1-8 茨、高嶺の花と遭遇する
「モフ子、あれが自動販売機。飲み物を買えるんだ」
「ワフッ」
「で、今目の前を走っているのが自動車。凄いスピードで移動できる便利な乗り物なんだ。ただその分ぶつかったら大変な事になるから、走ってる車には近づかないようにね」
「ワフッ!」
道を歩きながら、モフ子へ色々と教えていく僕。そんな僕とすれ違う人の中には、そんな僕を奇異なものを見たとでも言いたげな表情を浮かべる人が時折見られた。
しかしそれも当然か。
子犬へと街の紹介をする。
それも至極真面目に紹介する人間など、この世界には殆ど居ないのだから。
もし仮に僕が周囲の人々と同じ立場でも、僕みたいな人間を目にしたら、おかしな人もいるもんだなぁと考えてしまう事だろう。
しかし、それでも僕はモフ子へ街の紹介をし続けた。
恐らく天才であるモフ子ならば、僕の言葉を理解し、全て覚えてしまうとそう思ったからだ。
あとは単純に、こちらが話すとワフッと返事をするモフ子が可愛くて、ついどんどんと説明してしまったというのもある。
と、そういう訳もあって街の説明をしながら歩き続ける僕。
色々な人とすれ違いながら、しかしそちらには目もくれず、ひたすらモフ子とのやりとりを楽しんでいると、ここで前方から大型犬を連れた少女がこちらに歩いてきた。
僕は『目の前から犬を連れた少女が歩いてきた』という事実については認識するも、特に気にもとめる事無く、障害物を避けるが如く右にずれ、すれ違おうとする。
いつもならば、この後特に何か起きる訳でもなく、ただすれ違うだけで終わった。
いや、可能性としては、大型犬が僕に向けて吠え出すとか、そういう事はあるのかもしれないが、起きてもその程度。
それにその程度の事ならば、僕の想定の範疇であり、仮にその状況に陥ったとしても、特に取り乱す事無く対処できるだろう。
しかし、今回は僕にとってあまりにも想定外の出来事で──
「……あれ? 茨君?」
突然、僕とすれ違う筈だった少女が歩みを止め、少し驚いたような声音で僕の名を呼んだ。
その声に、何だか聴いたような事がある声だなと呑気に思うのと同時に、ほぼ反射的に顔を上げていき、その少女の容姿を目にして──
「──へ? あ……え? な、南條……さん?」
僕は口をポカンと開けながら固まった。
しかし仕方がないと言えるだろう。
何故なら今こちらに話しかけてきた少女が、ゴールデンウィーク中にはその姿を見る事が出来ないと思っていた、学園一の美少女であり、僕の憧れの人、南條瑠璃乃さんだったのだから。
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