1-34 茨、初めて魔力を感じる
「魔力の存在を認知する手っ取り早い方法は、他人に魔力を流してもらう事よ。私の場合はお母様に流してもらったわ」
「魔力を流す……それってすぐに感じ取れるものなの?」
先程モフ子の適性を調べた際、魔力が目で見えないのは確認済みであり、故にいまいち魔力を感じ取れるイメージが湧かない。
僕の言葉に、ティアナはうんと頷き、
「他人に流してもらった魔力を感じるだけなら、誰でも簡単にできるわ。ただ、魔力操作となると、その早さは素質によるわね」
「……下手したら今日中にできないって訳か」
「可能性はゼロではないわね。ただ、大抵の人は2時間程度あればできるようになるから、そう気負わずにね」
「うん、ありがとう」
「じゃあ、まずは魔力を流すから……その、手に触れてもらっても良いかしら」
そう言って、ティアナが恐る恐る右手を差し出してくる。
僕はその手とティアナの顔を交互に見て、
「確かに必要な事だけど……大丈夫?」
男である僕に触れられるのは嫌なんじゃ……と思い、思わず問うと、
「えぇ……茨なら問題無いわ」
ティアナはそう言って頷く。
「茨なら」という言葉に少しドキリとするも、決して勘違いはしない。
ただ、ほんの少しは信頼してもらえているのかな? と内心嬉しく思いつつ、
「じゃ、じゃあ……」
言って僕は、差し出された右手を軽く握った。
瞬間、握った手に女性特有の柔らかさを感じ、思わずドキドキと鼓動を早める。
しかし決して表には出さないよう、努めて平静を装いつつ、ふと気になって、ティアナの方へと視線を向ける。
異次元に美しい相貌が目に映る。
その頬がほんのりと赤らんでいる事から、ティアナも恥ずかしく思っているのだろうか。
と。ここで、ふとティアナがこちらへと視線を向け──目が合う。
「「…………っ!」」
しかし僕達はすぐ様顔を逸らした。
「……それじゃ、な、流すわね」
「うん、お願いします」
どこかぎこちない言葉の後、僕の右手をティアナの体温とは別種の温かさが包む。
それは瞬く間に二の腕、肩と上がっていき、遂には全身を巡る。
「……どうかしら」
「何かほんのりと温かいものが、全身を巡ってるよ」
ティアナは頷き、
「それが魔力よ。その感覚をよく覚えておきなさい」
「これが……」
それがどういう感覚かといえば、パッと良い表現が思いつかない。
あえてそれらしい言葉で表すのならば、血管を通して血が全身に巡るように、体内に通り道があり、その中を温かいものが移動するような感覚……だろうか。
「止めるわよ」
言葉と同時に、全身を巡っていた温かい感覚がスッと消える。
「なんとなくわかったかしら?」
「うん、とりあえず雰囲気は」
「あとは、今のを自力でできれば、必然と魔力を流せるようになるわ」
確かに体内で巡らせる事ができれば、接触した相手に魔力を流すのも容易か。
「ちなみに何かコツとかってある?」
「そうね……魔力は心臓付近に溜まると言われているわ。まずはこれを感じ取る所から始めて、徐々にそれを動かすように意識することかしら」
「なるほど、心臓か……」
心臓辺りに意識を集中するだけならば、この世界の人間でもやった事ある人は多くいるはずだ。
僕自身もなんの拍子かは覚えていないが、心臓の鼓動に意識を向けた事が何度かある。
それならば、過去に魔力を感じ取れた人間が居ても何らおかしくはないのでは……? と思う人もいるだろう。
しかし、一度魔力を流してもらってはっきりとわかる。
魔力の有するこの独特の感覚は、魔力の存在を明確に認知した上で、実際に流してもらわなければ、絶対に感じ取る事ができないと。
「よし……」
目を瞑り、心臓の辺りに意識を集中する。
先程流れた魔力の感覚を思い出し、深く深く、奥底に没入するかのように魔力の在処を探っていく。
最初の内はこれといって感じるものはなかった。
しかし、それでもめげずに数十分程じっと続けていると、ここでふと、心臓付近に溜まる温かい何かを発見する。
……この感覚は間違い無い、魔力だ。
その存在に「気がついていなかっただけで、ずっとここにあったんだなぁ」と感慨深く思いながら、続いてこれを動かそうと意識してみる。
しかし、ピクリとも動かない。
……これ、本当に動かせるの?
