1-16 茨、少女にとある提案をする
「さっきも言ったけど、私はハーフエルフ。人族にもエルフ族にも属さない半端者よ」
という自嘲気味な言葉により、彼女の話は始まった。
──少女は、人族とエルフ族の間に生まれたハーフエルフ。
彼女がまだ物心ついていない頃に父親が亡くなり、以降エルフの母親と2人で生活していたという。
ハーフエルフというのは立場上辛いものがあり、エルフ族には他族の血云々で正式な仲間と認められず、人族にはその見目の麗しさから性の対象でしか見られない。
そんな立場ではあったが、しかしエルフの村の外れで母親と2人幸せに暮らしていたという。
事態が急変したのは1年前の事。
彼女の唯一の理解者であった母親が、精霊病という病により急死。
これにより、少女は突然1人で生きていく事を余儀なくされる。
──生活をする為には物を買う必要がある。
そこで仕方が無しに村へ物を買いに行き、しかしその度に、女からは他種の血により疎まれ、男からは侮蔑と共に、彼女の容姿が優れていた為か、血走った目を向けられる。
幸いにも、彼女には他の追随を許さない程に高い戦闘能力があった為、直接虐められたり、襲われたりする事は無かった。
しかしそれでも、負の視線ばかりを身に浴びる日々に、彼女の心が休まる事はなかったという。
ならば、村から逃げ出せば──
そう考える様になった少女であったが、村を出たエルフに待っているのは、例外無く人族に捕まり愛玩奴隷として屈辱の日々を送る毎日。
──どこにも居場所が無く、誰にも頼れない状態。
そんな日々が続き、心身共にすり減らした少女は、ある日少女以外のハーフエルフが、族長の元で不当な扱いを受けているという噂を耳にする。
真相を探るべく、族長の元を訪ねると、その噂は事実であり、解放して欲しければ、身も心も全て族長のものになれと言われる。
躊躇いをみせる少女。
そこへ告げられた第2の選択肢が──
「──モフ子様、フェンリル様を異世界から連れ戻す事」
尚、期限は1ヶ月。その間、他のハーフエルフ達に不当な扱いをしない事を条件としたという。
「……なるほどね」
彼女の置かれているあまりにもな状況に、絶句する。
と同時に、そんな環境に置かれた事が無い事もあってか、余計に目前の少女が可哀想に思え、思わず口を開く。
「……ねぇ、このまま逃げちゃえば──」
異世界に戻らずこの世界に逃げたら。そうすれば、まず不当に扱われる事はない。
そう言おうとした僕の言葉を遮る様に、少女は口を開く。
「できる訳ないじゃない! そんな事をすれば、私と同じハーフエルフが苦しむ事になるのよ?!」
「……ごめん、不用意な発言だった」
軽はずみな自身の言動を反省しつつ、僕は思う。
──彼女はきっと心優しいのだ……と。
彼女の発言によれば、恐らくそのハーフエルフ達とは直接会った事が無い。
しかし少女は、自らが不当な扱いを受け、辛い日々を過ごしていたのにもかかわらず、そんな彼らを救おうと考えている。
そして族長はそんな彼女の優しさを利用した。
──彼女の性格ならば、他のハーフエルフを置いて逃げる事は絶対にしない。
──だからここ地球に転移したモフ子を連れ帰る事を条件としても何ら問題は無いと。
……聞けば聞くほど救いようが無いし、族長はクズ野郎だ。
「──事情はわかったかしら。モフ子様を連れて帰れば、私と、そして何よりもハーフエルフのみんなが救われる事になるの。だから、ねぇ、お願い。人助けだと思って……」
「て言ってもなぁ」
きっと彼女は精神的に追い込まれている。だから疑いも無く、族長の言う通りに行動している。
僕自身大して頭が良い訳ではない。それでも彼女の話には幾つか不審な点が見受けられた。
だからこそ、本当にモフ子を異世界に帰して良いのか、それでモフ子もそして目前の少女も幸せになれるのかと、疑問を覚えてしまう。
躊躇いを見せる僕。
その姿に僕が乗り気では無いと思ったのか、少女はキッと口を結んだ後、
「……もし、モフ子様を連れて行く事を許してくれるのなら……私の身体を好きにして良いわ」
「……いや、それ嫌がってたじゃん」
「あの村の族長や、血走った目をした男共に弄ばれるのが嫌なだけ。それなら……理知的な貴方の方が何百倍もマシよ」
「マシなだけで、君が嫌な思いをするのは変わらないでしょ」
「……良いのよ。元より初めてを好きな人に捧げられるなんて、考えていないわ。なら、最善を選ぶ。……きっと、これが私にとって最も良い選択なの」
言って少女は自嘲気味に笑う。
その痛々しい姿を目にし、僕はキュッと口を結ぶ。
見るからに、目前の少女は僕と同年代であろう。
異世界ではどうかは置いておいて、少なくとも現代日本に住む僕にとってみれば、そんな同年代の少女が置かれる環境にしては現状はあまりにも酷だ。
「……少しだけ、考えさせて」
考える……とは言え、別に彼女をどうこうしようとは思っていない。
しかし、それだけ覚悟をもってこの場に来ているのは事実だし、彼女の様子から、モフ子を渡せば救われる存在がいるのも恐らく事実──
……いや、本当にそうだろうか?
