1-15 茨、モフ子が神狼(フェンリル)だと知る
「あのお方はフェンリル様。古より私達エルフ族の守り神として崇められてきた存在よ」
「守り神──」
言いながら、じっとモフ子を見つめる。
視線の先では、モフ子が無邪気に走り回っている。その姿は──神とはほど遠く、ただのワンコでしかない。
「守り神……?」
思わず首を傾げる僕。対する少女も、モフ子の愛らしい姿を目にし、ほんのりと笑みを浮かべると、
「まだ生まれて間もないのよ。恐らくあと1年もすれば、今後500年はエルフ族に安寧をもたらす存在になるわ」
「えっ、でっかくなるの?」
「……いえ。あまり詳しくはないけど、寧ろ身体的な成長は普通の犬や狼と比較して緩やかな筈よ」
フェンリルと言うくらいだ。恐らく最終的にはそこらの犬とは比較にならない程でかくなるのだろう。
今後どうなるかはさておき、仮にここで飼うとして、あまりにもでかいというのも困る。だからこそ、成長が緩やかというのは歓迎だ。
内心安堵していると、こちらの様子を伺いながら、少女が口を開く。
「──で、どうかしら」
「どうって?」
「フェンリル様の事よ」
つまり、モフ子をアルビゲニオンに、エルフ族に返せ……という話か。
確かにエルフ族にとってフェンリルは崇めるべき存在であり、必要な存在なのだろう。
しかし、気になる点は幾つかある。
「……ねぇ、先に教えて。フェンリルって、モフ子以外には居ないの?」
「少し前まではモ、モフ子様のお母様が居たのだけど、その──」
言いながら、モフ子の様子をしきりに伺う。
その少女の行動からある程度事情を悟った僕は、なるべくモフ子には聞こえない様に小言で、
「亡くなった?」
「えぇ。モフ子様を異世界に飛ばした後にね」
「……そっか」
モフ子発見時に血や土で汚れていたりした事から、何かがあったのだとは思ったが、なる程あれは母親の──
「亡くなった原因はわかってるの?」
「いえ。けど、少なくとも、エルフ族が原因では無いはずよ。フェンリル様は、魔物や他種族から私達を護ってくれる存在。居なくなって困るのは、誰よりも私達だもの」
「うーん」
亡くなった原因はわからず。
しかし、確かなのは守り神とも呼ばれる程の存在が傷を負い、亡くなったという事実。
「……自身が何らかの存在に致命傷を与えられた。そしてそれから逃す為に、モフ子を地球へやった?」
──となれば、果たしてそんな世界に再びモフ子を戻して良いのか、と疑問に思ってしまう。
小声で呟く僕。その表情が芳しくなかったからか、少女が何かを言おうとする。
しかしそれよりも早く、僕は少女の方へと視線を向けると、口を開いた。
「もし……もし、モフ子の事だけを考えるなら、態々危険のある異世界に返さずに、こちらの世界で生活した方が安全だと、どうしても思っちゃう」
「そこはエルフ族が責任を持って保護すると約束するわ。ねぇ、だからお願い!」
そう言う少女の表情には、相変わらず言いようのない焦りの色が伺える。
何といえば良いのか、とにかく切羽詰まった様な様子である。
そんな少女の姿に、僕は少し異様な雰囲気を感じ取り、思わず問うてしまう。
「ねぇ。本当に、エルフ族にとってフェンリルが必要だから……理由はそれだけ? 君の反応を見てると、何やら別の何かがあるような気がしてくる」
「そ、それは──」
言い淀む少女に、
「もしも他に理由があるなら、話して欲しいな」
と言う。少女はこちらの様子をチラと伺う。そして数瞬逡巡を見せた後、恐る恐るといった様相で口を開く。
「……あまり楽しい話では無いわ。それでも良いかしら」
──異世界。
──楽しくない話。
これまででも現代日本では考えられない様なだいぶ衝撃的な話があった。
しかしこれから彼女が話す話──恐らく、彼女を取り巻く話──は、きっと平和な日本で、のほほんと生きている僕では考えられない位に重苦しいものなのだろう。
しかし、何故だろうか。
目前でこちらの様子を伺う少女の姿を見ていると、聞かないという選択肢は微塵も浮かばなかった。
「うん、聞かせて欲しい」
力強く頷く僕。少女はその姿をじっと見つめつつ、
「……そ」
と言葉を漏らす。そして一度目を伏せた後、ゆっくりと口を開いた。
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