1-1 茨、子犬(?)を拾う
僕、
毎日、朝起きて、学校に行って、夜に寝て……の繰り返し。
刺激的な体験など何もなく、ただ流されるままに空虚な日々を過ごしている。
友人は居る。とは言っても、学校で会話をする程度で、放課後や休日に遊びに行くなんて事は一切ない。
──果たしてこれを友人と呼んで良いのだろうか?
と、そんな味のしなくなったガムのような生活をしている僕だけど、そんな僕の生活の中にも、たった1つだけ、小さな、だけど確かな彩りがある。
「相変わらず可愛いな〜南條さん」
頭上で、友人(?)の1人がとある方向に目を向け、だらしない表情を浮かべながらそう呟く。
その言葉に、これまた友人(?)の1人が力強くウンウンと頷いた。
同様に、僕はぼーっとそちらへと視線を向ける。
視線の先には、クラス内外の女子に囲まれながら、ニコニコと人の良い笑みを浮かべる1人の少女の姿があった。
白磁のような肌に、艶やかなセミロングの黒髪。
顔立ちは人形を思わせる程に整っているが、人間味がないと言う訳では無く、その顔には常に優しげな笑みが浮かんでいる。
あぁ、天使とはきっと彼女の事を指しているのだろう。
一目見た者は皆そう考えてしまう程に、彼女の笑みは慈愛に満ちているし、一挙手一投足に至るまで清楚を体現していた。
そんな見目麗しい少女である。当然好意を寄せる男子は多い。
かく言う僕も、南條さんに好意を寄せる男子のうちの1人である。
とは言っても、僕自身は彼女と結ばれる可能性など万に一つもないと考えており、抱いている感情も恋慕というよりは憧れに近いものなのだけど。
とにかく僕含め、多くの男から想われているのが南條瑠璃乃という少女なんだけど、その人気の割には彼女に話しかける男は、いやそもそも近寄る男は現状1人も存在しない。
何故ならば──
「……全く、女子の囲いが居なけりゃ、今すぐにでも話しかけるのによ」
友人(?)の1人が僕の頭上でそうごちる。
そう、彼の言うように、南條さんの周りには常に多くの女子の姿がある。
いついかなる時も、どんなに少なくとも5人の女子が。
そして、男子が南條さんに話しかけようとすると、キッと睨みを利かせてくるのだ。
男子はそこで強引に行けば良いのだが、そんな事をして南條さんの友人関係にヒビが入ってしまったらと考え、ひと睨みの後は近づかなくなるのだ。
また、以前強引に南條さんへ言い寄ろうとした男が居たのだけれど、すぐに女子に追い返された挙句、学校の殆どの女子から相手をされなくなるという前例があった為か、いくら好意を寄せようとも彼女に近づく男は居ないのである。
……と、まぁその事を南條さん自身は全く気づいていないようだけど。
とにかく、南條さんの周囲には彼女を守るように女子が居り、男子は一切近づく事など出来ないのである。
ただ遠回きに彼女を眺める。たとえ好意を寄せていたとしても、男子に出来るのはだだそれだけなのだ。
まさに高嶺の花とも言うべき存在……それが南條瑠璃乃であり、僕の空虚な世界唯一の彩りなのであった。
◇
授業が終わり、放課後。
クラスメイトは、それぞれ思い思いの場所に集まると、いつも以上にざわざわと騒いでいた。
いや、当然かな。
何故なら明日からはゴールデンウィーク。それも初の10連休なのだ。
もちろん部活の練習により、遊びどころではない者も居る。だけどクラスメイトの大半が、皆友人とグループで集まり、早々に予定を打ち立てている。
それは南條さんも同様で、数人の女子に囲まれながら、楽しげに話をしていた。
「……ハァ」
そんな中で、僕は1人小さくため息を吐く。
10連休。確かに休みが長いという意味では嬉しいのかもしれない。
けど、遊びに行くような友人も居なければ、父さんの仕事の都合で両親が海外に住んでいるから、家族と過ごす事もできない。
そんな僕からすれば、10連休というのはあまりにも退屈なもので……。
そこに、10日も南條さんの姿を見る事ができないという事実が加わることで、ついに僕の脳内には10連休に対する怨嗟が渦巻き始め──
「…………帰るか」
と、色々考えはしたけど、考えた所で10連休という事実、南條さんと会えないという事実が変わる訳ではなく。
僕は、荷物を持ち立ち上がると、誰と話すでもなく一直線に昇降口へと向かった。
ざわざわと騒がしい廊下を1人歩く。
時折聞こえる女子の甲高く大きな笑い声に小さく眉をひそめながらも、昇降口へと辿り着くと、上履きと外履きを履き替えた。
