第4話『とにかく逃げろ。逃げ続けろ』
【ABAWORLD MINICITY KUIDAOREエリア 蛸揚げ屋-三蛸-】
「ほれ。ここの名物、マダコの丸素揚げ」
そう言ってブルーは屋台のような店から買った丸ごとの蛸をミカに手渡してくる。小柄なミカが抱えると両手からタコ足が溢れてしまうくらい大きい。素揚げという体なので一応動いたりはしない。それでもボリュームたっぷりな手足(?)がミカの身体へ絡み付いてきて衣服を引っ張った。
「あの……これどうしろと……食べられませんよね……仮想現実だと」
「基本的に飾りアイテムとして入手だな。マイルームに飾ったり装飾品として使うんだよ。一応、口元に持って行って唇動かすと喰うモーションするから雰囲気は味わえる――んぐっ……」
そう言ってブルーは自分の丸素揚げのタコ足の一本を口元へ持っていきモグモグと食べ始めた。見る間にタコ足がブルーの口へと吸い込まれていく。人形のような姿をしたブルーが蛸を貪ってるその姿は非常に……シュールだった。
「……これ良く出来てると思いますけど、この機能必要あるんですか……?」
「あるだろ。こういうディテールに拘るからこそリアリティが増して没入感が出るもんだ」
「……そういうものなんでしょうか。確かに凄いリアルではありますけど……」
そう言ってミカは周囲に視線を送る。ここは現実で言うところの大阪とかそういう所を再現した場所だった。ただ多分本場の大阪よりずっと雑多に店が立ち並んでいる。何でも大阪以外の場所からもお店などが集められているらしい。通りでは大勢のアバたちが立ち食いに興じたり、頭にタコ焼きのパックを乗せたり(!?)していた。
ブルーはペロッとタコ一匹を胃(?)に納め、手に付いた油を舐めるように指を咥えた。
「大体さ。仮想現実に入り浸るヤツなんて殆ど変身願望持ちのヤツばっかりだからな」
「変身願望?」
「現実とは違う別の自分になりたいって事。でもそれはABAWORLDでアバ作った時点でほぼ満たされてんだよ願望。だからそれで充分なわけ。大半は刺激的な日常が欲しいわけでも、非日常に飢えてる訳でもないのさ。変身終えたら今度は至って普通の日常生活……
ブルーは別の屋台を指差し、足早に近付いていく。ミカもマダコの素揚げを仕舞って片付けるとその後を付いて行った。
そこは先程の屋台に負けないくら派手な装飾されており、結構な人込みならぬアバ込み(?)が出来ている。店先を見ると店員が巨大な……とても巨大なパンダの人形焼きを販売していた。明らかに自身より巨大な人形焼きを抱えつつブルーが嬉し気に言った。
「うひょー! 現実でこんなん食べたら血糖値ぶっ壊れるな! ほれ、ミカの分も買っておいたぞ!」
「……ありがとう御座います。うわっ。これ凄いフカフカな触感だ……何かホントに匂いしてきそうですね……」
その巨大感に圧倒されながらミカは巨大人形焼きを何とか抱える。重量が軽く設定されているのか見た目よりずっと軽く感じた。
「これアバのアクセとしても使えるから人気あるんだよな。ほらこんな感じで背中に付けて、と……」
ブルーの背中へ背負いカバンのように人形焼きが張り付く。完全に背中がすっぽりと人形焼きに覆われ、これではどっちが背負われているかわからなかった。
ブルーは人形焼きに背負われながらクルッと一回転したりと子供っぽくはしゃいでいる。ミカはその様子を呆れながら見ていた。
「……大体、引き分け記念会って何ですか? 連絡受けたときに首を傾げましたよ」
「そりゃ引き分けを記念した会だろ。今日はそれでここに買い食いしに来たんだし」
「……結局あの試合は引き分けでしたからね……」
あの試合……先日行った草(?)野球大会にて、バトルアバの力を発揮し、ミカは
