1-2 茨、献身的に子犬(?)の世話をする

 幸いにも、子犬を拾った場所は家の近所であった為、すぐに自宅へ到着した。


「ただいまー」


 と、家に誰も居ないのはわかっていながらも、いつもの癖で無人の家へと帰宅の報告をすると、子犬を抱え、すぐに洗面所へと向かう。


「……とりあえず」


 濡れた子犬の世話などした事がないので勝手がわからないが、流石に濡れたままというのはまずいだろう。


 そう考えた僕は、新しいタオルを取り出すと、そのタオルで優しく子犬に付着した水分を取っていく。


「お〜すごい汚れ……」


 すると、水分と同時に毛の汚れなども取れているのだろう、タオルが一瞬で真っ黒になる。


 それを見て、


 一体どんな環境に置かれてたんだ……?


 僕は不思議に思い、首を傾げる。


 ただあそこで倒れているだけでは、幾ら雨が降っていようとここまで汚れる筈はない。

 となると、あそこで倒れるに至るまでに汚れたと考えるのが普通だけど、どちらかと言えば田舎と言えるような街並みとは言え、そこまで身体が汚れそうな場所は周囲にはない筈だ。


 謎……であった。


 いや、そもそも親犬が居ない事、捨て犬にしても路上に放置は考えられない事と、他にも謎は多々あるのだけれど。


 ただどちらにせよ今は考えても仕方ないので、それらは一旦忘れ、再び目の前の子犬へと向き直った。


 そして優しくタオルで身体を拭っていくこと数分。


「……よし」


 あらかた付着した水分を除く事ができた。

 とは言え、身体を洗った訳ではないので、未だ汚れは残っているし、ドライヤーをかけた訳でもないので、完全に乾いてはいない。


 ……汚れに関しては、ひとまず後回しで良いだろう。元気になった時に、お風呂にでも入れてあげよう。


 全身の毛が湿ってはいるが、そちらはタオルに包んでおけばじきに乾く事だろう。


 という訳でひとまず応急処置はこれで良いか。


 よし、ならば次は……うん、着替えよう。


 子犬の心配をするあまり、二の次となっていたが、現在の僕は全身がびしょ濡れなのである。

 恐らくこのままいれば、心配している僕自身が体調を崩してしまう。


 さすがにそれでは元も子もないので、僕はタオルで包んだ子犬を一度置くと、急いで着替えを済ませた。

 そして髪を乾かし、おおよそ体調を崩す心配が無くなった所で、再び子犬を抱えるとリビングへと向かった。


 リビングについた僕は、子犬を抱えたままソファへと腰掛ける。

 次いで、眠る子犬の顔をじっと見つめた。


 ……見たところ、異常は無さそう。


 素人目ではある為信用はできない。けど、呼吸が安定している現在の姿を見るに、恐らく問題はないはずだ。


「……よし、これなら」


 子犬の様子から、多少目を離しても問題ないと判断した僕は、タオルに包んだ子犬を一度ソファへと置くと、早足でリビングを出た。


 そして、家中を探し、段ボールとタオル数枚を手に入れると、再びリビングへと戻り、僕はすぐに作業へと取り掛かった。


 作業……と言うと仰々しいけど、別になんて事ない。ただ段ボールを組み立て、中にタオルを敷いて、子犬用の簡易ベッドを作るだけだ。


 作業時間おおよそ1分。


 無事、簡易ベッドの完成である。


 時間を見ればわかるように、非常にシンプルな作りではある。けど、夜を明かすだけならば、これで充分だろう。


 僕は1人うんと頷くとすぐに、作成した簡易ベッドへと、タオルに包んだ子犬を移動させた。

 そしてそのまま見守る事数分。


 ……うん、大丈夫そうだね。


 気に入ったかどうかは子犬が眠っている以上わからないが、少なくとも寝苦しい様子は見えない為、寝床してはひとまず及第点だろう。


 ……なら次は……買い物かな。


 明日仮に目を覚ましたとして、その時に食事等あった方が間違いなく良い。

 とは言え、当然家には犬用、ましてやまだ生後2カ月にも満たない……と思われる子犬用の餌など置いていない。


 ならば、今のうちに、子犬が目を覚ます前に買い物に行っておくのが最適だろう。


 そう判断すると、早速僕は財布を手に家を出た。

 幸いにも通り雨だったようで、現在雨は降っていない。

よしこれならばと、僕は外に置かれた自転車へと跨ると、近所のペットショップへと向かう。


 急ぎつつも交通ルールを守りながら5分程自転車を走らせ、ペットショップに到着。


 到着してすぐに自転車を降りると、早足で店内へ。

 そして、目を離しても良いと判断したとは言え、あまり長時間離れるのはよろしくないかなと思った僕は、子犬用の離乳食をいくつか手に取ると、急いで会計を済ませ、早々に帰宅した。


 と。その後も、何かと子犬を気にかけながら過ごす事数時間。


 時刻は午前0時。そろそろ就寝の時間だ。


 あの後何度も子犬の様子を確認したが、やはり呼吸は落ちついており、特に異常は見当たらなかった。


 これなら、寝ずに見守る必要は無さそう。


 とは言え、別の部屋で寝ては万が一の時に対応できない可能性がある為、とりあえず今日はリビングのソファで眠る事にした。

 寝る支度を整え、段ボールへと近づく。


 そして中を覗くと、そこには規則正しい息遣いで子犬が眠っている。


 ……まさか、子犬を拾うなんてなぁ。


 僕は寝顔を眺めつつ、そう考えて苦笑する。


 全くもって想定外の展開だ。


 それこそ、今までの人生でも1、2を争う程の……いや、流石にそれは言い過ぎか?


 でも、子犬を拾うなんて事、人生で経験するとは思わなかったし、想定外の展開であるのは確かだ。


 しかし、例え想定外であろうとも、一度関わった以上この子の事を見捨てるつもりはない。


「……これからどうするにしても、とりあえず元気になるまでは」


 飼えず保健所に預けるのか、里親を探すのか。

 明日以降の自分がどんな選択をするかはわからない。


 けど、せめて元気な姿を見るまでは、側にいよう。


 そう考えた僕は、


「早く元気になるんだぞー」


 と眠る子犬に小さく声をかけると、頭を優しく撫でる。


 すると、どこか子犬の表情が和らいだように見え──


 言葉が通じたのかな?


 僕は嬉しくなって、小さく笑うと、


「おやすみ」


 と声をかけた。そして、リビングの電気を消すと、毛布を掛け横になる。


 暗闇。響く時計の刻む音と呼吸音。


 シンと静まり返っている訳ではなく、規則正しい音が微かに聞こえる状況が心地良かったのだろうか。


 僕の意識は段々と薄れていき、僕はすぐに眠りについた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る