1-9 茨、高嶺の花と会話をする

 南條さんが……私服の南條さんが目の前に……。


 白いシンプルなワンピースという、まさに清楚を体現した様な洋服を見に纏った南條さんとの遭遇に、僕が目を見開いたまま固まっていると、


「やっぱり、茨君だ! こんな所で会うなんてびっくりだね!」


 南條さんがゆっくりとこちらに近づいてきて、おおよそ1メートル前方で可愛らしい笑みを浮かべる。


 普段友人に向けているものと変わらないその笑顔に、しかもその笑顔が他でもない僕自身に向けられているという事実に、僕は感動しつつも、何とか声を絞り出すように、


「こ、こんにちは南條さん。えっと……珍しいね、1人で居るの」


 突拍子もないような気がするが、緊張しているのだから仕方がない。

 それよりも、質問した通り南條さんが1人で居るのは珍しいように思う。

 いや、学校外で出会ったのは今回が初めてであるし、普段の南條さんがどうしているかなんて知りもしないのだが、学校での様子を見るに、学外でも友人に囲まれているものだと僕は考えたのである。


 そんな僕の質問に、南條さんは首を傾げると、


「ん、そうかな? いつもレオの散歩をする時は1人だけどな〜。ねっ、レオ!」


 言って南條さんは連れ歩いている大型犬──名前はレオと言うようだ──の頭を優しく撫でた。

 レオは余程懐いているのだろう、南條さんが撫でると、大型犬でありながら威圧感を感じさせない柔和な表情で身体を擦り寄せている。


「そうなんだ。ほら、南條さんって学校だといつも女子に囲まれてるからさ、てっきり学外でも女子と一緒に居るのかと」


「あーなるほどね! 確かに学外でもよく一緒に居るけど、毎日って訳ではないよ! ……っと、それよりも、茨君! 茨君が抱えてる子って!」


 納得したように頷いた後、どうしても気になってしまったのだろう。

 南條さんは目をキラキラさせながら、モフ子へと視線を向けてくる。


「ああ。この子はねモフ子って言うんだ。昨日学校帰りに道端で倒れているのを見つけてね、飼い犬でも無さそうだったからとりあえずお世話をしてるんだ」


 抱えたモフ子を撫でながらそう説明すると、モフ子は気持ちよさそうに目を細めた後、ワフッ! と僕の言葉を肯定するように小さく吠えた。


「昨日!? それでもうこんなに懐いてるんだ! 凄いね!」


「凄い、のかな? 犬の世話をするのは今回が初めてだからよくわからないや。ただ、もしかしたらまだ幼いし僕の事を親だと認識したのかも……」


 と。その後も、主にモフ子の事について話をしていると、ここで南條さんがここで気づいたと言いたげに声を上げる。


「……でも、驚いたなぁ。茨君が子犬のお世話をしているのもそうだけど、レオが男の人相手に一切吠えないなんて……」


「そんなに、珍しいの?」


「珍しいというか、お父さん以外だと初めてだよ? いつもなら、男の人が近づいてくるとワンワンって、凄い形相で吠えるんだから! ……もしかして、茨君の事気に入ったのかな?」


 言って可愛らしく首を傾げる南條さん。

 対して僕は少し自嘲気味に、


「どうだろ? もしかしたら、男として認識されていなかったりして……」


「そんな事ないよ! 茨君、男の人! って感じの背格好だし、まず間違いなく男の人として認識されてると思う!」


 グッと拳を握り、ウンウンと頷く。


「だと良いんだけど……」


「そこは大丈夫だよ! だから、多分本当に好かれてるんじゃないかな!」


 南條さんの言葉を耳にしつつ、僕はレオへと目を向ける。

 凛々しさの中にも妙な愛くるしさのある相貌。しかしその表情からは、好意というよりも畏怖のような感情が読み取れるような気がして……。


 とは言え、これ以上南條さんの言葉を否定するのも申し訳無かったので、


「う、うん。そうかもしれない」


 僕は曖昧ながらも肯定するような返事をするのであった。

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