「あの後、ミカ、全打席申告敬遠されてたからな! アハハハッ!」
「……あっちの方が二枚くらい上手でした……」
「野球はやっぱり一人じゃ勝てないよな!」
その後は完全に警戒され、全ての打席を敬遠で回避されてしまったのだった。相手チームはトラさんたちからのブーイングも意に介さず、きっちりミカをマーク。その後は堅実なプレーで点差を追いつかれ結局試合は引き分けに終わってしまった。
「あっ。そういやさ――」
ブルーが何かを思い出したように動きを止めた。
「お前の姉ちゃん、現実の方では何か動きあったか?」
「それが……――」
ここ数日、現実の方でミカ改めソウゴは姉さんの職場を尋ねたり、近隣の住民へ聞き込みを行って自分なりに情報を集めていた。しかし有益な情報は得られていない。――ただ……職場の同僚の人たちはそこまで姉さんの失踪を気にしていないような様子であまり良い気分では無かった。
まるで最初からいないみたいな扱いで……。姉さんが職場でどんな立場だったのか知らないけど、かなり心配になってしまった。仕事で同僚と上手く折り合いが取れず……なんてこともあるのかもしれない。
「そうかーまだ進展無しか。うーん……」
「はい……」
流石にその辺りの事情までブルーに言うわけにも行かず、ミカは話を濁しながら伝えた。ブルーは腕を組みながら何か思案している。そして思いついたように言った。
「実はさ。お前の姉ちゃんがバトルアバだったなら一個調べる手が――」
ピコンッ!
ブルーが何か言い掛けたのを遮るように電子音が鳴った。
「すまん。メール来たわ。ちょっと見させて」
「構いませんよ」
ブルーは背中の人形焼きを仕舞うと小さいウィンドウを出現させ指で操作する。そのまま文面を暫く眺めていた。
「……あの不良老人共、この間の雪辱晴らすために秘密特訓したいんだと。それで、サブスタジアムに今すぐ来てくれぇ! だとさ」
「と、特訓ですか……わっ!?」
ブルーがミカの手を急に掴んだ。
「リンク付いてるし、一緒に跳ぶぞ」
「え、ちょっとまだ心の準備が――」
ブルーがウィンドウに書かれたリンクに軽く叩く。それと同時に二人の姿がその場から消えた。
ヒュー……ドスンッ!
「――痛っ!?」
「ほい、着地っと……ってまたお前着地失敗してんのか。いい加減慣れろよ」
何時ものごとく転送後の着地に失敗し、尻餅を吐くミカ。痛そうにお尻をさすっていた。それを文字通り尻目にブルーが軽く地面に降り立つ。
「ほれ。さっさと立てい」
「あっ……すみません」
ブルーから右手が差し出され、それを取って立ち上がるミカ。そのまま軽く下半身の埃(?)を払ってから周囲を見渡す。直ぐに目的の人物を見つけ、その方向を指差した。
「あっ。トラさんとラッキー★ボーイさん、あそこにいますよ」
「お、いたか……って誰か一緒にいるな」
トラさんとラッキー★ボーイはサブスタジアムの入口の前にいた。
「――だーから知らんと言っとるだろうが!」
「嘘つくんじゃねえよ! テメーらが見慣れねーバトルアバ連れて野球やってたって情報は割れてんだからよぉ」
しかし二人以外にも何人かのアバが入口のところにおり、何やら言い争っているような雰囲気だった。
「何か様子が変ですね……大丈夫でしょうか」
ミカは二人が心配になり近くへ行こうとする。しかしその肩をブルーが掴んで止めた。
「待て」
「え? どうしたんですか?」
「【ウルフ・ギャング】がいる……バトルアバだ」
「ウルフ……ギャング?」
ミカは改めて入口のところに視線を送る。口論している集団の中に一回り大きい体つきをしたアバがいた。大きく裂けた口、鋭い牙、硬そうな茶色の毛むくじゃら。ウルフ……狼の獣人のようなアバ。あれが……【ウルフ・ギャング】?
