1-25 ティアナ、お風呂の魅力に取り憑かれる

「ねぇ、着てみても良いかしら」


「是非……と言いたい所だけど──どうせなら、先お風呂入る?」


 僕の言葉を受け、ポカーンとするティアナ。


 ……あれ、お風呂がある事はさっき伝えた筈だけど、どうしたんだろう?


 色々と考え、僕はハッとすると、


「……あぁ、勿論別だからね! 覗いたりも絶対しないから、安心してほしい!」


「いや、そこじゃなくて……その、私もお風呂に入って良いの?」


 逆にどうして駄目だと思ったのか。

 未だにお風呂イコール高級なものと考えているのだろうか。


「うん、もちろん。むしろ入ってくれた方が助かるくらいだよ」


 今までは1人だった為、お湯を勿体無く思い、シャワーだけで済ませる事もあった。

 正直その時からお湯に浸かりたいとは思っていたから、ティアナが入ってくれるのならば、お湯を張る理由付けが容易になり、こちらとしても非常に助かる。


「……そう? なら、お言葉に甘えようかしら」


 そっけない様に見えるが、内心ワクワクしてるのが伝わってくる。

 そんな彼女の様子を微笑ましく思いつつ、


「よし。じゃあ準備してくるから、モフ子と一緒に待っててね」


「あ、準備なら私が──」


「今日は僕がやるよ。明日からティアナにお願いするね」


「わかったわ」


 言葉の後、お風呂を洗い、お湯を張る。

 次いで、リビングに戻り、のんびりと過ごしていると、およそ10分程で、お風呂が溜まった事を、聞き慣れたメロディーが教えてくれる。


「じゃあ、色々と使い方を教えていくね」


「え、えぇ。お願いするわ」


 緊張した様子のティアナをお風呂場に連れていき、一通りの操作を教える。そして最後に、


「途中で何かあったら、ここのボタンを押してから、お風呂場の中で話してね」


 と、給湯器用パネルのコールボタンの説明を行う。これがあれば、焦って対面のような、ラッキースケベ的イベントは起こらずに済むだろう。


 僕の言葉に頷くティアナ。


 その姿に、ティアナは物覚えが良いなと思いながら、彼女を洗面所に残し、僕はモフ子と遊ぶ為にリビングへと向かった。


 ◇


 茨に言われた様に浴室で革鎧、服の順に脱ぎ、空間魔法で作成したインベントリにしまう。


 今の今まで革鎧を着ていた為、何も身につけていない現状は少し落ち着かない。


 とは言え、向こうの世界とは違い、こちらの世界は安全だと本能的に認識しているのか、向こう程の不安は無いが。


 ……今回の場合は、お風呂への期待値が高いのもあるかしら。


 思いながら、私は浴室へと足を踏み入れる。


 ……相変わらず綺麗ね。


 水場というのは総じて汚れやすいものだが、ここの浴室はそこまで目立った汚れは無く、美しい純白の空間となっている。


 感嘆の思いと共に、私はバスチェアへと腰掛ける。


 ……まずは、髪からね。


 シャワーなるものを壁から外し、蛇口を捻って水を出す。

 少々勿体無く思いながらも水を放出し続けていると、すぐに水がお湯へと変わる。


 ……一体どういう仕組みなのかしら。


 疑問に思いながら、私はシャワーのお湯で髪を濡らしていく。


 細かなお湯が頭に当たる感覚が、非常に気持ち良い。


 とは言えずっとこのままという訳にはいかないので、私はある程度汚れを落とした所で蛇口を捻り、お湯を止めた。


 ……次はしゃんぷーだったかしら。


 思いながらシャンプーと書かれた容器を見つけ出し、適量を手に取る。


 それを髪へと付け、シャカシャカと指を動かせば、少しの泡立ちと共に、仄かな良い香りが漂ってくる。


 その香りに私は思わず頬を緩ませる。


 そのまま続ければ、長年の水浴び生活では落としきれなかった汚れが落ちていき、頭が軽くなるような、そんな感覚を覚える。


 ……茨は貴族様かと思う程に清潔感があったけど、なるほどこれならば納得だわ。


 ある程度洗った所で、再びシャワーを使い、泡をしっかりと流す。

 私が遠慮すると思ったのか、「シャワーのお湯は遠慮しないで使ってね」とあらかじめ言われていた為、それに従い入念に流していく。


 次いでコンディショナーを髪に馴染ませた後、ボディソープで身体を洗っていく。


 想像以上の泡立ちと、先程とは別種の良い香りに、思わずうっとりとしてしまう。


 泡を纏ったスポンジを滑らせる度に、肌が潤っていく様な、そんな錯覚すら覚える。


 その後、身体全体が泡まみれになった所で、シャワーでこれを流せば、くすんでいた金髪が輝きを取り戻し、肌も驚く程程滑らかになった私の姿が鏡に映る。


 ……私じゃないみたい。


 身体中の汚れが落ちただけだが、まるで別人のような印象を受ける。……いや、幾分か表情が柔らかくなったのも要因か?


 ……たった数時間とは思えないような変わりようね。


 これだけでも十分浴室の恩恵を受けることができたと言える。


 しかしまだ、一番の目玉であるお風呂が残っている。


 手を触れお湯の温度を確認した後、恐る恐る足を入れる。

 右足を包む温かさに少々驚きつつ、左足、下半身と徐々にお湯に沈めていく。


 そして遂に肩まで浸かり──私は思わずホッと息を吐いた。


 身体中の疲れが、温かな湯に染み出していくような、そんな感覚を覚える。


 ……これは、やみつきになるわね。


 思い、ぼーっとしながら、私は今日一日を振り返る。


 モフ子様を連れ戻すべくやってきた異世界は、当初の不安を払拭する程、文明が進んだ世界だった。

 何よりも驚いたのは、魔法も、魔物も存在せず、でんきやきかいなるもので発展した世界であり──そしてこの国は、思わず嫉妬してしまう程に平和だという事。


 ……それに、茨も良い人。


 感情の色を目にし、たった数時間ながら共に過ごしてはっきりと確信する。


 茨は向こうの世界の、少なくとも私の周りには居なかった善良な人。


 ……もしかしてこの世界の人は皆そうなのかしら。


 思った瞬間、少し心が揺らぐ。


 もしも私がこのままこの世界に残ったら……と考えてしまう。


 しかし、私はすぐに頭を振る。


 ──それでは救われない人が生まれてしまう。


 ……モフ子様を連れて帰る。そして、虐げられているハーフエルフ達を救う。


 これは、今後私が絶対に達成しなければならない事柄だ。


「……気を引き締めなくちゃ」


 と言いつつ、私は、モフ子様と茨の幸せそうな姿を思い出し──


 いつしか私の脳内には『モフ子様をこの世界に残し、私が族長のモノになる』という、もう一つの選択肢が浮かぶようになっていた。

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