そして、さて帰ろうかと、視線を外へと向けると、視界に灰色が飛び込んできた。
と同時に、ゴロゴロと遠くの雷鳴が僕の耳に届く。
──嫌な予感がした。
「早く帰ろ……」
今にも大きな雨粒が降ってきそうな空模様。
しかし、登校時に晴天だった事もあり、現在僕は傘を持ってなどいない。
まずいなぁ。早く帰らないと雨に打たれそうだ。
僕はそう考えると、グッと地を蹴り、鞄を抱えながら自宅へ向け走り出した。
とくに何も起こらず過ぎた今日という日と、明日から南條さんの姿を見れないという事実。加えてどんよりとした空模様という思わず溜息を吐きたくなるようなトリプルパンチに、気持ちを萎えさせながら。
◇
「最悪だ……ッ」
滝のように降る雨の中を、僕は走る。
あの後、僕の願いも虚しく、力強く雨が降りだした。
それでも最初のうちはまだ許容範囲の雨量だった。
けど、家が近づき、あまり濡れる事なく家に帰れるのでは? と、僕が淡い期待を持ち始めた辺りで、突然驚く程の土砂降りになったのだ。
きっと天候を操る神様が居るのならば、願い叶わずびしょ濡れになった僕の姿を見て、大層大笑いしていることだろう。
そう思わず考えてしまう程に、今回の雨はあまりにも意地悪だった。
一応、鞄はビニール袋に入れているから、まだ安心。
けど、僕の全身は、まるでプールに飛び込んだかのように見事なまでにびしょ濡れになっている。
全く、今日はなんてついてない日なのだろう。
こんな目にあう位ならば、まだ何も起こらない無味無臭な日々を過ごす方が幾分かマシだ。
なんて考えて、ため息をつきながら、それでも変わらず家に向かって全力で走っていると、
「…………ん?」
ここで僕は、前方、道路上に何かが落ちているのを発見した。
……ボロ雑巾? か何かかな?
雨で視界が悪く、また厚い雲により非常に暗ぼったい事もあり、正確に何かは未だ判別できない。
けど、遠目から見えるそれは、僕がボロ雑巾と判断してしまう程に、汚らしく見えた。
……うん、気にせず帰ろう。
雨も強くなる一方で、このままでは風邪を引いてしまう。
ボロ雑巾と判断する程のものなのだ。きっと態々足を止めて確認するようなものでもないだろう。
そう思い、ボロ雑巾のような何かの事は忘れ、早々に家に帰ろうと僕スピードを上げようとして……けど、逆に減速した。
自分でも、何故かはわからない。
どうせ、何てことないボロ雑巾か、もしくはそれに近しいゴミか何かの筈だ。
足を止める必要なんて無い。その筈なのに。
けど、どうしても僕はそれが何か気になってしまった。
僕は雨に打たれながら、恐る恐るそれに近づいていく。
何かに魅了されるかのように、じっと見つめながら少しずつ。
そして、視界が悪い中でも、それの全貌が明らかになる距離まで来た僕は、食い入るようにそれを見つめ──
「…………子犬!?」
想定外に、目を見開いた。
そう。遠目からはボロ雑巾のように見えたそれは、砂埃や血のようなもので汚れた子犬だったのだ。
「……どうする!? いや、そもそもまだ生きてるのかな?」
パッと見では、汚れてはいるけど、体表に傷はないように見える。
ならば、血のような汚れは何なのかと気になるがとりあえず今は良い。
ひとまず、生きているのか確認しなくてはならない。
そう思い、子犬に手を伸ばした所で──
パチリと、子犬の目が小さく開いた。そして何かを訴えるような視線を僕の方へ向ける。
「…………!」
子犬が生きていた! その事実に、僕は安堵の息を吐いた。
そして、小さく弱々しい、しかし生の輝きを感じさせる瞳を向ける子犬へ、僕はニッコリと微笑むと、
「安心して。もう大丈夫だよ」
その言葉に安堵したのだろうか、子犬は再び目を閉じた。
「さて……」
生きている以上、見過ごす訳にはいかない。
とは言え、僕の家の近所には動物病院など無ければ、犬を飼っている知り合いも居ない。
となれば、連れて行ける場所など1カ所しかないだろう。
僕はビニール袋を開き、中に入っている鞄から、タオルを取り出した。
そしてすぐにビニール袋を閉めると、地に倒れる子犬をタオルで優しく包み持ち上げた。
「……すぐに暖かいところに連れて行くから。だからもう少し頑張って」
その後僕はそう優しく声を掛けると、子犬がなるべく雨に当たらないようにタオルや身体でガードしながら、急いで家へと向かった。
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