聞く限りだと、向こうの世界の族長はどう考えてもクソ野郎だ。
仮にモフ子を渡したからといって、果たして本当に約束を守るのだろうか。
……いや、恐らく約束は守らない。
きっと、モフ子を預けた後、目前の少女に待っているのは、幸せではなく絶望だ。
ならば──
「ねぇ、一応1ヶ月は猶予があるんだよね」
「……? えぇ、そうね」
「そっか。よし、なら……」
一拍空け、僕は至極真面目な様相で、
「とりあえず、少しの間──僕と一緒に生活しよう」
「──────は? どういうこと?」
「言葉の通りだよ。1か月程度、この家で共に過ごす。もちろん、生活費なんかはこちらが持つし、君に必要以上の事を課したりはしない」
「いやいやいやいや、意味がわからないわ! どうして今の流れで一緒に生活しようって考えになるのよ!?」
「だって、このまま話していってもきっと堂々巡りになるだけだし。とりあえず、モフ子を連れて行くのは少し待ってほしいって提案した所で、その猶予期間、君は居場所が無くなってしまう。なら、共に過ごせば良い、そう思ったんだよ」
「なぜ、先延ばしにしようとするの!? 猶予を与えるという事は、モフ子様を引き渡すという考えが少なからず貴方の中にあるという事よね? なら、貴方が私の身体を好きにする。……そうすれば、一瞬で終わる事じゃない!」
「凄く魅力的な提案だし、確かにそれを選べば話は先に進むのかもしれない。……でも、それじゃきっと君は救われない」
「…………」
「残念ながら、現状互いに譲れない。なら、後に後に引き延ばして、決断は未来の自分に任せれば良い。もしかしたら引き延ばした先の僕達ならば、本当の最善策に辿り着くかもしれない」
「…………」
少女が、こちらの様子を探る様な視線を向ける。
そこには、未だ強い警戒の色が見て取れる。
──しかし、それも当然の事だ。
彼女からすれば、僕は異性であり、異世界人。今までの環境もあり、そう簡単に信用できる存在ではない。
今回はそれがわかった上での提案であり、実際この後どうなるかはわからない。
──さて、一体彼女はどの様な決断をするのだろうか。
じっとこちらへと視線を向けながら頭を悩ませている様子の少女。
僕も決して目を逸らす事無く、その視線を受け止めていると、少女は小さく息を吐き、
「……わかった。とりあえず貴方の提案をのむわ。……その、少しの間、よろしく。えっと……」
「茨。空木茨だよ」
「茨、茨ね。私はティアナよ」
「よろしく、ティアナさん」
「……ティアナで良いわ。私も茨って呼ぶから」
「わかった。よろしく、ティアナ」
「ええ。よろしく、茨」
言って、ティアナが躊躇いがちに手を伸ばす。
女性とまともに話した事もない僕は、内心オロオロしながらも、努めて平静を装いつつ握手。
すると、今の今まで空を駆けていたモフ子がテーブル上に降りると、握手をする僕達の手の上に前足をちょこんと乗せた。
それが何故か無性におかしくて、先程までの緊迫感とは裏腹に、僕達は小さく笑い──
──こうして、何とも奇妙な共同生活が幕を開けた。
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