1-19 茨、買い物へ向かう
家内を見て回った後、僕達はリビングで少し休憩する事にした。
先程までと同様に、ダイニングテーブルの向かいに座る僕とティアナ。
テーブル上には、変わらずお茶と小分けされたお菓子が置かれている。しかし、その数は用意してから大して減っていない。
というのも、お菓子を口にしたのは僕だけで、ティアナは未だ一度も食べていないのである。
家の案内をしている間も時折会話はあったし、その中でほんの少しではあるが打ち解けたようにも思う。
しかし、やはりそう簡単に警戒心は捨てらないようだ。
……まぁ、それもそっか。
まだ初日。それも出会ってから数時間しか経過しておらず、なおかつ相手は異世界の人間。
その上で、今まで心休まらない日々を過ごしていたとなれば、寧ろ警戒しない方がおかしいだろう。
それでもひとまず一緒に住む事を了承してくれた事や、話のやりとりは普通にある事から、拒絶されていないのは確かだ。
ならば、今後時間と共に少しずつでも距離を縮めていけば良いだろう。
僕は未だ腕の中に居るモフ子をわしゃわしゃと撫でながら、心の中でそう思った。
◇
その後、ティアナと雑談をしたり、モフ子をもふもふしたりしながら過ごし、およそ十数分が経過したところで、僕は次の行動に移る事とした。
「さて……」
次に行うのは買い物である。
目的は、ティアナが今後使用する日用品の入手だ。
ティアナがどの程度滞在する事になるのか、そもそも今後どうなるか等現状不明瞭な事が多い。
しかしそれでも、1日2日後にどうこうという事は無い筈であり、だからこそある程度の日数を想定し、生活必需品を早急に手に入れておきたい。
特に重要なのが、彼女の服である。
というのも、現在のティアナは、麻に近い材質でできた深緑の貫頭衣の様な服に長ズボン、その上から胸等一部を覆う様に革鎧を身につけている。腰に提げている短剣も含め、まさにファンタジーといった装いだ。
──今後外に連れて行く機会も想定している。
もしもその時、今の服装のままだったら。
まず間違い無く、大きな騒ぎが起きる事であろう。
だからこそ、早い内に無難な服を手に入れておきたい……というのも勿論本心であるが、それ以上に可愛らしい洋服に身を包むティアナの姿を拝めたいというのもある。
……ティアナの容姿やスタイルなら、なんでも似合うんだろうなぁ。
と、心の中で思いながら、僕は用件を伝えるべく、目前のティアナに声を掛ける。
「ねぇ、ティアナ」
「何かしら」
言って首を傾げるティアナ。
それだけで絵になるのだから、美少女というのは凄まじい。
なんて思いつつ、僕は再び口を開く。
「ちょっと買い物に行ってくる。だから少しの間、モフ子と留守番をお願いね」
僕の言葉に、モフ子がわかったとばかりに「ワフッ」と吠える。
流石モフ子。聞き分けの良い娘である。
対し、ティアナは……目を見開き固まる。
その姿に僕は首を傾げた後、準備をすべく立ち上がろうとし……それよりも早く、復活したティアナが声を上げた。
「ちょ、ちょっと待ちなさい!」
「ん?」
「いや、ん? じゃないわよ。え、初日よ? まだ出会って数時間よ? なのに、私に留守を任せるわけ……?」
「なに、寂しいの?」
「違うわよ! 私が裏切ったらどうするのってことよ!」
「わざわざそれを指摘する人が裏切るとは思えないけど」
「え。何、その信頼」
「私がおかしくて、この世界ではこれが普通?」と呟きながら首を傾げるティアナ。
勿論、僕自身もティアナを完全に信頼している訳ではない。
けど、今までの会話の中で、彼女が心優しい存在である事はわかっていたし、初対面の時にモフ子を無理矢理連れて帰ったりせず、こちらとの話し合いに応じた事もあってか、留守を任せたからといって、その間に彼女が何かをするとは考えられなかったのである。
それに、どちらにせよいつかは買い物に行かなければならないし、モフ子は基本店に連れて行けず、ティアナは外出できる格好ではない。
となれば、多少のリスクはあったとしても、ティアナとモフ子に留守を任せるしかないのだ。
……もし仮に、ここまでの彼女の行動が演技で、僕が騙される事になったら……まぁ、その時はその時だ。
疑心暗鬼になろうと思えば幾らでもなれるが、それではきりがないし、何よりも僕自身が心優しいと感じた彼女を信じたい。
「とりあえず、お願いして良いかな?」
「……まぁ、家主である貴方が良いのなら。ただ……その、大丈夫かしら」
言葉の後、今度はオドオドながら再度口を開く。
「茨が外出するって事は、その間モフ子様と2人きりって事よね? ……その、緊張でどうにかなってしまいそうだわ」
見た目ワンコなモフ子も、彼女からすれば種族の守り神。確かに恐縮する気持ちもわかる。
しかし──
「まぁ、気持ちはわからなくないけど……ここは地球だからね。異世界の常識とは無縁の世界な訳だし、今後の為にも、何とか慣れて欲しい……というか寧ろ、モフ子と仲良くなって欲しいな」
「で、でも……」
「──んじゃ、遅くなってもあれだから、行ってくるよ。そんなに時間はかからないと思うから、留守番よろしくね」
「ちょ、ちょっ、待ちなさいよ! い、茨〜〜!」
ティアナにしては珍しい弱々しい声が聞こえてくる。その声を背に受けつう、僕は心の中で、
……少し強引だったかな? でも、そうでもしないとティアナとモフ子の距離は縮まらない気がするし……まぁ、大丈夫だと信じよう。
と思いながら、買い物へと向かうのであった。
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