんだろうなぁ?」

 ブルーが訝し気にラッキー★ボーイへ尋ねる。ラッキー★ボーイは右手で勢い良くサムズアップした。

「安心せい! ちゃんとデルフォに登録済みの正規品じゃい! 作成者も知っとるしな!」

「ホントかぁ……?」

「あの……これって何なんですか?」

 ミカは相変わらず綺麗な輝きを見せ続けるパワー・ノードとやらを掌で持て余しつつ、二人へ尋ねた。ブルーが額に皺を寄せながら答える。

「んー……説明しにくいけど、まぁバトルアバ用のパワーアップアイテムだと思って良いぞ。ホントはパワーアップってより基礎システムみたいなモンなんだけどさ」

「パワーアップ……」

「普通は最初からインスコされてるもんなんだけどな。バトルアバ作成する時に入れて戦闘タイプの設定とかするヤツだから」

「よっしゃ! ミカちゃんそれ胸に押し当ててみい! そうすりゃインストールされるから!」

「おいおい……ミカそれインスコホントにするのか? いくら強くなれるって言っても試合に勝てるくらいまで強くなれるかわからねえぞ」

「それは……」

 ミカはブルーの言葉に一瞬躊躇う。しかしこれを使えば勝てる可能性があるなら……。やるべきだ。

「私としてもこのまま何もせず負けるのは……悔しいです! 使います! えっと……胸に……こう、ですかね?」

 ミカはパワー・ノードをそっと服の上から胸に押し当てる。音も無くパワー・ノードはミカの身体へと吸い込まれていった。

(これで一体何が――)

 ドクンッ。

 一瞬、大きく心臓が鼓動した。そんな気がした。全身に何か熱い物が巡って行く感覚。視界が歪み、目の焦点が合わなくなった。ミカの様子を気にしてブルーが顔を覗き込んでくる。

「おい。大丈夫か?」

「あっ……その、だ、大丈夫……です?」

「おいおい……何か目が座ってんぞ……爺さんホントに変なプログラム入れて無いだろうなぁ?」

「だーからホンマにちゃんとしたパワー・ノードだって言っとるだろ! インストールされるまで間があるからまだステータスが反映されてなくてアバの動作に齟齬が出とるだけ、心配すんなや!」

『スリーアウトゥ!』

「ちくしょぉぉぉおお! スローボール挟むんじゃねえええええ!」

 トラさんの絶叫がベンチまで届いて来る。もう回が変わるようだ。未だにちょっと様子のおかしいミカにもう一度ブルーが声を掛けてきた。

「おい、もうチェンジだぞ。ミカ、ホントに大丈夫か?」

「多分……大丈夫です、はい。行けます」

 ミカはベンチから立ち上がった。まだ少し身体がフワフワするような感覚がある。それでも守備に行かなければと思い、マウンドへ向かい始めた。その背をブルーが心配そうに見送る。ミカは身体を左右に揺らし千鳥足気味だった。

「インスコで精神に影響って普通出ない筈なんだけど……アイツホントに大丈夫かよ」

 ――気が付けば試合も終盤。未だに点数では隣町に負けており依然としてピンチだった。だがチャンスというのは必ず回ってくるもので、塁上にはランナーが三人並び、満塁を迎えていた。

「……おい、大吉。ミカちゃんにはきっちり入れたんだろうな?」

「ケケケッ。そりゃもうきっちりインストールしてやったぞ……!」

「……よし!」

 ベンチからトラさんが勢い良く立ち上がる。そしてウィンドウを目の前に出現させヌイグルミみたいな手で操作し、相手側のベンチまで聞こえる大声で宣言した。

「代打、ミカ!」

「……はい」

 目を閉じてバットを握っていたミカが呼応してベンチから静かに立ち上がる。その立ち振る舞いはまるで歴戦のプロ野球選手のように落ち着いていた。

 塁上にいるブルーはその姿を見て困惑してしまう。明らかに今までのミカとは別人のようだった。

「……あいつ、結構その場のノリに流されやすいヤツなんだな……」

 ミカは打席に入り、バットを構える。そして鋭い眼光で相手投手を見据えた。

「来い……」

 相手の投手のアバは異様な目つきをしているミカに狼狽えつつも、キャッチャーから様子見のサインを受け取り、それを了承する。そして初球は軽く外しに掛かった。

 既にパワー・ノードによってバトルアバ本来のステータスになっているミカには生半可なコースなど通用しないとも知らずに……。

「……っ! そこだぁああああああ!! チェストォォォォォ!」

 ミカが雄たけびを上げ、低めに来たボール球にバットをアッパースイングで叩き込む。その瞬間スタジアム内の全ての音が消滅し、そこにいるアバたち全員が言葉を失った。ピッチャーがスローモーションのように後ろを振り向いていく。そして――快音と共に白球はスタジアムの遥か場外へと吸い込まれていった……――。





 

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