「最近、アババトルやりまくってるバトルアバだ。スポンサーは確か……【ウルフ・トライブ】だったかな。B系ファッションの会社だった気がする」
※B系 アフリカ系アメリカ人の衣服を元にしたファッション様式の一つ。
「確かに着ている服がヒップホップやってる人みたいですね」
「大会目指してるとかで、勝数稼ぐためにさ……あんまり戦歴良く無かったり、始めたばかりのバトルに慣れてないバトルアバを狙い撃ちして狩ってる。だから、評判があんまり良く無いヤツでな……面倒臭い奴だぞ」
「え。それってつまり……」
そうここにはちょうどバトルなどやったことの無く、お手頃で狩りやすくて美味しい獲物と言えるバトルアバが一人いた。
「ミカ、お前みたいなバトル未経験の雑魚は格好の獲物ってわけだ」
「ざ、雑魚……」
「取り合えずオレの後ろで小さくなっとけ。アイツ、ゴリラみたいに目が合うと襲ってくるぞ、多分」
「そ、そうしておきます……」
ブルーはミカを隠すように前に出た。慌ててミカはその後ろで出来る限り小さくなって隠れようとする。その時、蹲るミカの目の前に小さなウィンドウが出現した。
(メールだ……しかもトラさんたちからの)
それはトラさんからのメールで、こう書いてあった。
『あいつらミカちゃんが目当てみたいなので、一旦ログアウトした方がええ。秘密特訓はまたでええから』
「えぇ!? 私ですか!?」
ビックリしてうっかり大声を出してしまった。当然、口論しているウルフたちにもその声は届いてしまう。ブルーも呆れ顔をしていた。
「おバカめ……」
「あぁん?」
【ウルフ・ギャング】がミカたちの方へ振り向く。そして当然ブルーの後ろで縮こまっていたミカにも気が付いた。ウルフの取り巻きたちも気が付いたのかこちらの方を向いてくる。
「ふーん……あれが例のヤツか。オイッ! そこのちんちくりん!!」
「ひゃい!?」
大声で呼ばれ思わず返事をしてしまう。ウルフはトラさんたちから離れるとズンズンとミカへ近付いて行った。ブルーが慌てたように叫ぶ。
「ミカ! 早くログアウトしろ!」
「ロ、ログアウトですか? でも……」
「良いから早くしろって!」
慌ててミカはログアウト用のウィンドウを出現させてログアウトしようとした。しかし……。
「はっ。逃がすかよ」
ウルフが近づきながらウィンドウを出現させ、何か操作を行う。ピコンッという送信音のようなものが鳴った。それと同時にミカのログアウト用のウィンドウにエラーが表示される。
「あ、あれ? ログアウト出来ない!?」
『――アバ・バトルが申請されました。バトル終了までログアウトが出来ません。ご了承ください――』
ログアウト不可を知らせる電子音声が通達され、ウィンドウが強制的に消滅する。そして気が付けばミカを見下ろすようにウルフ・ギャングが立っていた。大きく裂けた口を歪ませ、笑みを浮かべながらこちらを見ている。ウルフ・ギャングは心底楽し気に口を開いた。
「規約も知らねえ様子だし本当にド素人みてーだなぁ?」
「き、規約?」
「バトルアバの規約だ……」
ミカの傍にいたブルーが重々しく口を開く。
「『バトルアバはバトルを申し込まれた場合、絶対に応じなければならない』……ABAWORLDの開発会社のデルフォニウムがバトルアバに課してる規約。申請された時点で拒否権は……無い」
「えぇ!? そんな滅茶苦茶な!」
驚愕するミカを余所に突然ホイッスルのような音がスタジアム周辺に響いた。それに続いてスタジアム周辺にいたアバたちも何か心得たように足を止める。更に女性の声でアナウンスのような物が流れ始めた。