疑問を覚えつつ、様々な方法で動かそうと試みるも、やはりうんともすんとも言わない。
「……ふぅ」
僕は一度息を吐く。
瞬間、心臓付近に感じていた魔力の温かさがフッと消えた。
……やはり意識を集中しないと感じる事すらできないか。これは中々長くなりそうだ。
「どう?」
「とりあえず魔力を感じる事はできたよ」
僕の言葉に、ティアナは小さく目を見開く。
「あら。随分と早いわね」
そもそも魔法など存在しない世界に住む僕の事だから、実際は向こうの世界の人以上に時間がかかるんじゃないかと思っていたようだ。
「感じ取るまではね。ただ、これがどうしても動かない……」
「そこについては感覚的なものだから、残念ながらアドバイスはできないわ」
「うん。大丈夫。とりあえずもう少し頑張ってみる」
「ええ。私はモフ子様と向こうで遊んでくるから、気にせずにね」
「ありがとう」
「気負わずにやりなさい」というティアナなりの優しさだろうか。……いや、それもあるだろうけど、きっと単にモフ子と遊びたいだけだろうな。
思い、クスリと小さく笑った後、僕は魔力を動かすべく目を閉じた。
◇
あれからどれほど時間が経過したのか。
変わらず全く動く様子はないが、それでもうんうんと唸りながら頑張っていると……ここで僕の脳内にふと一つの疑問が浮かぶ。
……そういえば、何で纏めて動かそうとしているんだろ。
体内に感じた魔力。球形に纏まっているように感じるこれが、恐らく僕の持つ魔力の総量なのだろう。
そして僕は、この魔力の塊全体を動かすものと考え、実際にそれを実行していた。
しかし、今回の目的は魔力を流す事である。
なら、塊全てを動かすのではなく、その一部だけ流しても問題ないのではないだろうか。
ふとイメージが湧いた所で、これを実行してみる。
……一部を切り取るイメージ。今回は100分の1程度で……。
すぐ様効果は現れた。魔力の塊から、100分の1程度を分ける事に成功する。
……次はこの小さな魔力を動かす。
大きな魔力からは意識を外し、小分けした魔力に意識を集中する。
体内に魔力の通り道があると想定し、そこを流れるように意識をする。血管内を血液が流れるイメージで──
……っ! きた!
小分けした魔力がイメージの通りに全身を巡る。
ある程度循環させた所で、僕はふぅと息を吐き、魔力から意識を外した。
額を汗が流れる。初めてだからか、やはり中々に体力と神経を使うようだ。
「お疲れ様」
「ワフッ!」
ふと声の方に視線を向けると、向かいの席に頬杖をついて微笑むティアナと机上でお座りするモフ子の姿があった。
……あれ、遊んでいるはずじゃ。
「あれからもう2時間よ」
「えっ!」
慌てて時計を見ると、時刻は23時。
確かに2時間近く経過している。
「気づかなかった……」
「かなり集中してたものね。……それで、どう? 動かせたかしら」
「うん。一応ね」
言葉の後、僕は一連の流れを説明する。
「……なるほど、そこは盲点だったわ」
言ってティアナが息を吐く。
向こうの世界では、魔法が身近であるが故に、かなり幼い頃に魔力を動かす練習をする。
その時の総魔力量は基本1桁か2桁程度であり、そこから徐々にレベルを上げていき、少しずつ扱える魔力量を増やすのが本来の流れだという。
対して僕の魔力は初期値で300もある。
それを初めから全て動かすとなると、例え素質があってもやはりすぐには厳しいという。
……今回の事例は想定外という訳か。
しかし、それでも何とか目標を達成する事ができた。つまり──
「けど、これで適性を調べられるね」
「ええ。……それじゃ、早速調べましょうか」
「ワフッ!」
心なしか、ティアナとモフ子もワクワクしている様子。
……さて、一体どの属性に適性があるのかな。
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