1-5 茨、子犬(?)の名前を決める

 さて、期間はともかくとりあえず家で一緒に住むことにはなったのだが、こうなると必要なのが名前だ。


 確かに名前をつけてしまうと、愛着が湧きすぎてしまい、仮に手放す事になった際に別れにくくなってしまうというのはある。


 しかしだからと言って、とりあえず1週間近くは共同で生活をするのに、子犬と呼び続けるのも流石に可哀想だと僕は思う。


 ……という事で子犬に名前を付けることにした。


 とは言っても、僕に名付けの経験はない。

 だからこそ、センスがあるのかないのかがわからない為か、妙な緊張感が僕を襲う。


 僕は一度ごくりと喉を鳴らすと、よしと声を上げる。

 そして子犬を抱え上げると、座る僕の眼前まで持ってきて、


「今から君に名前をつけるからね」


 と伝える。流石に今回の言葉は理解できないだろうなと思いながら伝えたのだが、そんな僕の思いとは裏腹に、子犬はキラキラと目を輝かせると、ワフッと小さく吠えた。


 なるほど、やはりこちらの言葉を多少は理解しているらしい。


 そんな子犬に、僕は改めて賢い子だなぁと思いつつ、名付けの為に全身を眺める。


 ピンと立った耳に、まん丸い瞳。子犬でありながら、超小型犬の成犬程度に大きな身体を持ち、その身体を白と灰色の混ざったモフモフの毛が覆っている。


 ……うーん、正確にはわからないけど、多分シベリアン・ハスキーって犬種の犬だよね。


 以前某動画サイトで見た狼のような見た目のシベリアン・ハスキー。断片的にしか覚えていないが、見た目がとても似ている気がする。


 ……まぁ、とりあえず今は良いか。


 大まかな特徴さえわかれば、犬種は特に気にする必要はないだろう。


 という事で、次は……僕は抱えたままの状態で視線を下に下げていく。

 そして生物の繁殖にとって大事な部分に目を向け──


 うん、メスか。


 子犬の性別を確認する。

 と同時に僕は子犬を床に下ろしてやった。


 すぐに僕の目の前でお座りをする子犬。その視線は相変わらず期待しているかのようにジーッと僕の方へ向けられている。


 僕はその視線に若干のプレッシャーを感じながらも、先程までに得た情報からうーんと頭を悩ませ……そして遂にハッと閃く。


 子犬の期待の視線がより高まる。

 そんな中で、僕は声高々に、


「……よし! きみの名前はハイ美だ……って痛い!?」


 名前を言った瞬間、子犬が弾丸のように僕の腹に突き刺さる。

 ついで、再びお座りの姿勢に戻ると、ジトーッとした目をこちらに向けてきた。


 ……これは、気に入らなかった感じ?


 腹部を襲うじんわりとした痛みに時々意識を向けながら、僕は首を傾げる。


「……き、気に入らなかったかな?」


「ワフッ!」


「そ、そうか」


 ……もしかして、今後も気に入らない名前が出る度に、頭突きを?


 僕の頬に冷や汗が流れる。


 かくして、僕と子犬による長く激しい戦い(?)が始まった。


 ◇


「グレ美……ぐふっ! 」

「キリ……がふっ!」

「シベ子……ごふっ!」


 一体何度頭突きを食らったか。


 あの後、幾度と無く思いついた名を声に出したが、結局子犬のお眼鏡に適うものはなかったようだ。


 ……もしかして、僕ってネーミングセンスない?


 これだと思い口に出す名前。勿論子犬の事を思い名付けているのだが、声を発している僕自身もネーミングセンスの常人とのズレを感じずにはいられなかった。


 しかし、だからと言って名付けをやめるわけにはいかない。

 何故なら子犬が、何度僕が気に入らない名を発しようと、期待する視線を向け続けてくれるのだ。


 良い名前……この子らしい良い名前……。


 うーんと頭を悩ませ、僕は再び頭に浮かんだ名前を口にした。


「モフ美!…………ごふっ!」


 腹部を襲う衝撃。


 しかし……先程までに比べ、明らかに優しい……?


 これはまさかと思いつつ、僕は別の名前を口にし──


「……も、モフ子!」


 グッとお腹に力を入れ、来たる衝撃に備える。……が一向に衝撃が来ない。


 ……あれ?


 僕は恐る恐る目を開けてゆく……すると、目の前にはキラキラと目を輝かせる子犬の姿が。


 も、もしかして?


「……気に入ってくれた?」

「ワフッ!!」

「そっか……そっかー! よかったー!」


 遂に気に入ってもらえた事に対する喜びから僕が笑顔を浮かべると、子犬改めモフ子が先程までとは違いゆるくこちらへと跳んできた。


 優しく受け止め、抱える。

 すると嬉しさからか、モフ子は抱える僕の手を足場として身体を持ち上げると、僕の顔をペロペロと舐める。


 そんなモフ子の姿に、僕は相変わらず可愛いなぁと思った。

 と同時に、モフ子という名が先程までとそこまで大差がないように感じ、


 ……もしかして、モフ子のネーミングセンスも少しズレてる?


 なんてモフ子に対して、僕は妙な親近感を覚えるのだった。

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