『――MINICITY、SPORTSエリア、サブスタジアム前にてABABATTLEを開催致します。対戦カードは【ウルフ・トライブ】所属ウルフ・ギャングVS【無所属】ミカ、となっております。試合開始は十分後を予定しており、試合のご観覧を希望するお客様はご予約のほどをよろしくお願い致します――』
「やっと見つけた獲物だぜぇ……たっぷり嬲ってストレス解消してやる……」
「あのー坊ちゃん……」
「あぁん? なんだよ?」
舌なめずりし始めるウルフに取り巻きの一人が声を掛けてくる。ウルフと違ってちょっと可愛げのある狼顔の獣人アバだ。
「あんまり無理矢理に試合ばっかりやっとりますと、社長にまた怒られてしまいますよ……ただでさえ坊ちゃんは評判がその……よろしくなくてウチの会社にも悪評が……」
「あぁ!? 親父がヤレって言ったから仕方なくこんなお遊びやってんだろ!! 大体、やり方なんて指示されてねぇんだからこっちが好きにやって構わねえだろうがっ!?」
「しかしですね……それにしてもある程度……その……もうちょっと……落ち着いて広報活動を……」
「うるせえんだよ! 一々、口出ししやがって――」
激しい言い争いを始めるウルフ・ギャングと取り巻きたちをミカとブルーはポカーンと見つめていた。
「……何かあの人たちも、その……色々あるみたいですね」
「あいつ【ウルフ・トライブ】の社長の息子らしいからなー色々世知辛らそうだ……と、それよりもチャンスだ。今の内に――」
ブルーがウィンドウを出現させ、操作をする。それと同時にミカの目の前にもウィンドウが出現した。
「おぺれーたー、申請……? ――ってうわっ! 身体が!?」
突然、ミカの身体がゆっくりと消え始めた。
「早く承認しろって! 時間が無い!」
「は、はいっ! あっ――」
ミカが慌てて承認ボタンを押すのと同時にミカの身体はどこかへ転送されて行った……。
【ABABATTLE スタンバイルーム】
「あうっ!?」
例のごとく転送からの着地に失敗したミカは地面に顔面から突っ込んだ。
「く、首が……痛くは、無いか……よっと」
流石に何度も着地に失敗していると慣れてくる。まずは着地に慣れろという話はともかくとして。直ぐに立ち上がると周囲を見回した。
「うぉー……凄い未来感あるな……」
そこは青色のワイヤーフレームで構成されたような部屋だった。ミカ自身は丸い板のような物に乗って、中空に浮遊している。そして大小様々なウィンドウがミカの周囲をゆっくりと回遊し、淡い緑色の光を放っていた。
そのウィンドウたちには一見しただけでは理解出来ないような量の文字列や何かのアイコンが羅列されており、凄まじい情報量だ。ミカはその内の一つに手を伸ばし恐る恐る触れた。
「わっ!?」
ミカが触れるのと同時にウィンドウがポップアップして眼前に拡大される。そこにはミカの全身図のような物が載っていて、びっしりと情報が書き込まれていた。
「パワー……ヘルス……さ、さもにんぐ……?」
意味は良くわからないがこれがブルーさんとかが言っていたステータス(?)なんだろうか。しげしげとそのステータスを眺めていると突然ブルーの声が聞こえてきた。
≪――おい。ミカ聞こえるか?≫
「ブルーさん? どこにいるんですか?」
周囲を見回すもブルーの姿は見えない。声だけが聞こえていた。
≪こっちはオペレータールームだ。ギリッギリ、オペレーター申請間に合ったみたいだな≫
「オペレーター……?」
≪アババトルは一人までバトルのサポートをするオペレーターを付けられるんだ。まぁあんまり使われてねえ機能だけど。そっちはスタンバイルームの中だな――右端のウィンドウ見てみろ。オレが表示されてる筈≫
右端のウィンドウへ視線を送るとブルーの顔アイコンが表示されたウィンドウがあった。ミカはそれを手で自分の方へ引き寄せる。何故か妙に邪悪な笑みを浮かべている顔アイコンと共にOPERATOR【B.L.U.E】と表示されていた。
≪ラッキーの爺さん、お前に何のタイプのパワー・ノード入れたのかと思ったら……召喚タイプじゃねえか、またピーキーな……≫
「召喚タイプ?」
≪今こっちでもお前のステ見てたんだよ。お前は自分で戦うタイプじゃなくてモンスターとかを呼び出して戦うタイプだ。しかもお前の登録されてる召喚出来るヤツ、いっぴ――いや一機しかいねえ。これ未完成のパワー・ノードだったんじゃねえのか。流石に一機しかいねえのはおかしいだろ……武器も何一つねえし……≫
「よ、良くわからないですけど、それって不味いんですか……?」
不安になり尋ねるミカ。暫く返答は帰ってこなかった。尚更不安が加速する。
「あの……ブルーさん?」
≪……いやでもこいつなら或いは……可能性が……≫
ブルーは何やらぶつぶつと一人で喋っている。そして暫くして意を決したようにこちらへ尋ねてきた。
≪……ミカ。お前このバトル勝ちたいか?≫
「え、それは……」
正直、いきなり戦いを申し込まれ未だに困惑している。右も左も分からない状況だった。勝ちたいかと言われても何とも答えられなかった。
≪ぶっちゃけお前からしたらこのバトルはどうでも良いだろうがな。巻き込まれただけだし。でもオレとしてはあのガルガル野郎の鼻を明かしてやりたいと思ってる。初狩りしてアババトルの評判悪くするし、色々マナーも悪い。アババトルオタのオレとしてはアババトルの健全化のためにもアイツを負かしてやりたい≫
※初狩り 初心者だけを狙って戦う者の蔑称。
「……本音は?」
≪アイツ前々から気に入らねえヤツだったからな! オレが好きだったバトルアバをボコして活動休止に追い込むしよ! し! か! も! 毎回勝った後、イキり散らすからコミュニティ荒れるし! お前を利用してぶちのめして! 吠え面かかせたいんだよ!≫
通信越しにブルーのよーく感情の籠った声が響く。ミカは思わず耳を抑えてしまった。
「……し、私怨丸出しですね」
≪コホン……まぁともかく、だ。オレとしてはこの大チャンスを活かしてヤツを打倒したいわけだ。……乗るか?≫
「私は……」
迷うミカの脳内でふと寧々香姉さんが昔言っていた言葉が脳裏を過った……。
ソウゴ、またケンカ挑まれたのか?
なんだ逃げたのか。どうして受けてやらなかったんだ?
相手を怪我させるのが怖かったから? 優しいんだな、ソウゴは。
でもな……それじゃダメだ。
相手が仕掛けてきたなら出来る限り受けてやれ。
ぶつかりあってこそ初めて分かる事もある。
ただ戦う以上、全力で勝て。
負ければ何かしら失う羽目になるからな。
それはとても辛いことだぞ――。
ミカは右手を胸の前で握りしめ覚悟を決めた。
「……やります。あちらから挑まれた以上、ここで逃げるのは士道不覚悟です!」
≪武士かお前は……まぁ、よし。それじゃバトル中はオレの言うことをきっちり聞けよ。そうすれば勝率が0パーセントから3パーセントくらいにはアップするから≫
提示された勝率があまりにも低く思わずミカは狼狽えてしまった。
「そ、そんなに低いんですか……」
≪そりゃド素人がいきなり勝つのはなぁ。ジャイアントキリングは早々起きないからジャイアントキリングなわけだし? ただこちらに有利な要素はある≫
ミカの周囲のウィンドウの一つがポップアップして前に出てくる。そこにはバトルフィールド一覧と書かれており、色々な地形が載っていた。
≪アババトルはバトル申請された方が戦うフィールド選べるんだ。ウルフ・ギャングは射撃特化タイプのアバだから、直線的な攻撃が中心なわけ。だから遮蔽物が多くて、尚且つ起伏の激しいフィールドを選択すればかなり優位になる。そこで――≫
バトルフィールド一覧から一枚の画像がミカの前に展開された。
「【死火山跡地】……?
≪昔、火山が噴火したって体のフィールドだ。ボコボコ岩が生えてて、更に地面もデコボコで非常にグッド。オレの考えてる作戦にはベストだ。ここを選択する≫
画像に映っている場所は見るからに荒れ果てた場所であり、草木一本すら見当たらない。その代わり、ブルーが言うように沢山の直立した岩石が立ち並んでいて、まるで岩の森のようだった。
≪ここでお前はオレの立案した作戦を遂行するわけだ。これから作戦を伝える……聞き逃すなよ?≫
「は、はい!」
ブルーから提示される作戦を聞き逃すまいとミカは集中した。
≪とにかく逃げろ。逃げ続けろ≫
「は?」
≪十分間、逃げ続けるのが作戦だ。這いずり回ってもいい。必死こいて岩の陰に隠れてもいい。とにかく、なんとしても十分間逃げ切れ。ウルフからの攻撃を出来る限り避けろ。でも多少のダメージは受けても良い。どうせ初心者のお前じゃ全ての攻撃を避けるのなんて無理だしな。ともかく逃げ続けて十分、時間を稼げ、以上≫
ミカは言葉を失ってしまった。これは作戦と言えるのだろうか。
「あの……十分経過すると何が起きるんですか?」
≪オレにもわからん≫
「えぇ……」
≪お前に登録されてる召喚モンスがどんなヤツか未知数過ぎるからオレにもわかんねえんだよ。とにかくそいつを召喚するために必要なパワーリソースが溜まるのが大体十分後ってことだけでさ≫
「パワーリソース?」
≪バトルアバが必殺技とか使うときに使うエネルギー。時間経過とか敵への攻撃で溜まるんだ。ただ今回はこっちが武器何もねえし時間経過しか貯める手段が、無い≫
ミカは改めて自身が絶望的な状況にいるのではないかという事を再確認させられた。そして無情にもバトル開始を告げるアナウンスがスタンバイルームの中に鳴り響き始める。
『バトル開始一分前です。降下を開始します。射出時及び着地時の衝撃に備えてください』
「え? わっ!? わわっ!?」
突然、部屋全体が振動し始める。そして突如、強烈な落下感が身体全体を襲った。一瞬部屋自体が無重力にでもなったかのように感じ、実際にミカの身体自体もふわっと浮き上がる。慌てて軍帽が吹っ飛ばないように何とか抑えたが、その後直ぐに襲ってきた地面に叩き付けられるような衝撃で、もう帽子のことなど気にしている場合では無くなってしまった。
まるでジェットコースターにでも乗っているかのような気分になり思わず目を瞑ってしまう。全ての衝撃が収まりやっと目を開けると部屋の中の光景が様変わりしていた。先程までの映像のようなワイヤーフレームの壁は消え去り、周りは無骨な鉄の壁になっている。そして正面の壁に二本の縦線が入り、そこからゆっくりと壁が前へ倒れていった。倒れた壁の向こう側には外が見え、そこには赤茶けた大地が広がっていた。
『降下完了。バトルフィールドへ進んでください』
アナウンスに導かれるままにミカは前へ進み、倒れた壁を踏み越え、外へ歩み出た。
「これが【死火山跡地】……」
視界に広がる赤と茶のコントラスト。そこはまるで別の惑星のように荒廃し、生物の気配を全く感じない死んだ大地だった……――。
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